リズ・ライト『フリーダム&サレンダー』



 リズ・ライトが昨年9月に出したアルバム『フリーダム&サレンダー』の評判がやたらとよいので(昨年のベストアルバムに選ぶ人が多かった)、遅ればせながら聴いてみた。

 リズ・ライトは、ファースト・アルバム『ソルト』(2003)が素晴らしかった。以来注目していたのだが、セカンド、サードとつづくにつれ、どんどん内容が地味になり、ルーツであるゴスペル色が強くなっていったので、「うーん、これならもう聴かなくてもいいかな」と心が離れてしまった。なので、前作にあたる『フェローシップ』(2010)は現時点では未聴である。

 が、久々に聴いたこのアルバム(通算5作目)はじつによい!
 ゴスペルが土台になっているのは従前通りだが、全体にロック色がやや濃くなって、メリハリのある聴きやすいサウンドに仕上がっている。
 
 今作で最もロック色が強い「ザ・ニュー・ゲーム」や、ファンキーなオープニング曲「フリーダム」などは、問答無用のカッコよさ。じつに「男前」なヴォーカルを聴かせてくれる。



 かと思えば、グレゴリー・ポーターとのデュエット曲「ライト・ホエア・ユー・アー」はホーリーな雰囲気に満ちたバラードで、すでにしてスタンダードのような風格を漂わせている。

 後半にはゴスペル的な宗教性を感じさせる曲も多いが、それがたんに「地味な曲」になっておらず、素晴らしい深みを湛えている。「リヴァー・マン」におけるフリューゲルホーン(ティル・ブレナー)の絶妙な使い方など、名匠ラリー・クラインのプロデュース手腕の冴えも随所に感じられる。



 ラリー・クラインは、ジョニ・ミッチェルの公私にわたるパートナーだったことで知られる人気プロデューサー。ことに、女性アーティストの魅力を引き出す名伯楽として名を馳せている。
 今作においても、若くして世に出ながら伸び悩んでいたリズ・ライトの底力を、見事に引き出してみせた。

■関連エントリ→ リズ・ライト『オーチャード~禁断の果実』

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森博嗣『作家の収支』



 森博嗣著『作家の収支』(幻冬舎新書/821円)読了。

 私は森博嗣の小説を一つも読んだことがないのだが、彼が自らの作家生活の舞台裏を明かした『小説家という職業』は読んだ。本書はその続編というか、より経済的側面に絞った“舞台裏明かし”の書。

 著作の部数とそこから得た印税、映像化された場合の原作料、雑誌連載の原稿料、講演料、取材謝礼など、作家として稼いだお金のすべてについて、具体的金額も含め、ビックリするほど赤裸々に明かしている。過去にも類書はあったが、ここまで赤裸々なものはなかった。その点だけでも、小説の好きな人なら一読の価値はある。

 同じ出版業界の片隅に身を置く私から見ると、出てくる数字のほとんどは「まあ、そんなもんだろうな」と感じる順当なものである。ただ、中には私でも驚いた話がある。たとえば――。

 ある清涼飲料水メーカーから小説の執筆を依頼されたことがあって、このときの原稿料はその1作で1000万円だった。その作品は本になって出版されたのだが、そのときの印税とは別にである。これは原稿料というよりも広告料と捉えるのが正しいかもしれない。



 とはいえ、本書に明かされているのは、ほぼなんの苦労もせず人気作家になった天才の特殊事例であって、一般作家志望者の参考になるようなものではない(「いつかはこういう立場に」という目標にはなる) 。作家志望者の99・9%は、そもそも森博嗣と同じ舞台に立つまでいかないのだから……。

 『小説家という職業』もそうだったが、本書も“勝ち組ならではの、無意識の勝ち組目線”でつらぬかれている。ゆえに、売れない作家や、売れない作家にすらなれない作家志望者が読むと、随所でカチンとくるだろう(笑)。

 それでも、「売れっ子作家ってどれくらい儲かるんだろう?」という下世話な好奇心を十二分に満たしてくれる読み物には違いない。

 柳美里さんの『貧乏の神様――芥川賞作家困窮生活記』は、小説家が赤裸々に生活の内情を明かした、という意味では本書の類書だが、2冊を併読するとあまりの落差にめまいがしそうになる。小説家とひとくちに言っても人生いろいろなのだ(むろん、どちらがいい・悪いではないが)。

