西村賢太『随筆集 一私小説書きの弁』

随筆集 一私小説書きの弁随筆集 一私小説書きの弁
(2010/01/30)
西村 賢太

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 西村賢太著『随筆集 一私小説書きの弁』(講談社/1680円)読了。

 いつの間にやら私はすっかり西村賢太ファンになってしまい、これまでに出た5冊の小説集はすべて読んでいる。
 本書は、西村にとって初のエッセイ集である(あえて「随筆集」とタイトルに冠しているあたり、西村らしい)。

 もともと西村の小説は大部分が私小説なのだから、エッセイといってもこれまでの小説作品とあまり違いはない。
 違いとしては、過去の小説のほとんどに登場した「女」(同居していた恋人)との会話のやりとりなどが一切ないことと、小説の舞台裏(作品の意図、掲載・出版の経緯など)が細かく書かれていることくらいか。

 ゆえに、西村の小説が好きな人なら本書も面白く読めるだろうし、そうでない人には本書もはなから無縁のものだろう。

 ただ、ちょっと辟易したのは、収められたエッセイのじつに3分の2以上が、例の藤澤清造(西村が私淑し、「没後弟子」を名乗っている大正期の私小説作家)について書かれたものであること。
 藤澤の小説を読んだこともなく、興味もない当方としては、べつにくわしく知りたくもない藤澤の生涯について無理やりレクチャーされているようで、げんなり。一部に内容の重複もあるし。

 「あとがき」によれば、本書のタイトルも当初は『藤澤清造――自滅覚悟の一踊り』にするつもりだったのだという。

 よくよく考えると、この書名では恰も該作家の伝記、乃至研究書の類みたいな響きとなり、内容のその薄っぺらさに比して随分と羊頭狗肉の感じになってしまう。



 ……という懸念からこのタイトルに変えたとのことだが、本書は実質的には、西村がいずれ上梓するはずのライフワーク『藤澤清造伝』の、予告編のような内容だ。

 とはいえ、藤澤についてのエッセイ群も、文学研究者が書くようなものではなく、藤澤をフィルターとして西村が自身を語ったものである。ゆえに、けっしてつまらないわけではない。ただ、藤澤清造ネタばかり立て続けに読まされるといやになるのだ。

 私にとって面白かったのは、残りの、西村が自身の生活をあけすけに綴ったエッセイ。

 たとえば、「慊(あきたりな)い」と題された一編。
 これは、取材を受けた地方紙の新人女性記者にひと目惚れした西村が、その後、なんとか彼女の気を引こうと手紙のやりとりを交わしたあと、あっさり振られた顛末を綴ったものである。
 これなど、随筆ではなく短編小説として書けば、かつての傑作「けがれなき酒のへど」の続編のようになったのではないか。

 また、2008年1月前半の生活を日記風に綴った「松の内拔萃」なる文章があるのだが、これが、日常を淡々と綴っただけなのにすごく面白い。“プアマンズ『断腸亭日乗』”という趣がある。たとえば――。

 夜、九時過ぎ鶯谷に出かける。今年に入って初めての女体。相手の口臭がひどい。が、二回戦を所望する。毎日このあたたかさにありつきたい。
 ひとりで「信濃路」に入り、ウーロンハイを飲む。芥川賞でも獲れれば、現在岡惚れしているあのインテリ女性も、ひょっとしたらなびいてくれるかも、と、暫時夢想。



 ひときわ強烈な印象を残すのは、西村が芥川賞候補にのぼった際、「テレビの朝の情報番組で、芥川賞選考会のある明日、結果の出る瞬間までつきっきりで取材したい」という依頼を、言下にことわるくだり。

 こちらでは、万にひとつも受賞の可能性なぞないからとっくに終わったつもりのものでいることだし、何より前日になってのこうした話は、いかにも思いつきめいていてひどく不愉快であった。明らかに、真っ先に落選することが判りきっている自分を、あえて選んで晒し者にしてくれようという魂胆が見え透いている。
 四十を過ぎて、なお未練に小説にしがみついている無能無名、伸びしろゼロの五流新人。薄汚い、ほぼ無職の中年男。そんな自分の無様な落選の模様は、端的に流行りの“格差社会"の悲哀なるものを映しだすことができようし、おそらく一方では、受賞されるかたの華やかな場面の方も用意しておいて、あくまでもそれの陰画の役割を担わせる奸計のみで目を付けてきたに違いあるまい。てんから小説書きとして取り上げようという企図のものではあるまい。
 そうだ。加えてこれは、はな、リアル『ALWAYS  続・三丁目の夕日』的なものも意図しているのやも知れぬ。「芥川賞をねらう。今度こそ、とる」か。
 乗れねえわ、そんなもん。フザけんな、こいつこの野郎めが。



 このように、随所に煮えたぎるルサンチマンと、惨めな己を客観視して笑い飛ばす捨て身のユーモア……すなわち、西村の小説と同じ魅力を放っているのだ。
 第二随筆集では、清造ネタはもういいから、こういう文章だけ集めてほしい。

 そのほかにも、書評などの文章が数編収められている。それらは、まあまあの面白さ。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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