馳星周『ソウルメイト』



 今日は、都内某所で打ち合わせが一件。
 行き帰りの電車で、馳星周著『ソウルメイト』(集英社文庫/670円)を読了。

 馳星周といえば、バイオレンスに満ちたノワール(暗黒小説)の書き手として知られているわけだが、本書は普段の彼の作風とはかけ離れた、ハートウォーミングな「犬小説」集である。

 全7編の短編集で、それぞれ、“主人公”となる飼い犬の犬種がタイトルになっている。「チワワ」「ボルゾイ」「柴」「ウェルシュコーギー・ペンブローク」という具合だ。

 犬好きの著者が、犬好きの読者に向けて書いた作品集。
 収録作の大半は、家族の絆が犬によって再確認される「家族小説」でもある。冷め切った夫婦が犬を媒介に愛を取り戻す話、離婚した妻の元に残してきた息子と、犬を介して絆を取り戻す話など……。また、犬がキューピッド役となるラブストーリーもある。

 各編とも趣向が凝らされているし、あざとい「お涙ちょうだい」にはなっておらず、気持ちよく読める。
 犬好きなら、「ああ、わかるわかる」とうなずく場面や文章も、随所にある。たとえば――。

 レイラがうなずいた。もちろん、ただの思い込みだ。犬がうなずくわけがない。犬を擬人化しすぎるのは危険だが、擬人化しなければ一緒に暮らしていく意味がない。



 7編中、私がいちばん気に入ったのは、「ウェルシュコーギー・ペンブローク」。飼い主に虐待されつづけ、“人間恐怖症”に陥った犬を引き取った夫婦が、犬の凍りついた心を溶かすまでのプロセスを描いた物語だ。
 犬を虐待しつづけた前の飼い主が、経済的に恵まれ、傍目には幸せそのものの仲のよい家族だった、という描写にも、ゾッとするリアリティがある。

 最後の「バーニーズ・マウンテン・ドッグ」は、癌になった犬の最期を飼い主が看取るまでの物語。これだけが、やや異質な印象を与える。ほかの6編に比べ、際立って感傷的な内容になっているのだ。
 それもそのはず、これは作者自身が飼っていたバーニーズの最期が投影された作品なのだ(その看取りのプロセスを、馳星周は『走ろうぜ、マージ』というノンフィクションにもしている)。
 本書のカバーを飾る著者撮影の写真も、おそらく、ありし日のマージだろう。

 相手がだれであれ、どんな関係であれ、人間同士の愛情の間には打算が生じる。だが、カータはわたしにすべてを捧げてくれた。わたしもカータにならすべてを捧げられた。カータはわたしのすべてだった(「バーニーズ・マウンテン・ドッグ」)



 人間の「ソウルメイト」(魂の伴侶)たる犬が飼い主に捧げる、また飼い主が犬に捧げる無償の愛を謳い上げて、犬好きなら感動必至の短編集。
 つい最近、続編も刊行されたので、それも読んでみよう。

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沢田ひろふみ『山賊王』



 仕事上の必要があって、沢田ひろふみの『山賊王』全13巻を古本で購入し、一気読み(マンガを読むのも仕事のうちなのである)。

 少年マンガには珍しい、鎌倉時代末期を舞台にした歴史マンガである。
 ストーリーの骨格は史実に基いているものの、主人公の家に伝わる不思議な力をもつ刀が重要な役割を果たすなど、「伝奇もの」としての色合いも濃い。

 暴君・暗君として民を苦しめる鎌倉幕府の執権・北条高時に父を殺され、復讐の炎を燃やす若武者・樹長門(いつき・ながと)が主人公。

 長門の胸には星形のアザがあった。同じアザを体のどこかに持つ5人の選ばれし者たちを集め、6人が力を合わせれば、鎌倉幕府を倒せる――そんなお告げのとおり、運命に引き寄せられ集い来る「星の者」たちは、楠木正成・足利尊氏・新田義貞・赤松円心らであった。
 
