『漫画家本SPECIAL  闇金ウシジマくん本』



 『漫画家本SPECIAL  闇金ウシジマくん本』(小学館/1512円)を読了。
 今年2月に完結した〝国民的アウトロー・マンガ〟『闇金ウシジマくん』(真鍋昌平)のファン・ムックである。

 「漫画家本」とは、1人の人気マンガ家を深掘りしたファン・ムックのシリーズ。「あだち充本」「吉田秋生本」「藤田和日郎本」「浅野いにお本」などが、すでに出ている。
 今回は「真鍋昌平本」ならぬ「闇金ウシジマくん本」だから、通常の「漫画家本」とは異なるということで「SPECIAL」となったのだろう。

 全編を一読した感想として、まず「期待したよりも内容が薄い」と感じた。
 「15年も連載して、累計1700万部も売れた超人気作の完結記念に出す本が、こんなクオリティなの?」と、愛読者としては正直ガッカリした。

 「内容の薄さ」の例を挙げよう。
 『闇金ウシジマくん』第1話のネーム(コマ割り、各コマの構図、セリフ、キャラクターの配置などを大まかに示したもの)を、20ページ以上も費やしてそのまま掲載している。
 こんなの、作者のサイトで無料公開でもすればよいことで、商業書籍でやるべきことじゃないと思う。

 また、〝歴代スタッフによるウシジマ同人誌〟なるものが、24ページも費やして掲載されている。
 これは、よくいえば真鍋の「スタッフを大切にする心」を示しているのかもしれない。だが、一般読者から見れば、「アシスタントが作った同人誌を、なぜここで読まされなければならないのか?」という思いになる。

 映画版でウシジマを演じた山田孝之と真鍋の対談(過去に『スピリッツ』に掲載されたものの再録)、ウシジマくんファンだという芸人・ケンドーコバヤシと真鍋の対談(CS番組の再録)あたりは、まあ「賑やかし」としてあってもいい。

 ただ、評論パートと資料パートが弱い。
 たとえば、今年4月に出た『総特集 石ノ森章太郎』(河出書房新社)の評論パート・資料パートの充実ぶりと比べると、スカスカな印象である。



 本書の評論パートでよかったのは、呉智英による『闇金ウシジマくん』論だけだ。
 『社会学ウシジマくん』という研究本を出した難波功士など、ウシジマくんを論ずるにふさわしい論客はほかにも多いはずで、もう少し充実させてほしかった。

■関連エントリ→ 難波功士『社会学ウシジマくん』

 本書には、語り下ろしの対談が2つある。一つは真鍋と弘兼憲史の対談。もう一つは真鍋といましろたかしの対談。
 2つのうち、弘兼憲史と真鍋昌平では何の共通項もない気がするが、意外にも真鍋は弘兼作品に大きな影響を受けているのだという。そのためか、一見ミスマッチに思えるこの対談は、予想外に面白かった。

 逆に、いましろたかしとの対談は、作風的には好マッチングに思えるが、中身がグダグダだった。

 ……と、ここまでさんざんディスってしまったが、いいところもある。
 とくに、本書の核ともいうべき真鍋昌平へのロングインタビューは素晴らしい。

 真鍋へのインタビューは2部に分かれていて、第1部はおもに取材の舞台裏を聞く内容。『闇金ウシジマくん』は綿密な取材に基づいて作品が作られていたことで知られるが、その内幕が明かされているのだ。

 インタビュアーの島田文昭(ライター/編集者)は、『闇金ウシジマくん』のコミックスの奥付に「取材協力」として名前がクレジットされていたことで、ファンにはおなじみ。真鍋の取材に同行することも多かったらしく、さすがにウシジマくんについて知り尽くしている。ゆえに質問も的確で、インタビューとして中身が濃い。

