『ちはやふる -上の句-』



 『ちはやふる -上の句-』を動画配信で観た。



 言わずと知れた人気マンガの映画化で、前後編形式の前編にあたるもの。
 末次由紀の原作は、最初の3巻くらいまで読んだことがある。まあまあ面白かったが、「これは私のようなオッサンが読むものではないな」と思って読むのをやめてしまった。

 この映画版も、甘酸っぱい王道青春映画であり、やはりオッサンが観るようなものではないかもしれないが、けっこう楽しめた。

 ヒロイン役の広瀬すずは全体にオーバーアクトぎみで、観ていて苦笑してしまう部分もある。
 が、随所にハッとするほど美しく撮られたショットがあり、そこだけでも観る価値がある。たとえば終盤、対戦相手の男子高校生をキッと上目遣いで見据えるシーンの眼の輝きとか……。つまり、アイドル映画としてなかなか上質なのだ。

  後編『-下の句-』も観てみよう。

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鈴木良雄『人生が変わる55のジャズ名盤入門』



 鈴木良雄著『人生が変わる55のジャズ名盤入門』(竹書房新書)読了。
 KindleUnlimitedに入っていたので読んでみたもの。

 この手のジャズ名盤ガイドは山ほど出ていて、名盤のラインナップも内容も似たり寄ったりなわけだが、本書はジャズベーシストの巨匠・鈴木良雄が著者である点がミソ。
 過去の類書はジャズ評論家やジャズ喫茶の名物マスターが著者のものが多く、プレイヤー視点から作られたものは意外にありそうでなかったからだ。

 70年代末から80年代には渡辺貞夫や日野皓正のフュージョン系アルバムがバカ売れしていたわけで、あのころにナベサダやヒノテルが著者の「ジャズ名盤ガイド」が作られていたら、絶対売れていたはずだ。なかったのが不思議。

 本書は鈴木良雄と彼のジャズ仲間(ミュージシャンやジャズ喫茶のオーナー、評論家、プロデューサーなど。タモリも参加)50人が選んだ名盤のデータを集計し、約1000枚の中から上位55枚をセレクトしたガイド。その一枚一枚について、ライターが鈴木に話を聞いて構成(=文章にまとめること)している。

 55枚のセレクトはド定番中心なので、意外性は皆無。ただ、鈴木の話自体が「へーえ、ジャズ・プレイヤーはそんなふうに感じるんだ」という発見に満ちていて、面白く読める。
 鈴木自身が交流のあったアーティストについては随所で思い出話も語っていて、ジャズ・ジャイアンツのエピソード集としても楽しめる。

 一つだけ難を言えば、構成したライターが「(笑)」を多用しすぎていて、読んでいてちょっとウルサイ。
 談話を構成する場合、取材で笑いが起きた箇所に全部「(笑)」を入れると、すごく不自然になる。その場でしかわからない面白さというものがあって、読者には何がおかしいのかわからない場合が多いからだ。

 ちなみに、対談・座談会などの記事に「(笑)」を使う手法は、菊池寛が『文藝春秋』誌上で始めたとか。

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名カヴァー・ベスト20



 小坂忠のニューアルバム『Chu Kosaka Covers』(日本クラウン/3240円)は、じつに素晴らしい洋楽カヴァー集だ。

 同作に感動したので、「名カヴァー・ベスト20」を選んでみた。
 以下、カッコ内左側がオリジナル・アーティストで、矢印の先がカヴァー・アーティストである。

「キープ・ミー・ハンギング・オン」(シュープリームス→ヴァニラ・ファッジ→ロッド・スチュワート)
――シュープリームスのドリーミーなポップスをヘヴィーなロックに生まれ変わらせたのはヴァニラ・ファッジの功績だが、ロッド・スチュワートのヴァージョンはさらにドラマティックなハードロックになっていて、「これが完成形だ」と感じさせる。ロッドのロックシンガーとしての底力を見る思いがする。
 ちなみに、小坂忠も『Chu Kosaka Covers』でこの曲をカヴァーしている。これまた絶品である。


