イチロー・カワチ『命の格差は止められるか』



 昨日は、埼玉県行田市の老舗足袋業者「きねや足袋」を取材。



 同社は、テレビドラマ化されブームを呼んでいる『陸王』(池井戸潤)の取材先企業として脚光を浴びている。
 『陸王』で描かれる「こはぜ屋」も行田市の老舗足袋業者であり、「きねや足袋」でも「ランニング足袋」を開発・製造販売しているからだ。

 ただし、ネット上に散見する「こはぜ屋のモデルはきねや足袋」という情報は間違い。

 池井戸潤が『陸王』の連載開始前に「きねや足袋」を取材したのは事実だが、それ以前に同作の構想は固まっていたのである。
 また、取材時点ではきねやのランニング足袋「無敵」はまだ開発途中であり、作中のランニング・シューズ「陸王」は「無敵」をモデルとしたわけはない。偶然の一致なのだ。

 だから、池井戸潤の公式ツイッターでも、次のように告知されている。



 それはそれとして、取材してみると、きねや足袋三代の物語には、『陸王』の世界と重なる部分も多かった。


 行き帰りの電車で、イチロー・カワチ著『命の格差は止められるか――ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』 (小学館101新書/778円)を読了。仕事の資料として。

 社会疫学の世界的第一人者による一般書。
 「社会と健康」をめぐるさまざまなトピックが、わかりやすく紹介されていく。
 ソーシャル・キャピタル(社会関係資本=社会における人々の結束により得られるもの)が健康に与える多大な影響、経済格差がいかに人々の健康を損なうか、など……。
 格差の拡大は、貧困層のみならず、富裕層の健康をも確実に悪化させるという。

 社会疫学の平明な入門書として、よくできている。 

関連記事

『ドローン・オブ・ウォー』



 昨日は都内某所で取材。

 『ドローン・オブ・ウォー』をDVDで観た。

 ドローン(無人航空機)を使った対テロ戦争を描いたイギリス映画『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』がメチャメチャ面白かったので、同じ題材を扱った先行作品(2014年)を観てみた。



 こちらの監督は、『ガタカ』で知られるアンドリュー・ニコル。

 『ガタカ』は、遺伝子操作技術が極限まで進歩した未来社会を舞台に、自然妊娠で生まれた若者の孤独な闘いを描いた名作であった。
 アンドリュー・ニコルの作品は、『ガタカ』に限らず、着想・着眼点とその巧みな展開のさせ方が抜群だと思う。
 「ヴァーチャル女優」が実際に人気女優となってしまう『シモーヌ』も、現代の武器商人をブラック・コメディ仕立てで描いた『ロード・オブ・ウォー』も、脚本のみを担当した『トゥルーマン・ショー』も傑作だった。

■関連エントリ
『ロード・オブ・ウォー』
『シモーヌ』
『ガタカ』
『トゥルーマン・ショー』

 ただ、自分の持ち時間(=寿命)が通貨のようにやりとりされる未来社会を描いた『TIME/タイム』(2011年)だけはアイデア倒れの駄作で、「アンドリュー、初めて外したな。枯れちゃったかな」と思ったものだ。

 以来、なんとなく遠ざかっていたため、彼の作品を観るのは久々である。
 
 『アイ・イン・ザ・スカイ』よりも一歩早くドローン戦争に材を取った映画を作るあたり、時代の先端を鋭く切り取るアンドリュー・ニコルの嗅覚はまだ衰えていない、と思わせる。

 エンタメとしての完成度は『アイ・イン・ザ・スカイ』のほうが上だと思うが、この『ドローン・オブ・ウォー』も十分に面白い。

 『ロード・オブ・ウォー』の監督が作った映画だからということで安直にこの邦題がつけられたのだと思うが、原題は「Good Kill」。殺人を伴う任務が完了した際、「グッジョブ」みたいな感覚で用いられる、「一掃した」を意味する軍隊用語だ。
 そして同時に、米空軍の兵士たちがエアコンが効いたコンテナの中で、1万キロ彼方にドローンを飛ばして人を殺す行為を、苦い皮肉を込めて表現する言葉でもある。

 時に民間人をも巻き込み、ドローン爆撃による対テロ攻撃をくり返すうち、主人公は少しずつ精神の平衡を失っていく。そのプロセスが、サスペンスとアイロニーの中に描き出される。

 「21世紀の戦争」の闇を暴く佳作。

  
関連記事

池井戸潤『陸王』



 仕事上の必要があって、池井戸潤著『陸王』(集英社/1836円)を読了。

 言わずと知れた40万部突破のベストセラーであり、「東芝日曜劇場」でドラマ版が放映中の超話題作である。



 ドラマのほうも先週から観ているのだが、こちらもとても面白い。
 阿川佐和子と檀ふみという「親友コンビ」が、女優として共演しているのだね。

 小説とドラマ版を比べると、ドラマ版のほうが、ベタでエモーショナルな「泣かせ」の場面が多い。よりわかりやすい方向に舵を切ったそのようなアレンジは、「これはこれでアリかな」という気がする。

