荒木飛呂彦『荒木飛呂彦の漫画術』


荒木飛呂彦の漫画術 (集英社新書)荒木飛呂彦の漫画術 (集英社新書)
(2015/04/17)
荒木 飛呂彦

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 荒木飛呂彦著『荒木飛呂彦の漫画術』(集英社新書/842円)読了。

 『ジョジョの奇妙な冒険』で知られる人気マンガ家が、創作の舞台裏を明かした本。
 『漫画術』というタイトルは、ヒッチコックにトリュフォーがインタビューした『映画術』をふまえたものだろう(『映画術』については本文にも、創作の参考にした名著として言及がある)。

 「キャラクターの作り方」「ストーリーの作り方」などの章は、わりと初歩的な内容で、「企業秘密を公にする」(帯の惹句)というほどのものではないと思った。
 たとえば、石森章太郎の半世紀前の名著『マンガ家入門』(1965年)と比べても、それほど進歩があるとは思えない。

 私が感心したのは、むしろ絵の極意を明かした章(第5章「絵がすべてを表現する」)。絵の隅々にまで緻密な計算が秘められていることがわかって、感動的ですらある。
 荒木作品の独創的なポージングは、イタリアの美術館で観たバロック彫刻から天啓を得て産み出された……とか、創作秘話が面白い。マンガ家を目指す人はもちろんのこと、荒木飛呂彦のファンなら楽しめる本だろう。

 創作の技術を学ぶ本であると同時に、第一線のクリエイターがどのような覚悟をもち、どのように努力を重ねているのかがよくわかって、「背中を押される」本でもある。マンガ家志望者のみならず、あらゆる分野のクリエイターにとって一読の価値はある。

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スティール・パルス『Sound System:Island Anthology』


Sound System: Island AnthologySound System: Island Anthology
(1997/03/11)
Steel Pulse

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 スティール・パルスの『Sound System:Island Anthology』を輸入盤で購入。
 英国の硬派なレゲエ・バンドが、1978年から80年にかけて、英アイランド・レコードに残した3枚のアルバム(ファーストからサードまで)を2枚組に丸ごと詰め込んだアンソロジーだ。

 これも例によって、昔アナログ・レコードで聴き倒したアルバムの買い直し。
 レゲエはくわしくないし、あまり聴き込んでもいない私だが、スティール・パルスは例外的によく聴いたバンド(あと、もちろんボブ・マーリーも好きだけれど)。

 渋谷陽一がラジオ番組でやたらとプッシュしたせいもあってか、スティール・パルスは日本の英国ロック好きにとっていちばん馴染み深いレゲエ・バンドだったかもしれない。社会的メッセージをストレートに盛り込んだ彼らのレゲエそれ自体が「ロック的」であったし、当時のレゲエには珍しくシンセを多用したクールなサウンドも、ロック・ファンに受け入れられやすいものだった。

 一般にはファーストの『平等の権利(Handsworth Revolution)』の評価が高いようだが、私はセカンドの『殉教者に捧ぐ(Tribute to the Martyrs)』がいちばん好きだった。

 南アの反アパルトヘイト運動に深くかかわって官憲に虐殺されたスティーヴ・ビコ(ピーター・ガブリエルの曲「ビコ」の主人公でもあり、その死は映画『遠い夜明け』にも描かれた)の死を悼んだ強烈なプロテスト・ソング「Biko's Kindred Lament」など、反レイシズム、反ファシズムを謳い上げた曲が並ぶ。それらの曲は力強いのみならず、美しいメロディと緻密なアレンジも兼ね備えていて、素晴らしい。





 スティール・パルスはその後も息の長い活動をつづけているが、私はここに収められた初期の3枚(とくに最初の2枚)がいちばん好きだ。聴いていると静かに力が湧いてくる絶品である。

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『寄生獣』


寄生獣 DVD 通常版寄生獣 DVD 通常版
(2015/04/29)
染谷将太、深津絵里 他

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 『寄生獣』の映画版をテレビの「金曜ロードショー」でやっていたので、観てみた。

 岩明均の原作は連載中にリアルタイムで読んでいたし、マンガ史上に輝く名作だと思う私である。
 しかしこの映画版は、うーん……、微妙。コミックスでいうと全10巻中の5巻分を一本の映画(前後編の前編)に無理くり収めてあるから、ドラマのダイジェスト版を観ているような感じで、話の進め方がなんともあわただしい。

 この映画の脚本作りは、5巻分の話を100分に収めるための“つじつま合わせのパズル”のようだったのではないか。
 「新一に母親しかいない設定に変えれば、父親を描く分の時間が節約できる」とか、「Aが新一の母親を殺す設定に変えれば、ここで10分節約できる」とか、そんな感じで……。

 なんとか整合性のある話にはなっているし、“パズル”をやり遂げた努力は買おう。ただ、原作を読まずに映画だけ観た場合、この物語の魅力の半分も伝わらないだろう。

 『寄生獣』はテレビアニメにもなっていて、先月まで放映されていたそのアニメ版(『寄生獣 セイの格率』)も、私は「GyaO」で毎週楽しみに観ていた。この映画版と比べれば、アニメ版のほうがはるかに出来がよい。

 まあ、アニメ版は全24話だからじっくりとストーリーを追えるし、内容も原作に忠実だったから、私のような原作ファンにはアニメ版のほうが好ましく思えるのも当然だが……。

 わずか2時間程度の一本の映画で描けることは、意外に少ないものだ。ゆえに、長編小説や長編マンガを一本の映画にする場合、駆け足のダイジェストになってしまうのは致し方ないとも言える。

