2017年に観た映画BEST10



 2017年のBEST10、最後は映画である。

 観たかった『ブレードランナー2049』も『ドリーム』も、『ベイビー・ドライバー』も『アトミック・ブロンド』も、映画館では観逃してしまった。なので、観ていたらおそらくラインナップが変わったと思う。

 それはともかく、あくまで自分のための備忘録なので、いちおうBEST10は選んでおこう。
 基準は「2017年中に日本で公開された映画」で、順不同(私が観た順)。タイトルをクリックすると当ブログのレビューに飛びます。

 この中からしいてBEST5を選ぶとすれば、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』『未来を花束にして』『マリアンヌ』『お嬢さん』『LOGAN/ローガン』といったところ。

『マリアンヌ』

『ムーンライト』

『LOGAN/ローガン』

『お嬢さん』

『未来を花束にして』

『T2 トレインスポッティング』

『沈黙 -サイレンス-』

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

『メッセージ』

『ワンダーウーマン』

■次点
『22年目の告白 -私が殺人犯です-』
『ザ・コンサルタント』
『夜に生きる』

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2017年に聴いた音楽BEST10



 2017年のベスト10、今日は音楽(CDアルバム)編である。

 相変わらず、日常的には1970年代あたりの古い音楽を聴くことが多いのだが、ここでは今年発表されたアルバムに限定。
 順不同。当ブログでレビューを書いたものについてはリンクを貼る。

井上鑑『OSTINATO(オスティナート)』
――11年ぶりのソロアルバム。知的で精神性の高いアルバムでありながら少しも難解ではなく、ポップで耳に心地よい。芸術性と娯楽性を、高いレベルで兼備している。
 今年のBEST1をしいて選ぶとすれば、これ。

サンダーキャット『ドランク』

矢野顕子『Soft Landing』

日食なつこ『鸚鵡(オウム)』&『逆鱗マニア』
――日食なつこは、今年ミニアルバムを2枚発表した。そのいずれも素晴らしかったので、「合わせ技一本」ということで選出。

プリズム『What You See』
――デビュー40周年記念アルバム。不動の名ギタリスト・和田アキラを中心に、世界水準のハイパー・テクニカル・フュージョンが展開されている。
 アルバムの惹句に「よりソフトによりハードに」とあるが、ソフトな曲とハードな曲が別々にあるというより、渾然一体となっている印象。美メロのスロー~ミディアム・チューンやポップなヴォーカル曲の中にも、ハードなギターや重厚なリズム・セクションが自然な形で組み込まれている。

s-ken(エスケン)『Tequila the Ripper』

グレッグ・オールマン『サザン・ブラッド』
――今年5月に69歳で世を去ったグレッグ・オールマンが、最後の力を振り絞り、死の直前まで制作を続けた遺作。
 オリジナル曲は冒頭の「マイ・オンリー・トゥルー・フレンド」(友たちとファンへの惜別のメッセージを込めた曲で、泣ける)のみで、ほかはロックやブルースのカバーだし、彼の最高傑作とは言い難いだろう。
 が、楽曲ごとの質うんぬんよりも、アルバムに込められた「思い」の熱量に感動させられる。

Eri Liao Trio『紅い木のうた』
――台北生まれ・東京在住のシンガー、Eri Liao(エリ・リャオ)を中心としたトリオのデビュー・アルバム。
 ジャンルの壁・文化の壁・時代の壁・言語の壁のすべてを突き崩すような、懐かしくも新しい「グローバル・ミュージック」。

ポルカドットスティングレイ『全知全能』

ハルカトミユキ『溜息の断面図』

■次点
集団行動『集団行動』

■番外
ヴァレリー・カーター『The Way It Is/Find A River』
――旧作のリイシューゆえ、「番外」とする。

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2017年に読んだ本BEST10


 
 年末恒例の「今年のBEST10」、今日は一般書のBEST10を選んでみた。

 例によって「小説は除く」という縛りをかけ、今年刊行された本から選んだ(一部は昨年末刊行)。

 順不同で、読んだ順に並べただけだが、この中からしいてBEST3を選ぶとすれば……。

高木壮太『新 荒唐無稽音楽事典』――何度読み返しても面白い。ただし、音楽好きでなければわからない笑い(楽典的素養は必要ないが)。

石川明人『私たち、戦争人間について』――「戦争と平和」について考察するための基本文献になり得る良書。

慎泰俊『ルポ 児童相談所』――こういう目立たない力作にこそ、ノンフィクション賞が与えられるべきだと思う。

 毎度のことながら、バラバラなラインナップ。今年は10冊に絞るのがわりと難しかったから、個人的に豊作だった気がする。
 タイトルをクリックすると、当ブログのレビューに飛びます。