 私は仕事で中小企業の経営者を取材する機会が多いのだが、話を聞きながら「これって、小説かドラマにしてもいいくらいすごい話だよなあ」と思うことがけっこうある。

 ……のだが、本書の題材になっている、老舗足袋会社の再生物語(=足袋製造の技術を活かしたランニングシューズ開発に社運を賭ける話)というのは、ものすご~く地味である。

 そのような地味極まる題材を選びながら、波瀾万丈の人間ドラマを作り上げる池井戸潤の作家としての力量は、やはりすごいものだと思う。
 600ページ近い長編を一気読みさせる“プロの芸”に、感服させられた。

関連記事

山口周『知的戦闘力を高める独学の技法』



 昨日は仕事がらみで、東京医科歯科大学M&Dタワーで開かれたセミナー「社会疫学とは何か」を聴講。

 社会疫学の第一人者として知られる、米ハーバード大学公衆衛生大学院のイチロー・カワチ教授らの大著『社会疫学』(上下巻・各6048円/大修館書店)の翻訳刊行に合わせて開かれたもの。来日中のカワチ教授ら、社会疫学の研究者たちが登壇した。

 参加者の大半は医療関係者・医学生であり、私は浮きまくっていたが、セミナーの内容は面白かった。

 大著『社会疫学』も仕事がらみで読み進めているのだが、これも面白い。
 もちろん、ハーバードで使っている教科書だから専門的でわかりにくい部分もあるが、それでもいろんな原稿のネタになりそうなトピックが山盛りだ。



 行き帰りの電車で、山口周著『知的戦闘力を高める独学の技法』(ダイヤモンド社/1620円)を読了。

 ビジネス書にはクダラナイものや中身の薄いものが多いが、山口周の著作は数少ない例外で、購入に値する。本書も、著者名と書名だけ見て即座にポチった。

 最近立て続けに刊行されている“ビジネスパーソン向けの「独学術」本”の一つだが、山口周ならではの切り口で、他の類書より深みのある内容となっている。

 著者はビジネスパーソンの独学を、①戦略、②インプット、③抽象化・構造化、④ストックという4つのモジュールからなる「システム」として捉え、各モジュールについてくわしく解説していく。
 そして、従来の独学本の多くはインプットにばかり偏っており、「『独学術』というよりも、むしろ『読書術』『図書館利用術』というべきもの」だと指摘する。

 著者の主張はどれも理にかなっていて納得できるし、独学うんぬんを抜きに読み物として見ても、面白くてためになる。

 難点は、著者が過去に出した同傾向の著作と、一部内容が重なっているところ。まあ、同じ著者が似通ったテーマで執筆する以上、多少の重複は仕方ないのだが……。

■関連エントリ
山口周『外資系コンサルの知的生産術』
山口周『外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術』

 とはいえ、それは「初めて山口周の本を読む」という人にとっては難点にならない。
 独学に興味のある人ならオススメの好著である。 
 
関連記事

吉田理宏『黄色いバスの奇跡』



 昨日は、私用で群馬県桐生市へ――。

 行き帰りの電車で、吉田理宏著『黄色いバスの奇跡――十勝バスの再生物語』(総合法令出版/1296円)を読了。仕事の資料として。

 利用客数減少などで倒産の危機にあった、北海道帯広市の老舗バス会社「十勝バス」が、若き四代目経営者の改革によって蘇生していく道筋を描いたビジネス・ノンフィクション。ミュージカル化もされたという。

 よくまとまっている本だとは思うが、やたらと改行・行アケが多いスッカスカの体裁に違和感。ノンフィクションというより、ラジオドラマの台本を読んでいるような印象だ。

 読書慣れしていない読者にとっては、これくらいスカスカのほうが読みやすいのかもしれないが。

関連記事

蛇蔵・鈴木ツタ・たら子『天地創造デザイン部』



 予約注文しておいた、蛇蔵&鈴木ツタ原作、たら子作画の『天地創造デザイン部』第1巻(モーニングKC)Kindle電子書籍版が届いたので、さっそく読む。本日発売。

 「大人が読める学習マンガ」の傑作『決してマネしないでください。』で、私はすっかり蛇蔵のファンになってしまった。

 今作では蛇蔵は鈴木ツタ(マンガ家)とともに原作に回り、作画は「たら子」という別のマンガ家にまかせている。私は蛇蔵のすっきりした絵柄も好きだけどなァ。

 それにしても、蛇蔵・鈴木ツタ・たら子と3人の名が並ぶと、「ホントに人の名前か、これ?」って感じで、字面がスゴイ。

 神様が忙しいので、一部の動物のデザインと製造はアウトソーシングしている、という設定(笑)。その外注先が「天地創造社のデザイン部」で、天使たちが神様とデザイン部の連絡役を務める。

 「クライアント」である神様の“無茶ぶりなオーダー”に振り回されつつ、天地創造デザイン部は新しい動物を創造する仕事に大わらわ。それぞれキャラの立った数人の「デザイナー」たちが、自分の作りたい生き物を作ろうとする。

 そのデザインが神様のお眼鏡にかなった場合(=生物としてのクオリティが高く、地球で生き残っていける条件をきちんと備えていた場合)、天使たちに「天啓!」がビビッと下って「採用」となり、実在する生物となる。

 つまりこれは、地球上に生息する生き物たちが、なぜそのような形状と生態を持っているのかを、動物学・生物学などの知見をふまえ、笑いにくるんで解き明かしていくマンガなのだ。→ 版元サイトによる第1話試し読み

