東野圭吾『歪笑小説』


歪笑小説 (集英社文庫)歪笑小説 (集英社文庫)
(2012/01/20)
東野 圭吾

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 東野圭吾著『歪笑小説』(集英社文庫/669円)読了。

 この人の小説は、3冊くらいしか読んだことのない私。そのうちの1冊『黒笑小説』が面白かったので、続編である本書を買って「積ん読」しておいた。

 で、2年ほど経ったいまになって読んでみたら、やっぱり面白かった。
 文壇というか「小説業界」を舞台に、それぞれひとクセある編集者・作家たちがくり広げる騒動を描いた、ブラックユーモアに満ちた連作短編集(→ 歪笑小説 - Wikipedia)。
 筒井康隆の傑作『大いなる助走』をもう少し薄味にして、短編連作にしたような趣。

 東野にしてみれば、長編を書く合間の息抜きに書いたような連作かもしれない。
 でも、むしろその肩の力の抜けた感じがいいし、収録作12編にそれぞれ趣向が凝らされていて、すごく面白い。読みやすさも飛び抜けていて、さすがは当代きっての売れっ子作家だと感心。

 『黒笑小説』の収録作はどれも笑える内容だったが、本書は連作中の3編ほどが笑い抜きのシリアスなストーリーになっている。「あれっ」と意表をつかれる。ただ、シリアスな3編もそれぞれよくできているし、ほかの作品は相変わらず笑える。

 中でも、「小説誌」は群を抜く傑作だと思う。
 小説誌の編集部に、編集長の中学生の息子が、友人数人を連れて「職場見学」にやってくる。
 彼らの案内をまかされた新米編集者に、中学生たちが鋭すぎる質問を次々と投げかける。それは小説誌という存在そのものの矛盾をグサグサと衝くようなもので、新米編集者はしだいに追いつめられていき……という内容だ。

 たとえば、こんな質問が投げかけられる。

「作家は小説誌に下書きを載せているということですね。その下書きで原稿料を貰っている。そう考えていいわけですね」



「小説が完成するのを待ちきれないから、原稿料を払って毎月少しずつ原稿を貰うシステムだというのはわかりました。だけどどうしてそれを掲載しなきゃいけないんですか。お金を払ったら、それを掲載するかどうかは出版社の自由でしょ」



 「それを言っちゃあおしまいよ」という感じの業界タブーに触れるストーリーで、そんな小説を東野圭吾が書いていること自体がすごい。

 小説好きなら楽しめて、出版業界人なら身につまされること請け合いの連作。

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KIYO*SEN『Chocolate Booster』


Chocolate BoosterChocolate Booster
(2014/01/18)
KIYO*SEN、大高清美 他

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 KIYO*SENの『Chocolate Booster』(ベガ・ミュージックエンタテインメント)をMP3ダウンロードで購入。
 CDだと3086円だが、ダウンロードだと1700円。これからはみんなこういう感じになって、CDで買う人のほうが少数派になるんだろうなあ。

 「KIYO*SEN」とは、オルガニスト大高清美と、天才少女ドラマー川口千里が組んだユニットである。

 私は千里ちゃんのファースト・アルバム『A LA MODE』が大変気に入ったので、そこからこのユニットにも興味を抱いたしだい。

 しかし、YouTubeにアップされていたこのアルバムのオープニング曲「K.S.Pro」(曲名は「KIYO*SENのプロローグ」という意味かな?)を聴いて一発でノックアウトされ、むしろ大高清美のオルガンのカッコよさに惹かれて購入した。



 『A LA MODE』はカラフルなジャズ・ロック/ハイパー・テクニカル・フュージョンだったが、本作はもっとロック寄り、プログレ寄りである。ジャズ色、フュージョン色はわりと希薄。

 昔エマーソン、レイク&パーマーにのめり込んだ私としては、キース・エマーソンを彷彿とさせる大高清美のオルガンはもうサイコーである。いまどき珍しい、ロックなオルガン。
 ただし、群を抜いてELPぽい「K.S.Pro」を除けば、ほかは曲としてはそれほどELP調ではなく、多彩だ。

 数曲ギター(矢堀孝一)がゲスト参加しているほかは、オルガン(&キーボード)とドラムスのみのシンプルな構成。
 しかし、そこがいい。「余計なものをすべて削ぎ落とした」という印象で、すべてを黒と白で染め上げていくようなずしりとしたいぶし銀の美しさがある。曲もすべて素晴らしく、捨て曲は一つもなし。

 タイトルナンバーが、可愛らしいタイトルとは裏腹に、アルバム中最もハード&ヘビーな曲であるのも面白い。ディストーションかけたギターの音に似せたシンセが唸りを上げ、思いっきりロック。

 千里ちゃんはもちろんよいのだが、私は本作で大高清美のファンになってしまった。卓越した演奏能力と作曲能力。これほどの逸材を知らなかったのは不覚であった。


↑ついでに、大高清美のソロアルバムの曲。これもカッコイイ。ドラムスはデイブ・ウェックル。

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新井直之『チャイルド・プア』


チャイルド・プア~社会を蝕む子どもの貧困~チャイルド・プア~社会を蝕む子どもの貧困~
(2014/03/15)
新井直之(NHKディレクター)