 『アストロ球団』の「アストロ超人」は、体に野球ボール型のアザをもつという設定だったなァ。まあ、この手の設定のオリジナルは『南総里見八犬伝』だろうが……。

 この設定が示すとおり、古き佳き少年マンガの香りを濃厚に残したヒロイックな歴史マンガである。細部までよく練られており、大人の鑑賞にも十分堪える。

 度重なる戦に際して、主人公の奇抜な戦略が奏功する展開が、くり返し描かれる。「戦略マンガ」としてもよく出来ており、横山『三国志』などが好きな人にとっても面白く読めるだろう。

 主人公たちが鎌倉幕府を打ち倒し、「建武の新政」が始まるところで、物語は幕となる。
 そのとき、6人のうち5人のアザは消えるが、足利尊氏のアザだけは消えない。尊氏は「これは何の啓示なんだ…まだ私には残された使命があるというのか!?」と戸惑う。余韻嫋々のエンディングである(南北朝の動乱までが描かれた続編が読んでみたい)。

■関連エントリ→ たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』

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『マッドマックス 怒りのデス・ロード』



 『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を映像配信で観た。
 今夏の「マッドマックス祭り」のころに映画館で観そこなったので、いまさらながら。

 映画館に何度も(人によっては10回以上も)観に行く人が多数現れたそうだし、ネットでも高評価ばかりが目についた。
 なので、ちょっと期待値を上げすぎた。

 たしかに面白い。だが、「そんなにくり返し観に行くほどのもんかなァ」と思ってしまった。
 もちろん、映画館の大スクリーンで観ていれば感想も違っただろうし、これはまさに「映画館で観るべき映画」なのだとは思うが……。

 感心したのは、物語の設定などに関する「言わずもがな」の説明を、一切省いているところ。
 これが邦画なら、もっともっと説明過多な(その分だけ興醒めな)映画にしていたに違いない。

 あと、絵づくりはスゴイと思った。
 核戦争後の荒涼たる世界がむしろ美しいと思えてくるような、ビシッと決まったカットが多数。

 
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ベラキス『BELAKISS』



 ベラキスのファーストアルバム『BELAKISS』(アリオラジャパン)を聴いた。

 このアルバムに入っている曲「ONLY YOU」が、先日観た『11・25 自決の日  三島由紀夫と若者たち』のエンディングテーマとして使われていて、大変気に入ったので……。



 三島を主人公にした映画のエンディングに、「いかにも」な雅楽などではなく、英国産ポップ全開のこの曲をもってくるあたり、なかなかのセンスだと思う。

 ベラキスはイギリスのバンドなのだが、日本の「オフィスオーガスタ」の社長が惚れ込み、自らプロデュースして日本先行メジャーデビューさせたらしい。
 ちなみに、メンバーの紅一点、ターシャ・スターキーはリンゴ・スターの孫娘だそうだ(担当楽器はドラムスではなくベース)。

 このデビューアルバムが出たのは4年前だが、その間、ほとんど話題にならなかった気がするし、本作はAmazonで定価の6割引きで投げ売られている。ま、要は売れなかったのだろう。

 アルバム全体を聴いてみると、「ONLY YOU」をしのぐ曲は一つもないし、抜きん出た点がなくて、いまいち華がない。
 ビートルズ~オアシス直系のメロディアスなブリットポップで、けっして悪くはないのだが……。

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『俺達に墓はない』



 『俺達に墓はない』がAmazonプライムビデオのラインナップに入っていたので、観てみた。私は初見。



 松田優作主演の1979年作品。『最も危険な遊戯』などの「遊戯」シリーズと同系列のクライム・アクションである。
 優作のフィルモグラフィーでいうと、『殺人遊戯』と『処刑遊戯』の合間に作られた作品ということになる(優作にとっての次作は『蘇る金狼』)。

