竹内整一『「かなしみ」の哲学』

「かなしみ」の哲学―日本精神史の源をさぐる (NHKブックス)「かなしみ」の哲学―日本精神史の源をさぐる (NHKブックス)
(2009/12)
竹内 整一

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 一昨日から取材で北海道に行っていた。

 昨晩、帰りの飛行機が雪で遅れ、そのあと中央線に乗ったら人身事故で電車が止まった。しかも、高円寺駅で事故後の処理現場を見てしまった(テントのようなシートで周囲を覆い、その中で作業をしていたので、もろに見たわけではないが)。なんだか一気に疲れが出た。

 行き帰りの飛行機で、竹内整一著『「かなしみ」の哲学――日本精神史の源流を探る』(NHKブックス/1019円)を読了。

 芸術から大衆娯楽まで、あらゆる日本文化の底流を共通して流れるのは「かなしみ」ではないか。たとえば、童謡・唱歌や軍歌の多くは「独特な『かなしみ』の調子につつまれて歌われている」――と、著者は言う。

 なぜ、無邪気に楽しむ子どもたちの歌が、あるいは、勇敢さを鼓舞すべき軍歌が、こうした「かなしみ」において歌われてきたのかという問題がそこにはある。そこにはさまざまな理由が考えられるが、基本的には「悲の器」としての人間という受けとめ方が底流しているように思う。



 なぜ、日本文化はこんなにも「かなしい」のか? 「否定的な感情であるはずの『かなしみ』に深く親和してきた日本人の心のあり方は、どのような他者や世界の受けとめ方に基づいているのか」? 本書は、そうした問いに答えようとした論考である。

 高橋和巳の小説に用いられて広く知られた『往生要集』の一節「我は悲の器なり」への論及から、本書は始まる。そして、文学・哲学・宗教から歌謡曲まで、ジャンルを自在に横断しつつ、著者は古代から現代までの日本文化を「かなしみ」という串で刺しつらぬいていく。

 記述が抽象的・観念的にすぎて、わかりにくい部分もある。が、「かなしみ」こそが人生をより豊かにする面もあるのだと、肯定的にとらえている点には共感する。

 現代において見失われつつある、他者への倫理や世界の美しさ、超越的な存在へのつながりといった可能性をもつ「かなしみ」の力を、今あらためて「復権」させるべきだ



 その他、印象に残った一節と引用句をメモ。

 悲哀はそれ自らが一半の救いなり。……神はまず悲哀の姿して我らに来たる。……我らは悲哀を有することにおいて、悲哀そのものを通じて、悲哀以上のあるものを獲来たるなり(綱島梁川『病間録』)



 哲学の動機は「驚き」ではなくして深い人生の悲哀でなければならない(西田幾多郎)



 「断腸」という言葉は、腸がちぎれるほどに「かなしい」ことを表わす言葉であるが、もともとは、子どもを失い「かなしみ」のあまり死んだ母猿のお腹の腸が細かくちぎれていたという故事からきたものである。



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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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