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 昨日は、都内で取材が2件――。
 ゴールデンウイーク前の取材・打ち合わせはこれで終わり。あとは粛々と原稿を書き進めるのみ。なんとかGW中に2、3日は休めそうである。


 行き帰りの電車で、新井直之著『チャイルド・プア――社会を蝕む子どもの貧困』(TOブックス/1620円)を読了。
 
 NHKの報道番組ディレクターである著者が、「特報首都圏」枠で作った同名ドキュメンタリーの書籍化だ。



 「子どもの貧困対策法」の施行(本年1月)もあり、刊行が相次いでいる「子どもの貧困」本の一つ。
 
 社会的背景やデータについてもひととおり触れられているが、メインとなるのは貧困に苦しむ子どもや若者を取材したルポ部分である。

 一つの番組を作るのに100人以上を取材することもある「NHKスペシャル」が「大作」だとすれば、本書の元番組は「小品」であって、取材人数も少なめだ。
 それでも、一章ごとに一人の子ども・若者に的を絞った2~4章は読みごたえがあった。

 前に当ブログで紹介した『ドキュメント高校中退』の著者・青砥恭(あおと・やすし)が、番組の取材に全面協力している。
 ルポの対象となるのは、青砥が代表理事を務めるNPO法人「さいたまユースサポートネット」(貧困世帯の子どもたちへの無料学習支援などを行っている)が支援している子ども・若者なのだ。

 「子どもの貧困」を大局的に扱う本だけでは見えてこない、貧困層一人ひとりの人物像がしっかりと描き出されている点に、本書の価値がある。
 親に騙されてホームレスになった経験をもつ若者、母親の自殺を目の当たりにして引きこもりになった少女、親とともに車上生活を強いられていた中学生など、どのケースも衝撃的だ。

 スクールソーシャルワーカーや定時制高校の教師たちなど、貧困家庭の子どもに寄り添い、励ます大人の姿も紹介され、あたたかい読後感を残す。

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チューブス『THE BEST OF THE TUBES』


Best ofBest of
(1992/11/17)
Tubes

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 チューブスの『THE BEST OF THE TUBES』を、輸入盤で購入。
 
 チューブスは、一字違いの日本のバンドとは似ても似つかない、アメリカの毒気たっぷりなロックバンドである。
 私は彼らの1979年のアルバム『リモート・コントロール』が大好きで、ロック史に残る名盤の一つだと思っている。

 毒気と知性、猥雑さとクールネスのせめぎ合いが魅力のバンドだったのだが、『リモート・コントロール』以降、売れ線狙いでポップ度をどんどん強めていき、その分毒気が抜けてつまらなくなってしまった……と言われている。

 このベスト盤は、まさにその時期――80年代前半に出した売れ線狙いの3枚のアルバムからセレクトされたもの。

 3枚中1枚は、『リモート・コントロール』のプロデューサーでもあったトッド・ラングレンがプロデュース。残りの2枚はなんとデヴィッド・フォスターのプロデュースによるものだ。

 チューブスとデヴィッド・フォスター。水と油な感じの組み合わせだが、聴いてみると思ったより悪くない。
 一歩間違えばただのAOR、ただの産業ロックという感じの曲が多いのだが、それでも、『リモート・コントロール』までの毒気とねじれたユーモアの片鱗はまだ随所に残っている。ポップだが、甘さの中に毒がある。何より、楽曲のクオリティが総じて高い。

 でも、私はやっぱりトッド・ラングレンがプロデュースした曲のほうが好きだな。
 トッドがプロデュースしたアルバムには名盤が多い。ただし、誰をプロデュースしてもトッド色に染めてしまい、トッド自身の曲によく似てしまうのはご愛嬌というところ。


↑このアルバムにも収録された「Piece By Piece」。いい曲だが、やはりトッド色に染まっている。

 チューブスはもっと評価されてしかるべきバンドだと、このベストを聴いて改めて思った。


↑ついでに、『リモート・コントロール』所収の痛快な名曲「TV is King」。79年の発売時には「テレビが大将」という邦題がついていた。

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渡辺香津美『スピニング・グローブ』


スピニング・グローブスピニング・グローブ
(2013/12/04)
渡辺香津美(g)

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 渡辺香津美の『スピニング・グローブ』(ワーナーミュージック・ジャパン)を聴いた。現時点の最新作だが、出たのは昨年末。

 私は香津美のアルバムではハードかつ知的なジャズ・ロック路線のものがいちばん好きだが、本作はまさにその路線。しかも、80年代の名盤『スパイス・オブ・ライフ』で組んだベーシストのジェフ・バーリンが再び参加してのトリオ編成! 