 「遊戯シリーズ」の主人公・鳴海昌平は殺し屋であったが、本作の主人公・島勝男は窃盗・強盗などをくり返すプロの犯罪者(あ、殺し屋もプロの犯罪者か)。

 「遊戯シリーズ」同様、随所にユーモアが仕込まれてはいるものの、本作はもっと泥臭い東映バイオレンス路線寄りである。
 たとえば、岩城滉一演ずる優作の弟分がヤクザの組に捕まり、豚小屋に入れられて豚同様の扱いを受けるリンチの場面などは、かなり陰惨だ。

 全体に、同年に作られた『蘇る金狼』をスケールダウンしたようなB級感が漂う作品。それでも、そのB級感が味になっていて、なかなか楽しめる。
 シャブ中のヒロイン(!)を演じた竹田かほりが素晴らしい。このころの彼女はじつにチャーミングだ(いまは甲斐よしひろ夫人)。

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小谷野敦『このミステリーがひどい!』



 小谷野敦著『このミステリーがひどい!』(飛鳥新社/1620円)読了。

 ヘタなことを言うとマニアがうるさい、「地雷原」のようなジャンルがある。ミステリー小説もその一つだろう。
 本書は、ミステリー・マニアというわけではない(むしろ「推理小説嫌い」を自称する)著者が、その地雷原に果敢に踏み込んだ記録である。しかも、第5章「SF『小説』は必要なのか?」では、SF小説というもう一つの地雷原にまで踏み込んでいる。

 そのため、Amazonのカスタマーレビューではすでにマニアたちの集中砲火を浴びているのだが、ミステリー・マニアではない私には楽しく読めた。

 内容の三分の一くらいは、ミステリー小説を原作にしたテレビドラマや映画の話になっている。また、ミステリーと関係のないSFの話に一章が割かれているように、随所に脱線がある。それに、この著者の本ではよくあることだが、自分語りが異様に多い。

 それでも、著者ならではのミステリー四方山話として、最後まで飽きさせない。
 なるほどと膝を打ったくだりも多い。たとえば――。

 日本のミステリーが隆盛を見るのは、やはり「角川商法」以後であって、そこはやはり角川春樹の功績なのである。



 だいたい、日本人は完訳にこだわり過ぎで、小説というのは往々にして水増しして一冊にしているのだから、抄訳は大いに用いるべしである。(中略)どうも世間には、カネを出して買うのだから本は分厚いほうがいいと思っている人がいるようだ。



 一般人が主役になった推理=冒険小説には、「なぜ警察に言わない?」と思う場面がしばしばある。(中略)どうも、革命にロマンを感じる人たちには、警察は国家の手先だから、警察に手を委ねたくないという思いがあるらしいが、そりゃ無茶である。



 現代日本のミステリー作家たちへの歯に衣着せぬ寸評も、おおむね痛快であった。たとえば、森村誠一に対する次のような評価。

 清張も森村も社会派だが、清張にはハイブラウな文化へのしっかりした敬意がある。森村は、知りもしないでバカにしている。全然違うのである。森村は、その教養のなさが、作品に現れてしまっている。



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クリストファー・マクドゥーガル『ナチュラル・ボーン・ヒーローズ』



 昨日は、今年のノーベル物理学賞に輝いた梶田隆章・東大宇宙線研究所長を取材。東大柏キャンパスにて。

 昨年のいまごろ、やはりノーベル物理学賞を受賞した天野浩さん(名古屋大学教授)を取材したから、2年連続でノーベル賞受賞者を取材したことになる。サイエンス・ライターならあたりまえだが、そうではない私にとっては奇遇だ。

 梶田さんは、一つひとつの質問を丁寧に考えて答えてくださる、物腰柔らかな紳士であった。


 クリストファー・マクドゥーガル著、『ナチュラル・ボーン・ヒーローズ――人類が失った"野生"のスキルをめぐる冒険』(NHK出版/2160円)読了。書評用読書。

 第2次大戦中、ギリシャのクレタ島でくり広げられた対独レジスタンス。そのクライマックスとなった、ドイツ軍将軍の誘拐作戦を描いたノンフィクション。

 ……ではあるのだが、それは本書の半面にすぎない。
 もう半面は、誘拐作戦を成功させたクレタ島の若者たちの驚異的な戦い(夜を徹して山岳地帯を80キロ以上走りつづけるなど)の秘密に迫ることにある。クレタ島に伝えられてきた特殊な走法(クレタ走り)と、島民の独特な食生活の中にその秘密があった、というのが著者の見立てだ。

