2014年に読んだ本BEST10


浮浪児1945‐: 戦争が生んだ子供たち浮浪児1945‐: 戦争が生んだ子供たち
(2014/08/12)
石井 光太

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 というわけで、大晦日の今日は今年読んだ本のBEST10を――。

 「小説は除く」という縛りをかけて選んだ。原則として今年刊行の本から選んだが、一部は昨年11~12月に刊行されたものである。順不同(読んだ順に並べただけ)。タイトルをクリックするとレビューに飛びます。

 こういうのも、10年くらいつづけると「自分史」として意味をもつのだろうな。
 ちなみに、昨年のBEST10はこちら。それではみなさん、よいお年を!


アラン・ワイズマン『滅亡へのカウントダウン――人口大爆発とわれわれの未来』

春日太一『あかんやつら ――東映京都撮影所血風録』

黒川祥子『誕生日を知らない女の子/虐待――その後の子どもたち』

岡映里『境界の町で』

清水潔『殺人犯はそこにいる――隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』

ジョージ・パッカー『綻びゆくアメリカ――歴史の転換点に生きる人々の物語』

佐藤優『創価学会と平和主義』

稲垣栄洋『弱者の戦略』

石井光太『浮浪児1945-: 戦争が生んだ子供たち』

フランス・ドゥ・ヴァール『道徳性の起源――ボノボが教えてくれること』


■次点(と言いつつ3つも選んでしまったが)
町山智浩『アメリカのめっちゃスゴイ女性たち』
架神恭介『仁義なきキリスト教史』
八木澤高明『娼婦たちから見た日本』


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2014年に聴いた音楽BEST10


Chocolate BoosterChocolate Booster
(2014/01/18)
KIYO*SEN、大高清美 他

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 2014年のBEST10、今日は音楽(CDアルバム)編である。
 日常的には古い音楽を聴くことのほうが多い私だが、ここでは今年発表されたアルバムに絞る(ただし、『スピニング・グローブ』と『時の扉』のみ、昨年12月発売)。

 順不同。当ブログにレビューを書いたものについてはリンクを貼る。

KIYO*SEN『Chocolate Booster』
――聴いた回数でいえば、たぶんこのアルバムが今年最高。つまり、今年のマイベスト1といってもよい。

ネイザン・イースト『Nathan East』
――世界最高峰のベーシストが、40年のキャリアで初めて放ったソロ・アルバム。ジャンルを超越した、極上の「大人の音楽」。ヴォーカル曲とインスト曲、エレガントな曲と躍動感あふれる曲が入れ替わりに登場し、静と動のダイナミズムを織り成す。

渡辺香津美『スピニング・グローブ』
――「21世紀の『スパイス・オブ・ライフ』」という趣の、知的なハイパー・テクニカル・フュージョン。

パット・メセニー・ユニティ・グループ『KIN (←→)』
――「ライル・メイズ抜きのPMG」という趣。PMGの『スティル・ライフ』『レター・フロム・ホーム』をしのぐかもしれない出来。

ゲスの極み乙女。『魅力がすごいよ』
――「ブランドXがJ-POPを演っているようなバンド」という印象。凝ったアレンジに音数の多いテクニカルな演奏と、キャッチーこの上ない楽曲の「落差の魅力」にシビれた。

ミシェル・ンデゲオチェロ『コメット・カム・トゥ・ミー』
――初期のゴリゴリ・ファンク路線とは別物で、1980年代のジョニ・ミッチェルのような透明感。

ベン・ワット『ヘンドラ』
――「エヴリシング・バット・ザ・ガール」のベン・ワットが、ネオアコ屈指の名盤『ノース・マリン・ドライブ』以来、じつに31年ぶりに放ったセカンド・ソロ。かつて『ノース・マリン・ドライブ』を愛聴した身としては期待半分・不安半分で聴いたのだが、期待を上回る出来だった。エレクトリック楽器も駆使したバンドサウンドなのに、『ノース・マリン・ドライブ』と共通する“冬の陽射しのような質感”を湛えているのだ。
 
薬師丸ひろ子『時の扉』
――アイドルとしてのデビューから35年目の、見事な成熟。じつによい年の取り方をしている。

黒船『CROSSOVER』
――奄美島唄と津軽三味線とコンテンポラリー・ジャズの、絶妙なる融合。

BABYMETAL『BABYMETAL』
――五十ヅラ下げて気恥ずかしいのだが、じつはよく聴いたアルバム。よくも悪くも日本からしか生まれ得ない音楽で、これぞ「クールジャパン」だと思う。楽曲の完成度は高いし、中元すず香の伸びやかなヴォーカルは素晴らしい。

次点
矢野顕子『飛ばしていくよ』
――矢野顕子の音楽をこよなく愛する私だが、このアルバムはあまり評価できなかった(くわしくはレビューを)。それでも、5年半ぶりのオリジナルアルバムだったのに、BEST10のリストに名前すら入れないのはファンとして気が咎める。……という複雑な思いを込め、次点扱い。

