『夜に生きる』



 昨日は都内某所で打ち合わせが2件。今日も夕方から取材。何かとバタバタしているが、明日くらいで一段落の予定。


 『夜に生きる』を動画配信で観た。
 主演のベン・アフレックが自ら監督した、禁酒法時代を舞台にしたフィルムノワール。
 


 原作は、クリント・イーストウッドが映画化した『ミスティック・リバー』などで知られる米国のミステリー作家、デニス・ルヘイン。
 少し前に観た『クライム・ヒート』も、ルヘインが原作だった。

■関連エントリ
『クライム・ヒート』
『ミスティック・リバー』

 ルヘインの創る物語は、血なまぐさい中にも静謐な詩情があって素晴らしい。
 本作もしかり。警察幹部の息子に生まれながらギャングとなる主人公の無頼の人生が描かれるのだが、全編に詩情が満ちている。
 撮影も素晴らしく、暴力を描いた場面すら、時に陶然となるほど美しい。

 フィルムノワールといえば、裏社会に生きる男たちの友情が大きなファクターになるものだが、本作はその要素が希薄。むしろ、主人公と3人の女性たちとの関わりに重点が置かれている。

 それぞれが主人公の人生を変えるきっかけになる3人は、キャラクターも演じる女優もタイプが異なるが、三者三様に魅力的だ。

 ギャングのボスの情婦でありながら主人公と恋仲になるエマ(シエナ・ミラー)は、蓮っ葉な中にも哀しさがほの見えるファム・ファタールぶりが絶品。

 主人公の妻となるキューバ出身の女性グラシエラを演ずるゾーイ・サルダナは、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズでは特殊メイクのために美貌が十分発揮されていなかったが、本作ではエキゾティックな美しさで魅せる。

 哀しい運命をたどる娘・ロレッタを演じるエル・ファニング(ダコタ・ファニングの妹)の可憐さは天使級。とくに、終盤に見せる儚い笑顔が強い印象を残す。

 ストーリーにはやや冗長感があるが、映像の美しさと女優たちの魅力でその欠点が帳消しになる。上出来のフィルムノワールである。

 
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栗沢まり『15歳、ぬけがら』



 昨日は台風にもかかわらず、出かける用事が3つもあり、そのつどずぶ濡れになって帰宅。それだけで体力を消耗してしまった。
 用事の一つが、私がいま理事長をしているマンションの管理組合の、年1回の定期総会。「よりによって台風の日かよ」という感じだが、滞りなく終わってホッとした。


 一昨日の新幹線の中で読んだ2冊目が、栗沢まり著『15歳、ぬけがら』(講談社/1404円)。講談社児童文学新人賞で佳作に入った、著者のデビュー作だ。

 貧しい母子家庭の中学3年生・麻美を主人公に、「子どもの貧困」問題を小説仕立てにした作品。

 麻美の母親のキャラ造型がややステレオタイプで、血が通っていない印象を受けた。『ルポ母子家庭』とかの本を読んで、頭で作ったキャラという感じ。

 あと、麻美がお風呂にあまり入れずに体のニオイを気にするとか、ニオイに関する描写がしつこすぎ。
 「五感に訴える文章を」との意識からそうしているのだろうが、そういうのはここぞという場面で一、二度言及すればよいのであって、あまりくり返されるとげんなりする。
 そのへんの瑕疵が、佳作にとどまった要因かもしれない(エラソーですが)。

 ……と、ケチをつけてしまったが、全体としてはよい作品だ。
 後半、貧困家庭の子どもに無料で勉強を教える学習支援塾「まなび~」との出合いによって、麻美はよい方向に変わっていく。その蘇生のプロセスが感動的である。

 「よい大人」の象徴として描かれる「まなび~」の塾長の言葉によって、麻美は初めて自分の未来を明るいものとしてイメージする。
 その場面の麻美のモノローグ――「あたしたち、未来って考えてもよかったの?」は、物語全体のキーフレーズともいうべき言葉で、深く胸を打たれた。

 『15歳、ぬけがら』というタイトルは一見ネガティブだが、後半に出てくるセミの抜け殻のエピソードを通じて、「ぬけがら」に込めた著者のポジティヴなイメージが明かされていく。そのへんのイメージ転換も面白かった。
 
