ロリー・ギャラガー『ステージ・ストラック+3』



 ロリー・ギャラガーのライヴ盤『ステージ・ストラック』(ユニバーサルミュージック/1851円)が、ボーナストラック3曲を加えてリイシューされたので、ゲット。
 じつは『ステージ・ストラック』自体、まとめて聴くのは初めてである。

 ロリー・ギャラガーはライヴ・アルバムにハズレがほとんどないアーティストとして知られており、私も『ライヴ・イン・アイルランド』や『ライヴ・イン・ヨーロッパ』は愛聴してきた。
 この『ステージ・ストラック』は、彼のソロ・キャリアの中では3枚目のライヴ盤にあたる。前記2枚が名盤としてよく聴かれているのに対し、わりと目立たない作品だ。

■参考→ ロリーのファンサイト「maybe i will」(情報充実!)の本作解説ページ

 ブルース~ブルース・ロック~ハードロックの間を揺れ動いたのがロリーのキャリアだが、この『ステージ・ストラック』は彼のライヴ盤の中で最もハードロック寄りの仕上がりだ。
 渋いブルース・ギタリストとしての彼を評価する向きは、その点に不満を覚えるかもしれない。が、ロック寄りのリスナーである私から見ると、このアルバムはハードでエネルギッシュなギターの洪水で、もうサイコーである。

 「あまりブルース色の強いのは苦手だ」というロック・ファンが、最初に聴くロリー・ギャラガー、つまり入門編としてもふさわしい。


↑ノリノリのお気に入り曲「Wayward Child」

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アグネス・チャン、金子アーサー和平『子育てで絶対やってはいけない35のこと』



 今日は、歌手のアグネス・チャンさんを取材。都内某所の事務所兼ご自宅にて。
 アグネスさんを取材するのは数年ぶり。還暦を過ぎているのに、相変わらずお美しい。スタイルもまったく変わらない。

 今回は、婦人誌の「母の日」特集のために、お母さまの思い出を語っていただく取材。
 私自身が1ヶ月前に母を亡くしたこともあり、ひときわ胸に迫るお話であった(アグネスさんのお母さまはご健在である。念のため)。

 資料として、出たばかりのアグネスさんの新著『子育てで絶対やってはいけない35のこと』(三笠書房/1404円)を読んで、取材に臨む。
 3人の息子さんが全員米スタンフォード大学に進み、すでに成人されたアグネスさんが、子育てにおいて気をつけてきたことを綴ったもの。

 ……というと、勉強法が中心の本だと思われるかもしれないが、そうではない。
 むしろ、「こういうふうに勉強を教えた」という話はほとんど出てこない。息子さんたちが両親の愛情を感じてのびのびと育ち、楽しく生きていけるような環境づくりのほうに、重点が置かれているのだ。

 そういえば、私がこれまでに取材で出会った頭のいい人たち(第一線の科学者とか)に子ども時代のことを聞いた経験では、親御さんから「勉強しろ!」と口うるさく言われて育ったという人はいなかった。
 大切なのはガミガミ叱ることではなく、「勉強は楽しい」と思えるような環境づくりなのだろう。

 なお、『子育てで絶対やってはいけない35のこと』には、35個の各項目のあとに、ご長男の和平(かずへい)さんが、その項目についていまどう感じているかを1ページ分ずつコメントしている(ゆえに共著)。
 親の見方と子どもの見方の両面が見られる立体的な作りで、それがとてもよい効果を上げている。

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野崎篤志『調べるチカラ』



 野崎篤志著『調べるチカラ――「情報洪水」を泳ぎ切る技術』(日本経済新聞出版社/1620円)読了。

 著者は「知財情報コンサルタント」である(それがどういう仕事なのか、私にはイマイチわからないのだが)。
 「そういう仕事をしている人なら、我々ライターには思いもよらない革新的な情報収集・活用をしているのかもしれない」……と思って読んでみた。

 が、すごーく期待ハズレ。あたりまえのことしか書いていなくて、まったく得るものがなかった。
 たとえば――。

 当たり前のことですが、購入した本を読まなければ情報収集はできません。積読も読書方法の1つとして紹介している読書論や読書術の本もありますが、目的を持って情報収集している際には積読は向いていません。



 そりゃ、まさに「あたりまえ」だわなァ。そんなことまで教えてもらわなければわからない読者がいるのか?