「ヘルター・スケルター」(ビートルズ→U2)
――チャールズ・マンソンが、この曲を聴いて“啓示”を受けたことから女優シャロン・テートを惨殺した、呪われた名曲。それをU2が『魂の叫び(ラトル・アンド・ハム)』でカヴァー。冒頭でボノが「これはチャールズ・マンソンがビートルズから盗んだ歌だ。いま、俺たちが盗み返す!」と言い、始まる轟音リフ。あまたあるビートルズ・カヴァーの中でも屈指の名カヴァーであろう。


「サティスファクション」(ローリング・ストーンズ→DEVO)
――原曲をなぞるのではなく、グシャグシャに換骨奪胎するカヴァーの手本。ビデオクリップも名作。


「ユー・リアリー・ガット・ミー」(キンクス→ヴァン・ヘイレン)
――エディ・ヴァン・ヘイレンの度肝を抜くギターによって、まったく新しい曲に生まれ変わった名カヴァー。


「グロリア」(ゼム→パティ・スミス)
――パティ・スミスのファーストアルバム『ホーセス』の冒頭を飾った傑作カヴァー。歌詞まで一部変えており、原曲は素材として扱われている。


「エイント・ザット・ペキュリアー」(マーヴィン・ゲイ→ジャパン)
――元がモータウン・ナンバーだとは思えない換骨奪胎ぶり。ドラムスとベースが織りなすリズムの迷宮の中を、デヴィッド・シルヴィアンの耽美的ヴォーカルがたゆたう。


「ロンドンは燃えている(London's Burning)」(クラッシュ→アナーキー)
――アナーキー版は「東京イズバーニング」。「あったまくるぜーまったくよー」などというDQN全開な言語感覚がサイコー。ごく素朴な天皇制批判を込めた歌詞によって右翼からの抗議を受け、この曲を収録したファーストアルバムは回収措置に。のちのCD版では曲自体がカットされている。


「フロッタージュ氏の怪物狩り」(石川セリ→矢野顕子)
――矢野顕子には名カヴァーがあまりに多いのだが、あえて一曲選ぶならこれ。原曲とはまったく別物になっていながら、原曲の「核」の部分は損なっていないという、矢野顕子流カヴァーの到達点。

「マネー」(バレット・ストロング→ビートルズ→フライング・リザーズ)
――フライング・リザーズ版は、演奏という概念を突き崩すほどアヴァンギャルドでありながら、なおかつポップでカッコいい。原曲の素晴らしさゆえであろう。


「ウォーク・オン・バイ」(ディオンヌ・ワーウィック→ストラングラーズ)
――原曲は、バート・バカラック/ハル・デヴィッドの黄金コンビによる、洗練された大人のポップス。それをストラングラーズがカヴァーすることによって、ドアーズの「ハートに火をつけて」を彷彿とさせる、サイケ風味のロックナンバーに昇華。


ここまでがベスト10。以下がモア10。

「私は風」(カルメン・マキ&OZ→中森明菜)
「アイ・ショット・ザ・シェリフ」(ボブ・マーリー→エリック・クラプトン)
「ダーティー・ディーズ」(AC/DC→ジョーン・ジェット)
「ロッタ・ラブ(溢れる愛)」(ニール・ヤング→ニコレッタ・ラーソン)
「イッツ・ソー・イージー」(バディ・ホリー→リンダ・ロンシュタット)
「星空に愛を(コーリング・オキュパンツ)」(クラトゥ→カーペンターズ)
「ブルドッグ」(フォーリーブス→近田春夫&ハルヲフォン)
「ファンキー・モンキー・ベイビー」(キャロル→AKIKO)
「ラブ・ミー・テンダー」(エルヴィス・プレスリー→RCサクセション)
「傷だらけの心/Shouldn't have to be like that」(フラ・リッポ・リッピ→ザバダック「水のソルティレージュ」)