 塾と勉強の様子についての描写が冴え渡っている。それもそのはずで、著者は公立中学の教師、塾講師、学習支援塾スタディアドバイザーをしてきた経歴の持ち主だという。その経験が活かされているのだ。

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毎日新聞校閲グループ『校閲記者の目』


 一昨日の土曜日は、取材で京都へ――。

 取材が終わった後に京都国立博物館に行き、開催中の「国宝展」を観た。日本の国宝の約4分の1が京博に集結するという、話題の展覧会(↓『BRUTUS』も国宝展を特集)。



 台風が近づいて雨だったにもかかわらず、場内は激混み。見どころが多いこともあって、全部は見きれず。
 最大の目玉「曜変天目」(茶碗)はあまりの長蛇の列に見るのを断念したが、それでも見たものだけで十分「お腹いっぱい」になった。

 中世の仏画がよかったし、雪舟の国宝6件を一度に間近で見られたのも眼福であった。
 時間があったら京博に隣接する三十三間堂にも行きたかったのだが、「国宝展」だけで時間切れ。


 行き帰りの新幹線で、本が2冊読めた。そのうちの一つが、毎日新聞校閲グループ著『校閲記者の目――あらゆるミスを見逃さないプロの技術』(毎日新聞出版/1512円)。

 少し前に読んだ、『毎日新聞・校閲グループのミスがなくなるすごい文章術』の続編的な本。
 毎日新聞校閲グループの公式ツイッター&ブログがベースになっているだけに、前著に比べて写真や図版が多く、サラッと読める。

 とはいえ、ライター生活30年超の私も知らなかった「目からウロコ」の記述も随所にあり、勉強になる本だ。
 たとえば、「三十路」「四十路」は30代・40代の意ではなく、「30歳ちょうど」「40歳ちょうど」を意味する、とか(知ってました?)。

 
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熊田陽子『性風俗世界を生きる「おんなのこ」のエスノグラフィ』



 熊田陽子著『性風俗世界を生きる「おんなのこ」のエスノグラフィ――SM・関係性・「自己」がつむぐもの』(明石書店/3240円)読了。

 現在は首都大学東京人文科学研究科客員研究員である著者は、大学院の博士課程で、「人類学の民族誌的調査研究対象」として日本の性風俗を選んだ。そして、東京都内のSM系デリバリーヘルス店でスタッフ(受付などを行う事務スタッフ)として働く形で、そこで働く風俗嬢らに対する長期的な「参与観察」を行い、その結果を博士論文にまとめた。

 本書は、その博士論文をベースにしたもの。そのわりには読みやすくて面白い本である。
 例として、私が思わず笑ってしまった一節を引いてみる。
 

 緊縛は芸術である、と私に語った客は、縛る「おんなのこ」を選ぶ際の注意点を次のように説明した。緊縛とは、縄が身体に食い込む様がよいものだから、痩身の女性では困る。しかし、あまり肉が付きすぎていても、今度は食い込んだ縄が見えなくなってしまうので望ましくない。そして、縄が食い込んだ箇所はほんのり赤みを帯びるのがよいため、あまり色の黒い女性はよろしくない。



 なるほどなるほど。深い世界ですなァ。
 
 いちばん読み応えがあるのが、店で働く、タイプの異なる4人の風俗嬢の仕事に対するスタンスを読み解いた第4章「差異を作るゲームがつむぐ」。
 この章は、著者が風俗嬢に対して「上から目線」にならず、一個の人格として尊重していることが伝わってきて好感が持てる。そして、彼女らの心に深く分け入るようにして仕事のスタンスを説明していく様子は、よくある「風俗ルポ」などとは次元の違う深度を持っている。

 また、全体のまとめにあたる第7章で、著者は売春/性労働を論じる2つの立場(「セックスワークを正当な職業として認知し、その非犯罪化を訴える」「改革論者」と、売春根絶を目指す「廃止論者」)の代表的論説を整理したうえで、「私の立場は売春否定から遠く、セックスワーク論に近い」としている。
 それはデリヘル店での長期的参与観察(7年余にわたった)をふまえて“たどりついた”立場であり、終盤で展開される著者のセックスワーク論には一読の価値がある。
  