 著者の情報収集・活用法も、私がいつもやっていることとなんら変わりない、ごく普通の方法でしかなかった。

 いや、公平を期して言えば、大学に入ったばかりの18歳とかが読む分には、有益な入門書になり得るかもしれない。しかし、私には無用の本であった。

 ちなみに、当ブログで過去に紹介した類書から、私のオススメを2冊挙げるなら……。

喜多あおい『プロフェッショナルの情報術』
千野信浩『図書館を使い倒す!』

 2冊とも少し古い本だが、少なくとも本書よりはずっと役に立つ。

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桂川潤『装丁、あれこれ』



 昨日は、ドミニカ共和国のエクトル・パウリーノ・ドミンゲス・ロドリゲス駐日大使ご夫妻を取材。西麻布のドミニカ共和国大使館にて。
 「このビル(第38興和ビルディング)、前にも来たことあるなァ」と思ったら、前に取材で赴いたコスタリカ大使館と同じビルだった(ほかにも10ヶ国以上の大使館がこのビルに入っている)。

 行き帰りの電車で、桂川潤著『装丁、あれこれ』(彩流社/1944円)を読了。書評用読書。
 売れっ子装丁家(イラストレーターでもある)の著者が、書名のとおり装丁をめぐるあれこれを綴ったエッセイ集。

 著者は文章もうまく、楽しめるエッセイ集になっている。ただし、「本好きなら楽しめる」という条件付きの面白さだが、そもそも本好きでなければ本書に手を伸ばさないだろう。

 電子書籍時代には「もはや装丁家など無用の存在」になってしまうことから、電子書籍についての言及も多い。著者の危機感とは裏腹に、電子書籍の普及はなかなか進まない。また、電子書籍時代に入ってから逆に、紙の本の価値、装丁の価値が見直されつつあるという。

 著者の仕事の舞台裏がよくわかるし、他の人気装丁家たち(菊地信義、杉浦康平、鈴木成一、坂川栄治など)に対する著者の評価も面白い。「へーえ、プロの装丁家からはそんなふうに見えるんだ」という驚きがある。

 かつてのLPレコード時代には見る楽しみ、飾る楽しみがあったレコード・ジャケットが、CD時代になって楽しみが半減し、ネット配信時代になって楽しみ自体がほぼ消失した。
 同じことが本にも起こりつつあるわけだが、装丁という文化はなくなってほしくない。また、けっしてなくなりはしないだろう。本書を読んでそう思えた。

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春日武彦・平山夢明『サイコパス解剖学』



 春日武彦・平山夢明著『サイコパス解剖学』(洋泉社/1728円)読了。

 精神科医と鬼畜作家による対談集の第3弾。
 第1弾『「狂い」の構造』以来、一貫して狂気をテーマに対談してきた2人の今回のテーマは、タイトルのとおり「サイコパス」である。

■関連エントリ→ 春日武彦・平山夢明『「狂い」の構造』

 この2人の対談だから、サイコパスについて真面目に考察する本というより、サイコパスを面白がる本になっている。思いっきり不謹慎だし、ためになる本でもない。

 春日武彦が「はじめに」で自ら書いているとおり、「『言いたい放題』『暴言や暴論全開』に近い」内容である。
 たとえば、こんな一節がある。

平山 芸能界はやっぱり、サイコパスが多いと思います?
春日 めちゃくちゃ多いと思う。サイコパスやパーソナリティ障害が生きていきやすい場所だと思う。芸能界と風俗業界とアーティストの世界、あとは暴力団。



 本書には中野信子さんのベストセラー『サイコパス』をディスっている箇所があるが、「サイコパスとは何か?」を知りたい人がまず読むべきなのは中野さんの本のほうであって、本書は何冊目かの箸休めに読むくらいがちょうどいいと思う。