 明日から映画版の後編(完結編)が公開されるそうだが、私は観に行く気が失せた。

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『マンデラ 自由への長い道』


マンデラ 自由への長い道 [DVD]マンデラ 自由への長い道 [DVD]
(2014/10/22)
イドリス・エルバ、ナオミ・ハリス 他

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 『マンデラ 自由への長い道』を映像配信で観た。
 ネルソン・マンデラの自伝の映画化で、約2時間半の大作である。



 マンデラの27年半にわたった獄中闘争や、そこに至るまでの反アパルトヘイト闘争の軌跡が、つぶさに描かれている。
 映像の力というのはやはりすごいもので、入獄したときの絶望感などがひしひしと伝わってくる。看守が薄笑いを浮かべて「お前は妻にも娘にも二度と触れることはできない。一生ここで過ごすのだ」と言う場面では、自分がそう言われているような気がして息苦しくなったりするのだ。

 自伝の映画化に当たっては、「事実を美化しないこと」がマンデラ側の提示した条件だったという。
 たしかに、この映画の中のマンデラは聖人君子ではない。自らの浮気が原因で最初の結婚が破綻したことなどが率直に描かれており、人間臭いのだ。そこがよい。

 また、この映画の大きな美点として、マンデラの妻ウィニーの闘いにもかなりの比重が置かれている点が挙げられる。獄中にあったマンデラの代わりに反アパルトヘイト闘争を率いたウィニーの尽力に、正当な評価が与えられているのだ。

 そのうえで、ウィニーとマンデラの間に入った亀裂までが描かれているのが切ない。白人たちとの徹底抗争を望んだウィニーと、融和を目指したマンデラ――いつの間にか、2人は違う方向を向いて歩いていたのだ。
 
 マンデラが描かれた映画としては、すでに『マンデラの名もなき看守』や『インビクタス/負けざる者たち』がある。それぞれよい映画だったが、この作品こそ決定版だろう。どういうわけか、アカデミー賞をはじめとした賞はほとんど得ていないが、もっと評価されてしかるべきだと感じた。

■関連エントリ
『マンデラの名もなき看守』レビュー
ジョン・カーリン『インビクタス~負けざる者たち』レビュー

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平山夢明『デブを捨てに』


デブを捨てにデブを捨てに
(2015/02/20)
平山 夢明

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 平山夢明著『デブを捨てに』(文藝春秋/1000円)読了。

 タイトルといい、カバーデザインといい、一目で強烈な印象を残す最新短篇集。洋書のペーパーバックを模した製本もカッコイイ。

 収録作品は、広い意味ではホラー小説なのだろうが、化け物のたぐいはまったく出てこない。ただ、どの作品の登場人物も人間としてのタガが外れていて、化け物じみているのだ。

 下品さ、グロさは、相変わらず日本最高クラス。ただし、その下品とグロは突き抜けたユーモアに昇華されており、けっして不快ではない。むしろ、時に爽快ですらある(読者を選ぶ作家であり、生理的に受け付けない人も多いだろうが)。

 また、下品でグロなのに、読み終えたあとに不思議な寂寥感、哀切さが胸に残るのも、平山作品の特徴である。本書所収の4編もしかり。

 4編のうちでは、「痛快! ビッグダディ」のどす黒いパロディ「マミーボコボコ」が、いちばん面白かった(出てくる番組の名前が「痛恨! ジャンボぱぴー」w)。
 「ビッグダディ」的な大家族ドキュメンタリーをネタにブラックコメディを書く……というところまでは並の作家にも思いつくだろうが、ここまで荒涼とした作品に仕上げられるのは平山夢明だけだろう。

 独創的なぶっ飛んだ言語感覚も、相変わらず冴え渡っている。たとえば――。

 男は全て一気に呷った。丁度、喉の奥にキャッチャーが居れば、こんな感じに投げ込むんだぜという飲みっぷりだった。(「顔が不自由で素敵な売女」)



 ほかの誰がこんな表現を思いつくだろう。

■関連エントリ→ 平山夢明『或るろくでなしの死』レビュー

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『アート・オブ・マッカートニー~ポールへ捧ぐ』


アート・オブ・マッカートニー~ポールへ捧ぐアート・オブ・マッカートニー~ポールへ捧ぐ
(2014/12/10)
オムニバス、ジェフ・リン 他

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 『アート・オブ・マッカートニー~ポールへ捧ぐ』(ユニバーサルミュージック)を聴いた。

 ボブ・ディラン、ビリー・ジョエルなど、超豪華アーティストを集めたポール・マッカートニーのトリビュート・アルバム。2枚組で、総勢32組が計35曲(日本盤ボーナストラックの井上陽水「アイ・ウィル」を含め)のポール作品をカバーしている。
 選曲は、ビートルズ・ナンバーとソロ~ウイングス時代の曲が、おおむね半々の割合。

 ポール作品に絞った本格的トリビュート・アルバムは初めてだが、ビートルズのカバー集はこれまでにも山ほどあるわけで、それらと比べると物足りない。
 アーティストの顔ぶれはこれ以上ないほど豪華だが、内容がいかにもやっつけ仕事なのである。ほぼすべての曲が原曲に忠実すぎるアレンジで、「おお、あの曲をこんな斬新な切り口で……!」という驚きが微塵もない。選曲も、「イエスタデイ」「レット・イット・ビー」「ヘイ・ジュード」など、ド定番ばかり多すぎてヒネリが足りない。

