2016年に読んだマンガBEST10



 大晦日の今日は、2016年BEST10の第3弾として、マンガのBEST10を。

 基準は、「現在連載中の作品で、昨年までのBESTには選出していなかったもの」。タイトルをクリックするとレビューに飛びます。

 
たーし『ドンケツ』

南勝久『ザ・ファブル』

佐々大河『ふしぎの国のバード』

日暮キノコ『ふつつか者の兄ですが』

鈴木良雄『フルーツ宅配便』

オジロマコト『猫のお寺の知恩さん』

施川ユウキ『バーナード嬢曰く。』

高野ひと深『私の少年』

山田胡瓜『AIの遺電子』

松田奈緒子『重版出来!』 関連エントリ(ドラマ『重版出来!』最終回)
――これまでも『月刊スピリッツ』で読んではいたが、テレビドラマ版にハマったのを機にコミックスを買い揃えた。「ドラマも込み」で考えるなら、私の本年ベスト1作品ということになろうか。

■次点
稚野鳥子『月と指先の間』 

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2016年に聴いた音楽BEST10



 2016年のベスト10、今日は音楽編である。

 相変わらず1970年代あたりの古い音楽を聴くことが多いのだが、ここでは今年発表されたアルバムに限定。
 順不同。当ブログでレビューを書いたものについてはリンクを貼る。

ハルカトミユキ『LOVELESS/ARTLESS』

KIYO*SEN『Trick or Treat』

菊フィーチャリング鮎川誠、シーナ&ロケッツ『ROCKN' ROLL MUSE』

デヴィッド・ボウイ『Blackstar』
――発売直後にボウイが亡くなるという衝撃的展開となったアルバム。そのインパクトを差し引いて虚心坦懐に聴いても、十分に傑作。
 最後まで先鋭的存在でありつづけたことに脱帽。そしてR.I.P.

Yellow Studs『door』
―― 音楽サイト「BASEMENT-TIMES」の激アツな推薦コラム、「Yellow Studsのようなバンドを応援したくてこのサイトをやっている」を読んで知ったバンド。
 旧作を軒並み聴いて、すっかりノックアウト。この最新アルバムも大変よい。「カッコ悪さすれすれのカッコよさ」に満ちた、「ネオ・ハードボイルド」的な男臭いガレージロック。

小坂忠『Chu Kosaka Covers』
――日本最高レベルのシンガーが放った、芳醇なる洋楽カヴァー集。カヴァーアルバムのお手本ともいうべき仕上がり。

METAFIVE『META』
――高橋幸宏、LEO今井、TOWA TEIと、私のフェイバリット・アーティストたちが組んだ夢のバンドであり、このファースト・アルバムは期待を裏切らない見事な仕上がり。
 たぶん、今後欧米で成功する可能性が最も高い日本のバンドであろう。しいて今年のベスト・ワンを選ぶとしたら、これ。

Cocco『アダンバレエ』
――「最近のCoccoのアルバムはあんまりピンとこないなあ」と思っていた私は期待せずに聴いたのだが、これはよかった。とくに、オープニングのキラーチューン「愛しい人」から数曲のシークェンスは、最初期のCoccoが戻ってきた感じの迫力。

YEN TOWN BAND『Diverse journey』
――20年ぶりの復活作であるわりには話題にならなかった気がするが、かつての『MONTAGE』をしのぐ傑作アルバムだった。

SOIL&"PIMP"SESSIONS『BLACK TRACK』
 「爆音ジャズ」「Death JAZZ」などと称される、いわゆる「不良性感度」の高いカッコよさが身上の、6人組ジャズ・バンド。
 この最新作は「Black&Mellow」をテーマに据えており、これまでのソイルよりもメロウな仕上がり。
 全体に、ロバート・グラスパー・エクスペリメントの傑作『ブラック・レディオ』を彷彿とさせるジャンル横断的なアプローチが見られ、それは見事に成功している。『ブラック・レディオ』に対する日本からの回答ともいうべきアルバム。

■次点
TWEEDEES『The Second Time Around』
――元「Cymbals」の沖井礼二と、シンガー/女優の清浦夏実が組んだ、「2010年代の渋谷系」ともいうべきバンドのセカンド。
 清浦は6年前のソロアルバム『十九色』もよかったが、TWEEDEESでも最高にキュートなヴォーカルを聴かせる。


 ……選んでみて気がついたが、洋楽はボウイの1枚だけ。してみると、今年の日本の音楽シーンはけっこう豊作だったのだな。
 CDがまるで売れない不遇な時代ではあっても、アーティストたちは素晴らしい仕事をしているのだ。 