 ロングインタビューの第2部は、『闇金ウシジマくん』の第1話「奴隷くん」編から最終の「ウシジマくん」編まで、シリーズ各編について真鍋に振り返ってもらう内容。

 「ゲイくん」編を描くために真鍋が新宿二丁目で「実際にウリセンの男のひとを買ってみた」とか(相手が勃たず、行為には至らなかったそうだ)、「そこまでやるか」という驚愕のエピソードがちりばめられている。

 このロングインタビューを読むと、『闇金ウシジマくん』がどれほど厚い取材に裏付けられていたかがわかり、感動的ですらある。

 たとえば、「ギャル汚くん」編のラストで、イベントサークル代表・純はハチミツ入りのワインを身体にぶっかけられ、樹に縛られて樹海に放置される。
 あの衝撃的ラストシーンも、昆虫研究家への取材に基づいていたという。樹海ならどのような虫が多いか、虫を呼び寄せるためのいちばん効率的な方法は何かを聞いたうえで、あのように描かれたのだ、と……。

 このロングインタビューとともに、ファンにとって必読なのが、真鍋が描き下ろした10ページの『闇金ウシジマくん』特別編「もしも…くん」である。

 これはもう明かしてもネタバレにはならないと思うが、『闇金ウシジマくん』の最終回でウシジマは命を落とす。この「もしも…くん」編は、「もしもあの日、ウシジマが死ななかったとしたら?」という想定で描かれた「アナザー・ストーリー」になっている。

 全体として内容の薄いムックだが、真鍋へのロングインタビューとこの「もしも…くん」だけは、ファンにとって大きな価値がある。

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武田一義『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』



 仕事上の必要があって、武田一義『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』の既刊1~6巻を読んだ。

 太平洋戦争・南方戦線の激戦地の一つであるパラオ諸島のペリリュー島。そこを舞台に、日本軍の絶望的な戦いを描いたマンガである。

 南方戦線を描いたマンガとしては、水木しげるの一連の戦記マンガがある。

 周知のとおり、水木は自らが南方戦線で一兵卒として戦い、片腕を失った人。だからこそ、彼の戦記マンガには他の追随を許さぬ迫力がある。
 中でも最高傑作だと私が思う長編『総員玉砕せよ!』など、主人公がジャングルの中で死んでいくすさまじいラストが、読後しばらくは頭にこびりついて離れないほどだ。



 それに対して、この『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』は、本人(1975年生まれ)ばかりか両親も戦争を知らない世代。
 作者の武田は、2015年の天皇・皇后によるペリリュー訪問(いわゆる「慰霊の旅」の一環)で、ペリリュー島が激戦地であったことを初めて知ったという。

 作品冒頭近くの「ここに祖父がいた」という言葉が誤解を招きがちだが、あれは作者の祖父がペリリュー島で戦ったという意味ではなく、その場面に描かれた登場人物の「祖父」という意味なのだそうだ。

 つまり本作は、ペリリュー島の戦いとはまったく無縁のマンガ家が、〝あとから調べて描いた戦争〟なのだ(ただし、「原案協力」という形で専門家が監修に当たってはいる)。

 では、当事者が描いた水木しげるの戦記マンガと比べて、本作は迫力不足か?
 読んでみれば、まったくそんなことはない。ものすごい迫力で戦場のリアルが描かれているし、むしろ、いまの読者にとっては水木作品よりも読みやすく面白いと思う。

 「閲覧注意」の凄惨な場面が次々と登場するのだが、スッキリしたカワイイ絵柄、三等身のマンガ的キャラで描かれているため、その凄惨さがほどよく中和されている。
 その点では、シベリア抑留の凄惨な現実を描きながらも絵柄のカワイさで救われていた、おざわゆきの『凍りの掌』に近い。

■関連エントリ→ おざわゆき『凍りの掌』

 「楽園のゲルニカ」という副題が、イメージ豊かで素晴らしい。これがメインタイトルでもよかったと思うくらいだ。
 サンゴ礁に囲まれた、楽園のように美しいペリリュー島。そこでくり広げられる、ピカソの『ゲルニカ』のような惨劇……なんと残酷なコントラストだろう。

