岡田暁生『クラシック音楽とは何か』



 岡田暁生(あけお)著『クラシック音楽とは何か』(小学館/1296円)読了。

 音楽学者の著者による、クラシック音楽入門である。
 すでに類書が山ほどあるわけだが、この著者の本は前に『音楽の聴き方』というのを読んだことがあり、これが大変面白かった。なので、「岡田暁生が書いたクラシック入門なら読んでみたい」と思ったしだい。

 期待を裏切らない力作であった。本書の内容は、クラシックにくわしい人にはあたりまえのことが多いのかもしれないが、門外漢の私にはとても新鮮だった。

 面白くてためになる。著者は初心者向けに、語り口調に近い平明な文体を採用しているが、それでもなお、文章に格調と知的興奮がある。

 また、シロウトから見ると“得体の知れない大陸”のように思えるクラシック音楽の世界を、著者は手際よく腑分けし、すっきりとした全体の見取り図を読者に提供してくれる。
 たとえば、次のような一節――。

 図式的にいって、私たちがクラシックと呼んでいるヨーロッパの近代音楽には二つの「極」があった。ドイツの交響曲とイタリアのオペラである。ドイツvsイタリア、そして交響曲vsオペラ――両者はもう水と油のように音楽文化が違うのだ。ちなみにフランスやロシアなど、その他の国の音楽文化の体質は、何らかの形で両者の間にあると思っておけばいい。あくまで一般論であるが、ドイツの交響曲文化ほど真剣難解長大ではなく、さりとてイタリアのオペラ文化ほど娯楽性が強いわけでもない、といったところだ。
 「難解な音楽」としてのクラシックのイメージは、専らドイツ/オーストリア音楽によって作られてきた。このことをどれだけ強調してもしすぎではない。クラシックのすべてが「真剣な音楽」(単なる娯楽ではない音楽)というわけではないのである。



 質の高いクラシック入門であると同時に、音楽エッセイとしても愉しめる書。

関連記事

佐藤優・北原みのり『性と国家』



 佐藤優・北原みのり著『性と国家』(河出書房新社/886円)読了。一昨年末に刊行された対談集で、仕事の資料として読んだ。

 北原みのりはフェミニストであると同時に、経営するアダルトグッズ・ショップをめぐる「わいせつ物陳列罪」で逮捕・勾留された経験を持つ。
 一方、佐藤さんは「鈴木宗男事件」に連座して逮捕・勾留された際、「国家というものが男権的で、とても暴力的なものであることを再認識し」、そこからフェミニズムの重要性に関心を持ち始めたという。

 獄中体験を通じて国家と対峙し、フェミニズムについて改めて思索したという共通項を持つ2人が、「性の視点で語る、新・国家論」(帯の惹句)である。
 この2人にそういう角度で対談させることを考えた編集者の、企画の勝利、キャスティングの勝利ともいうべき好著だ。

 とくに、従軍慰安婦問題を俎上に載せた第二章「戦争と性」は、従来の右派・左派による紋切り型の慰安婦論議に陥らない視点から語られており、目からウロコの卓見が多数ある。

 ただ、北原みのりは時々おかしなことを言っている。
 とくに、宗教改革の先駆者ヤン・フスが教会権力によって火刑に処されたことが話題にのぼったくだりで、「カトリック、かっこいい(笑)」「いいじゃないですか、カトリック!」と、フスを虐殺した側を賛美しているところは、目がテンになった。
 いったいどういう感覚をしているのか。冗談だとしてもまったく笑えないし、これはジョークにしてはいけないたぐいの話ではないか。

 あと、佐藤さんは性風俗やAVに対する見方が少し厳しすぎる印象を受けた。キリスト教を根幹に持つがゆえの厳しさなのだろうが。

 ……と、ケチをつけてしまったが、全体としては質の高い対談集だと思う。

関連記事

深町秋生『死は望むところ』



 深町秋生著『死は望むところ』(実業之日本社文庫/820円)読了。これで私が読んだ深町作品は12冊目。
 相変わらずサクサク読めるジェットコースター小説で、つかの間の娯楽としてハイクオリティ。

