信田さよ子『母が重くてたまらない』


母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き
(2008/04/10)
信田 さよ子

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 信田さよ子著『母が重くてたまらない/墓守娘の嘆き』(春秋社/1785円)読了。
 ベテラン・カウンセラーの著者が、現代日本に広がる母と娘の「支配・被支配関係」を読み解いた本。

 ここでいう「娘」とは、すでに成人した女性を指す。また、「支配・被支配関係」といっても、暴力などの児童虐待に端を発した関係ではない。
 むしろ、本書に登場する母たちは、表面上は娘を思いやり、家事も完璧にこなす「よき母」ばかりである。にもかかわらず、見えない鎖で全身を縛り上げるように娘を支配下に置き、就職や結婚などさまざまな人生のステージで、娘の進む道をコントロールしようとする。

 本書に紹介された事例の一つ――。
 T大法学部に進んだ娘がベンチャー企業への就職を望むと、母親は涙を流しながら次のようにまくし立てたという。

「許さないわよ、どうしてそんなこと……。先の見えない人生なんて送らせるわけにはいかないでしょ、いったい何のためにママが生きてきたと思ってるの。だめよ、絶対だめよ」

 娘の側はそうした支配に耐え難い思いをしているものの、母の磁場から逃れて自由に生きることができずにいる。
 児童虐待をするような親なら、子が憎むことはたやすい。しかし、「私はあなたのために生きてきた」と言いつのる「よき母」を憎むことは難しい。母を疎ましく思い、逃れようとすればするほど、娘の心には罪悪感が湧き上がるのだ。

 そのような女性たちを、著者は「墓守娘」と名づけた。カウンセリングの中で聞いた「墓守」という言葉に強い印象を受けたことに由来している。
 たとえば、娘に「結婚しろ」とせがみつづけたある母親が、そのことをあきらめたときにつぶやいたのは、「もう何も言わないからね。ただ、私たちが死んだら墓守は頼むよ」という一言だったという。また、母との関係に苦しんで摂食障害になったある女性は、母に向かって「こんな家のお墓を守って生きるなんていやだ」と言ったという。

 今年の4月に出た本だが、手元にあるのは9月に出た第11刷。かなりの勢いで売れているのだ。「母が重くてたまらない」と感じている成人女性が、それだけ多いということだろう。ただし、男が読んでもたいへん興味深い本であり、私は一気読みしてしまった。
 信田さよ子といえば、少し前に読んだ『依存症』(文春新書)もよい本だったが、これも示唆に富む良書だ。

 著者は、母娘の支配・被支配関係を、次のような6つの類型に立て分ける(ただし、一組の母娘の中にいくつかの類型が混在するケースも多いだろう)。

1.独裁者としての母-従者としての娘
2.殉教者としての母-永遠の罪悪感にさいなまれる娘
3.同志としての母-絆から離脱不能な娘
4.騎手としての母-代理走者としての娘
5.嫉妬する母-芽を摘まれる娘
6.スポンサーとしての母-自立を奪われる娘

 各類型の典型的事例を著者は挙げているが、そのうち私にとって最もショッキングだったのは、「嫉妬する母-芽を摘まれる娘」。娘の若さと美しさに「嫉妬」し、娘の社会的達成に「嫉妬」する母が少なくない、というのだ。

 

 注目すべきは、娘の社会的達成に対しての嫉妬は、セクシュアリティに関するそれよりもっと頻繁にみられることだ。若さや美への嫉妬は、かわいげがあると思えるほどだ。
(中略)
 娘が人生で喜びを味わうたびに、丹念に一つずつ潰しているとしか思えない母がいる。彼女たちの多くは、戦後民主主義教育を受けて育ちながら、就職や進学では明らかな女性差別を経験した。そして、選択の余地なく専業主婦となり、夫の浮気や浪費、暴力などで苦しんだ母たちだ。彼女たちは、娘たちが昔とは比べものにならないほど広範に門戸を開いた大学にやすやすと進学し、一流企業に就職し、自己実現の階段を一歩ずつ上がるたびに、激しく嫉妬する。自分と娘とは時代背景が違うということは十分承知のうえで、だからこそ陰湿な嫉妬の毒を撒き散らす。
 娘が結婚すると、どこかほっとした顔をしたりする。「これで娘も世間並みの女の苦労をするだろう」という安堵感が、そこから読み取ることができる。



