南信長『現代マンガの冒険者たち』


現代マンガの冒険者たち現代マンガの冒険者たち
(2008/05/15)
南 信長

商品詳細を見る


 南信長著『現代マンガの冒険者たち――大友克洋からオノ・ナツメまで』(NTT出版/2520円)読了。
 著者は、雑誌・新聞などでよく名前を目にする「マンガ解説者」。編集者の新保信長と同一人物である。

 5年前に出た本だが、いまでも十分読むに値するマンガ論集であった。というのも、1年も経てば古びてしまうような、コマギレの作家・作品紹介ではないから。
 これは、現代マンガ全体を鳥瞰してその主要な流れを取り出し、系譜をたどった作家論集なのである。つまり、現代日本マンガ史としても読める本なのだ。

 「現代マンガ」といっても、手塚治虫の出現から説き起こすわけではない。副題に「大友克洋からオノ・ナツメまで」とあるように、おおむね1970年代後半以降が俎上に載る。
 そこから現在までのマンガ史を、著者は5つの流れ――ビジュアルの変革者たち・「Jコミック」・ギャグマンガ・ストーリーマンガ・少女マンガ――に沿って系統化していく。

 その系統化の手際がじつに鮮やかで、マンガ史の流れがすっきりと把握できる。つまり、誰がどのような革新を担い、誰が誰の影響下にあるのかといったことが、一通りわかるのだ。
 文章の平明さも特筆もの。最近の大学に増えてきた「マンガ学科」に「現代マンガ史」という講義科目があるなら、そのテキストに採用してもよいくらいだ。

 約400ページと薄くはない本だが、それでも、一冊で現代マンガの重要な作家が網羅できるはずもない。かなりの抜け落ちがある。
 たとえば、岩明均についての言及がまったくない(系譜図の中に名前があるのみ)ことに、私は首をかしげた。現代のストーリーマンガについて論じるなら、彼は絶対外せない重要作家だと思うのだが……。

 もっとも、マンガ百科事典ではない以上、そうした偏りもある程度仕方のないことだろう。大雑把に現代マンガ史を鳥瞰する本としては、上出来の内容といえる。

 私がとくに感心したのは、各章に一つずつ入っている系譜図・分布図の素晴らしさ。

 たとえば、第1章の冒頭には「〈ビジュアルの変革者たち〉系譜図」が見開きで載っており、戦前から21世紀までの日本マンガのビジュアル革新史がコンパクトにまとめられている。重要作家の名前を並べるのみならず、作家相互の影響関係までが図示されているのだ。

 こういう図を作るのは、ものすごい労力がいるものだ。
 私は20年ほど前、某大手取次会社が主催した大規模なマンガ展にかかわったことがある。そのパネル展示の中の系譜図も私が作ったのだが、たいへんな作業であった。
 そこから、本書の系譜図に費やされた労力も察せられる。原稿も8割方は書き下ろしだそうだし、すごい労作だと思う。

 5年後の現在までの状況を加筆した安価な文庫版を、ぜひ出してほしいところ。



関連記事

関水徹平・藤原宏美『独身・無職者のリアル』


独身・無職者のリアル (扶桑社新書)独身・無職者のリアル (扶桑社新書)
(2013/09/26)
藤原 宏美、関水 徹平 他

商品詳細を見る


 関水徹平・藤原宏美『独身・無職者のリアル――果てしない孤独』(扶桑社新書/798円)読了。

 いわゆる「SNEP」(Solitary Non-Employed Persons=孤立無業者)の問題についての概説書。
 
 「SNEP」という概念を提唱したのは、東大教授の玄田有史。
 「ニート」との違いがわかりにくいが、ニートが35歳未満の若年無業者を対象としているのに対し、「SNEP」は59歳以下までの幅広い層の無業者を対象としている。
 また、「Solitary」の語が示すとおり、「SNEP」は社会的孤立に陥っていることを重視する概念である点が、ニートとは違う。

 ひきこもりが高齢化しているように、無業者もいまや若者だけの問題ではないこと、また、無業よりも孤立のほうが深刻だということ――その2つの認識から、「SNEP」という概念が新たに必要とされたのかな。
 