 解散に追い込まれた大暴力団の残党が地下に潜って先鋭化し、警察組織にすら牙をむく凶悪武装グループに変わる。
 そのグループと、警視庁組織犯罪対策課特捜隊の戦いを描く、血まみれのアクション小説である。

 グループに婚約者の女刑事を惨殺された凄腕の刑事が、私的な復讐をしていくプロセスが、ストーリーの大きな柱となる。
 深町秋生の代表作の一つ「組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ」は、凄腕の女刑事が殺された恋人の復讐に命を賭ける物語だった。本作には、それを男女反転させたという趣もある。

 これまでに私が読んだ深町作品のうち、本作がいちばんアクション度数が高い。全編、銃や刃物を駆使したド派手なアクションの連続。血しぶき舞い飛ぶバイオレンス・シーンも満載で、けっこうグロい。その手のシーンが苦手な人は受け付けないだろう。

 深町がこれまででいちばん、大藪春彦に近づいた作品だと感じた。大藪も、血みどろの復讐譚をくり返し描きつづけた作家であった。
 深町は過去2回、大藪賞の候補にのぼりながら受賞を逸しているが(つい先日も)、本作こそ大藪賞にノミネートされてしかるべきだろう。
 もっとも、過去の大藪賞受賞作のラインナップを見ると、必ずしも大藪作品に近いものが受賞するとは限らないようだが……。

 まあ、アクションがド派手な分、緻密な構成とか深みのある心理描写などはなく、わりと大味な作品ではある。
 主要キャラがバンバン死んでいくので、感情移入の暇すらないせわしなさだし。

 それでも、作品全体のスピード感、快調なテンポは小気味よく、値段分はキッチリ楽しめる。
 
関連記事

天祢涼『希望が死んだ夜に』



 天祢涼(あまね・りょう)著『希望が死んだ夜に』(文藝春秋/1836円)読了。

 14歳の女子中学生が、同級生の美少女を殺害した容疑で逮捕された。少女は殺害を認めたものの、動機はまったく語らないという、いわゆる「半落ち」(=一部自供)状態。果たして、刑事たちは送検までに事件の真相を見出し、「完落ち」させることができるのか?

 ……という感じの「社会派青春ミステリ」。なぜ「社会派」かといえば、逮捕された少女の家が貧しい母子家庭であり、「子どもの貧困」の問題が前面に出た小説になっているから。

 少し前に読んだ栗沢まりの『15歳、ぬけがら』も、貧しい母子家庭の女子中学生を主人公にした小説であった。作品のタイプは異なるものの、昨年時を同じくして、「子どもの貧困」をエンタメの鋳型に入れた小説が立て続けに刊行されたわけだ。

■関連エントリ→ 栗沢まり『15歳、ぬけがら』

 2作を比べてみれば、メフィスト賞作家ですでに売れっ子の天祢涼の作品のほうが、やはりうまい。
 「なるほど。手練の作家というのは、旬な社会問題をこんなふうにエンタメ化するのか」と、その鮮やかな手際に感服した。
 終盤のどんでん返しも、バッチリ決まっている(ただし、帯の「切なすぎるラストに誰も耐えられない。」という惹句は、ちょっと大げさ)。

 しかし、『15歳、ぬけがら』のほうが、まだぎごちなさはあるものの、子どもの貧困問題に真正面から向き合う切実さを感じさせる。
 それに比べ、『希望が死んだ夜に』は、あくまで物語の「素材」として「子どもの貧困」を扱っている印象。どこか絵空事・他人事なのである。
 
 とはいえ、エンタメとしての完成度はなかなかのもので、値段分は十分に楽しめた。
 
関連記事

フランス・ドゥ・ヴァール『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』



 フランス・ドゥ・ヴァール著、松沢哲郎監訳、柴田裕之訳『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』(紀伊國屋書店/2376円)読了。書評用読書。

 動物行動学の奇才が、自らの研究をふまえて一般向けに書いた科学啓蒙書シリーズの最新作。

■関連エントリ
フランス・ドゥ・ヴァール『道徳性の起源』
フランス・ドゥ・ヴァール『共感の時代へ』

 彼の著作はいつもそうだが、随所にちりばめられた動物たちの驚愕エピソードを読むだけでも、十分に面白い。本書の中の例を挙げると……。

 チンパンジーは一コミュニティ当たり一五~二五種類の道具を使い、その種類は文化や生態環境の状況によって変わってくる。たとえば、あるサバンナのコミュニティは先を尖らせた棒を使って狩りをする。これは衝撃的だった。狩猟用の武器を使うようになったのも、人間ならではの進歩と考えられていたからだ。