 誘拐作戦の顛末を追った部分と、クレタの若者たちのパワーの源を探っていく部分が、交互に登場する。
 つまりこれは、歴史ノンフィクションであると同時に、フィットネス――現代人が「野生のスキル」を取り戻すためのフィットネス――の本でもあるのだ。

 そのうち、フィットネスの書としての面は、目からウロコの指摘が多く、面白く読んだ。
 しかし、ノンフィクションとしてはイマイチ。てゆーか、さっぱり面白くなかった。話があちこちに飛ぶ雑然とした構成で、本の中に入り込めなかった。この著者には物語を紡ぐ才能がないと思う(ノンフィクションであってもその才は必要だ)。

 本書は、誘拐作戦の顛末は遠景にとどめ、テーマをフィットネスに絞るべきだった。「二兎を追う者は一兎をも得ず」である。

 ところで、本書の帯の惹句はなかなかトリッキーだ。
 「世界300万部のベストセラー」と大書されているので、本書が300万部も売れたのかと思わせるが、よく見ると、「世界300万部のベストセラー『BORN TO RUN』に続く最新作!」と書いてある。東スポの見出しかよ(笑)。

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町田康訳『宇治拾遺物語』



 町田康訳『宇治拾遺物語』読了。

 池澤夏樹個人編集『日本文学全集』の第8巻としてさきごろ刊行された、『日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集』の一編。
 町田康による大胆な訳が巷で話題になっているので、読んでみた。

 全編、爆笑の連続だった。中世の説話文学が、21世紀に読んでこんなにも笑えるものになるとは……。町田康の才能炸裂。彼に『宇治拾遺物語』を訳させようと考えた池澤夏樹のキャスティングの勝利である。

 町田の小説に見られるぶっ飛んだ言語感覚、文体のグルーヴ感が、そのまま活かされた訳業。
 芥川龍之介の短編「芋粥」「鼻」「地獄変」の元ネタになった説話や、昔話「わらしべ長者」「こぶとりじいさん」「舌切り雀」の元ネタになった説話も収められていて、いずれも町田康のカラーに染め上げられている。

 たとえば、「芋粥」の元ネタになった説話(『今昔物語』にも同じ話あり)の、次のような一節。

「え? 芋粥を飽きるほど食いてぇ? それマジ?」
「マジっす」
「よりによって芋粥かよ。滓みてぇな奴だな。あ、わりぃ、わりぃ。ごめんな。お客さん、滓とか言っちって」



 ……などという、ストリート感あふれる文体で訳されているのだ。
 「前世よりキャリーオーバーした宿業」、「あり得ないルックスの鬼」、「入水の聖(ひじり)・狂熱のライブ」、「なにかとストレスが多い宮廷社会に笑いを齎(もたら)してくれる貴重な人材」などという現代語の用い方も、むしょうにおかしい。
 
 当ブログで親鸞の『歎異抄』の関西弁訳(川村湊)を紹介したことがあるが、町田康の訳にも関西弁が随所に織り込まれ、絶妙な効果を挙げている。

 「町田康の訳した古典がもっと読みたい」と思わせる、見事な「超訳」。

 
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コールド・ブラッド『スリラー!』ほか



 コールド・ブラッドの『スリラー!』『ファースト・テイスト・オブ・シン』『シシファス』を聴いた。

 少し前にベスト盤を買ってすごく気に入ったので、オリジナル・アルバムにも手を伸ばしてみたしだい。
 コールド・ブラッドは、1970年代にタワー・オブ・パワーと人気を二分した「ベイエリア・ファンク」の雄である。タワー・オブ・パワーと異なるのは、女性ヴォーカリストが看板だという点。
 ジャニス・ジョプリンとチャカ・カーンを足して二で割ったような、パワフルでセクシーなリディア・ペンスのヴォーカルがじつに魅力的だ。