 アマゾンのカスタマーレビューに「豪華なカラオケパーティを聴かされている気分になりました」という一言があって、「言えてる!」と思った。

 アリス・クーパーが「エリノア・リグビー」をカバーしているので、「お、原曲をグチャグチャに換骨奪胎したハードロック・バージョンかな」と期待したら、あまりに原曲そのまんまだったのでガッカリ。あのアリス・クーパーが演る必然性がまったく感じられない。

 あと、ビリー・ジョエルのヴォーカルの劣化具合に、ちょっと無残な印象を受けた。ただの耳障りなガナリ声になってしまっている。ビリーが歌う「恋することのもどかしさ」(メイビー・アイム・アメイズド)と「007/死ぬのは奴らだ」はそれぞれディスク1、2のオープニング曲になっていて、本作の目玉アーティストなのに。

 ……と、ケチをつけてしまったが、それでも聴いているとけっこう楽しめる。曲自体がどれも素晴らしいからだ。

 とくに、スティーヴ・ミラーによる「ジュニアズ・ファーム」、ハートによる「ワインカラーの少女」、キッスによる「ヴィーナス・アンド・マース~ロック・ショー」は、なかなかの仕上がり。
 ハートもキッスも演奏は提供しておらず(演奏はポールのバックバンドの面々)、それこそ「カラオケパーティ」でしかないのだけれど……。

 ちなみに、ビートルズのカバー集なら、私は映画『アクロス・ザ・ユニバース』のサントラや『アイ・アム・サム』のサントラが好きだ。

■関連エントリ→ 『アクロス・ザ・ユニバース』(サントラ)レビュー

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一ノ関圭『鼻紙写楽』


鼻紙写楽 (ビッグコミックススペシャル)鼻紙写楽 (ビッグコミックススペシャル)
(2015/03/20)
一ノ関 圭

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 一ノ関圭の『鼻紙写楽』(ビッグコミックススペシャル/1944円)を購入。

 伝説のマンガ家の、じつに四半世紀ぶりの新刊だ。
 デビューから40年経つというのに、これまでに刊行された彼女の作品集は、本書を含めてたったの3冊。並外れた寡作なのだ。それでも、「らんぷの下」や『茶箱広重』といった代表作は、マンガ史に残る傑作として語り継がれている。

 江戸中期を舞台に、歌舞伎と浮世絵の世界を二つながら描き尽くした、絢爛たる物語。堪能した。『茶箱広重』をもしのぐ大傑作だと思う。

 一ノ関圭は藝大油絵科卒で、「日本でいちばん絵のうまいマンガ家」の最有力候補。その圧倒的な画力・画面構成力は、本作でも健在だ。今後、何度も読み返し、1ページ1ページを味わい直す本になるだろう。

 約2000円という価格はコミックスとしては高いようだが、A5判434ページのボリュームなので、手に取って読んでみればむしろ「安い」と感じる。

 重厚な人間ドラマとしても、芸術の世界の深淵を描いた物語としても、綿密な下調べに基づく江戸風俗絵巻としても、それぞれ申し分のない完成度。
 そのうえ、江戸で起きた幼女連続殺人がストーリー(前半)の鍵になっていることから、ミステリとしても読める。なんとゴージャスなマンガであることか。

 浮世絵にも歌舞伎にも門外漢の私が読んでも面白いのだから、くわしい人ならもっと愉しめるだろう。

 惜しむらくは、本作が未完であるところ。物語の2人の主人公――のちの東洲斎写楽と、のちの六代目市川団十郎――が、まだ若く未熟な時代までしか描かれていないのだ。
 2人は、このあとどのように芸術家として完成されていくのか? そして、彼らと周囲の人々は、どんな人生を歩んでいったのか? 一ノ関圭の中には腹案があるだろう「後半」の物語を、ぜひとも読みたいものだ。

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ミチオ・カク『フューチャー・オブ・マインド』


フューチャー・オブ・マインド―心の未来を科学するフューチャー・オブ・マインド―心の未来を科学する
(2015/02/20)
ミチオ・カク

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 ミチオ・カク著、斉藤隆央訳『フューチャー・オブ・マインド――心の未来を科学する』(NHK出版/2700円)読了。書評用読書。

 理論物理学者で、一般向けの科学啓蒙書も数多くものしている著者が、心をめぐる科学の最前線と未来を展望した書である。

 いやー、これはスゴイ。粗製濫造される日本の新書10冊分くらいに相当する情報が、ぎっしりと詰め込まれている。メモしておきたいようなトピック、人に話して聞かせたいようなネタが、5ページに1つくらいの頻度で登場する。

 それもそのはず、これは第一線の物理学者である著者が、自らの豊富な人脈を活用して、科学の各分野の専門家たちにインタビューするなどして織り上げた未来図なのである。

 知的興奮に満ちた、第一級のサイエンス・ノンフィクション。

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中川右介『出版社社長兼編集者兼作家の購書術』


出版社社長兼編集者兼作家の 購書術: 本には買い方があった! (小学館新書)出版社社長兼編集者兼作家の 購書術: 本には買い方があった! (小学館新書)
(2015/02/02)
中川 右介

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 中川右介著『出版社社長兼編集者兼作家の購書術――本には買い方があった!』(小学館新書/778円)読了。

 「『本の買い方』なんて瑣末なテーマで、どうやって1冊の本にしているのだろう?」という書き手としての興味から読んでみた。

 案の定、途中から「本の買い方」というテーマはどっかに行ってしまっている。出版業界四方山話や、著者自身の本と書店をめぐる思い出話などでページが埋められているのだ。要は、企画そのものに無理があったのだと思う。