 科学史や科学の基礎知識をコメディ仕立てにして読者に提示した快作――『決してマネしないでください。』を生んだ蛇蔵らしい作品といえる。
 「理系のコメディ」という、ほとんど例のない(電子工作コメディの傑作『ハルロック』などを除けば)ジャンルを切り拓いている作家さんなのだ。
 
 ちなみに、『決してマネしないでください。』がファンの間で「決マネ」と略されていたのに対し、本作は「天デ部」と略すそうだ。

 独創的コメディを楽しむうち、生物に関するさまざまな知識がおのずと身につくマンガである。
 もっとも、このマンガで得た知識は、話のネタになるくらいが関の山で、およそ実用的ではないけれど……。

 
関連記事

ボニー・レイット『ギヴ・イット・アップ』



 ボニー・レイットの1972年のセカンド・アルバム『ギヴ・イット・アップ』を、中古で購入してヘビロ中。

 少し前に『コレクション』という彼女のベスト盤を買ってこれも愛聴していたのだが、そうするうちにオリジナル・アルバムを買い揃えたくなってきた。
 で、とりあえず、ボニーの最高傑作との呼び声も高いこのアルバムを買ってみたしだい。

 いやー、これはたしかに名盤だ。捨て曲なし。約37分のトータルプレイングタイムはいまの感覚では短いが、中身が濃いから短く感じない。
 極上のヴォーカル・アルバムにして、グレイトなギター・アルバム。ブルース、ジャズ、ゴスペル、カントリーなど、アメリカン・ルーツ・ミュージックの諸要素を絶妙にブレンドし、渋いアメリカン・ロックにまとめ上げている。

 当時まだ22歳だったボニー・レイットが、ヴォーカリストとしてもギタリストとしても円熟の境地を見せているのがすごい。すでにして風格すら漂っている。

 オープニングの「ギヴ・イット・アップ・オア・レット・ミー・ゴー」などで聴かせるスライド・ギターも絶品だが、私がいちばん気に入ったのはもろブルースの「ラヴ・ミー・ライク・ア・マン」。この曲の生ギターの音色の、なんと心地よいこと。





関連記事

石川明人『私たち、戦争人間について』



 今日は、私用で都内某所へ――。

 行き帰りの電車で、石川明人著『私たち、戦争人間について――愛と平和主義の限界に関する考察』(創元社/1620円)を読了。書評用読書。

 この著者が昨年出した『キリスト教と戦争』はとてもよい本で、私は昨年のベストテンにも選んだのだが、それにつづくこの新著もじつに素晴らしい。

 前著は、1人のキリスト教徒としての立場から、「愛と平和を説くキリスト教を信仰しながら、人々はなぜ戦えるのか?」を問い、キリスト教と戦争の関係をその歴史から鋭く考察した好著であった。

 本書は、前著から一気に間口が広がり、人類史における戦争そのものを俎上に載せている。“我々はなぜ、平和を求めながら戦争を重ねてきたのか?”、“なぜ戦争がなくならないのか?”などという、人類と戦争をめぐる根源的な問いに真正面から迫ったものなのだ。

 著者は、戦争について考察した古今東西の膨大な文献を渉猟し、そのエッセンスを手際よく本書の中に取り込んでいく。つまりこれは、戦争をめぐる学説史・言論史の概説書でもあるのだ。

 それらのエッセンスを紡ぎ合わせた上に、著者は自分なりの戦争観・平和観をまとめ上げていく。それは、いわゆる「お花畑」的な理想論に陥ることなく、人間の悪や弱さを鋭く見つめた冷徹なものだ。

 本書は学術論文ではなく、アカデミックな装いをこらした「戦争論エッセイ」である。が、なまなかな論文などよりもずっと、読者を深い思索に誘う。

 戦争と平和について深く考えようとする者にとって、最良の素材になり得る書。

関連記事

八木澤高明『日本殺人巡礼』



 八木澤高明著『日本殺人巡礼』(亜紀書房/1836円)読了。

 著者は元『FRIDAY』の専属カメラマンで、現在は写真家・ノンフィクション作家。
 前に、この人の『娼婦たちから見た日本』という著書を読んだことがある。これはとてもよい本だった。

 本書は、亜紀書房のウェブマガジン「あき地」に連載された「殺人風土記 」に、加筆・改稿を加えたもの。元のウェブ連載はいまも読むことができる。

 過去の有名殺人事件の現場や犯人の故郷などを著者が旅して、当時を知る人、犯人の幼馴染みなどの話を聞いていく内容だ。
 つまり、犯罪ルポというよりも、“ルポ色も加味された事件紀行”という趣。

 部分的には面白いのだが、“犯人が生まれ育ったこの地域の風土が、犯罪の背景にある”みたいな決めつけが多くて、その点に違和感を感じた。

 たとえば第2章「北関東犯罪黙示録」では、埼玉愛犬家連続殺人事件や本庄保険金殺人事件などを、北関東で起きた事件として一括りにしている。写真週刊誌のカメラマン時代、現場に通った事件のうち、「記憶に残る事件の多くが、どういうわけか北関東に集中していた」のだそうである。

