矢作俊彦『ららら科學の子』

ららら科學の子 ららら科學の子
矢作 俊彦 (2006/10)
文藝春秋

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 矢作俊彦著『ららら科學の子』(文春文庫/700円)読了。

 元本は2003年刊。いまさらの読了だ。矢作は好きな作家だが、私が好きなのは「ハの字」(※)の矢作。『マンハッタン・オプ』や、『真夜中へもう一歩』などの二村永爾シリーズ、『暗闇にノーサイド』『ブロードウェイの戦車』の矢作である。

※ハードボイルドのこと。かつて「ニュー・ハードボイルドの旗手」との売り文句で颯爽とデビューした矢作だが、近年は「ハードボイルド」という言葉すら使うのを嫌がり、「ハの字の小説」と呼ぶのである。

 私は、「スズキさんのナントカ」という長編を途中で放り出して以来、昭和と1960年代にこだわった一連の矢作作品は敬遠しており、大傑作と評判の『あ・じゃ・ぱん』もいまだに読んでいない。

 だが本書は、ナイトキャップがわりになにげなく手にとって読んでみたら、すごく面白くて朝までかかって読み終えてしまった。これは傑作。

 学生時代、安保闘争の混乱の中で殺人未遂を犯し、中国の僻地へ「身をかわした」主人公が、30年ぶりに日本に戻ってくる。
 浦島太郎状態の彼の心には1968年までの日本がフリーズドライされており、変貌した日本の姿にいちいち戸惑う。その戸惑いぶりを描くことを通じて、“68年からの30年間で、日本の何が変わったのか?”が浮き彫りにされていく。つまり、一種のタイムスリップもの。

 説明を省き、わかる人にはわかる形で随所に提示される“時代のイコン”の数々が、すこぶる愉しい。
 たとえば、主人公が日本を去る直前に観た“加山雄三が殺し屋の役をやる映画”が物語のアクセントとして何度も登場するが、ついにタイトルは書かれずじまい。「ああ、『狙撃』のことね」と即座にわかってニヤニヤできる読者に向けて書かれているのだ。

 適度に「ハの字」の匂いがちりばめられている点も好ましい。たとえば、次のような一節――。

 彼は自分の人生が、前半分だろうと後ろ半分だろうと、ただのひとときも破壊されたことなどなかったと思った。たとえ、どんな経験をしようと、死の前に屈伏しない限り人生はあり続ける。プロ野球のバッターが十回の打席で七回死んでも三割打者と称賛されるように。


 これなど、「ハの字」の祖でもあるヘミングウェイの『老人と海』の名セリフ、「人間は負けるために造られたわけではないんだ。そりゃあ、殺されることはあるかもしれん。でも、負けはしないんだぞ」を彷彿とさせる。

 主人公が、生き別れた年の離れた妹のことをくり返し思うくだりが切ない。泣けそうなほど。あの矢作がこんなにセンチメンタルな心理描写をするとは……。矢作も年取ったなあ。でも、そのセンチメンタルな感じは悪くない。

■関連エントリ→ 矢作俊彦『ロング・グッドバイ』感想
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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