水島治郎『ポピュリズムとは何か』

高木壮太『新 荒唐無稽音楽事典』

斎藤美奈子『文庫解説ワンダーランド』

慎泰俊『ルポ 児童相談所』

アンドレア・ウルフ『フンボルトの冒険』

佐々木閑『集中講義 大乗仏教』

高橋順子『夫・車谷長吉』

みなもと太郎『マンガの歴史』1

石川明人『私たち、戦争人間について』

小谷野敦『純文学とは何か』

■次点
山口周『知的戦闘力を高める独学の技法』
滝川一廣『子どものための精神医学』
松林薫『「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方』
橘玲『幸福の「資本」論』
深爪『深爪流』

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2017年に読んだマンガBEST10



 年末恒例、「今年のBEST10」。第1弾として、まずはマンガのBEST10を選んでみる。

 基準は、「現在連載中、もしくは今年まで連載していた作品、もしくは今年コミックスが出た作品で、昨年までのBESTには選出していなかったもの」。
 順不同。タイトルをクリックするとレビューに飛びます。

岩明均・室井大資『レイリ』 

田中圭一『うつヌケ』

崗田屋愉一『大江戸国芳よしづくし』  

石塚真一『BLUE GIANT SUPREME』

蛇蔵・鈴木ツタ・たら子『天地創造デザイン部』

鳥飼茜『ロマンス暴風域』

福満しげゆき『終わった漫画家』

高橋ツトム『残響』

萩尾望都『ポーの一族 ~春の夢~』

柳本光晴『響~小説家になる方法~』
――とくにエントリにしなかったものの、今年連載を楽しみに読んでいた作品の一つ。
 最近、少年マンガでいうところの「強い奴のインフレ」状態に陥っているが、それでもなお、平均以上の面白さを保っている。

■次点
眉月じゅん『恋は雨上がりのように』

■番外
宮谷一彦『ライク ア ローリング ストーン』
――過去作品の初単行本化ゆえ、「番外」とする。

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『ダンケルク』



 『ダンケルク』を映像配信で観た。



 クリストファー・ノーラン初の戦争映画で、第2次大戦・西部戦線の戦闘の一つ――「ダンケルクの戦い」における兵士救出作戦を描いている。

 戦闘描写のリアリティは、『プライベート・ライアン』に匹敵する。
 戦争映画の戦闘シーンというものは、悲惨な戦いを描いてもある種のカタルシスを感じさせるものだが、本作のそれはカタルシス絶無。
 むしろ、水に飲まれたときの息苦しさ、砲弾が落ちてくるときの恐怖など、戦場の苦しさと恐怖を観る者にリアルに体感させる。

 そして、わかりやすいヒーローもいなければ、泣かせのヒューマン・ドラマもない。
 おまけに、時間軸の異なる陸・海・空3つのドラマを並行して描くトリッキーな構成ゆえ、かなりわかりにくい。つまり、「わかりやすさ」もない。

 娯楽性・通俗性に背を向けた、ある意味で実験的な戦争映画。

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『孤高の遠吠』



 『孤高の遠吠』をDVDで観た。



 鈴木智彦の犯罪ノンフィクションを映画化した最新作『全員死刑』も絶賛されている小林勇貴監督の、自主映画時代の代表作(2015年)。
 地元・富士宮のホンモノの不良たちを大挙出演させた、“DQNムービ―”である。



 よい意味でも悪い意味でも、「パンクロック的な映画」だと思った。

 1970年代後半にパンクロックが勃興したとき、「楽器はバンドを作ってから始めたんだ」というようなバンドがたくさんいた。
 「バンドをやるなら、楽器を弾くのがうまくないといけない」などという常識を鼻で笑い、初期衝動だけを頼りに「やりたい音楽をやる」のがパンクロックであったわけだ。それは、「ギターがうまいかヘタか?」などという基準とは別の基準で価値が判断される世界であった。

 本作も、既成の映画文法から見ればシロウト丸出しで、ムチャクチャな映画だ。
 出演者がセリフを噛んだ場面が、平気でそのままになっていたりする(!)。ストーリーもグチャグチャで、けっきょく誰が主人公なのかすら判然としない。

 それでも、勢いだけはスゴイ。
 また、登場する不良たちのホンモノ感も(あたりまえだが)素晴らしい。『クローズ』とかのヤンキー映画に出てくる作り物の不良にはない、滑稽さスレスレの迫力がある。

 小林勇貴という監督が映画作りを積み重ね、否応なしに技術を身に着けていったとき、この初期パンクロック的な迫力は薄れていくのか、それとも、迫力を保ったままでうまくなっていくことができるのか? 注目したい。

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小谷野敦『純文学とは何か』



 小谷野敦著『純文学とは何か』(中公新書ラクレ/864円)読了。

 純文学の定義をめぐる論争のたぐいは、過去の文壇にもあった。が、「純文学とは何か」という問いに一冊丸ごと費やして答えるこのような一般書は、ありそうでなかったと思う。