 この3枚も、甲乙付け難い素晴らしさ。
 一般には『スリラー!』が最高傑作と目されているそうだが、私は『ファースト・テイスト・オブ・シン』のほうが気に入った。
 これは、ダニー・ハサウェイがプロデュースした1972年のアルバム。激熱のファンクナンバー、甘いバラード、ゴスペル色の強い曲、洗練されたインスト曲など、多彩な内容で、一曲たりとも捨て曲がない。

 『スリラー!』はヒッチコック映画の一場面のようなジャケのカッコよさが抜きん出ているし、スティーヴィー・ワンダーの「サンシャイン(You Are the Sunshine of My Life)」のゴキゲンなカバーが入っていたりして、何かと派手なアルバム。だから人気があるのも納得だし、よいアルバムではあるのだが……。

 『スリラー!』が今月日本でも廉価盤で再発されたりして、再評価の機運が高まっているのかな。日本でももっと知られてよい名バンドだ。

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『キングスマン』



 昨日は、取材と打ち合わせ。その間がポッカリ空いてしまい、一度家に帰るのも面倒なので、映画を観て時間つぶし。
 話題のスパイ・アクション映画『キングスマン』を観た。



 いやー、面白かった。
 『キック・アス』の監督(マシュー・ボーン)と原作者(マーク・ミラー)が再び組んだ映画なので、『キック・アス』のテイストがそっくりスパイ映画に持ち込まれた感じ。
 
 アクション・シーンは最初から最後までキレッキレ。バイオレンスに満ちているのにそれが少しも不快ではなく(人によるだろうが)、暴力描写がスタイリッシュ。

 凝りに凝ったスパイガジェットの数々も楽しいし、随所にブラックなギャグが盛り込まれていて、けっこう笑える。

 スパイ映画においては重要な悪役も、十分にキャラが立っている。とくに、プロのダンサーであるソフィア・ブテラが演じた、両足が義足の女殺し屋・ガゼルの素晴らしいこと。「世界一身のこなしが美しい悪役」だろう。

 ストーリー上、犬が大切な役割を果たすので、犬好きにはたまらない映画でもある。
 とくに、物言わぬパグが目で強く訴えかけてくる「あの場面」(観ればわかる)! あれはもう、映画史上に残る“犬演技”であろう。

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ハービー・ハンコック『ハービー・ハンコック自伝』



 ハービー・ハンコック著、川島文丸訳『ハービー・ハンコック自伝――新しいジャズの可能性を追う旅』(DU BOOKS/3024円)読了。書評用読書だが、面白くて一気読み。

 前にこのエントリで書いたとおり、あれほどの大物にもかかわらず、ハービー・ハンコックの自伝や評伝はこれまでなかった。本書は、本国アメリカで昨年ようやく発刊された自伝(リサ・ディッキーというライターが構成を担当している)の邦訳だ。

 ハービーは、若くして名声を得て下積みなど皆無に等しいし、その後も数々の栄光に包まれており、「あまりに恵まれすぎていて、自伝は面白くなさそう」な印象がある。

 だが、本書を読んでみれば、ハービーの半生にもやはり多くの挫折と壁があったことがわかる。マイルス・クインテット脱退後の独立初期の苦闘、最愛の妹の飛行機事故死、90年代のクラック(吸引コカイン)依存など……。それらの壁や悲しみをどのように乗り越えてきたかが、赤裸々に綴られている。

 登場するエピソード群は十分にドラマティックだし、何より、ハービーのキャリアをフィルターとしたジャズ史として読み応えがある。1960年代から現在までの半世紀にわたって、ハービーはつねにジャズシーンの最前線を切り拓いてきたのだから……。