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中上健次『路上のジャズ』


 
 中上健次著『路上のジャズ』(中公文庫/972円)読了。

 故・中上健次の遺した作品から、ジャズがらみのものを集めて一冊に編んだ文庫オリジナル。
 よく知られた「破壊せよ、とアイラーは言った」などのジャズ・エッセイを中心に、ジャズを題材にした小説や詩、ジャズ評論家・小野好恵による中上へのロングインタビューまでを収めている。

 初期の小説(「灰色のコカコーラ」など)や詩は青臭くて鼻白んでしまったが、ジャズ・エッセイは素晴らしい。

 それらのエッセイはみな、中上が18歳で上京してから、新宿のジャズ喫茶に入り浸ってフーテンをしていた約5年間の放蕩の日々が背景になっている。
 つまり、中上にとってジャズは自らの青春と分かち難く結びついた音楽なのであり、青春を語るようにジャズについて綴っているのだ。

 その中には、コルトレーンを論じた「コードとの闘い」に見られるように、ジャズ論として傾聴に値する卓見もある。
 が、全体としては評論色は希薄で、ジャズを詩的な言葉で表現した、他に類を見ない音楽エッセイになっている。たとえば――。

 ジャズはモダンジャズ喫茶で聴くものである、と言えば、いいだろうか? 路上で聴くものだと言おうか? 町中のジャズ。ジャズは野生の物であって、自分の小市民的生活の背景音楽になど似合っていない、と私は、ステレオを買って初めて分かった。
 ジャズは、単に黒人だけのものではなく、飢えた者の音楽であると言おう。(中略)例えば、アルバート・アイラーを聴く。スウィングを無視したそのサックスの音のうねりから、貧しくて腹一杯飯を食うことも出来ずにいる少年が見えると言うと、うがちすぎだろうか?
(中略)
 路上のジャズ、野生のジャズを聴くには、町が要るし、その飢えた心が要る。語るにしてもそうである(「路上のジャズ」)



 興味深いのは、中上の小説作品はジャズからの強い影響を受けている、と自己分析している点。

 私の初期の長い文章や、メタファの多用、「岬」の頃の短い文章、読点の位置、それに、「枯木灘」のフレーズの反復は、ジャズならごく自然のことなのである。今、現在、私が言っている敵としての物語、物語の定型の破壊も、これがジャズの上でならジョン・コルトレーンやアルバート・アイラーのやったフリージャズの運動の延長上として、人は実に素直に理解できると思うのである。ジャズは私の小説や文学論の解析の大きな鍵だ(「新鮮な抒情」)



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古川智映子『きっと幸せの朝がくる』



 先週の金曜に、作家の古川智映子さんを取材。
 朝ドラ『あさが来た』の原作(原案)『小説 土佐堀川――広岡浅子の生涯』の作者である古川さんの初エッセイ集『きっと幸せの朝がくる――幸福とは負けないこと』(講談社/1188円)の著者インタビューだ。

 『土佐堀川』執筆の舞台裏や、『あさが来た』放映の波紋についても書かれているが、全体としては自らの来し方を振り返った自伝的エッセイ集である。

 帯に、「私は人生の敗北者になり、福の積み方を知りました」との言葉がある。
 「敗北」とは、30代初頭のころ、大学助教授だった夫が女子学生と不倫関係になり、家を出ていったことを指す。何不自由なく育ち、人もうらやむ暮らしをしてきた古川さんは、そのとき初めて人生のどん底を味わった。

 そこから、教師として働いて暮らしを立て、夫が出ていった家のローンを一人で払う。そのかたわら、「自分の生きる指針」を追い求めて、「一人立つ」生き方をつらぬいた近世・近代日本の女性たちについて調べ始める。

