菊地章太『儒教・仏教・道教』


儒教・仏教・道教 東アジアの思想空間 (講談社選書メチエ)儒教・仏教・道教 東アジアの思想空間 (講談社選書メチエ)
(2008/12/11)
菊地 章太

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 菊地章太(のりたか)著『儒教・仏教・道教/東アジアの思想空間』(講談社選書メチエ/1575円)読了。
 先日読んだ『悪魔という救い』が面白かったので、同じ著者の最新著作を読んでみた。

 書名を見て「うわー、むずかしそう」と敬遠する向きもあろう。だが、本書は書名とは裏腹に平明で、知的刺激に富む好著であった。

 また、やはり書名から、儒教・仏教・道教それぞれの特色を概説した入門書と勘違いする向きもあろう。だが、そうではない。本書は、インドで生まれた仏教が中国に受容され、そこで儒教・道教と混淆し、相互に影響し合って変容していくシンクレティズムの道筋をたどったものなのである。

 したがって論述の主舞台は古代中国となるが、中国から朝鮮を経て仏教を受容した日本についても言及される。ゆえに、現代日本仏教について考えるうえでも示唆に富む内容となっている。

 「シンクレティズムという言葉には衰退や堕落のイメージがどうしてもつきまとう」と著者も言うとおり、我々はとかく、複数の宗教が融合して生まれた宗教を、大元の宗教よりも低くとらえがちだ。
 一例を挙げれば、原始仏教のみを是として、儒教などの影響を受けて変容した中国や日本の仏教を「もはや仏教とはいえない」と否定する論者は少なくない。

 だが、著者はそうした姿勢に異を唱え、シンクレティズムを肯定的にとらえる。
 「世の中のことはみな純粋から雑然へと進むのだろうか」と、著者は読者に問いかける。逆に、「えたいの知れないもやもやしたなかから、誰かが核をえりわけ」、「よけいな枝葉を切り捨て振り落とし」、「雑然から純粋へと高めていく場合も考えられる」のではないか、と……。

 そうしたニュートラルな姿勢からとらえ直された儒教・仏教・道教の「交渉と融合のありよう」は、たいへんスリリングである。私たちが仏教の特色だと思い込んでいたことがじつは儒教の特色であったり、自分たちとは無縁だと思い込んでいた道教がじつは日本人の生活にも入り込んでいたり……という「目からウロコ」の知見の連続なのだ。

 例を挙げよう。

 お彼岸もお盆も仏教の行事のようになっているが、インド仏教の考え方からすればあり得ない習俗である。まったき消滅(引用者注・成仏のこと)にいたらないかぎり、亡き父母の霊魂はいずこかに転生している。それは人間界であるとはかぎらない。しかも前世の記憶は保存されないのが原則である。だから、春分の日やお盆休みの混雑する日に、子どもたちのところへ戻ってくるいわれがない。
 輪廻転生の体系のなかでは遺骨ももちろん意味がない。実際にインドでは火葬にしたあとの骨は川に流してしまう。墓もつくらない。位牌も家に置かない。これらは仏教に関係ありそうだが、少なくとも本来の仏教とは縁もゆかりもない。いずれも儒教の祖霊観からの影響を濃厚に受けて変容した仏教的習俗である。



 今やお中元といえば夏のごあいさつになってしまったが、もとは古い道教の儀式であった。



 そして、著者は結論として、儒仏道の三宗教が混淆して作り上げられたのが「東アジア思想空間モデル」である、と言う。

 道教は現世での幸福に執着する。仏教は現世への執着を断つべしという。
 かほどに道教と仏教とはあいいれない理想をかかげている。そのはずなのに両者は中国人の生活のなかで、とりわけ奥底でひとつにつながっている。表と裏をなしている。それもこれもにらみつけながら儒教がデンと居すわって、二十一世紀になっても立ち去る気配はない。
 儒仏道がまるで太極図を三つ巴にしたようにからみあっている。



 儒仏道の濃淡の差こそあれ、日本の思想空間の基底部にも同じ「モデル」が存在するのだ(日本の場合はそこに神道も加わって、さらに複雑な混淆がなされている感じか)。

 大風呂敷を広げすぎたせいか、あるいはこの著者の悪いクセなのか、話があちこちに脱線してまとまりに欠ける本だ。が、その脱線部分にも卓見がちりばめられており、全体としてはたいへん面白い本になっている。

  
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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