松本大洋『TAIYOU』



 松本大洋の自選画集『TAIYOU』(小学館/4104円)をゲット。
 最初図書館で借りてきて、眺めているうちに欲しくなって買ってしまった。

 1999年発行の『101』以来、じつに19年ぶりの画集。
 過去19年間に描いた、自作コミックスのカバー画、雑誌の表紙、他の作家の本のカバー画や挿画、CDのジャケ画、ポスター、Tシャツ、カットなどから、大洋自らが気に入っているものだけを厳選している。

 「ごく一部の媒体にしか発表していないレア作品も収録」され、大洋自身のコメントも随所にあるなど、「2000年代の松本大洋作品世界を語るには欠かせない一冊」になっている。

 大洋のコメントから、一つ引用してみよう。


子供を描くのは自信があります。自分の描く子供は好きだなあって思います(笑)。
そのへんの道端にいるような、日本の子供の顔が好きなので、自由に描いていいときは、意識してそう描いています。
うまく言えないけど、子供を描いているときは対象との距離が近い感じがあるので、たぶん自分が、いい意味でも悪い意味でも、子供なんだと思います。



 保存版にふさわしい堅牢さと、手に取って眺めたりめくったりしやすいしなやかさを兼備した、バランスのよい造本。一冊の本として、とてもていねいに作られている。

 松本大洋は言うまでもなく日本を代表するマンガ家の一人だが、同時に優れたイラストレーターでもあることを、改めて認識させられた。

 『Sunny』関連の絵が、とくによい。
 「絵描きとしての永島慎二」がそうであったように、どの絵にも共通して、やさしさとあたたかさ、なつかしさ、そして胸をつく寂寥感があふれている。

■関連エントリ→ 永島慎二遺稿集『ある道化師の一日』

関連記事

小田嶋隆『上を向いてアルコール』



 小田嶋隆著『上を向いてアルコール――「元アル中」コラムニストの告白』(ミシマ社/1620円)読了。

 ベテラン・コラムニストが、20年余の断酒経験を経て、「現役」のアルコール依存症患者だった時代を振り返った本。
 高田渡が亡くなったとき、ブログで〝アル中をロマンティックに美化する世間の風潮〟に異を唱えた文章を書いたり、部分的に触れたことはあったが、このようにまとまった形で振り返ったのは初めてである。

 言葉遊びの書名が、オダジマの初期作品(『仏の顔もサンドバッグ』など)を彷彿とさせて楽しい。

 基本は「語り下ろし」(本人の語りを文章にまとめている)で作られているので、コラムにおける「オダジマ節」の魅力は希薄なのだが、それでも随所にこの人ならではの言葉の冴えが見られる。

 たとえば、酒をやめたことで生じた独特の寂しさを、次のように表現するところ。

 たとえばの話、私の人生に四つの部屋がある。とすると、二部屋くらいは酒の置いてある部屋だったわけで、そこに入らないことにした。だから二部屋で暮らしているような感じで、ある種人生が狭くなった。酒だけではなくて、酒に関わっていたものをまるごと自分の人生から排除するわけだから、それこそ胃を三分の二取ったとかいう人の人生と一緒で、いろいろなものが消えた気がしているのは確かです。



 このような、「うまいこと言うもんだなー」と感心する箇所がちりばめられている。
 
 語られているアル中体験はかなり壮絶なのだが、それが軽やかなユーモアと明晰な知性でシュガーコーティングされているので、面白く読める。
 「明晰な知性」をとくに感じるのは、アル中時代の自らの心の動きを、過剰な思い入れを排して冷静に分析しているところ。医療者ではなく患者自らが、〝アル中心理〟にこれほど鋭いメスを入れた書物は稀有ではないか。

 対談もしたという吾妻ひでおの話が、何度も出てくる。吾妻の『アル中病棟』が、自らのアル中体験を娯楽マンガに昇華した傑作であったように、本書も著者のアル中体験を上質なエッセイ集に昇華した好著といえる。