■関連エントリ→ 中野信子『サイコパス』

 とはいえ、随所に鋭い指摘もあり、そこそこ楽しめる本ではある。「解剖学」というほどの深みはないけど。

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『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』



 『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』をDVDで観た。



 ジャニス・ジョプリンのドキュメンタリー映画はこれまでにもあったが、管見の範囲では本作がいちばんよいと思う。

 シンガー・ソングライターのキャット・パワーがナレーションを担当していて、随所でジャニスの手紙を読み上げるのだが、その声がジャニスによく似ていて、本人が読んでいるかのよう。

 ロック・スターとしてのジャニスより、一人の女性としてのジャニスに焦点が当てられている。監督も女性だ。
 そして、ここに描き出されたのは、生涯にわたってずっと孤独であった女性の肖像だ。 
 「歌っているときだけ、ひとりじゃなかった。」というのが本作のキャッチコピーで、ジャニスの本質を衝いた秀逸なコピーだと思う。

 ジャニスは稀代の女性ブルース・シンガーだが、白人の彼女がブルースにのめり込んでいったのは、ブルースを生んだ黒人たちが受けていたような差別を、彼女も受けていたからにほかならない。人種によってではなく、容姿によって。

 テキサス大学の学生時代、「いちばんブサイクな男コンテスト」なるもので、ジャニスは女性なのに1位に選ばれてしまう。そのことをデカデカと報じた学生新聞が、本作でも映し出される。
 「キャリーがこんなことされたら、キャンパスを焼き尽くしてるぞ」という感じの、すさまじいイジメである。

 ジャニスをモデルにした映画『ローズ』で、ベット・ミドラー演ずる主人公ローズが、ステージで次のように言う。

「『いちばん最初にブルースを歌ったのはいつ?』って、よく聞かれるわ。答えは、『生まれた日よ』。なぜって? 女に生まれたからよ」



 女性として深く傷つけば傷つくほど、ジャニスはブルースにのめり込まざるを得なかった。そして、シンガーとしての天賦の才が開花し、彼女は歌っているときだけまばゆく輝いた。
 それでもなお、彼女の孤独は癒えなかったのだ。

「私はステージで2万5千人とメイク・ラヴして、一人さびしく家に帰るのよ」



 ……というジャニスの名言があるが、本作が活写するのも、彼女のそのような姿である。

 さまざまな生きづらさを抱えているいまの日本の若者も、ジャニス・ジョプリンを聴いてみるといいと思う。時代を超えて、「私と同じだ」と共感する女性に出会えるはずだ。

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『アトミック・ブロンド』



 『アトミック・ブロンド』をDVDで観た。


 
 予告編などの印象から、もっと突き抜けたおバカ系スパイ・アクションかと思っていたら、意外にシリアス。
 女スパイのヒロインを演ずるシャーリーズ・セロンのアクションも、けっして「人間離れした強さ」という印象ではない。むしろ、体力で勝る男たちを倒していくうちに、しだいに疲弊してボロボロになっていく感じがリアルだ。
 『アンダーワールド』シリーズのケイト・ベッキンセイルのような非現実的カッコよさよりも、カッコ悪さすれすれの「生身の迫力」を選ぶあたり、シャーリーズ・セロンらしい。

 ただ、ストーリーがわりとモッサリとしていて、スパイ映画に不可欠の洒脱さに乏しい。けっこう泥臭い。
  「女007が誕生した」という言葉で本作を評した雑誌があったが、「007シリーズ」のような軽快さを期待すると、肩透かしを食うだろう。

 89年のベルリンが主舞台とあって、80年代中心の洋楽ヒットがてんこ盛りな点は、世代的にすごく懐かしい。でも、デヴィッド・ボウイを2曲も使うなら、いわゆる「ベルリン三部作」からの曲も使って欲しかったな。「ヒーローズ」とか。
 まるでMTVを映画にしたかのように、使用曲のテンポに映像のほうを合わせる作りは、『ベイビー・ドライバー』に近い。