 しかも、「古今東西すべての広い意味での文藝について、一応の位置づけをしたい」(「はじめに」)との企図から書かれた本であり、扱う範囲が広く網羅的である。
 戦後日本文学のみを対象とした狭い議論になりそうなテーマを扱いながら、海外の状況に触れ、『源氏物語』などの古典を俎上に載せ、果ては映画やマンガ、音楽などにおける「純文学」についてまで言及しているのだ。

 比較文学者で、小説の実作者でもある著者ならではの、よい仕事だと思う。

 蒙を啓かれる卓見も、随所にある。私が付箋を打った箇所を引用しておく。

 どうやら、実在の人物を描いた歴史小説の数は日本が圧倒的に多く、そのことは、海外には「純/通俗」の区別がないという俗説が形成される一因をなしていると言えるだろう。海外では、通俗小説は、推理小説とその変形の冒険小説、ロマンスが一般的で、歴史・時代小説があまりないのである。



 「黒人問題」などのまじめな主題を扱っているから純文学だ、というのは、学生などがよくやる過ちで、たとえば南北戦争の一因をなしたとされるストウ夫人のベストセラー『アンクル・トムの小屋』(一八五二)は、通俗小説とされている。お涙ちょうだいだからである。
 近代の「純文学」は、人間の醜い面をシニカルに描くというのが基本線なので、「人情」を熱く語った小説は「通俗」にされるのである。



 帯に引用されている柳本光晴のマンガ『響 ~小説家になる方法~』の人気(実写映画化も決まったそうだ)が、本書を生んだ一つのきっかけなのかも。
 ちなみに、本文にも一ヶ所だけ『響』への言及がある。
 
 
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魚住りえ『たった1日で声まで良くなる話し方の教科書』ほか



 昨日は、品川のグランドプリンスホテル新高輪で、アナウンサーの魚住りえさんを取材。
 今年の取材はさすがにこれが最後だろう。

 魚住さんの著書『たった1日で声まで良くなる話し方の教科書』と、その続編で今年出た『たった1分で会話が弾み、印象まで良くなる聞く力の教科書』(いずれも東洋経済新報社)を読んで臨む。

 前者は累計15万部、後者も5万部をすでに突破しているそうだ。いまどきの基準からいえば、2つとも堂々のベストセラーである。

 それぞれ、話し方・聞き方の極意を「50のコツ」に分けて説いたもの。我々ライターの取材力アップにも役立つヒントがちりばめられている。

 いつになく緊張して臨んだ取材であった。「この人、ライターなのに話し方も聞き方もまるでなってないなァ」と思われそうで(笑)。
 まあ、「スイマセン。ジブン30年ライタ―やってますけど、こんなもんです」と心の中で詫びつつ、いつも通り・ありのままで取材するしかないのだが……。

 さすがに魚住さんは細やかな「気配りの人」で、私が取材しやすいように話してくださった。

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深爪『深爪流』



 一昨日の夜遅く、郷里の85歳の老母が脳内出血を起こして救急搬送され、危険な状態だった。

 万一のことも考え、昨日、家族で急遽足利市の日本赤十字病院へ――。
 足利の日赤は、昔「足利競馬場」があった場所に移転したのだね。移転前の古い建物しか知らなかったので、すごく立派な病院になっていてビックリ。

 この土・日に泊りがけの取材の予定が入っていたのだが、それはやむなくキャンセルをさせていただいた。

 幸い、一命は取りとめた模様。症状が落ち着いたし、明日も取材が一つあるので、一度家に戻ってきた。
 とはいえ、まだ予断を許さない状況なので、忘年会も二つ断った。


 郷里へ帰る電車の中で、深爪著『深爪流――役に立ちそうで立たない少し役に立つ話』(KADOKAWA / エンターブレインDMG)を、電子書籍版で読了。クリスマス・セール(?)で、約50%オフの696円で売っていたので。

 こういうときに読むのにあまりふさわしくない本のような気もするが、これを読んだおかげで気持ちが落ち着いた。

 昨年の『深爪式』につづく、笑撃のエッセイ集第2弾。

 私が深爪さんの笑いに慣れたせいか、インパクトは第1弾よりも少し落ちるかな。
 それでも十分に面白いし、わりとマジメな長文エッセイ「片親育ちは不幸なのか」は、感動的な名文である。

 また、第1弾にはなかった新機軸「深爪なお悩み相談室」も、笑いにくるんではいるものの、ガチな人生相談として上出来。

 ちなみに、第1弾の著者プロフィールではあいまいにされていた深爪さんの年齢が、本書のプロフィールでは明かされている。

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矢野顕子『Soft Landing』



 矢野顕子のニューアルバム『Soft Landing』(ビクターエンタテインメント/3240円)をゲットし、ヘビロ中。
 『SUPER FOLK SONG』からつづくピアノ弾き語りシリーズの、7年ぶり5作目となるアルバム。



 『SUPER FOLK SONG』から25年目というのは「まあ、そんなもんだろ」という感じだが、シリーズ前作『音楽堂』から7年も経っていたことにビックリ。「年を取るごとに、時間が早く進むように感じる」というのはホントだな。