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2016年に読んだ本BEST10



 年末恒例の、「今年読んだ本」のベスト10を。
 例によって「小説は除く」という縛りをかけ、今年刊行された本から選んだ(一部は昨年末刊行)。

 順不同だが、ベスト1を選ぶとすれば、今年はダントツで『サピエンス全史』。

 毎度のことながら、硬い本からやわらかい本まで、バラバラなラインナップですなァ。
 タイトルをクリックすると、当ブログのレビューに飛びます。


竹宮惠子『少年の名はジルベール』

橘玲『「読まなくてもいい本」の読書案内』
――ベストセラーになった『言ってはいけない』は本書のスピンオフ本だが、こちらのほうが本としてはるかに上出来。

ピーター・ウォードほか『生物はなぜ誕生したのか』

カレー沢薫『もっと負ける技術』
――こんなのをベスト10に入れるのは、私くらいかも。でもじつは、「今年いちばん何度も部分的に再読した本」であった。何度読んでも笑える。
 カレー沢薫初心者は、最新刊『ブスの本懐』のディープな世界にいきなり手を出さず、まずこれから読むとよい。

石川明人『キリスト教と戦争』

リチャード・ワイズマン『よく眠るための科学が教える10の秘密』

坂爪真吾『性風俗のいびつな現場』

ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』

深爪『深爪式――声に出して読めない53の話』

野村直之『人工知能が変える仕事の未来』

■次点
松林薫『新聞の正しい読み方』
デイヴィッド・ヴァイン『米軍基地がやってきたこと』

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廣末登『組長の娘』



 昨夜は、カメラマン・編集者との小規模な忘年会。
 で、今夜は地元の仲間たちと、我が家から徒歩3分の居酒屋で忘年会。
 今年の忘年会はこれで終わりだ。


 廣末登(ひろすえ・のぼる)著『組長の娘――ヤクザの家に生まれて』(新潮文庫/529円)を読了。

 犯罪社会学を専門とする研究者の著者が、「社会病理集団離脱実態の研究」のためのフィールドワークとして行った聞き取り調査を元に、「組長の娘」のライフヒストリーをまとめた本。

 ヒロイン・中川茂代の半生がじつにいきいきと綴られており、その語り口が非常に魅力的だ。学術研究の一環として作られた本ではあるが、単純に聞き書きノンフィクションとして楽しめる。

 聞き書きノンフィクションの傑作といえば、竹中労の『鞍馬天狗のおじさんは――聞書アラカン一代』がまず思い浮かぶ。これは、同書に匹敵する熱量を持った書である。
 ヒロインの語りが、河内弁の乾いたユーモアと小気味よいリズムの中に写し取られており、読み出したら止まらない面白さだ。

 例として、ケンカと薬物に明け暮れた少女時代の思い出を綴った章の一節を引こう。

 

 いきなし茶色の物体でガーンいうて顔殴られてんねん、歯折れたわ。よう見たらレンガやで、レンガ。無茶苦茶やわ。うち、顔面お岩さんで家帰るわな、前で水撒いとるお母ちゃんに当然発見されるねん。第一声、「茂代、あんた勝ったんか、負けたんか」言いよる。普通やったら「茂代ちゃん、あなたどうしたのその顔、お医者さんいきましょうねえ、まあ、可哀そうに」くらい言うのがお母様や。うちのお母ちゃんの場合は、「負けたわ」いうとな、「もう一遍行って来い! このヘタレが」言いよるねん。



 ……こんな感じで、刑務所生活などがいきいきと振り返られており、読み物として上出来。

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小谷野敦『文章読本X』



 小谷野敦著『文章読本X』(中央公論新社/1620円)読了。

 過去の『文章読本』の多くは、“名文家として知られる小説家が「名文の極意」を説く本”であった。それに対して、本書は「はじめに」に、次のように記してある。

 ここでは、名文を書く方法について記そうとしているのではない。むしろ、伝えるべきことを正しく伝えようとすると、悪文になりやすい、ということを言い、そのような悪文を勧めようとしているのである。
(中略)
 (本書を書こうと思った理由の)第三は、世間には依然として「名文信仰」があり、これが有害だと感じるようになったからである。文章にとって何より必要なのは、論理的で、正確であることであり、美しいかどうかはまったく二の次だと、私は考えている。



 実用文を上手に書くための「文章術本」も世にたくさんあるわけだが、本書で俎上に載る文章の大半は作家・評論家のものであり、フィールドとしては過去の『文章読本』と同じだ。
 それでいて、「名文信仰」から自由となった立場で書かれた、新機軸の『文章読本』なのである。