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ブレイディみかこ『花の命はノー・フューチャー』



 昨日は、都内某所で打ち合わせが一件、取材が一件。
 取材したのは、インドネシアの第4代大統領だったアブドゥルラフマン・ワヒド氏の夫人、シンタ・ヌリヤさん。
 亡きワヒド氏ともども、民衆を愛し、平和のための行動に徹する素晴らしいリーダーだと感服した。


 行き帰りの電車で、ブレイディみかこ著『花の命はノー・フューチャー: DELUXE EDITION』(ちくま文庫/842円)を読了。

 英国在住の人気コラムニスト/ライター/保育士であるこの著者の本を読むのは、これが初めて。
 私は、名前の印象からこの人のことを誤解していた。外国人のエリートと結婚し、「上から目線」で日本社会を批評するいけ好かないオバサンのたぐいだと思っていたのだ。

 ブレイディみかこはそうではない。外国人の夫はいるが、ダンプの運転手をしているワーキングクラス。英国労働階級の視点からヨーロッパ社会を見据える、「地べたからのポリティカル・リポート」の書き手なのだ。

 本書は、2005年に碧天舎(すでに倒産)から出た彼女のデビュー作の増補文庫版。
 「ポリティカル・レポート」というよりは身辺雑記的エッセイだが、アイリッシュの夫とともに英国ブライトンで暮らす日々がきびきびした文体で綴られ、一気読みしてしまう面白さだ。

 著者は70年代UKパンク・ロックに心酔した元ロック少女であり、パンク・ロックやUKロックについての言及が随所にある。
 何より、パンク・ロックのスピリットが全編の通奏低音になっている。その点も、同世代のUKロック好きとして大いに共感した。
 「物心ついた頃からセックス・ピストルズ派だった」という著者とは違って、私はストラングラーズ派だったけど。

■関連エントリ→ ストラングラーズ――「武器としてのロック」

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とだ勝之『ホームセンターてんこ』



 今日は都内某所で取材。ゴーストの仕事なので、お相手はナイショ。


 とだ勝之のマンガ『ホームセンターてんこ』(講談社/KCデラックス)全5巻を、仕事上の必要があって購入し、一気読み。

 主人公の女子高生・井本典子(名前の読みは「のりこ」だが、あだ名は「てんこ」)が、個人経営の町のホームセンターの店員・天堂巧作に出会ったことから工作の楽しさに目覚め、毎回さまざまなDIYに取り組んでいくマンガである。

 私は工作のたぐいが苦手なウルトラ不器用なので、仕事で必要なかったらおそらく一生読まなかったマンガだろう。が、読んでみたら大変面白かった。

 カワイイ女子高生がたくさん出てきてラブコメ的要素もあるなど、エンタメとしてもよくできているし、毎回てんこたちが取り組むDIYがとても楽しそうでよい。ものづくり、工作の楽しさを、いちばん原点の部分から読者に教えてくれるマンガという趣だ。

 工作が苦手な私が読んでさえ「楽しそうだなァ。私も電動ドライバードリル買おうかなァ」と思うくらいだから、DIY好きの人なら面白くてたまらないだろう。
 
 それに、DIYのさまざまアイデアや、さまざまな電動工具の使い方についての情報などもちりばめられていて、DIY入門マンガとしての実用性も高い。

 女子大生を主人公とした電子工作マンガとして話題を読んだ『ハルロック』(西餅)と並んで、「工作マンガ」というジャンルを切り拓いた傑作である。

■参考URL→ ホームセンターてんこ(作者のとだ勝之氏が、各話の取材こぼれ話などを紹介しているサイト)

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『T2 トレインスポッティング』



 『T2 トレインスポッティング』をDVDで観た。



 1990年代を代表する青春映画『トレインスポッティング』(1996年)の続編。
 『トレインスポッティング』は封切り当時に一度観たきりで、内容をほとんど覚えていなかったので、まずそちらを再見(アマゾンのプライムビデオに入っている)。

 正編は、仲間たちとヤクの取り引きで手に入れた大金を主人公マーク・レントン(ユアン・マクレガー)が1人で持ち逃げするところで終わった。この続編は、マークが20年ぶりに街に舞い戻るところから始まる。

 正編の主要キャラたちの20年後を同じキャストで描くという、ある意味でとても残酷な続編だ。
 日本の代表的な青春映画――たとえば『祭りの準備』や『サード』の20年後を描く作品が、同じキャストでもし作られていたとしたら? 青春の無残な残骸を見せつけられるような、ひたすら暗く哀しい映画になったに違いない(※)。