 これでドラムスがビル・ブラッフォードなら『スパイス・オブ・ライフ』トリオの再現になったわけだが、残念ながらブラッフォードはすでにドラマーとしての引退を表明している。
 今回のドラムスは、ヴァージル・ドナティという人。手数が多くてなかなかいい感じ。

 アルバムのラストで、『スパイス・オブ・ライフ』に入っていた曲「JFK」を再演している。香津美本人も、『スパイス・オブ・ライフ』を十分意識して本作を作った証だろう。

 同じようなトリオ編成のジャズ・ロック・アルバムとして、リチャード・ボナ、オラシオ・エルナンデスと組んだ「New Electric Trio」による『Mo' Bop』3部作がある。
 わりとハードドライヴィンで直球な感じだった『Mo' Bop』3部作に比べると、本作のほうがリズムがすごく複雑で、凝っている。そして、ベース、ドラムスのウェイトがかなり高め。ギタリストのリーダーアルバムではあっても、ギターばかりが出ずっぱりではないのだ。

 ドナティもバーリンも、すごいテクニシャンで弾きまくり、叩きまくりなのだけど、音数が多くても暑苦しくなくて、クール。そこがいい。

 楽曲の面でも、収録曲9曲のうち3曲をドナティが、2曲をバーリンが書いている。
 そして、こう言ってはなんだが、2人の曲のほうが香津美が書き下ろした2曲よりもいい。
 
 ドナティ、バーリンの2人が、香津美のよさをうまく引き出している感じ。
 たとえば、ドナティはアラン・ホールズワースとよく共演しているらしいのだが、彼が書き下ろした「シークレット・オブ・トーキョウ」という曲はすごくホールズワースっぽく、香津美もいつになくホールズワース風のギターを弾いている。

 『スパイス・オブ・ライフ』が好きだった人なら、きっと気に入るアルバムだと思う。私もたいへん気に入った。

 それにしても、渡辺香津美ももう還暦なのだね……。

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小谷野敦『日本人のための世界史入門』


日本人のための世界史入門 (新潮新書)日本人のための世界史入門 (新潮新書)
(2013/02/15)
小谷野 敦

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 小谷野敦著『日本人のための世界史入門』(新潮新書/842円)読了。

 読む前にアマゾンのカスタマーレビューを見てみたら、ほとんどが酷評だったのでビックリ。しかし、読んでみたらけっこういい本だった。

 たしかに、記述がしばしば横道にそれて、ストレートな世界史入門というよりは世界史四方山話、世界史雑学集になってしまっているうらみはある。しかし、脱線話の中にも面白い指摘が多いし、私は大いに楽しんで読んだ。

 取り上げている事柄についてさらに知りたいときに読むべき本や、その事柄が描かれた映画やマンガなどが随所で紹介される。ゆえに、世界史を学ぶためのブックガイド/映画ガイドとしても読むことができる。

 アマゾンの酷評を見ると、「著者の、人を見下した“上から目線”がケシカラン」という批判が多いのだが、小谷野の「上から目線」は彼の持ち芸みたいなもので、ファンはそこまで「込み」で彼の著書を楽しんでいるのだ。
 小谷野敦に「上から目線になるな」と言うのは、イチローに「バットを振るな」と言うようなものである。

 世界史の随所に“補助線”を引き、理解を深めるきっかけを読者に提供するという意味では、優れた入門書だと思った。

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矢野顕子『飛ばしていくよ』


飛ばしていくよ飛ばしていくよ
(2014/03/26)
矢野顕子

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 先月末に発売された矢野顕子のニューアルバム『飛ばしていくよ』(ビクター・エンターテインメント/3240円)を、ようやくゲットした。

 ピアノ弾き語りカヴァーアルバム『音楽堂』や、ライヴアルバム『荒野の呼び声 -東京録音-』などを間に挟んではいるものの、オリジナルスタジオアルバムとしては2008年の『akiko』以来5年半ぶりの新作。

 レコード会社がつけた惹句には、次のようにある。

 YMOが全面バックアップして制作された80年代までのサウンドの延長線上に拡がる、現代のEDM・ボカロ世代をも唸らせる上質かつアバンギャルドに進化を遂げたエレクトロニックポップスワールド。(中略)テクノミュージックの進化と深化、矢野顕子の真価に触れる大作。質実剛健・豪華絢爛、ジャパニーズテクノの金字塔ここに立つ!



 「YMOが全面バックアップして制作された80年代までのサウンド」といえば、『ごはんができたよ』『ただいま。』あたりということになる。そのへんはまさに私が少年時代にすり切れるほど(LPレコード時代なので)愛聴しまくったアルバムだが、あの時期のアッコちゃんにあった輝きは、本作には感じられなかった。

 「電話線」と「在広東少年」という初期~中期の代表曲をセルフカバーしているのだが、2曲とも「劣化コピー」という感じの出来。
 とくに、「在広東少年」は原曲とアレンジもほとんど同じ。これなら原曲を聴いたほうがいいわけで、いまさらオリジナルアルバムの曲目を割いてカバーする必然性が理解できない。
 ボーナストラック扱いならまだしも、「電話線」なんか今作のオープニングナンバーになっているし……。

 「エレクトロニックポップス」として見ても、故レイ・ハラカミとコラボした一連の作品のほうがよっぽどいいわけで……(私は『ホントのきもち』所収の「Too Good To Be True」がいちばん好きだ)。 

 全体に、「わかりやすいけど薄っぺらいアルバム」という印象。
 「アバンギャルドに進化を遂げた」と惹句にはあるが、むしろ、矢野顕子のアルバムでこれほどアバンギャルド性皆無なものは珍しいと思う。

