『レヴェナント: 蘇えりし者』



 『レヴェナント: 蘇えりし者』を映像配信で観た。



 レオナルド・ディカプリオに「5度目の正直」でのアカデミー主演男優賞をもたらした作品。
 さすがにデカプーの演技は鮮烈で、受賞も納得。イケメンとしての顔はほぼ封印し、壮絶なサバイバルを鬼気迫る形相で熱演しているのだ。

 川で捕った魚の頭を生きたまま食いちぎり、バッファローの生肉を貪り食う。激しい寒さをしのぐため、死んだ馬の腹を割き、その中に入って一夜を過ごす(!)。いやはや、すさまじい。

 ストーリー自体はシンプルな復讐劇(裏切った仲間に息子を殺されたうえ荒野に置き去りにされ、復讐のためにサバイバルする)で、正直2時間半超はちと長い気がした。

 が、西部開拓時代のアメリカ北西部の風景を再現(実際にはカナダで撮影したらしいが)した映像はすこぶる美しく、撮影も秀逸で、その映像を味わうためだけでも観る価値があった。映画館で観るべき作品だったと思う。

 あと、デカプーが熊と格闘する場面と、バッファローの群れを狼が襲う場面がスゴイ。当然CGなのだろうが、CGであることをまったく意識させない自然さなのだ。いやー、いまのCGってとてつもない域に達しているのだね。

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デイヴィッド・ヴァイン『米軍基地がやってきたこと』



 デイヴィッド・ヴァイン著、市中芳江・露久保由美子・手嶋由美子訳、西村金一監修『米軍基地がやってきたこと』(原書房/3024円)読了。書評用読書。

 米国の研究者(ワシントンD.C.にあるアメリカン大学の准教授)が、世界各国にある在外米軍基地の問題点について、6年の歳月をかけて徹底調査してまとめたノンフィクション。
 
 著者は在外米軍基地の存在について一貫して批判的で、“それは本当に必要なのか?”と、全編を通じて問いかける。そして、米軍基地が各受け入れ国や米国そのものの重い負担となっていることを、さまざまな角度から立証していく。
 当然、日本の米軍基地――とくに沖縄の基地――についても随所で言及されている。

 この手の本にありがちなイデオロギッシュで感情的なトーンはなく、著者の筆致は終始冷静だ。
 在外米軍基地は“20世紀の遺物”であり、平和維持効果についても、受け入れ地に与える経済効果についてもすでにほぼ無意味であり、デメリットしかないことが、事実とデータの積み重ねによって明かされている。

 米軍基地についての認識を一変させる労作。

■関連エントリ→ 矢部宏治・須田慎太郎『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』
 
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『SPY/スパイ』



 『SPY/スパイ』(2015)を映像配信で観た。



 007シリーズなどのスパイ映画をパロったアクション・コメディである。

 『キングスマン』『オースティン・パワーズ』『ティーン・エージェント』など、この手のスパイ映画パロディは大好物な私。
 本作は日本では劇場公開すらされず、ビデオスルーで終わったのだが、観てみたら大変面白かった。

 CIAの腕利きエージェントを演じるのがジュード・ロウとジェイソン・ステイサムで、キャストも豪華なのに、日本で未公開になったのは不思議。

 この作品の面白さは、CIAの優秀な分析官で、見た目はただの太ったオバサンであるヒロインのスーザン(メリッサ・マッカーシー)が、ひょんなことからスパイとなって、パリやミラノなどを舞台に007的な活躍をくり広げるところ。

 007シリーズになぞらえれば、Mの秘書ミス・マネーペニーが、ジェームス・ボンドと一緒に現場で任務を遂行するような映画。日本でいうと、森公美子がスパイ映画のヒロインになるような感じか。

 フツーのオバサンをスパイ・アクションのヒロインに据えることによって、女性の視点からスパイ映画のマチズモを笑い飛ばすという、ヒネった批評性を持つパロディなのだ。

 ストーリーもよくできているし、随所に仕込まれたスパイ映画のパロディがいちいちおかしい。
 たとえば、アバンタイトルは思いっきり007風に作られていて(主題歌も)カッコいいのだが、中身との落差が笑いを誘う。
 かなり楽しめる、上出来のアクション・コメディである。 