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山田竜也『フリーランスがずっと安定して稼ぎ続ける47の方法』



 山田竜也著『フリーランスがずっと安定して稼ぎ続ける47の方法』(日本実業出版社/1620円)読了。

 てっきり著者はフリーライターだと思って手に取ったのだが、本業はWEBマーケッター。ほかにコンサルティングやWEB管理、広告運用、セミナー講師などをしてマルチに活躍しており、その中で本も書いている、という人らしい(→この人)。

 いかにもそういう人が書いた感じの〝フリーランスの働き方入門〟である。ライターにも役立つ部分がないではないが、全体にフリーになりたての人向けという印象で、私にはあまり得るものがなかった。

 「うーん……、とくに異論はないけど、それってあたりまえの話だよね?」という部分多し。

 ただ、〝クラウドソーシングサイトで仕事を探す場合、「ランサーズ」や「クラウドワークス」では単価の安すぎる仕事が多いが、「ココナラ」は比較的高単価の仕事が得やすい〟などという話は、私のまったく知らない世界で新鮮だった。

 また、「フリーランスナウ」という、フリーランサーをマッチングさせるコミュニティサイトの存在も、本書で初めて知った。

 あと、著者はフリーになってからうつ病で休職した時期があるそうで、そこから立ち直るまでのプロセスの話は、同じようにうつを経験したフリーランサーには参考になるだろう。

 ところで、ホントにどうでもいいことだが、どうして「47の方法」なのだろう?
 私なら、あと3つひねくり出してキリのいい「50の方法」にするけどなァ。「恋人と別れる50の方法」というポール・サイモンの歌もあったように。

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橘玲『80's ――ある80年代の物語』



 橘玲著『80's エイティーズ ――ある80年代の物語』(太田出版/1728円)読了。

 人気作家・橘玲が初めて書いた自伝的著作。
 早稲田大学に入学して上京した70年代末から、『宝島30』の編集長としてオウム真理教事件などの取材に当たった90年代半ばまでの思い出が綴られている。その期間が著者にとって〝長い80年代〟であり、〝長い青春時代〟でもあったということなのだろう。

 読みながら思い出したのは、私の大好きな本でもある川本三郎さんの『マイ・バック・ページ』である。
 『マイ・バック・ページ』は川本さんの自伝的著作で、1960年代末から70年代初頭を舞台に、『週刊朝日』『朝日ジャーナル』の若手記者だった時代の思い出が綴られている。
 著者の青春グラフィティであると同時に、時代のアイコンが次々と登場する60~70年代グラフィティとしても出色の一冊だ。

 同様に、本書は著者の青春グラフィティであると同時に、ウェルメイドな80~90年代グラフィティにもなっている。〝橘玲版&80年代版の『マイ・バック・ページ』〟と言ってもよい(『マイ・バック・ページ』の副題は「ある60年代の物語」であったし、著者や編集者もあの本を意識していると思う。川本さんに本書を書評してほしい)。

■関連エントリ→ 『マイ・バック・ページ』

 私は著者より5歳下だが、80年代半ばからの出来事については共通の記憶も多く、たまらなく懐かしい気持ちになった。『宝島30』もずっと読んでいたし。

 若き日の町山智浩や内田樹、自殺してしまった青山正明など、著名人との思い出も綴られるが、それ以上に、仮名で綴られる名もない人々との思い出の数々が胸に迫る。

 編集者/ライターとしてのエピソードの数々もいちいち面白い。それは、出版界に勢いがあったバブル時代ゆえの面白さでもある。本が売れない時代しか知らない若い人にとっては「別世界」な話も多いだろう。

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『ジョン・ウィック:チャプター2』



 『ジョン・ウィック:チャプター2』をDVDで観た。



 キアヌ・リーブス演ずる、凄腕で寡黙な元・殺し屋(引退したのに、否応なしに殺しの世界に引き戻される)の復讐劇を描いた、『ジョン・ウィック』の続編。

 前作は犬が殺される場面があって(愛犬を殺された見返りに、ウィックは悪党どもを皆殺しにする)、犬好きとしてはそこがつらかったのだが、今回は新しい愛犬が最後まで殺されないので、ホッとした。