 前にも当ブログに書いたことがあるが、私が駆け出しライターだったころ、年長の編集者から言われた次の言葉が、強く心に残った。

「ライターは、名文を書こうなんて思わなくていいんだよ。名文なんてのは事故みたいなもんだからさ。普通に読める文章を書いてくれればそれでいいんだ」

 ゆえに、“名文であることより、論理的で正確であることのほうが、はるかに重要だ”という本書の主張に、深く同意する。

 内容にも、卓見や微苦笑を誘うホンネの主張が多く、読む価値がある。

 たとえば、“「文章をよくする要諦は削ることだ」というのはそのとおりだが、「商売上の理由で長くしてある小説や学術書というのは結構ある」”――との指摘。

 小説であれば、削ると短編になってしまう。しかし短編ばかり書いていても、作家の生計が成り立たないので、ふくらませて長編にするということが少なくないのである。



 また、よい文章を書くための訓練として、「小説や映画のあらすじを書くこと」を勧めているのは、なるほどと思った。

 著者の持ち味である戦闘的毒舌も、名文家と見做されることの多い大家の文章をくさす箇所に、いかんなく発揮されている。

■関連エントリ→ 村田喜代子『名文を書かない文章講座』

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高野ひと深『私の少年』



 高野ひと深の話題作『私の少年』(アクションコミックス)の既刊1~2巻を、Kindle電子書籍で購入。

 30歳OLと、12歳の美少年の淡いラブストーリーである。
 これが男女逆転した設定だったら、「たんなるロリコン、変態。キモい死ね」の一言でしりぞけられるところだ(でも、作者が最初に考えていた設定はまさに男女逆で、「少女とカメラマンのおっさんの物語」だったのだそうだ)。



 2人が出会い、少しずつ距離が縮まっていくプロセスが自然だし、ヒロインのOL・聡子の心理描写が繊細で素晴らしい。

 最初はサッカーを教えるために、聡子と少年・真修(ましゅう)の交流は始まる。
 やがて、真修の家が問題のある父子家庭だとわかり、聡子はやむにやまれぬ庇護の形でかかわっていく。そこにあるのは母性愛的な感情なのだが、それがグラデーションのように、少しずつ恋愛感情に置き換わっていく。

 コミックス2巻の最後では、「俺ずっと(サッカーの)練習続けてたの あいたかったからです 聡子さんに」と涙ながらに言われ、聡子は思わず真修を抱きしめてしまう。これはストーリーの転回点になりそうな、なかなかの名場面。うーん、このあと2人はどうなってしまうのか?

 一見美少女のように見える中性的な美少年・真修の表情の描写に、ものすごく力が込められている。いわゆる「ショタコン」の真骨頂を見る思いがする。

 連載誌は『月刊アクション』だから男性読者のほうが多いはずなのだが、これは「男にさえ『ショタコン』の心を理解させる」稀有な作品だ。

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伊藤秀成『ひきこもり・ニートが幸せになるたった一つの方法』



 昨日は、都内某所で取材。たぶん年内の取材はこれが最後。


 行き帰りの電車で、伊藤秀成著『ひきこもり・ニートが幸せになるたった一つの方法』(雷鳥社/1296円)を読了。
 ひきこもり・ニートに株式投資を勧めるという突飛な主張から、「2ちゃんねる」でスレッドが立つなど大きな話題となった本である。

 著者は臨床心理士で、2012年から16年にかけて、公的機関の「ひきこもり相談員」を務めた経験をもつ。
 その経験をふまえ、一切のキレイゴトを排してホンネの提言をしたのが本書。現役の相談員なら立場上けっして書けないことを、リタイアした立場ゆえにビシビシ書いているのだ。

 著者が相談員をしていた間、ひきこもりから抜け出して正社員として就労を果たしたケースには、たった一つしか遭遇しなかったという。
 そのことをふまえ、「ひきこもり・ニートとなった人の中で就労・自立する人は100人に1人もいない」と、著者は断言する。だから、就労・自立をゴールとする現在の支援のありようそのものが、じつは「無理ゲー」なのだ、と……。

 第一部でそのように厳しい現実を示したあと、後半の第二部で展開されるのが、「ひきこもり・ニートは株をやりなさい」との提言。ネット投資なら誰にも会わずに一人でできるなど、ひきこもり・ニートに適している点が多いというのだ。