 それにしても、あまりにそっけない邦題(原題そのまんま)はどうにかならなかったものか。
 この邦題に、売る側の熱意のなさが透けて見えてしまう。きちんと宣伝して公開すれば、日本でも大ヒットさせられた映画だと思う(公開した国では軒並み大ヒット)。

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小林美希『ルポ 保育崩壊』



 小林美希著『ルポ 保育崩壊』(岩波新書/864円)読了。仕事の資料として。

 保育園をめぐる問題というと、まず頭に浮かぶのが「待機児童問題」であり、その原因たる保育園不足・保育士不足にばかり目が向けられがちだ。
 これは逆に、“保育の質・保育士の質の低下こそが深刻な問題なのだ”と主張する本である。

 利益優先で、人件費を削るために低賃金重労働になり、疲弊する現場。保育士の人数を確保するために採用の間口を広げ、経験不足の保育士に重くのしかかる責任。……などという実態から、保育の質が劇的に低下し、崩壊の危機にあるのだと、著者は警鐘乱打する。

 ていねいな取材がなされたルポだとは思うが、あまりにもマイナス面ばかり強調しすぎだと思った。まず「保育崩壊」というタイトルありきで、それにふさわしいひどい事例ばかり集めている印象なのだ。

 登場してコメントしている議員が共産党・社民党・民主党(現・民進党)だけだったりして、取材対象の偏りも感じられる。「保育崩壊というテーマにかこつけて安倍政権を叩きたいだけちゃうんか」と言いたくなる。

 本書を読むと、「保育園は、子どもが事故死したり、虐待まがいの扱いを受けたりしかねない恐ろしい場所だ」という、極端なネガティブイメージだけが心に残ってしまうだろう。
 中にはひどい保育園もあるだろうが、それはごく一部なのではないか。

 いずれにせよ、読後感はけっしてよくない本である。

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たーし『ドンケツ』



 昨日は、都内某所でプロバスケットボール選手の田臥勇太さんを取材。
 言わずと知れた、日本人初のNBAプレイヤーとなった「生ける伝説」である。

 私はバスケのことはほとんど何もわからないのだが、一夜漬けであれこれ勉強して臨む(スポーツ誌の取材ではないので、専門的なことは聞かないし)。
 「生き馬の目を抜く」という表現がピッタリの、NBA時代のすさまじい競争社会ぶりに、強烈な印象を受けた。



 たーしのヤクザマンガ『ドンケツ』(ヤングキングコミックス)の、既刊1~17巻を一気読み。「LINE マンガ」で無料で読める1~3話を読んだら面白かったので、手を伸ばしてみたもの。

 主人公「ロケマサ」の凶暴な風貌(上に貼った第1巻のカバー画のキャラ)がすごい。ヤクザマンガの歴史の中でも、これほど「カッコよさ」から遠いルックスをした主人公はほかにいないだろう。フツーのヤクザマンガなら“主人公の敵役”の顔である。

 ところが、外見も中身も凶暴そのもののロケマサが、読んでいるうちにだんだんカッコよく見えてくるのだ。

 ストーリーはわりと荒唐無稽。にもかかわらず、ヤクザ社会のディテールは非常にリアルだ。
 いや、私にとってはよく知らない世界だから、「非常にリアル」かどうかの判定は厳密にはできないわけだが、少なくとも「リアルだ」と感じさせる描き方をしている。
 ヤクザ専門ライターの鈴木智彦も、次のように評価している。





 鈴木は、『SPA!』に寄稿した「ヤクザを描いた映画や漫画、本職の人はどの作品がお好き? 」という記事でも、次のように書いている。

 現在、どの事務所にいってもみかけるのが、『ドンケツ』(少年画報社)というヤクザ漫画だ。去年、全国のヤクザたちにアンケートをとった際も、ダントツの人気を誇っていた。元来、ヤクザだからといって、ヤクザ作品ばかりを鑑賞するというわけではない。にもかかわらずここまで現役から支持される作品も珍しい。