 約1万500人もいたペリリュー島の日本兵のうち、最後まで生き残ったのはたったの34人であったという。
 本作の主人公・田丸はその中に入っているのか、それとも……。クライマックスが近い『ヤングアニマル』での連載からも、目が離せない。

 本作は、『この世界の片隅に』や『凍りの掌』『あとかたの街』と並んで、〝戦争を知らない世代が描いた戦争マンガ〟を代表する作品になるだろう。

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赤松利市『ボダ子』



 赤松利市著『ボダ子』(新潮社/1674円)読了。

 『藻屑蟹』で大藪春彦新人賞を受賞してデビューした、63歳の大型新人・赤松利市の4作目の小説。

 私が読む赤松作品は、これが3作目。『藻屑蟹』のときから「大藪春彦って感じじゃないなァ。もっと純文寄りの人ではないか」と思っていたが、この第4作はなんと、自らが小説家になるまでの半生を描いた私小説である。

■関連ブクログ・レビュー
赤松利市『藻屑蟹』
赤松利市『らんちう』

 版元の内容紹介が簡にして要を得たものなので、引用する。
 


バブルのあぶく銭を掴み、順風満帆に過ごしてきたはずだった。
大西浩平の人生の歯車が狂い始めたのは、娘が中学校に入学して間もなくのこと。
愛する我が子は境界性人格障害と診断された……。
震災を機に、ビジネスは破綻。東北で土木作業員へと転じる。
極寒の中での過酷な労働環境、同僚の苛烈ないじめ、迫り来る貧困。
チキショウ、金だ! 金だ! 絶対正義の金を握るしかない!
再起を賭し、ある事業の実現へ奔走する浩平。

しかし、待ち受けていたのは逃れ難き運命の悪意だった。
未体験の読後感へと突き動かす、私小説の極北。



 タイトルの「ボダ子」とは、主人公の娘のこと。「ボーダーライン」(境界性人格障害)ゆえに「ボダ子」なのだ。
 娘との関係が小説の大きな核にはなるのだが、「ボダ子」は主人公ではない。主人公はあくまで、作者の分身である還暦間近の男・大西だ。

 著者インタビューによれば、本作の内容は100%実体験なのだそうだが、「ホントはかなり脚色があるのでは?」と勘ぐりたくなる。それくらいすさまじい内容である。
 私小説ではあるが、エンタメ的な面白さも十分にあり、私は一気読みしてしまった。

 きれいごとだけでは済まない被災地の現実の描写も鮮やかで、優れた「震災文学」でもある。

 勝目梓の『小説家』のように、エンタメ作家が本気で私小説を書くとすごいものが出来上がることがあるが、本作はまさにそれ。

■関連エントリ→ 勝目梓『小説家』

 量産のきくタイプの作品ではなく、一回限りの場外ホームランのようなものだと思うが、間違いなく赤松利市の代表作になるだろう。

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『バハールの涙』



 『バハールの涙』をDVDで観た。



 イスラム原理主義過激派組織「IS(イスラム国)」によってイラクのクルド人自治区が襲撃され、男たちは殺され、女たちは性奴隷として売られ、子どもたちはISの戦闘員として育てるために連れ去られた……現実に起きたそのような悲劇をベースにした映画である。

 ヒロインのバハールはフランス留学の経験もある弁護士で、家族とともに幸せに暮らしていた。彼女の村をISが襲撃し、夫は殺され、まだ幼い息子は連れ去られる。バハールは性奴隷として4度に渡って売られるが、命がけで脱出する。

 そして、「被害者でいるよりは戦いたい」という仲間の言葉に突き動かされ、元性奴隷の女性たちを集めた小さな部隊を結成し、息子を取り戻すためにISと戦う道を選ぶのだった。その部隊の名が「太陽の女たち」で、この映画の原題(Les Filles du Soleil)でもある。

