山口周『外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術』



 山口周著『外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術』(中経出版/810円)読了。
 kindle版が紙版(1620円)の半額という安値だったので、購入してみた。

 この著者の本では、昨年読んだ『外資系コンサルの知的生産術』がなかなか秀逸であった。
 当ブログのレビューで、私は「とくに、第5章(全5章)の『知的ストックを厚くする』は、読書論として独立した価値をもつ素晴らしい内容だ」と書いたのだが、これはまさにその章を一冊分に押し広げたような本である。

 タイトルが示すとおり、本書はビジネスマン向けに特化した読書論であり、読書をいかに仕事に役立てるかに的を絞っている。したがって、自由業者の私には関係ない話も多いのだが、それでも十分一読に値する内容であった。

 本書は、読書をビジネスマンにとっての“自分への投資”として捉え、著者が編み出した効率的な自己投資としての読書のコツを、さまざまな角度から開陳している。
 読書を「自分への投資」と見なす視点自体はありふれたものだが、本書はその視点の展開の仕方が優れている。

 たとえば、著者は読書を「ビジネスパーソンとしての基礎体力をつくるための読書」(=ビジネス書の名著をくり返し精読すること)と、「ビジネスパーソンとしての個性を形成するための読書」(=教養に関連する本を広く浅く読むこと)の2種類に大別し、その両方が不可欠なのだという。前者はいわば「規定演技」であり、後者は「自由演技」なのだ、と……。
 そして、2種類の読書のそれぞれについて、効率的な読書術を解説していく。その解説はどれも論理的で、得心のいくものだ。
 
 山口周は、いまのビジネス書の書き手としては傑出した存在だと思う。私は注目している。
 彼がつい最近開設した書評ブログ「ライプニッツ!」も、かなりよい。

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伊藤洋一『情報の強者』



 伊藤洋一著『情報の強者』(新潮新書/756円)読了。

 著者はエコノミスト/経済評論家。テレビなどでのわかりやすい経済解説に、私はつねづね好感を抱いている。なのでこの本も読んでみたのだが、期待外れ。情報整理術・知的生産の技術の本としては凡庸な仕上がりで、参考になる点がほとんどない。

 主張の根幹になっているのは、“情報洪水・情報過多の時代だから、不要な情報をいかに切り捨てるかが大切だ”ということ。
 そんなあたりまえのことをいまさらドヤ顔で主張されてもねえ。

 たとえば、テレビ局は同じニュース映像を一日のニュース番組の中で何度も使い回すから、「ニュース番組は午前と午後(夜)で各30分も見れば十分である」と著者は言う。「番組全てのニュースを漫然と見る必要はない」と……。
 一日中ダラダラとテレビを見ているような情報弱者は、そもそも本書のような本を手に取りもしないだろうに。

 全編そんな調子で、内容の大半はあたりまえのわかりきったことである。

 私が本書で唯一「なるほど」と膝を打ったのは、「自分にとって好ましい情報、都合のいい情報」を「快楽情報」とネーミングしている点。

 往々にして私たちは社会問題や政治問題でも、快楽情報ばかりを摂取する傾向があることには自覚的であるべきだ。(中略)ネット中心に情報を追う場合、無意識に「快楽情報オンリー」になってしまうことが珍しくない。
(中略)
 世界でいったい何が起きているのか。その全体像を掴むためには、「不快情報」も必要だ。むしろ、そのほうが重要だと思っていてもいい。
 快楽情報にだけ溺れていたら、世の中が見えなくなってしまう。



 これはまったくそのとおり。立場の左右を超えて、ネットでの情報摂取がメインの人ほど肝に銘ずるべきことだろう。

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ベネディクト・キャリー『脳が認める勉強法』



 ベネディクト・キャリー著、花塚恵訳『脳が認める勉強法――「学習の科学」が明かす驚きの真実!』(ダイヤモンド社/1944円)読了。

 米『ニューヨーク・タイムズ』紙のベテラン科学記者が、第一線の科学者たちへの取材をふまえて、「学習の科学」の最前線を手際よく紹介する本。
 読者に効率的な学習法を教える実用書であると同時に、上質のサイエンス・ノンフィクションでもある。

