山上たつひこ『大阪弁の犬』



 山上たつひこ著『大阪弁の犬』(フリースタイル/1728円)読了。
 マンガ家・小説家の二足のわらじを履く著者の、自伝的エッセイ集である。

 マンガ家としての創作活動の舞台裏など、「マンガ史の生きた資料」としての内容を期待して手に取った。もちろんそういうエッセイもあるが、分量は全体の半分くらい。

 残りは、少年期の思い出や、いまの金沢での暮らしぶりを地元誌に連載したものなど、いかにもエッセイ然としたエッセイである。むしろ「随筆」と呼びたい感じの……。

 ただ、マンガとは直接関係のないその手のエッセイも、とてもよい。優れた小説家でもあるのだから当然だが、山上は文章がうまい。「名文家」と呼んでいい域に達している。
 印象に残った一節を引いてみよう。

 漫画家とは漫画という製品を作る小さな町工場の経営者であり、作者自身も背を丸め、製品の納期に向けて汗を流す虫のような労働者の一人なのである。漫画家の社会的地位が向上したといわれる今も作業の本質は変わらない。
 私小説作家が自己をなぞり懊悩を語る。しかしなあ、とぼくは泣き笑いの表情になる。太宰治がもし漫画家だったら、「生まれて、すみません」などとうそぶく前に「もう十分だけ寝かせてくれ」と言ったに違いない。
 一週間の平均睡眠時間が三十分と少し。一度あの眠さ、徹夜の辛さを体験してみなさいよ。懊悩も何も、あなた。(「あの頃ぼくは眠かった」より)



 マンガ・ネタのエッセイでは、山上がデビュー前、大阪の「日の丸文庫」で貸本漫画の編集者をしていたころのことを書いた一連の文章が、とくに面白い。貸本漫画末期の様相をヴィヴィッドに伝える、貴重な資料でもある。

 『喜劇新思想大系』や『がきデカ』などの舞台裏を綴ったエッセイも読み応えがあり、マンガ家・山上たつひこのファンなら必読の一冊になっている。

■関連エントリ 
山上たつひこ『追憶の夜』
山上たつひこ『天気晴朗なれども日は高し』ほか

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近藤ようこ・田中貢太郎『蟇の血』



 近藤ようこが田中貢太郎の短編怪奇小説をマンガ化した『蟇(がま)の血』(KADOKAWAビームコミックス/720円)を、電子書籍で購入。さっそく、2度くり返し読んだ。

 近藤が『コミックビーム』などで近年多数手がけてきた、近・現代日本文学コミカライズ・シリーズ(なのか?)の一作。
 私は一連のシリーズの中では、津原泰水の短編をマンガ化した『五色の舟』がいちばん好きだ。その評価は本作を読んでも変わらないが、これもなかなかの出来。

■関連エントリ→ 近藤ようこ・津原泰水『五色の舟』

 恥ずかしながら原作を読んだことがなかったので、本書を読んだあとに「青空文庫」で読んでみた。かなり原作に忠実なコミカライズである。

 私は近藤作品の中にときどき出てくる、怪異でエロティックな女性キャラが好きだ。本作にもそのようなキャラが出てくる。しかも、儚い系キャラと恐ろしいキャラの2タイプが揃って……。
 その魅力を堪能するだけでおなかいっぱいになる、上質な幻想怪奇譚である。

 恐ろしい場面でも飄々としたユーモアが隠し味になっていて(蟇の血を操るババアのキャラとか)、そのへんの複雑玄妙な味わいもなかなか。

 あと、本作は近藤作品の中でもひときわ、風景/背景描写に力が込められている気がした。
 暗い夜道に電灯の明かりでポッカリ浮かぶ家並みとか、月明かりに照らされた夜の海辺の松林とか、前半の何気ない風景が、強い印象を残す(後半は主人公がある屋敷に閉じ込められる展開なので、なおさら)。