 強烈な暴力描写が頻出するのだが、その大半が素手で殴りあう「ステゴロ」である点に美学を感じるし、エロ描写は皆無である点も好ましい。つまり、わりと「硬派」なヤクザマンガなのだ。
 あまり陰惨にならず、乾いた笑いが随所にある点もよい。

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カレー沢薫『もっと負ける技術』



 カレー沢薫著『もっと負ける技術――カレー沢薫の日常と退廃』(講談社文庫/702円)読了。

 当ブログで前に取り上げた『負ける技術』の続編という体裁だが、実際は「マイナビニュース」連載中のコラム「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」の文庫化で、「負ける技術」という元の連載とは別物である。
 とはいえ、どちらも著者の私生活・自分史を主な題材にした自虐的お笑いコラムだから、内容にさしたる違いはない。

 本書の帯によれば、『負ける技術』は「6刷突破」だそうだ。いまどき6刷とは大したもの。カレー沢薫のコラムのファンはけっこう多いのだな。

 カレー沢作品でいまのところ唯一のエッセイ・マンガ(=私生活をネタにした作品)『ブスだけどマカロン作るよ』も先日読んでみたが、題材は『負ける技術』とかなり重なっているにもかかわらず、『負ける技術』のほうがずっと面白かった。
 つまり、「カレー沢薫は、じつはマンガ家としてよりもコラムニストとしての才能のほうがある」ということになる。そんなことを言ったらご本人は気を悪くするだろうが、私はそう思う。

 この『もっと負ける技術』に収められたコラムを、私はすべて「マイナビニュース」ですでに読んでいる。つまり再読なわけだが、それでも十分楽しめた。

 この人のコラムは、誰も思いつかないような独創的表現に満ちている。たとえば(以下、太字強調は引用者)――。

 好きな芸能人の結婚や熱愛に嘆き苦しんでいると、必ず「福山雅治が結婚していようとしまいと、お前のモノになる可能性は限りなくゼロに近いんだから大差ないだろう」などと冷や水をぶっかけたがる奴が出てくる。そういう問題ではないのだ。こういうことを言ってくる奴の前世はカナブンだし、来世はバッタである。



 できればムカつかずに生きたい。そう願ってやまないが、心は年々狭くなる一方である。よく「年をとって丸くなった」と言うが、あれは怒る体力がなくなってきているだけじゃないかと思う。ただの元気がないおっさんを、「落ち着いていて素敵」と錯覚するのと同じだ。
 生まれた時から心の広さは四畳半くらいしかなかったが、現在ではマイクロビキニくらいの面積になっている。しかし、心のままに周囲に怒りをぶつければ周囲が対処してくれるのは、乳児か2兆円持っている人ぐらいのものであろう。



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西村賢太『一私小説書きの日乗 遥道の章』



 西村賢太著『一私小説書きの日乗 遥道の章』(KADOKAWA/2052円)読了。

 ただの日記なのに、これでもう4冊目である。
 過去の3冊より値段が高くなり、ついに2000円超え(消費税と合わせて)。それだけ部数が少ないのだろう。
 この手の軽い本が2000円もすると、さすがに高いと感じる。もう、このシリーズは最初から文庫でいいと思う。

 内容は、過去の3冊と大差なし。何を書いたか、誰に会ったか、何を食べたかなどという小説家の日常が、淡々と綴られている。
 
 これまでの3冊以上に、「信濃路」(鶯谷駅前の、24時間営業の安居酒屋。ファンにはおなじみ)の登場頻度が高い。とくに、文芸誌各誌の担当編集者との打ち合わせは、ほぼすべて「信濃路」でやっている感じ。
 ということは、「信濃路」に通えば、賢太と遭遇する可能性が高いわけだ。
 
 「サイゾーウーマン」に載った揶揄記事(「西村賢太、初長編が「全然売れない」! 『お願い!ランキング』出演も効果なし?」)に対する反論だけが異例の長文になっており、ここが本書でいちばん面白い。
 いわく――。

 もう一度ハッキリと云っておくが、自分の小説がまるで売れないのは、何も昨日今日に始まったことではない。『苦役列車』以外の、ほぼ全部が売れていないのだ。見損なってもらっては困る。



