高見順『死の淵より』

死の淵より (講談社文芸文庫)死の淵より (講談社文芸文庫)
(1993/02)
高見 順

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 高見順著『死の淵より』(講談社文芸文庫)読了。

 昨日読んだ粟津則雄の『ことばと精神』で、この詩集のことが一章を割いて論じられていた。それを読んで手を伸ばしてみたしだい。野間文芸賞も得ている詩集だが、恥ずかしながら私はまったく知らなかった。

 一般には小説家として知られる高見順(ちなみに、タレント高見恭子の父でもある)が、晩年に食道ガンを病んでから、闘病を素材に作った詩を集めたもの。
 高見がガンの宣告を受けたのが昭和38年。以後3年の間に4度に及ぶ手術を受け、昭和40年8月に世を去る。その間、病床で取ったメモを元に退院後詩にまとめるなどして、命を削るように書きつづけられた作品群なのである。

 講談社文芸文庫のカバーの惹句が、力みかえっていてスゴイ。

 死と対峙し、死を凝視し、怖れ、反撥し、闘い、絶望の只中で叫ぶ、不屈強靭な作家魂。
 酷く美しく混沌として、生を結晶させ一瞬に昇華させる。
 “最後の文士”と謳われた高見順が、食道癌の手術前後病床で記した絶唱六十三編。



 この惹句を読むと、「死にたくない!」という思いをむき出しにして叫びつづけるような荒々しい詩集を想像してしまうだろう。だが、実際にはそうではない。技巧を凝らした詩が並び、随所に淡いユーモアさえちりばめられ、むしろ静謐な印象の詩集なのだ。
 そして、そのことこそがすごいと私は感じた。幸か不幸か私は死の淵に立った経験がないが、ガンで死を覚悟したとき、これほど客観的に自分の心を見つめて詩に昇華することは、とてもできそうにない。

 むろん、技巧やユーモアの底には激しい“生への渇仰”がみなぎり、読む者の心を打たずにはおかない。名作だと思う。

 集中、私がとくに感動したのは、「魂よ」「青春の健在」「おれの食道に」の3編。とくに「おれの食道に」は、一編の詩によって人生を総決算するような作品で、すごい。
 以下、3編それぞれから一部を引用しよう。

魂よ
この際だからほんとのことを言うが
おまえより食道のほうが
私にとってはずっと貴重だったのだ
食道が失われた今それがはっきり分った
今だったらどっちかを選べと言われたら
おまえ 魂を売り渡していたろう
第一 魂のほうがこの世間では高く売れる
食道はこっちから金をつけて人手に渡した(「魂よ」)



ホームを行く眠そうな青年たちよ
君らはかつての私だ
私の青春そのままの若者たちよ
私の青春がいまホームにあふれているのだ
私は君らに手をさしのべて握手したくなった
(中略)
さようなら
君たちともう二度と会えないだろう
私は病院へガンの手術を受けに行くのだ
こうした朝 君たちに会えたことはうれしい
見知らぬ君たちだが
君たちが元気なのがとてもうれしい
青春はいつも健在なのだ(「青春の健在」)



庭の樹木を見よ 松は松
桜は桜であるようにおれはおれなのだ
おれはおれ以外のものとして生きられはしなかったのだ
おれなりに生きてきたおれは
樹木に自己嫌悪はないように
おれとしておれなりに死んで行くことに満足する
おれはおれに言おう おまえはおまえとしてしっかり
 よく生きてきた
安らかにおまえは眼をつぶるがいい(「おれの食道に」)



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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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