 なんとかして立ち直りたいと思った私は、過去の女性たちから何かを学びたいと考え、女性史関係の本を探しました。



 そのときに出合ったうちの一人が、広岡浅子であった。この運命的な出合いから、古川さんは小説家として立つ決心をする。

 本書は、自伝的エッセイの形を借りた幸福論でもある。
 恵まれた暮らしが幸福なのではなく、どんな逆境に出合ってもそれに負けない強さを持つことこそが幸福なのだと、古川さんは言葉を変えて何度もリフレインしている。ゆえに、副題が「幸福とは負けないこと」なのだ。

 物書きのハシクレとして、随所に示された「作家としての覚悟」にも胸を打たれた。たとえば――。

 本を出してくれる出版社がないときには、生活をきり詰めて貯金をし、自費で出版しました。小説は私にとって損得を超えたものでした。たとえ一生名前が出なくても、売れないもの書きで終わっても、こうした自分の生き方に後悔はしないと決めて続けました。



 本の売れ行き、賞の当落、読者や評論家からの評価……そんなものに一喜一憂して揺れ動いてばかりいるのが小説家というものだろうが、古川さんの心は一点に定まって微塵も揺るがなかった。長い長い雌伏の時代にあっても、いつか花咲く日を確信して、けっしてあきらめなかった。そこがすごい。

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西村賢太『蠕動で渉れ、汚泥の川を』



 西村賢太著『蠕動で渉れ、汚泥の川を』(集英社/1728円)読了。
 2年前の初長編『疒(やまいだれ)の歌』につづく第2長編だ。

■関連エントリ→ 西村賢太『疒の歌』

 『疒の歌』では北町貫多(≒西村賢太)が19歳であったのに対し、本作は17歳の貫多を描いている。港湾人足をやめ、初めて飲食店で働いた日々が素材である。

 ここ何冊かの短編集が低調であったのとは対照的に、本作には一気読みさせる面白さがある。
 ただ、『疒の歌』が賢太の作品では異例に青春小説然としていたのに対し、本作はユーモア小説という趣だ。『疒の歌』にあった哀切さは希薄で、むしろ笑いの要素のほうが強いのだ。貫多の言動やモノローグが、随所で笑いを誘う。

 勤め人としての資質が決定的に欠落している貫多が、当初はうまくやっていたものの、しだいに人間関係に亀裂が入り、最後は勤め先と決裂する……という骨子は、『疒の歌』とまったく同一である。
 10代の貫多は、そのような失敗を何度もくり返していたわけだ。

 本作は、決裂に至る展開に緻密な計算と工夫がある。事実がかなり潤色されているのだろうが、ミステリのどんでん返しのように読者の意表をつく展開なのだ。また、勤め先の飲食店主とその妻など、登場人物の造形も丁寧である。

 その点では、『疒の歌』からの技巧面での進歩が感じられる。
 ただ、好みの問題だが、私は『疒の歌』のほうがずっと好きだな。

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『イコライザー』



 『イコライザー』をDVDで観た。

 1980年代の人気テレビドラマ・シリーズ『ザ・シークレット・ハンター』(その原題が『The Equalizer』)の映画版だそうだ。
 私はその元のドラマは観たことがないが、この映画はわりと面白かった。

 元CIAの凄腕エージェントで殺人マシーンなのに、引退してホームセンターで働く静かな暮らしをしている男(デンゼル・ワシントン)が主人公。
 過去の殺人の記憶に苛まれて不眠症になっている男は、眠れぬ夜に深夜のダイナーに行っては本を読む。そのダイナーの常連である年若い娼婦・テリー(クロエ・グレース・モレッツ)と仲良くなるが、彼女は元締めのロシアン・マフィアにひどい仕打ちを受けていた。
 テリーを救うため、男は封印していた殺人技術を解き放ち、ロシアン・マフィアに戦いを挑む。