 前作の復讐からわずか5日後に話が始まる設定なのに、ジョン・ウィックはまたもや殺しの世界に引きずり込まれ、依頼を断って自宅を焼かれてしまう。

 ……で、そこから紆余曲折あって、けっきょくニューヨークの裏社会を取り仕切るマフィアのボスと、たった一人で全面対決することになる。

 スケールは前作より大幅アップ。ローマとニューヨークを主舞台にくり広げられる、凄絶なアクション。
 全編にわたって荒唐無稽だが(ニューヨークの街頭や地下鉄でバンバン殺し合いをしているのに、警官が一人も現れなかったり)、細かいことを気にしなければ、アクションはリアルかつ緻密で楽しめる。

 ジョン・ウィックが、一人でものすごい数の敵を殺す。銃器とナイフと車、さらにはエンピツなど、その場にあるモノを駆使して……。


↑この「KILL COUNTER」によれば、本作でウィックが殺した数は128人!

 血なまぐさいストーリーなのに映像は美しく、細部がいちいちゴージャスでスタイリッシュ。
 たとえば、殺し屋の仕事のためにピッタリの武器を選ぶ、優雅な〝銃器ソムリエ〟なんてのも登場する。
 また、クライマックスの銃撃戦は、なんとニューヨークの現代美術館の中が舞台だ(展示作品はみんなボロボロ)。

 ストーリーの整合性とかをマジに考えてはいけない、ある意味おバカ映画。でも、私は好きだ。

 キアヌ・リーブスのアクションがいちいちキマっているし、唖者の美しき女殺し屋を演じたモデル兼女優のルビー・ローズも、とてもカッコイイ。

 ところで、『ジョン・ウィック』シリーズには「プロの殺し屋たち専用の会員制ホテル」が登場して重要な役割を果たすが、これは平山夢明の代表作『ダイナー』の主舞台が「プロの殺し屋専門の会員制ダイナー」であったことを彷彿とさせる。

 平山の『ダイナー』が2009年刊で、『ジョン・ウィック』が2014年の映画だから、映画のほうが影響を受けたのかも。それとも、この種の設定には先例があるのだろうか?

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竹中千春『ガンディー 平和を紡ぐ人』



 昨日は、取材で京都へ――。

 帰途、前回京都に来たときに京都国立博物館の「国宝展」を観るのに時間をかけすぎて、行きそびれた三十三間堂を観ようと考えた(京博は三十三間堂の目の前にある)。

 ところが、行ってみたら三十三間堂は午後3時半で拝観手続き終了とのことで(早すぎ!)、タッチの差で間に合わず。
 仕方ないので、今回も京都博物館に入った。私はよほど三十三間堂に縁がないらしい。

 が、仕方なく寄った京都博物館の「豪商の蔵」という特別展(廻船問屋・貝塚廣海家のコレクションを集めたもの)が、意外によかった。何事も結果オーライである。

 どうして三十三間堂を観たいかといえば、平田弘史の傑作短編「三十三間堂外伝」の舞台だという、ただそれだけの思い入れなのだが。
 「三十三間堂外伝」は「電脳マヴォ」で読めるので、未読の方はぜひ。


 行き帰りの新幹線で、2冊本が読めた。
 そのうちの一冊が、竹中千春著『ガンディー 平和を紡ぐ人』(岩波新書/886円)。書評用読書。

 マハトマ・ガンディーの評伝である。ガンディーについての本は、世界中で3000点くらい出ているそうだし、日本語の本も当然多い。
 が、その中にあって、本書は「現時点でガンディーを知るために、日本人が一冊目に読むべき本」になっている。

 私には(子供向けの本ではあるが)ガンディーについての著書もあるので、彼についての文献はそれなりの数を読んでいる。それらの中でも、本書はまぎれもない一級品だ。

 生い立ちから死までを時系列でたどり、没後の世界に与えた影響についても解説するという、評伝としてオーソドックスな構成。新書というコンパクトな器ゆえの制限もあるなか、ガンディーについて我々が知っておくべきことが、手際よく網羅されている。