 このようなエピソードが山盛り。しかも、著者の専門である霊長類のみならず、さまざまな動物についての話が広く集められている。

 そうしたエピソードを楽しんで読むうち、著者が提唱する「進化認知学」の面白さが、すんなりと理解できる。
 進化認知学とは、「人間とそれ以外の動物の心の働きを科学によって解明するきわめて新しい研究分野」(松沢哲郎の「解説」より)である。

 「人間だけが○○できる」というたぐいの思い込みが、近年、動物の認知の研究によって次々と覆されてきた。本書はそうした研究の最前線を手際よく伝える、秀逸なサイエンス・ノンフィクションである。

 『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』という挑発的なタイトルは、原題の直訳。
 このタイトルには、「この世界で人間だけが特別だ」と考える人間中心主義への痛烈な批判が込められている。

 認知には唯一の形態など存在せず、認知能力を単純なものから複雑なものへと格付けすることにはまったく意味がない。ある種に備わった認知能力は一般に、その種が生き延びるのに必要なだけ発達する。



 にもかかわらず我々は、人間に備わった認知能力の形態だけを唯一の尺度として、動物にもあてはめてきた。人間の基準で動物をテストし、「人間にある認知能力が備わっていないから、この動物は劣っている」と決めつけてきたのだ。

 だが、本書に紹介された“動物たちの驚くべき認知の世界”に触れると、一つの基準で認知能力を比べることの愚かしさがわかる。
 そして、「そもそも賢さとは何か?」という根源的な問いをも、著者は読者に突きつけるのだ。

関連記事

ティグラン・ハマシアン『太古の観察者』『ア・フェイブル』



 ティグラン・ハマシアンの、昨年出た最新アルバム『太古の観察者』(ワーナーミュージック・ジャパン/2132円)と、2011年のアルバム『ア・フェイブル』を聴いた。

 先日『シャドー・シアター』と『モックルート』を初めて聴いて気に入ってしまった、アルメニア出身のジャズ・ピアニスト。

 今回聴いた2枚のアルバムは、いずれもピアノ・ソロ作品だ。
 ただし、多重録音による“一人ピアノ連弾”の曲が多いし、得意のスキャットも織り込まれているし、一部の曲ではシンセサイザーも用いられている。ゆえに、通常の“ジャズ・ピアニストによるピアノ・ソロ・アルバム”というイメージからは遠い。

 『ア・フェイブル』は、“フランス版グラミー賞”とも言われる「ヴィクトワール・ドゥ・ラ・ミュジーク賞」を受賞した作品。



 かなりポップな仕上がりだった『シャドー・シアター』に比べると、この2枚は全体に地味で静謐な印象。
 速弾きも随所にあって音数は多いのに、大きな音で流しても思考の邪魔にならない。


↑『太古の観察者』所収の美しい曲「ザ・ケイヴ・オブ・リバース」。

 『太古の観察者(An Ancient Observer)』という不思議なタイトルには、「故郷アルメニアに戻ったティグランがアララト山の麓で太古から変わらない大自然と現代社会の絡み合いを観察し、心に浮かぶメロディーを描き出した」(サラーム海上氏のライナーより)アルバム、との意味が込められているという。

 私自身は行ったこともないアルメニアの雄大な風景が、聴いていると鮮やかに目に浮かぶようだ。

関連記事

水野和夫『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』



 昨夜は、タンゴ・ダンサーのアクセル・アラカキさんと、そのお母さんでやはりタンゴ・ダンサーのカロリーナさんを取材。日本橋のタンゴ・スタジオ「タンゴ・ソル」にて。
 アクセルさんは日系3世で日本在住だし、カロリーナさんも19歳のときから日本在住なので、日本語でインタビュー。