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小川仁志『超・知的生産術』



 小川仁志著『超・知的生産術――頭がいい人の「読み方、書き方、学び方」』(PHP研究所/1620円)読了。

 哲学者の著者が、哲学の方法を知的生産に活かすコツを説いた本。
 哲学とは物事の意味・本質を徹底して考えていく営みだから、哲学的思考を身につけていれば、知的生産も効率的に行える(=本質をつかんだうえでできるから)、というわけだ。

 ありそうでなかった本だと思うし、企画意図はよいが、タイトルがダメ。
 哲学者が「哲学を知的生産に活かす法」を説いた点が本書のウリなのに、タイトル/サブタイトルを見ただけではそのことがまるでわからないのだ。
 そもそも『超・知的生産術』って、野口悠紀雄と梅棹忠夫の50番煎じくらいな感じで、いただけない。

 中身も、ちょっと拍子抜け。
 「<哲学式>知的生産術」と銘打たれた第4章では、「哲学式文章力」「哲学式プレゼン能力」「哲学式対話力」「哲学式質問力」などが語られているが、そこで著者が説くことは、どれもびっくりするほどありきたりだ。

 たとえば、著者は「人を惹きつける文章を書くためのテクニック」として、「①意識して真似るということと、②仕掛けるということ」の2つを挙げる。

 ①は、好きな作家など、うまい人の文章を「意識して真似る」こと。
 ②は、「読み手がページをめくる」ための「仕掛け」として、「期待を持たせる表現を時々織り込む」こと。
 その例として、「その時、大変なことが起こったのです」、「ところが」「にもかかわらず」「実は」などという、「何か自分の知らないことがあると思わせる」表現を挙げている。
 これのどこが「哲学的文章力」の方法なのだろう? 一般的な文章術の本にだって、いまどきこんな凡庸なことは書いてないと思う。

 ……と、ケチをつけてしまったが、有益な部分もある。

 とくに、第2章「哲学者の思考の秘密」が、突出して面白い。
 この章は、「デカルト、カント、ヘーゲル、ニーチェ、サルトル、デリダという超一流哲学者たちの伝記をひもとき、彼らの思考の秘密を探っ」た内容。ここをもっと広げればよかったのに……。

 また、巻末付録のブックガイドも、「哲学思考をベースに効果的な知的生産を行う」ことに役立つ本を集めたもので、有益。読みたい本がいくつも見つかった。

■関連エントリ→ 小川仁志『日本の問題を哲学で解決する12章』

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加納秀人『Thank You』



 加納秀人の新作『Thank You ~Hideto Kanoh 50th Anniversary~』(テイチクエンタテインメント/3000円)を聴いた。

 1970年代J-ロックのレジェンドにして、いまなお現役バンドである「外道」の加納秀人が、キャリア50周年の佳節を記念して出したソロアルバム。

 ジャケットのシルエットの用い方が、ジャニーズのタレントを起用した雑誌の表紙(=ウェブ上で写真が使えないので、そこだけシルエットになる)みたいで、なんかヘン。

 内容は、最初から最後までギター弾きまくり。加納秀人のぶっとくうねるダイナミックなギターを堪能できる。

 ギターワークは素晴らしいのだが、ヴォーカル曲がどうも古臭い。グループサウンズ的というか演歌的というか、いかにも日本人な湿っぽい「泣きのフレーズ」に満ちていて、ちょっといただけない。

 70年代の「外道」のサウンド――「香り」とか「ビュンビュン」とか――は、もっとカラカラに乾いていて、そこが痛快だったのだが、なぜいまになって先祖返り的にGSっぽくなってしまうのか、不思議。


↑外道の代表曲「香り」。問答無用のキラーチューンである。

 本作における加納秀人のヴォーカルが、甲斐よしひろを少しヘタウマにしたような感じで、演歌的なエモーションを感じさせるため、なおさらそう思う。

 ……なので、アルバム中に3曲あるインスト曲のほうが、私は気に入った。3曲とも、ビリビリした緊張感に満ちていて最高である。
 ただし、ヴォーカル曲も、加納秀人のギター自体は最初から最後まで素晴らしい。