 あと、私自身が最近糖質制限ダイエットを試みているから余計にそう感じるのだが、賢太、毎日食べ過ぎ(笑)。さんざん飲み食いしたあとにシメのラーメンとか食べてるし。
 ものすごーくよけいなお世話だが、この食生活では長生きできないと思う。

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坂爪真吾『性風俗のいびつな現場』



 坂爪真吾著『性風俗のいびつな現場』(ちくま新書/886円)読了。

 著者は東大で上野千鶴子に師事し、現在は「一般社団法人ホワイトハンズ」の代表を務める人物。
 「ホワイトハンズ」は、「新しい『性の公共』をつくる」をミッションに掲げ、「障害者の性」の問題の解決などに取り組んでいる。

 本書もホワイトハンズの活動から生まれたもの。風変わりな性風俗の現場への取材などを通して、困難な立場に置かれた女性たちの社会的包摂の問題が考察されている。

 読む前に想像していたよりもはるかに真面目な本で、内容も秀逸だった。

 著者も「はじめに」で指摘しているとおり、風俗ライターやジャーナリストがこの手の本を書くと、どぎつい話、悲惨な話ばかりを強調した煽情的ルポに終わってしまいがちだ。
 一方、現場を知らない社会学者などがこの手の本を書いた場合、「性産業への規制強化や撲滅といったステレオタイプの批判を繰り返し訴えるだけで、実効性のある解決策を出すことは全くできなかった」(「はじめに」)。
 本書は、両者の欠点を克服した内容になっている。

 著者は性風俗の当事者たちと向き合いながらも、「現場」で起きていることをいたずらに美化したり、逆に悲惨さをことさら強調したりはしない。ニュートラルな視点を保っているのだ。
 そしてそのうえで、ソーシャルワークの専門家としての知識・スキル・人脈を総動員し、問題解決の方途を真摯に模索している。

 その「解決」とは、ソーシャルワーカーの側から女性たちにアウトリーチすることによって、彼女らが性風俗の世界に身を置いたまま、生活改善していくことを目指すもの(もちろん、その結果として性風俗から引退することはある)。
 著者は性風俗を頭から否定したりはしない。ある種の女性たちのセーフティネットとして、社会福祉を補完する役割を果たしている意義を認めているのだ。

 本書に登場する性風俗は、母乳・妊婦専門店や激安デリヘル、熟女専門店などであり、そこには「女性の貧困」の問題が色濃く映し出されている。つまりこれは、「性風俗の現場」をフィルターとして貧困問題を考える書でもあるのだ。

 さりとて、けっして堅苦しい本ではない。たんに下世話な興味から「風俗ルポ」として読んでも、そこそこ楽しめるように工夫されている。
 たとえば、母乳・妊婦専門店について紹介した章などは、知られざる世界を垣間見る面白さに満ちている。次のような記述に、私は思わず笑ってしまった。

 男性客の中で、妊婦ママとも母乳ママとも遊べる「両刀使い」は、全体の二割ほど。妊婦マニアと母乳マニアの客層は、意外にも重ならないようだ。



 タバコを吸っている女性の母乳と吸っていない女性の母乳の味の違いは、分かる男性客には分かるらしい。



 ううむ……。ディープな世界ですなァ。

 
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山田悟『糖質制限の真実』



 山田悟著『糖質制限の真実――日本人を救う革命的食事法ロカボのすべて』(幻冬舎新書)を読了。
 例によって、Kindle日替わりセールで安かった(299円)ので買ってみたもの。

 糖質制限ダイエットは、ストリクトにやりすぎると健康を損なって危険だと言われる(参考→「糖質制限ダイエット」の第一人者急逝)。糖質も生きていくために必須の栄養素なのだから、当然だ。

 その点、この著者が奨めているのは「ロカボ=緩やかな糖質制限」(1日の糖質摂取量を130g以下に抑えよう、というもの)であり、健康に問題が起こりにくい。

■参考サイト→ Locabo(ロカボ) | ロカボ(糖質制限)ダイエットをもっと楽しく

 本書は、冷静で落ちついた記述に好感が持てる。この手の本にありがちな、派手な言葉で読者を煽るところが皆無なのだ。
 また、エビデンス重視の姿勢もよい。ロカボの正当性が、最新の栄養学などの知見で裏付けられていることが、かなりの紙数を割いて説明されているのだ。