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マシュー・バロウズ『シフト』



 また風邪を引いて熱を出してしまった。今月初めに風邪を引いて治ったばかりだというのに……。喉が痛い。
 今日の予定だった打ち合わせを、一つ延期してもらった。

 最近、行く先々で風邪引いてる人多すぎ。あと、ここ何日か寒すぎ。
 まあ、今回は食欲も普通にあるので、正月の症状よりはかなりましだが。

 寒気がするので、昨夜から寝床に入りっぱなし。書き仕事ができないので、とりあえず書評用の本を読んだ。
 マシュー・バロウズ著、藤原朝子訳『シフト――2035年、米国最高情報機関が予測する驚愕の未来』(ダイヤモンド社/2160円)である。

 アメリカの最高情報機関NIC(国家情報会議)の分析・報告部長として、『グローバル・トレンド』(約4年ごとに発表されてきた、今後15~20年間の世界を予測した報告書。一般向けに市販もされており、邦訳もある)の直近2号で主筆を務めた著者が、NIC辞任後に発表した未来予測の書。約20年後の至近未来である2035年の世界を、さまざまな角度から読み解いている。

 『グローバル・トレンド』をまとめるために著者が行った丹念な調査・取材をふまえた内容であり、机上の空論は一つもないといってよい。
 ただ、副題に言う「驚愕の未来」というのは少し大げさ。目からウロコが落ちるような衝撃的な未来予測はあまり見られない。むしろ、いまの国際情勢の延長線上にごく自然に思い描けるような、順当な予測のほうが多い。

 この手の未来予測の本ではとかく、いたずらに危機感を煽ったり、逆に過剰なまでにバラ色の未来を描いてみせたりと、両極端に振れがちだ。
 しかし、著者の筆致は終始冷静でバランスが取れており、過度の悲観にも楽観にも陥っていない。そのぶん派手さはない本だが、冷静さが好ましい。

 未来予測の書というより、むしろ、世界のメガトレンドを把握することにより、現在の世界を見る目がクリアになる本である。

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ジョニー・ウインター『ナッシン・バット・ザ・ブルース』



 今日は朝から、永田町の都道府県会館で、村井嘉浩宮城県知事と石川ひろたか参議院議員(公明党)の対談取材。
 村井知事には、前にも東日本大震災関連の取材でお会いしたことがある。陽気でパワフルな方である。
 
 午前中に取材が一件終わると、「もう一仕事終えたぞ」という感じで、なんとなく「一日分トクした気分」になる(笑)。


 ジョニー・ウインターの1977年のソロ・アルバム『ナッシン・バット・ザ・ブルース』を、中古で購入。

 ジョニー・ウインターのアルバムの多くはブルース・ロック、もしくはブルース・ベースのハードロックだが、この『ナッシン・バット・ザ・ブルース』は、ブルース・ロックというよりはもろブルース。
 すっごく渋い。ブルース・ハープの用い方とか、エレキ・ギターとドブロ・ギターの使い分けなどが、もう絶妙のセンス。

 しゃがれたがなり声なのに耳障りではないジョニーのヴォーカルも、「これぞブルース」という感じで素晴らしい。

 既成曲のカバーは一曲のみで、ほかはすべてジョニーのオリジナル。にもかかわらず、すべての曲がブルースのスタンダード・ナンバーのような風格を備えている。

 34分強というトータルプレイングタイムの短さだけが玉に瑕だが、ジョニー・ウインターの数あるアルバムの中でも指折りの傑作だと思う。ドブロ・ギターを抱えてタバコをくゆらすジャケも渋い。

 マディ・ウォーターズがヴォーカルでゲスト参加するラスト・ナンバー「ウォーキング・スルー・ザ・パーク」(マディの曲で、これのみがカバー)など、最高の仕上がりだ。



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立花隆『死はこわくない』



 取材つづきでバタバタしている。
 先週木曜はガンの闘病体験の取材。金曜は作家の葉室麟さんを取材。昨日は雪が降るなか、埼玉県の所沢市まで行って、幼き日をフィリピン・ダバオの日本人居留地で過ごした方の、戦争体験の取材。

 その間に原稿の〆切も順次やってくるわけだが、いまのようにアウトプットよりインプットのほうが多い時期は、うかがったお話が頭の中にぎっしり詰まっている感じで、なんとなく気持ちが落ち着かない(文章にまとめることで“吐き出す”とスッキリする)。