 そして、各章では犯人が生まれ育った地域の歴史が前近代まで遡って辿られ、その部分は歴史随筆のよう。
 犯罪と犯人が生まれ育った風土は、もちろん、まったく無関係ではないだろう。が、著者は両者を恣意的に結びつけすぎだと思う。中沢新一のオカルト本『アースダイバー』のような胡散臭さを感じてしまう。

 そのへんは感心しなかったが、本書にはよい点もある。
 たとえば、古いものでは80年前の事件(「津山三十二人殺し」)もあるなど、昔の事件が多いのに、犯人を知る人を探し当てて取材する著者の根気と勘のよさには感服した。

 また、著者は『娼婦たちから見た日本』においても、娼婦たちを「上から目線」で見ることなく寄り添う描き方をしていたが、そうした姿勢は本書にも通底している。

 私は殺人者を上から断罪するつもりで旅をはじめたわけではなく、もとよりその資格もない。
 なんで彼らが人を殺めたのか、その理由が知りたかった。(「はじめに」)



 それと、第4章「北海道に渡ったネパール人」だけは、他の章とは異質な本格的犯罪ルポになっている。
 日本人と結婚したネパール人男性が妻と幼子を殺した2008年の事件を扱ったもので、衝撃的な内容だ。この犯人のネパール人については、他の章に出てくる永山則夫や小原保などとは違って、一片の同情の余地もない。

 著者はネパール人女性と結婚していた時期があり、ネパールにも長く暮らした人物。被害女性の親友とも個人的に親しいことから、この事件を深く取材したのだという。
 そのような著者にしか書き得ない厚みのあるルポで、本書の中でこの4章のみは独立した価値を持っている。

関連記事

ポルカドットスティングレイ『全知全能』



 近所のほぼ新築の家が、重機で解体され、更地になっていた。
 「新しい立派な家だったのに、なんで取り壊したんだろう? もったいないねー」と、界隈のウワサになっている。

 “ご近所事情通”に聞いたところ、住人家族は少し前に引っ越し屋を頼んで転居していったという。
 つまり、「夜逃げ」というわけではない。そもそも、夜逃げなら高い解体費用を払ってまで家を壊すまい。

 「住宅ローンの支払いが滞って家をカタに取られ、競売にかけられる」という話も、最近よくある。しかしその場合も、ほぼ新築の家を壊さないだろう。

 私の貧弱な想像力で出した答え(仮説)は……。

1.住宅に重大な欠陥が見つかり、住宅メーカーの負担ですべて建て直すことになった

2.持ち主がメッチャ金持ちで、新築の家が「やっぱ気に入らない」と建て直すことにした

3.ヤバイ幽霊が出て、とても住める状態ではないので、転居して取り壊した

 うーん、どれもいまいちピンとこない。謎は深まるばかりである。


 ポルカドットスティングレイのメジャーデビュー・アルバム『全知全能』(ユニバーサル)をヘビロ中。
 
 インディーズ時代から気に入っていたバンドだが、このアルバムは期待以上の出来だった。

 デビュー当時には「雫(しずく)」のヴォーカルがもろ椎名林檎フォロワーという感じだったが、彼女もいつの間にか立派な個性を身につけていた。

 「さわやかでちょっと甘酸っぱいギターロック・バンド」という趣であった彼らだが、本作にはギターロックの枠に収まりきらない多彩な楽曲が並んでいる。

 傑作「テレキャスター・ストライプ」など、インディーズ時代の人気曲数曲を微妙に作り直して再録しているが、いずれもインディーズ版よりよい。



 ほかにも、「BLUE」「レム」「サレンダー」など、いい曲がいっぱい。





 何より、雫の魅力が圧倒的だ。
 美人かといえばビミョーだし、スタイルもよいわけではないが(失礼!)、不思議な色気を全身から発散している。
 いちばん男にモテるのは、そして「サークルクラッシャー」とかになるのは、絶世の美女よりもむしろこういうコケティッシュなタイプだという気がする。

関連記事

山岸潤史『REALLY?!』



 山岸潤史の『REALLY?!(リアリー?!)』のリイシュー盤(ビクター/2484円)が出ていたので、ゲット。

 山岸潤史は日本が世界に誇るブルース・ギタリストだが(現在は米ニューオリンズで活躍中)、1979年に出た初ソロ・アルバムである本作は、ブルース色の希薄なフュージョン・アルバムだ。

 とはいえ、およそフュージョンらしからぬ劇画調の暑苦しいジャケが示すように、たんなる「オシャレなフュージョン」ではない。
 洗練されたフュージョンではあるのだが、その底に山岸のブルース魂、ロック魂が見え隠れする、ねちっこくも熱いハード・フュージョン、もしくはジャズ・ロックなのである。

 私は、発売当時まだ高校1年生。ラジオでかかった「タイム・リミット」「ラットレイス・ブルース」といった曲のカッコよさにノックアウトされた。が、乏しいお小遣いではこのアルバムが買えず、レンタルレコード店で借りてカセットテープに落としたものを長らく愛聴していた。
 LPレコードの帯に書かれていた、「リアリー?! ほんまか?! やった!」というとぼけたキャッチコピーまで覚えている。

 10年ほど前に一度紙ジャケCD化されたのだが、それにはたちまち高値がついて入手困難になってしまった。
 で、今回リイシューされたことを知り、すかさずゲットしたしだい。