 「脳科学からみた上手な学習法」をまとめた類書は少なくない。
 たとえば、本書の帯にも推薦の辞を寄せている池谷裕二さんのデビュー作『記憶力を強くする』(講談社ブルーバックス)は、良書であった。また、児玉光雄著『勉強の科学』 (サイエンス・アイ新書)も、イラストをふんだんに用いたティーン向け(受験生向け)の本ながら、大人が読んでもためになる好著だった。

 しかし、「いまから一冊だけその手の本を読みたい」という人には、本書を推したい。
 「こういう学び方をしたら効率的ですよ」とコツを説くだけではなく、「脳のメカニズムから見て、なぜその学び方が効率的なのか?」という機序と、その事実が判明するまでの科学史的背景が詳述されており、読み応えがあるからだ。

 「機序とか背景とか、どうでもいい。オレは効率的な学習法が手っ取り早く知りたいんだ」という人は、コツの部分だけ拾い読みしてもよい。
 ただ、本書の巻末には「学習効果を高める11のQ&A」というまとめページが用意されているのだが、最初にここだけを読んでも言っていることがピンとこなかった。やはり、人間は機序や背景がわかってこそ得心がいくのだ。

 本書で解説されている効果的学習法を、一つだけ紹介しよう(あとは自分で読んでください)。

 「一気に集中して勉強するのと、勉強時間を『分散』するのとでは、覚える量は同じでも、脳にとどまる時間がずっと長くなる」という。このことは、研究者の間で「分散学習」「分散効果」と呼ばれている。
 つまり、何かを学ぶための時間が週に4時間割けるとしたら、一気に4時間学ぶより、2時間ずつ2回学んだほうが、脳への定着率が高いのだ。

 しかも、毎日勉強するより、何日か間隔をあけて2回学んだほうが効果的だという。
 一夜漬けの詰め込み学習にもそれなりの効果はあるが、ほとんど記憶に定着せず、しばらくすると学んだことの大半を忘れてしまうという。これも、学生時代を考えれば誰しも思い当たるだろう。

 ……と、そのような学習テクニックが、機序と背景も含めてくわしく解説されている。
 後半にはひらめきを生むメカニズムに迫った章もあるし、学生ならずとも一読の価値がある。

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『ブルース・ブラザーズ2000』



 『ブルース・ブラザーズ2000』を、Amazonのプライムビデオで観た。
 いうまでもなく、名作『ブルース・ブラザース』(1980年)の続編。正編から18年後の1998年に作られたもので、私は初見。

 正編のあとにジョン・ベルーシが死んでしまったから、この続編はジェイク抜き、エルウッド(ダン・エイクロイド)のみのブルース・ブラザースである。
 正編がジェイクの出所シーンから始まったのに対し、本作はエルウッドの出所シーンから始まる。そして出所直後、エルウッドはジェイクの死を知らされるのだ。

 ブルース・ブラザースとしてはいわば“片翼飛行”なわけで、正編と比べてパワーダウンしていることは否めない。とくに、正編ほどのハチャメチャさ、スラップスティックな魅力はない。

 しかし、単純に音楽映画として観た場合、むしろ続編のほうが優れているのではないか。
 正編も続編も、「映画の形式を借りたアメリカン・ミュージック讃歌」という根底のテーマは共通であるわけだが、続編のほうがそのテーマがいっそうストレートに表現されている(エルウッドが「もろアメリカン・ミュージック礼賛」な長ゼリフを口にしたり)。

 それに、音楽ゲストは正編以上に豪華だ。
 とくに、クライマックスのバンド・コンテストで対バンとなる「ルイジアナ・ゲーター・ボーイズ」のメンバーなど、ビックリするくらいゴージャス。エリック・クラプトン、B.B.キング、ボー・ディドリー、アイザック・ヘイズ、スティーヴ・ウィンウッド、ゲイリー・U.S.ボンズ、ドクター・ジョン、ビリー・プレストン、グローヴァー・ワシントン・ジュニアなどなど……。

 ストーリーよりもむしろ、随所にある音楽シーンだけでお腹いっぱいになる映画。

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永江朗『51歳からの読書術』



 今日は都内某所で打ち合わせが一件。

 上野に近い場所だったので、そのあとで上野にまで足を伸ばし、国立西洋美術館でやっている「カラヴァッジョ展」を観た。
 代表作が網羅され、たいへん見応えがあった。「出品数は日本で過去最多、世界でも有数の規模」だそうである。