 書物の性質上、読者を驚かすような衝撃の新事実が多数盛り込まれているわけではない。ガンディーにある程度くわしい人なら、旧知の事実がほとんどの内容だろう。

 それでも、著者ならではの卓見にハッとさせられる部分が2つあった。
 1つは、ガンディーがその晩年に、裸になって孫娘たちと添い寝していたという「奇行」エピソードに、独自の解釈を加えた部分。

 その「添い寝」のエピソードは、ガンディーを聖者として描きたい伝記作者は触れずに済ませ、一部の論者は性的スキャンダルとして扱った。
 著者の視点は、そのどちらでもない。ジェンダー研究者として、女性に対する性暴力に深く向き合ってきた経験をふまえ、著者ならではの解釈を披露している。それを読んで私は、これまでどう受け止めてよいかわからなかったガンディーの「奇行」の謎が、初めて解けた気持ちになった。

 もう1つハッとしたのは、ガンディー暗殺についての考察。
 通常、ガンディー暗殺犯ゴードセイについては、狂信的なヒンドゥー原理主義者としてあっさり触れられるのみで、彼の心の動きにまっとうな検討が加えられることはなかった。
 それに対して、著者は資料をふまえ、ゴードセイの内面にまで分け入っている。彼を単純な「悪役」にはしていないのだ。そのうえで、ガンディー暗殺事件に新たな光を当ててみせる。

 それは、ガンディーの中にも苛烈な「殉死」の思想があり、ゴードセイらが依拠したテロリズムの中にある「殉死」の思想と、じつはそれほど遠くなかったのではないか、という視点である。
 ガンディーの伝記などを読んで感じる、「晩年のガンディーは、暗殺されることを待ち望んでいたかのようだ」という違和感とモヤモヤに、著者は1つの答えを提示し、スッキリとさせてくれる。

 以上2点の独自の解釈だけでも、本書にはガンディーの評伝として高い価値がある。

 なお、「本書には衝撃の新事実はほとんどない」と書いたが、一つだけ、私が本書で知って衝撃を受けたことがある。
 それは、ガンディーの不肖の長男・ハリラール(放蕩生活の果てに行き倒れで死んだ。その生涯は『Gandhi My Father』という映画にもなっている)が、実娘のマヌー(最晩年のガンディーにつねに寄り添った孫娘)を8歳のころからレイプしていたという事実である。
 マヌーという女性は、なんと数奇な運命を歩んだのだろうか。

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原武史『昭和天皇』『「昭和天皇実録」を読む』



 原武史著『昭和天皇』『「昭和天皇実録」を読む』(いずれも岩波新書)を読了。仕事の資料として。

 ほかに、原氏の著書『知の訓練――日本にとって政治とは何か』(新潮新書)と『日本政治思想史』(放送大学テキスト)の、天皇関連の章を拾い読み。

 著者は日本政治思想史の研究者で、とくに近現代の天皇・皇室・神道の研究を専門とする。
 昭和天皇に関する著作はすでに汗牛充棟だが、著者の『昭和天皇』は宮中祭祀、つまり宗教的側面に重きを置いて天皇の生涯を追っている点が特徴だ。ちなみに、本書で著者は司馬遼太郎賞を得ている。

 もう一冊の『「昭和天皇実録」を読む』は、『昭和天皇』の続編。
 書名のとおり、2014年に宮内庁が公開した「昭和天皇実録」を読み解き、注目すべきポイントを挙げたもの。こちらもやはり、昭和天皇と宗教の関わりに力点が置かれている。

 天皇家の宗教といえば神道というイメージばかりが強いが、歴史的には必ずしもそうではなかったことがわかり、目がウロコ。
 仏教の影響のほうが強い時代も長かったし、昭和天皇は一時期キリスト教――とくにカトリック――に強く傾倒したという。皇太子時代だが、ローマ教皇と会見したこともある。