 『ごはんができたよ』『ただいま。』のころのアッコちゃんは、ポップではあったが、同時にものすごく先鋭的でアバンギャルドでもあった。
 とくに、『ただいま。』所収の「たいようのおなら」「VET」「ASHKENAZY WHO?」「ROSE GARDEN」あたりは、いま聴いてもビックリするほどアバンギャルドだ。
 本作は、テクノポップ風味なところだけ見ればあのころに回帰したように見えるが、先鋭性がごそっと削ぎ落とされている分だけ、あのころよりつまらない。

 矢野顕子が「春咲小紅」を大ヒットさせたあと、二匹目のドジョウを狙った売れ線のシングル「あしたこそ、あなた」というのを出したことがある。
 「春咲小紅」を劣化コピーしたようなつまらない曲で、私は発売当時にガッカリしたものだが、このアルバム全体に同じニオイを感じてしまった。
 レコード会社を移籍してから初めて出すオリジナルアルバムということで、「売れるものを作らないと……」というプレッシャーを感じすぎたのではないか。

 ちなみに、「あしたこそ、あなた」はオリジナルアルバムには収録されず、のちに『オン・エア』というコンピレーションに収められた。たぶん、アッコちゃん本人にも駄作という意識があったのだろう。

 もっとも、2ちゃんねるのアッコちゃんのスレッドを見たら、私がキライな「あしたこそ、あなた」を「矢野顕子の最高傑作」として挙げている人がいて、ビックリしたことがある。
 「音楽の評価ってホントに人それぞれだ」と、しみじみ思う。このアルバムも、ファンの中には絶賛する人もいるのだろう。

 まだ数回しか聴いていないので、今後聴き込んで評価が変わるかもしれない。


■後記
 聴き込むうちにだんだんよさがわかってきたので、上の文章の表現を少しやわらげた。とくに、随所でエレクトロサウンドとアッコちゃんの生ピアノがからむあたり、わりとスリリング。
 ただ、彼女のアルバムのなかで出来の悪い部類だという印象は変わらない。

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岩佐大輝『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』


99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る
(2014/03/14)
岩佐 大輝

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 岩佐大輝(ひろき)著『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社/1404円)読了。仕事の資料として読んだ。

 東日本大震災で津波の甚大な被害を受けた宮城県山元町出身の若手経営者(1977年生まれ)が、山元町名産のイチゴの高級ブランド化に取り組み、わずか3年で見事な成果を上げるまでを綴ったもの。
 著者たちが作り上げたブランド「ミガキイチゴ」は、伊勢丹等で1粒1000円、12粒詰め1万円の高級イチゴとして売られているのだ。

 本書は、震災復興ドキュメンタリーとしても、ビジネス書としても優れた内容だ。

 著者はIT企業の経営を10年つづけてきた人物だが、イチゴ作りはおろか農業経験もゼロ。それでも、経営者としての優れた才覚で壁を乗り越え、滅びかけた故郷の町にコンピュータ制御の最先端イチゴ農場を作り上げていく。

 著者が打つ手の一つひとつが理にかなっており、ワタミ的な歪んだ精神論が微塵も混入していない点がよい。「こういう経営者なら、イチゴ作りにかぎらず、どんな分野でも成功するだろうな」と思わせる。

 著者のパートナーとなる、イチゴ作り一筋40年の65歳「忠嗣ちゃん」が、じつにいいキャラしてる。
 イチゴを粗末に扱う者は怒鳴り飛ばし、「イチゴはおなごのようなもんだ。やさしくいたわれば甘ぐ育づんだ」と、訥々とした東北弁でサラリと名言を吐く。頑固だが愛嬌のあるおじいちゃんである。

 ビジネス書としての難点を挙げるなら(エラソーですね)、当初伊勢丹側から「来たイチゴ全部ダメ!」「福岡の『あまおう』にも負けています」と言われたという「ミガキイチゴ」が、1粒1000円のブランド品に生まれ変わるまでのプロセスが端折られている点が物足りない。このへんはもっとじっくり書き込むべきだったろう。
 まあ、いわゆる「企業秘密」に類する部分だからと、あえて割愛したのかもしれないが……。

 ともあれ、震災の絶望から立ち上がって懸命に希望を探していくプロセスが、さわやかな感動を呼ぶ好著ではある。

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吉田豪『人間コク宝サブカル伝』


人間コク宝サブカル伝人間コク宝サブカル伝
(2014/02/19)
吉田 豪

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 吉田豪著『人間コク宝サブカル伝』(コアマガジン/1646円)読了。

 おなじみの、ディープな面々へのディープなインタビュー集。
 「サブカル伝」とタイトルにあるものの、一昨年の『サブカル・スーパースター鬱伝』のように思いっきりサブカル寄りというほどではない。基本的には過去の『人間コク宝』シリーズと同じテイストである。

 インタビューイとして登場するのは、次の面々。

 諫山創・乙武洋匡・枡野浩一・穂積隆信・山本寛・宇川直宏・宮崎吐夢・久田将義・小西克哉・安東弘樹・神足裕司・上杉隆・YOU THE ROCK★・須永辰緒・安岡力也・清水健太郎・岸部四郎・品川ヒロシ