 ただ、本書はいささか羊頭狗肉で、ひきこもりが株式投資で「自立」する道が説かれているわけではない。安定した銘柄の株を、売らずに「財産として長く持つ」ことを勧めているだけ。つまり、“運用益で生活費を稼ぎ出せ”という主張ではないのだ。

 株を持っていることで、株主優待・配当金・貸株金利等の利益を受け続けることができる。それだけで暮らしていけるわけではないが、少額でも自力で収入を得ることが自信につながるし、本人も親も「いま何をやっているの?」という問いに対する答えを持つことができる(=「無職です」ではなく、「個人投資家です」と言えるようになる)……と、著者は言う。

 「えっ、それだけ?」と拍子抜けした。『ひきこもり・ニートが幸せになるたった一つの方法』を求め、藁をもつかむ思いで手にした読者に、思いっきり肩透かしをくらわす本だ。 

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『スーサイド・スクワッド』



 昨日は所用で、目黒区の知人に会いに――。


 『スーサイド・スクワッド』を映像配信で観た。

 アメコミ経由の映画として、よく似た位置づけ(ヒーローが「正義の味方」じゃない点とか)の『デッドプール』は大いに楽しめた私だが、本作はまったく面白くなかった。

 刺激的でお金のかかった映像がてんこ盛りなのだが、それがまるで「他人がやっているゲームの画面を見ている」ようだった。まったく感情移入できなかったのである。

 ワクワク感があったのは、序盤のキャラ紹介だけ。
 終盤のラスボス的魔女とスーサイド・スクワッド(決死部隊)の対決あたりではもう完全にシラケきり、「早く終わらねーかな」と思いつつ観ていた。

 続編をほのめかす終わり方だが、私は続編はもういいや。

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マーク・カーランスキー『紙の世界史』



 マーク・カーランスキー著、川副智子訳『紙の世界史――歴史に突き動かされた技術』(徳間書店/2592円)読了。書評用読書。

 読む前に想像していたよりもずっと面白い本だった。というのも、たんなる紙の技術史であるのみならず、さまざまな分野への広がりがあるから。

 これは、紙というフィルターを通した芸術史(美術史・文学史など)でもあり、出版史・メディア史・印刷史でもあり、さらには宗教史・政治史でもある。
 芸術や宗教などの歴史に、紙と印刷技術の誕生・発達・普及がいかなる役割を果たしてきたか――それが詳述される点が、興趣尽きないのだ。

 目からウロコのトピック満載。たとえば――。
 
 木材パルプが登場するまで、紙の原料は古布であり、米国の南北戦争時代には死んだ兵士の衣服を剥ぎ取るハイエナのような製紙業者が横行した(!)という。
 
 いまでこそ素晴らしい日本文化の一つとして認められている和紙は、ある時代までのヨーロッパでは粗悪な紙と見做され、軽んじられていた。
 ヨーロッパで和紙の優れた価値をいち早く見抜いたのは、画家のレンブラントであった。彼は、エッチング版画に日本から輸入された和紙を用いたという。

 活版印刷技術を発明して世界の歴史を変えたグーテンベルクは、その技術を富に変えることができず、貧窮のうちに没したという。

 膨大な文献を渉猟し、世界各国を取材して書き上げられた、重厚な歴史ノンフィクション。
 第18章「アジアへの回帰」では、著者が日本で取材した和紙業界の現状が、かなりの紙数を割いて詳述される。日本人にはここだけでも一読の価値あり。

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深町秋生『猫に知られるなかれ』



 深町秋生著『猫に知られるなかれ』(ハルキ文庫/648円)読了。

 文庫化を機に初読。終戦直後の占領下日本を舞台にしたスパイ・アクション小説である。
 当時の日本社会についてもよく調べてあるし、まあまあ面白かったが、「深町秋生の小説」としては物足りない。

 「陸軍中野学校」出身の元スパイと、戦時中に香港憲兵隊で「凄腕のスパイハンター」として知られた男が手を組み、戦後の混乱のなか、日本の再独立と復興のための謀略活動に奮闘する――という骨子はなかなか魅力的だ。
 これが無名の新人のデビュー作だったなら、100点満点をつけたことだろう。

 ただ、過去の深町作品のようなエグさ、よい意味での俗悪さが乏しく、「ちょっと薄味すぎるなァ」と感じた。ファンの多くがそう感じたのではないか。
 エロ要素は皆無で、グロ要素も過去の諸作より希薄。深町作品としては例外的な「真面目な小説」になってしまっているのだ。

 また、終戦直後の社会状況などについての説明部分――つまり、資料を読んでお勉強した部分――になると文の流れが停滞し、深町の美点である抜群のリーダビリティ、スピード感が損なわれている。