 昔LPで聴いたころには参加ミュージシャンなんて意識していなかったが、今回改めて見てみると、すごい豪華メンバーである。

 村上ポンタ秀一、ジョニー吉長、鳴瀬喜博、小原礼、難波弘之、ペッカー、金子マリなどなど。
 しかも、英国のジャズ・ロック・グループ、アイソトープのギタリストとして知られるゲイリー・ボイルがゲスト参加し、2曲で山岸潤史とギター・バトルを繰り広げている。そりゃカッコイイはずだわ。

■関連エントリ→ アイソトープ『Live at the BBC』

 山岸潤史はこのあと、さらにフュージョン色やブルース色を強めたソロアルバムを発表しているが、私は本作がいちばん好きだ。

関連記事

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』



 今日は都内某所で取材が一件。ゴーストの仕事なので、お相手等はナイショ。
 これで今月の取材は一段落。今週はひたすら取材内容を原稿化する“アウトプット・ウイーク”である。


 『マンチェスター・バイ・ザ・シー』を映像配信で観た。今年のアカデミー主演男優賞・脚本賞をダブル受賞した作品。



 素晴らしい映画だった。ベン・アフレックの弟ケイシー・アフレックが、深い悲しみを目に宿して、過去に“人生の地獄”を見た男を熱演。主演男優賞も納得の、一世一代のハマり役である。

 兄の死によって、主人公はその地獄を味わった故郷の町――マンチェスター・バイ・ザ・シーに舞い戻らざるを得なくなる。
 そして、兄の遺児である甥っ子と「喪の仕事」の日々を過ごすうち、過去ともう一度向き合うのだった。

 ハリウッド映画の悪い癖が出た場合、主人公は天真爛漫リア充高校生である甥っ子に感化されて明るくなり、過去を乗り越え蘇生して大団円――という感じの展開になっただろう。

 が、この映画はそうした紋切り型に陥らない。“あまりにつらい過去は、どうしても乗り越えられない”という苦い結論が用意されているのだ。それでも、ラストには雲間から一条の希望の光が射し込む。

 町山智浩氏が本作について、「小津安二郎みたいなハリウッド映画」と評していたが、言い得て妙。
 この静謐さ、登場人物の心の揺れ動きをじっくりと描き出す手際は、ハリウッド映画というよりも良質な日本映画を思わせる。

 主人公が元妻(ミシェル・ウィリアムズ)と再会し、言葉を交わすシーン(DVD等のジャケになっている)の、なんと深く胸に迫ること。これは映画史に残る名場面だろう。



 ストーリーの合間に映し出されるマンチェスター・バイ・ザ・シーの街並みが、絵画のように美しい。観客は主人公と同じまなざしで、過去をかみしめるようにその景色を眺めることになるのだ。

関連記事

鳥飼茜『ロマンス暴風域』



 鳥飼茜(とりかい・あかね)の『ロマンス暴風域』(SPA!コミックス/740円)1巻をKindle電子書籍で購入。

 この人のマンガは『先生の白い嘘』で初めて読んだのだが、主人公の若き女教師の描き方があまりに生々しく、痛々しくて、私はコミックス2巻まで読んで続きが読めなくなってしまった。



 なんというか、情け容赦のない心理描写をするマンガ家である。

 本作『ロマンス暴風域』は、鳥飼茜が初めて男性を主人公に据えた作品で、「それなら抵抗なく読めるかも」と思ってゲットしてみたしだい。期待以上に面白かった。

 高校の臨時教員である30代半ばのサトミン(男)は、婚活をしてみるものの、非正規職であることから相手の女性に敬遠され、恋愛からも遠ざかっていた。
 そんなある日、気分転換に行ってみた風俗店で出会った、21歳の「嬢」・せりか。「美大に行きたかった」と打ち明ける彼女に、T美大卒の美術教師であるサトミンは運命を感じる。 
 そこから始まる、風俗嬢との本気の恋愛――。それは、まさに「ロマンス暴風域」に足を踏み入れるような波乱万丈の日々だった。

 男のマンガ家が「風俗嬢との恋愛」を描いたら、けっしてこんなマンガにはならないだろう。
 男に都合のいいファンタジーにしてたまるかと、作者が腕まくりする姿が目に浮かぶような展開。痛々しくもリアルな、「恋愛弱者(=主人公)のロマンス」の物語。

 作者の鳥飼茜がこの作品について語っているインタビューを読むと、「風俗に行く男」の心理を鮮やかに腑分けしていることに驚かされる。

「女の人に嫌われるのをとにかく怖がっていて、決して自分を傷つけてこない保証がある女の人を欲しがっている。風俗は、そういう男の人にとっての避難所でもあるんだろうとすごく思いました」(なぜ男は風俗に行くのか。漫画家・鳥飼茜が考える | 女子SPA!)


 とか、

「最近は男の人も世間からの圧力に生きづらさを感じている人が増えているでしょ。だから、風俗を今利用してる男の人の感覚は、女を金で買える強者の感覚と、“社会からはみ出した女の子”に対する共感が、絶妙に入り混じっているんじゃないかと思います」(漫画家・鳥飼茜が男目線で気づいたこと | 女子SPA!)