■関連エントリ→ 矢野顕子『音楽堂』

 私はシリーズの過去4作もそれぞれ大好きだが、この新作も期待を裏切らない仕上がり。
 なつかしさとあたたかさと寂寥感が黄金比を保ってせめぎ合う、唯一無二のピアノとヴォーカルが堪能できる。

 フジファブリックの「Bye Bye」、YUKIの「汽車に乗って」のカバーがとくによい。
 「Bye Bye」は志村正彦がPUFFYに提供した楽曲のセルフカバーだが、志村の突然の死のあとで発表されたアルバム『MUSIC』に収録されたことで、特別な意味合いを帯びた曲。

 「汽車に乗って」は、YUKIのシングルの中ではわりと目立たない曲(アルバム『うれしくって抱きあうよ』に収録)だろう。
 このへんのちょっとヒネった選曲センスは、相変わらずさすが。「ううむ、このアーティストの曲でそれを選びますか」と唸る。

 バート・バカラックのカバー「Wives and Lovers」における、エレガントかつパワフルなピアノも素晴らしい。
 また、糸井重里作詞・矢野顕子作曲という「黄金コンビ」によるオリジナル曲が今回は3曲あるが、その中では「野球が好きだ」がポップでよい。かつての「行け柳田」を彷彿とさせるベースボール讃歌である。
 
 神奈川県立相模湖交流センターの多目的ホールでレコーディングされたそうで、音に自然な広がりがある。
 盟友エンジニア・吉野金次(本作には「監修」という形で関わっている)のすすめでドイツピアノ「ベヒシュタイン」が初めて使われたそうだが、正直、私にはピアノの音の違いまではわからなかった。

 初回限定盤特典のDVDには貴重なライヴ映像が満載のようだが、価格が通常盤の倍もするので買わなかった。「特典」はあくまでオマケなのだから、もう少し安くしてくれればいいのに……。

 ジャケットのイラストは、『モテキ』で知られるマンガ家・久保ミツロウの描き下ろし。これまでのアッコちゃんのアルバムにはなかったタイプのジャケで、いい感じだ。

 タイトルナンバーの「Soft Landing」は、NHKドラマ「ブランケット・キャッツ」の主題歌。私はドラマ未見だが、「Soft Landing」とは猫が高いところから飛びおりるときのフワっとした着地を指すようだ。



 このアルバム全体も、「猫のフワっとした着地」を思わせるやわらかさとしなやかさに満ちている。

 そういえば、シリーズ前作『音楽堂』のジャケは猫が飛ぶ写真(by岩合光昭)だった。前作で飛んで今作で着地するという、ファンにしかわからないひそかな「連続性」があるわけだ。



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『SHAME−シェイム−』



 『SHAME−シェイム−』をDVDで観た。

 2011年のイギリス映画。監督は、『それでも夜は明ける』などで知られるスティーヴ・マックイーン(もちろん、俳優とは同名異人)。
 キャリー・マリガンがヌードになっていると聞いて、観てみた(笑)。



 一部で評価も高いようだが、私にはさっぱり面白くなかった。
 ニューヨークでバリバリ働くエリート・ビジネスマンの主人公がじつはセックス依存症で、それは少年期の悲惨な経験に起因しているらしい、という話。

 キャリー・マリガンは主人公(マイケル・ファスベンダー)の妹役で、かつて2人が近親相姦関係にあったことがほのめかされる。

 「そういう話」に対する嫌悪感を私はとくに持っていないが、「もっとマシな描き方があるんじゃないか」とは思った。
 たぶん、この手の話(兄妹の近親相姦話)は日本の作家のほうが得意で、たとえば中山可穂とかに書かせたら、同じテーマと同じ骨子を使ってもっと面白くできたと思う。

 何より、この映画におけるキャリー・マリガンは、せっかくヌードまで披露していながら、少しも魅力的ではない(メンヘラ女の役だから、あえて美しく撮らなかったのだろう)。そこが残念。

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『エイリアン:コヴェナント』



 『エイリアン:コヴェナント』を映像配信で観た。



 第1作の監督リドリー・スコットが、第1作より前の時代を舞台に作った“アナザー『エイリアン』”。シリーズ前作『プロメテウス』の続編にあたるという。
 私は『プロメテウス』は未見だが、そのせいで理解しにくいということはなかった。

 そこそこ楽しめたけど、大傑作だった第1作には遠く及ばない。第1作の基本ストーリーをそのままなぞった劣化コピーという印象。映像はゴージャスで美しいのに、全体にどうしようもなくB級感が漂う。
 キャサリン・ウォーターストンが演じるヒロインも、第1作と第2作におけるシガニー・ウィーバーをスケールダウンして地味にしたような感じ。ヒロインにしては華がない。