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2014年に読んだマンガBEST10


あれよ星屑 2 (ビームコミックス)あれよ星屑 2 (ビームコミックス)
(2014/10/25)
山田 参助

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 年末なので、今年読んだマンガのBEST10を選んでみよう。
 (日を変えて、本と音楽のBEST10も選ぶつもり。映画については、今年はあまり数を観ていないので、なし)

 順不同。タイトルをクリックするとレビューに飛びます。

さそうあきら『花に問ひたまへ』
――「このマンガがすごい! 2015」のオトコ編1位に選ばれた『聲の形』(大今良時)にはあまり感心しなかった私だが、これはほんとうにいいマンガ。「障害者もの」の期を画した傑作だ。

柏木ハルコ『健康で文化的な最低限度の生活』

ヤマザキマリ+とり・みき『プリニウス』

山田参助『あれよ星屑』

市川ラク『白い街の夜たち』

近藤ようこ+津原泰水『五色の舟』

松本大洋『Sunny』

 ――私は今年初めて本作を読んだので。松本大洋ファンから見れば「何をいまさら」だろうけど。

鈴木みそ『ナナのリテラシー』

李昆武+フィリップ・オティエ『チャイニーズ・ライフ』

松田洋子「平凡なヨウコちゃん」(『好きだけじゃ続かない』所収)

 10作のうち、じつに4作までが『コミックビーム』連載作品になった(「平凡なヨウコちゃん」が入った『好きだけじゃ続かない』もビームコミックスなので、それを含めれば5作)。
 いまの『コミックビーム』のレベルの高さがわかる。『IKKI』なきあとの希望の星ともいうべきコミック誌だと思う。

 あと、高野文子の久々の新作『ドミトリーともきんす』をまだ読んでいないので、読んでいればたぶん10作の中に入れたと思うが……。

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フランス・ドゥ・ヴァール『道徳性の起源』


道徳性の起源: ボノボが教えてくれること道徳性の起源: ボノボが教えてくれること
(2014/11/28)
フランス ドゥ・ヴァール

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 フランス・ドゥ・ヴァール著、柴田裕之訳『道徳性の起源――ボノボが教えてくれること』(紀伊國屋書店/2376円)読了。書評用読書。

 名高い霊長類学者の著者は、自らの研究をふまえた一般向け科学書を数多くものしている。本書もその1つで、前作にあたる『共感の時代へ』や、旧著『利己的なサル、他人を思いやるサル』と地続きの内容である。

■関連エントリ→ フランス・ドゥ・ヴァール『共感の時代へ』レビュー
 
 前作『共感の時代へ』で、著者は丸々1冊を費やして共感の起源を探った。他者を思いやる共感がけっして人間の専売特許ではなく、さまざまな動物に広く見られることを、多くの具体的エピソードや科学的知見から立証して感動的であった。
 本書はそのテーマを一歩進め、書名のとおり「道徳性の起源」を探ったものだ。

 「道徳性」が人間固有のものだと思っている人は多いだろう。そしてその中には、道徳の起源を宗教の中に見出そうとする人も多い。道徳の起源が宗教にあるとすれば、道徳性は人間にしかないことになる。

 著者は、長年の霊長類研究をふまえ、いずれの見方にも否を唱える。動物に広く「共感」が見られるのと同様、道徳性の萌芽も動物――とくに霊長類――の中に見られる。ゆえに、道徳性の起源を宗教に求めることは誤りなのだ、と……。

 本書の原題は、「The Bonobo and the Atheist(ボノボと無神論者)」。そのことが示すとおり、「ヒトに最も近い類人猿」といわれるボノボについてのエピソードが、比較的多く紹介されている。が、それだけではない。ほかの類人猿や動物一般の話も数多く紹介されているのだ。

 動物一般に見られる道徳性の萌芽、そして霊長類に見られる原始的な道徳性についての分析を通じて、著者は動物から人間への進化の過程で、道徳性もまた進化してきたことを明かしていく。

(つづきます)
 
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永江朗『「本が売れない」というけれど』


(046)「本が売れない」というけれど (ポプラ新書)(046)「本が売れない」というけれど (ポプラ新書)
(2014/11/04)
永江 朗

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 永江朗著『「本が売れない」というけれど』(ポプラ新書/842円)読了。

 ピーク時(1996年)からの17年間でじつに36%も売上が落ち、しかも下げ止まりがまったく見えない日本の出版界。
 寒風吹きすさぶその現状を、本の流通・販売にも造詣が深い(元書店員でもある)ベテラン・ライターが、改めてじっくりと考えてみた本。

 著者が挙げる「本が売れなくなった要因」は、ブックオフの台頭、ネットとスマホの普及、少子高齢化の進行など、誰もが思い当たることばかり。なので、「そうだったのか!」と膝を打つ驚きはほとんどない。

 ただし、だからつまらないかといえばそんなことはない。ブックオフの台頭、スマホの普及などがどのように本(新刊書)を売れなくしていったかが、改めて整理されて説明され、ことの本質がクリアに見えてくる面白さがあるのだ。