 まだティーンエイジャーの娼婦を、男が悪の手から救い出す……という骨子はまるで『タクシードライバー』だが、本作はもっと単純なアクション映画である。デンゼル・ワシントンの映画の中では、『マイ・ボディガード』の系列。

 シルベスター・スタローンやジェイソン・ステイサムが主演するおバカ系アクションと違って、主人公の男が知的でクールな印象を終始保っているところがよい。
 元々デンゼル・ワシントンは、黒人俳優の中でも際立って知的な風貌をしている。どんな役を演じても頭がよさそうに見える。それは俳優としての強みでも弱みでもあるだろうが、本作ではプラスに働いている。

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中山可穂『娘役』



 中山可穂著『娘役』(角川書店/1728円)読了。
 この人の小説は、『白い薔薇の淵まで』と『感情教育』の2冊を読んだことがある。いずれも素晴らしかった。

■関連エントリ
中山可穂『白い薔薇の淵まで』
中山可穂『感情教育』

 この最新作は、過去に読んだ2作の緊密な文体に比べると、肩の力を抜いて書いている印象だ。
 ただ、そのリラックスした感じは悪くないし、すこぶる読みやすい。

 ヒロインは、宝塚歌劇の娘役。そしてヒーローは、なんと“ヅカファンのヤクザ”というぶっ飛んだ設定である。
 その娘役・野火ほたると、彼女のファンになったヤクザ・片桐蛍太の、10年間に及ぶ物語。
 ほたるを中心とした宝塚の舞台裏と、片桐を中心としたヤクザの世界が、並行して描かれる。

 小林まことの『ホワッツマイケル』には、無類の猫好きであるヤクザの組長が、そのことを組員たちに知られまいとする様子が笑いを生むシリーズがあった。
 この小説にも、ヤクザが場違いなヅカファンの世界に入り込むことから生まれる“ギャップの笑い”が、随所にある。 

 その一方、映画『冬の華』を彷彿とさせる哀切さもある。
 あの映画で、高倉健演ずるヤクザは、自分が殺してしまったヤクザの娘(池上季実子)を、「あしながおじさん」と化して陰からそっと見守りつづける。
 同様に、片桐はヤクザとしての分を守り、女優としてのほたるをただ見守るだけで、それ以上近づこうとはしない。

 物語の中で2人が直接言葉を交わすのは、偶然からのたった一度だけ。2人は手さえ握ることなく、ほたるは最後まで片桐がヤクザだとは知らないままだ。ストイックでプラトニックなラブストーリーである。

 難を言えば、宝塚のパートにはリアリティがあるものの、ヤクザ同士の会話のやりとりなどにやや不自然さがある。作者がヤクザの世界のことを「にわか勉強」してそれ風に書いている感じで、いま一つ雰囲気が出ていないのだ(「そういうお前だって、宝塚の世界もヤクザの世界もよく知らないだろ」とツッコまれるかもしれないが、知らなくても、作者の知識レベルは行間から伝わるものなのだ)。

 とはいえ、それは全体からみれば小瑕で、なかなか面白い小説だった。

 宝塚の世界だけで通用する符牒が飛びかう会話を読んでいるだけで、門外漢の私には、そこはかとなくおかしい。
 たとえば――。

「私は花男ひとすじ十五年、ウインクや投げキッスや腰振りに磨きをかけ、ひたすらエレガントにキザることに精魂傾けてきた人間です。(中略)男役は黙って黒燕尾、クサく、匂い立つようにクサく、黒燕尾のテールに至るまで流れるようにキザるべしと先輩方に叩き込まれて幾星霜、私はもはや花組でしか生きていけない体になりました」



 著者の宝塚シリーズ第一弾『男役』も読んでみよう。

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リチャード・ワイズマン『よく眠るための科学が教える10の秘密』



 リチャード・ワイズマン著、木村博江訳『よく眠るための科学が教える10の秘密』(文藝春秋/1620円)読了。
 英国の心理学者が、自らが「夜驚症」(睡眠障害の一種)を克服した体験を機に睡眠の科学を学び、その成果をまとめた本。