 バハールは架空の人物だが、女性たちで構成された対IS抵抗部隊があったのは事実である(→「ISと戦う女性兵たちの正義と美と自由」)。バハールの人物像も、ISに拉致され脱出した女性たちの証言をベースに創られている。

 もう一人のヒロインになるのが、戦場ジャーナリストのマチルド。「太陽の女たち」部隊に密着して命がけの取材を行う彼女と、隊長バハールの間に生まれる友情が、ストーリーの横糸になる。

 マチルドも架空の女性だが、「アイパッチをした戦場ジャーナリスト」として知られたメリー・コルヴィン(シリア取材中に砲弾を受けて亡くなった)がモデルになっている。コルヴィン自身の生涯も、『A PRIVATE WAR』(2018年、アメリカ)という映画になった。



 IS戦闘員の間では(てゆーか、イスラム原理主義者の間では)、「女に殺されると天国に行けない」と信じられており、それゆえに女性たちの部隊はとりわけ恐れられたという。すごい話だ。

 レイプの直接的描写は注意深く避けられているが、ISによる女性たちの扱いはひどく、正視に耐えないようなシーンもある。

 それでも、バハールが兵士となってからは、心に残るシーンやセリフが多い。「奴ら(IS)が殺したのは私たちの恐怖心だ!」と隊員たちを鼓舞し、命がけの戦闘に打って出るバハールは、凛々しくも美しい。

 なお、本作のソフトが「戦争アクション大作」と銘打たれて売られていることに、私は強い違和感を覚えた。たしかに戦闘シーンは多いが、娯楽的な「戦争アクション」ではけっしてないからである。
 あえてカテゴライズするなら「女性映画」だろう。それも、とびきり力強い女性映画だ。

 あと、「自爆兵士」を意味する言葉として「カミカゼ」という日本語が使われていたので、ちょっとビックリ。神風特攻隊の名は世界に知られているのだね。

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『メアリーの総て』



 『メアリーの総て』をDVDで観た。



 ゴシック・ホラー小説の原点にして、SF小説の原点とも評される『フランケンシュタイン』。この名作を生み出したメアリー・シェリーの物語。

 『フランケンシュタイン』の誕生を描いた映画には、過去にケン・ラッセルの『ゴシック』などがあるが、本作は監督も女性(サウジアラビア初の女性映画監督ハイファ・アル=マンスール)であり、フェミニズム的観点から描かれた女性映画になっているのが特徴。

 フェミニズムの先駆者メアリー・ウルストンクラフトを母に、アナキズムの先駆者ウィリアム・ゴドウィンを父に持つメアリーは、物書きとしての才能に恵まれたサラブレッドとも言える。

 だが、生後すぐに生母を喪い、継母との折合いが悪かった彼女の少女時代は孤独であった。
 メアリーはロマン派の若手詩人シェリーと恋に落ちるのだが、シェリーには妻と幼い娘がいた。シェリーとの日々も、彼女を孤独から救いはしなかったのだ。

 きわめて独創的な傑作『フランケンシュタイン』を書き上げて才能を開花させたとき、メアリーはまだ18歳の若さ。いまなら、美貌と才能を兼備した若き女流作家として、時代の寵児になるだろう。

 だが、19世紀のイギリスでは、「若い女が書いた怪物の物語など、誰も読まない」と、多くの出版社が刊行を拒否。その果てに、作者を匿名とし、人気詩人である夫シェリーの序文をつけることを条件に、初版わずか500部で『フランケンシュタイン』は刊行される。

 メアリーは、18歳で迎えたデビューの日までに、一般の女性3人分くらいの波乱万丈な人生を経験していた。その波乱の数々が描かれた本作は、静謐な雰囲気ながらもドラマティックだ。

 一人の作家、一つの名作の誕生プロセスを描いた物語。
 そしてメアリーは、作家としての誕生と同時に、女性としての精神的自立をも果たす。それまでに味わった深い孤独をエネルギーに昇華して……。