 文庫の解説を書いている杉江松恋(書評家)は「著者の最高傑作」と絶賛しているが、「そうかなァ?」と首をかしげた。
 これはむしろ、「よくできたスパイ・アクション小説ではあるが、深町秋生の美点があまり発揮されていない作品」ではないか。

■関連エントリ
深町秋生『果てしなき渇き』
深町秋生『ダブル』
深町秋生『ダウン・バイ・ロー』
深町秋生『アウトバーン』
深町秋生『アウトクラッシュ』
深町秋生『アウトサイダー』
 
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西原理恵子『洗えば使える 泥名言』



 西原理恵子著『洗えば使える 泥名言』(文藝春秋/1080円)読了。

 4年前の『生きる悪知恵』などと同系列の本である。つまり、サイバラの波瀾万丈の半生をふまえ、読者にある種の人生訓を説くトークエッセイなのだ。
 構成(=話を聞いて文章にまとめる)は、サイバラと縁深い新保信長が担当している。

■関連エントリ→ 西原理恵子『生きる悪知恵』

 タイトルどおり、名言集の体裁を取っている。サイバラが過去に誰かから言われた言葉などを一つひとつ俎上に載せ、その言葉をなぜ自分が心に刻んでいるかを語る、というスタイルなのだ。

 「人生訓の名言集」といっても、サイバラのことだから、名経営者とかが書く類書のようになるはずもない。下ネタ満載、四文字言葉もバリバリに駆使しながら、ゲスい人生訓、ゲスい名言を語っている。
 私のツボにハマった名言を挙げると……。


歴代の女が泣いてわめいて角取ってくれた中古の男がちょうどええ。



 歴代パートナーとくり返し衝突し、バツがついたりしている人のほうが、その反省をふまえて丸くなってるから、つきあいやすい。ゆえに、頑張って「角取ってくれた」前カノたちに感謝すべき、というのだ。なるほどなるほど。

 あと、これは「名言」ではないが、次の一節に爆笑した。

 テレビの仕事とかでよくあったのが、さくらももこが断った仕事が私に来るのね。で、私が断るとくらたま(倉田真由美)に行くという。だから、マンガ読んでる人たちにとっては全然違うジャンルでも、テレビの人とかは誰でもいいんだな、というのは思いましたね。
 「誰でもいいんだったら、どうして私がさくらももこになれねぇんだ」って思うんですけど、「見てる人は見てるんですよ」って言われて「そうですね」みたいな。やっぱり邪悪なものがにじみ出てるんですかねぇ……。



 わりと面白い本だったけど、名著だった『生きる悪知恵』に比べると、内容が薄い。1時間かからずに読めてしまうくらいだ。右ページには「名言」がデッカイ字で書かれているだけの場合が多いし。
 これは、文庫オリジナルにして500円くらいで出すべき本だったと思う。

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薬師丸ひろ子『Cinema Songs』



 薬師丸ひろ子のニューアルバム『Cinema Songs』(ビクターエンタテインメント/3240円)を聴いた。

 ちょうど3年前に出た前作『時の扉』の延長線上にあるアルバムだ。『時の扉』でアレンジを担当した吉俣良が、今回も大半の曲をアレンジしている。

 『Cinema Songs』というタイトルどおり、内外の映画主題歌・挿入歌、またはテーマ曲に歌詞をつけた曲を集めたカヴァー・アルバムである。

 洋画の主題歌・挿入曲は、訳詞で歌っているものと、元の英語詞で歌っているものが半々の割合(4曲ずつ)。比べてみれば、訳詞で歌ったもののほうがはるかに出来がよい。
 英語の発音がよくない。そもそも、一つひとつの言葉をはっきり区切って発声する薬師丸ひろ子の歌い方には、英詞の歌は決定的に「合わない」のだと思う。8曲すべて訳詞で歌えばよかったのに……。
 
 日本人シンガーによる洋楽カヴァー集でも、今年出た小坂忠の傑作『Chu Kosaka Covers』や、シングライクトーキングの佐藤竹善の『CORNERSTONES』シリーズのように、日本人が歌っていることを意識させないほど、発音も歌も見事なものもある。
 薬師丸ひろ子は、彼らと同じ土俵で勝負すべきではなかったのだ。

 ……と、ケチをつけてしまったが、吉俣良の上品なアレンジは今回も絶品だし、日本語で歌っている曲はどれも素晴らしい(バーブラ・ストライサンドの「追憶」の日本語詞カヴァーが、とくによい)。心洗われる。

