原りょう『それまでの明日』



 原りょう(「寮」のうかんむりをとった字)著『それまでの明日』(早川書房/1944円)読了。

 これまでの全作品を愛読してきた者として、刊行を知って狂喜し、即予約注文して3月発売時にゲット。
 にもかかわらず、いまごろやっと読んだ。じっくり落ち着いて読みたかったのだ。

 「日本のレイモンド・チャンドラー」原りょうの、じつに14年ぶりの新作である。
 帯の著者近影は、もうすっかりおじいちゃん(現在71歳)。しかし、本も出さずに、14年間どうやって食っていたのかね?

 「デビュー30周年記念作品」だそうだ。30年間で、これが長編第5作。ほかに短編集が一つ(もちろんすべて沢崎シリーズ)。エッセイ集が一冊(文庫版では2冊に分冊)。著作はそれだけ。並外れた寡作である。

 前作『愚か者死すべし』も、刊行時は「10年ぶりの新作」だった。かりに次作がまた10~14年後の刊行だとしたら、そのとき原りょうはもう80代。ひょっとすると、これが最後の沢崎シリーズになるかもしれない。

■関連エントリ→ 原りょう『愚か者死すべし』

 前作から14年経っても、西新宿の私立探偵・沢崎はまだ両切りピースを吸い、古~いブルーバードに乗っているのだろうか? だろうな。……と思いつつ読み始めたのだが、車は変わっていた。
 
 で、初読の感想だが、うーん……。正直、これまででいちばん出来が悪いと思った。
 まあ、元々が極上のシリーズなので、不出来であっても標準レベルは十分クリアしているのだが。

 版元の早川書房は、「チャンドラーの『長いお別れ』に比肩する渾身の一作」とフカシまくっている。が、そんなご大層な作品ではないと思う。むしろ、「14年も費やして、これ?」と肩透かしをくらった気分だ。

不満その1.会話がダラダラ続く場面が多く、地の文が弱い。チャンドラーばりの比喩を駆使した芳醇な文体こそ、この作者の魅力であるのに……。

 その年最後に、私が〈渡辺探偵事務所〉のドアを開けたとき、どこかに挟んであった二つ折りの薄茶色のメモ用紙が、翅を動かすのも面倒くさくなった厭世主義の蛾のように落ちてきた。



 これは、前作『愚か者死すべし』の冒頭の一文。
 このようなシビれる比喩が、本作にはあまり見当たらない。それに、ダイアローグも妙に説明的で、ワイズクラック的なウイットに乏しい。

不満その2.ネタバレになるので具体的には書けないのだが、終盤で謎解きされる2人の重要キャラの行動が、なぜそのような行動になるのか、私にはさっぱり理解できなかった。要するに「ストーリーが弱い」のだ。

 それに、沢崎が強盗事件に巻き込まれるという序盤の展開も、かつての短編「少年の見た男」(『天使たちの探偵』所収)と似すぎていて、マンネリ感が否めない。

 ラストに沢崎が東日本大震災に遭遇する場面を置いたのも、とってつけたようでいただけない。
 物語上の必然というより、書評で取り上げる際に言及しやすい〝フック〟として用意したとしか思えない(じっさい、多くの書評がラストに言及)。

 というわけで、かなりガッカリの新作であった。
 原りょうには、最後にもう一花、問答無用の大傑作をものして沢崎シリーズに幕を引いてほしいものだ。

 ちなみに、私がいちばん好きな原りょうの作品は、唯一の短編集『天使たちの探偵』。
 同作は粒揃いでサイコーだし、原りょうの真骨頂はじつは緊密な短編にあるのではないかと、私は思っている。

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佐藤敏章『手塚番 ~神様の伴走者~』



 佐藤敏章著『手塚番 ~神様の伴走者~』(小学館文庫/659円)読了。

 8年前に単行本が出たときから気になっていた本で、文庫化を機に初読。
 ちなみに、単行本では『神様の伴走者』のほうがメインタイトルだった。そのため、スポーツ書コーナーに置かれていた書店もあるらしい(笑)。そういう勘違いを避けるため、文庫版では『手塚番』をメインタイトルにしたのかも。



 タイトルどおり、各マンガ誌で手塚治虫の担当編集者(=手塚番)だった人たちへのインタビュー集。
 度外れた遅筆ぶり(※)など、断片的に知っていた「手塚伝説」の数々を、ひとまとめに読める面白さったらない。

※といっても、描くスピード自体はものすごく速かったらしい。キャパを大幅に上回る仕事を請けてしまうがゆえの「遅筆」だったのだ。

 すさまじいエピソードが随所にある。たとえば――。

「『鈴木氏、5分だけ、5分だけ眠らしてください』っていわれて、15分眠らせたら怒られて(笑)」
「『こんなに眠ったら、頭が元に戻らないですよ!』って」



 これほど命を削るようにして描き続けなかったら、手塚はもっと長生きできただろうに……。

「手塚さん、頼めば断らない人だから。掲載してくれる雑誌が山ほどあって、原稿の催促のために、そばに編集者が山ほどいてくれるっていうのが、手塚さんのベスト・コンディションですから」(丸山昭の発言)



 命を削ることと引き換えにした充実――そんな印象を受ける。本業がそれほど超多忙だったうえ、アニメも作り、さまざまな文化人活動にもいそしんでいたのだから、「毎日が修羅場」だったろう。

 トキワ荘グループのマンガ家たちを育てた編集者としても知られる丸山昭(『トキワ荘実録』という著書もある)へのインタビューに、いちばん感銘を受けた。
 丸山の次の言葉が印象的だ。

「手塚さん、わがままだし、やきもち焼きだし、原稿遅いし、約束守んないし。『こんな野郎とは、1日でも早く別れたい』と思うけど、遠く離れるとね、富士山じゃないけど、その高さ、姿の美しさがわかる。手塚さんが手塚番を虜にするのはそこですね」



 著者は「手塚番」の経験こそないが、『ビッグコミック』編集長も務めたベテラン・マンガ編集者。
 マンガ編集を知り尽くした聞き手だからこそ、細部の深掘りが的確だ。インタビューイたちも著者に胸襟を開きやすい。

 惜しいのは、本書の基になった連載が行われた当時、伝説的手塚番・壁村耐三がすでに物故していたこと。ただし、「壁村伝説」の一端は、他のインタビューイの話の中に登場する。

 汗牛充棟の「手塚本」の中でも、トップクラスの資料的価値と読み応えを持つ好著。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴32年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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