 私が『「昭和天皇実録」を読む』でいちばん驚いたのは、敗戦後に昭和天皇が神道からカトリックに改宗しようとしたことが明かされるくだり(第4講「退位か改宗か」)。くわしい人には常識レベルの知識なのかもしれないが、私は初めて知った。

 戦時中、神道式に戦勝を祈ってきたのに、その祈りは叶わなかった。そのことを、昭和天皇は「こういう戦争になったのは、宗教心が足りなかったからだ」という言葉で表現したという。

 この意味は、神道には宗教としての資格がなかったということです。天皇は折口信夫のように、神道はれっきとした宗教であり、敗戦を一つのチャンスととらえて神道を普遍宗教へと転換しようとは考えませんでした。九州でカトリックが広がりつつあるならば、自らもまたカトリックに改宗すべきではないか――こう考えることで、しっかりとした宗教としてのキリスト教、それもカトリックに天皇が改宗する可能性があったように思います。



■参考記事→ 昭和天皇とキリスト教 : クリスチャントゥデイ

 戦前・戦中はもちろん、戦後においても天皇が一貫して宗教的存在であることを、改めて痛感させる本。
 
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岡田暁生『オペラの運命』ほか



 岡田暁生著『オペラの運命――十九世紀を魅了した「一夜の夢」』(中公新書)と、中野京子著『おとなのための「オペラ」入門』(講談社+α文庫)を読了。仕事でオペラの歴史を調べる必要があって、その資料として。

 音楽学者である岡田暁生の著書を読むのはこれで3冊目だが、この人はじつによい本を書く。クラシック門外漢の私が読んでもすごく面白いし、知的刺激がふんだんに得られる。
 
 サントリー学芸賞受賞作である本書もしかり。オペラに関心がなく、観に行ったことはおろかまともに聴いたことすらない私が読んでも、最初から最後までまったく退屈しなかった。大したものだ。

 オペラ史の概説書であると同時に、質の高いオペラ入門でもあり、オペラを媒介にした(17世紀以降の)ヨーロッパ史の書としても読める。

■関連エントリ
岡田暁生『クラシック音楽とは何か』
岡田暁生『音楽の聴き方』

 もう一冊の『おとなのための「オペラ」入門』は、中高生向けに書かれた『オペラで楽しむ名作文学』を大人向けに書き直したもの。そうしたいきさつゆえ、『カルメン』『椿姫』などの名作オペラの原作に焦点が当てられた内容になっている。



 入門書としては悪くない本だが、『オペラの運命』の充実した内容と比べてしまうと、割りを食って見劣りがする。

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またまたノートパソコン買った。



 以下は個人的な備忘用メモ。

 7年間使い倒したノートパソコンが、ハードディスク付近から「ヴォ~ン」という不穏な音を立てるようになり、原因不明のシャットダウンもするようになってきたので、ノートパソコンを新調。クラッシュしたら仕事に支障をきたすので。

 今回は、初めてDELLのパソコンを買ってみた。「Inspiron 15 3567 Core i3 Office付きモデル」というやつ。

 DELLは納品が遅いと言われていて、ネット上には「注文から1ヶ月経ってもまだ届かない」などという悲痛な叫びが散見する。が、私が選んだのは「即納品」というものだったらしく、注文翌日に届いた。

 で、2時間ほどかけて各種設定の引き継ぎを済ませ、もう完璧に仕事に使える。いまも新しいパソコンでこれを書いている。

 昔パソコンの設定に半ベソかきながら四苦八苦したことを考えれば、すごい進歩である。

 パソコンというのはもう完成の域に近いのだろうから、7年前に買ったものと比べてドラスティックな変化があるわけではない。それでも細部のあれこれが、やっぱ全然違う。
 たとえば、同じPCスピーカーをつないだのに、ネットで音楽を聴くときの音質が格段によくなった(気がする)。

 DELLはアメリカの会社だから、メールの対応が無愛想で「おもてなし」の心に欠ける。
 しかし、製品の質は(いまのところ)素晴らしいと感じた。 

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神田桂一・菊池良『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 青のりMAX』