■関連エントリ→ 吾妻ひでお『失踪日記2 アル中病棟』

 章間のコラムと、最後に収録された短編(小説に近い体裁)は本人が書いているのだと思うが、ここがさすがの読み応え。

 発売から2ヶ月が経とうとしているいま、TOKIOの山口達也が起こした事件によって、かつてないほどアルコール依存症への注目度が高まっている。
 山口は記者会見で、自分がアルコール依存症であることをかたくなに否定したが、本書にも「オレはアル中じゃない」という章がある。アルコール依存症は「否認の病」と呼ばれ、当初はなかなか病識が持てないことも特徴なのである。

 幸か不幸か、山口の事件によって本書にも注目が集まるだろう。

 ……などと他人事のように書いているが、私自身、アル中の一歩手前ぐらいまでは行った時期がある。
 本書にも書かれているように、フリーランサーは家で仕事をするだけに、アルコール依存症になりやすい面があるのだ(朝から飲んでいても、咎める者は家族以外にないし)。
 「他人事ではないコワさ」を感じつつ読んだ。

関連記事

竹熊健太郎『フリーランス、40歳の壁』



 竹熊健太郎著『フリーランス、40歳の壁――自由業者は、どうして40歳から仕事が減るのか?』(ダイヤモンド社/1512円)読了。

 書名の「40歳の壁」とは、副題のとおり、〝自由業者は40歳を境に仕事依頼が減り、キャリアの危機が訪れやすい〟傾向のこと。
 私も以前、自分のサイトに「ライター『40歳の壁』」という文章を書いたことがある。

■関連エントリ→ ライター「40歳の壁」

 この文章でも紹介した竹熊のインタビュー記事(「人材バンクネット」に載った「40代で訪れた人生最大の危機」)が本書のきっかけになったのかと思ったら、そうではなかった。
 吉田豪の『サブカル・スーパースター鬱伝』が「サブカル(者)は40歳を超えたら鬱になる」というテーマで書かれていたのに対し、竹熊が次のように応答し、「自由業40歳の壁」をテーマに連ツイしたことが、きっかけになったのだという。



■関連エントリ→ 吉田豪『サブカル・スーパースター鬱伝』

 仕事柄と年齢柄、私にとっては読まずにはいられない本であり、予約注文してゲット。
 昨日Amazonから届いたのでさっそく一気読みしたが、共感しすぎて息苦しくなるほど、共感ポイントに満ちた本であった。

 版元がダイヤモンド社であるため、ビジネス書っぽい体裁になっているし、ある種のビジネス書として読めないこともない。各界のフリーランサーが、40歳を過ぎても生き残るためのヒントが、随所にちりばめられてはいるからだ。
 が、ビジネス書としてよりも、「読み物」としての色合いのほうがはるかに強い。

 本書はまず、竹熊自身がどのように「40歳の壁」にぶつかり、どう乗り越えてきたかの赤裸々な記録である。そして、合間に入る5人の自由業者(田中圭一、都築響一、FROGMAN、とみさわ昭仁、杉森昌武)へのインタビューも、それぞれ「私はいかにして壁を乗り越えたか?」の記録になっている。

 竹熊自身をはじめ、50代中心の人選であるため、40代以下の人よりも、むしろ私のような50代フリーランサーのほうが、深く共感できる内容だ。

 自身が脳梗塞で倒れたときのことなど、深刻な話も多いのに、それを楽しめる読み物に仕立てるあたり、竹熊の書き手としての才能だろう。

 フリーの物書き/クリエイターとして40歳以後も生き残っていくために、肝に銘じるべき名言も随所にある。たとえば――。

 フリーが生きていく要諦は、なにかの仕事が当たったら、そこから「自分の二番煎じ」を続けることに耐えられるかです。二番煎じ、三番煎じを平然とやれて、しかも(ここが難しいのですが)「マンネリ」だと読者に思わせないことが肝心です。



 結局、最初の数年間にどういう人脈を築き上げたかで、フリーの進路は決まってしまうのです。



 私はフリーの身にもかかわらず、「営業」をしたことがほとんどありません。
 フリーランスの最大の営業は、仕事そのものです。版元編集者は、そのフリーが実際に行った仕事を見て、次の仕事を発注するのです。向こうから来る仕事であれば、意に沿わない仕事は、断ることもできます。持ち込みだと、まさかこちらから断るわけにはいきません。