 ついでに花見気分も味わおうと思ったのだが、あいにく上野公園の桜はまだ一分咲きといったところ。それでも、シートを敷いて花見をしている気の早い人たちもいたけど。


 行き帰りの電車で、永江朗著『51歳からの読書術――ほんとうの読書は中年を過ぎてから』(六曜社/1620円)を読了。

 ピンポイントで私に向けて書かれたような本である(先週52歳になってしまいましたが)。
 小林信彦に『人生は五十一から』というエッセイ集シリーズがあるそうで、タイトルはそこからとったもの。中高年に達したからこそわかる読書の愉しみについて、さまざまな角度から綴ったエッセイ集だ。

 「読書術」というタイトルから、知的生産術の実用書を思い浮かべる人が多いだろうが、そういう側面はほとんどない。ブックガイドとして読むこともできなくはないが、そういう面もあまり強くはない。むしろ、読書好きなら随所でニヤリとしながらうなずくような、非実用的で軽快な読書エッセイである。

 永江朗は「100点満点の本は書かないが、つねに65点はクリアするプロのライター」だから、安心して読める(ホメているようには聞こえないだろうが、ホメている。100点満点を狙わず、コンスタントに65点取れる仕事をするのがプロのライターというものだ)。

 50歳を超えると、若いころの自意識過剰から解放されて、人目を気にせず好きな本が読めるようになる……という主旨のことを永江は書いているのだが、これには深く同意。
 若いころはとかく、「こんな本を読んでる俺カッコイイ」的な見栄で読書する面が多分にある。逆に、「ベストセラーなんか読んでいたらみっともない」と思ったりもする。しかし、五十路ともなると、人目などまったく気にならなくなるのである。

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エドゥアルド・コーン『森は考える』



 エドゥアルド・コーン著、奥野克己ほか訳『森は考える――人間的なるものを超えた人類学』(亜紀書房/2916円)読了。書評用読書。

 人類学者でマギル大学(カナダ)准教授の著者が、南米エクアドル、アマゾン川上流域の森に住むルナ族に対して行ったフィールドワークを元にしたエスノグラフィー(民族誌)である。著者は本作によって、2014年のグレゴリー・ベイトソン賞を受賞している。

 単純に事実を記録した部分は、たいへん面白い。たとえば――。

 ルナ族は著者に対して、“外で寝るときには必ず仰向けに寝ろ!”とアドバイスをする。なぜなら、ジャガーに出くわしたとき、うつぶせに寝ると餌食だと思われるが、仰向けだと視線を合わすことでジャガーは放っておいてくれるから、と……。

 また、ルナ族は森で狩りをするときの獲物を、「森の主」(精霊)の家畜を主が分け与えてくれるものだと考える。だから、ときどき森に対して、木のうろに詰め込むなどして「貢ぎ物」をする。

 ルナ族は、飼い犬にどうしても言うことを聞かせたいとき(家畜の鳥を犬が噛むなどの「悪事」をしたとき)、薬草から抽出した幻覚作用のある汁を無理やり飲ませ、朦朧としたところで言い聞かせる(ドイヒー)。

 ……などという話が随所にあって、興趣尽きない。
 五十嵐大介の連作マンガ『魔女』に、アマゾンの熱帯雨林を舞台にした素晴らしい一編があったが、ちょうどあの作品のような面白さだ。

 ただ、事実をふまえて著者が考察している部分は、原文のせいなのか訳のせいなのか、非常にわかりにくい。正直なところ、何が言いたいのかさっぱりわからない。
 適当に一節引いてみよう。

 生命がアマゾニアにて織りなす多くの層は、これらの人間的な記号過程の編み目よりも大きなものを増幅し、はっきりとさせる。その森が私たちを通じてそのありようを思考するのに任せるならば、私たち自身もまた常に何らかの仕方でいかにそのような編み目に編み込まれているのかを、そして、この事実と一緒にいかに概念的な作業をすることになるのかを、見定めることができよう。



 私たちをかたちづくるこの〈私たち〉が、いかに到来する布置のうちに多くのたぐいの存在を組み入れることができる創発する自己なのかを考えてみれば、こうしたことにはまさしく真実味があることがわかるだろう。私たち人間は、私たち自身を生み出し永続させるような多様な非人間的存在から、生み出されたものである。