 神田桂一・菊池良著『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 青のりMAX』(宝島社/1058円)読了。

 「カップ焼きそばの作り方」というお題で、古今東西の文豪から現代日本のお笑い芸人やブロガーまで、計120人分のパスティーシュ(文体模写)をやってみた本。
 昨年6月に刊行された第1弾が15万部突破のベストセラーになったのを受け、昨年末に刊行された第2弾である。


↑こちらが第1弾。

 いちおう全部読んだけど、さっぱり面白くなかった。
 パスティーシュは本来、高度な文章力・批評力・笑いのセンスを兼備していないと書けないものだ。表面的な言葉遣いだけ似せればよいというものではない。本書は、パスティーシュとしての完成度が総じて低い。
 
 本書の120人分のパスティーシュのうち、私が笑えたのはたった2つのみ。
 1つは宮崎駿へのインタビューのパスティーシュで、これはよくできていると思った。
 もう1つは辻仁成の項で、「(麺とソースをかき混ぜながら)やっと和えたね。」という一行だけのネタ。クダラナイけど笑ってしまった。

 それ以外の118人分は、1ミリも笑えなかった。
 とくに、私自身が強い思い入れを持っている竹中労と西村賢太のパスティーシュは、あまりの似ていなさに腹が立ってきたほど(※)。おそらく著者たちは、竹労にも賢太にも思い入れがないし、愛読者でもないのだろう。

※なにしろ、西村賢太のパスティーシュなのに「慊い」すら使われていないのである。

 逆に、吉行淳之介のパスティーシュはわりとよくできていて、著者のどちらかが愛読者なのだろうなと感じた。
 思い入れもリスペクトもない相手の文体を真似ても、表面しか似せられないのは当然だ。

 パスティーシュとしての質は、類書である星井七億の『もしも矢沢永吉が「桃太郎」を朗読したら』のほうが、はるかに上だと思う。

 ただ、私は第1弾を読んでいないので、もしかしたら、第2弾の本書は出がらしのようで質が低く、第1弾は質が高いのかもしれない。
 でも、あまりにつまらなかったので、いまから第1弾を読もうとは思えない。

 本書の著者たちは、和田誠の名著を復刊した『もう一度 倫敦巴里』の“『雪国』(川端康成)パスティーシュ”の妙技を熟読玩味し、もう少し腕を磨くべきだ。

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島田雅彦『深読み日本文学』



 島田雅彦著『深読み日本文学』(集英社インターナショナル新書/821円)読了。

 芥川賞選考委員でもある(が、当人は芥川賞を取れなかった)著者による、独創的な日本文学案内。
 
 『源氏物語』から説き起こし、終章ではAIによって小説が書かれる未来にまで言及している。1000年を駆け足でたどった日本文学史の概説書としても読める。

 おそらく著者の大学での講義がベースになっているのだと思うが、語り口調に近い文章で書かれており、わかりやすい。内容的にも、大学生くらいが読んでちょうどいい感じ。

 夏目漱石・樋口一葉・谷崎潤一郎について、各一章を割いて論じた中間の3つの章が、とくに面白かった。
 わけても一葉についての章は、“一葉が作家としてどう優れているのか?”が、本書を読んで初めてわかった気がする。

 帯の惹句「常識を揺るがす新しい読み方。」はいささか大げさだが、随所に卓見がある良書には違いない。
 
 ただ、隙あらば内容を現政権批判に結びつけようとするような箇所も散見され、そのへんの“要らざる政治色”は読んでいて辟易としたが……。

 以前、当ブログで島田の『小説作法ABC』を取り上げたとき、私は次のように書いた。

 本書を読んで改めて感じたのは、島田雅彦は作家としてよりもまず評論家として、ひいては文学研究者として非常に優秀であるということ。いまや島田も作家兼大学教授だが、最初から文学研究者としてアカデミズムの道を歩んでいたとしても一家を成した人だと思う。
 逆に言うと、評論家肌、研究者肌だからこそ、島田の小説はあまり面白くないのかも。



 本書からも、まったく同じ印象を受けた。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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