 中川右介の本を読むのはこれで4冊目だが、その中でいちばん中身が薄くてつまらなかった。見習いたいような“賢い本の買い方”も、本をめぐる目からウロコの知見も、皆無に等しい。

 中川は大量の文献を渉猟し、そのエッセンスを独自の切り口でリミックスし、1冊の本に編み上げる手法を得意としている。その手法を本書でも用いて、古今の読書家の「本の買い方」をめぐるエピソードを集めたらよかったのだ。そうすれば、もう少しましな本になったと思う。
 著者が少年時代に通いつめた本屋の思い出とかをダラダラ書き綴られても、読者にとってはなんの意味もない。

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70年代ポップス・ベスト・セレクション



 YouTubeの再生リストで、1970年代ポップスの私的ベスト・セレクションを作ってみた。原稿書きの合間にちまちま追加していたら、あっという間に100曲超え。これも現実逃避ですなァ。

 70年代末の曲の比率が高いのは、そのあたりから私が洋楽を聴き始めたから。 
 
 昔、自分のホームページ(もう消してしまったが)に「70年代ポップス・ベストテン」というのを書いたことがある。その原稿をバックアップ・ファイルから引っぱり出してきたので、以下にコピペ。
 ここに選んだ曲も、当然すべて上の再生リストに入っている。


 柴門ふみの短編マンガに、男がガールフレンドに「70年代ポップスのとっておきの曲ばかりを集めました。聴いてみてください」と言って自分の作ったカセットテープをプレゼントする場面があった。
 いまではタイトルさえ思い出せない、わりとどうでもいいマンガだったが、この場面だけは印象に残った。昔、私も同じことをした覚えがあるからだ。

 ファンにはよく知られていることだが、柴門ふみというペンネームは、彼女がポール・サイモンの大ファンであることに由来する。エルトン・ジョンの代表曲のタイトルをとった『僕の歌は君の歌』なんて作品もあるし、柴門ふみはとことん70年代ポップスが好きであるようだ。
 私も、70年代ポップスは大好きである。ベストテンを選んでみよう。

1位「時の流れに」(ポール・サイモン)
 ポール・サイモンの最高傑作『時の流れに』のタイトル・ナンバー。
 このアルバムにはほかに「恋人と別れる50の方法」という名曲(全米ナンバーワン)も入っているが、この「時の流れ」には及ばない。
 この曲には、私が70年代ポップスに求めるものがすべて揃っている。昔の恋人に街で偶然出会った男の心象風景を巧みに切り取った歌詞、切ないメロディー、素晴らしいアレンジ……。イントロの切ないエレピの音色からして背筋ゾクゾクものである。
 原題“Still Crazy After All These Years”(いまでも君にイカれてるのさ)のニュアンスを活かした「時の流れに」という邦題にも拍手。

2位「雨に微笑みを」(ニール・セダカ)
 50~60年代のポップ・スター、ニール・セダカが、70年代に復活を遂げて放った全米ナンバーワン・ヒット。バート・バカラックを思わせる品のよい名曲。リフレインの素晴らしいメロディは、一度聴いたら耳から離れない。つい最近も車のCMに使われていた。
 石田豊さんがDJをしていたNHK-FMのポップス番組で、毎年梅雨どきになると「雨の歌特集」をしていたのだが、私はそこでこの曲に出合った。

3位「ロンリー・ボーイ」(アンドリュー・ゴールド)
 アンドリュー・ゴールドなんて、いったい何人の人が覚えているだろう? この曲以降まったくパッとしない“アメリカの一発屋”である(ただし、スタジオ・ミュージシャンとしては一流)。一時期は矢沢永吉のバック・バンドに参加したり、アルバムのプロデュースをしたりしていた。
 これは、私がFENを聴き始めたころしょっちゅうかかっていた、1977年のスマッシュヒット(全米7位)。清冽なメロディーとドラマチックなアレンジを併せ持った、パーフェクトなポップスである。
 最近(2002年)、花*花が「LONELY GIRL」とタイトルを変えてカヴァーした。

4位「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」(エルトン・ジョン)
 大ヒットした同名アルバムのタイトル・ナンバー。柴門ふみなら「僕の歌は君の歌(ユア・ソング)」を選ぶだろうが、私が選ぶエルトン・ジョンのベスト・ソングはこれ。ファルセット・ヴォイスを駆使したヴォーカルが見事。
 初期のエルトンは、「ロケット・マン」「ホンキー・キャット」「風の中の火のように」など名曲揃いである。ピアノの一音一音が切ない。

5位「イヤー・オブ・ザ・キャット」(アル・スチュアート)
 アル・スチュアート最大のヒット曲。イントロのピアノだけで泣けてしまいそうな、切なモード全開の名曲。透明感あふれるアルのヴォーカルもよいが、なにより、長い間奏が素晴らしい。清冽なストリングスに乗って、アコースティック・ギター、エレクトリック・ギター、サックスが順にソロをとり、ドラマティックに盛り上がっていく。

6位「遥かなる影(クロース・トゥ・ユー)」(カーペンターズ)
 説明不要のスタンダード。ハル・デヴィッド/バート・バカラックの名コンビが生み出した数多い名曲のうちでも、最高傑作候補の筆頭だ。100年後にカーペンターズの名前が残っているとしたら、きっとこの曲によってであろう。