 本書は、「SNEP」増加の社会的背景の分析、タイプの異なる4人の「SNEP」事例など、いくつかの角度からこの問題を概説したもの。
 過不足ない構成ではあるが、どうも全体に掘り下げが浅く、散漫でもあり、読み終えたあとに心に残るものがない。

 たとえば、実際の「SNEP」事例を取り上げた第2章は、ルポに近い形で4人の暮らしを追っているのだが、いずれもどこにでもあるような話で、こんなに詳細に描く必要があったのかと首をかしげた。

 近く、「本家」たる玄田有史の『孤立無業(SNEP)』も読んでみよう。



関連記事

竹内薫『科学予測は8割はずれる』ほか


科学予測は8割はずれる科学予測は8割はずれる
(2012/05/01)
竹内 薫

商品詳細を見る


 昨日は、都内某所でサイエンス作家の竹内薫さんを取材。

 竹内さんの膨大な著作の中から、取材テーマに関連する3冊――『科学予測は8割はずれる』(東京書籍)、『科学嫌いが日本を滅ぼす』(新潮選書)、『ブレイクスルーの科学者たち』(PHP新書)――を読んで臨む。

 テレビ等にもよく出演されている方だけに、記事になりやすいエピソードやフレーズをちりばめて答えてくれる感じで、たいへん取材しやすかった。

 読んでいった3冊はそれぞれ面白かったが、とくに『科学予測は8割はずれる』は良書だと思った。

 タイトルはアイキャッチであって、科学予測のことばかりが書かれているわけではない。サブタイトルの「半日でわかる科学史入門」のほうが、内容を的確に表している。「そもそも『科学』とは何か?」というところから説き起こし、現代までの科学史を駆け足でたどった科学啓蒙書なのである。

 中学生にも読みこなせる平明な文章で書かれているが、内容は科学の本質にまで迫った深いもの。興味深いエピソードをちりばめて、知的な娯楽読み物としても上質だ。

■関連エントリ→ 北野宏明・竹内薫『したたかな生命』レビュー

関連記事

盛力健児『鎮魂――さらば、愛しの山口組』


鎮魂 〜さらば、愛しの山口組鎮魂 〜さらば、愛しの山口組
(2013/08/30)
盛力 健児

商品詳細を見る


 盛力(せいりき)健児著『鎮魂――さらば、愛しの山口組』(宝島社/1500円)読了。

 山口組に50年にわたって身を置いた元幹部の著者が、自らの極道人生を語り下ろしたノンフィクション。面白くて一気読み。

 著者は、昭和42年に起きた山口組三代目・田岡一雄暗殺未遂事件(ベラミ事件)の「報復」に動き、そのために懲役16年の実刑判決を受けて長期服役。
 だが、平成8(1996)年に出所したとき、バブル時代をくぐり抜けた山口組は、任侠道を忘れたカネまみれの巨大組織に変質していた。

 組の功労者にもかかわらず、著者は五代目に冷遇される。さらに、現・六代目の時代に組内抗争の巻き添えとなって理不尽な除名処分を受け、山口組を去る。

 ……まるで、『仁義なき戦い』と『アウトレイジ』をミックスしたような内容の本である。暴力と権謀術数渦巻くヤクザ社会のリアルが、印象的なエピソードの積み重ねで活写されていく。

 『噂の眞相』時代から腕利きとして知られたジャーナリスト・西岡研介が、インタビューと構成を担当。著者の関西弁の語りをそのまま活かした「聞き書き」のスタイルが成功しており、小気味よいリズムでグイグイ読ませる。

 宅見(勝)若頭射殺事件の絵図を描いたのが五代目組長の渡辺芳則であり、渡辺はその決定的証拠をつかんだ六代目・司忍の「クーデター」によって引退に追い込まれた……という真相がつぶさに明かされる7~8章は、じつに衝撃的。まさに『アウトレイジ』の世界だ。