 乙武洋匡・穂積隆信・安岡力也・清水健太郎・岸部四郎あたりは過去の『人間コク宝』と共通の流れで、それ以外が「サブカル伝」に相当する人選ということになろうか。

 サブカル人士に型破りなタイプは少ないから、シリーズの中では本書はわりと薄味な印象である。とくに、諫山創(『進撃の巨人』の作者)・山本寛・宮崎吐夢へのインタビューはじつにつまらない。
 品川ヒロシはイメージどおりのイヤなヤツで、インタビューを読むだけでも不快な気分になってくる。神足裕司のいいかげんさにも呆れ返る。

 意外によかったのが、穂積隆信・小西克哉・安東弘樹(TBSアナウンサー)へのインタビュー。とくに安東へのインタビューは、彼に対するイメージが一変すること請け合いだ。

 でも、一冊通して読むと、けっきょくいちばん内容が濃くて面白いのは、巻末の町山智浩への総括インタビュー(本書のインタビューイ一人ひとりに対する寸評を町山が語るもの)だったりする。

 たとえば、町山は乙武洋匡についてこう言う。

 あの笑顔は何もない人たちの妬みや嫉みに対する攻撃だから。あの笑顔は何も優しさじゃない。攻撃だよ! 何も持たない人は、あの笑顔を見て屈辱的な気持ちになる。「俺は手足があるのに何もできない。だけど彼はこんなに勝利の笑顔を!」って。



 また、次の一節は町山の「師弟論」として興味深く読んだ。

 やっぱり人間、歴史だから。好きな人がいて尊敬して、それこそマッカーサーがシーザーを尊敬して、シーザーが誰を尊敬してとかずっと続いているの。それから断ち切られたら、人間っていうのは誰でも生まれてきたときはたいしたことないけど、誰かを尊敬することで一段上がれるんだよ、その人が上に乗るから。
(中略)
 誰か尊敬する人を見て、その人を真似する。その人みたいになりたいと思うことってホントに大事だと思う。それがいま世の中にないの。



■関連エントリ→ 吉田豪『人間コク宝 まんが道』レビュー

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リターン・トゥ・フォーエヴァー『ミュージックマジック』


ミュージックマジックミュージックマジック
(2013/10/09)
リターン・トゥ・フォーエヴァー

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 リターン・トゥ・フォーエヴァーの『ミュージックマジック』(ソニー・ミュージック・ジャパン)を聴いた。

 RTFのアルバムは愛聴してきた私だが、これは唯一聴き逃がしていたもの。1977年発表の、RTF名義のラスト・アルバムである(その後復活してライヴ・アルバムを発表しているが)。

 チック・コリア率いるRTFは、ラテン・フレーバーのさわやかフュージョンだった第1期、重厚華麗なジャズ・ロックを追求した第2期、ホーン・セクションを加えた第3期に分けられる。

 本作は、第3期唯一のスタジオ・アルバムである。
 RTFといえば、「カモメ」の愛称で知られるセルフタイトルのファーストや、ジャズ・ロック期の頂点を極めた『浪漫の騎士』ばかりがよく知られている。それに対して、本作は知名度も評価も高くない。

 聴いてみれば、その理由もよくわかる。第1期、第2期に比べると、どっちつかずで中途半端な印象なのだ。
 「初期のリターントゥフォーエヴァーにブラス・セクションがプラスされたような音楽」(小川隆夫のライナーの一節)なのだが、ブラスが加わって華やかでファンキーになった分だけ、ファーストアルバムにあった清冽な透明感は薄れ、通俗的(よくいえばポップ)になっている。
 さりとて、第2期のような、ロックファンをも唸らせるハードネスは望むべくもない。

 私も初回聴いたときには「つまらないアルバムだなあ」と思ったが、聴き込むうちによさがわかってきた。これはこれで、悪くない。
 
 第1期のフローラ・プリムに代わって、本作ではチックの妻ゲイル・モランがメイン・ヴォーカルを務めている。
 全曲ヴォーカル入りの構成で、わかりやすくて聴きやすい。全編に心浮き立つ明るさが満ちている点もよい。それでいて、細部のアレンジはよく練られている。



 第1期、第2期と比較して“足りないもの探し”をするから不満を感じるのであって、虚心坦懐に1枚のアルバムとして聴けば、非常に質の高いポップ・フュージョン・アルバムといえる。

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中川右介『源静香は野比のび太と結婚するしかなかったのか』


源静香は野比のび太と結婚するしかなかったのか『ドラえもん』の現実(リアル) (PHP新書)源静香は野比のび太と結婚するしかなかったのか『ドラえもん』の現実(リアル) (PHP新書)
(2014/02/15)
中川 右介

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 中川右介『源静香は野比のび太と結婚するしかなかったのか――『ドラえもん』の現実(リアル)』 (PHP新書/821円)読了。

 このところ立て続けに著書を刊行している中川右介は、すでに自分の仕事のスタイルを完全に確立した観がある。当事者・関係者への取材は一切せず、ひたすら膨大な関連資料を渉猟して一つのテーマを追っていくスタイルだ。
 さりとて学術論文ではなく、エッセイと評論の中間のような、分類不可能な独創的スタイルなのである。