7位「イッツ・トゥー・レイト(心の炎も消え)」(キャロル・キング)
 70年代ポップスのイメージを決定した曲といってよいかもしれない。70年代初頭の時代相を反映して、甘やかな喪失感に満ちた曲。これもまた非の打ちどころのない名曲だ。『ファンダンゴ』という青春映画があって、時代背景となった70年代初頭のポップスを巧みに使っていたのだが、この曲も印象的に使われていた。

8位「うつろな愛」(カーリー・サイモン)
 カーリー・サイモンは私の大好きな女性シンガーである。けっして力むことのない軽やかなヴォーカルは、つねに知的かつコケティッシュ。いくつになっても「かわいい女」でありつづけている。
 彼女のアルバムで私が好きなのは、アリフ・マーディンがプロデュースしたAOR路線の『スパイ』と『男の子のように』。が、「70年代ポップス」というくくりで選ぶとしたら、やはりこの大ヒット曲。ミック・ジャガーがコーラスで参加していることでも知られる。
 リンダ・ロンシュタットがこの曲を歌ったら、蓮っ葉なロックンロールになったろう。カーリー・サイモンが歌ったから、セピアカラーのポップスになった。
 カーリーは映画『007/私を愛したスパイ』の主題歌も歌っていたが、その曲(“Nobody Does It Better”)も70年代ポップスの名曲の1つ。

9位「アメリカン・パイ」(ドン・マクリーン)
 この人も“一発屋”というべきだろうか。それとも、アメリカは広大だから、このくらいの大ヒットを放てばあとは悠々自適なのだろうか。72年に4週にわたって全米ナンバーワンになった曲である。
 8分27秒という、当時のポップス界の常識をくつがえした大作。シングルレコードでは片面に入りきらず、なんと1曲をA・B面に分けて収録された。ピアノの弾き語りで静かに始まり、終盤に向かってしだいに盛り上がっていくドラマティックな構成が見事。
 最近(2000年)、マドンナがダンサブルなアレンジでカヴァーした。
 ちなみに、萩尾望都のマンガにも、この曲にインスパイアされた「アメリカン・パイ」という短編がある。

10位「アローン・アゲイン」(ギルバート・オサリバン)
 少年の日の甘やかな孤独――そんな趣の歌詞とメロディ。これもまた完璧な名曲である。72年に6週にわたって全米ナンバーワンとなった大ヒット曲だが、皮肉なことに、ギルバートの母国イギリスでは最高位2位に終わっている。
 もうすっかり過去の人になってしまったが、来生たかおなど、日本のシンガー・ソングライターに少なからぬ影響を与えた人でもある。

 ベストテンを選んでみると、こぼれ落ちたものの中にもメチャクチャ好きな曲がけっこうある。
 というわけで、「ベスト20」にした場合の“モア・テン”をついでに選んでおこう。以下は11位~20位まで。順不同である。
 やっぱり、70年代ポップスは名曲の宝庫だなあ。

シカゴ「サタデー・イン・ザ・パーク」
ジェイムス・テイラー「きみの友だち」
ポール・マッカートニー&ウイングス「しあわせの予感」
フリートウッド・マック「ドリームス」
ジェリー・ラファティー「霧のベイカー・ストリート」
アルバート・ハモンド「カリフォルニアの青い空」
ブレッド「涙の想い出」
スリー・ドッグ・ナイト「オールドファッションド・ラブソング」
ミニー・リパートン「ラヴィング・ユー」
アート・ガーファンクル「ワンダフル・ワールド」

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桜木紫乃『ホテルローヤル』


ホテルローヤルホテルローヤル
(2013/01/04)
桜木 紫乃

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 桜木紫乃著『ホテルローヤル』(集英社)読了。2年前の直木賞受賞作だが、いまごろ読んだ。

 ライターが1年で2番目に忙しい「ゴールデンウィーク進行」の完遂まで、あと3~4日というところ。
 仕事が立て込んでくると、仕事の内容とはビタイチ関係ない本に対する読書意欲がもりもり湧いてくる(笑)。ま、現実逃避ですね。

 この人の小説を読むのはこれが初めて。そこそこ面白かったけど、「直木賞をとるほどのもんかなあ」と思ってしまった。

 北海道釧路市の廃業したラブホテル「ホテルローヤル」をめぐって展開される、全7編の短編連作である。

 最初の「シャッターチャンス」が、廃墟となったホテルローヤルに侵入してヌード写真を撮るカップルの話。そこから一編ごとに時間を遡り、ラストの「ギフト」はホテル開業前夜の話になっている。一つのラブホをめぐる30年間のドラマが、7編に凝縮されているのだ。
 7編の登場人物は相互に関連し合っていて、一編の主人公が別の一編では脇役で登場したりする。音楽における「ロンド」のような、凝った構成。

 なかなか気の利いた趣向だが、過去に遡る形ではなく、素直に時間の流れに添って構成したほうがよかった気がする。
 というのも、7編のうちでは最初の「シャッターチャンス」がいちばん出来が悪く、私はそこで本を投げ出そうかと一瞬思ったから。実際に投げ出した読者も多いことだろう。その後尻上がりに出来がよくなり、最後の「ギフト」で感動が頂点に達する。

 ストーリーはさほど面白いわけではないが、主要登場人物のリアリティが素晴らしい。
 とくに、地方都市の貧しい庶民の生活感を描き出すとき、著者の筆は冴え渡る。たとえば、「バブルバス」という一編における、五千円や一万円といったお金の価値をめぐるモノローグの生々しさはスゴイ。