関連記事

コンドリーザ・ライス『ライス回顧録』


ライス回顧録 ホワイトハウス 激動の2920日ライス回顧録 ホワイトハウス 激動の2920日
(2013/07/26)
コンドリーザ・ライス

商品詳細を見る


 コンドリーザ・ライス著、福井昌子・波多野理彩子・宮崎真紀・三谷武司訳『ライス回顧録――ホワイトハウス 激動の2920日』(集英社/4200円)読了。書評用読書。

 書名のとおり、米国のブッシュ前政権の2期8年間を大統領の最側近(1期目は国家安全保障問題担当大統領補佐官、2期目は国務長官)として支えたスーパーウーマン、コンドリーザ・ライスの回顧録である。2段組で700ページ近い浩瀚な書で、翻訳は4人がかり。私も読むのに半日かかった。

 別途書評を書いたのでここではくわしく紹介できないのだが、なかなか面白かった。

 マイケル・ムーア的視点から見たら愚鈍な大統領の代名詞ともいえるブッシュ(息子)が、強い絆で結ばれたライスの視点から描かれると、英明な名リーダーに思えてくるからフシギだ(笑)。
 それでも、ブッシュの失言によってライスが対応に追われるような場面もいくつかあるのだが……。

 筆致はわりと淡々としていて、胸を揺さぶるような感動はあまりない本だが、さすがに「9・11」直後の出来事を描いた章には緊張感がみなぎっており、読む者の目を釘付けにする。

 ゴシップ的観点からいちばん面白いのは、ライスがリビアの故カダフィと面会するくだり。
 異性としてのライスに個人的に執心していたとされるカダフィは、ライスのために作った特別映像を披露する。それはライスのさまざまな写真を集めたもので、バックにはリビアの作曲家に作らせた「ホワイトハウスの黒い花」なる歌が流れていたという。国の最高指導者がまるでストーカーである(笑)。

 日本に対する言及は、ビックリするほど少ない。小泉純一郎に対してだけ評価が高いものの、あとの首相たちはそっけない言葉で一刀両断されている。
 同盟国たる日本が、アメリカからこの程度にしか関心を向けられていないのかと、悲しくなる本でもある。

■関連エントリ→ 岸本裕紀子『ヒラリーとライス』レビュー


関連記事

鳫咲子『子どもの貧困と教育機会の不平等』



 鳫咲子(がん・さきこ)著『子どもの貧困と教育機会の不平等――就学援助・学校給食・母子家庭をめぐって』(明石書店/1890円)読了。

 元参議院事務局職員で、現在は跡見学園女子大学准教授の著者が、自らも関わりをもった「子どもの貧困対策法」などをふまえ、日本の子どもの貧困状況を教育問題に的を絞ってまとめたもの。

 図表やデータが多数駆使されているが、子どもたちを思う「熱さ」が根底にあるため、白書的な無味乾燥には陥っていない。

 貧困家庭ではないのに子どもの給食費を払わない親がいる、という話が一時期マスコミを賑わせた。しかし、本書のデータを見れば、給食費未納はまぎれもない貧困問題であって、払えるのに払えない親はごく一部だとわかる。

 これは、生活保護バッシングの構図とよく似ている。
 不正受給や、生活保護費をパチンコですってしまう者などはごく一部であるのに、そちらが多数派であるかのような印象操作がなされ、いたずらに偏見が助長される構図と、である。

 給食費未納や就学援助の現状、母子家庭の母親のパートタイム労働の過酷な現状などを通して、深刻化する子どもの貧困、教育機会の不平等が鮮やかに浮き彫りにされていく。

 1997年の時点では母子家庭の母親の約7割が正社員であったのに対し、2007年には正社員の割合が半減した……などという具体的データの積み重ねに、強い説得力がある。

 近著『野心のすすめ』で、「いまの世の中で教育をロクに受けていない人というのは、単に努力しない人だとみんなわかっているから、ちゃんとした男の人は高校中退の女の人にはまず近寄りません」などとフザケたことを書いた林真理子に、本書を送りつけて読ませてやりたくなった。
関連記事