 アクセルさんは、アルゼンチンで開かれる「タンゴ・ダンス世界選手権」のステージ部門で、昨年優勝したばかり。26歳の斯界のニュースターだ。
 羽生結弦をもう少し精悍にした感じの、スラリと細い美青年である。顔が小さくて足が長い! お母さんのカロリーナさんも美人で若い。


 行き帰りの電車で、水野和夫著『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』(集英社新書/842円)を読了。仕事の資料として。

 著者は法政大学教授で経済学博士のエコノミスト。「資本主義の終焉」「近代社会の終焉」が近く、世界はグローバル化から「閉じてゆく帝国」の時代へと向かう、と主張している。

 よくある経済予測本というより、もっと射程の広い、文明批評的ニュアンスの強い本。経済的側面から世界史を鷲づかみにする趣がある。

 先進諸国が経済成長を続けられる時代はもう終わった、とし、日本も経済成長を追い求めるより、日中韓+ASEANの「閉じた経済圏」での定常状態を目指すべき、というのが著者の主張である。
 「自転車を漕ぎ続けないと倒れるように、経済成長を続けないといけない」と考える立場から見たら、暴論に映るだろう。が、私はけっこう面白く読んだ。

関連記事

『ドリーム』



 『ドリーム』を映像配信で観た。



 評判どおりの素晴らしい作品だった。
 ハリウッド映画の美点が集約されている感じ。「わかりやすい感動」に満ちており、しかも映画全体がポジティヴ。黒人差別をストーリーの核に据えながらも、笑いが随所にある。
 自らが被る差別に、明るさとユーモア、そして何より「人としての誇り」を武器に抗していく黒人女性たちを描いているのだ。

 近年パッとしなかったケヴィン・コスナーが、久々に彼らしいハマり役をいきいきと演じている点も好ましい。

 NASAにおける黒人女性差別の描写には、史実と比して潤色もあるようだが(実際には1960年代初頭のこの時期、もう少し差別が解消されていた)、それも感動を盛り上げるための「よい潤色」になっている。
 
 「黒人専用トイレ」の存在がストーリーの鍵になるのだが、それを観て思い出したのは、以前読んだ『ローザ・パークス自伝』の一節。
 子ども時代の彼女は、「白人用」の水飲み場を見ながら、「あの水はきっと、黒人用のよりもずっとおいしいのだろう」と思っていたという。切ない話だ。

 この映画は音楽も素晴らしい。アカデミー賞の作曲賞・歌曲賞に、ノミネートすらされなかったのが不思議だ(作品賞・助演女優賞・脚色賞にはノミネート。また、ゴールデングローブ賞では音楽賞にノミネートされた)。

 ハンス・ジマーらのスコアがよいし、ファレル・ウイリアムスが書き下ろした曲の数々が絶品だ。
 マイルス・デイヴィスの「ソー・ホワット」など、当時の音楽も使われている中にファレルの新曲も混ざっているのだが、それらがいかにも「1960年代初頭風」に作られており、微塵も違和感がない。

 とくに、「若き日のスティーヴィー・ワンダー風」の曲「Crystal Clear」などは、「スティーヴィー・ワンダーにこんな曲あったっけ? なんて曲だっけ?」と、しばし考えてしまったほど。



 ファレル・ウィリアムスについて、「『HAPPY』は素晴らしかったけど、あとの曲はパッとしないなァ」という印象を私は持っていたが、この映画ですっかり見直した。

関連記事

ピーター・アースキン『セカンド・オピニオン』ほか



 ピーター・アースキンの『DR.UM(ドクター・アム)』と『セカンド・オピニオン』を聴いた。

 ピーター・アースキンといえば、後期ウェザー・リポートのリズムセクションを、ベースのジャコ・パストリアスとともに支えた名ドラマーだ。
 ジャコがウェザー・リポートを脱退して自己のバンドを結成すると、一緒に脱退してそのバンドに参加するなど、ジャコと深く結びついた盟友でもあった。

 そのピーター・アースキンがいまやっているバンドが、「DR.UM」。
 見てのとおり、「DRUM」の語をもじったバンド名であり、ピーター自身の二つ名のようなものでもあろう。
 彼らのファースト・アルバム『ドクター・アム』(2016年)の原題は、「PETER ERSKINE is DR.UM」。「私は映画だ」(フェリーニ)ならぬ「私はドラムだ」と、「生涯一ドラマー」の気概が込められた名なのである。