※『トレインスポッティング』と同年に作られた青春映画である『キッズ・リターン』を例に挙げようと思ったのだが、『キッズ・リターン』は主人公たちの10年後を描く続編(『キッズ・リターン 再会の時』)が作られていた。私は未見だし、こちらは「同じキャスト」ではないけど。

 が、本作は意外に楽しめた。
 『トレインスポッティング』は、ヘロインに耽溺する無軌道な若者たちのデスペレートな青春を、ポップかつスタイリッシュに描いたところが新鮮だった。悲しい歌詞を楽しいメロディーに乗せたねじれた歌のような味わいがあったのだ。

 同様に、この続編に描かれる主要キャラたちの20年後は悲惨なのだが(ベグビーは刑務所に服役中だし、シック・ボーイは売春と恐喝をなりわいにしているし)、その悲惨な中年ぶりが、ポップかつスタイリッシュに描かれているのだ。

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『美女と野獣』



 『美女と野獣』を映像配信で観た。
 


 1991年のディズニー・アニメ版『美女と野獣』の、ディズニーによる実写リメイク作品。これって、元はフランスの民話なのだね。

 私はディズニー・アニメ版を観ていないので比較はできないが、なかなか面白かった。

 まあ、基本「おとぎ話」だから他愛ない話ではあるのだが、ヴィジュアルに工夫が凝らされていて、飽きない。ヒロインのベル役のエマ・ワトソンは可愛くて眼福だし。
 
 
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『未来を花束にして』



 『未来を花束にして』をDVDで観た。
 およそ100年前の英国を舞台に、女性参政権を求めて闘った女性たちの姿を、実話に基いて描いた映画。



 甘ったるい邦題とは裏腹に、けっこうヘビーな作品である。描かれる女性たちの運動はテロも辞さない過激なもの(人こそ殺さないが、大臣の別荘を爆破したりする)だし、ヒロインたちが働く洗濯工場の労働環境は過酷だし。

 警官隊は、デモ中の女性活動家を手加減なしで警棒でぶちのめす。獄中でハンガーストライキをすれば、数人で押さえつけて無理やりミルクを流し込む……。いやはや、すごいものだ。邦題から連想されるような、「みんなで言論闘争をがんばりましょうね」的な甘さは絶無なのである(※)。

※邦題に見られる“甘々補正”は、予告編の作り方にも表れている。英語版のオフィシャル・トレーラー(↓)にちりばめられている暴力的シーンが、日本版予告編からは巧妙に削除されているのだ。



 この時代、女性は参政権も親権も認められず、職場の上司からのパワハラ、セクハラもあたりまえ、夫は妻を所有物扱い……。
 たった100年前(日本でいうと大正時代)には英国ですらこんなありさまだったのだ、と改めて驚かされる。また、「いまはいい時代なんだなァ」ともしみじみ思う。

 メリル・ストリープが演じるエメリン・パンクハースト(女性参政権を求める「WSPU――女性社会政治連合」の創設者・指導者)ら、実在の人物も登場するが、ヒロインのモード・ワッツは架空の人物である。

 モード役のキャリー・マリガンが、「女性活動家」っぽくない清楚なたたずまいであることが、よい方向に働いている。無思想・無教養で平凡な工場労働者が、偶然からしだいに政治意識に目覚め、運動にのめり込んでいく物語に自然な説得力を与えているのだ。
 キャリー・マリガンは、とても日本人好みのルックスをしていると思う。小動物系というか。私も好きだ。『ドライヴ』の人妻役もよかった。

 地味だが、とてもよい映画であった。
 
 なお、この映画に描かれている「サフラジェット(Suffragette/本作の原題)」=闘争的な女性参政権活動家の歴史については、このページを読むと大枠がわかる。
 
 
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ハルカトミユキ『溜息の断面図』



 ハルカトミユキの『溜息の断面図』(ソニー・ミュージックレーベルズ)をヘビロ中。

 傑作だった前作『LOVELESS/ARTLESS』からわずか10ヶ月のインターバルでリリースされた、サード・フルアルバムである。

■関連エントリ→ ハルカトミユキ『LOVELESS/ARTLESS』

 短期間で作られたにもかかわらず、全12曲捨て曲なしの充実作に仕上がっている。

 インディーズ・デビュー当時の、「メンヘラっぽい、線の細いフォークロック・デュオ」という印象で、ハルカトミユキのことを食わず嫌いしているロック・ファンも多いだろう。
 が、いまのハルカトミユキは日本でも第一級の本格ロック・ユニットであって、耳の肥えたロック・ファンにこそオススメしたい。