 
■関連エントリ
竹熊健太郎『篦棒な人々』
竹熊健太郎『ゴルゴ13はいつ終わるのか?』
竹熊健太郎『マンガ原稿料はなぜ安いのか?』

関連記事

リーフ・ハウンド『グロウワーズ・オブ・マッシュルーム』



 リーフ・ハウンドの『グロウワーズ・オブ・マッシュルーム』をヘビロ中。

 リーフ・ハウンドは、1971年にこのアルバム一枚のみを遺して解散した、伝説のブリティッシュ・ハードロック・バンド。
 ……だったのだが、2006年にヴォーカルのピーター・フレンチが若手ミュージシャンたちを集めて再結成。2007年にはニューアルバム『Unleashed』も発表。12年には初来日公演も行い、そのライヴ盤まで出ている。

 私はまったく知らなかったバンド。ディスク・ガイド本『ブルース・ロック』に紹介されていたのを読んで興味を持ち、You Tubeで検索して聴いてみたらよかったので、アルバムを輸入盤で買ってみた。

■関連エントリ→ 白谷潔弘 ・マッド矢野『ブルース・ロック』

 サウンドはブルージーなハードロックで、スピード感よりもけだるいヘヴィネスで聴かせる感じ。渋い。
 初期のツェッペリン(ファースト、セカンドあたり)にもちょっと似ているが、全体にツェッペリンよりもB級感が濃厚だ。
 ただ、そのB級感がむしろ捨てがたい魅力になっている。ピーター・フレンチのハスキーなヴォーカルにも迫力と色気があって、大スターにならなかったのが不思議。


↑かなり初期ツェッペリンぽい「Stray」。

 スローナンバーなどはかなりブルース色濃厚で、男臭い哀愁味がなかなか。
 私の知らないいいバンドがまだたくさんあるものだなァ、と改めて思った。

関連記事

櫻井武『睡眠の科学』『〈眠り〉をめぐるミステリー』ほか



 昨日は、筑波大学の「国際統合睡眠医科学研究機構(I I IS)」に赴き、副機構長である櫻井武教授を取材。
 「I I IS」(「トリプルアイエス」と発音すると関係者ぽくてカッコイイw)は、日本が誇る世界トップレベルの睡眠研究拠点である。 

 「つくばエクスプレス」が開業してから、つくばには行きやすくなった。東京の西の端・立川から行っても、つくばまで2時間かからないのだ。

 櫻井教授の著書『睡眠の科学 改訂新版』(講談社ブルーバックス)、『〈眠り〉をめぐるミステリー』(NHK出版新書)、『最新の睡眠科学が証明する 必ず眠れるとっておきの秘訣!』(山と渓谷社)の3冊を読んで、取材に臨む。

 3冊とも、最前線の睡眠科学をふまえた一般書だが、それぞれ角度が異なる。
 『睡眠の科学』は、睡眠科学の概説書。『〈眠り〉をめぐるミステリー』は、「読み物」色が濃い科学ノンフィクション。『必ず眠れるとっておきの秘訣!』は、よく眠るための実用書である。

 うち1冊だけ読むなら『睡眠の科学』であろうが、『必ず眠れるとっておきの秘訣!』も、たんなる実用書ではなく、科学ノンフィクションとしても楽しめる。

 3冊とも、睡眠についての誤った常識が覆され、目からウロコが落ちまくる。
 一例を挙げよう。「満腹になると眠くなるのは、消化のために胃腸に血液が集まって脳に行かなくなるから」という、一見もっともらしい〝常識〟が、次のように否定されている。

 脳は全身でもっとも血液が必要な臓器であり、脳への血流はつねに、できるかぎり確保されるように調節されている。たとえば大出血があった場合も、消化管や筋肉、皮膚などの血流を少なくして脳に集める機能がある。ましてや消化のために脳の血流を犠牲にすることなどありえないのだ。