 その他、印象に残ったセリフを引用。

「幸せにするなんて無責任な言葉、どこで覚えたの。そんなもの、生活をちゃんと支えてから言いなさいよ。幸せなんてね、過去形で語ってナンボじゃないの。これから先のことは、口にださずに黙々と行動で証明するしかないんだよ」(「ギフト」)



 著者の父親は、実際に「ホテルローヤル」というラブホを釧路郊外で経営していたという。
 本作自体はフィクションだが、ラブホをめぐるディテールに重いリアリティがあるのは実際の見聞に基づいているからなのだ。

 この人のほかの小説も読んでみよう。



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いしかわじゅん『秘密の手帖』


秘密の手帖秘密の手帖
(2002/06)
いしかわ じゅん

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 いしかわじゅん著『秘密の手帖』(角川書店)読了。

 13年前に出た本。なんの気なしに図書館で借りてきた。
 『新刊ニュース』に連載された人物エッセイをまとめたもので、いしかわの友人・知人(かつ著名人)の面白エピソードを紹介していく内容である。

 『新刊ニュース』が舞台であったためか、取り上げる友人・知人は「本を出している職業の人」(マンガ家・作家・評論家など)縛りで人選されている。

 内容としては、いしかわの身辺雑記マンガ『フロムK』に近い。じっさい、『フロムK』と重複するエピソードもある。

 読み終えたあとに何一つ残らない、読み捨ての娯楽エッセイではある。が、読み出したらページを繰る手が止まらない面白さは、なかなかのものだ。
 いしかわじゅんは、本業はマンガ家ながら文章もうまいし、力の抜き加減をよく心得ている。ツルツルと喉をすり抜けていく蕎麦のような、抜群のリーダビリティ。あっという間に読み終わる。

 呉智英・高千穂遙・杉作J太郎・山田詠美についてのエッセイが、とくに面白かった。
 山田詠美は明大漫研時代からの古い知人(山田が後輩)だそうで、3回にわたって登場する。しかも、3回とも“山田がいしかわに借りたカネを返さない”というネタ(!)。
 人気作家になって羽振りがよくなってからもカネを返さない山田もどうかと思うが、都合3回もエッセイのネタにするいしかわも大概である。

 あと、岡田斗司夫も2回にわたって取り上げられている。例の暴露事件後に読むと、なんともビミョーな内容だ。

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西村賢太『無銭横町』


無銭横町無銭横町
(2015/02/25)
西村 賢太

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 西村賢太著『無銭横町』(文藝春秋/1404円)読了。

 6編を収めた最新短編集。全体に小粒な仕上がりで、食い足りない。

 たとえば、一編だけある「秋恵もの」の「邪煙の充ちゆく」は、北町貫多が煙草を吸わない秋恵を慮り、「煙草はベランダで吸う」と宣言するものの、自分で決めたそのルールをすぐに破ってしまい……という話。
 秋恵との同棲生活も小説にほとんど書き尽くし、あとはこんな小ネタしか残ってないのだなァ、という印象。

 また、「酒と酒の合間に」という短編は、西村が玉袋筋太郎(名前は作中に出てこないが)の著作の文庫解説を書く顛末を綴っただけのもの。
 もちろん、小説として読ませるだけの工夫はされているのだが、それにしても小ネタすぎ。

 貫多の青春時代を描いた短編も2編入っていて、それらはわりと読ませる。
 2編とも、時系列でいくと『疒(やまいだれ)の歌』の後日談に当たる内容である。
 いずれも、貫多が田中英光にのめり込み始めたころの話。貫多が英光に向ける異様な執着が、物語の駆動力となる。

 とくに、表題作「無銭横町」は、本書の中では一頭地を抜く出来。
 もう20歳になったというのに母親に金をせびり、住みついた安アパートの家賃を堂々と滞納し、「そもそも、自分のような者に部屋を貸した方が馬鹿なのである」とうそぶく“セコい無頼派”ぶりを全開させて、「西村賢太はこうでなくちゃ」と思わせる。

 そう、西村は(というか、作中の北町貫多は)無頼派なのにやることなすこと妙にセコく、そのギャップが笑いとペーソスを生むのだ。
 「無銭横町」でも、食事代にも事欠くありさまの貫多が、文庫本1冊だけを古書店に売りに行く(そして店主に冷たくあしらわれ、怒鳴りつけて逃げ去る)あたりのディテールが、えも言われぬ「味」になっている。

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コールド・ブラッド『Best of Cold Blood』


Best of Cold BloodBest of Cold Blood
(1995/04/26)
Cold Blood

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 昨日は、都内某所で落語家の三遊亭小遊三師匠を取材。
 師匠を取材するのは、10年ぶり2度目(甲子園みたい)。


 コールド・ブラッドの『Best of Cold Blood』を、輸入盤で購入。

 タワー・オブ・パワーと並ぶベイエリア・ファンクの雄のベスト盤。

 本国での高い評価に比して、日本では非常に知名度の低いバンドである。
 過小評価以前の問題で、あまりにも知られていないのだ。素晴らしいバンドなのに……。

 ま、私もつい数年前まで知らなかったバンドなので、エラソーなことは言えない。
 私の場合、花村萬月のロック論集『俺のロック・ステディ』の中でオススメされていたので知ったしだい。

 きらびやかなホーン・セクション、小気味よいギターのカッティング、粘っこいうねりを生み出すリズム・セクション……タワー・オブ・パワーにも引けをとらないパワフルな演奏に乗って、紅一点リディア・ペンスのヴォーカルが冴え渡る。