 前作も本作も、初期のヒリヒリした感覚はそのまま残しつつ、力強さと自信に満ちたロック・サウンドを展開している。
 とくに、本作のオープニングから5曲目までの疾走感は圧倒的で、聴く者の耳を釘付けにする。

 すごく多彩なアルバムでもある。
 ニルヴァーナばりの重く性急なオルタナ・ロック・チューンがあるかと思えば、1970年代のディスコ・ヒットを思わせるキャッチーなダンス・チューンがあったり、静謐で美しいバラードに心洗われたり……。







 しかし、バラエティ豊かな曲のすべてがハルカトミユキの個性で染め上げられていて、全体には確かな統一感がある。

 全編を聴き終えて思い出したのは、Coccoの傑作デビュー・アルバム『ブーゲンビリア』(1997年)だ。
 Coccoはデビュー・アルバムでいきなり頂点を極めてしまった人だと私は思うのだが、ハルカトミユキも本作で一つの頂点を極めたといえるのではないか。

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本山勝寛『最強の独学術』



 本山勝寛著『最強の独学術――自力であらゆる目標を達成する「勝利のバイブル」』(大和書房/1412円)読了。

 某誌で昨年取材させていただいたこともある、「学びのエヴァンジェリスト」、日本財団パラリンピックサポートセンター・ディレクター、5児の父(!)である著者による独学術の本。

 以前、類書である『東大教授が教える独学勉強法』(柳川範之)を読んだとき、抽象的な心構えばかりが書かれていてガッカリしたものだ。
 対照的に、本書は徹頭徹尾具体的で実用的。「最強の独学術」かどうかはともかく、かなり「使える」本だ。
 
 著者は貧しい家庭に育ち、経済的理由から学習塾や予備校に通うことは一切なく、独学で東大に現役合格。さらに、やはり独学で米ハーバード大学に進んだ経歴の持ち主。
 その経験をふまえて説かれる独学術には、重い説得力がある。

 独学術の本は昔からたくさんあるわけだが、本書の特徴の第1は、ネットの無料講義やブログ等をフル活用した、2010年代後半ならではの独学術が説かれているところ。
 著者も言うように、いまほど独学環境が整った時代はないわけで、効率的な独学術を身につけておくことは、受験生等に限らず、誰にとっても有益だろう。

 特徴の第2は、試験突破など目先の目標のためのみならず、もっと広義の独学術までが射程に入っている点。
 全体が3部に分かれており、「PART2」では「教養を深めて人生の幅と世界をひろげる独学術」が、「PART3」では「一生学び続ける秘訣をつかみ夢を叶える独学術」が説かれているのだ。

 ゆえに、目先に突破すべき試験等がない人であっても、学び続けるために背中を押してくれる本だ。

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『22年目の告白 -私が殺人犯です-』



 今日は、早朝から箱根駅伝の予選会の取材。予選会は立川の昭和記念公園で行われるので、現地までチャリで行った。

 間近で見ると、テレビの中継で観るのとは迫力が段違いである。


 『22年目の告白 -私が殺人犯です-』を、映像配信で観た。2012年の韓国映画『殺人の告白』のリメイク。



 私はオリジナルの韓国版を観ていないので比較はできないが、上出来のクライム・サスペンスであった。二転三転、どんでん返しが連続する展開で、最後まで少しも飽きさせない。

 この手のサイコ・サスペンスにありがちな猟奇的要素は控えめにし、全体に抑制のきいた演出である(たとえば、サイコキラーが「キャハハハハ!」と気味の悪い笑い声を上げたりしない)。そのことが、脚本のよさをくっきりと浮かび上がらせる。
 
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『アシュラ』



 DVDで『アシュラ』を観た。



 話題の韓国産フィルム・ノワール。サイコパスの極悪市長に翻弄されて道を誤った、中途半端な悪人たちの悲劇という趣だ。
 
 「韓国ノワール最高傑作」とも評される作品だけに、暴力描写はたしかにすさまじい。
 「スタイリッシュ・ヴァイオレンス」とでも言おうか、最初から最後まで暴力描写に力が込められていて、しかもアイデアと創意工夫に満ちている。

 たとえば、序盤に刑事が金網をぶち破って転落死する場面があるのだが、それが本当に俳優が転落したとしか思えない映像なのだ。いったいどうやって撮影したのだろう?