 昨年出たセカンド・アルバム『セカンド・オピニオン』は、「ピーター・アースキン&ザ・ドクター・アム・バンド」名義。日本盤はなぜかソロアルバム扱いになっているが、彼ら自身はバンドとしての側面を強く意識しているわけだ。

 この「ドクター・アム・バンド」のコンセプトは、ずばり「2010年代のウェザー・リポート」。2枚のアルバムとも、まさにウェザー・リポート直系の音。それも、ジャコ・パストリアス在籍時の黄金期の音――たとえば『ナイト・パッセージ』あたり――を踏襲している。

 バンドの成り立ちからして、ドラムスの音にかなりのウエートが置かれているが、ドラムスばかりが悪目立ちする印象はまったくない。いぶし銀の輝きを放つ、大人のジャズ/フュージョンだ。

 このバンド、あまり話題になっていない気がするが、ウェザー・リポートが好きな人なら聴いてガッカリはしないと思う。
 ウェザー・リポートの影響下にあるバンドは山ほどあれど、ドクター・アム・バンドこそ正統的フォロワーであり、大本命である。

 なお、『ドクター・アム』の日本盤にはボーナス・トラックとして、ピーターがジャコと「インヴィテイション」を演奏した未発表ライヴ・テイクが収められている。
 この曲のドラムスとベースが、嵐のような演奏で凄まじい。この一曲のためだけに日本盤を買う価値がある。

 
関連記事

佐藤優・ナイツ『人生にムダなことはひとつもない』



 佐藤優・ナイツ著『人生にムダなことはひとつもない』(潮出版社/1000円)読了。

 「知の巨人」とお笑い芸人という、異色の組み合わせの対談(厳密には鼎談)集。
 佐藤さんの数多い対談集の中でも、ひときわ異彩を放つ一冊である。

 「この組み合わせで実りある対話になるのか?」と首をかしげる向きもあろうが、実際に読んでみれば両者は意気投合しているし、読み応えある対談集に仕上がっている。

 佐藤さんの対談集で重きをなすことが多い国際情勢の分析などは、さすがに本書では皆無に近い。
 帯に「作家とお笑い芸人が“人生と信仰を語りつくす!”」との惹句があるように、本書のメインテーマは「人生と信仰」なのだ。

 「あとがき」で、佐藤さんは次のように書いている。

 

 私の理解では、宗教には二つのタイプがある。
 第一は、その人の人生にとって部分に過ぎない宗教だ。
 (中略)
 これに対して、宗教が信仰者の人生の中心に据えられ、あらゆる行動が信仰によって規定されるという第二のタイプの宗教がある。



 ナイツの2人も、佐藤さん自身も、「第二のタイプ」の信仰を持つ人だ。
 その視点から、互いの半生を信仰というフィルターを通して赤裸々に語り合ったのが本書であり、信仰を持つことの意味――とくに、人生の逆境における意味が、力を込めて語られている。
 
 ……というふうに紹介すると、辛気臭い本に思われてしまうかもしれない。が、基本的にはとても楽しく読める本である。
 練達のお笑い芸人とベストセラー作家という組み合わせゆえ、読者を楽しませる配慮が随所に光っているからだ(ナイツによる「まえがき」は、ほぼ漫才台本)。

関連記事

ティグラン・ハマシアン『シャドー・シアター』ほか



 ティグラン・ハマシアンの『シャドー・シアター』『モックルート』をヘビロ中。

 ティグラン・ハマシアンは、アルメニア出身のジャズ・ピアニスト。まだ日本での名前表記も揺らいでいるようで、「~ハマシャン」という表記も散見する。

 私は恥ずかしながらまったく知らない人だったのだが、お気に入りアーティストの一人であるミシェル・ンデゲオチェロが、インタビューの中で「最近よく聴いているアーティスト」として名前を挙げ、絶賛していた。
 で、「彼女がそんなにホメるなら聴いてみないと……」と思ったしだい。

 Amazonのプライム・ミュージックに『シャドー・シアター』『モックルート』の2作が入っていたので、とりあえずその2枚を聴いてみたら、これがじつに素晴らしく、昨日からずっとへピロ。