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鈴木マサカズ『マトリズム』



 鈴木マサカズの『マトリズム』の既刊1~2巻(日本文芸社)を読んだ。
 『漫画ゴラク』連載中の、麻薬取締官(マトリ)たちの活躍を描いたマンガ。作者の鈴木マサカズは、『無頼侍』などの作品で知られている。

 マトリを主人公にしたマンガといえば、笠原倫の『リスク――エンドレス・ドラッグ・ウォーズ』という傑作がすでにある。

■関連エントリ→ 笠原倫『リスク――エンドレス・ドラッグ・ウォーズ』

 本作は『リスク』とはタイプが異なるが、これはこれですごく面白い。
 『リスク』は泥臭いB級劇画で、ド派手なアクション描写も満載、現実離れしたブッ飛んだキャラが次々と登場してきた。

 それに対して本作は、登場する薬物に手を出す人々が「普通の人」ばかりである。
 普通の主婦・サラリーマンなどが、ふとしたきっかけでヤクをやって地獄を見るさまが、すこぶるリアルに、むしろ淡々としたタッチで描かれている。
 『闇金ウシジマくん』的な、いかにもな「裏社会の住人」はほとんど出てこないのだ。

 その意味で、おどろおどろしい骸骨が描かれたコミックスのカバーは、内容と合っていないと感じた。

 主人公の麻薬取締官が、暴力を用いることも辞さない型破りなタイプで、上役から睨まれている……というキャラ設定はありきたりで興醒め。
 そういう「劇画的」要素を排した、地味でリアルなマトリを描けばよかったのに(まあ、それでは人気が出ないと踏んだのだろう)。

 主人公のキャラ設定は難アリだが、捜査のプロセスや、被疑者一人ひとりが薬物にのめり込んでくプロセスなどは、リアルで秀逸だ。

 たとえば、普通の独身中年男性が初めてドラッグを買う場面で、売人に「消費税とかかかります?」と思わず聞いてしまうところなど、とぼけたユーモアがなかなか。

 また、薬物中毒経験者が集う「自助会」にヤクの売人がまぎれこんでいる、というあたりの展開も、ゾッとするほどリアルだ。
 おそらく、現実にもそういうことは少なくないのだろう。元ジャンキーはほんの一押しで再び薬物に手を出しやすいはずで、「見込み顧客」揃いなわけだから……。

 良作。今後もコミックスを買い続けることにする。
 
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ノーム・チョムスキー『アメリカンドリームの終わり』



 ノーム・チョムスキー著、寺島隆吉・寺島貴美子訳『アメリカンドリームの終わり―― あるいは、富と権力を集中させる10の原理』(ディスカヴァー・トゥエンティワン/1944円)読了。書評用読書。

 卓越した言語学者であると同時に、米国を代表する左派論客としても活躍してきたチョムスキーの、語り下ろしによる新著。

 タイトルのとおり、“アメリカにはもはやアメリカンドリームはない”という苦い真実を伝える書。何年か前に出たヘドリック・スミスの『誰がアメリカンドリームを奪ったのか?』の類書といえる。

■関連エントリ→ ヘドリック・スミス『誰がアメリカンドリームを奪ったのか?』

 スミスもチョムスキーも、上位1%の富裕層が国の富をほぼ独占する米国の超・格差社会化を、諸悪の根源と見ている。
 ただ、チョムスキーの批判のほうが、より激越で徹底している。
 というのも、チョムスキーは建国以来の米国の歴史を振り返り、“この国のエリート層は元々、民衆を隷属させ、富と権力を独占しようとし続けてきた”と断じているからだ。
 つまり、“アメリカンドリームの終わりは、建国以来進められてきた民衆支配のプロセスが、いま完成に近づいた結果にすぎない”との見立てである。