 むしろ、エビデンスの説明のほうがメインになっており、具体的なロカボのやり方については少ししか触れられていない。
 したがって、本書の説明で納得のいった人は、著者が書いた(監修した)別のロカボ・レシピ本などを購入せざるを得なくなる(笑)。

 なかなか商売上手だが、「ロカボをやってみようかな」と思う人がいちばん最初に読む本として、とてもよくできている。良書である。

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レイ・カーツワイル『シンギュラリティは近い』



 レイ・カーツワイル著『シンギュラリティは近い――人類が生命を超越するとき』(NHK出版)読了。書評用読書。

 2005年刊の『ポスト・ヒューマン誕生――コンピュータが人類の知性を超えるとき』を、半分以下の分量に凝縮し、原題直訳の形に改題した「エッセンス版」である。
 いわゆる「2045年問題」(2045年ごろに、AIが人類の知能を超える「シンギュラリティ」=技術的特異点が到来するという問題)の、議論の発火点となった本だ。

■関連エントリ→ 松田卓也『2045年問題』

 原著刊行から10年以上が過ぎ、その間AIが長足の進歩をつづけたことにより、本書に描かれた未来が荒唐無稽なものではないことがわかってきた。また、「シンギュラリティ」という言葉自体も一般的になってきた。
 そうした変化をふまえ、読みやすいエッセンス版として再刊されたものであり、時宜にかなった刊行といえる。私自身、「『ポスト・ヒューマン誕生』は読んでみたいけど、分厚くて難しそうだしなァ」と、手を伸ばすのをためらっていた一人だ。

 読んでみて、「想像していたよりもまっとうな未来予測の書だ」と感じた。

 前半は“なぜシンギュラリティが起きるのか?”の理論的根拠が説明されており、もろ文系の私には難しくて退屈。
 だが、シンギュラリティ後の世界を具体的に予測していく第5章「衝撃……」で、一気に面白くなる。この章は、にわかには信じがたい驚愕の未来像が目白押しだ。たとえば――。

 いずれは食べ物から栄養をとるという面倒はまったく不要になる。
 やがて栄養は特殊な代謝用ナノボットによって血流へと直接送り込まれ、同時に血中や体内にあるセンサーが、それぞれの部位で必要な栄養について、無線通信で情報を送るようになるだろう。この技術は二◯二◯年代の終わりごろまでにはかなり成熟するはずだ。



 ただ、“やがてAIが意識を持つ存在となり、「魂をもつ」”と主張する第6章に入ると、内容が一気にオカルトじみてきて、アヤシゲになる。

 そして人類の文明は、われわれが遭遇する物言わぬ物質とエネルギーを、崇高でインテリジェントな――すなわち、超越的な――物質とエネルギーに転換しながら、外へ外へと拡張していくだろう。それゆえある意味、シンギュラリティは最終的に宇宙を魂で満たす、と言うこともできるのだ。

 

 ここだけ引用しても何のことやらわからないだろうが、全編を読んでも、この部分の意味はやっぱりわからない。
 科学者が「魂」とか言い出したらアカンやろ。こういうトンデモ記述さえなければ、未来予測の書として面白いのに……。

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橘玲『言ってはいけない』



 一昨日の新幹線で読んだ本の2冊目は、橘玲著『言ってはいけない――残酷すぎる真実』(新潮新書/842円)。

 帯には「遺伝、見た目、教育に関わる『不愉快な現実』」とある。
 進化論、遺伝学、脳科学、行動経済学など、さまざまな分野の研究・統計調査の結果から、一切のキレイゴトを排して「残酷すぎる真実」を浮き彫りにしていく本。