 著者の思索を記した部分は、全編こんな調子なのである。
 優れた作品なのかもしれないが、私の手には余った。

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安冨歩『ありのままの私』



 昨日は、都内某所で打ち合わせが一件。
 東京は春風駘蕩、木蓮と梅の花の香りが甘く漂い、年に何度もないような素晴らしい天気だった。そのまま遊びに行きたい気分だったが、もう一週間ほどは〆切つづきで修羅場ってるのであった。


 行き帰りの電車で、安冨歩(やすとみ・あゆむ)著『ありのままの私』(ぴあ)を読了。仕事の資料として。

 「女性装をした東大教授」として話題の著者が、「男装を捨てる」までの歩みを綴った自伝的エッセイ。
 著者の恋愛対象は女性オンリーであるそうで、現在のパートナーも女性。一口にLGBTといっても、多様な性指向・性自認があるのだ。

 いちばん面白かったのが、第4章「無縁の原理」。
 この章は網野善彦の提唱した「無縁」の概念を用いて、マツコ・デラックスがなぜマスメディアに広く受け入れられているか、そしてなぜ嫌われないか(=排除されないか)を、見事に解き明かした内容だ。さすが東大教授という感じの鮮やかな論理展開である。

 4章にかぎらず本書全体が、エッセイであると同時に、「日本社会とLGBT」についての秀逸な論考にもなっている。

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『キース・エマーソン・バンド・フィーチャリング・マーク・ボニーラ』ほか



 “キース・エマーソン追悼聴き”三昧はつづく。

 AmazonのPrimeMusicには、キース・エマーソンが手がけたすべての映画音楽を集めた『at the movies』というセットが、丸ごとアップされている。
 これがスゴイ! シルベスター・スタローン主演のアクション映画『ナイトホークス』から、角川映画のアニメ『幻魔大戦』まで、7作品のサントラ盤がぎっしり収録されているのだ。CDだと3枚組、3時間30分・全67曲というボリューム(ただし、キース以外の人が書いた一部の曲は省かれている)。



 ここ2日ほど、これを流しっぱなしにして原稿書いています。

 『キース・エマーソン・バンド・フィーチャリング・マーク・ボニーラ』も聴いた。
 こちらは、ELPよりもポップな仕上がり。
 マーク・ボニーラのヴォーカルがジョン・ウェットンに似ているせいもあって、ヴォーカル入りの曲の一部は、まるでエイジア。プログレというより、プログレ風味の産業ロックという趣なのだ。

 それでも、いい曲が多い。とくに「ジ・アート・オブ・フォーリング・ダウン」という曲は群を抜いてカッコイイ。本作でいちばんELP的な曲でもあり、グレッグ・レイクのヴォーカル版をぜひ聴いてみたいところ。

 また、キース・エマーソンが全編弾きまくりで、シンセ/生ピアノ/ハモンドオルガン/パイプオルガンの音色がそれぞれ堪能できるので、聴き応えはなかなかだ。
 私は『スリー・フェイツ・プロジェクト』のほうが気に入ったけど。

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キース・エマーソンほか『スリー・フェイツ・プロジェクト』



 キース・エマーソンの訃報に、自分でも意外なほどショックを受けた。
 病気で指が思うように動かなくなったことに悩んで(パートナーの川口真里さんの証言による)の拳銃自殺という最期が衝撃的だったせいか、デヴィッド・ボウイの訃報からまだ日が浅いせいか……。

 ELP(エマーソン、レイク&パーマー)は少年時代に大好きだったバンドだが、近年のキースの活動にはあまり興味が向かなかった私。
 しかし、訃報に接してから手元にあるELPのアルバムを聴きまくり、キースの最近作『スリー・フェイツ・プロジェクト』(2012年)と『キース・エマーソン・バンド・フィーチャリング・マーク・ボニーラ』(2008年)を、追悼の意味で入手した。

■ELPについての過去エントリ
『The Essential Emerson, Lake & Palmer』
エマーソン、レイク&パーマー『ELP四部作』

 で、まずは『スリー・フェイツ・プロジェクト』を聴いているのだが、これは素晴らしい!
 キースとマーク・ボニーラ(キース・エマーソン・バンドのギタリスト兼ボーカリスト)、そしてノルウェー人指揮者テリエ・ミケルセンの3人によるプロジェクト。ミュンヘン放送管弦楽団との共演により、ELPの音よりもぐっとクラシック寄りの内容になっている。