 アルバム全体のクライマックスは、自らの映画デビュー作『野生の証明』(1978年)の主題歌「戦士の休息」をカヴァーしているところ。

 「いかにも角川映画らしい角川映画」であった『野生の証明』は、いま観るとストーリーが荒唐無稽すぎて失笑もので、B級映画、もしくは「底抜け超大作」という以外にない。
 だがそれでも、そこに刻みつけられた13歳の薬師丸ひろ子の輝きは“天使級”であり、我々長年のファンには忘れがたい作品・主題歌なのだ。

 原曲のヴォーカルは町田義人。「男は誰もみな 無口な兵士」という(明らかに主演の高倉健を意識した)「男の歌」を、薬師丸の澄んだハイトーンの声で歌い上げるところは、なかなか感動的である。

 これは私の持論なのだが、元々が男性ヴォーカルである曲を女性シンガーがカヴァーすると、名カヴァーになる率が高い。
 スザンナ・ホフスによるロッド・スチュワートの「マギー・メイ」のカヴァー、鈴木祥子による岡村靖幸の「イケナイコトカイ」のカヴァーなど、その例は枚挙にいとまがない。
 薬師丸の角川時代の盟友・原田知世が、今年、やはりカヴァー・アルバム『恋愛小説2~若葉のころ』を発表したが、70年代J-ポップ名曲集である同作でも、原田真二の「キャンディ」のカヴァーがいちばんよかった。

 本作のラストに収められているのは、「セーラー服と機関銃」のセルフカヴァー。
 ボーナストラック扱いになっているとおり、オマケ的なもので、全体の流れから浮いている。この曲だけアレンジャーが別で、原曲よりややロック色を強めた感じ。

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日食なつこ『逆光で見えない』



 最近気に入ってます、日食(にっしょく)なつこ。
 Amazonのプライムミュージックにアップされていたので何の気なしに聴いてみたのだが、一聴してぐっと引き込まれた。

 私は不覚にも知らなかったのだが、このファーストフルアルバム『逆光で見えない』は、ちょうど一年前に出たものだ。



 生ピアノ弾き語りというスタイル(ただし、多くの曲はバンド形式)でありながら、フォークでもポップスでもなく、まぎれもないロック。本人の不敵な面構えからしてロック。ピアノから美しい火花が散るジャケが、彼女の音楽性をよく表現している。

 歌詞が素晴らしい。言葉のセンスが、いまの若手アーティストの中で抜きん出ている(日食なつこというアーティスト名自体に、すでに才気が見える)。

■参考→ 日食なつこの歌詞一覧リスト

 世の中には「人生応援ソング」というものがあって、それらの歌を聴いて「元気をもらった」り「勇気をもらった」りしている人がたくさんいる。
 だが、私はひねくれているせいか、一般に「人生応援ソング」にカテゴライズされる曲を聴いても、まったく元気や勇気をもらえない。どちらかというとサブイボが立つ。

 日食なつこの歌は、そんな私にとってさえ「人生応援ソング」として聴こえる。一般の「人生応援ソング」にある「クサさ」がなく、それでいて「生きづらさを感じている若者に力を与える歌になる」と感じさせるのだ。
 たとえば、次のようなフレーズ。

火花散らして飛んでゆけ非売品少女
ご無礼散漫で上等、せいぜい高くまで飛べよ
火花散らして飛んでゆけ非売品少女
花束なんていらない ひた走るには邪魔くさいよ(「非売品少女」)



 一般の「人生応援ソング」に私が感じるサブイボ感は、「ポジティヴなことが善」的な押し付けがましさと、「無意識の上から目線」ゆえなのだと思う(「それが大事」とか「愛は勝つ」とか)。

 いっぽう、日食なつこの創る歌詞には、そうした押し付けがましさと「上から目線」がない。
 たとえば「跳躍」の歌詞は、たぶん「引きこもり」に向けて書かれたものなのだと思うが、生きづらさを抱えた若者にも違和感なく聴ける「人生応援ソング」だと思う。

 「黒い天球儀」も、語の本来の意味で「人生応援ソング」になり得る素晴らしい曲。ピアノとドラムスのみのシンプルな編成なのに、ダイナミックにドライヴする演奏もよい。
 「いつか吐き出す最後の一呼吸が ためいきで終わってしまわないように」って、すごいフレーズだな。



 日食なつこ、2017年の大ブレイク候補だと思う。
 
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カウンツ・ジャズ・ロック・バンド『Count’s Jazz Rock Band』