 本書もしかり。
 国民マンガ『ドラえもん』全話を熟読し、過去の関連書籍をすべて読破したうえで、独創的な『ドラえもん』論を作り上げている。『ドラえもん』ほどの人気マンガになれば研究本のたぐいも山ほど出ているわけだが、本書のような本はありそうでなかった。

 しいて言えば、一昔前の『磯野家の謎』などのいわゆる「謎本」に、テイストが似ていないことはない。が、「謎本」よりももっとエッセイ寄りで主観的な内容である。

 章立ては次のようになっている。

第1章 しずかちゃんの行動は冷静に考えればよくわからない
第2章 ジャイアンとスネ夫はまるで民主党政権である
第3章 「ドラえもん世代」は存在するのか
第4章 のび太はスクールカーストの日本最初の被害者なのか
第5章 野比家は郊外に住んでいなければならない
第6章 じつはパラレルワールドだった!



 見てのとおり、フェミニズム・政治学・世代論・教育論・郊外論などの学問的装いが全体にまぶしてある。ただし、実際に読んでみれば学問的装いはスパイス程度で、肩の凝らない読み物として楽しめる内容だ。

 私がとくに面白く読んだのは、1章と2章。

 1章は、「しずかちゃん」の存在をフェミニズム的観点から読み解いたうえで、さらにひとひねりして、「フェミニストたちのしずかちゃん批判」を男の視点からナナメに見て面白がるような内容。 
 2章は、のび太・ジャイアン・スネ夫、そしてドラえもんという四者の関係を政治学的観点から読み解いたもの。といっても堅苦しいものではなく、笑える内容だ。とくに、四者の関係を日米関係や民主党政権に次々となぞらえていくあたりのアクロバティックな「文章の芸」は、なかなかのもの。

 しかし、3章~5章は1、2章に比べると出来が悪く、こじつけくささばかりが目につく。

 最後の第6章は、「ドラえもん作品史研究序説」という副題のとおり、藤子・F・不二雄が『ドラえもん』を各学年誌にどのように描き分けていたかをたどったもの。
 労作ではあるが、トリヴィアルにすぎ、読んで面白いものではない。

 全体としては、読んでためになるようなものではないし、再読したいと思える本でもないが、読み捨ての娯楽としては水準以上の本。
 それと、藤子・F・不二雄の作家論としては価値がある。国民的マンガ家でありながら、真正面から作家として論じられることは少なかった人だけに……。

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佐藤弘夫『鎌倉仏教』


鎌倉仏教 (ちくま学芸文庫)鎌倉仏教 (ちくま学芸文庫)
(2014/01/08)
佐藤 弘夫

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 今日は、取材で山口県岩国市へ――。

 人気の大吟醸酒「獺祭(だっさい)」の蔵元・旭酒造の桜井博志社長の取材。
 桜井社長の著書『逆境経営――山奥の地酒「獺祭」を世界に届ける逆転発想法』(ダイヤモンド社/1620円)を読んで臨む。ビジネス書としても優れた本だ。
 
 行き帰りの新幹線で、佐藤弘夫著『鎌倉仏教』(ちくま学芸文庫/1080円)を読了。

 朝4時に起きて、合計10時間以上電車に乗り(新幹線+在来線)、深夜に帰宅の強行軍。
 さすがに疲れたので、本の感想は明日にでも。

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近藤ようこ・津原泰水『五色の舟』


五色の舟 (ビームコミックス)五色の舟 (ビームコミックス)
(2014/03/24)
近藤ようこ、津原泰水 他

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 近藤ようこが津原泰水の短編小説をマンガ化した『五色の舟』(ビームコミックス/842円)を読んだ。

 例によって、「漫棚通信ブログ版」さんがホメていたので買ってみたもの。ま、私はもともと近藤ようこのファンだし……。

 これを読むのに先立って、津原泰水の原作(短篇集『11 eleven』所収)も読んでみた。津原の短編の中でも、際立って評価の高い一編なのだそうだ。

 私は原作も面白く読んだが、比べてみればこのマンガ版のほうがよいと思った。原作を凌駕している見事なコミカライズである。

 「あとがき」によれば、「五色の舟」のマンガ化を望んだのは近藤のほうだったそうだ。たしかに、この原作と近藤の作風は相性バツグンだと思う。

 本作の舞台となるのは戦時中だが、テイストとしてはむしろ、近藤が得意とする中世もののマンガに近い。
 中世は、「人ならぬ異形のもの」が現実の中にまぎれこんでいても不思議ではない時代であった。だからこそ、人面牛身の怪物「くだん」が重要なキャラクターとなるこの幻想譚は、近藤によってマンガ化されるのがふさわしい。

 『水鏡綺譚』や『美(いつく)しの首』など、近藤の幻想的な中世ものマンガが好きな人なら、本作の作品世界にもすんなり入り込めるだろう。主人公の1人・桜のキャラ造形は、ほとんど『水鏡綺譚』の鏡子そのまんまだし。