 「残酷すぎる真実」とは、たとえば次のようなこと。

 美貌を5段階で評価し、平均を3点とした場合、平均より上(4点または5点)と評価された女性は平凡な容姿の女性より8%収入が多かった。それに対して平均より下(2点または1点)と評価された女性は4%収入が少なかった。(中略)
 経済学ではこれを、美人は8%のプレミアムを享受し、不美人は4%のペナルティを支払っていると考える。


 
 ……このような、「それを言っちゃあオシマイよ」な話が、次から次へと登場する本なのだ。

 本書は、当ブログでも取り上げた同じ著者の『「読まなくてもいい本」の読書案内』の、スピンオフ本として生まれたものだという。

 『「読まなくてもいい本」~』は、複雑系科学・進化論・ゲーム理論・脳科学・功利主義の5分野の概要と最前線を、手際よく紹介した概説書であった。それに対し、本書はさまざまな分野の最新研究から、身もふたもない話を選り抜いて紹介した本なのだ。

 著者は研究者ではないから、本書はさまざまな分野の研究をパッチワークした、いわば「受け売り本」である。しかし、著者の受け売りは洗練された見事なものであるため、「他人のフンドシで相撲を取るお手軽本」という印象を与えない。
 たかが受け売りも、ここまで巧みなら立派な「芸」になるのだ。

 本書は読み物としては大変面白いし、たんに「話のネタ」とする分には有益な雑学本といえる。
 ただ、内容を鵜呑みにするのは危険だ。ベースになっているのが科学者の研究であっても、その研究が正しいとは限らないのだし……。

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信田さよ子『カウンセラーは何を見ているか』



 昨日は、取材で京都へ――。
 取材の前に、「京都国際マンガミュージアム」に行ってみた。前から観たいと思っていた「江口寿史展 KING OF POP」の「京都編」をちょうど開催していたので。



 京都国際マンガミュージアムに行くのは初めて。廃校になった小学校の校舎をリノベしてミュージアムにしたもので、「昔の小学校」っぽさがいい味出してる。歩くと床がギッシギシいうのだ。

 面白い常設展示も多いし、マンガ好きなら一度は行ったほうがよい施設だと思った。もっとも、「2度は行かなくていいかな」という気がしたが……。


 行き帰りの新幹線で2冊本が読めた。
 そのうちの1冊が、信田さよ子著『カウンセラーは何を見ているか』(医学書院)。取材の資料として読んだもの。

 ベテランカウンセラー・臨床心理士である著者が、カウンセラーとしての自らの歩みを綴った自伝的著作。自伝のスタイルを借りたカウンセラー入門という趣で、「カウンセラーの仕事がどういうものか」がざっくりわかるようになっている。

 印象に残った一節を引いておく。

 思い切った言い方をすれば、カウンセラーとは、バーやクラブのチーママ、占い師、そして新興宗教の教祖を足して三で割り、そこに科学的な専門性という装いをまぶした存在である。これは私の長年の持論であり、水商売と占いと宗教の三要素がカウンセリングには欠かせないと考えている。水商売というと引いてしまう人もいるかもしれないが、援助がサービスであるとすれば、サービス業の特徴をもっともよく表している業種である水商売とつながっていても不思議ではない。



 ただ、カウンセラー入門として読んだ場合、不要だと思える記述がけっこう多い。
 とくに、第2部の「カウンセラーは見た!」は、著者が狭心症で入院したときの出来事がメインになっていて、しかも“ヘタな小説仕立て”みたいな書き方をしている。

 この第2部は、丸ごとカットすべきだったと思う。カウンセラーの仕事について知りたい読者にはほぼ無意味な内容だからだ。

 私は信田さよ子の著作はけっこう読んでいて、『母が重くてたまらない』などは大変面白かった。
 しかし、著書をあれこれ読むうちに、当たり外れの振幅が大きい書き手であることがわかってきた(著書が多いだけに)。これまで読んだなかでいちばんひどかったのが『選ばれる男たち』(講談社現代新書)で、あまりのくだらなさに途中で投げ出したほど。

 本書も、前半はわりと面白かったが、全体としてはハズレだ。

■関連エントリ
信田さよ子『依存症』
信田さよ子『母が重くてたまらない』
信田さよ子『アダルト・チルドレンという物語』
信田さよ子『共依存・からめとる愛』

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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