 とはいえ、私が知らなかったこともけっこう書かれていた。
 たとえば、最近の本の初版部数が少なめなのは、「本が売れないから」だけではなく、印刷製本技術の革新にもよる、という指摘。

 皮肉なことに、大量かつ高速で印刷できる機械は、少部数の印刷が苦手だった。少部数つくろうとすると、どうしても1部あたりのコストが高くなった。ところが技術革新により、少部数でも安く印刷・製本できるようになった。だったら、いままで半年かけて3000部売っていた本は、最初に1500部だけつくって、あとは500部ずつ3回増刷すればいい。そう考える出版社が増えた。



 なるほどなるほど。
 
 また、街の小さな本屋さんがどんどん淘汰され、書店がアマゾンとメガストアに収斂されつつある現状についても、わかりやすく解説されている。

 著者の文章は、「ライターの文章」のお手本のようだ。読みやすくて平明、無色透明で、けっして自分の個性を読者に押し付けてこない文章(ゆえにどんな色にも染まり得る)なのである。

 本書のもう1つの価値は、本が売れない主因は「読書離れ」ではないことを、データから改めて浮き彫りにしている点にある。
 日本人の読書量(必ずしも「本」ではない、文字を読む量だが)は昔に比べて落ちておらず、本や雑誌を「買って読む」量が激減しているだけなのだ。

 エピローグでは、“どうやって「本の文化」を守っていけばよいのか?”という、著者が考える処方箋が開陳される。ここも、同意するかどうかはともかく一読の価値がある。

■関連エントリ→ 永江朗『本の現場』レビュー

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鈴木涼美『身体を売ったらサヨウナラ』


身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論
(2014/11/26)
鈴木 涼美

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 昨夜は、編集者・カメラマンとのごく小規模な忘年会。
 行き帰りの電車で、鈴木涼美(すずみ)著『身体を売ったらサヨウナラ――夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎/1512円)を読了。

 著者は慶應SFCから東大大学院に進み、日経の記者をしていた社会学者・文筆家。
 学生時代に「佐藤るり」の芸名でAV女優として活躍していた時期があり、そのことが『週刊文春』の記事になって、今秋大きな話題をまいた。
 たしかに、学歴・経歴とAV女優であったことの落差は、おじさんたち(私含む)の関心をそそるに十分だ。

 本書は、著者が幻冬舎のサイトに連載した「お乳は生きるための筋肉です~夜のおねえさんの超恋愛論~」の単行本化。

 タイトルの印象から、AV女優時代の思い出とか、日経を辞めた経緯などが大きな紙数を割いて書かれているのだと思い込み(えげつない幻冬舎のことだから、そういう誤解を狙ってこのタイトルにしたのだろう)、下世話な興味から手を伸ばしてみた。
 しかし読んでみれば、AV女優時代のこと、日経記者時代のことにはほとんど触れられていないのであった。

 では何が書かれているかといえば、著者のキャバ嬢時代やホストクラブ通いの思い出、つきあった男たちの思い出、著者の女ともだち(風俗嬢やAV女優なども多い)をめぐるさまざまなエピソードなど……。
 恋愛論・幸福論としての側面もないわけではないが、論というよりは「自分語りエッセイ」である。

 性愛や風俗体験、ホストクラブ通いなどについて綴った優れたエッセイといえば、菜摘ひかるや中村うさぎのものが思い浮かぶ。本書は、菜摘や中村の作品に比べると、ずいぶん見劣りがする。
 「とめどない垂れ流し」という印象のダラダラした自分語りに辟易するし、さまざまな面で恵まれた環境に育った女性らしい“自覚なき上から目線”が随所に感じられ、読後感はよくない。

 ときおりキラリと光る一節はあるものの、著者はポスト菜摘ひかる、ポスト中村うさぎにはなり得ないと思う。

 私は、著者の最初の単著『「AV女優」の社会学』をまだ読んでいない。修士論文をベースにしたという同書を先に読んでいれば、また印象が違った(「へーえ、こういうくだけた本も書けるんだぁ」的な)のかもしれないが……。

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黒船『CROSSOVER』


CROSSOVERCROSSOVER
(2014/09/07)
黒船

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 黒船のファースト・アルバム『CROSSOVER』(ピースオブケイク/2700円)を購入。ヘビロ中。

 黒船は、「TRI4TH」(トライフォース)のメンバーであるベーシスト・ 関谷友貴を中心としたバンド。
 奄美の歌姫・里アンナをヴォーカルに据え、リードギターの代わりに津軽三味線の白藤ひかりを迎えた、ユニークな編成のクロスオーバー・ジャズ・バンドである。

 YouTubeで偶然このアルバムのリード曲「豊年節」のMVを観て、カッコよさにノックアウトされ、アルバムを買ってみたしだい。



 民謡とコンテンポラリー・ジャズの見事な融合。里アンナの伸びやかな歌声が素晴らしいし、間奏のベース・ソロから三味線ソロ(!)へとつなぐ流れは絶品で、背筋がゾクゾク。これぞクールジャパンである。