 チョムスキーは、米国の支配層が民衆を操り、「富と権力を集中させる」ために続けてきたやり口を、10の行動原理に集約する。そして、それぞれをくわしく説明し、米国の歴史からその例証を引いてみせる。
 一つの「原理」ごとに、それを証し立てる資料も付されており、資料的価値も高い。

 ただ、チョムスキーの言葉遣いは随所であまりにもエキセントリックで、ついていけない気分になった。たとえば――。

 共和党はいまや、世界史上、もっとも危険な組織になってしまっています。(中略)
 共和党は、ここのところ、全速力で人類を破滅の途へと促してきているからです。それは、かつてないほどの勢いです。



 (米国の)軍事費は、国民の安全保障とは、ほとんどなんの関わりもありません。(中略)それはただ、世界の支配者だけを守るものなのです。



 こういうアジビラまがいの言葉は、著者と立場を同じくする人は快哉を叫ぶだろうが、中立的読者にとってはドン引きだ。

 若者たちがiPhoneなどを買ったりすることまで、“権力者が民衆を支配するために積み重ねてきた情報操作の結果だ”とか言ってみたり、チョムスキーの見方は極端すぎ。

 とはいえ、そのようなアジテーションを差し引いて読めば、米国政治に対する根源的批判として、傾聴に値する内容ではある。

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くりきあきこ『ブレッチェン ~相対的貧困の中で~』



 くりきあきこの『ブレッチェン ~相対的貧困の中で~』1巻(ぶんか社/648円)を、Kindleで購入(紙版は出ていないようだ。最近そういうケースも多い)。

 ぶんか社の、「本当にあった女の人生ドラマ」というレディースコミックの月刊誌がある。
 読者投稿のマンガ化など、ノンフィクション、もしくはノンフィクションに近い女性向けマンガを集めたもの。社会問題を扱った作品も多く、狙いはよいのだが、エグい話、ドギツイ話がけっこうあって、正直、あまり人前では読みたくないマンガ誌である。


↑こんな感じのマンガ誌。

 同誌に連載されているなかで、私が唯一続きを楽しみに読んでいるのが、この『ブレッチェン』である。
 これは、ベテラン・マンガ家くりきあきこが、日本の貧困問題――とくに、母子家庭の貧困や子どもの貧困――を真正面から描いた作品。

 主人公の18歳の少女・楓花は、生活保護を受けながら母親と2人暮らしをし、コンビニでバイトをしながら大学進学の学費を貯金していた。
 だが、高校卒業の直前に母親が他界したことで生活保護を打ち切られ、進学をあきらめる。そして、たった一人で働いて生きていこうとする……という物語。
 タイトルの「ブレッチェン」とは、楓花が働くことになる小さなベーカリーの店名だ。

 楓花が天涯孤独になったことで、急に冷たくなる知り合いもいれば、弱みにつけこもうとする「悪い大人たち」もいる。その一方で、力を貸してくれる「よい大人たち」もいる。
 そうした周囲の人々の姿と、自力で新しい人生を切り拓こうとする楓花の奮闘が、重いリアリティで描かれていく。

 パン作りの工程などもよく調べて描かれており、確かな生活感覚に満ちた、とてもよいマンガである。ドラマ化・映画化してもよいかもしれない。

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佐藤まさあき『影男』



 佐藤まさあきの『影男』シリーズがKindle電子書籍になっていて、しかも「KindleUnlimited」で無料で読めるので、読んでみた。

 貸本マンガから生まれた、劇画黎明期の伝説的作品であり、佐藤まさあきの代表作。
 もっとも、私は知識としては知っていたものの、実際の作品を読むのは初めて。いしかわじゅんが1980年代に描いた『影男』のパロディ・ギャグは読んだことがあるけど。