関連記事

佐藤雅彦・菅俊一・高橋秀明『行動経済学まんが ヘンテコノミクス』



 原作・佐藤雅彦&菅俊一、画・高橋秀明の『行動経済学まんが ヘンテコノミクス』(マガジンハウス/1620円)を読んだ。仕事の資料として。

 タイトルのとおり、マンガの形を取った行動経済学入門である。
 経済学と心理学を融合させ、人間が時に取る非合理的な経済行動の背景を、心理学的観点から読み解く学問である「行動経済学」。そのおもなキーワードを取り上げ、一つのキーワードにつき4ページのマンガにしている。

 「ヘンテコノミクス」とは、行動経済学で俎上に載る非合理的経済行動が、ある意味で奇妙であることの謂だ。
 全23話のマンガは毎回、「――人間とは、かくもヘンテコな生きものなり。」という言葉でしめくくられる。

 取り上げられている言葉は、アンダーマイニング効果、メンタル・アカウンティング、極端回避性、代表性ヒューリスティック、双曲割引、おとり効果、感応度逓減性などなど。

 マンガを担当している高橋秀明は、広告の世界のアートディレクター/クリエイティブディレクターで、マンガを描くのはこれが初めてだという。
 昭和40年代くらいの古き良きギャグマンガを模した、シンプルで味のあるタッチは見事なもの。初めて描いたマンガとはとても思えない。

 何より、行動経済学入門として非常によくできていて、取り上げられたキーワードの意味がすんなり理解できるし、行動経済学の面白さもよくわかる(ただし、「マンガとして面白い」かというと、そこは微妙)。

 元は『ブルータス』に連載されたものだから、当然、大人が読んでもためになる。一方、小学校高学年くらいから読んでも大丈夫なくらいわかりやすい。

 佐藤雅彦といえば、竹中平蔵との対談形式で作った『経済ってそういうことだったのか会議』は、平明な経済学入門として出色であった(日本の格差を拡大させた竹中がキライな人も多いだろうが、それはさておき)。
 その佐藤が、こんどは行動経済学入門の傑作を作ったのである。

関連記事

伊図透『おんさのひびき』『辺境で』



 先日新装版で読んだ『ミツバチのキス』が大変気に入ったので、伊図透の『おんさのひびき』(ビームコミックス/新装版上・下巻)と、『辺境で 伊図透作品集』(ビームコミックス)を購入して読んだ。

 『おんさのひびき』は、小学6年生の男女3人を主人公にした、思春期の淡い物語。コミックスの帯の惹句では「ビルドゥングス・ロマン」ということになっているが、そういう印象はあまり受けなった。

 松本大洋の『Sunny』みたいな作品を期待したのだが、ちょっと違う。全体に説明不足でわかりにくい。「わかりやすい感動」をあえて避けて、ひとヒネリしてしまう感じというか。

 『辺境で』は、同人誌として発表された初期作品などを含む、初の短編集。



 玉石混交ではあるが、表題作の『辺境で』は素晴らしい。

 伊図透の何がすごいかというと、何よりも画面の演出力だと思う。「絵はすごくうまいのに、演出は下手だ」というマンガ家もいるが、伊図透は絵に味があってうまいうえに演出力が卓越している。
 ここぞという見せ場のコマにさしかかると、そのコマが音を立てて目に飛び込んでくるような印象があるのだ。

 私は『おんさのひびき』のストーリーに感動できなかったが、それでも、この作品はマンガとしては優れている。ページをめくった瞬間にハッとするような、何度も見返したくなるような、印象的なシーン/コマに満ちている。

関連記事

手塚るみ子『定本 オサムシに伝えて』ほか



 今日は、手塚治虫先生の長女・手塚るみ子さんを取材。高田馬場の手塚プロダクションにて。

 女性誌の「父の日」用企画「父を語る」のための取材である。
 手塚さんの著書『定本 オサムシに伝えて』(立東舎文庫)、『こころにアトム』(カタログハウス)を読み、以前読んだ『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』(水木悦子・赤塚りえ子との共著)を再読して、取材に臨む。