 新型エイリアンの妙にリアルな気持ち悪さだけは第1作を凌駕しているが、それはCGなどの技術が30数年分進歩しているからだろう。

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福満しげゆき『終わった漫画家』



 福満しげゆきの『終わった漫画家』1巻(ヤングマガジンコミックス/540円)を、Kindle版で購入。

 「ヤンマガ」はどちらかというと私には縁遠いマンガ誌だが、いまは南勝久の『ザ・ファブル』を目当てに毎週読んでいる。
 で、その「ヤンマガ」で最近『ザ・ファブル』とともに楽しみにしているのが、福満しげゆきの『終わった漫画家』である。
 
 コミックスの1巻が出たばかり。
 福満しげゆきの作品には私小説的なものが多いが、本作の「終わった漫画家」とはさすがに自分のことではない。
 10年前に小ヒットを出したものの、その後はジリ貧。完全に編集に見捨てられたわけではなく、いまも連載はあるが、早晩「終わる」ことが自分でも重々わかっている……そんな、才能の枯渇した独身童貞マンガ家が主人公だ。

 “どうせ廃業が近いなら、若い女の子をアシスタントに雇い、その子と恋仲になって結婚しよう。そして田舎暮らしでもしよう”――そんな安直な考えのもと、仕事も少ないのにアシスタントを募集する。

 そして、マンガを描いた経験ゼロの20代女性(経験ゼロであることは隠し、マンガ家と結婚して「小規模な玉の輿」に乗ろうと考えている)と、マンガ家志望の女子高生をアシスタントにする。

 その女子高生は売れっ子マンガ家になるという野望を抱いており、「ちょうどいい感じの小物のとこに行き 産業スパイのように技術だけ盗む」ことを目的に、ファンでもなかったマンガ家のアシスタントに応募したのだった。

 三者三様の思惑のもと、この奇妙なトライアングルの共同作業は進んでいく……というマンガ。

 三人とも、心が複雑に屈折しまくっていて、一筋縄ではいかない。
 たとえば、20代のアシスタントA子(ホントにそういうキャラ名)は、かつてはデブでまるでもてなかったのだが、交通事故で生死をさまよったのち、退院するころには激ヤセして美人になっていた、という強引な設定だ(笑)。
 美人になってからまだ日が浅く、それまでは恋愛と無縁の人生だったので、彼女の男性観・恋愛観は微妙に歪んでいる。

 童貞と処女ばかりの「ヘンな3人」が、互いの心を妄想まじりに深読みしていく。その“妄想モノローグ”の連鎖が物語を駆動していくさまが、なんともおかしい。

 福満しげゆきの新境地であり、個人的には彼の作品の中でいちばん面白く感じた。
 「『マンガ家マンガ』に駄作なし」と言われる。『漫画家残酷物語』から『バクマン。』に至るまで、多くの傑作が生まれてきたこのジャンルに、また新たな地平が拓かれそうである。

■関連エントリ→ 福満しげゆき『グラグラな社会とグラグラな僕のまんが道』

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『ワンダーウーマン』



 『ワンダーウーマン』を映像配信で観た。



 ガル・ガドット演ずるワンダーウーマンは、前に観た『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』で体験済みだが、あれは映画自体があまりにくだらなすぎた。



■関連エントリ→ 『バットマン vs スーパーマン  ジャスティスの誕生』

 しかし、この『ワンダーウーマン』はなかなかのもの。前半のコメディ・タッチと後半のシリアス・タッチの転調がうまくいっているし、全体に力強い「女性映画」に仕上がっていて好ましい。
 それもそのはず、アメコミ映画には珍しく女性監督が起用されているのだ。

 監督したパティ・ジェンキンスは、私のお気に入り映画の一つ『モンスター』(2003年)の監督でもある。
 『モンスター』以来、本作まで13年間監督作品がなかったが(テレビ映画・ドラマは撮っている)、ハリウッドで干されていたのだろうか? だとしたら、見事な復活劇といえよう。なにしろ、この『ワンダーウーマン』で「女性監督の映画としては史上最高興収」を記録したそうだから。

 『モンスター』も、実在の女性シリアル・キラー、アイリーン・ウォーノスを主人公にしながら、犯罪映画というよりも哀切な女性映画であった。

■関連エントリ→ 『モンスター』

 強くて美しいガル・ガドットのスーパーヒロインぶりが痛快で、彼女の華麗なアクションを見るだけで眼福な映画。

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高橋ツトム『残響』



 高橋ツトムの『残響』(全3巻/ビッグコミックススペシャル)を、一気読み。

 高橋ツトムといえば、『モーニング』に連載した『鉄腕ガール』が好きだったなァ。終戦直後の日本を舞台にした、女子ブロ野球マンガの快作。
 いまでも、彼の作品中、マイベストワンは断然『鉄腕ガール』だ。



 『鉄腕ガール』が、太陽のごときヒロインを核に据え、読者に生きる希望を与えるパワフルなマンガだったのに対し、この『残響』はものすご~く暗い。
 真冬の日本海の荒れた海のように、荒れ狂い、破滅へと突き進むデスペレートな青春マンガなのだ。