 とか、

「ああ、男の人にとっては“性的な魅力”っていうのがなにより重要なんだなって。そのコがどんなに計算高かろうが、人によって違う態度を取っていようが、そんなことは見えてないというか、あえて見ないようにというか、どうでもいいんだろうなと思ったんです。男の人のそういう、性的な魅力を前にすると急に人を見る解像度が粗くなる感じというのは、意識して描いてますね」(気鋭の漫画家・鳥飼茜が男の単純さを問う | 日刊SPA!)


 とか……。

 そのように醒めた眼で鋭く観察された、いまどきの非モテ男の痛々しさが読者の心を突き刺すマンガだ。ああ、でも私はサトミンを嗤えない。

 『SPA!』誌上で第2部も始まった。1巻のラストは「完結感」が濃厚に漂う終わり方だが、さて、ここからどう新展開させるのか? 目が離せない作品である。

関連記事

小谷野敦『文豪の女遍歴』



 昨日は、都内某所で取材が一件。
 行き帰りの電車で、小谷野敦著『文豪の女遍歴』(幻冬舎新書/907円)を読了。

 女性遍歴ではなく「女遍歴」。身もフタもないタイトルですな。
 本書は、「近代日本の文学者たち六十人程度について、その異性関係(や同性関係)を記述する試み」である。もちろん、女流作家の男性関係も取り上げられている。

 「作家に限らず、伝記でいちばん面白いのは、異性関係である」、「私はもちろん、のぞき見趣味だ週刊誌だと言われたって、異性関係について読んだりするのが大好きである」と、著者は「まえがき」で言う。

 私も好きだ。いまはなき月刊誌『噂の眞相』を私は愛読していたが、その理由の一つは、あの雑誌がしばしば人気作家のゴシップ記事を載せていたからだ。作家のゴシップ記事だけをスクラップし、冊子状に綴じて保存したりしていた(笑)。
 講談社や新潮社など、小説も多数刊行している出版社の週刊誌は作家のスキャンダルを報じないから、作家のゴシップ記事は『噂の眞相』の独擅場だったのである。

 もっとも、本書の版元・幻冬舎も小説をたくさん出しているわけだが、取り上げている作家はとうの昔に物故した人ばかりだから無問題。

 「小説は作家の人間性とは切り離して、作品のみを虚心に味わうべきだ」と考える立場もあろうが、私はそう考えない。むしろ、書いた作家がどういう人間であるかをよく知ってこそ、作品も深く味わえるのだと思う。

 興味のない作家についての項目は飛ばして読もうと思ったのだが、面白くてけっきょく全部通読。
 著者の専門分野だけあって内容が濃く、目からウロコの記述が随所にある。

 美人・不美人、ハンサム・ぶ男などと、登場する作家や関係者の容姿を容赦なく批評する身もフタもなさも痛快だ。

関連記事

『キング・アーサー』



 昨日は、取材で群馬県渋川市の「永井食堂」へ――。



 テレビ等で「日本一のもつ煮の店」としてよく紹介される有名店だが、私はグルメ取材で行ったわけではなく、永井食堂三代の物語を聞く「ヒューマン・ストーリー」的な取材である。

 取材前に私たちも食事。
 「ごはんが山盛りなので、半ライスで十分」と聞いていたので、もつ煮定食を半ライスで頼む。たしかに、半ライスでもどんぶりにすりきり一杯ごはんが盛ってあった。
 とても柔らかく煮込まれたもつ。2種類の味噌をブレンドし、ほどよくニンニクが効いた味付けも絶品。

 平日の午後にもかかわらず、食べる客とおみやげ用のもつ煮(1袋1kgのけっこうな量)を求める客がひっきりなしで、すごい繁盛ぶりであった。「おみやげ、23個」と注文し、ダンボール箱で持ち帰る客もいた。
 もつ煮以外のメニューもあるのだが、私たちがいた間、もつ煮を頼まなかった客はたった一人だけ。


 『キング・アーサー』を映像配信で観た。
 アメリカ・イギリス・オーストラリアの合作で、ガイ・リッチー監督がアーサー王伝説をモチーフとした映画。



 王の血を引くアーサーがスラム街の娼婦たちに拾われて育つという、一種の貴種流離譚になっている。いわば、ストリート感覚で描くアーサー王伝説。
 映画全体も、重厚なファンタジーというより、ロック・アーティストのPVを思わせるポップな感覚で作られている。

 主役のチャーリー・ハナム(『パシフィック・リム』に主演した俳優)は、最初から最後まで王らしい威厳とは無縁で、マッチョなチンピラ兄ちゃんという趣。そこが面白いといえば面白い。
 
関連記事

橘玲『幸福の「資本」論』



 橘玲著『幸福の「資本」論――あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社/1620円)読了。

 ベストセラー連発中の著者が、これまでに刊行してきた「人生設計本」の集大成として出した本。
 「幸福論」であり、一種の「自己啓発書」でもあるが、従来の幸福論・自己啓発書の多くがきわめて主観的、時に非論理的であるのに対し、本書の内容は終始論理的・客観的である。
 
 投資の専門家でもある著者らしく、幸福な人生を求める人の営みを、「3つの資本=資産のポートフォリオ」(あとがき)という視点から、ある種の“投資行動”として描き出している。