 邦題の印象から、「熟睡のための科学的方法を説く実用書」を期待して手に取る人が多いだろう。
 実用書としての側面もあるし、熟睡のノウハウをまとめた章もあるのだが、それだけではなく、もっと幅広い「睡眠学入門」というべき内容である(原題は、“Night School: Wake up to the power of sleep” )。
 たとえば、後半は夢をめぐる科学的考察が中心であり、「明晰夢」を見るためのコツに一章が割かれていたりする。

 そういう本であることを承知のうえで読めば、大変面白い。

 質のよい、十分な睡眠が心身の健康にとってどれほど大切であるかが、データやエピソードをふまえてくり返し強調される。
 断眠競争(どれだけ長時間眠らずにいられるか)に勝った人が、それを機に人格が変容してしまい、人生を台無しにした、というエピソードにゾッとした。
 断眠の危険性がわかったことから、『ギネスブック』の「不眠の最長記録」のカテゴリーは削除されたという。

 そういえば、以前精神科医を取材したときに、こんな話を聞いた。

「診察の際、患者さんには『よく眠れていますか?』と必ず聞きます。ちゃんと眠れてさえいれば、心の病気があってもわりと大丈夫なものなのです。逆に、『最近、よく眠れなくて』というのは危険な徴候です」



 私自身は、眠りすぎて困ったこと(仕事的に)は多々あるが、眠れなくて困ったことは一度もない。いつなんどき、どこででも眠れるし、眠るのも夢を見るのも大好きである。これは、わりとよいことなのだな。

 現代人は食欲や性欲の飽くなき追求に余念がないのに、三大欲求のうち睡眠欲だけは、ひどくおざなりに扱われている。
 さまざまな社会的条件から、睡眠時間は世界的に減少傾向にあるという。

 一九六◯年にアメリカで百万人以上を対象にした調査では、大多数の人が毎晩八時間から九時間眠ると答えている。二◯◯◯年前後にアメリカ国立睡眠財団その他の組織が行った調査結果では、睡眠時間は七時間に落ちた。二◯◯六年に医学研究所は、アメリカで慢性睡眠障害の人の数を、およそ六千万人と推定した。そして最近の調査結果によると、アメリカ人の三分の一は睡眠時間が七時間以下である。



 睡眠の質の向上は、国家的・文明的課題といえよう。

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KIYO*SEN『Trick or Treat』



 2日に発売されたばかりのKIYO*SEN(キヨセン)のニューアルバム『Trick or Treat』(ベガ・ミュージックエンタテインメント/3240円)を購入。さっそく聴き倒す。

 現「CASIOPEA 3rd」のオルガニスト大高清美と、女子大生ドラマー川口千里(まだ19歳)のジャズ・ロック・デュオの、サードアルバム。

 2人がハロウインの扮装をしているこのジャケット(帯のキャッチコピーは「聴いてくれなきゃ、イタズラするぞ!」w)は、ちょっといただけない。
 現都知事・小池百合子が『魔法使いサリー』のコスプレをした不気味な写真があったが、あれを思い出してしまった。

 ジャケ裏にはアニメ絵のカワイイ萌えキャラとして2人が描かれており、こちらを表にしたほうがまだマシだったと思う。
 前作『DUOLOGY』のジャケット(↓)はカッコよかったのに……。



 ジャケットはともかく、中身は相変わらずのカッコよさ。


■収録曲目
01. Eternal Ability / Kiyomi Otaka (6:00)
02. Mood 68 / Kiyomi Otaka (4:26)
03. Haphazardly / Senri Kawaguchi,Koichi Yabori (4:24)
04. Adventure / Kiyomi Otaka (7:25)
05. 5 Meters High / Koichi Yabori (6:42)
06. Violet hoes / Kiyomi Otaka (3:49)
07. 2B Out Break / Kiyomi Otaka (4:22)
08. 0402 / Kiyomi Otaka (5:45)
09. Haphazardly_ Reprise / Senri Kawaguchi(6:35)



