『ボヘミアン・ラプソディ』



 立川シネマシティの「極上音響上映」で、『ボヘミアン・ラプソディ』を観た。



 「極上音響上映」とは、ミキシング・コンソール(音響調整卓)が組み込まれた映画館であるシネマシティで、プロの音響家がその映画に最適な音響に調整を施して上映するもの。
 やっぱり、こういう音楽映画は音響のよい映画館で観たい。

 評判どおり、素晴らしい映画であった(以下、ネタバレ注意)。
 優れた音楽映画/バンド・ストーリーであり、フレディ・マーキュリーという不世出のロック・スターの軌跡を描いた伝記映画としても一級品だ。

 映画のサントラを流しながらこの文章を書いているのだが、サントラとしてもじつによくできている。

 20世紀フォックス映画のオープニングでおなじみのあのファンファーレも、クイーンが演奏するバージョンになっている。ブライアン・メイの特徴的なギターで、すぐにそれとわかるのだ。 
 アルバム『オペラ座の夜』のラストに置かれた、英国国歌「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」のクイーン・バージョンを思い出す。隅々まで作り込まれていることを象徴するオープニングだ。

 私自身にとってのリアルタイムなクイーンは、1978年のアルバム『ジャズ』までである。それ以降、急速に興味を失った。が、そんな私にとっても十分感動的な映画であった。

 「映画『ボヘミアン・ラプソディ』のストーリーは、ここが事実と異なる」と、無粋にも検証した『ローリング・ストーン』の記事があった。
 だが、ドキュメンタリー映画ではないのだから、事実を脚色するのは当然ではないか。

 小さな脚色は、随所にある。
 一例を挙げれば、「ウィ・ウィル・ロック・ユー」が誕生したのが80年代の話になっているが、同曲は77年のアルバム『世界に捧ぐ』の収録曲なのだから、時系列が事実と異なっている。
 だが、その程度の脚色・潤色は、どうということはない。映画として感動できればそれでよいのだ。

 1985年に開催された〝20世紀最大のチャリティーコンサート〟「ライヴ・エイド」でのクイーンの出番を、そっくりそのまま映画のクライマックスに据えている。

 そこで演奏する数曲の歌詞が、フレディの人生にオーバーラップするという、構成の妙。
 たとえば、「ボヘミアン・ラプソディ」の「死にたくない」が、自身のエイズ罹患をすでに知っていた(ここにも脚色があるのだが、それはさておき)フレディの心境と重なる、という具合。この「ライヴ・エイド」のシークェンスは、泣ける。

 クイーンの4人を演ずる俳優は、それぞれ再現度が高い。
 とくに、ロジャー・テイラー役の俳優は、若い頃のやせて美しかった彼に瓜二つだ。
 フレディ役のラミ・マレックは、顔立ちはあまり似ていないものの、ステージでのアクションや表情は完コピという感じ。

 全編を通じて、フレディ・マーキュリーの深い孤独が心に刺さる映画だ。常に衆目を浴び、多くの人に愛されるスターでありながら、彼はどこにいても孤独なのだ。
 「私はステージで2万5千人とメイク・ラヴして、一人さびしく家に帰るのよ」という、ジャニス・ジョプリンの有名な言葉を思い出した。

 映画の最後に字幕で説明される、「フレディの最後の恋人ジム・ハットンは、彼がエイズで亡くなるまでの日々を共に過ごした……若き日の恋人メアリー・オースティンは、最後までフレディのよき友人だった」という事実に、救われる思いがする。

 2人の存在が、そして何よりもクイーンというバンドそのものが、フレディの孤独な生涯に射し込む一条の光だったのだ。

 
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『ばしゃ馬さんとビッグマウス』



 最近気に入っている吉田恵輔監督の旧作(2013年)。
 吉田作品では『純喫茶磯辺』も『犬猿』も『さんかく』もよかったが、これもなかなか。私はこの監督とウマが合うというか、リズムが合う。



 脚本家を夢見てシナリオ・コンクールに応募しつづけるも、一次予選にすら通過したことがない34歳独身のヒロイン・馬淵みち代を、麻生久美子が好演。
 この役にこれほどハマる美人女優は麻生久美子しかいないだろう。化粧っ気のない地味メガネ姿でも、とても美しくチャーミング。

 脚本家に限らず、何かの「クリエイター」を目指した時期のある人にとって、これほどヒリヒリと痛い映画はほかにないだろう。最初から最後までヒリヒリしっぱなしだ。
 なにしろ、これはよくある「頑張れば夢はかなう」という映画ではなく、「どんなに頑張っても、才能がなければ夢はかなわない」と現実を突きつけ、世の「ワナビ」たちに冷水をぶっかける映画なのだから……。

 こんな映画が過去にあっただろうか? たとえ夢がかなうまでは描かなかったとしても、かなうことを予感させて終わるのがフツーの青春映画だろう。

 管見の範囲で本作に近いのは、コーエン兄弟の『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』だろうか。あの映画でも、主人公ルーウィン・デイヴィスは最後までフォーク・シンガーとして芽が出ないままで終わる。
 ただ、ルーウィンはまがりなりにもレコード・デビューを果たしていたし、モデルになったデイヴ・ヴァン・ロンクは通好みながらも多数のアルバムを出すまでに成功している。その意味で、本作のほうがより徹底した〝「夢はかなわない」映画〟と言えよう。

■関連エントリ→ 『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』

 みち代オンリーだったら、切なく哀しい物語になったであろう。「ビッグマウス」こと自称天才脚本家・天童義美をもう一人の主人公に据えることによって、ビターな青春コメディになった。

 天童のように、一度も作品を書き上げたことがないのに「天才」を自称するイタイやつは、脚本家・小説家・マンガ家等、各界ワナビの中に多数実在するのである。

 みち代が天童を罵倒し、缶コーヒーを吹き出すまでのシークェンスがすごい。『純喫茶磯辺』で、麻生久美子が男に殴られて鼻血を一筋出すまでの奇跡的タイミングの名シーン(観ていない人には意味不明だろうが)に匹敵する。

 そしてもう一つ、みち代が元カレ(岡田義徳)の家に行き、「夢」への未練について泣きなから語るシークェンスが秀逸だ。

「ホントはね、きっと夢はかなわないんだろうなって、わかってはいるんだけどね……。でもね、抱いちゃった夢って、どうやって終わりにしていいかわかんないんだもん……」
「夢をさァ、かなえるのってすごい難しいのは最初からわかってたけどさ。夢をあきらめるのって、こんなに難しいの……?」
 ――なんと哀切なセリフだろう。

 ワナビのイタさを笑いと切なさに昇華し、〝青春の終焉〟を活写した傑作。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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