 ハービーが革新的な曲「ロックイット」を作り上げたとき、レコード会社の幹部たちはその価値を理解できず、「これを発表したらハービーのキャリアは終わりだ」と言い、プロモーションビデオの制作費を出すことすら拒否したという。だから、あの有名なPVは、ハービーが自腹を切って(ゴドレイ&クレームに依頼して)制作したのだとか。



 そのような秘話の数々が面白いし、ハービーの主要作品についての最上の解説書としても読める。なにしろ、ハービー自身が舞台裏を明かし、解説しているのだから。本書を脇に置いて、ハービーの名作群を一枚一枚聴き直してみたくなる。

 日蓮仏法の実践についても、かなりの紙数が割かれている。アメリカSGI(創価学会インタナショナル)入会の経緯が綴られる第12章以降の各章は、仏法の実践がハービーをどのように変えたかを明かしたものとも言える。
 とはいえ、宣伝めいた書き方ではないので、非学会員にも抵抗なく読めるはずだ。

 ハービーの音楽上の「師」マイルス・デイヴィスへのリスペクトが、全編にちりばめられた書でもある。とくに、「第21章 マイルスとの最後の日々」は泣ける。

 細部に至るまで読みどころと驚きに満ちた(とくにジャズの好きな人にとっては)、第一級の自伝。

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武田砂鉄『紋切型社会』



 武田砂鉄著『紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社/1836円)読了。

 ライターの世界に新人賞があったなら、今年の受賞者は武田砂鉄となったに違いない。
 河出書房の編集者としてのキャリアがあったとはいえ、ライター専業となったのは昨秋。にもかかわらず、今年さまざまなメディアで名前を見かける。大活躍である。

 そのブライテストホープの初の単著を、遅ればせながら読んでみた。本年度「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」(藤原新也選考)受賞作でもある。

 「育ててくれてありがとう」「全米が泣いた」「逆にこちらが励まされました」「あなたにとって、演じるとは?」などという、メディアにはびこる紋切型の言葉を素材に、日本の「いま」を批評する軽やかな社会時評集。

 全20本のコラムはどれも、構成も文章も凝りに凝っていて、文の「芸」としてなかなかのものだ。小田嶋隆(本書の帯に讃辞を寄せている一人)の時評コラムを、もう少し批評寄りにした感じ。
 このインタビュー記事では、「『紋切型社会』を書いたときは、影響されすぎないように小田嶋さんの本や連載を読まないようにしていた」と言っているくらいだから、かなり強い影響を受けているのだろう。
 こういう時評コラムが書けるライターって、若手ではほかに見当たらないし、たちまち売れっ子になったのも道理だ。

 ただ、最後の一編「誰がハッピーになるのですか?」では本田靖春や竹中労へのリスペクトを熱く綴っていて、小田嶋隆よりはノンフィクション志向が強いのだろうが……。

 デビュー作でこれだけの本が書けるというのは、大したものだ。
 まあ、20本のコラムは玉石混交でもあるし、私は読んでいて途中で飽きてきたけど。

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矢野顕子『Welcome to Jupiter』



 矢野顕子のニューアルバム『Welcome to Jupiter』(ビクターエンタテインメント/3996円)を、2枚組仕様の初回限定盤で聴いた。

 スタジオアルバムとしては前作に当たる昨年の『飛ばしていくよ』は、私にとってかなりガッカリ度の高い作品であった。
 本作は、『飛ばしていくよ』の続編的位置づけ(「オトナテクノ」第2弾だそうだ)ということで、「またガッカリするかなァ」とイヤな予感を抱きつつ聴いてみた。

 なにしろ、前作に「在広東少年」や「電話線」のセルフカバーが収められていたように、今作にも「Tong Poo(東風)」(YMOの曲だが、アッコちゃんも『ごはんができたよ』でカバー)や「悲しくてやりきれない」(フォーク・クルセダーズのカバー)、パット・メセニー作の「PRAYER」の再演が入っているし……。