 和楽器を一部に用いたフュージョンといえば、昔の「ヒロシマ」とか横倉裕のアルバムがあったし、三味線の吉田兄弟のアルバムにもフュージョン的色彩がある。つまり、それだけならさして独創的ではないのだ。

 しかし、黒船の場合は和楽器フュージョンの上に里アンナのヴォーカルが乗ることで、さらに重層的なケミストリーが生じている。
 同じ奄美出身のシンガーである元ちとせより、個人的には里アンナのヴォーカルのほうが好みだ。

 時を同じくして、和楽器でボカロ・カバーをやった「和楽器バンド」も今年登場した。
 私は和楽器バンドのファーストも気に入ったが(こっちはレンタルで聴いた)、比べてみれば黒船のほうが本格的でイロモノ臭がなく、海外でも評価されそう。

 「豊年節」と同じく奄美島唄を取り上げた「六調」もよい。
 また、何曲かあるヴォカリーズ(スキャット)・ナンバーもよい。とくに、ハービー・ハンコックの「アクチュアル・プルーフ」は、疾走感あふれる演奏に里アンナのヴォカリーズが色を添え、見事な出来栄えだ。
 
 全曲ヴォーカル入りにすればよいものを、余計なインスト・ナンバーも入っていて、それらはイマイチ。
 いや、演奏はうまいし、けっして悪くはない。ただ、普通の和風コンテンポラリー・ジャズであって、「うーん、なにも黒船のアルバムでやらなくても……」という気がしてしまうのだ。

 次作はぜひ、全曲ヴォーカル入りの島唄カヴァーで作ってほしい。

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中野信子『脳はどこまでコントロールできるか?』


脳はどこまでコントロールできるか? (ベスト新書)脳はどこまでコントロールできるか? (ベスト新書)
(2014/08/19)
中野 信子

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 昨夜は都内某所で、打ち合わせを兼ねた会食。
 街はクリスマス・モード全開であったが、私はまだまだ仕事山積みである(泣)。


 行き帰りの電車で、中野信子著『脳はどこまでコントロールできるか?』(ベスト新書/840円)を読了。

 『成功する人の妄想の技術』とのタイトルで単行本として刊行されたものを、改題して新書化したもの。
 読んでみるとたしかに、『成功する人の妄想の技術』では内容にそぐわない気がする。

 中野さんのこれまでの著書の中では、本書がいちばんデータ重視の内容という印象。つまり、かなりの部分まで私見を排して、脳科学や心理学などの知見を紹介することにウエートを置いているのだ。

 メモしておきたいようなトピックが矢継ぎ早に登場し、かなりの面白さ。
 池谷裕二さんの著作でいえば、『脳はなにかと言い訳する』に近い立ち位置の本であり、ベストセラーになっても不思議はない内容だと思った。
 元本は、ちょっとタイトルをヒネリすぎだったのかも。

■関連エントリ→ 池谷裕二『脳はなにかと言い訳する』レビュー

 以下、私が「へーっ」と思ったトピックをいくつか引用。

 こんな実験事実が知られています。若い人に対して、高齢者に関する固定観念(耳が遠い、筋肉が衰えるので動作の機敏性が落ちていく、など)をいくつか聞かせると、歩く速度が遅くなるのです。自分にはまったくあてはまらない資質なのに、いつか自分も高齢者になるのだという可能性がうっすらと想起され、自分では意識していないのに、自然にその妄想が「歩く」という行動に影響を与えてしまうのです。



 男性は女性の2倍のスピードでセロトニンをつくることができるので、トリプトファンが食事から十分に摂取でき、セロトニンが正常につくられるなら、セロトニン低下によるうつからも比較的、回復しやすいのです。
 が、女性は、なかなかそうはいきません。実際、うつ病の発症率は女性が男性の2倍にものぼります。



 恋のときめきのもととなるドーパミンなどの脳内物質は加齢とともに分泌が減ってしまうのです。実は、10歳年をとるごとに平均10パーセント程度のドーパミンニューロンが死んでいくことがわかっています。
 では何歳ごろが最も「ときめき」やすいかというと、ドーパミンの分泌量だけから言えば、思春期から20歳代前半くらいになります。



 米国ジョーンズ・ホプキンス大学の神経内分泌学者、ゲーリー・ワンドが行った実験では、男性は女性よりも、同じ快楽刺激に対するドーパミンの放出量が多いために、さまざまな刺激や快楽に対して、中毒を起こしやすい、ということが明らかになりました。
(中略)
 男性では、女性よりも覚醒剤の中毒が多いのですが、この理由のひとつがドーパミンの放出量の違いにあると考えられています。