 また、主人公の悪徳刑事(チョン・ウソン)を椅子にしばりつけ、毛布を頭からかぶせて殴りまくるシーンがあるのだが、その毛布にジワ~ッと血のシミが広がる描写が、なんともエグい。素顔のまま殴る描写よりも、視覚的にはるかに「痛い」。

 ある登場人物が獄中で、他の囚人によってたかって刺殺されるシーンもすごい。そのシーンでは、歯ブラシを削って先端を尖らせたものが凶器として用いられる。それがなんとも痛そうでむごたらしいのだ。

 ほかにも、カタルシスよりもむしろ狂気を感じさせるイカれたカーチェイス・シーンなど、ド迫力の暴力描写、アクションが目白押しだ。

 ただ、ストーリーは凡庸かつ一本調子で、なんのヒネリもない。

 一般にフィルム・ノワールといえば、裏社会に生きる男の友情とか、破滅へと向かう男が醸し出す詩情が主調音になるわけだが、この映画には男の友情も詩情もまったくない。
 主要キャラは全員悪人だし、彼らがラストの破滅へと向かうプロセスも、「ま、こんなムチャクチャなことしてたら、そりゃそうなるわなァ」というもの。

 詩情も男の友情もゴッソリ削ぎ落とし、ラストには全員死んで何も残らない、荒涼無比の韓国ノワールである。

 
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保苅瑞穂『モンテーニュの書斎』



 昨日は麹町のホテル・ルポール麹町で、「GGG+フォーラム2017」の取材。このフォーラムは去年も取材したので、2年連続。

 で、今日も都内某所で取材が1件、打ち合わせが1件。明日も都内某所で打ち合わせが1件。今週はいろいろ重なって忙しい。


 保苅瑞穂著『モンテーニュの書斎――「エセー」を読む』(講談社/2916円)読了。書評用読書。

 東大教授などを務めた高名なフランス文学者が、モンテーニュの名著『エセー』を改めてじっくりと読み解く書である。

 モンテーニュの人物像・生涯を、『エセー』の内容に即して、14のテーマに分けて考察している。
 たとえば、第8章「最後の抱擁」ではモンテーニュの恋愛観・性愛観に的が絞られ、第10章「本との付き合いについて」では読書遍歴と読書観がくわしく論じられる、という具合。
 ただし、堅い論文調ではなく、本書自体が薫り高いエッセイ集になっている。

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池谷裕二『できない脳ほど自信過剰』



 昨日は取材で神戸へ(日帰り)――。

 行き帰りの新幹線で、池谷裕二著『できない脳ほど自信過剰』(朝日新聞出版/1512円)を読了。

 『週刊朝日』連載のコラム「パテカトルの万能薬」の単行本化第2弾である。第1弾の『脳はなにげに不公平』よりも、さらに面白さが増している気がする。

■関連エントリ→ 池谷裕二『脳はなにげに不公平』ほか

 このシリーズは、脳科学、心理学、行動経済学などさまざまな分野の最新研究を紹介し、その研究結果から著者が考えたことを綴っていくサイエンス・コラム集である。
 最先端の研究に触れられてためになるし、池谷さんの考察にもヒネリがあって、目からウロコが落ちまくる。一つのコラムにつき、少なくとも一箇所は「へーえ!」という驚きがある感じ。

 バラエティ豊かな内容だが、通底するテーマは「脳という装置をどんなふうに考えたらよいのでしょうか」(「はじめに」)であり、さらにその奥にある共通テーマは「人間とは何か?」である。

 サイエンス・コラム集としてのクオリティは抜群だが、一つだけ難を言えば、このタイトルはなんとかならなかったものか?
 ぱっと見では意味がわからないし(本文中のあるコラムの内容をふまえたものなのだが)、読書意欲がまったくそそられない。タイトルで損をしていると思う。

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『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』