 KIYO*SENのこれまでのアルバム3作は、いずれもジャズ・ロック~ハイパー・テクニカル・フュージョン~プログレの範疇に収まるものである。ただ、アルバムによって力点の置き方が変わる。

 ファーストアルバム『Chocolate Booster』(2014)はプログレ寄りのジャズ・ロックで、「もろELP(エマーソン、レイク&パーマー)」な曲もあった。
 セカンドアルバム『DUOLOGY』(2015)は全体にプログレ色、重厚さが薄れ、代わりにポップな疾走感が増した。

 そして今回のサードアルバムは、セカンドの疾走感はそのまま残しつつ、ハードネスとロック色が大幅増量。甘さを抑えた硬派なハイパー・テクニカル・フュージョンに仕上がっている。
 矢堀孝一(大高清美の夫)のハードなギターが唸りを上げる「2B Out Break」という曲など、ほとんどヘヴィメタルである。
 “箸休め”的なポップ・フュージョンも2曲あるだけ。あとは終始ハードに押しまくる。

 また、大高清美のオルガンによる「キース・エマーソンっぽいフレーズ」も頻出し、セカンドよりはややプログレ回帰した印象。
 全9曲中4曲に入っているゲスト(David Hughes、Duke Sarashina)のベースギターも、絶妙なアクセントになっている。


↑今作随一のハードな疾走チューン「Mood68」のデモ映像。

 KIYO*SENには「最強の女子力ユニット」という変なキャッチフレーズがつけられているが、本作には「女子力」的なスイート感は微塵もない。
 むしろ、バカテク系ジャズ・ロック、ハイパー・テクニカル・フュージョン、ハードなインスト・ロックを好んで聴くオジサン層(ジャズ・ロックが好きな女性も中にはいるだろうが、少数派だろう)に、はっきりと的が絞られた感がある。

 千里ちゃんも最初から最後まで飛ばしっぱなし、叩きまくり。全体に過去2作より手数が多い印象で、「さすがは手数王・菅沼孝三の愛弟子だ」と思わせる。

 よりスピーディーに、ハードに、テクニカルになったKIYO*SEN。私はこの方向性、大歓迎である。

 なお、ファースト『Chocolate Booster』はAmazonのPrimeMusicに入っており、プライム会員ならタダで聴けるので、KIYO*SENを聴いたことのない人はぜひ。

■関連エントリ→ KIYO*SEN『Chocolate Booster』

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『新宿スワン』



 雑誌のスクラップ作業をしていたら、カッターでザクッと指を深く切ってしまい、数年ぶりくらいでケガらしいケガをしてしまった。
 医者に行って縫うほどではないのだが、けっこう血が出たので大いにうろたえる。

 うろたえつつ思ったのは、「私には指をつめるなんてとてもできそうにない」ということ。
 指をつめた直後に普通に会話をしたりするヤクザってスゴイな(アドレナリンがドバッと出て、直後にはあまり痛みを感じないのだろうか)。

 まあ、「指つめろや!」と言われるような場面には、私は一生遭遇しないだろうけど(笑)。


 『新宿スワン』をDVDで観た。
 和久井健の同名マンガの映画化で、園子温が監督をしているので観てみた。

 原作は途中まで読んだことがある。新宿歌舞伎町のスカウトの世界を舞台にした、『闇金ウシジマくん』の類似作という印象である。
 
 が、この映画版は感心しなかった。ストーリーが薄っぺらくて、園子温らしい才気もほとんど感じられない。
 沢尻エリカ演ずるヘルス嬢・アゲハが、『星の王子さま』のパチモンみたいな絵本を宝物にしている……というあたり、あまりのクサさに鼻白んでしまった(原作にあるエピソードなのかどうかは知らない)。