 ジャズ・ピアニストといっても、いわゆるストレート・アヘッドなジャズではまったくない。

 スキャットを多用するあたりは、ペドロ・アズナールのスキャットが重要な位置を占めていた時期のパット・メセニー・グループを彷彿とさせる。「情景が見える」という感じの映像喚起力の強さや、全編を覆う“水彩画的リリシズム”も、PMGぽい。

 また、アルメニア出身らしい民族音楽的エキゾティズム(もっとも、私はアルメニアの音楽がどんなものだか知らないが)が、常にスパイス的に曲を彩っている。その点では誰にも似ていない。
 ジャズの世界にはキルギス出身のエルダー・ジャンギロフというピアニストもいて、私はこの人もお気に入りだが、エルダーよりももっと、自分のルーツが音楽に大きく投影されている感じ。

■関連エントリ→ エルダー・ジャンギロフ『エルダー』

 曲によってはエマーソン、レイク&パーマー的、プログレッシヴ・ロック的な激しさもある(そのへんは上原ひろみっぽい)。
 かと思えば、生ピアノのみの曲には、グレン・グールドが弾くバッハのような静謐さとユーモアもある。じつに多彩で、万華鏡のような音楽。

 『シャドー・シアター』も『モックルート』も素晴らしいが、どちらかといえば『シャドー・シアター』のほうが傑作かな。

 久々に自分の心の琴線に触れまくりの、大当たりのアーティストに出合った思い。昨年出た最新アルバム『太古の観察者(An Ancient Observer)』を買うことにする。


↑『シャドー・シアター』所収の「エリシュタ」。聴いたこともないような斬新さと、不思議な懐かしさを兼備した絶品。


↑『シャドー・シアター』のオープニング曲「ザ・ポエト」。やみつきになる魅力がある。


↑これも『シャドー・シアター』所収の「ラメント」(哀悼)。なんと美しい曲だろう。自分の葬儀に流したい。

関連記事

アイン・ソフ『妖精の森』



 アイン・ソフの『妖精の森』(キングレコード/1404円)をゲット。

 アイン・ソフは、いまも活動をつづける日本のプログレ/ジャズ・ロック・グループ。この『妖精の森』は、1980年に発表された彼らのファースト・アルバムだ。
 過去にも何度かリイシューされては、そのつどすぐに品切れ状態になり、中古盤が高値を呼んでいた。

 このたび、何度目かのリイシューがなされ、わりと廉価だったので買ってみたしだい。

 私は彼らの1986年のセカンド・アルバム『帽子と野原』を愛聴してきたが、このファーストはYouTubeで断片的に聴いたことがあるのみだった。

■関連エントリ→ アイン・ソフ『帽子と野原』

 順序が逆になってしまったが、やっとファーストを通して聴くことができた。

 日本のプログレにはオール・インストのバンド自体が少ないし、このアイン・ソフのように英国カンタベリー系ジャズ・ロック路線のバンドとなると、さらに少ない。
 ジャズ・ロック好き、カンタベリー系好きの私としては、アイン・ソフの音は好みど真ん中。セカンドもよかったが、このファーストはさらに素晴らしい。

 私は、一部のJプログレ・バンドのナルシスティックな耽美趣味が苦手だ。
 本作も、ジャケットやタイトルの印象から、耽美的でナルシスティックなプログレを想像する向きもあるかもしれない。

 が、実際に聴いてみれば、耽美的というよりも知的で優雅。ナルシスティックというよりも、淡いユーモアを湛えた流麗なサウンド。そして、リズム・セクションがタイトかつ硬派でカッコいい。

 複雑な曲構成と、隅々まで入念に作り込まれた音。ゆえに、くり返し聴くほどに細部の面白さが見えてきて、ヘビロしても少しも聴き飽きない。噂に違わぬ名盤だ。


↑アルバム中、最もテクニカルな疾走チューン「クロスファイア」。
 
関連記事

石原慎太郎『凶獣』



 石原慎太郎著『凶獣』(幻冬舎/1620円)を読了。

 附属池田小事件の犯人・宅間守の生涯と、事件そのものを題材にしたノンフィクションである。
 とはいえ、一部の章には石原の創作が混ざっており(そのことは章頭に明記)、ノンフィクションとしてなんとも中途半端な出来だ。