 立花隆著『死はこわくない』(文藝春秋/1080円)を読了。

 立花には『臨死体験』や『脳死』という著作もあり、元々死についての関心が深い。その彼が、ガンと心臓病の手術を乗り越え、自らの死も強く意識するなかで考えたことなど、死にまつわるあれこれを語ったもの。
 本書はロング・インタビュー(立花の弟子筋に当たるサイエンスジャーナリスト・緑慎也がインタビュアー)、講演録、対談といった「語り」が中心で、立花自らが文章を書いたのはエッセイ1編と「あとがき」のみなのである。

 出てくる話の重複もあるし、立花隆にしては安直なつくりの本だ。
 大病も経た75歳の彼には、かつてのような重厚な著作をものす力がもう残っていないのかもしれない。

 ただし、本書は『臨死体験』などのエッセンスを凝縮した本として読むこともできる。ゆえに、『臨死体験』を未読の人にとってはそれなりに面白いだろう。

 また、第三章「脳についてわかったすごいこと」は、2014年放映のNHKスペシャル「臨死体験 死ぬとき心はどうなるのか」を立花と一緒に作ったディレクター・岡田朋敏との対談であり、最先端の科学が死や「意識」というものをどうとらえているかを垣間見ることができる。

 面白かったのは、死の間際にネズミの脳の中で、セロトニンという幸福感を感じさせる神経伝達物質が大量に放出される現象が確認されたことです。人間の臨死体験でも「幸福感に包まれる」という報告が多くされており、彼女の研究結果は、臨死体験が「脳内現象」であるという説を支持する有力な実証研究となりそうですね(岡田の発言)



 生物はより複雑なものになる過程において、その複雑性がある限度を越すと「意識」が生まれる(立花の発言)



 ……と、そのような示唆に富むトピックも多い。

 なお、『死はこわくない』というタイトルは、立花隆が取材を通じて「死後の世界はない」と確信し、(大病と高齢により)死が近づいていることを意識するようにもなって、「『死は怖くない』という心境に達した」ことをふまえたものだ。

 ふつうは、宗教などを通じて「死後の世界の存在を確信する」からこそ、死が怖くなくなるものだろう(宗教誕生の大きな要因は死の恐怖だといわれる)。その逆に、“死後の世界がないと確信したからこそ、死が怖くなくなった”というのは、いかにも立花隆らしい。

 ただ、私は本書を読んで、「立花の死生観は意外に薄っぺらい」と感じてしまった。死を表面的な現象のみで捉えているというか。
 そもそも、“臨死体験はたんなる脳内現象”というのはその通りかもしれないが、だからといって、それは死後の世界の不存在証明にはならないだろう。

 また、今後、脳科学などの進歩によって死というものの“正体”が明らかになったとしても、そのことと死の恐怖を乗り越えることは別の話なのではないか。

 たとえば、人間の恋愛感情も、脳内現象として捉えればたんなるドーパミン(など)の過剰分泌にすぎないかもしれない。恋愛感情のメカニズムは、今後事細かに解明されていくであろう。しかし、それが解明されたからといって、人間が片恋や失恋の苦しみから解放されるわけではないのだ。

 “私は死の正体を科学的に見切った。だから、死はもう怖くない”(と、立花が明言しているわけではないが、そういう含みが感じられる)というのは、ある種の増上慢ではないか。

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葉室麟『はだれ雪』



 昨日は、企業取材で千葉県木更津へ――。
 木更津で降りたのはたぶん20年ぶりくらい。『木更津キャッツアイ』以前だ。
 『木更津キャッツアイ』の影響で木更津もすっかり洗練され……てはいなかった。木更津は相変わらず木更津だった。でも、港町独特の雰囲気、私は好きである。


 行き帰りの電車で、葉室麟著『はだれ雪』(角川書店/1944円)を読了。著者インタビューのため。

 この新作は、葉室流『忠臣蔵』である。
 しかも、主人公は女性で、メインとなるのは清冽な大人のラブストーリー。その背景に、おなじみの『忠臣蔵』の物語がからんでゆく。

 吉良上野介に斬りつけた浅野内匠頭に、事件直後に近づき、襖越しにその「最期の言葉」を聞いたとされる旗本・永井勘解由(かげゆ)。役目を超えたその勝手な行いは将軍綱吉の怒りを買い、勘解由は流人として扇野藩(架空の藩)の屋敷に幽閉の身となる。

 勘解由が誰にも明かさなかったという内匠頭の「最後の言葉」とは、どのようなものだったのか? なぜ、勘解由は危険を冒して内匠頭と言葉を交わそうとしたのか? そのミステリーがストーリーを牽引していく。

