エマニュエル・トッドほか『文明の接近』

文明の接近―「イスラームvs西洋」の虚構文明の接近―「イスラームvs西洋」の虚構
(2008/02)
石崎 晴己、エマニュエル・トッド 他

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 エマニュエル・トッド、ユセフ・クルバージュ著、石崎晴己訳『文明の接近――「イスラームvs西洋」の虚構』(藤原書店/2940円)読了。

 米国の凋落を大胆に論じた『帝国以後』が世界的ベストセラーとなったフランスの人類学者トッド。その新著である本書は、ハンチントンの『文明の衝突』に代表される欧米のイスラム脅威論を真っ向から否定した論考だ。
 共著者のクルバージュは、イスラム圏の人口動態研究の第一人者。彼の協力も得て、トッドはイスラム社会の現状分析を徹底的に行なっていく。

 トッドの分析の独創性は、彼が用いる独自の人口学的手法の中にある。それは、出生率(合計特殊出生率)や識字率などを国の近代化の度合いを示す重要な指標ととらえ、その推移から社会情勢の変化を予測する手法だ。

 トッドは1976年の『最後の転落』において、世界で最も早くソ連崩壊を予見したことで知られるが、その根拠も人口学の知見であった。彼は、ソ連の乳児死亡率のわずかな増加から国内状況の悪化を見抜き、体制崩壊を予言したのだ。本書は、そうした手法をイスラム社会に援用することによって、イスラム脅威論の虚構を暴いてみせる。

 イスラム脅威論とは、つづめて言えば、イスラム教を「近代化を撥ね付ける宗教」ととらえ、イスラム文明と西洋自由主義文明の衝突を不可避とみるものだ。
 だが、著者たちは本書で真逆の結論を提示する。イスラム社会はいままさに近代化の途上にあり、「文明の衝突」など起こり得ず、むしろイスラム文明も他の文明に急速に「接近」しつつあるのだ、と……。その根拠として示されるのが、過去30年来のイスラム圏の出生率の激減などの人口学的知見なのである。

 では、イスラム原理主義に基づくテロの横行など、現実に起きている危機をどうとらえればよいか? 著者たちはそれを「移行期危機」の概念で説明する。

 移行期危機とは、近代化の過程で起こる一過性の社会危機のこと。
 たとえば、識字化(識字率が50%を超えること)は「息子たちは読み書きができるが、父親はできない」社会を生み、家族内の権威構造を揺るがす。そうした激変がさまざまな形で起きる移行期には、必然的に社会も危機に見舞われる、というのだ。
 著者たちは、いまのイスラム圏の社会不安は正常な移行期危機の枠内に収まるもので、「文明の衝突」の前兆ではけっしてないという。

 イスラム脅威論への根源的批判であると同時に、人口学の知見を用いて新たな世界観・歴史観を提示する書。
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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