 前作のセルフカバー曲について、私は当ブログで次のように酷評した。

 「電話線」と「在広東少年」という初期~中期の代表曲をセルフカバーしているのだが、2曲とも「劣化コピー」という感じの出来。
 とくに、「在広東少年」は原曲とアレンジもほとんど同じ。これなら原曲を聴いたほうがいいわけで、いまさらオリジナルアルバムの曲目を割いてカバーする必然性が理解できない。
 ボーナストラック扱いならまだしも、「電話線」なんか今作のオープニングナンバーになっているし……。



 今作における「Tong Poo」「悲しくてやりきれない」「PRAYER」についての印象も、おおむね同じだ。
 『ごはんができたよ』『愛がなくちゃね。』『SUPER FOLK SONG』に入っていた元バージョンのほうがずっといいし、なぜいまさらリメイクするのか、意図がよくわからない。そして、出来の悪い「Tong Poo」のリメイクをわざわざオープニングナンバーに据える意図も、さらにわからない。

 では、前作『飛ばしていくよ』同様、本作は私にとってガッカリ・アルバムか?
 ……それが、意外にそうでもなかった。
 リメイク曲はいただけなかったが、オリジナル曲の出来が素晴らしい。「あたまがわるい」「そりゃムリだ」「わたしとどうぶつと。」「わたしと宇宙とあなた」「大丈夫です」など、みんなよい。つまり、彼女は「ソングライターとして枯れてしまったからセルフカバー/リメイクに走っている」というわけではないのだ。

 また、オリジナル曲以外では、はっぴいえんどの『風街ろまん』所収曲「颱風」のカバーが、ファンキーかつブルージーでカッコイイ。終盤のマーク・リーボウのギターが絶品だ。

 全体的に、前作よりはずっと楽しめるアルバムに仕上がっている。
 チープなピコピコ音の比重が前作よりも下がり、その分生ピアノの比重が上がっている点も好ましい。私は何よりもピアニストとしての矢野顕子のファンであるから。

 それに、初回限定盤の特典であるディスク2「Naked Jupiter」が、意外なほど出来がよい。
 これは、ディスク1収録曲から7曲を選び、「オフヴォーカルにし矢野顕子のピアノと各ビートメイカーのトラックのみで再ミックスされたオトナテクノトラック集」である。

 「どうせ、たんなるカラオケ集みたいなもんでしょ?」と思う人もいるだろうが、そうではない。独立した作品として価値をもつインスト集に仕上がっているのだ。BGMにしても心地よいし、随所に胸を鷲づかみにされる切なさがあって、アッコちゃんならではの“ジャズ風味の抒情派エレクトロニカ”という趣のミニアルバムになっている。
 ファンなら、少し高めでも初回限定盤を手に入れたほうがいい。

 『飛ばしていくよ』のガッカリ感がかなり払拭され、長年のファンとしては少しホッとした(もちろん、私とは逆に『飛ばしていくよ』を高く評価したファンもいるわけだが……)。

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川崎大助『日本のロック名盤ベスト100』



 川崎大助著『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書/907円)読了。

 ありそうでなかった本。
 アメリカの『ローリングストーン』誌などはしばしばこの手のランキングを発表しているが、日本にこのような網羅的名盤ランキングは存在しなかった(音楽誌の特集などで「日本のロック名盤ガイド」のたぐいはあっても、ランキングはつけたがらなかった)。

 著者が客観的視点から「名盤ベスト100」を選出した労力は買うし、意義もあるだろう。ただ、本書のランキングには大いに異論があるなあ。

 ちなみに、ベスト10は次のようになっている。


1位/はっぴいえんど『風街ろまん』(71年)
2位/RCサクセション『ラプソディー』(80年)
3位/ザ・ブルーハーツ『ザ・ブルーハーツ』(87年)
4位/イエロー・マジック・オーケストラ『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』(79年)
5位/矢沢永吉『ゴールドラッシュ』(78年)
6位/喜納昌吉&チャンプルーズ『喜納昌吉&チャンプルーズ』(77年)
7位/大滝詠一『ロング・バケイション』(81年)
8位/フィッシュマンズ『空中キャンプ』(96年)
9位/サディスティック・ミカ・バンド『黒船』(74年)
10位/コーネリアス『FANTASMA』(97年)