 「3つの資本」とは、我々一人ひとりが持っている「金融資産」「人的資本」「社会資本」のこと。

 「金融資産」は、文字どおりの意味。

 「人的資本」とは、個々人が仕事を通じてマネタイズする能力の総和を指す。
 たとえば、企業の新入社員は、定年退職までに稼ぎ出す給与総額からリスクプレミアムを差し引いた額(生涯年収3億円の場合、約5500万円)が、その人の人的資本になる。逆に、定年退職して無収入になった人の「人的資本」はゼロとなる。

 「社会資本」とは、いわゆる「ソーシャル・キャピタル」、つまりお金には換算できない“人とのつながりの豊かさ”(友人の多さなど)のこと。

 以上の3つを、著者は「幸福の3つのインフラ」と呼ぶ。
 3つすべてが潤沢に揃っている状態が理想だが、現実にはそれは難しい。だから、3つのうち最低1つ、できれば2つを潤沢に持てる人生を目指そう。そのために、投資家がポートフォリオ(保有する金融商品の組み合わせ)のバランスを考えてリスクヘッジするように、「人生設計の理想のポートフォリオ」を目指して生きよう……というのが、著者の大まかな主張だ。

 著者は、本書で展開する「人生設計の理想のポートフォリオ」を、次の3点に要約する。


①金融資産は分散投資する。
②人的資本は好きなことに集中投資する。
③社会資本は小さな愛情空間と大きな貨幣空間に分散する。



 ①はともかく、②③についてはこれだけ読んでも意味がわからないだろう。
 ②については、くわしくは本書を読んでいただきたい。

 ③はどういう意味かというと、「『強いつながり』を恋人や家族にミニマル(最小)化して、友情を含めそれ以外の関係はすべて貨幣空間に置き換える」こと。

 たとえば、仕事上の「強いつながり」を求めないことによって、仕事関係から生じるストレスを回避すること。
 具体的には、一企業に生活を全面依存するのではなく、「スペシャリストやクリエイターとしての人的資本(専門的な知識や技術、コンテンツ)を活かし、プロジェクト単位で気に入った『仲間』と仕事を」する。このことを、著者は「フリーエージェント戦略」と呼ぶ。
 
 要は、会社員よりもフリーランスのほうが幸福になりやすいと、著者は言うのである。その主張の根拠は、さまざまな幸福度研究だ。

 幸福の研究では、離婚や愛するひととの死別より、毎日の満員電車の長時間通勤の方がひとを不幸にするという結果が繰り返し示されています。



 職業別の幸福度を調べると、多くの研究で、自営業と公務員の幸福度が高いことが知られています。 
 収入が少なくても、会社員より自営業の方が人生の満足度が高くなるのは、自分の好きなことをして自己実現できるからだけではありません。時間(いつどれだけ働くか)と人間関係(誰と働くか)が選べれば、それだけで幸福感は大きく上がります。

 

 フリーランサーの一人として、このへん、大いに得心がいく。収入不安定で何の保障もない我々フリーランサーだが、通勤しなくてよいこと、働く時間が選べること、人間関係ストレスがほぼゼロ(=気の合わない人からの仕事依頼は受けなければいい)であることのメリットのほうが、はるかに大きいと痛感するからだ。

 しばしば思うことだが、フリーランサーには実年齢より若く見える人が多い。それは、人間関係ストレスや通勤ストレスから自由であるためだろう。

 なお、公務員の幸福度が総じて高いのは、自営業の場合とは逆に、際立った「安定性」がもたらす幸福感ゆえだろう、と著者は言う。

 「フリーエージェント戦略」に限らず、著者が本書で説く「人生設計の理想のポートフォリオ」はすべて、ポジティヴ心理学や行動経済学などの研究成果に裏付けられている。いわば、理詰めの幸福論、エヴィデンス・ベースト(科学的根拠に基づく)な幸福論なのだ。

 逆に言えば、本書の主張の大半は他者の研究の受け売りでしかないのだが、著者は“洗練された受け売りのプロ”だから、受け売りであることを読者に意識させない。そのへんは相変わらず見事なもの。

 “これまでに出した人生設計本の集大成”という本書の性格上、仕方ないのだが、著者の旧著に出てきた話の焼き直しが多い。ゆえに、橘玲ファンが読むと、「その話ならもう知ってる」と感じる箇所が多いだろう。

 私は、これまでに読んだ橘玲の本では『「読まなくてもいい本」の読書案内』がいちばんよくできていると感じた。同書に比べると、本書はやや薄味だ。

 とはいえ、目からウロコの卓見も随所にあるし、いまどきの幸福論として上出来だと思う。
 
関連記事

山之内幸夫『日本ヤクザ「絶滅の日」』



 山之内幸夫著『日本ヤクザ「絶滅の日」――元山口組顧問弁護士が見た極道の実態』(徳間書店/1080円)読了。
 
 山口組の顧問弁護士を40年間にわたって務めた著者が、ヤクザ業界の過去・現在・未来(の展望)を手際よくまとめた一冊。
 歴史については、明治時代からの流れを駆け足でたどっている。山口組中心の記述ながら、簡便なヤクザ業界史として読むことができる。