■関連エントリ→ 水木悦子・赤塚りえ子・手塚るみ子『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』

 初対面の手塚るみ子さんは、取材スタッフに細やかな配慮をされる、「サービス精神と気配りの人」であった。

 〝偉大すぎる父を持ったがゆえの葛藤〟は特殊であるとしても、るみ子さんが語る「父と娘」の物語は普遍的で、娘を持つ父でもある私は深く胸打たれた。

関連記事

中島岳志『保守と立憲』



 中島岳志著『保守と立憲――世界によって私が変えられないために』(スタンド・ブックス/1944円)読了。
 ほかに、大著『アジア主義』(潮文庫)の数章も拾い読み。仕事の資料として。

 過去数年間にさまざまなメディアに寄せた政治時評的文章を集めたもの(一部書き下ろし)。
 安倍首相再登板後の数年間と重なる時期に書かれたものだから、安倍政権批判の文章も多いのだが、保守主義者としての目線から書かれているので、一部サヨクによるエキセントリックな安倍批判よりはずっと読みやすい。

 左翼の人たちがリベラルを名乗るようになってから生じている「ねじれ」をていねいに解きほぐし、本来は「保守こそリベラル」なのだという解説が、わかりやすくて素晴らしい。

関連記事

吉田尚記『没頭力』



 吉田尚記(ひさのり)著『没頭力――「なんかつまらない」を解決する技術』(太田出版/1200円)読了。

 ニッポン放送アナウンサーの著者が、自らの経験や専門家へのインタビューを元に書いたフロー体験入門。

 フロー体験研究の本家本元であるミハイ・チクセントミハイや、ポジテイブ心理学の創始者マーティン・セリグマンの著書を、主な参考文献として用いている。
 ゆえに、チクセントミハイの著書やポジティブ心理学の本をすでに読んでいる人なら、本書の内容はとくに目新しいものではないだろう。

 ただし、著者は職業柄か「わかりやすく語る技術」が素晴らしく、抜きん出た平明さに本書の価値がある。フロー体験について、これほどわかりやすく説明した入門書はほかにないだろう。
 そもそも、タイトルの「没頭力」からして、フロー体験に入るための力を一言で言い換えた造語として卓抜だ。

 私は、チクセントミハイの『フロー体験入門』や『フロー体験 喜びの現象学』は、いずれも歴史に残る名著だと思う。ただ、チクセントミハイには哲学者肌のところがあるから、内容はけっして平明ではない。
 著者はそれを、中学生にも読めるくらいわかりやすくブレイクダウンしてみせたのだ。

■関連エントリ
ミハイ・チクセントミハイ『フロー体験入門』
ミハイ・チクセントミハイ『フロー体験 喜びの現象学』
 
 日本人には、難解なものをありがたがり、わかりやすさにあまり価値を認めない傾向がある。が、難しいことをわかりやすく語る知的咀嚼力というのは、じつは大変な才能なのである。その点で、著者もすごい才能の持ち主だと思う。

 「『なんかつまらない』を解決する技術」という副題が示すとおり、著者はフローに入るための「没頭力」を、習得できる「スキル」として捉えている。そして、そのスキルを磨くためのコツを、さまざまな角度からわかりやすく説いていく。

 本来もっとも上げるべきスキルって何? って考えたとき、「自分が一番磨くべきスキルは、自分が楽しくなるスキル」だと僕は思うんです。
 しかもそれはスキルなので磨くことができる。ここがポイント。持って生まれた才能ではないんです。



 ポジティブ心理学の書がどれも一種の幸福論であるように、本書もまた、「なんかつまらない」「生きづらい」と感じている人たちに向けた、いまどきの幸福論でもある。

 それがどんな形でも「没頭」した後というのは、自己肯定感が高まっているんだそうです。
 日常の中にある弱い没頭でも、それをした後にはスッキリした満足感と自己肯定感が得られる。だったら、それを毎日ひとつでも繰り返していけば、「ワクワクして目が覚めて、夜満ち足りて眠る」人生って送れるんじゃないかなと僕は思います。