 一説によれば、人間の脳に意識という現象が見られるようになってから、たかだか3000年しかたっていないと言います。これは、考古学や、現代に残されている文献などから推定された値です。
 ですから、「私」の歴史は、生物の何億年にもわたる歴史に比べると、とても短いのです。
(中略)
 意識があるおかげで、人は快楽の上位概念として「幸せ」を感じることができます。が、一方で、不快の上位概念として「不幸」を感じます。はじめは、生存に有利な環境を見出すために必要だったであろうシステムが、自身を苦しめるものにもなってしまうわけです。



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ショーペンハウアー『読書について』


読書について (光文社古典新訳文庫)読書について (光文社古典新訳文庫)
(2013/05/14)
アルトゥール ショーペンハウアー

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 雑誌の年末進行はやっと一段落したのだが、それ以外の仕事が全然終わらない。
 なんとか、年が明けるまでには全部カタを付けたいものだ。


 アルトゥール・ショーペンハウアー著、鈴木芳子訳『読書について』(光文社古典新訳文庫/802円)読了。

 ショーペンハウアー晩年の著作『余禄と補遺』から、「自分の頭で考える」「著述と文体について」「読書について」の3編を選んで編んだもの。読書論・文体論の古典である。

 哲学者の著作だから難解かと思ったら、意外に平易で面白い。岩波文庫版の旧訳で読んだらもっと読みにくいのかもしれないが。

 「自分の頭で考える」と「読書について」は、内容的にかなり重なっている。2編のメイン・メッセージは、要するに「多読の戒め」である。

 “読書というのはたくさん読めばよいというものではない。むしろ、やみくもな多読をすればするほど、人は「自分の頭で考える」ことからどんどん離れていく”――言っていることはそれだけである。
 たったそれだけのことを、言い方を変え、変幻自在の比喩を駆使して、ショーペンハウアーは何度もリフレインしていく。たとえば、こんなふうに――。

 読書は自分で考えることの代わりにしかならない。自分の思索の手綱を他人にゆだねることだ。



 人生を読書に費やし、本から知識をくみとった人は、たくさんの旅行案内書をながめて、その土地に詳しくなった人のようなものだ。
(中略)
 これに対して、人生を考えることについやした人は、その土地に実際に住んでいたことがある人のようなものだ。



 自分の頭で考える人と、ありきたりの博覧強記の愛書家すなわち本から得た知識をこよなく愛する人との関係は、現場の目撃者と歴史研究家との関係に似ている。(以上、「自分の頭で考える」より)



 1つのメッセージが次々と“変奏”されていくさまは、1つのテーマをどんどん変奏していくジャズのインプロヴィゼーションのよう。音楽的快感が味わえる。

 もう一編の「著述と文体について」は、タイトルのとおり、表現論・文体論である。
 ダメな著者・編集者・出版業者に対する歯に衣着せぬ批判がすこぶる痛快な、ある種の名文だ。

 こちらも、主張はごくシンプル。
 “読者に伝えるべき著者の思想や経験に価値があれば、おのずと飾りを削ぎ落とした簡潔明瞭な文体になるはず。だが、多くの著者たちは、元になる思想や経験が空疎だから、他人の文体の猿マネに走り、中身のなさを余分な文章でゴテゴテと飾り立ててごまかす。まったく馬鹿げたことだ”
 ……と、おおむねそのようなことを、手を替え品を替え、華麗な比喩を駆使してさまざまな角度から書いたものなのだ。

 印象に残った(そして売文屋のハシクレとしては耳の痛い)一節を引用する。

 物書きには三種類あるといえる。一番目は考えずに書くタイプ。記憶や思い出、あるいは他人の本をそのまま借用して書く。このタイプはたいへん数が多い。二番目は書きながら考えるタイプ。書くために考える。このタイプもよくいる。三番目は、書く前からすでに考えていたタイプ。考え抜いたからこそ書く。このタイプはめったにいない。



 書く力も資格もない者が書いた冗文や、からっぽ財布を満たそうと、からっぽ脳みそがひねり出した駄作は、書籍全体の九割にのぼる。評論雑誌は当然、それらを容赦なくこらしめ、書きたい気持ちにまかせてペンを走らせる詐欺まがいの売文行為を阻止しなければならない。それなのに著者や出版業者とのさもしい馴れ合いから、それらを奨励し、読者から時間と金を奪っている。

 

 以前、小田嶋隆が「本屋というのは恐ろしい場所だ。置いてある商品の9割以上が不良品であるような商店がほかにあるだろうか」(『翻訳の世界』1989年1月号)と辛辣に書いていたが、あれはショーペンハウアーの言葉をふまえたものだったのかも。

 真の思想家はみな、思想をできる限り純粋に、明快に、簡明確実に表現しようと努める。したがってシンプルであることは、いつの時代も真理の特徴であるばかりでなく、天才の特徴でもあった。似非思想家のように、思想を文体で美しく飾り立てるのではなく、思想が文体に美をさずけるのだ。なにしろ文体は思想の影絵にすぎないのだから。不明瞭な文章や当を得ない文章になるのは、考えがぼんやりしている、もしくは混乱しているからだ。