 リディアは、しばしばジャニス・ジョプリンと比較されるヴォーカリスト。
 小柄で可愛らしいルックスながら、ハスキーな声でシャウトするド迫力の歌声を聴かせる。たしかに声質はジャニスを彷彿とさせる。ただし、ジャニスのような「明日死ぬかもしれないから精一杯歌う」的切迫感はなく、もっと芸人的な余裕が感じられる。
 ジャニスのフォロワーというより、チャカ・カーンとジャニスを足して2で割ったようなヴォーカルというべきか。





 いい曲目白押しで、聴いているとふつふつと元気が湧いてくる充実のベスト盤。

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デイビッド・ルイス『なぜ「つい」やってしまうのか』


なぜ「つい」やってしまうのか 衝動と自制の科学なぜ「つい」やってしまうのか 衝動と自制の科学
(2015/02/26)
デイビッド・ルイス

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 昨日は、都内某所で作家の安部龍太郎さんを取材。今日もまた別の取材。

 毎日出かけるわけではないのに、たまたま私が取材のときに2日つづけて雨と雪(4月なのに雪!)というのはなんだかなァ。ふだんの行いが悪いのか(笑)。


 デイビッド・ルイス著、得重達朗訳『なぜ「つい」やってしまうのか――衝動と自制の科学』(CCCメディアハウス/2160円)読了。

 性衝動や過食衝動、衝動買いから自殺衝動に至るまで、さまざまな衝動的行動のメカニズムを探った科学ノンフィクション。
 著者は独立系研究機関「マインドラボ・インターナショナル」の創設者にして、研究主幹。心理学や脳科学、神経科学など、さまざまな科学的知見を総動員して「衝動」の正体に迫っている。

 前に読んだ、『WILLPOWER 意志力の科学』『ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか』の類書だ(※)。

※後者の類書であることはわかりにくいだろうが、先延ばしは目先の快楽に飛びついてやるべきことを後回しにする行為であり、衝動性とはコインの裏表なのだ。

 科学読み物としてなかなか面白い本だが、私のお気に入り本の一つ『ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか』(これは名著)に比べると、一段落ちるかな。
 構成がやや散漫だし、『ヒトは~』が先延ばし克服のための実用書でもあったのに対し、本書は衝動性コントロールのための実用書としてはほとんど役に立たない(ごく一部だけ、コントロールのコツが書かれてはいるが)。

 それでも、「衝動をめぐる雑学」の本だと割りきって読めば、メモしておきたい知見も多く紹介されており、一読の価値はある。

 本書を通読してしみじみ感じるのは、現代文明が人間の衝動性を引き出す誘惑に満ちた「欲望の文明」だということ。我々を衝動的過食や衝動的性行動、衝動買いなどに走らせる仕掛けが、社会の隅々にまで張り巡らされているのだ。

 たとえば、著者は次のように言う。

 買い物客は自らの意志の弱さを責めることも多いが、実のところ、衝動買いは非理性的な態度が原因であるというよりも、現代のマーケティング・広告・小売販売戦略が高度に洗練されているためなのである。スーパーマーケットの入口をくぐれば、あなたはすでに衝動買いの王国の中にいるのだ。



 カバーデザインも気が利いている。「ついつぶしたくなるプチプチ」で衝動性が表現されているのだ。

 
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矢野顕子+TIN PAN『さとがえるコンサート』


さとがえるコンサートさとがえるコンサート
(2015/03/18)
矢野顕子+TIN PAN(細野晴臣/林立夫/鈴木茂)

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 矢野顕子+TIN PAN(細野晴臣/林立夫/鈴木茂)の『さとがえるコンサート』(ビクターエンタテインメント)を聴いた。

 40年来のつきあいであるTIN PANの3人との共演となった、昨年末の「さとがえるコンサート」のファイナル公演を収めたライヴ・アルバム。



 前作『飛ばしていくよ』は私には不満足なアルバムで、珍しく酷評してしまったのだが、本作はいい! 「これぞ矢野顕子」という感じの極上のライヴ・アルバムに仕上がっている。

 長いつきあいの一流ミュージシャンだけが揃ってこそ出せるグルーヴが、全編に満ちている。
 心地よいゆったり感と心地よい緊張が、不思議な共存を見せる。リラックスした演奏なのに、空気がピンと張りつめていて隙がないのだ。

 私はアッコちゃんのライヴ盤では1979年の『東京は夜の7時』がいちばん好きだが、本作はあれをしのぐかもしれない出来。

 唯一の新曲「A Song For Us」も、極上の迫力。
 ロック/ソウル色の強いカッコイイ曲で、アッコちゃんのヴォーカルも冴え渡っている。じつは彼女はソウルフルに熱唱しても素晴らしい歌い手なのだが、この曲はまさに「ヴォーカリスト・矢野顕子」の真骨頂を見せるものだ。

 レコーディング・エンジニア界の名匠・吉野金次のミックスも素晴らしく、一音一音がつややかに輝いている。
 とくに、ディスク2の「へびの泣く夜」から「終りの季節」に至るシークェンスにおけるピアノの音の美しさに、陶然となった。

 鈴木や細野が、彼ら自身の曲でヴォーカルをとる場面も多い。「矢野顕子のコンサート」というより、4人全員が主役だということを示しているのだろう。

 「このコンサートの現場にいたかった」という思いをひたすらつのらせる、見事なライヴ・アルバム。

 ジャケットもよい。私は4人がバラバラに座っている通常盤バージョンのほうが好きだ。

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安部龍太郎『維新の肖像』


維新の肖像維新の肖像
(2015/04/05)
安部龍太郎

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 安部龍太郎著『維新の肖像』(潮出版社/1836円)読了。