関連記事

伊図透『ミツバチのキス』



 伊図透(いず・とおる)の『ミツバチのキス』新装版1~2巻(ビームコミックス/各896円)を購入。
 元は2008年から09年にかけて『漫画アクション』に連載された作品だが、私は初読。

 夏目房之介さんがブログで、「伊図透『ミツバチのキス』1,2(KADOKAWA) あらためて、すんばらしいっす。いいです。読んでくれ、みんな! いいたいことは、それだけだ」と、シンプル極まる賛辞を送っていたのを見て、買ってみた。

 確かに素晴らしい。これがデビュー作だったなんて信じられない。絵柄もストーリーテリングも、この時点ですでに完成されている。

 人に触れると、相手の内面や記憶が「わかってしまう」能力を持った草野慧(くさの・けい)をヒロインとしたSFヒューマン・ドラマである。
 それは客観的には「超能力」であり、その能力を利用しようと、カルト宗教団体や国家機関が彼女を奪い合う。
 だが、慧にとって、その能力は呪いのようなものでしかない。触れると相手のすべてがわかってしまうから、誰とも愛し合えず、世を忍んで生きていくしかないのだ。

 ネット上では五十嵐大介や岩明均を引き合いに出している人が多いが、私が思い出したのは筒井康隆の名作『七瀬ふたたび』だ。「超能力を持つがゆえの孤独」をエンタメ仕立てで描いているという点で、よく似ている。

 慧が触れた相手の内面にダイブする場面の描写が、独創的で素晴らしい。それは、小説でも映画でもできないマンガならではの表現だ。人の心の中を、これほど精緻に描いたマンガ家はいなかった。

 ただ、残念ながら、この作品は未完である。物語の風呂敷を広げすぎて収拾がつかなくなったのか、尻切れトンボな形で中断されているのだ。

 慧と互いに惹かれ合いながら、まだ一度も手を触れることもできない官僚・駿河との愛の物語は、このあとどうなるのか? いまからでも続きを描いてほしいものである。

関連記事

Lu7『レスプリ・ドゥ・レグジール・ルヴィジテ』



 Lu7(エルユーセブン)の『レスプリ・ドゥ・レグジール・ルヴィジテ』(ベガ・ミュージックエンタテインメント/3240円)を購入し、ヘビロ中。

 梅垣ルナ(キーボード)と栗原務(ギター)によるインスト・ユニットであるLu7が、2005年に発表したセカンド・アルバム『L'esprit De L'exil』(「放浪者の精神」の意)のリイシュー。新録音とボーナストラックを加えた、リミックス&リマスターアルバムになっている。

 タイトルの最後に付された「ルヴィジテ Revisité 」は、英語でいうと「リヴィジテッド Revisited」(=再訪)だ。

 私は3年ほど前から聴き始めた遅ればせのLu7ファンで、そのときには『L'esprit De L'exil』とファースト『Efflorescence』はすでに入手困難になっていた。
 ゆえに、サード『Bonito』と4th『Azurite Dance』をくり返し聴いては、新作を待っていたのである。

■関連エントリ
Lu7『Bonito』
Lu7『Azurite Dance』

 が、発表から13年を経た今年になって、『L'esprit De L'exil』が突然のリイシュー。私は当然、知ってすぐにゲット。
 元の2005年版を持っていないので、どこがどう変わっているかはわからないのだが、これは確かに傑作だ(ジャケットは2005年版↓のほうがスッキリしていてよい気がするが)。





 私が初めてYou Tubeで聴いたLu7の曲は、このアルバムに収録されている「Canary Creeper」であった。その国籍不明の音楽性、独創的な美しさに度肝を抜かれたものだった。



 初めてCDで聴く「Canary Creeper」は、改めて「神曲」だと思った。
 ほかにも、いい曲がいっぱい。聴いていると不思議な多幸感に包まれる美しいアルバムで、陶然となる。