 なんとカッコイイ文章だろう。「文体は思想の影絵にすぎない」なんて、思わず引用したくなる。

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トキタセイジ『「闇金ウシジマくん」モデルが語る 路地裏拝金エレジー』


『闇金ウシジマくん』モデルが語る 路地裏拝金エレジー『闇金ウシジマくん』モデルが語る 路地裏拝金エレジー
(2014/10/24)
トキタ セイジ

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 マンガ家の青木俊直がツイッターで“連載”している「年末進子ちゃん」がカワイイ。年末進行真っ只中のささくれだった心が癒やされる。




 トキタセイジ著『「闇金ウシジマくん」モデルが語る路地裏拝金エレジー』(蒼竜社/1118円)読了。

 『闇金ウシジマくん』は緻密な取材に基いて練り上げられたフィクションだが、本書の著者はその取材対象の1人。しかも、実際に闇金を営み、主人公・丑嶋馨のモデルとなった人物なのだという。

 ただし、著者が取材を受けたのは10年前の連載開始時のこと。つまり、『闇金ウシジマくん』全体が著者の体験を基にしているわけではなく、丑嶋馨というキャラクターと基本的な作品世界を造型するにあたってモデルとなった、という位置づけだ。

 本書は、すでに闇金から足を洗っているという著者が、現役時代のエピソードの数々を語り下ろしたもの。文章にまとめたのはライターだろう。

 内容は当然、『ウシジマくん』のストーリーそのものではない。が、「あの話の原型となったのはこのエピソードなのだろうな」と思わせる話は随所に登場する。とくに、連載初期の雰囲気と相通ずるものがある。

 ただ、『ウシジマくん』を読むほど面白いかというと、それほどでもない。
 先行する類書に、当ブログでも取り上げた『闇金裏物語』(金原猛)があるが、あれのほうがまだ面白かった気がする。

 本書のライターは、文章をそつなくまとめてはいるのだが、紋切り型の表現のオンパレードで、クサイし、浅い。
 『闇金ウシジマくん』には、ときに社会学的、ときに哲学的な深みがあるが、本書にはそんな深みは絶無なのだ。

■関連エントリ→ 難波功士『社会学ウシジマくん』レビュー

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『つげ義春 夢と旅の世界』


つげ義春: 夢と旅の世界 (とんぼの本)つげ義春: 夢と旅の世界 (とんぼの本)
(2014/09/19)
つげ 義春、戌井 昭人 他

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 『つげ義春 夢と旅の世界』(新潮社 とんぼの本/1944円)を読了。
 『芸術新潮』(2014年1月号)のつげ特集を一部増補し、再編集したムックである。

 『芸術新潮』の特集は、「紅い花」「外のふくらみ」の原画全ページがそのまま印刷され、掲載されたことが話題をまいた。つまり、ホワイトの跡、ネームの写植を貼った跡、青エンピツによる網掛けの指定、セロテープの跡、細かいシミなどをそのまま見ることができ、生原稿を手にとって見るような臨場感をもって名作を味わうことができるのだ。

 このムックはその2作のほか、「ねじ式」「ゲンセンカン主人」の原画全ページも収録。ほかに、「無能の人」「李さん一家」「海辺の叙景」も、一部のページが原画で掲載されている。
 『芸術新潮』のほうがより原画に近い大きなサイズであるわけだが、私はこちらのムックのほうが保存版にふさわしいと思う。

 つげが旅先で撮影した写真を中心に、1966~76年の「旅人時代」(つげが頻繁に旅していた時代)を振り返った「旅で撮る 旅を描く」というコーナーがあるのだが、写真の量は『芸術新潮』の3倍になるなど、ボリュームアップしている。

 美術史家・山下裕二(明治学院大学教授)によるつげへの4時間ロング・インタビュー、つげの大ファンだというマンガ家・東村アキコへのインタビューなども再録。
 山下は本書の編著者であり、ほかにも「初めての人のためのつげ義春Q&A」というコーナーに登場している。いずれも、つげへのリスペクトに満ちたいい内容だ。
 また、東村へのインタビューは、徹底した「つげマニア」ぶりが笑いを誘い、これまた面白い。

 総じて、つげ義春ファン必読・必携という感じの本に仕上がっている。

■関連エントリ→ 『東京人』「ガロとCOMの時代1964-1971」レビュー

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横田響子『女性社長が日本を救う!』


女性社長が日本を救う!女性社長が日本を救う!
(2011/05/26)
横田 響子

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 地獄の年末進行終了まで、あと一山というところである。


 横田響子著『女性社長が日本を救う!』(マガジンハウス/1404円)読了。仕事の資料として。

 女性社長たちを応援する会社「コラボラボ」の社長が、自らの半生とコラボラボの歩みを振り返り、元気な女性社長たちを紹介した本。

 中小企業の経営者を取材する機会も多い私だが、女性社長には魅力的な人が多いと感じる。総じて、男の社長にありがちな独特の押しつけがましさが希薄で、元気でしなやかなのだ。