 とはいえ、プロジェクト名はELPの曲「運命の三人の女神(The Three Fates)」に由来するし、アルバム中でも「タルカス」「永遠の謎」「奈落のボレロ」といったELPの名曲をオーケストラ・アレンジで取り上げている。
 「タルカス」をオーケストラで演る試みとしては、吉松隆編曲の『タルカス~クラシック meets ロック』(2010年)などもあったが、こちらは作曲者自らのアレンジであり、さすがのカッコよさ。

 私は『ELP四部作』に入っていたキースの“もろクラシック”な曲「ピアノ協奏曲第1番」が大好きなのだが、このアルバムはあの曲に近い雰囲気――クラシカルなアレンジの中にも、ロック的なダイナミズムとスピード感がある――で全編が統一されている印象だ。
 ただし、ディストーションの効いたギターがうなりを上げるなど、随所にロック的要素があり、「ピアノ協奏曲第1番」ほど“もろクラシック”ではない。

 パワフルなのに詩情豊かで美しく、ワイルドなのに細部は緻密に構築されていて、キース・エマーソンらしさが全編に横溢するアルバム。
 こんなにも生命力あふれる音楽を創っていたキースが、自ら命を絶ってしまうとは……。R.I.P.

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『クワイエットルームにようこそ』(再見)



 昨日は都内某所で取材。明日も取材。
 で、今日は息子の高校卒業式に参加。

 最後にサプライズで、アンジャッシュの渡部建(アンジャッシュは2人とも高校のOBだそうだ)とレミオロメンの藤巻亮太が登場したのでビックリ。藤巻は卒業式ソングの定番「3月9日」を生で歌ってくれた。
「最近の都立高の卒業式ってゴージャスだなァ」と思ったのだが、フジテレビの番組の収録も兼ねていたそうだ(→新聞記事になっていた)。


 Amazonのプライムビデオに『クワイエットルームにようこそ』がラインナップされていたので、再見(→初見時のレビューはこちら

 大好きな映画。同じ松尾スズキの脚本・監督作品でも、『恋の門』よりはるかに好きだ。何より、ヒロインのフリーライター・佐倉明日香を演ずる内田有紀が、もうサイコーである。

 これまでに映画やドラマに描かれたフリーライターの中で、この内田有紀がダントツにリアルでキュート。「あー、いるいる、こういう女性ライター」とうなずいてしまう。
 とくに冒頭近く、ケータイに向かって必死に原稿遅れの言い訳をしながら、遅刻しそうな取材現場に駆けつけるシーンが、超リアル。

「ええ、もう7割方書けて…7割って言ってもほとんど9割に近い7割で、いや、あの、8割は書けてないんですけど…。ええ、ほんとスイマセン! 明日の午後イチまでには、あ、ウソです、今夜のテッペン(午前0時)までには必ず!」



 ……などと言いながら、閉まろうとするエレベーターのドアを足で止めたりするあたり、キュートすぎて萌え死ぬ。
 もっとも、この映画はストーリーの主舞台が精神病院で、「ライター業界もの」というわけではないのだが。

 逆に、メディアに描かれるフリーライターの中でいちばんリアリティがないのが、サスペンスものの2時間ドラマに出てくるライターである。
 探偵まがいのことをして殺人事件を解決したり、取材でつかんだネタで相手を恐喝したりするライター(それはライターではなくブラックジャーナリスト)。そんな奴ァいねぇ!!

 ……などとやくたいもないことを書いている私は、お察しのとおり、現在、林立する〆切の前で修羅場っております。仕事に戻ります。

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マツオヒロミ『百貨店ワルツ』



 マツオヒロミの『百貨店ワルツ』(実業之日本社/1620円)を読んだ。

 娘の本棚にあったのを借りてきたもの(うちの娘は父親に似て思いっきりオタクですw)。
 著者のマツオヒロミは人気イラストレーターとのことだが、あいにく私は存じあげなかった。

 本書は、20世紀初頭(具体的な年は明示されていないが、雰囲気としては大正)を舞台に、架空のデパート「三紅(みつべに)百貨店」を一冊丸ごと費やして“紹介”したもの。
 マンガ仕立てになっているページも多い(計37ページ)が、ストーリーを楽しむという感じではなく、基本的にはイラスト集である。→本作の試し読みページ