 メアリー役のエル・ファニング(ダコタ・ファニングの妹)が、儚いなかにも凛とした美しさを表現して、出色の熱演。

 シェリーや詩人バイロンなど、彼女の周囲の男たちは遊び呆けてばかりいて、身勝手でろくでもない。
 まあ、当時の英国の詩人たちはおおむねこのような存在だったのかもしれないが。

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『ギャングース』



 『ギャングース』をDVDで観た。
 鈴木大介(ルポライター)・肥谷圭介(マンガ家)コンビによる同名マンガの映画化。



 『ギャングース』というタイトルは、ギャングとマングースの合成語である。
 マングースが毒蛇と戦うように、ギャング(犯罪者集団)専門のタタキ(窃盗・強盗)を稼業とする主人公3人組を指している。
 ギャングたちは、タタキ被害に遭っても警察に届けることができない。ゆえにターゲットをそこに絞っているわけだが、当然、捕まれば警察に逮捕される以上の制裁が待っている。

 極貧の崩壊家庭に育った少年院上がりで、犯罪で食っていく以外に道がなかった主人公3人――。
 彼らは、鈴木大介のルポ『家のない少年たち』(マンガ『ギャングース』がヒットしたため、文庫版では『ギャングース・ファイル』と改題)に登場する実在の少年たちをモデルにしている。

■関連エントリ→ 鈴木大介『家のない少年たち』

 触法少年少女など、社会の底辺に生きる者たちに取材した鈴木の一連のルポは、彼にしか書けない社会的意義の高いものだと思う。
 ルポがベースになっているからこそ、この映画の犯罪描写、裏社会の人間たちの描写はすこぶるリアルだ。

 ストーリーの核となるのは振り込め詐欺集団だが(主人公3人組はその「上がり」を強奪しようとする)、それも、振り込め詐欺グループに取材した鈴木の著作『老人喰い』を参考にしている。

■関連エントリ→ 鈴木大介『老人喰い』

 金子ノブアキ演ずる振り込め詐欺グループの番頭が、部下たちに振り込め詐欺の社会的意義(!)を熱弁するシーンがあるが、ここなどは『老人喰い』そのままだ。



 主人公たちがくり返すタタキは、もちろん犯罪である。それでも、観ているうちにだんだん彼らに感情移入し、応援したくなってくる。原作のマンガや鈴木大介のルポのファンにも、十分納得のいく映画化だと思う。

 役者たちも揃って好演。とくに、3人組の一人・カズキを演じた加藤諒は、「彼以外にはありえない」と思わせるハマりっぷりだ。

 振り込め詐欺集団のボスを演じたロック・アーティストのMIYAVIも、強い印象を残す。
 MIYAVIは、ハリウッド映画『キングコング:髑髏島の巨神』でも日本兵役を好演していた。今後、俳優としても十分やっていけるだろう。

 ただ、元「AKB48」の篠田麻里子が、刺身のツマみたいな脇役をさせられているのが、なんとも不憫。かりにも元トップアイドルなのに、こんなもったいない使い方をしてはイカンと思う。

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デイヴィッド・ライアン『監視文化の誕生』



 デイヴィッド・ライアン著、田畑暁生訳『監視文化の誕生――社会に監視される時代から、ひとびとが進んで監視する時代へ』(青土社/2808円)読了。

 書評用読書。事前に予想したよりもずっと面白い本だった。
 監視社会研究の第一人者である著者(カナダのクイーンズ大学教授)が、2010年代の状況をふまえて綴った、〝デジタル時代の監視文化論〟である。

 「監視社会」といえば、ジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984年』や、ミシェル・フーコーが〝少数者による社会管理システム〟の比喩として用いた「パノプティコン」(元は英国の哲学者ベンサムが構想した「一望監視方式」の監獄の名)のように、巨大な国家権力が民衆を監視する超管理社会がまず思い浮かぶ。

 「スノーデン事件」が示唆するように、そのような国家権力による民衆の監視は、いまの社会にもある。だが、今日の監視はそれだけではなく、もっと多様で両義的だ。

 たとえば、Amazonは購入履歴を通じて、利用者のあらゆる面の好みを知り尽くしている。Amazonのようなネット上の巨大プラットフォームは、世界中の膨大な利用者をある意味で「監視」しているのだ。

