矢作俊彦『傷だらけの天使』 |
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2008-07-12 Sat 10:52
矢作俊彦著『傷だらけの天使/魔都に天使のハンマーを』(講談社/1785円)読了。 1970年代の伝説のテレビドラマ「傷天」の「続編」を、矢作俊彦が小説の形で手がけた話題作。 「傷天」はネオ・ハードボイルド(ヴェトナム戦争以後に登場した、「カッコ悪さすれすれのカッコよさ」をもつハードボイルド小説)の影響が濃いドラマだったから、矢作がノヴェライズを手がけたことは納得できる。 「傷天」にリアルタイムでハマった世代であり、なおかつ矢作ファンでもある私にとっては、読まずにはいられなかった作品。 ↑この本のカバーにも使われている、「傷天」の伝説的なオープニング。私はずっと、映画『動く標的』のオープニング(ポール・ニューマン演ずる私立探偵がベッドから起き上がる場面で始まる)を意識したものだと思っていたのだが、じつはイタリア映画『最後の晩餐』が元ネタなのだそうだ。最近ショーケンがそう明かしていた。 ドラマの最終話から30余年後の「いま」を描く物語。ドラマではショーケンが演じた主人公・木暮修は、50代のホームレスとなって登場する(修が「ホームレスじゃねえ。宿無しだ」と言い張るあたりがいかにもでよい)。 相棒の亨(アキラ=水谷豊)はもちろんすでにこの世にないが、岸田今日子が演じた綾部貴子も、岸田森が演じた辰巳も、さらには修の息子・健太も登場する。 修のホームレス仲間が、何者かに襲われ殺される事件が起きる。襲った連中は、最初に「コグレオサムか?」と問いかけたという。彼は修と間違えられて殺されたのだ。 なぜ自分が狙われたのか? その謎を追って、修は30年ぶりに新宿の街に舞い戻る――。 ……と、そのように、ハードボイルド・ミステリの体裁をとった物語。骨子だけ見ると『テロリストのパラソル』(藤原伊織)みたいだが、実際に読んでみると、むしろ矢作の『ららら科學の子』に近い。 『ららら科學の子』は、殺人未遂事件を犯して中国農村部に「身をかわした」主人公が、30年ぶりに日本に戻ってくる物語だった。彼にとって日本の「いま」は見るもの聞くものすべてが物珍しいという、一種の「タイムスリップもの」であった。 同様に、世間からドロップアウトして暮らしてきた修にとって、30年ぶりの新宿は異世界なのである。矢作は、『ららら科學の子』で用いた方法論を本作にも援用したわけだ。 この小説は、ハードボイルド・ミステリとしてはかなり粗削り。途中の展開にはご都合主義なところも散見される。矢作としては7割程度の力で書いた感じ。 しかしそれでも、「傷天」ファンにしかわからないくすぐりが至る所に仕掛けられているので、かつて「傷天」にハマッた者にとってはたまらなく面白い。とくに、ラストは泣ける。 逆に言うと、「傷天」を知らない人がたんに娯楽小説として読んでも、全然面白くないと思う。単行本の帯には「ドラマを知らずとも一気に世界に入り込める、圧倒的エンターテインメント」とあるが、これはちょっと誇大広告。 |
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