 「隆慶一郎の衣鉢を継ぐ者」とも目される歴史作家の最新作。
 日本人として初めて米イェール大学教授となった世界的な歴史学者・朝河貫一と、「戊辰戦争」を二本松藩士として戦ったその父・朝河正澄の物語だ。

 戦争へと突き進む昭和の日本を米国の地で憂える貫一と、明治維新から戊辰戦争に至る激動の日々を生きる正澄の姿が、交互に描かれる。

 貫一は、父が書き遺した維新期の手記を元に小説を書こうとしており、その作業を通じて亡き父と改めて向き合う。そして、その小説にはやがて『維新の肖像』というタイトルがつけられる。
 つまり、貫一の「いま」と並行して、小説内小説の形で若き日の父の闘いが描かれていくのだ。この凝った構成が十分に成功しており、重層的な魅力をもつ小説になっている。

 貫一は、歴史学者として明治維新を肯定する立場をとっていた。また、厳格すぎる父には生前しばしば反発した。だが、父の手記を精読するうちに、維新への見方が少しずつ変わっていく。
 これは、明治維新肯定史観に疑問符を突きつけ、時代の転換に殉じた東北諸藩の武士たちの「思い」に光を当てた小説である。そして、父亡き後に息子の心中で起きた、父との和解の物語でもある。

 貫一は、戦争へなだれ込んでいった昭和期日本の病根が、じつは明治維新にあったことを見出していく。
 文中には明示されないものの、維新期の薩長の横暴と昭和期の軍部の暴走が、現在の安倍政権の暴走と二重写しになるように書かれている。

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『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』


パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト(通常盤ブルーレイ) [Blu-ray]パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト(通常盤ブルーレイ) [Blu-ray]
(2014/12/17)
デヴィッド・ギャレット、ジャレッド・ハリス 他

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 『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』を映像配信で観た。

 超絶技巧で知られるイタリアの天才ヴァイオリニスト、ニコロ・パガニーニの生涯を、『不滅の恋 ベートーヴェン』のバーナード・ローズ監督が描いた音楽映画である。



 パガニーニを演ずるのは、「21世紀のパガニーニ」とも呼ばれる超絶技巧の美形ヴァイオリニスト、デイヴィッド・ギャレット。このドンピシャなキャスティングが、作品の魅力の半分くらいを占めている感じ。
 じっさい、ギャレットが本当にストラディヴァリウスを弾いている演奏シーンは、どれも迫力があって素晴らしい。

 コンサートでのパガニーニを、現代のロックスターのイメージで演出している点も面白い。演奏するパガニーニに向かって、聴衆の若い女性たちはキャーキャー歓声を上げ、興奮しすぎて失神したりするのだ(グループサウンズかよ)。

 乱脈な女性関係をくり広げ、ギャンブルにのめり込み、社会のルールにおよそ頓着しない、まさに破滅型の天才であるパガニーニ。自らの才能に振り回されて自滅していったジェットコースターのごとき人生を、映画は駆け足で描き出す。

 ラスト、死の床にあったパガニーニがつぶやくセリフが印象的だ。

 「神は私を見捨て、かわりに恩寵を与えた。才能という恩寵を……。そして世界に放り出した。才能を理解しない世界に」



 「悪魔に魂を売り渡した代償に超絶技巧を手に入れた」とも噂されたパガニーニの遺体の埋葬を、キリスト教会は拒んだという。

 ただ、芸術映画としての深みはあまりない。
 とくに後半、天才の狂気の物語が凡庸な愛のドラマに矮小化されていくあたり、興醒め。どうせなら、「ロクデナシの天才」ぶりをとことん描いてほしかった。

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『渇き。』


渇き。 プレミアム・エディション渇き。 プレミアム・エディション(2枚組+サントラCD付)[数量限定] [DVD]
(2014/12/19)
役所広司、小松菜奈 他



 『渇き。』を映像配信で観た。
 深町秋生のノワール小説『果てしなき渇き』を、『告白』『下妻物語』の中島哲也が監督した作品。



■関連エントリ→ 深町秋生『果てしなき渇き』レビュー

 原作を読んだときにも読後感の悪さに驚いたものだが、映画版は原作にも増して不快な作品。
 ただ、その不快さはいわゆる「イヤミス」(後味悪いけどクセになるミステリー)系のそれであって、ねじれた魅力に満ちており、最後までグイグイ引き込まれる。

 全編、暴力とエロスに毒々しく彩られた作品。なのに、CM出身の中島哲也はあたかもCMのようにポップで美しい映像で暴力とエロを描き出しており、そのギャップが不思議な酩酊感をもたらす。

 豪華キャストの中でも、主演の役所広司とその娘役の小松菜奈の存在感が抜きん出ている。この2人のためにあるような映画だ。

 役所広司は、正義のヒーローや無難な善人の役だけ選ぼうと思えばできる立場なのに、あえてこんな汚れ役を引き受けるところが素晴らしい。アメリカならハーヴェイ・カイテルあたりが演じそうな、ぶっ壊れた元刑事役なのだ。
 まあ、1996年の『シャブ極道』では、「ワシが日本中をシャブで幸せにしたる」なんて言う役をいきいきと演じていた人だから……。人畜無害なお茶の間俳優に収まるタマではないのだ。

 小松菜奈は、スチルで見るとやや不気味な印象だが、映像で見るとまさに「魔性の美少女」で、本作のヒロインにピッタリ。

 役所広司と小松菜奈の怪演・熱演を味わうためだけにでも、観る価値のある作品。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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