■関連エントリ
佐藤まさあき『「劇画の星」をめざして』
佐藤まさあき『「堕靡泥の星」の遺書』

 『影男』シリーズは、1960年に貸本劇画誌『影』で誕生し(だから『影男』なのだ)、67年にかけて貸本誌4誌に掲載。
 68年から72年ごろにかけては、『プレイコミック』誌に舞台を移して描き継がれた(→この研究サイトによる)。

 本書には初出がどこにも記されていない。表紙に「貸本劇画傑作選」と銘打ってあるから、貸本時代のオリジナル・ヴァージョンなのだろう。
 ……と思いきや、上記研究サイトには、Kindle版と同一らしいeBookJapan版について、「雑誌版(プレイコミック本誌その他掲載)の選り抜き集と理解して良いだろう」と書かれている。
 ううむ、よくわからない。もっとも、雑誌版は貸本時代の『影男』の自作リメイクが多かったようだが。

 初出についてはともかく、内容は、日活アクション映画や初期の大藪春彦作品の影響が顕著に見られる、なんとも不思議な無国籍ハードボイルド・アクションだ。
 「日本でこんなに拳銃をバンバン撃ちまくったら、たちまち大騒ぎになるだろうに」と心配になるくらい、銃撃戦シーンが頻出する。

 『影男』の主題歌「影のブルース」なるものの歌詞が何度か出てくるのだが、このへんは明らかに日活アクションの模倣だろう。

 主人公の影男は、「暗黒街のボス共からは死神のように恐れられる」、一匹狼の「拳銃使い」(という職業があるらしい)。彼が伝説の「無音拳銃」を手に入れるところから、物語は始まる。
 無音拳銃とは、「ヒットラーが一九四四年 ナチス親衛隊のために作った」とされる、「世界の拳銃使いが夢にまでみた幻の拳銃」。サイレンサーをつけた消音拳銃ではなく、「完全に無音」なのだという。

 それはまあ「設定」だからいいのだが、この第1巻を全部読んでも、無音拳銃のメリットがよくわからない。「持っていた拳銃が無音であったために、主人公が窮地を切り抜けた」というような場面が、一つもないのだ(笑)。

 ……そのように、いま読むとツッコミどころ満載の作品だが、発表当時にはすごくカッコよくて斬新な劇画であったはず。その歴史的価値は十分に伝わってきた。

 少し前まで入手困難であったこのような歴史的作品が、手軽に読めるようになっただけでも、電子書籍時代は素晴らしいと思う。
 
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ホーキング青山『考える障害者』



 ホーキング青山著『考える障害者』(新潮新書/778円)読了。

 先天性多発性関節拘縮症により、生まれたときから手足が使えない重度障害者のお笑い芸人である著者が、自らの経験をふまえ、本音バシバシで綴る障害者論。

 読む前に想像していたよりもはるかによい本だった。随所に適度な笑いがあって面白いし、リーダビリティも抜群。
 本人が書いたのだとしたら、著者の文才はなかなかのものだと思う(※)。

※出版界の最近の傾向として、ライターが話を聞いてまとめた本の場合、奥付などに構成者が明記されることが多くなってきた。本書は構成者の名がないから、おそらく本人が口述筆記等で書いたものだと思われる。とはいえ、構成者の名がないからといってライターが介在していないとは限らないのだが……。

 ホーキング青山さん、昔一度取材したことがある(もう20年近く前になるか)。舞台等での印象よりも、ずっと真面目な方だと思った。

 本書を読むと、「明晰な知性の人」でもあるという印象を受ける。
 とくに、乙武洋匡氏に対する複雑な思いを綴ったくだりや、「やまゆり園事件」について論じた部分は素晴らしい。この著者にしか書けない鋭い分析に満ちている。

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堀正岳『ライフハック大全』



 堀正岳著『ライフハック大全――人生と仕事を変える小さな習慣250』(KADOKAWA ・中経出版/1620円)読了。

 著者は人気ブログ「Lifehacking.jp – 人生を変える小さな習慣」の主で、本業は北極の気候変動を専門とする研究者(理学博士)。
 本書は、著者がこれまでに収集し、ブログで紹介し、自らも実践してきたライフハックの集大成である。