 また、ツイッターなどのSNSを通じてつながり、頻繁にやりとりしている見知らぬ相手のことを、私たちは時にその人の隣人以上に深く知っている。その場合、私たちはSNSを介して相手を監視し、自らも相手に監視されているとも言える。

 それらはいずれも、『1984年』的な〝強者が弱者によって監視される〟という一方通行の監視ではない。私たちは、利便性や承認願望と引き換えに、ネット上に個人情報をアップするなどの形で、進んで自らを監視にさらしている。そして、他者を監視してもいるのだ。
 本書の副題に言うように、「社会に監視される時代から、ひとびとが進んで監視する時代」へと変わったのである。

 そのような、ネット社会になって初めて生まれた監視のありようは、「監視国家」「監視社会」という古びた言葉にそぐわない。ゆえに「監視文化(Culture of Surveillance)」と呼ばれる。

 「監視文化」の時代に、監視は「日常化」し、「ハイテクによるクールな衣装をまとって現れ」る。監視は、ある意味で〝娯楽化〟すらしている。本書は、そのような「人々の日常経験としての監視を考えようとした」刺激的な論考である。

 著者自身の研究以外にも、すでに監視をめぐる研究の蓄積は膨大にある。著者はそれらに随所で言及。本書は監視研究の概説書/カタログにもなっており、資料的価値も高い。

 著者は、スマホなどを介した「日常経験としての監視」が、その利便性の陰に孕んだ危険性について、さまざまな角度から警鐘を鳴らす。
 その一方、最終章(6章)「隠れた希望」では、今後の「監視文化」が実り多きものになるための方途を模索する。つまり、監視文化のプラス面にも目を向けているのだ。

 「監視を考える上での必読文献」(訳者あとがき)であり、日常の中に監視が遍在する時代を生きる我々に、多くの示唆を与えてくれる。

 なお、著者は、デイヴ・エガーズの小説『ザ・サークル』(エマ・ワトソン、トム・ハンクス主演で映画化もされた)を、「監視文化」社会の危険性をリアルに描いたフィクションとして高く評価している。それはそれでいいのだが、本書には『ザ・サークル』への言及がかなり多いため、同作を読んでいない者にはわかりにくい面がある。そこが難点。

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『菊とギロチン』



 『菊とギロチン』をDVDで観た。

 昨年度キネ旬ベストテンで、日本映画第2位になった作品(1位は『万引き家族』)。

 同年のベストテンでは同じ瀬々敬久監督の『友罪』が8位にランクインしたが、私は『友罪』にはまったく感心しなかった。この『菊とギロチン』のほうがずっといいと思う。

 関東大震災直後の日本を舞台に、当時実在した女相撲の力士たちと、テロをくり返したアナキスト集団・ギロチン社の面々が「もしも出会っていたら……」という設定で紡がれた物語。この設定がすこぶる魅力的である。

 当初は、「女相撲とアナキスト」という副題がついていたという。「菊とギロチン」の「菊」は、直接にはヒロインとなる女相撲の力士「花菊」を指すが、同時に天皇も意味するダブルミーニングなのだろう(「天皇陛下万歳!」を叫ぶシーンが何度も登場する)。

 女相撲の話だけでも十分成立していた気もするし、女相撲とギロチン社の接合にはやや〝無理やり感〟がある。
 それでも、印象的なシーンも多く、全編に熱い情念がみなぎっていて、見ごたえある力作だ。

 夭折したロックスターのようなイメージで描かれた大杉栄など、なかなかよい。大杉の登場シーンをもっと増やしてもよかったのではないか。

 ただ、いまどき3時間超はちょっと長すぎ。
いろんな要素を詰め込みすぎな感もあり、もっと刈り込んで2時間以内に絞ったらよかったと思う。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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