 カウンツ・ジャズ・ロック・バンドの『Count’s Jazz Rock Band』を聴いた。

 聞き慣れないバンド名だと思うが、これは1998年に49歳の若さで世を去った名ギタリスト・大村憲司が、キャリアの最初期に当たる1969年から1971年にかけてやっていたジャズ・ロック・トリオ。
 「バンブー」や「カミーノ」を組むよりもさらに前、大村がスティーヴ・マーカスの『Count's Rock Band』(69年発表の、ジャズ・ロックの源流の一つとされる名盤)に影響されて始めたトリオなのだ。

 ほかのメンバーは、山村隆男(ベース)とマーティン・ウィルウェバー(ドラムス)。
 山村が個人で所蔵していたライヴ/スタジオ音源を、リマスタリングしてまとめたアルバムだという。

 発掘までの経緯からして仕方ないのだが、音はモコモコしていてよくない。
 しかし、演奏はすごい。全編インストのジャズ・ロックで、たしかに『Count's Rock Band』からの影響が強く感じられるが、曲によってはもっとヘビーでブルージー。60年代末から70年代初頭の日本に、これほどの演奏をするジャズ・ロック・トリオがいたのかと驚かされる。
 
 とくに、大村は当時20歳そこそこであったにもかかわらず、ここでの演奏は「ギタリストとしてすでに完成されている」という趣。
 アルバム中、最もジャズ寄りの曲「The Waltz 2」ではウェス・モンゴメリーばりのギターを聴かせ、最もブルース寄りの「Count's Rock Blues」ではマイク・ブルームフィールドばりにギターを歌わせる。この時点でもう自在に弾きこなせたのだ。

 「赤い鳥」時代からの盟友・村上“ポンタ”秀一が、『自暴自伝』の中で大村のことを「エリック・クラプトンよりすごいギタリストだった」と絶賛していた(本が手元にないのでうろ覚えだが、主旨はこの通り)。この若き日の発掘音源を聴くと「なるほど」と思う。

■関連エントリ→ 村上“ポンタ”秀一『自暴自伝』

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ハミングバード『密会』『ダイヤモンドの夜』ほか



 1974~77年にかけて活動した短命なバンド、「ハミングバード」が遺した3枚のアルバム――『ハミングバード』『密会』『ダイヤモンドの夜』――を、まとめて聴いた。
 YouTubeとかで断片的に聴いたことはあるが、アルバム全編を聴いたのは初めて。

 ハミングバードは一言で言えば、第2期ジェフ・ベック・グループの残党が作ったバンドだ。
 第2期ジェフ・ベック・グループ、とくに『ラフ・アンド・レディ』(1971)や『ジェフ・ベック・グループ』(1972)は、ベックの数あるアルバム中、ブラック・ミュージックの影響が最も顕著に現れたものであった。
 基本はハードロックでありながら、ファンキーでソウルフル。演奏にはフュージョン的要素も強く、洗練された大人のロックを展開した時期だったのだ。

 とくに、「オレンジ・アルバム」の別名で知られる『ジェフ・ベック・グループ』(↓)はまことに素晴らしく、個人的には「ベック・ボガート&アピス」のアルバムなどよりもずっと好きである。



 その第2期ジェフ・ベック・グループのサウンドをそっくり受け継いだのが、このハミングバードなのだ。

 ジェフ・ベックこそいないものの、マックス・ミドルトンやボブ・テンチなど、ジェフ・ベック・グループのキーパーソンが参加。
 また、『ダイヤモンドの夜』では、ベックの名盤『ワイアード』のオープニング曲「レッド・ブーツ」のヴォーカル入りカヴァー(※)を、オープニングに据えている。本人たちも、ベックとのつながりを十二分に意識していたわけだ。

※「じつはハミングバード版のほうが先に作られていて、ベック版こそカヴァーではないか」とする説もある。リリース時期は『ワイアード』のほうが1年早いが、そもそも「レッド・ブーツ」の作曲者はハミングバードのキーボーディスト、マックス・ミドルトンなのである。くわしくは、この点について検証した、よそのブログ記事を。

 ハミングバードの3枚のアルバムは、いずれ劣らぬカッコよさ。ブリティッシュ・ロック、ファンク、ソウル、フュージョンのいいとこ取りをした、いぶし銀な大人のロックを聴かせてくれる。

 ただ、アルバムごとに微妙に音の傾向が変わっていて、ラストアルバムになった『ダイヤモンドの夜』では、ロック色はかなり薄れている。ホーン・セクションの比重が高まり、アース・ウインド&ファイアーの「ユー・キャント・ハイド・ラヴ」をカヴァーしていたりして、サウンド面でもかなりEW&Fに接近しているのだ。
 それはそれでカッコいいのだが、私はいちばんロック色が強いファースト『ハミングバード』がいちばん好きだな(むろん、好みの問題でしかないが)。