 立場上やむを得ないことだが、著者は終始ヤクザに同情的であり、「ヤクザなど絶滅したほうが世のためだ」と考える人にとっては読むに堪えないだろう。
 そうした偏りに目をつぶれば、「ヤクザ業界入門」として一読の価値はある。山口組が三分裂に至った経緯もよくわかる。

 ヤクザの今後について、著者は“暴力団に限定して「結社を禁止する法律」が作られ、ヤクザが完全に絶滅する可能性もある”とする。ただし、そうすることによって暴力団が秘密組織化し、日本の治安は逆に悪化するだろう、と予測している。

関連記事

西餅『ハルロック』



 仕事上の必要があって、西餅(にしもち)の『ハルロック』全4巻を購入して一気読み。
 『モーニング』連載中にもときどき読んでいたが、全話通読したのは初めて。

 他に類を見ない「電子工作マンガ」だが、電子工作にほとんど興味がない私のような人間が読んでも十分に楽しめる。もちろん、電子工作好きならなおさら面白いだろう。(→版元サイトによる、『ハルロック』第1話試し読み)

 フツーにカワイイのに、オシャレなどにはまったく興味がない(服は母親が用意してくれるものを着ている)電子工作マニアの女子大生・向阪晴(さきさか・はる)の物語。つまり、「リケジョ・マンガ」でもあるのだ。

 作者の西餅(ちなみに女性)は、笑いのセンス、言葉のセンスが素晴らしい。

 何ていうか斬新な馬鹿だよねー 今 佃君を燃やしたらBAKAって炭で文字だけが残るくらい馬鹿だよねー



 ……などというセリフの言い回しだけでも笑える。そして、コメディ的側面と、本格電子工作マンガとしてのリアリティのバランスが絶妙である。

 この前取り上げた『ホームセンターてんこ』(とだ勝之)が一般工作(木工など)を描いたマンガの最高峰なら、電子工作マンガの最高峰はこの『ハルロック』だろう。
 てゆーか、2作とも後続作品が皆無に近い「孤峰」だが……。

 工作マニアも電子工作マニアも、あたりまえだが世界中にいるだろう。だが、その世界を描いたマンガが一般マンガ誌に連載され人気を博すのは、世界広しといえども日本くらいではないか。
 その意味で、『ハルロック』と『ホームセンターてんこ』は、日本のマンガ文化の豊穣さを証し立てる作品でもある。

関連記事

『沈黙 -サイレンス-』



『沈黙 -サイレンス-』をDVDで観た。マーティン・スコセッシ監督による、遠藤周作の代表作の完全映画化。


 
 私は恥ずかしながら原作未読。篠田正浩が監督した日本映画版『沈黙』(1971年)も未見。
 もっと退屈な「文芸大作」を予想していたのだが、意外にもドラマティックで起伏に富むストーリーで、2時間40分の長編があっという間だった。

 江戸幕府のキリシタン弾圧を描いた重厚な歴史映画としても、「信仰とは何か?」を突きつめた思索的な人間ドラマとしても秀逸。
 「ハリウッド映画が描く日本」にありがちな珍妙さがなく、日本映画だと言われても信じてしまいそうな自然さ(もっとも、撮影の大半は台湾で行われたらしいが)。

 キリシタンを弾圧する幕府側のイッセー尾形や浅野忠信らは「悪役」ということになるのだが、善玉・悪玉をくっきり色分けするような通俗性はなく、どのキャラクターにも複雑な陰影が与えられている。

関連記事

深町秋生『地獄の犬たち』



 深町秋生著『地獄の犬たち』(KADOKAWA/1728円)読了。

 数えてみたら、この人の小説を読むのはもう10冊目である。
 10冊読んでの印象としては、「100点満点の小説は書かないが、着実に60点は超えてくる安定した打率のエンタメ作家」というもの。

 本作も、440ページを一気読みした程度には面白かった。
 警視庁を揺るがす「ある秘密」を握った、関東一の大暴力団の会長を抹殺するため、一人の潜入捜査官が顔も名前も変えて別人となり、その組織の一員となる。そして、殺しも辞さない激烈な仕事ぶりで急速に出世し、会長の護衛役に抜擢される。果たして、主人公は正体を覚られぬまま任務(=会長を殺すとともに、彼が握る「秘密」を消去する)を遂行できるのか?

 ……と、いうような話。荒唐無稽で劇画的ではあるが、細部までよく練られていて、読んでいる間は現実味のなさを意識させない。二転三転する展開で退屈しないし。

 著者の7年前の旧作『ダブル』は、一度は犯罪組織を追われた主人公が、整形手術で顔を変え、別人になりすまして組織に舞い戻り、組織のドンの命を狙う物語であった。骨子は本作に似ているのだが、比べてみれば本作のほうがはるかによくできている。エンタメ作家として、この7年間で着実に腕を上げたということだろう。

■関連エントリ→ 深町秋生『ダブル』

 ただ、つかの間の娯楽としてハイクオリティではあるが、「読み返したい」と思わせる魅力に乏しいのも、深町作品の特徴であるような……。文章は読みやすくてキビキビしているが、「独自の文体」と呼べるほどの魅力はないし。

関連記事

Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

ブクログ・MY本棚

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
29位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
21位
アクセスランキングを見る>>