 第1話を読んだだけで、「この主人公は最後に死ぬのだろうな」と予想できる。だが、そのような切羽詰まった感じこそが、この作品の魅力になっている。

 アメリカ映画には、主人公たちが殺人を重ね、最後に死ぬまでのデスペレートな道行きを描いた一連の傑作がある。
 そうした作品は、ニューシネマの『俺たちに明日はない』を嚆矢とするのかもしれないし、西部劇に原型があるのかもしれない。

 この『残響』も、『俺たちに明日はない』や『テルマ&ルイーズ』などのような「殺人者の明日なき逃避行」を描いた青春ストーリーとして、出色だ。
 マンガでいえば、中村珍の傑作『羣青』(ぐんじょう)に近いだろうか。

■関連エントリ→ 中村珍『羣青(ぐんじょう)』

 元々ハイレベルだった高橋ツトムの画力は、本作で一つのピークを極めた感じだ。
 とくに、カラーページにおける陰影に富む表現の、なんと素晴らしいこと。


『漫勉』の高橋ツトムの回では、『残響』の制作プロセスが紹介された。

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ロスト・トライブ『失われた部族』



 ロスト・トライブの『失われた部族』(ソニー・ミュージック)を聴いた。
 「クロスオーヴァー&フュージョン1000」という、名盤を1000円(+税)の廉価でリイシューするシリーズの1枚。

 ロスト・トライブは、アダム・ロジャース、デヴィッド・ビニー、ベン・ペロウスキーらが組んだコンテンポラリー・ジャズ・ユニット。これは、1993年に出た彼らのファースト・アルバム。今年9月に世を去ったウォルター・ベッカーがプロデュースしている。

 ギターのアダム・ロジャースは、のちにソロアルバムを多数発表するなど売れっ子になった。が、このアルバム時点では全員がほぼ無名の若手ミュージシャンたちであった。

 私は、このバンドのアルバムを通して聴くのは初めて。
 ウォルター・ベッカーのプロデュースということで、スティーリー・ダンのフォロワー的な音を予想したが、全然似ていない。もっとハードでアグレッシヴなのだ。


↑スティーリー・ダンぽさなど微塵もないハード・チューン「イアガズム」。

 テンションみなぎるドラムスと、ややフリーキーに吹きまくるサックス。リズムに乗るというよりも、時折演奏に斬り込んでくるようなエッジーなギター。スムース・ジャズ的な甘さの対極にある、激辛のジャズ・ロックである。
 それでいて、ウォルター・ベッカーが好きそうな都会的な「粋」の感覚にも満ちている。ううむ、好みだ。

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ジャコ・パストリアス『ライヴ・イン・ニューヨーク』



 ジャコ・パストリアスの『ライヴ・イン・ニューヨーク~コンプリート1982 NPR ジャズ・アライヴ! レコーディング』(Resonance / King International)をヘビロ中。

 今年で没後30年を迎えたジャコの、激レア未発表ライヴ音源を収めた2枚組アルバムだ。

 ジャコの発掘音源と称するライヴ・アルバムはこれまでにもけっこう出ているし、「いまさら出てくる音源は、どうせ残りカスみたいなもんだろう」と期待せずに聴いたのだが、このアルバムはなかなかスゴイ!

 まず、24チャンネル録音されたという音質が非常にクリアで、ブートレッグのたぐいとはレベルが違う。

 発売元の説明によれば……、

 1982年6月27日のNY、クール・ジャズ・フェスティヴァルでの演奏14曲を全て収録。出元はNPRの放送音源で、“Jazz Alive"という番組のために収録されたものですが、番組で放送されなかった約40分の音源も全て収録しています。また、盤としては、プライベート盤として、ごく一部に出回っていましたが、その音源の元も、この番組の劣悪な“エア・チェック"。つまりは、全音源が初の作品化ともいえる貴重なものと言えます。



 とのこと。
 ハーモニカのトゥーツ・シールマンスをゲストに迎え、ピーター・アースキン、ランディ・ブレッカー、ボブ・ミンツァー、オセロ・モリノー、ドン・アライアスといったおなじみの盟友たちが核となった「ワード・オブ・マウス・ビッグ・バンド」の演奏も素晴らしい。

 ライナーノーツで、松下佳男氏は次のように書いている。

 歴史に残るワード・オブ・マウス・ビッグ・バンドの集大成と言われているのは、1982年9月、日本でレコーディングされたライヴ・アルバム『ツインズⅠ&Ⅱ』だが、本作品もそれに匹敵する、またそれ以上の「ベスト・ライヴ・アルバム」と言えるものだ。



 同感である。
 このライヴのわずか5年後、35歳の若さで世を去ってしまった天才ジャコの、ウェザー・リポート脱退後の一つのピークが、ここに刻みつけられている。

■関連エントリ→ ジャコ・パストリアス『ワード・オヴ・マウス・バンド 1983 ジャパン・ツアー・フィーチャリング渡辺香津美』

 
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『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』