 続編『新宿スワン2』も園子温監督続投で作られるそうだから、そこそこヒットはしたのだろうが……。

 最近の園子温(『地獄でなぜ悪い』以降)は、粗製濫造が目に余ると思う。

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『マネー・ショート 華麗なる大逆転』



 『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を、映像配信で観た。



 アメリカのサブプライムローン問題からリーマンショックに至るまでの流れを、エンタメ仕立てで描いた映画。
 実話に基づき、リーマンショックを予見して巨万の富を築いた4人(とその周辺)の金融業界人の、“世界経済の破綻に賭けたギャンブル”を描いている。

 MBS(Mortgage Backed Securities=不動産担保証券)とかCDS(Credit Default Swap)とか、金融用語がガンガン飛びかうので、私のような金融音痴にはよくわからない部分がある。
 それでも、わからないままに観ていれば大枠は理解できるので、金融知識がなくても十分楽しめる。

■参考ページ→ 映画『マネー・ショート』の感想と作中に出てくる金融用語の解説/リーマンショックの基礎知識

 「華麗なる大逆転」という邦題の印象から、往年の名作『スティング』のような、悪党を出し抜く痛快な逆転劇を思い浮かべる人が多いだろう。
 が、実際には、大儲けした側もうしろめたさを抱え込む苦いラストを迎える。

 それもそのはず、リーマンショックによって米国には大量の失業者とホームレスがあふれ、影響は世界中に及んだのだから、儲かったからといってはしゃぐわけにはいくまい。

 ただ、そうした現実は脇に置き、映画だけを虚心に観てみれば、ウェルメイドで痛快な作品である。
 目まぐるしく場面が転換するスピーディーな展開で、テンポが心地よい。アイロニカルな笑いを基調にしたストーリーと映像は、すこぶるスタイリッシュ。社会性と娯楽性がハイレベルでせめぎ合う。

 日本のバブル崩壊に際しても、本作の主人公たちのようにいち早く破綻の危機を察知し、売り抜けて巨万の富を築いた人は、少なからずいたはずだ。
 が、そうした人たちを主人公にして本作のような娯楽作が生まれたかといえば、一つも生まれなかった。
 かりに、バブル崩壊をテーマにした経済エンタメ映画が日本で作られたとしても、本作よりずっとシリアスな作品になったことだろう。

 いかなるテーマもエンタメに消化してしまうハリウッドの強靭な胃袋は、驚嘆に値する。

 
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『キャリー』(2013年版)



 2013年のリメイク版『キャリー』を、DVDで観た。



 1977年のオリジナル版ではシシー・スペイセクが演じたヒロインのキャリーを、『キック・アス』の小動物系美少女クロエ・グレース・モレッツが演じている。

 両方観た人は10人が10人思うことだろうが、クロエちゃんがカワイすぎて、冴えないいじめられっ子にはとても見えない。
 ……のだが、その違和感は観ているうちに気にならなくなるし、観る前に予想したよりも出来のよい映画だった。

 母親役ジュリアン・ムーアの熱演が素晴らしい。この役に限っては、オリジナルよりもずっと強烈な印象を残す。なまじ美人なだけに、スッピンで演じる狂気の母はものすごい迫力だ。

 また、キャリーが超能力を爆発させるクライマックスの殺戮と破壊も、オリジナルより長くド派手になり、迫力があった。
 もっとも、それは演出力というより、30数年の間に大きく進歩したSFXとCG技術の賜物だろうが……。

 親身になってイジメっ子に立ち向かってくれた女教師や、優しくしてくれた同級生は殺さず、イジメっ子たちは全員むごたらしく殺す……という、因果応報な展開も好ましい(笑)。

 クロエ・モレッツに関しては、オリジナルのシシー・スペイセクが一世一代のハマり役だっただけに、2人の演技を比較するのは酷というものだろう。クロエちゃんがけなげでカワイイから、これはこれでいいのだ。
  
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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