 生まれつきの奇形や病気による欠損をもつ、男3人・女2人の見世物一座が主人公である。彼ら異形の者たちが擬似家族を構成している……という設定がまた、どことなく中世っぽい。

 近藤のマンガ化はおおむね原作に忠実だが、原作読者にも改変を意識させない細部のアレンジが随所に施されており、それがバツグンにうまい。
 また、原作を読んだだけではなかなかイメージしにくい、異形のキャラクターの造形も素晴らしい。とくに「くだん」の造形は、今後「くだん」をイメージするときにはまずこれが思い浮かぶだろう、と思わせる自然さだ。

 これがたとえば花輪和一や丸尾末広によるマンガ化だったなら、見世物一座の5人も「くだん」も、もっとグロテスクな造形になっただろう。近藤ようこのシンプルな絵柄だからこそ、グロテスクになる一歩手前で踏みとどまることができたのだ。むしろ、エロティックで儚い美しさに満ちたキャラ造形である。

 「小説のマンガ化」の傑作というと、私に思い浮かぶのは『餓狼伝』(夢枕獏→谷口ジロー)、『陰陽師』(夢枕獏→岡野玲子)、『パノラマ島綺譚』(江戸川乱歩→丸尾末広)、『老人賭博』(松尾スズキ→すぎむらしんいち)あたりだが、本作もそれらに勝るとも劣らない。

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阿部彩『子どもの貧困Ⅱ――解決策を考える』


子どもの貧困II――解決策を考える (岩波新書)子どもの貧困II――解決策を考える (岩波新書)
(2014/01/22)
阿部 彩

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 阿部彩著『子どもの貧困Ⅱ――解決策を考える』(岩波新書/886円)読了。

 5年前に刊行された『子どもの貧困』の続編である。
 この5年間で、日本の「子どもの貧困」をめぐる社会の空気は大きく変わった。5年前にはまだ「日本に子どもの貧困問題なんてあるの?」などと言われ、問題自体が可視化されていなかったのだ。
 
 しかし、リーマンショックの影響もあって困窮者が増えると、子どもの貧困もおのずと深刻化した。また、貧困問題自体が大きな社会問題としてクローズアップされるにつれ、子どもの貧困にも社会の目が向けられるようになってきた。

 昨年6月には「子どもの貧困対策法」が成立したが、これは著者によれば「貧困を研究するわれわれの予想を遙かに超えた急展開」であったという。日本は子どもの貧困対策において先進諸外国に大きく立ち後れている国だったのだが、その後れをいま、急ピッチで取り戻そうとしているのだ。

 本書はそうした5年間の変化を受け、前著の内容を一歩進めたもの。
 前著の終章にも著者なりの貧困対策が書かれてはいたのだが、その対策――すなわち「解決策」の部分をメインにもってきた本なのである。
 
 私も、貧困問題の関連書を読むたび、「問題が深刻なことはわかった。じゃあ具体的にどうすればいいのか?」と著者に問いたい気持ちになることが多かった。解決策に的を絞った本が待望されていたのだ。

 ただし、著者は研究者だから、アジテーターとしての資質が勝った一部の評論家のように、「この人にまかせれば貧困問題は解決できる」と思わせるような単純明快な書き方はしていない。むしろ、著者自身が「あとがき」で言うように、「どのような社会問題にも当てはまる社会政策論の色合いが濃い」本である。また、思いのほか学術的で堅い本でもある。
 したがって、魔法の特効薬のような画期的解決策が書かれた本を期待すると、肩透かしを食うだろう。

 それでも、ヘンに感傷的にならず、冷静な社会政策論として子どもの貧困問題が論じられた一冊として、読み応えがあった。

 とくに印象的だったのは、子どもの貧困対策を「未来への投資」と見なす視点。

 子どもの貧困に対する政策は、短期的には社会への見返りはないかもしれない。しかし、長期的に見れば、これらの政策は、その恩恵を受けた子どもの所得が上がり、税金や社会保険料を支払い、GDPに貢献するようになるので、ペイするのである。すなわち、子どもの貧困対策は「投資」なのである。子どもが成人するまでに、長くは二◯年かかるので、この「投資」は長期的な観点でみなければならない。しかし、「費用」ではなく「投資」と考えることによって、政策の優先順位も変わってくるであろう。たとえば、貧困の子どもに、ただ単に最低限の「衣食住」だけを提供するプログラムと、その子どもに「衣食住プラス教育」を提供するプログラムがあった場合、たとえ後者のほうが費用が高いとしても、投資のリターンとしては前者よりも後者のほうが優れているのは自明である。



■関連エントリ
阿部彩『子どもの貧困』レビュー
阿部彩『弱者の居場所がない社会』レビュー
保坂渉・池谷孝司『ルポ 子どもの貧困連鎖』レビュー

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PINK『サイバー』ほか


CYBER/PINKCYBER/PINK

PINK

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 最近、いまさらながらPINKにハマっている。1980年代後半の日本のロックシーンに独自の地位を築いた孤高のバンドである。
 当時、「無国籍サウンド」などと評されたものだが、要は80年代Jロックの枠から外れた世界レベルのロックを創り上げていたということだろう。