 時間管理・タスク管理・読書術・発想法・習慣化の技術など、ジャンル別に分けられたライフハックが、計250項目集められている。
 その中には著者自身が編み出したものもあるが、多くは既成のライフハックの紹介だ。その意味で「人のフンドシで相撲をとる」本なのだが、既成のライフハックの紹介の仕方が非常に手際よく、うまくまとめてあるので、まさに「大全」として使うことができる。

 私がとくに感心したのは、デビッド・アレンが考案した名高いワークフロー管理手法「GTD(Getting Things Done)」が、6項目にまとめられている部分。そこに、「GTD」のエッセンスが見事に集約されている。

■関連エントリ→ デビッド・アレン『ストレスフリーの仕事術』

 まあ、250項目もあるなかには、「これはちょっといただけないなァ」という項目もないではない。
 それでも、ライフハックの基本を集約した一冊として、コスパの高い良書である。

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99.99『99.99』『モア・オブ・99.99』



 99.99のアルバム『99.99』と『モア・オブ・99.99』を聴いた。

 99.99で「フォーナイン」と読む。
 元アイン・ソフのキーボーディスト、服部ませいを核とした80年代日本のフュージョン・バンド。「手数王」の二つ名で知られる名ドラマー・菅沼孝三や、のちに「アーバン・ダンス」(「ポストYMO」と評された、トリオ編成のエレクトロ・ポップ・バンド)を結成した成田忍らが参加していた。

 昨年末から、「NEXUS ROCK LEGEND ARCHIVE COLLECTION」と銘打たれた4ヶ月連続・計101作の大量リイシューが行われている。
 キングレコードが誇る名門ロック・レーベル「NEXUS」などの名盤を集めたもので、日本のプログレ、ハードロック/メタルの名盤がズラリと並んでいる。

 私のお気に入り、ミスター・シリウスやアイン・ソフ、KENSO、美狂乱らの名盤が含まれ、慶賀に堪えないが、このコレクションの中でひときわ異彩を放っていたのが、99.99の2枚。
 ほかはプログレかメタル系なのに、このバンドだけフュージョンだったからである。

 だが、聴いてみれば、99.99がこのラインナップの中に加えられた理由がわかる。
 「リゾート・フュージョン」って感じの軽い曲が多いのだけれど、演奏は終始テクニカルだし、随所にジャズ・ロックやプログレ的色彩が見えるのである。いわば「プログレ・フュージョン」のバンドだったのだ。

 ファーストに入っている「ディス・イズ・イット」なんて曲は「ほとんどウェザー・リポート」で、カッコイイったらない。
 かと思えば、その次の曲は「カリビアン・ジゴロ」という、タイトルからしてどうかと思う腑抜けたラテン・フュージョンで、甘ったるくてウンザリ。

 また、ファースト『99.99』が売れなかったからか、セカンドの『モア・オブ・99.99』ではポップス寄りのヴォーカル・チューンが増え、さらに軟弱になっている。
 とくに、「GINZA de アイマショ」というヴォーカル曲は、バブル前夜のチャラけた雰囲気が全編を覆っていて、いま聴くとかなり恥ずかしい。

 とはいえ、甘ったるい系のポップな曲も演奏の完成度は高いし、2枚とも、全体としては十分楽しめるフュージョン・アルバムである。

 「ホントはハードでテクニカルなプログレ・フュージョンだけやりたいんだよ。でも、売れ線を狙うには軽めのフュージョンじゃないと……」と、レコード会社側からの要請で不本意なアルバムになったのかもしれない。
 まあ、それは私が勝手に斟酌して言うことなので、本人たちの思いがどうだったかはわからないが。