 本自体も200ページ程度と薄く、内容も薄く、1時間足らずで読めてしまう。

 宅間守にくり返し接見した臨床心理士・長谷川博一と、国選弁護人として宅間の弁護にあたった戸谷(とだに)茂樹弁護士に、石原がそれぞれインタビューしている。
 だが、各一章を割いて紹介される2つのインタビューの内容は、たんに文字起こしをそのまま掲載しただけというひどい代物で、作品と呼ぶに値しない。

 この本自体も、事件記録などを引き写したような部分が目立ち、独自の鋭い考察があるわけでもない。年老いた石原慎太郎には、もうまともな作品が書けないのかもしれない。

 私は、宅間守と獄中結婚した女性のことが知りたくて、本書を読んだ。
 事件について謝罪も反省も述べないまま死に、人に感謝することすら皆無に近かった宅間が、この女性に対してだけ、死刑執行直前に刑務官を通じて「ありがとう」と伝言したという。

 本書によれば、彼女は死刑廃止運動にかかわるクリスチャンで、宅間の魂を救いたいとの思いから、ある人の養子になってまで(実の両親に取材攻勢などの迷惑をかけないため)獄中結婚をしたという。
 そして、宅間に邪険にされても拘置所に通いつづけ、最後には「凶獣」の心を開かせたのだ。

 そうしたことを知ることができただけでも、本書を読んだ価値はあった。
 また、作品としての質の低さはともかく、長谷川博一と戸谷茂樹弁護士に対するインタビュー自体は、衝撃的な事実を多く含み、読み応えがある。

 ただし、石原はインタビューの中で、女性の獄中結婚について、「あの女性の心情は売名なのですか?」などと失礼なことをくり返し聞いている。これまたひどいものである(長谷川も戸谷も、石原のその問いを言下に否定)。
 文学者なら、利害や自己顕示欲などを超えた宗教的使命感について、少しは想像できないものか。

■関連エントリ→ 長谷川博一『殺人者はいかに誕生したか』

関連記事

立花隆ほか『がん 生と死の謎に挑む』



 今日は都内某所で取材。これが今年の取材初めである。ゴーストの取材なので、お相手等はナイショ。

 立花隆・NHKスペシャル取材班著『がん 生と死の謎に挑む』(文春文庫/600円)を読了。仕事の資料として。

 2009年11月に放映されたNHKスペシャル「立花隆 思索ドキュメント がん 生と死の謎に挑む」をベースに作られた本(文庫化は2013年)。
 つまり、本書の取材はいまから9年ほど前になされたものであり、日進月歩のがん治療の世界においては、情報が古くなっている部分もあるだろう。

 しかし、がんという病気の本質に迫るという基本線においては、いまも十分に価値を持つ。優れた科学啓蒙書である。

 NHKの看板番組たる「NHKスペシャル」は、お金とマンパワーを潤沢に注ぎ込んだ非常に厚い取材によって作られるから、それを元にした本にもよいものが多い。本書もしかり。

 立花隆自身が膀胱がんの手術を経験し、自らの元妻や筑紫哲也ら、身近な人間をがんで亡くした経験が、本書の背景にある。ゆえに、立花の著作には珍しい「熱さ」を具えた本にもなっている。

 もっとも、自らのがん手術体験を延々と綴った第二章(全二章立て)「僕はがんを手術した」は、やや冗長で退屈だが。

 が、前半の第一章「がん 生と死の謎に挑む」(NHKスペシャルをベースにしたパート)は、がんの本質を手際よく概説した優れた内容だと思う。
 途中で近藤誠の理論に半ば肯定的に言及しており、その点は首をかしげたけど。

関連記事

『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』



 『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』をDVDで観た。



 永井豪原作の1970年代のロボットアニメ『鋼鉄ジーグ』をモチーフにしながらも、『パシフィック・リム』のようなロボット・アクションではなく、街のチンピラたちが闘うクライム・アクションだという、ヒネリの利いたイタリア映画。

 「フランスでは『グレンダイザー』(やはり永井豪原作のロボットアニメ)が放映されて大人気」という話は私が子どものころによく聞いたが、イタリアでは『鋼鉄ジーグ』のほうが人気だったようだ。
 なんにせよ、やはり永井豪は偉大なマンガ家だし、日本のアニメの影響力はやはりすごい。