 ま、いろんな女性がいるわけだから、「女性社長が増えれば世の中がよくなる」などと単純には考えないけれど……。

 本書は、起業を考えている女性たちの背中を押す本であり、1500人以上の女性社長と接してきた経験を通して、女性社長ならではの強みを紹介した本でもある。

 目からウロコの記述も多いし、男が読んでもためになる本だ。
 以下、付箋を貼った一節を引用。

 アメリカではすでに女性社長比率が30%を超えており、1300万人の雇用を生んでいます。日本の女性社長がアメリカ並の割合に増え、平均5名の雇用があれば100万人の雇用につながります。



 かつて「コラボラボ」がやっていることに対し、ある大手メディアの記者から「弱者連合」と言われたことがあります。



 学生にはいつも「行きたい会社のことを知りたかったら、入社3年目くらいの人と10年くらいの人に話を聞きなさい」とアドバイスしています。大学のOBに話を聞くのはかまわないけれど、入って1年目の人は何もわからず張り切ってるだけだし、40代、50代は昔話が混じりがち。3年目くらいの人の苦しい話と、10年目の人の話を聞くと、ようやくその会社での自分の30歳くらいの姿が多少見えてくる。



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イアン・マクレガン『トラブルメイカー』


トラブルメイカートラブルメイカー
(2006/03/16)
イアン・マクレガン

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 日本で高倉健の後を追うように菅原文太が逝った年末に、海の向こうではボビー・キーズの後を追うようにイアン・マクレガンが逝った。

 ……などと無理に話をつなげる必要もないのだが、一部のロック・ファンにとっては同等の衝撃をもたらす続けざまの訃報であったろう。とくにストーンズ・ファンにとっては。

 ボビー・キーズのサックスも、イアン・マクレガンのキーボードも、ストーンズの作品と分かち難く結びついて、ロック・ファンの心に強烈な印象を残したのである。たとえば、「ブラウン・シュガー」のサックス、「ミス・ユー」のエレピ。

 イアンには数枚のソロ・アルバムがあるが、私がいちばん好きなのは、1979年発表のファーストソロ『トラブルメイカー』だ。

 追悼の意味も込めて再聴しているのだが、いやー、これはいま聴いてもめちゃめちゃカッコイイ。
 キーボーディストのソロ作ではあるが、キーボードだけが目立つような作りにはなっておらず、ストーンズを彷彿とさせるゴキゲンなロックンロール・アルバムに仕上がっている。
 それもそのはず、ロン・ウッドやキース・リチャーズが参加しているほか、ストーンズの音楽には欠かせないボビー・キーズも加わっているのだ。

 ほかの参加ミュージシャンも、スタンリー・クラーク、リンゴ・スター、ジム・ケルトナーなど、超豪華。曲も粒揃いだし、ブリティッシュ・ロックの隠れた名盤といえる。

 イアンのハスキーなダミ声のヴォーカルも、ミック・ジャガーとロッド・スチュアートを足して2で割ってヘタウマにした感じで、じつにいい味出してる(イアンはフェイセズのキーボードであったから、ロッドとも盟友)。

 「リトル・トラブルメイカー」なんて、ヘタすりゃ本家ストーンズよりもカッコイイ。途中で斬り込んでくるボビー・キーズのサックス・ソロもサイコーだ。



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『凶悪』


凶悪 [DVD]凶悪 [DVD]
(2014/04/02)
山田孝之、ピエール瀧 他

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 『凶悪』(白石和彌監督)をレンタルDVDで観た。今日の息抜き。



 実際に起きた連続殺人事件を扱った犯罪ノンフィクションの映画化。つまり、園子温の『冷たい熱帯魚』の類似作だ。

■関連エントリ→ 『冷たい熱帯魚』レビュー

 愛犬家連続殺人事件の主犯・関根元をモデルにした『冷たい熱帯魚』の村田幸雄(でんでんが演じた役)も冷酷な悪人だったが、本作の「先生」(リリー・フランキー)はさらに怖い。一見温和なインテリ風で、じつは血も涙もないという落差が怖い。しかも、人を殺す場面で妙に楽しそうなところが怖い。
 犯罪者型サイコパス(犯罪を犯さないサイコパスも多い)の一典型を、リアルに描き出すことに成功した映画なのだ。

 『冷たい熱帯魚』と比べれば、この『凶悪』のほうが映画として優れている。
 観客の劣情に訴えるエログロ描写ばかり目立った『熱帯魚』よりも、抑制の効いた演出がなされた本作のほうが、映画としての品格が高いと思うのだ。
 終始張りつめた緊張感があふれ、日本映画特有の湿っぽさがないのもよい。乾いたタッチのハリウッド産クライム・サスペンスのようだ。

 主人公は、事件の謎を追う月刊誌記者(山田孝之)。しかし、観終わっていちばん印象に残るのは、後半から登場するリリー・フランキーのほうだ。
 『ぐるりのこと。』でも『そして父になる』でもそうだったが、リリー・フランキーの演技力はすごい。本業の俳優食いまくりである。