 『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』をDVDで観た。
 2013年のコーエン兄弟監督作品。いまごろ観たのは、最近お気に入りのキャリー・マリガンが出ているから。



 若き日のボブ・ディランが憧れたという伝説のミュージシャン、デイヴ・ヴァン・ロンクを主人公のモデルに、デイヴの回想録『グリニッチ・ヴィレッジにフォークが響いていた頃』をベースにした音楽映画である。



 コーエン兄弟には『オー・ブラザー!』という音楽映画の傑作があるが、あの作品がにぎやかな大エンタテインメントであったのとは対照的に、こちらはなんとも地味な映画。
 売れないフォーク・シンガーであるルーウィン・デイヴィスは、ストーリーの最後まで一度も脚光を浴びない。成功の足がかりすらつかむことがなく、音楽をやめようか、つづけようかとずっと迷っている。

 それでも、コーエン兄弟らしいねじれたユーモアとペーソスが全開で、退屈させない。
 コーエン作品の常連ジョン・グッドマンらが演ずる、おなじみ「ヘンなキャラクターのヘンな行動」も、期待どおり随所に登場する。

 主演のオスカー・アイザックが歌もギターもうまくてビックリ。音楽映画としてもよくできていて、この手のフォークが好きな人ならたまらないと思う。

 ラストにチラッと、無名時代のボブ・ディランとおぼしきシンガーが登場する。
 つまりこれは、ボブ・ディランが登場してフォークの世界に革命が起きる前夜を舞台に、その革命を準備した“陰の立役者”を描いた映画なのだ。

 私はフォークが苦手なので、モデルとなったデイヴ・ヴァン・ロンクについてまったく知らなかった。
 映画のタイトル『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』は主人公のソロ・アルバムのタイトルでもあるが、デイヴにも『Inside Dave Van Ronk』というアルバムがある。

 YouTubeで、デイヴ・ヴァン・ロンクの曲もいくつか聴いてみた。恐ろしく地味で、「これじゃあ、あまり売れなかったのも無理ないなァ」と思ってしまった。
 もっとも、彼は生前に21枚ものアルバムを発表したそうだし、回想録まで出版されているくらいだから、フォークが好きな人には知られた存在なのだろうが……。



 キャリー・マリガンは、本作ではいつもの清楚なイメージとは打って変わって、いけ好かない俗物女を熱演。
 彼女が四文字言葉をマシンガンのように放って主人公を罵倒する場面があるのだが、その罵倒っぷりがなんともキュートだ(観ればわかる)。



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中野信子『ヒトは「いじめ」をやめられない』



 昨日は都内某所で取材。ゴーストの仕事なので、お相手等はナイショ。

 これが今年最後の取材になるかな(このあとに依頼がなければ)。各誌の年末進行も、やっと一段落。
 それでも、書かなければいけない原稿は年内山積みなのであった。


 行き帰りの電車で、中野信子著『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書/842円)を読了。
 脳科学の観点からいじめの問題を考えた本である。

 中野さんは、昨年の『サイコパス』を大ベストセラーにした経験から、「売れる本を書く秘訣」のようなものを体得されたのかもしれない。それはたぶん、「誰もが関心を持たざるを得ない一つのテーマを、脳科学の観点から深く掘り下げる」ということだろう。
 『サイコパス』もそうだし、本書もそうだ。老若男女問わず、いじめ問題に関心がない人は皆無に近いだろうし。

 それ以前にたくさん出してきた、さまざまなテーマを総花的に取り上げた本(『脳はどこまでコントロールできるか?』など)も面白かったが、「売れる」という観点から言うとインパクトが弱いのである。

■関連エントリ
中野信子『サイコパス』
中野信子『脳はどこまでコントロールできるか?』

 もっとも、「書く秘訣」といっても、『サイコパス』も本書も、ライターが中野さんに話を聞いてまとめた本なのだが(本の中に構成者の名が明記されている)。

 本書は、人間の集団に「いじめ」が生まれるメカニズムを、脳内ホルモンの働きなどから解き明かした前半部分がスリリング。

 「いじめはあってはならない」と言ってみたところで、脳のメカニズムが必然的に生み出すものなのだから、ゼロにすることは絶対にできない。とくに子どもは大人に比べて脳が未発達だからこそ、子どもたちの集団ではいじめが生じやすい。
 だから、いじめをゼロにすることを目指すのではなく、できるだけ回避する方策を考えたほうがよい……というのが、本書のおもな主張だ。

 とくに面白いのは、向社会性(「反社会性」の対義語)を司る「愛情ホルモン」である「オキシトシン」や、「安心ホルモン」と呼ばれる「セレトニン」が、いじめを生み出すメカニズムに深く関わっているという指摘。
 つまり、オキシトシンやセレトニンという物質自体に善悪はなく、それが人の絆や安心感を生み出す面もあれば、逆にいじめを生み出す面もある、というのだ。