 カウンセラーらしく、問題解決のための処方箋を後半で提示しているところもよい。そこには、母の側、娘の側への処方箋のみならず、問題の隠れた主役である父親たちに向けた処方箋も書かれている。ゆえに、世の父親たち――とくに、本書に多くの事例が出てくる「団塊の世代」の父親――も一読すべき本である。

 メモしておきたいような深みのある一節が、山ほどある。たとえば――。

 

 夫を子ども扱いすることで大人になれた妻たちは、中高年になり夫から解放され(るために)、今度は同じような関係を娘とのあいだにつくり出しているのではないだろうか。無邪気を装った無神経ぶり、都合のいいときだけ老人ぶったわがまま放題、身体的衰えを材料に娘を脅して言うことを聞かせる……。これらは依存や甘えと紙一重の支配である。多くの支配がそうであるように、支配する側は半ば無自覚である。なぜなら他者を支配することは苦痛ではなく、むしろ豊かな快楽に満ちているからだ。夫たちが結婚と同時に手に入れた「大きな息子」の地位に伴う快楽は、母親たちのそれと似ている。とすれば、母親たちは娘たちの「大きな娘」になっているのではないだろうか。こころおきなく無邪気に依存できる快楽を、彼女たちは娘によって初めて得ることができたと考えると納得がいく。



 中途半端な理解などしないほうがいい。むしろ有害である。
 そう思うほどに彼女たちの理解や推測は、子ども本人の考えていることとずれている。彼女たちの理解は、子どもたちにすれば無理解で的外れなのだ。自分の子どもとはいえ、すでに成人していれば自分の理解を超えるのだということを、母親たちはなかなか認められない。こんなズレや無理解が生じるにつれて、母と子どもの関係は遠ざかるどころかもっと近づいていく。ズレや無理解を埋め合わせようとする母と、理想の母親像を求めて「お母さんならわかってくれてもよさそうなものなのに!」という怒りに満ちた子どもが四つに組んでしまうのだ。



 もともと母子密着度が高い日本社会が、一定の豊かさを持ったからこそ生まれた「墓守娘」たちの悲劇。その悲劇の内実を、鮮やかに腑分けした一書。良質の文学作品のような読後感が味わえた。

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コメント

Re: 信田さよ子『母が重くてたまらない』
ぼのさん

この本は後半で、「では、墓守娘はどうすればよいのか?」についてくわしく触れているので、一読をおすすめします。
見出しの一部を引くと、「怒りを自覚しよう」「罪悪感は必要経費」「仲間をつくろう」「NOは、母へのサービスだ」……。
  • 2008-12-31│07:38 |
  • 前原 URL│
  • [edit]
鎖でつながれてるような感じ
この本の内容は
ワタシにもと当てはまって
ますね

ワタシが病気にならずに
実家から遠く離れて
たとえ、母からみて
”いい仕事”に
ついていても
男のヒトと同棲なんか
してたら卒倒するんだろうな…

母の理想の目論見?は
大学を出て、地元に帰り
ちょうどいい時期に
公務員とかやってるヒトと
結婚する事だったらしいです

大学を中退し、ウツ病になり
仕事を辞めて家にいた時
あるとき、急に怒りが
こみ上げて母親に向かって
「私は、アンタの思うようには
 なれんから、あきらめてよ!」と
泣きながら、言ったことが
あります。
母親からの真綿で首をしめるような
無言のプレッシャーは
物凄く重くまとわりつくんですよね

本当の意味で親の呪縛から
離れて自立したいですねえ
  • 2008-12-30│22:00 |
  • ぼの URL│
  • [edit]

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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