 著者は、本書のランキングは自らの「パーソナル・ベスト」を記したものではない、とことわっている。「パーソナル・ベストならこんな順位にはならない」と……(著者の「パーソナル・ベスト100」も、本書で紹介して欲しかった)。
 個人的嗜好は抑え、「オリジナリティ」「影響度」「革新性」「ロック追求度」などの5つの指標で採点し、総合獲得スコアによってランキングを決定したというのだ。

 たとえば、第4位にランクされているYMOの『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』。
 作品のクオリティのみで選べば、YMOの最高傑作は『テクノデリック』だろう。だが、「影響度」を勘案すれば、最大のヒット作であり社会現象を巻き起こした『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』が選ばれるのは、まあ納得がいく。

 ただ、それでも納得できないセレクトも多い。
 たとえば、一風堂のヒット曲を集めたベストアルバム『ルナティック・メニュー』が、57位にランクされている。
 この手の名盤ランキングにベスト盤を入れるなんて、ルール違反ではないか? 一風堂のアルバムなら、『ラジオ・ファンタジー』か『リアル』を選んでほしかった。

 また、Charの作品でランク入りしているのが、趣味的なソロアルバム『Psyche(サイケ)』のみ(32位)だというのは、納得がいかない。影響度から言っても作品の質から言っても、あれは断じてCharのベストとは言えないだろう。
 ピンククラウド~ジョニー、ルイス&チャーはどこへ行ってしまったのか? Charのソロアルバムから選ぶとしても、名曲「SMOKY」を収めたファーストの『Char』こそ歴史的名盤だろう(「影響度」や「ロック追求度」から見ても)。

 ほかにも、「ルースターズで『GOOD DREAMS』(25位)はないだろう」とか(私なら、ラストアルバムの『FOUR PIECES』か、逆にファーストアルバムを選ぶ)、「佐野元春なら『SOMEDAY』(17位)より『VISITORS』だろう」とか、随所に異論を挟みたくなる。

 ナンバーガールの最初のライヴ盤『シブヤROCKTRANSFORMED状態』が選ばれているが(94位)、私だったら絶対に『SAPPUKEI』を選ぶなあ。
 頭脳警察のファーストが選ばれているが(56位)、パンタのソロやパンタ&ハルのアルバムはなし。私は『クリスタルナハト』も『マラッカ』もベスト10級の傑作だと思うので、納得がいかない。
 また、私はPINKこそ80年代日本最強のロックバンドだったと思っているが、本書のランキングには影も形もなし。
 遠藤賢司の『満足できるかな』が36位にランク入りしているわりには、ロッカーとしての泉谷しげるは無視。『'80のバラッド』とか、歴史的名盤だと思うけどなァ。

 ……などと文句をつけていったら、まあきりがないのだが。

 そもそも、カヒミ・カリィや宇多田ヒカル、Perfume、PUFFYまでベスト100に入れているあたり、ロックの定義/範囲設定そのものが、著者と私ではかなり異なるようだ(「そこまで広げていながら、キリンジは完全無視かよ」とか、また文句が言いたくなる)。

 だがそれでも、心の中でいちいちツッコミを入れながら本書のランキングを眺めること自体、大変楽しかった。日本のロック好きが集まって、本書をサカナにあれこれ語り合っても楽しそうである。

 本書は、前半がベスト100アルバム・ランキングと各アルバムの解説、後半はそのランキングをふまえた日本のロック史概説という二部構成になっている(第2部のタイトルは、「米英のロックと比較し検証した日本のロック全歴史」というもの)。

 後半の概説も、これまた相当クセの強い内容だ。
 たとえば、冒頭で「日本のロックの歴史は一九七◯年に始まった」と宣言され、50年代半ばから60年代の“日本のロック”は歌謡曲に過ぎなかったと断じられている。ううむ……。
 著者の偏った主観が既成事実のごとく断定的に論じられ、私は随所で反発を覚えた(卓見もあるのだが)。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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