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角岡伸彦『被差別部落の青春』


被差別部落の青春 (講談社文庫)被差別部落の青春 (講談社文庫)
(2003/07/15)
角岡 伸彦

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 角岡伸彦著『被差別部落の青春』(講談社文庫/617円)読了。
 
 最近、著者のブログ「角岡伸彦 五十の手習い――フリーライター奮戦&炎上記」を、面白く読んでいる。同世代の同業者として、シンパシーを覚える点が多々あるのだ。
 でも、この人の著書は読んだことがなかったので、まずはデビュー作に手を伸ばしてみたしだい。

 自らも大阪の被差別部落で生まれ育ったという著者が、2年を費やして100人以上の部落出身者・関係者に取材し、「差別と被差別の現在」(1999年刊行時の「現在」だが)に迫ったルポルタージュだ。

 ……というと、「うーん、重そうだなあ」と敬遠したくなる向きもあろう。しかし本書は、部落問題を扱った過去のノンフィクションとは一線を画している。

 「あとがき」で、著者は次のように言う。

 部落問題の報道にはいつも物足りないものを感じていた。活字にしろ映像にしろ、そこに描かれている部落は、差別の厳しさ、被差別の実態ばかりが強調されていて、私はいつも「それだけやないやろー。おもろい奴も、笑える話もあるで」と思っていた。ひとことでいうと「暗い」のだ。
(中略)
 厳しい差別が実態ではない、と言いたいわけではない。本書で見てきたように、地域や世代によってさまざまな部落がある。そもそも「被差別」の現実でくくるのに無理がある。
 その一方で、差別がなくなってきていることを強調し、鬼の首をとったように同和行政の行き過ぎを執拗に強調する人もいる。
(中略)
 このように部落の描かれ方は、差別がまだまだ厳しいという悲観論か、さもなければもうなくなっているという楽観論のどちらかでしかなかった。両極端なのである。私はその「間」を描いてみたいと思った。



 まさに本書は、悲観論にも楽観論にも偏りすぎることなく、被差別部落をニュートラルな視点から描き出しているのである。

 取材は終始ていねい。たとえば、部落内の食肉工場を取材する際には、自らが体験的にそこで一週間ほど働いてみる、ということまでやっている。
 そのような丹念な取材によって、著者は当事者でなければ踏み込めないところまで、相手の心に踏み込んでいる。それでいて、その筆は軽快さを失うことがない。随所に淡いユーモアすら漂わせつつ、部落のいまを活写していくのだ。

 読んでいて思い出したのは、関川夏央初期の傑作ノンフィクション『ソウルの練習問題』。あの作品が“等身大の韓国”を爽やかに描き出して、「韓国もの」の期を画したように、本書は「部落もの」に新しい風を吹き込んだのだろう。傑作だと思う。

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ブランドX『Nuclear Burn』


Nuclear BurnNuclear Burn
(2014/11/11)
Brand X

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 ブランドX『Nuclear Burn』(ヴァージン)を輸入盤で購入。

 英国の名ジャズ・ロック・グループが、ヴァージン・レコードに残した6枚のアルバムをコンプリートした4枚組ボックス・セットである。

 タイトルの「Nuclear Burn(ニュークリア・バーン)」は、彼らのファーストアルバム『アンオーソドックス・ビヘイヴィアー(異常行為)』のオープニング・ナンバーのタイトル。したがって、本ボックス・セットのオープニング・ナンバーでもある。超絶テクのカッコイイ曲だ。



 彼らはその後再結成するが、再結成前のオリジナルグループとして発表したアルバム全作が、このセットに収まっていることになる。
 それで値段は2000円台なのだから、これは「買い」だ。私は6枚中3枚をCDですでに所有していたが、それでも「買ってよかった」と感じた。ましてや、「ブランドXのアルバムは一枚も持っていないけど、どれか買ってみたい」という人なら、絶対オススメ。最初からこれを買ってしまうとよい。

 6枚のアルバムを4枚に収めてあるものだから、1枚のアルバムが2枚のCDに「泣き別れ」で入っていたりするが、「そんなの気にしない。聴ければいいんだ」という人にとってはお得感たっぷりである。

 なお、このアルバムを紹介した音楽ニュース・サイトの記事では、「未発表音源を収録」としているものが多いが(→こことか)、これは事実誤認。
 オリジナルアルバム収録曲以外のボーナストラック4曲は、いずれも当ブログでも取り上げた既発の編集盤『ミッシング・ピリオド』に入っているヴァージョンなのである。
 未発表曲目当てに購入したブランドXマニアは、ガッカリだろう(アマゾンのカスタマーレビューで、その中の1人が怒りの☆1つレビューを寄せている)。

 ただ、そのことを承知のうえで買うなら、これはかなりお得なセットである。ブランドXのオリジナル・アルバムはいずれ劣らぬ傑作揃いだし。
 アメリカの洗剤の箱みたいなジャケットはダサさの極みだけど……。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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