 Lu7は、しいてジャンル分けすれば「フュージョン」もしくは「ジャズ・ロック」ということになるだろうが、そのファンタジックできらきらしい音楽は、とうてい「フュージョン」などという狭い枠には収まりきらない。

 次は、やはり入手困難になったままのファースト・アルバム『Efflorescence』の「ルヴィジテ」を、ぜひ作ってほしい。

 ところで、「Lu7」という一見意味ありげなユニット名、梅垣ルナのファーストネーム「ルナ」のもじりなんだね。いまごろ気付いた(笑)。

関連記事

『美術とおカネ 全解剖』



 Kindle電子書籍で『美術とおカネ 全解剖――週刊ダイヤモンド 特集BOOKS』(324円)を購入し、ザッと一読。

 これは、約1年前に『週刊ダイヤモンド』(2017年4月1日号)でやった同名特集の電子書籍化。雑誌全体ではなく、特集だけ抜粋しており、その分割安になっている。



 私は当該号が出たときに興味を抱いたが、なんとなく書いそびれたもので、そういう特集記事をあとから手軽に入手できるのは素晴らしい。

 最近は私も、昔に比べて雑誌を買わなくなった。自分が仕事をしていて送られてくる雑誌を除けば、毎号買っている雑誌は皆無。
 ただし、「特集が面白そうなときだけ買う」という雑誌なら、いまでもけっこうある。

 これからの時代に雑誌が生き残っていく一つの道が、そこにあるのではないか。
 つまり、「保存しておいて、何度も読み返したくなるような特集」に注力するという、〝ムック寄りの雑誌〟になる道である。それなら、ネットに負けることはあるまい。

 さて、この『週刊ダイヤモンド』の特集、経済誌ならではの切り口で〝おカネの面から美術を語った〟ものだが、Amazonのカスタマーレビューを見ると、美術業界の人々からは「掘り下げが甘い」と酷評の嵐。

 まあ、ギョーカイ人の目にはそう見えるのかもしれないが、美術に門外漢の私から見るとなかなか面白かった。ページ数もかなり多い大特集で、幅広い内容だし。

関連記事

ゲッツ板谷『そっちのゲッツじゃないって!』



 ゲッツ板谷著『そっちのゲッツじゃないって!』(ガイドワークス/1620円)読了。

 ゲッツ板谷氏、「約12年ぶりのコラム集」だそうである。
 「えっ、そんなに間が空いていたっけ?」と思って当ブログ内を検索したら、前に板谷氏の著作を取り上げたのは『やっぱし板谷バカ三代』のときで、この本は9年前の2009年に出ている。

 また、私は未読だが、『とことん板谷バカ三代  オフクロが遺した日記篇』も、2015年に出ている。12年ぶりじゃないじゃん。

 本書の「はじめに」で、板谷氏が〝コラム集は12年前に出した『妄想シャーマンタンク』以来〟と書いているので、『板谷バカ三代』シリーズは「コラム集」に数えておらず、「エッセイ集」と位置づけているのだろう。

 そんなことはともかく、内容は相変わらず楽しめる。
 『そっちのゲッツじゃないって!』というタイトルは、「ゲッツ!」で知られるダンディ坂野と間違われることが多い板谷氏の自虐ギャグ。
 
 ゲッツ板谷氏は、私と同じ町内、しかも同じ丁目に住んでいるご近所さんである。そのため、本書にも立川ネタ・近辺ネタが多く、私にはいっそう楽しめるのだ。巻末の西原理恵子との対談も面白い。

 ただ、ネタの宝庫であった板谷氏のおばあちゃんとお父さんの「ケンちゃん」(=「板谷バカ三代」の初代・二代)がすでに亡くなっているため、かつての大傑作『板谷バカ三代』に比べると爆笑度が下がっていることは否めないが……。

 ともあれ、2006年に脳出血で倒れ、医師からは「残念ですが文筆業という今の御職業を続けられるのは難しいと思います」と宣告された(「はじめに」の一節)板谷氏が、見事に完全復活されたことを寿ぎたい。

関連記事

Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。55歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

ブクログ・MY本棚

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
30位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
22位
アクセスランキングを見る>>