玉野和志『創価学会の研究』

創価学会の研究 (講談社現代新書 1965)創価学会の研究 (講談社現代新書 1965)
(2008/10/17)
玉野 和志

商品詳細を見る


 玉野和志著『創価学会の研究』(講談社現代新書/756円)読了。

 帯には、「批判でも賞賛でもないはじめての学会論! 社会学者が知られざる実像に迫る!」という惹句が躍っている。
 この惹句はいささか羊頭狗肉(著者がつけたわけではないだろうが)。「批判でも賞賛でもない」中立的スタンスなのはたしかだが、そうしたスタンスの「学会論」はべつに「はじめて」ではない。
 また、書かれていることは「知られざる実像」というほどのものではない。内容の9割以上は公刊された資料に基づく分析であるし。

 とはいえ、なかなかよくまとまっている本だ。とくに、「創価学会について客観的に知りたい」と思っている人が最初に読む入門書に好適だろう。
 同じようなニーズから読まれ、版を重ねている島田裕巳の『創価学会』(新潮新書)より、こちらのほうがずっと入門書にふさわしい。内容に比較的偏りがなく、学会員の生活や学会の歴史なども一通りわかるように作られているからだ。

 逆に、年季の入った学会員とか非会員の「学会オタク」(笑)にとっては、いささか物足りない内容だろう。「研究」というより、これから著者が進める(かもしれない)研究の「序説」のような印象だ。

 たとえば、「はじめに」には、「人々はなぜ創価学会を嫌うのか。そこにわれわれ日本人と日本の社会を理解する鍵が隠されているように思えたのである」との一節がある。本文にも、同様の記述が何度か出てくる。
 で、「創価学会をフィルターとした、壮大な日本人論、日本社会論が展開されるのか」と大いに期待して読み進めると、けっきょくそっちには論が及ばないまま終わってしまう。おいおい、「ほのめかし」だけかい!

 ……と、ケチをつけてしまったが、美点も少なくない。

 たとえば、第3章「創価学会についての研究」は、1950年代から2000年代に至る代表的な学会研究の要旨・特長を紹介した内容で、著者の社会学者としての目が活きている。取り上げられた研究にはすでに入手困難なものも多く、手っ取り早く学会研究史を概観できるこの章は資料的価値も高い。

 また、4章「創価学会の変化」と5章「これからの創価学会」には、私にとっても目からウロコだった斬新な分析がいくつか含まれている。
 たとえば、近年、各地域の学会員が町内会などに積極的に参加するようになったことについて、その変化を自公連立(1999~)との関係から分析し、「地域における自公連立」ととらえているのは、著者の独創だろう。

 著者は、「(現在の)創価学会の会員と自民党の支持者の一部は非常によく似ている」とし、小泉改革によって「自民党が切り捨てた支持層の一部をちょうど補完する役割を創価学会と公明党が引き受けている」と指摘する(5章)。
 そうした分析は、自公連立を水と油の「野合」ととらえる紋切り型の批判より、はるかに説得的である。

 ただ、これは本書全体に感じたことだが、著者の筆には根深い庶民蔑視が随所に透けて見える。
 たとえば、次のような一節――。

 

 いずれは創価学会も社会的上昇をはたした学会員を中心に、自民党の支持層と同様に、いまだ庶民にとどまっている学会員たちを保守的な権威主義や宗教的イデオロギーによってつなぎとめるだけの組織になっていくのかもしれない。(中略)
 ここで重要なのは、公明党と創価学会ないし学会幹部と一般会員との関係が、池田大作という宗教的指導者を失った後も、どこまで維持されるのかという点である。いいかえれば、学会員同士の関係が、たとえその内部で現実に階層的な格差が存在し、不均等な援助関係が結ばれていたとしても、あくまで平等な人間同士であるという理念が貫徹するのかどうかという点が問われてくるのである。(198~199ページ/太字強調は引用者)



 著者の目には、社会的に成功した「勝ち組」学会員と成功していない「負け組」学会員との間に、見えない大きな亀裂が存在するように映るらしい。そして、近い将来そうした“学会内格差”が表面化し、その亀裂が組織に危機をもたらす、と予測しているらしい(「不均等な援助関係」というのは、何を指しているのかさっぱりわからない)。
 そりゃまあ、一部の公明党議員などが「オレは末端会員とは違う」と思い上がる例はあるだろう。だが、少なくとも、組織全体に危機をもたらすような「亀裂」は存在しないと思う。

 社会的に成功しても「庶民」の側に立ちつづけるのが学会員であり、そもそも「庶民」という言葉は学会内ではネガティヴな意味合いを持っていない。「庶民から抜け出すことが勝利」ではないのだ。その点、著者には大きな誤解ないし偏見がある。
 私は、このような“庶民蔑視のフィルター”を通して学会を見ているかぎり、著者の描く学会像には歪みが生ずると思う(もっとも、それはこの著者にかぎったことではなく、島田裕巳の「学会本」にも同様の庶民蔑視を感じるが)。

 
関連記事

トラックバック

コメント

Re: タイトルなし
>  先日は大変に失敬いたしました。
>  先には書きそびれましたが、「自公連立」は1999年からではありませんか?

そうですね。99年からでした。ケアレスミスです。
直しておきます。ご指摘ありがとうございました。

  • 2009-02-12│17:05 |
  • 前原 URL│
  • [edit]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2009-02-12│11:58 |
  • [edit]
Re: 玉野和志『創価学会の研究』
今西様

はじめまして。

この著者は、創価学会による「庶民礼讃」をただのタテマエだと思っているようですね。
また、指導等にしばしば登場する「勝利」という言葉を、社会的成功(庶民でなくなること)とイコールだと思っているようです。

ニュートラルで冷静な内容ではあるものの、「ちょっと違うんだよなあ」という喉に小骨が刺さったような違和感を、ずっと感じながら読んだ本でした。
  • 2008-12-05│03:35 |
  • 前原 URL│
  • [edit]
Re: 玉野和志『創価学会の研究』
初めてコメントします。
私は現役の創価学会員です。
前原さんの次のコメントに強く共感します。

「私は、このような“庶民蔑視のフィルター”を通して学会を見ているかぎり、著者の描く学会像には歪みが生ずると思う(もっとも、それはこの著者にかぎったことではなく、島田裕巳の「学会本」にも同様の庶民蔑視を感じるが)。」

民主主義は八百屋、魚屋、パン屋の人々の集まりがその語源である。と言った知識人がいました。
まさに庶民の集まりが民主主義と思います。
その庶民を組織化したのが創価学会です。(町内会や隣組は地縁的組織化)

少々牽強付会ですが、創価学会を蔑む人は真の民主主義を知らない人ではないでしょうか?
では また

コメントを残す

Secret


Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

ブクログ・MY本棚

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
35位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
24位
アクセスランキングを見る>>