 全ページカラーで、どのページもすこぶる美しい。次々と登場するあでやかな「モダンガール」たちの、表情や服装を眺めるだけでも陶然となる(男の私でも)。

 各階の売り場などの様子、商品の数々、百貨店の広告・ポスター、包装紙(!)に至るまで、「三紅百貨店」があたかも実在したかのように、凝りに凝って作り上げられている。その遊び心――著者は「本気で遊んで」いる――が楽しい。
 “フェイクの大正浪漫”の世界を堪能した。

 隅々まで、まったく手を抜かずに作られた本。この密度とクオリティーで1620円は安いと思う。

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竹宮惠子・内田樹『竹と樹のマンガ文化論』



 今日は、都内某所でタレント/女優のサヘル・ローズさんを取材。
 夕方のニュース番組「スーパーJチャンネル」のコーナー「新東京見聞録」でいつも拝見しているので、初対面という感じがしない。

 サヘルさんの自伝『戦場から女優へ』(文藝春秋)を読んで臨む。



 お話をうかがって、お母さん(戦争で孤児となった幼いサヘルさんを養女に迎えた人)のフローラさんとの強い絆に胸を打たれた。血のつながりを超える母と子の絆も、世の中にはあるのだ、と……。


 行き帰りの電車で、竹宮惠子・内田樹著『竹と樹のマンガ文化論』(小学館新書/799円)を読了。
 竹宮惠子の自伝『少年の名はジルベール』が大変面白かったので、一昨年出たこの対談集にも手を伸ばしてみた。内容には『少年の名はジルベール』と重複する部分もあるが、併読するといっそう理解が深まる。

 この本も、マンガ論(マンガ文化論・技術論)としてなかなか面白い。

 内田さんの唯一のマンガ論集『街場のマンガ論』は、牽強付会な論が多くて私は感心しなかった。
 しかし、本書では内田さんは基本的に聞き役に回っており、よい話をたくさん引き出しているので、『街場のマンガ論』よりもずっとよい。
 
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橘玲『「読まなくてもいい本」の読書案内』



 橘玲(たちばな・あきら)著『「読まなくてもいい本」の読書案内――知の最前線を5日間で探検する』(筑摩書房/1728円)読了。

 このタイトルは、ちょっとひねりすぎ。「こんな本は読む価値がない!」と、名著の数々をバッサバッサ斬り捨てる内容を想像するだろうが、そうではない。
 副題の「知の最前線を5日間で探検する」のほうが、内容の的確な要約になっている。複雑系科学・進化論・ゲーム理論・脳科学・功利主義の5分野の概要と最前線を、手際よく紹介した概説書なのである。

 それがなぜ『「読まなくてもいい本」の読書案内』になるかというと、“複雑系科学などの長足の進歩による「知のビッグバン」が起きたあとでは、それ以前の古いパラダイムで書かれた本は読むに値しない”との主張が根幹になっているから。

 著者は科学者ではないから、進化論・脳科学・複雑系についての記述は、ありていに言って既成の科学書や論文の受け売りである。
 ただ、この著者は受け売りの仕方が抜群にうまく、受け売りであることを読者に意識させない。いわば、“洗練された受け売りのプロ”なのである。ホメているように聞こえないだろうが、100%の讃辞として“受け売りの達人”と呼びたい。

 全盛期の立花隆は、科学の最前線を手際よく読者に伝える優秀な「科学啓蒙家」であった。その役割を、本書によって同じタチバナ姓の著者(ちなみに、立花隆の本名は橘隆志)が受け継いだと言えそうだ。

 私は当初、本書を図書館で借りて読み、半分ほど読んだところで「これは手元に置いて何度も読み返したい」と思い、Amazonに注文した。
 「知の最前線」の的確な概説として、優れた内容だ。難しいことをわかりやすく説明する知的咀嚼力において、著者の力量は池上彰に匹敵する。

 ただ、「知のパラダイム」によって、哲学などの古典的教養がすべて陳腐化したかのように著者が言うのは、やや勇み足。古典的教養は、科学の進歩によって無価値になるほど薄っぺらいものではないはずだ。
 そのへん、大前研一の「古典的教養無用論」に通ずる底の浅さを感じてしまった。

■関連エントリ
橘玲『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』
橘玲『貧乏はお金持ち』
橘玲『バカが多いのには理由がある』

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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