 勘解由の接待役兼監視役を藩から命じられ、共に暮らすことになるのが、若く美しい後家・紗英(さえ)。身の回りの世話をし、その高潔な人格に触れるうち、しだいに勘解由に心惹かれていく。

 だが、浅野家旧臣たちの間では少しずつ主君の仇討ちへの機運が高まり、内匠頭の「最期の言葉」を知ろうと勘解由に接近する者も出てくる。大石内蔵助、堀部安兵衛といったおなじみの面々も登場し、読者に強烈な印象を残す。

 仇討ちがなされたなら、勘解由もそれを使嗾したとして、身に災いがふりかかることもあり得る。果たして、勘解由と紗英の恋の行く末は――?

 ……と、いうような話。「ううむ、その手があったか!」と唸らされる、斬新な切り口の『忠臣蔵』アナザーストーリーである。面白くて一気読み。とくに紗英のヒロイン像がすこぶる魅力的だ。

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デヴィッド・ボウイ逝去



 今日は、都内某所で女優の柴田理恵さんを取材。内容は、ワハハ本舗の3年ぶりの全体公演について。柴田さんとは初対面である。


 帰りの電車でスマホを開いたら、デヴィッド・ボウイ死去のニュース! こ、これは仰天。つい昨日くらいに、「ボウイの新譜(『ブラックスター』)がいい」という話をネットで読んだばかりだったので、完全に不意打ちであった。
 ラストアルバムをリリースした翌々日に逝去って、カッコよすぎ。ボウイは最期まで、現役の/最前線のロック・アーティストでありつづけたのだ。

 若い人にはピンとこないかもしれないが、私くらいの世代のロック・ファンにとっては、ジョン・レノンの訃報に次ぐほどの衝撃だ。

 好きなアルバムはたくさんあるが、ベスト3を挙げるなら、『ロウ』『ヒーローズ』『ジギー・スターダスト』というところか。
 『ロウ』なんて、発表から40年近くを経たいま聴いても、少しも古びていない。いやはや、すごいものである。

 というわけで、久々に『ロウ』を聴きながらこれを書いています。R.I.P.

■関連エントリ→ デヴィッド・ボウイ『リアリティ・ツアー』





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鈴木大介『老人喰い』



 鈴木大介著『老人喰い――高齢者を狙う詐欺の正体』(ちくま新書/864円)読了。

 鈴木大介は、ほかの誰も手をつけない分野で、社会的意義の高いルポを書きつづけている。
 それでもいまだ賞に縁がなく「無冠」であるのは、取材テーマが「犯罪する側の論理」「犯罪現場の貧困問題」というキワドイものであるためだろうか。

 本書は、いわゆる「オレオレ詐欺」の現場を、当事者たちへのディープな取材から活写したもの。

 鈴木の『家のない少年たち』(『モーニング』連載中の劇画『ギャングース』の原案に当たる)をレビューしたとき、私は、「『犯罪を礼賛する気はさらさらない』と著者は『まえがき』で言うのだが、それでも犯罪をどこか肯定的に描いている印象を随所で受ける」と書いた。
 本書にも、同様の危うさを感じた。オレオレ詐欺の加害者たちを、“老人ばかりが豊かで、若者たちが貧しい格差社会への反逆者”として捉えているからだ。

 ただし、そういう危うさを差し引いてみれば、鈴木にしか書けないド迫力の犯罪ルポではある。

 オレオレ詐欺グループが、ヘタな中小企業など足元にも及ばないほど、高度に合理化・組織化されている様子に唖然とする。
 「オレオレ詐欺なんて、ダマされるヤツが馬鹿なんだ」というのは、高度化した現在のオレオレ詐欺には当てはまらない言葉だ。いまは、カネをもっている高齢者にあらかじめ狙いを定め、相手の個人情報を調べ上げて臨むやり方が増えているのだという。

 逮捕されるリスクが大きいのは、実際にカネを受け取る役の人間のみ。詐欺の主体である「店舗」で働く「プレイヤー」たちは、二重三重の安全装置に保護されて、ほとんど逮捕に至らないという。

 その「プレイヤー」たちを新たに育成する「研修」の場で、「講師」役は次のように嘯く。

「日本の老人は、世界中で最も金持ちで、最もケチな人種だ。若い人間が食えなくてヒイヒイ言ってる中で、金もってふんぞり返ってるこいつらから、たった200万程度を奪うことに、俺は一切の罪悪感を感じない。むしろ俺はこの仕事を誇りに思ってるよ」