 印象に残った一節を引用する。

 「団結」という言葉のイメージが良すぎるあまりに、なかなか受け入れられないことかもしれませんが、「団結」を要求しすぎることにも、一定の歯止めが必要だと思います。
 これは学校そのもののの存在意義にも触れてきてしまうので、さまざまな議論があり得るかと思いますが、「団結は良いことだ」と言う人も、その意義とデメリットについて、一歩立ち止まって考えてみる必要があるのではないかと思います。
 悩ましいのは、多くの人が、団結がいじめを生むし、愛情が強いほど攻撃的になるし、仲間を大切にすることと戦争が実はリンクしているということを認められないことです。



 平和を目指すには戦争が起きるメカニズムを熟知しなければならないように、いじめを回避するにはいじめが起きるメカニズムを熟知しなければならない。
 学校でも、本書の内容をかいつまんで教える授業があってもよいと思った。
 
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ゼロ戦『アスファルト』『サンライズ』



 ゼロ戦のアルバム『アスファルト』『サンライズ』(ビクターエンタテインメント/各2484円)をゲットし、ヘビロ中。

 「『ゼロ戦』なんて日本のバンド、聞いたことないなァ」と思う人も多いだろう。
 それもそのはず、これはバンドというより、テレビドラマ・アニメ・映画・CM音楽などで幅広く活躍する作・編曲家のいしだかつのりを中心とした一時的プロジェクトだったのである。

 アルバムもこの2枚(発売は1976~77年)しか出しておらず、しかもそれは「オーディオ・コンポ・チェック・レコード」としての発売だった。つまり、レコード店ではなく、大型電器店のオーディオ・コーナーで売られていたのだという。

 そうしたいきさつから、一般のフュージョン・ファンなどにはあまり知られることなく、幻の名盤と化していたアルバムだ。
 近年、いわゆる「和モノ・レアグルーヴ」再評価の機運が高まるなか、ゼロ戦もクラブDJなどによる高評価を機に脚光を浴びることになった。

 2003年には、この2枚のアルバムと、いしだかつのりのソロアルバム『ボディ・トーク』から曲をセレクトした『サンライズ・アンソロジー』というコンピレーションCDがリリースされている。
 が、この『サンライズ・アンソロジー』もほどなく入手困難になり、中古市場で高値を呼んでいた。

 私自身は、「和モノ・レアグルーヴ」の秀逸なガイドブック『和ジャズ・ディスク・ガイド』(2009年刊)に取り上げられていたのを読んで、初めてゼロ戦のことを知った。



 同書ではゼロ戦の『サンライズ』が、「全編で刻まれるタイトで力強いビートと、絶妙なエレクトリック・サウンドの使用は非常に刺激的で、クオリティの高いジャズ・ロック~ジャズ・ファンク作品になっている」と評されていた。

 以来、私は「ゼロ戦のアルバムを全編聴いてみたい」と思い続けてきたのである。
 そして今回、ゼロ戦名義の2枚のアルバムが、初めてオリジナルの形でCD化された。いつも読んでいる音楽ライター・金澤寿和氏のブログでリイシューを知り、さっそくゲットしたしだい。

 この2枚のアルバム、ファーストとセカンドでは参加ミュージシャンがまったく違う。
 『アスファルト』には大谷和夫、長岡道夫、鈴木正夫、佐野光利、菜花敦、花野裕子らが参加しているのに対し、『サンライズ』には村上ポンタ秀一、山木秀夫、岡沢章、大村憲司、芳野藤丸、益田幹夫、ラリー須永、ジェイク・H・コンセプション、タンタン(=大空はるみ)らが参加しているのだ。

 ミュージシャンの顔ぶれが異なるとはいえ、2枚ともいしだかつのりが全面的に作・編曲に携わっているため、基本的な路線に違いはない。
 要は、スティーリー・ダン的に一流スタジオ・ミュージシャンを集めてまとめあげたアルバムなのだ。

 内容は、『和ジャズ・ディスク・ガイド』が言うとおり、「クオリティの高いジャズ・ロック~ジャズ・ファンク作品」。すごくカッコイイ。とくに、2枚のアルバムとも、タイトなリズム・セクションと、ゆらゆらきらめくエレピ/シンセが素晴らしい。

 中心者のいしだかつのりは、「ゼロ戦はCTIサウンドを、より若い人に向ける感覚で音作りした」とコメントしている。
 なるほど、「CTI(クリード・テイラー・インコーポレイテッド)サウンド」の代表格である初期のデオダートなどのフュージョン・サウンドを、もう少しロック寄り、ファンク寄りにした趣だ。

■関連エントリ→ デオダート『Original Album Classics』

 1970年代後半の段階で、これほど洗練されたアルバムが作られていたことに驚かされる。
 埋もれさせるにはあまりに惜しい「和モノ・レアグルーヴ」の絶品であり、今回のリイシューで多くの音楽ファンに届くことを期待したい。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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