 「皆はこう呼んだ~」って、ヘンなタイトルだなァと思ったら、これは日本語で言う「人呼んで~」のことなのだね。
 それを「人呼んで」とせず、あえて“直訳調”のタイトルにするあたり、ヒネったセンスがなかなか。

 主人公はコソ泥をくり返す街のチンピラ、エンツォ。彼が警察に追われて河に飛び込んだら、そこに不法投棄されていた放射性廃棄物を全身に浴びたことで、なぜか不死身の身体になってしまう……という、なんともゆる~い設定のヒーロー・アクション。
 しかも、エンツォは当初、そのスーパーパワーを正義のために用いず、ATMを機械ごと盗むような犯罪に用いてしまう。

 だが、不幸な生い立ちの娘・アレッシアと出合ったことから、エンツォは自らの力を悪との闘いに用いることを決意する。
 アレッシアは幼少期に受けた性的虐待で深く心を病み、軽度知的障害でもあるらしい。そして、アニメ『鋼鉄ジーグ』の世界を現実と信じ、『鋼鉄ジーグ』のDVDを心の支えに生きている。彼女はエンツォのパワーを目の当たりにして、彼を『鋼鉄ジーグ』のごときヒーローと信じるのだった。

 アレッシアのヒロイン像は、明らかにフェリー二の『道』のジェルソミーナを下敷きにしている。無知ゆえの無垢に貫かれた聖女としてのヒロインなのだ。
 そして、エンツォが闘う敵となるマフィアのボス、ジンガロのサイコパス的キャラクターは、タランティーノの諸作を彷彿とさせる。
 フェリーニと永井豪とタランティーノの融合! なんとも濃ゆいエンタメである。

 ヒロインのエキセントリックなキャラゆえ、好悪の分かれる作品だと思うが、私はけっこう好きだ。

関連記事

深町秋生『ドッグ・メーカー』



 深町秋生著『ドッグ・メーカー:警視庁人事一課監察係 黒滝誠治』 (新潮文庫/907円)を読了。
 深町作品を読むのはこれで11冊目である。

 この人、最近はすっかり「警察小説の書き手」になってきた感がある。
 時代小説と並んで、警察小説というのもエンタメ分野の「ドル箱」なのだろう。
 Amazonの警察小説ジャンルを検索すると、名前も聞いたことのない作者が山ほどいて、ビックリする。私のような門外漢が想像するよりも、ずっと裾野が広いジャンルなのだ。

 警察小説の中でも「悪徳警官もの」というか、警察組織の腐敗に焦点を当てる作品が多いのが深町で、そうした偏りはいかにもこの人らしい。
 本作もしかり。警察内部の不祥事を摘発するためのセクション・警視庁人事一課(通称「ヒトイチ」)の監察係を主人公に、腐敗しきった警察官僚たちとの戦いを描いている。

 ……のだが、監察係である主人公・黒滝誠治も、悪を倒すためなら違法捜査も辞さないアブナイ刑事として設定されている。
 タイトルの「ドッグ・メーカー」とは、狙い定めた相手(警察官やその妻など)の弱みを握ることで、相手を意のままに操って捜査に利用する黒滝の汚いやり口(=自分のイヌにしてしまう)を意味している。

 GPS発信機や、パソコンのパスワードを自動解析するソフトを仕込んだUSBメモリ、ペン型の刺突用護身具「タクティカルペン」(『闇金ウシジマくん』によく出てくるヤツ)など、黒滝が違法捜査に用いるガジェットのたぐいも興味深く、スパイ小説的な面白さもある。

 深町作品には珍しく、エロ要素は皆無。グロ要素も控えめ。その点ではわりとおとなしい作品で、万人受けしそう。「もっと売れたい!」という作者の強い意志が感じ取れる。

 初期作品のキワドイ感じが薄れてきた分、初期からのファンには物足りないかもしれない。が、私はこれまで読んだ深町作品のうちでも上位に位置すると感じた。

関連記事

Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

ブクログ・MY本棚

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
35位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
24位
アクセスランキングを見る>>