 ボブ・テンチの渋いヴォーカルを入れた曲とインスト・ナンバーがあるのだが、そのどちらもよい。
 以下、私のオススメ曲をいくつか貼っておく。


↑「Horrors」(邦題は「戦慄」)。同時期に発表されたジェフ・ベックの『ブロウ・バイ・ブロウ』と相通ずる、テンションみなぎるジャズ・ロック。


↑「Scorpio」。ツインリード・ギターがメチャメチャカッコいい。


↑「Got My "Led Boots" On」。ジェフ・ベックの「レッド・ブーツ」に歌詞をつけたヴォーカル入りカヴァー。


↑「Music Flowing」。ボブ・テンチのソウルフルなシャウトにもかかわらず、まったく汗臭くない。洗練された大人のロック。

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野村直之『人工知能が変える仕事の未来』



 今日は都内某所で、AI研究者にしてベンチャー企業家の野村直之さんを取材。
 野村さんは、1990年代にMITの客員研究員を務め、「人工知能の父」マービン・ミンスキーやノーム・チョムスキーらの薫陶も受けた本格派である。

 先月出たばかりの野村さんの著書『人工知能が変える仕事の未来』(日本経済新聞出版社/2376円)を読んで臨む。
 約500ページの大著であり、中身も非常に濃密な本だ。

 巷では、「AIの進歩が雇用を破壊する」、「いまある仕事の半分はAIに奪われる」、「2045年前後に起きるシンギュラリティ後、人類はAIによって支配される」などという「AI脅威論」がかまびすしい。

 それに対して本書は、AIがもたらすポジティヴな面ばかりがもっぱら紹介されている。読んでいて未来に希望が湧いてくる本である。

 さりとて、無根拠な楽観論ではない。主張の一つひとつが、AI開発と研究の現場を熟知した人ならではの見聞に裏打ちされている。
 シンギュラリティ論への反論(野村さんは、“シンギュラリティなど、今世紀中には起きない”と見る立場)は非常に説得的だし、「AIが雇用を破壊する」という脅威論への論駁も鮮やかだ。

 また、ディープラーニングの本質についての解説などもわかりやすく、最新のAI入門として優れている。
 ヘタな新書10冊分くらいの内容がギュッと詰まっているので、価格以上の価値がある本といえる。

 野村さんはキャラが立っていて話も面白いので、もっとテレビとかに出演されたら人気が出る方だと思う。

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『エクス・マキナ』



 『エクス・マキナ』をDVDで観た。
 映画館で観たいと思っていたのだが、上映館数も少なく、公開もすぐに終わってしまって観損ねた作品。



 期待通りの面白さだった。

 マッド・サイエンティストがひそかに創り上げた人間そっくりのロボットが、やがて人間のコントロールを振り払って暴走し……という骨子は、それこそ『メトロポリス』(1927年)まで遡れるほど使い古されたものだ。

 しかし、その手垢にまみれたアイデアを、本作は2010年代後半ならではのリアリティで巧みにアップデートしている。古い革袋に入れた新鮮な葡萄酒のように。

 『エクス・マキナ』でマッド・サイエンティストの役割を果たすのは、世界的検索エンジン企業「ブルーブック」を一代で築き上げた、天才プログラマー兼CEO。

 「ブルーブック」がグーグルを意識させずにおかないため、アメリカ映画のような気がしてしまうが、イギリス映画だ。
 そして、観終わってみれば、「ああ、このヒネリ具合はやっぱりイギリス映画ならではだなァ」と思わせる。

 「チューリング・テスト」や「シンギュラリティ」といった、AIを語るには欠かせないネタを盛り込んだ、すこぶる知的な大人のエンタテインメント。かなりエロティックでもあるから、お子ちゃまには理解不能だろう。

 「AIが長足の進歩を遂げていった果てに、意識や感情はそこに生まれるのか?」という問いに、この映画は一つの答えを提示する。
 AIについて何冊か本を読むなど、ある程度の知識があってこそ楽しめる作品。SFサスペンスとしても上出来で、映像もスタイリッシュだ。

 美しき女性型ロボット「エヴァ」を演じるアリシア・ヴィキャンデルが、強烈な印象を残す。
 SF映画におけるロボットのイメージが、この映画によって革新された。比較的低予算でありながら、アカデミー賞視覚効果賞を得たのもうなずける。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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