 ともあれ、埋もれさせるには惜しいバンドであり、今回のリイシューは喜ばしい。
 
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福田淳『SNSで儲けようと思ってないですよね?』



 福田淳(あつし)著『SNSで儲けようと思ってないですよね?――世の中を動かすSNSのバズり方』(小学館/1296円)読了。

 誤解されやすい書名だと思う。
 「SNSをバズらせてマネタイズに結びつけるには?」みたいな、小手先のテクが書かれたチャラい本だと思われかねない。

 実際に読んでみれば、そうではない。ソーシャルメディア時代の“人の輪”の作り方や、“社会をよい方向に変えるためにソーシャルメディアをどう活かしていくべきか?”といったことが、カリスマ・マーケッターである著者の体験をふまえて論じられている。

 語り口調に近い軽快な文章ながら、けっこう深いことを言っている。
 たとえば、ドナルド・トランプのSNS活用術を分析したあとで、著者は次のように書く。

 このようにしてトランプ氏は、通常のメディアでは伝え切れない、ソーシャルメディアならではの特性をすべて取り入れた戦略を立てたのです。こうした背景から、トランプ氏は、「突然現れたモンスター」ではなく、SNS効果を熟知している「優れたマーケッター」なのではないかと僕は見ています。



 政治評論家などとは異なる位相からの著者のトランプ評価は、傾聴に値する。

 また、ソーシャルマーケティング企業の代表格「ソニー・デジタルエンタテインメント」の初代社長である著者が、生身の人のふれあいを重視している点は、意外で面白いと思った。

 日々の「街歩き」のことを、僕は「素振り」と呼ぶことにしています。(中略)
 バットを振り続けている限りはボールが当たることだって時々はある。打席に立っている分、街を歩いている分、打つべき角度だとか、土地勘だとか、マーケッターとして重要な、「気配を察する能力」が磨かれていくからです。

 実際、街歩きが習慣になると、「時代の気分」を次第に感じることができるようになっていきます。



 それから、『少年マガジン』を100万部雑誌に育て上げた天才編集者・内田勝さんとの思い出が随所に紹介されている点は、個人的にうれしかった。
 内田さんはソニー・デジタルエンタテインメントの初代顧問であり、著者は自らに影響を与えた「4人の偉大な大先輩」の1人に数えている。

 生前の内田さんとは、一度だけ一緒に飲む機会があった。そのとき、内田さんの著書『奇の発想』(三五館/これは名著)にしていただいたサインは、私の宝物だ。 

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Marie『「箇条書き手帳」でうまくいく』



 Marie著『「箇条書き手帳」でうまくいく――はじめてのバレットジャーナル』(ディスカヴァー・トゥエンティワン/1512円)読了。

 「バレットジャーナル」と呼ばれる手帳術を紹介した本で、すでに5万部を突破したという。
 著者のMarieさんは、ブログ「Mandarin Note」の主。

 バレットジャーナルはアメリカ発祥で、日本では2014年ごろから徐々に知られるようになってきた手帳術です。
 「バレット」(ビュレット)というのは、箇条書きの先頭につける点「・」(Bullet Point)のこと。
 箇条書きと記号を活用して、タスクやスケジュール、メモなどを効率的に管理できる手帳ということで、「バレットジャーナル」と名づけられました。(版元の内容紹介より)


 「バレットジャーナル」を日本語にすると、「箇条書き手帳」となるわけだ。
 ニューヨーク在住のデジタルプロダクト・デザイナー、ライダー・キャロル(Ryder Carroll)氏が考案した手帳術だという。
 キャロル氏には学習障害があり、集中力に欠けるため、その欠点を補う方法として編み出したものだとか。

 何から何まで箇条書きして処理していく点はユニークだが、過去の手帳術でも「ToDoリスト」など箇条書きの部分は少なからずあったわけで、すごく斬新な手帳術というわけでもない。
 「バレットジャーナル」なるネーミングがキャッチーなだけで、中身は他の手帳術と似たり寄ったりなのだ。