 『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』をDVDで観た。



 ドローンの遠隔操作によって、数万キロ離れた会議室から指揮される、テロ集団との息詰まる戦い――。21世紀の最先端の戦争を描いて、ド迫力の軍事サスペンスだ。

 平常心で観ていられるのは、序盤の状況説明のみ。そこからラストまではビリビリとした緊張感がずっと持続し、目が釘付けになる。

 ターゲットのテロリストをミサイルで爆殺しなければ、自爆テロで大勢の人が死ぬ。だが、テロ集団のアジトの真ん前には、パンを売るナイロビの少女が……。
 予想される80人のテロ被害者を救うため、罪のない1人の少女を殺してもよいのか? いわゆる「トロッコ問題」的な倫理学の思考実験を、現実に起こり得るシチュエーションに置き換えて、ものすごいサスペンスがそこに生まれた。

 「戦争の正義」を問う社会派作品でありながら、極上のエンタメにもなっている逸品。

 
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『お嬢さん』



 『お嬢さん』をDVDで観た。



 サラ・ウォーターズがヴィクトリア朝の英国を舞台に書いた歴史犯罪小説『荊の城』を、『オールド・ボーイ』などで知られる韓国の鬼才パク・チャヌクが映画化した作品。舞台を日本統治下の韓国に置き換えている。

 二転三転する展開の騙し合いサスペンスなのだが、ミステリーとしての面白さはこの映画では二次的な要素で、全編に満ちた薫り高いエロスのほうが強烈な印象を残す。

 多くの国で成人映画指定を受けたほど濃厚な性描写がちりばめられているが、その性描写が堂々としていて、しかもゴージャス。
 カンヌ映画祭グランプリ監督であるパク・チャヌクが、己が才気とセンスを存分に注ぎ込み、たっぷりとお金もかけて作り上げた、極上のエロティック・スリラーなのである。

 全員韓国人の俳優陣が、ところどころたどたどしい日本語のセリフを駆使する。そのアヤシゲな感じすら安っぽさにならず、ユーモラスな味わいになっている。

 エロスとヴァイオレンス、復讐、歪な笑い――パク・チャヌクらしい要素がてんこ盛りで、3時間近い長尺を少しも飽きずに観通すことができた。

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白谷潔弘 ・マッド矢野『ブルース・ロック』



 白谷潔弘 ・マッド矢野監修『ブルース・ロック』(シンコーミュージック)を中古で購入し、少しずつ読んでいる。
 ジャンル別のディスクガイド本シリーズである「ディスク・コレクション」の一冊。

■関連エントリ→ 松井巧『ジャズ・ロック』『ブリティッシュ・ジャズ・ロック』

 ブルース・ロックのバンド、アーティストは各国にいるわけだが(もちろん日本にも)、本書はメインストリームたる英米のブルース・ロックに的を絞っている。
 大御所からマイナーまでまんべんなく紹介されており、鍵となるアーティストについては簡単なバイオグラフィーも付され、代表作が網羅されている。

 監修者である白谷潔弘 ・マッド矢野の2人が、おおむね半々の割合でディスク・レビューを執筆している。アマゾンのカスタマーレビューを見ると、「マッド矢野の文章がひどい」という批判が目立つ。
 たしかにクセの強い文体だし、お世辞にもうまい文章とは言えないが、私は「アマゾンで酷評されているほどには悪くない」と思った。紹介しているアルバムの魅力はそれなりに伝わってくるし。

 ブルースではなくブルース・ロックに的を絞ったディスク・ガイドが、日本では本書くらいしかないし、ディスク・ガイドとしての実用性という観点から見れば悪い本ではないと思う。

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加藤一二三『負けて強くなる』『老いと勝負と信仰と』



 昨日は、都内某所で将棋棋士の「ひふみん」こと加藤一二三さんを取材。

 加藤さんの著書『負けて強くなる――通算1100敗から学んだ直感精読の心得 』(宝島社新書)と 『老いと勝負と信仰と』 (ワニブックスPLUS新書)、それに雑誌記事多数を読んで臨む。

 いまやその楽しいキャラクターでテレビ等に引っ張りだこの加藤さんだが、棋士として、勝負師として、やはりすごい方なのだ。
 今回読んだ2冊のエッセイ集は、加藤さんの勝負哲学が棋士としてのキャリア(今年引退されたが)をふまえて語られたもので、それぞれ感動的である。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。54歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴31年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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