 オリジナルアルバムとしては5作を残したのみで解散した、短命なバンド。いまになってその5枚を中古で買い揃えているのだが、いずれも、四半世紀を経たいま聴いても少しも古びていない。エバーグリーンな魅力に満ちているのだ。

 私がいちばん好きなのは、4thアルバム『サイバー』(1987年)。
 彼らの最高傑作として何を選ぶかは意見の分かれるところで、ファーストアルバムやサードの『サイコ・デリシャス』を挙げる人も多いのだが、私が選ぶならこの『サイバー』である。

 サードアルバムまでは福岡ユタカのバンドという印象が強かったPINKだが、この『サイバー』ではホッピー神山や岡野ハジメらのほかのメンバーも楽曲を提供している(ヴォーカルも)。そのため、福岡の作る曲とほかのメンバーが作る曲の個性がからみ合い、極彩色なイメージを生み出している。

 ラストアルバムとなった次作『RED&BLUE』になると、もはや各メンバーの作る曲の個性がバラバラで、ソロアルバムの寄せ集めのような印象がある。が、この『サイバー』ではまだ、個性のぶつかり合いがよい意味の緊張感に結びついている。





 ベースが強烈にファンキーな「TOKYO JOY」「CLIMB, BABY CLIMB」のように、タイトル通りのサイバーパンクなイメージの曲が多いのだが、その合間に「SILENT SUN」「熱砂の果て」のようなロマンティックで切ない“無国籍バラード”が挟み込まれている。

 メイン・ヴォーカルの福岡ユタカの声は、美声ではあるがクセが強く、好悪が分かれるところだろう。じつを言えば私も80年代当時は苦手だったのだが、いま聴いてみるとじつに素晴らしいヴォーカルだ。





 楽曲は粒揃いだし、メンバーは歴戦の強者ばかりだから演奏の質の高さは言うまでもないし、日本ロック史に輝く名盤の一つだと思う。

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ニコラス・G・カー『ネット・バカ』


ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていることネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること
(2010/07/23)
ニコラス・G・カー

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 ニコラス・G・カー著、篠儀直子訳『ネット・バカ――インターネットがわたしたちの脳にしていること』(青土社)読了。

 先日読んだ立花隆の『読書脳』の巻頭対談で、相手の石田英敬(東大図書館副館長)がこの本をホメていた。いわく――。

 俗っぽい邦題がつけられているせいか、あまり真面目に受けとめられていないようですが、非常に示唆に富む本です。ネットのもたらす注意力の分散化はもっと深刻に考えていい問題だと思いますね。



 石田の言うとおり、私もこの本の存在は知っていたが、タイトルで食わず嫌いして読んでいなかった。

 ネットの日常的利用が、私たちの脳と思考力に与える負の影響について論じた本だ。

 私自身も痛感していることだが、ネットやメールが生活の一部になってから、我々は一つのことを集中して思索することが苦手になってきている。
 たとえば、1冊の本に没頭することはなかなかできなくなって、読み終えるまでに何度もネットを見たりしてしまう。
 「ネット以前」に比べて、現代人は総じて注意力散漫になっているのだ。

 そうした変化がネット社会がもたらした必然であることを、著者はさまざまな分野の科学的知見を動員して明らかにしていく。

 ただし、本題に入るのは第7章「ジャグラーの脳」からで、そこまでは長い長い前置きのような内容だ。
 我々の脳に可塑性があること、メディアが進化すれば脳のありようも変わること、ネットが本などの過去のメディアと比べてどのような本質的差異をもっているかなどが、脳科学研究史やメディア史を振り返るなかから示されていく。

 そのような6章までの“前置き”も面白いのだが、「手っ取り早く本題だけ知りたい」という人は7章から読むとよい。

 ネットの利便性と引き換えに、いま私たちが深い思考力と集中力を徐々に失いつつあることを論証して、慄然とさせられる。たとえば――。

 ネットは注意を惹きつけるが、結局はそれを分散させる。われわれはメディアそのもの、すなわち、点滅するスクリーンには強く集中する。けれども、そのメディアから速射砲のように発射される、競合する情報や刺激のせいで、注意は結局散らされる。



 ネット使用者の脳が広範に活動することは、深い読みなどの集中を維持する行為が、オンラインでは非常に困難であることの理由にもなっている。多数の一時的な感覚刺激を処理しながら、リンクを評価してネット上での移動を選択せねばならないので、心的機能の調整と意思決定を行う必要が絶えず生じ、その結果、テクストなどの情報を脳が解釈することがさまたげられるのだ。



 ウェブ閲覧は、非常に集中的なマルチタスク処理を脳に要求する。このジャグリングのような作業は、作業記憶を情報であふれさせることに加え、脳科学者が「切り替えコスト」と呼ぶ負担をわれわれの認知に課す。



 オンラインで絶え間なく注意をシフトすることは、マルチタスクに際して脳をより機敏にするかもしれないが、マルチタスク能力を向上させることは、実際のところ、深く思考する能力、クリエイティヴに思考する能力をくじいてしまう。



 週一回くらいは、「休肝日」ならぬ「休ネット日」を作ろうと思った。

 
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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