岸本佐知子『気になる部分』


気になる部分 (白水uブックス)気になる部分 (白水uブックス)
(2006/05)
岸本 佐知子

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 岸本佐知子著『気になる部分』(白水社/966円)読了。

 最近、「目利き」「読み巧者」の人たちが、こぞってこの人のエッセイを絶賛している(大森望とか柳下毅一郎とか)。で、気になったので読んでみた。
 著者の本業は翻訳家で、そのかたわら2冊のエッセイ集をものしている。これは、2000年に刊行された第一エッセイ集。

 いやー、面白かった。10回くらい爆笑、20回くらい微苦笑。

 何がすごいといって、著者の「妄想力」。
 日常のなかのささいな出来事から、「よくまあそこまで」と呆れるくらいの妄想をくり広げる様子が、おもにエッセイの素材になっている。で、物書きとしての基礎体力(文章力、豊富な語彙、観察力など)が非常に高い人だから、自分の妄想を書きつらねるだけで見事なユーモア・エッセイになるのだ。

 たとえば、「夜枕合戦」という一編。導入部からしておかしい。

 

 会社勤めをしていた頃は“睡眠魔神”の異名をとり、いつでもどこでも瞬時にして入眠できることを誇りとし、会議中に熟睡して金縛りにあった経験すらもつ私だったが、翻訳の仕事をするようになってからはめっきり寝つきが悪くなった。そこであれこれ試行錯誤を繰り返したあげく、ある夜“ひとり尻取り”ということをやってみた。



 で、“ひとり尻取り”をするうちにスーッと眠れるようになったはいいが、日を重ねるごとにだんだん尻取りの中身に凝るようになる。すると、著者の心の中では「厳密派」と「容認派」の対立が始まる。

たとえば“クレーター”ならば次は〈あ〉から始めるべきだとする厳密派と、〈あ〉〈たあ〉ともに認めるとする容認派が、競技の進め方をめぐって激しく対立し、一時試合が中断する騒ぎに発展したのである。



 ここから、エッセイは心の中の厳密派と容認派の対決として怒濤の展開を見せるのである。
 名前と年齢が近い岸本葉子のエッセイも“日常生活の愉しさ”を追求したものであるが、同じ岸本でもこちらは日常から広がる妄想のほうに真骨頂があるのだ。

 もう一つ例を挙げる。
 書名になった「気になる部分」は、新幹線の「鼻」や「ミミズの体に嵌めこまれている太いバンド状のもの」など、日常の中で気になって仕方ない「部分」について綴った一編。その最後がよい。

 私が勤めていた会社の社長は、立派で威厳に満ちた風貌の持ち主だったが、額のちょうど真ん中に大きな立体的なホクロがあって、私はたちまちそれを気にした。(中略)たまにエレベーターで乗り合わせてしまったりすると難儀した。ホクロに目が釘付けになってしまうばかりでなく、ムラムラと押してみたくなるからだ。でも、私は必死に自分を抑えた。万が一「電源スイッチ」だったりしたら、みんなが迷惑するからだ。



 あんまり面白かったので、先日出たばかりの第2エッセイ集『ねにもつタイプ』もアマゾンに注文した。
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気になる部分/岸本佐知子

■毎日読ませていただいているライターの前原さんのブログで紹介されていた本。これは面白そうだと思い、昨日2,3軒の本屋をはしご。やっと3軒目で白水社の新書の棚でこの本をみつけた時の喜びは最近では珍しいくらいで、ついスキップしてレジへ。もうすでに頭の中では..

コメント

ありがとうございます。
デヘヘラーさん、こんばんは。

トラバ、コメント、ブログでのご紹介ありがとうございます。
こちらからもトラバしました。

>わたしも新刊「ねにもつタイプ」、注文しようと思っています。


あまり量産できないタイプのエッセイかと思いますので、「ねにもつタイプ」を読んでしまったらまた数年待たないといけないでしょうね。楽しみに読みたいと思います。
  • 2007-02-14│04:34 |
  • 前原 URL│
  • [edit]
このエントリーを見て、読みたくなり、書店でみつけました。ご紹介ありがとうございました。
後半の書評もどきも結構面白かったです。
わたしも新刊「ねにもつタイプ」、注文しようと思っています。
  • 2007-02-13│23:35 |
  • デヘ URL│
  • [edit]
よいですよ。
高野さん、こんにちは。

翻訳家だけあって言葉さばきが高度なので、高野さんならきっと気に入りますよ。
エッセイというより小説に近い内容のものもあります。
  • 2007-02-10│06:12 |
  • 前原 URL│
  • [edit]
あひゃひゃひゃ
百間先生の「蜻蛉玉」を思い出してしまいました。
早速買って読んでみます!
ただし何の役にも立ちません。
Kathrynさま

面白いですよー。
ただ、面白いだけでなんの役にもたちません(笑)。ハイブロウなヒマつぶしのための一冊。
  • 2007-02-09│09:41 |
  • 前原 URL│
  • [edit]
そんなに面白いんですか?
いつも拝見しています…読書欲が湧きますね~。
いま大笑いしたいです!読んでみようかなぁ~。
  • 2007-02-09│08:47 |
  • Kathryn URL│
  • [edit]

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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