 ……このような洗脳教育を経て、なんの罪悪感も感じず詐欺に手を染める「プレイヤー」が育成されていくのである。

■関連エントリ
鈴木大介『最貧困女子』
鈴木大介『家のない少年たち』
鈴木大介『出会い系のシングルマザーたち』
鈴木大介『家のない少女たち』

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小笠原治『メイカーズ進化論』



 昨日は、登山家の田部井淳子さんを取材。都内某所の事務所にて。
 雪崩で九死に一生を得た体験とか、ガンの闘病体験とか、すさまじいドラマを軽やかににこやかに話されて、すごい迫力であった。ある種の達観を感じさせる、「人生の達人」という趣の方である。


 行き帰りの電車で、小笠原(おがさはら)治著『メイカーズ進化論――本当の勝者はIoTで決まる』(NHK出版新書/799円)を読了。
 
 猫も杓子もIoT、IoTとウルサイ昨今だが、IoTが何なのかは我々シロウトにはわかったようでわからない。
 本書は、“IoTを取り入れた新しいモノづくり”を推進する側である著者が、その最前線を紹介し、モノづくりの未来を概説した書。

 IoT化や製品の「モジュール化」などによって、モノづくりはもはや一部の大企業の独擅場ではくなっている。そのことを棚的に示すのが、米国の液晶テレビメーカー「ビジオ」のような、ファブレス(工場がない)のメーカーの台頭である。

 ビジオは部品の調達や組立などの製造工程を、台湾や中国の企業にアウトソーシングしています。その分、ビジオ自身は最も上流に位置する商品企画と下流の販売に特化しているのです。
 かつて日本ではモノづくりの空洞化が叫ばれた時期がありますが、それは自社工場を海外に移転することを指していました。ビジオのようなファブレスなメーカーにとってそもそも工場は持つものではなく、選ぶものです。ここには空洞化という概念すらありません。「モノづくりが空洞化して日本のよさが失われている」という議論は、実はファブレスのメーカーが登場した時点であまり意味がなくなってしまっているのです。



 ううむ……。目からウロコ。
 モノづくりの世界でいまどんな激変が起こりつつあるのかが、豊富な具体例を通してすんなり理解できる好著だ。

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2015年に読んだマンガBEST5



 大晦日の夜から風邪で熱を出してしまい、けっきょく、三が日ずっと寝床で過ごす羽目に……。
 酒を飲むのはおろか、食欲もなかったのでほぼ絶食状態。今日測ってみたら体重が2キロ減っていた(それでも2キロしか減らないのな)。
 まだちょっとふらふらするし、喉も痛いのだが、明日には今年初の取材もあるし、今日からそろそろ起き上がったしだい。

 「くっそー、自分史上最悪な年明けだぜ!」と思った。だが、考えてみれば4日間連続で完全に休んだのなんて、10年ぶりくらいである。最近はろくに休みもない状態がずっとつづいていたから、「三が日くらいゆっくり休ませろ!」とカラダが悲鳴を上げたのであろう。
 正月だったおかげで仕事に穴をあけることもなかったし、「体を休められたので結果オーライ」と考えよう。

 そんなわけで、今日やっと年賀状を書きます(三が日に届いた分の返事)。賀状下さった方々、スミマセン。


 年明け一発目は、2015年に読んだマンガBEST5を選んでみた(BEST10にするほどは新作をたくさん読まなかったので)。

一ノ関圭『鼻紙写楽』
――ほかの4作は順不同だが、これだけはダントツのマイ・ベストワン。「昨年のベスト」というより、すでにしてマンガ史上に残る名作。願わくば、何年でも待つからきちんと完結させてほしい。

田辺剛・カリブsong『サウダージ』
――薫り高い絵とストーリーで、古典のような風格を漂わせる好短編集。

蛇蔵『決してマネしないでください。』
――惜しくも最近完結してしまったが、じつに楽しい「大人の学習マンガ」であった。私はこの作品で蛇蔵のファンになってしまった。

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』
――「どんどん題材がマニアックになっていく」という、最近の歴史マンガの傾向(フス戦争を描いた『乙女戦争』とか)を象徴する作品。元冦を描くに当たって、対馬での攻防に的を絞っているあたりがマニアックである。

竹良実『辺獄のシュヴェスタ』
――これもマニアックな歴史マンガの一つで、中世の魔女狩りを背景にした少女の復讐譚。竹良実は、このまま順調に伸びていけば、マンガ史に名を残す作家になれるであろう大型新人。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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