 私がこの手の「手帳術本」でオススメを一つ挙げるなら、佐々木かをりさんの『ミリオネーゼの手帳術』である(版元は本書と同じディスカヴァー・トゥエンティワンだが)。
 同書は、「8ケタ稼ぐ女性に学ぶサクサク時間活用法」という副題のとおり、基本的には女性向けの内容だが、男が読んでも大変参考になる。

■関連エントリ
佐々木かをり『ミリオネーゼの手帳術』
佐々木かをり『佐々木かをりの手帳術』
私の手帳術

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『バーフバリ 伝説誕生』



 『バーフバリ 伝説誕生』を映像配信で観た。



 インドの歴代興行収入最高額を記録したという、歴史スペクタクル・アクション。
 続編にあたる『バーフバリ 王の凱旋』が昨年末に公開され、やたらと評判がいいので、とりあえず正編を観てみた。

 古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』にインスパイアされた貴種流離譚であり、神話的色彩の強いヒーロー・アクション。
 ……なのだが、インド映画特有の大げさすぎる演出がいちいちおかしくて、ある種のコメディ映画としても楽しめる。

 なおかつ、ラブストーリーでもあり、登場人物が突然朗々と歌い出したりするミュージカルでもある。
 それでいて、古代インドを舞台とした歴史スペクタクルとしても上出来。とくに、終盤の大軍勢の戦闘シーンは、なかなかの迫力だ。

 「とにかく観客を楽しませずにはおかない」というサービス精神が、全編に横溢している。「ボリウッド」とも称されるインド映画の底力を思い知らされる映画。続編『バーフバリ 王の凱旋』も必ず観る。

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ダダ『ダダ』



 イギリスのジャズ・ロック・グループ「ダダ」が遺した唯一のアルバム『ダダ』(1972年)をゲットし、ヘビロ中。

  「ヴィネガー・ジョー」で故ロバート・パーマーとツイン・ヴォーカルを張ったエルキー・ブルックスがいたバンドだと聞き、手を伸ばしてみた。
 「エルキー・ブルックスが在籍した」というより、この「ダダ」というバンド自体がヴィネガー・ジョーの前身にあたるのだな。

 ロバート・パーマーがスターダムにのし上がったころ、彼が以前在籍していたバンドとしてヴィネガー・ジョーの名を知った人が多いと思う。私もその1人で、後追いで聴いてみたらとてもよいバンドで、すっかり気に入ってしまった。



 ヴィネガー・ジョーは、米国スワンプ・ロックの影響を受けた渋いR&Bバンドであった。
 前身であるこの「ダダ」にもスワンプ色/R&B色は少しあるが、オルガンがかなりの比重を占めていたりして、ヴィネガー・ジョーよりもジャズ色が強い。さらに、プログレ色も随所にある。

 野性的な泥臭さと知的な洗練味という、本来相容れないはずの2つの要素が混在している、なんとも不思議な音。

 エルキー・ブルックスのヴォーカルは、このバンドのころからすでに絶品である。
 ジャニス・ジョプリン的なハスキーボイスのド迫力と、アニー・ハズラム的な伸びやかな美声の魅力を併せ持っている。「その2つこそ相容れない要素ではないか」と思う向きもあろうが、このアルバムを聴いてみれば私の言っていることがわかると思う。


↑エルキーのヴォーカルが素晴らしい「シー・ウォークス・アウェイ」

 もっとも、ダダの場合、もう1人ポール・コーダという男性シンガーがいて、2人が交互にヴォーカルを取るのだが(ポール・コーダのヴォーカルもなかなかよい)。


↑ストーンズの初期ナンバー「ラスト・タイム」の素晴らしいカヴァー

 ところで、「ダダ」という名のバンドはほかにも複数ある。
 そのうちの一つに80年代日本のプログレ・バンドがいて、私はこちらのダダも昔大好きだった。



 Amazonのカスタマーレビューを見ると、日本のダダのファースト・アルバム(これまたタイトルも『ダダ』で、まぎらわしいったらない)のレビューと本作のレビューがごっちゃになっていて、とってもカオス。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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