楡周平『「いいね!」が社会を破壊する』


「いいね!」が社会を破壊する (新潮新書)「いいね!」が社会を破壊する (新潮新書)
(2013/10/17)
楡 周平

商品詳細を見る


 楡周平著『「いいね!」が社会を破壊する』(新潮新書/777円)読了。

 読んだ人のほとんどが思うことだろうが、タイトルと内容に乖離がありすぎ。
 このタイトルなら誰だって、「ツイッターなどのSNSの普及によって人々の悪意が増幅され、社会の息苦しさが増していく」的なネット批判の書を思い浮かべるだろう。

 しかし実際には、SNSの話などほとんど出てこない。「ネット社会化」の負の側面に光を当てた本には違いないが、本書が目を向けるのはむしろネット社会化による雇用喪失の問題なのだ。
 少し前に『コンピュータが仕事を奪う』 (新井紀子)という本があったが、本書は『ネットが仕事を奪う』とでもしたほうが的確な内容である。

 『コンピュータが仕事を奪う』 はじつに面白い本だったが、本書はイマイチ。
 そもそも、著者は小説家であって評論家ではないから、この手の評論ぽい文章は得意ではないらしく、論の進め方がダラダラしていて散漫だ。

 それでも、1~2章はわりと面白く読める。

 1章は、著者がかつて同社日本法人に在籍していたイーストマン・コダックが、デジカメ技術の進歩と普及によって経営破綻するまでの道筋をたどったもの。いま多くの業界で進行している「イノベーションが雇用を破壊する」プロセスの典型例を、そこに浮かび上がらせるのだ。
 著者が最もよく知る業界の話だけあって、この章は内容が濃い。

 つづく2章は、著者がいま身を置いている出版業界の近未来を展望したもの。電子書籍の普及が出版不況の救世主にはならず、「電子出版という新しい船に乗り込むことを許されるのは、ごく僅か」となる過酷な未来を、著者は描いてみせる。
 目新しい論点はないものの、電子書籍ビジネスの世界を舞台にした長編小説『虚空の冠』も書いている(らしい。私は初期の犯罪小説しか読んだことがないけど)著者だけに、電子出版をめぐる冷徹な分析はなかなか読ませる。

 しかし、3章以降はだんだんつまらなくなっていく。
 “スマホの普及は人を幸せにしない”だとか、グーグルなどによって個人情報が収集される危険性だとか、「ネットが拍車をかけた就活地獄」だとか、「何をいまさら」な話ばかりが目立つのだ。

 前半だけなら読む価値はあるが、一冊の本としては中途半端な出来と言わざるを得ない。



関連記事

森岡正博+寺田にゃんこふ『まんが 哲学入門』


まんが 哲学入門 生きるって何だろう? (講談社現代新書)まんが 哲学入門 生きるって何だろう? (講談社現代新書)
(2013/10/25)
森岡正博、寺田にゃんこふ 他

商品詳細を見る


 森岡正博+寺田にゃんこふ著『まんが 哲学入門――生きるって何だろう?』(講談社現代新書/819円)を読んだ。
 哲学者の森岡氏(大阪府立大学教授)が、なんと自ら全ページのマンガを描き下ろした話題作。

 これも仕事で読んだ。
 ……と書けば、察しのいい当ブログ読者はピンとくるかもしれない。先日取り上げた『新釈 うああ哲学事典』と抱き合わせで、「哲学を学ぶマンガ」として紹介するコラムを書いたのだ。

 森岡氏の著作はけっこう読んでいるし、前にインタビューしたこともあるが、絵も描ける人だとは知らなかった。

 もっとも、マンガといっても、帯に載っている「まんまるくん」なるシンプルなキャラがメインとなるもので、「図解」に近い代物。コマ割りはあるものの、背景などはほとんど描かれていないし、もちろん萌えキャラなど一切登場しない。

 マンガ家の寺田にゃんこふが共著者となっているが、森岡による鉛筆描きの原画に寺田がペンを入れ、「プロの線を与え」るというスタイルの共著なのである。
 ゆえに、フツーのマンガを期待して読むと肩透かしを食うだろう。

 それでも、本書はマンガという表現形式を活かした哲学入門として上出来だ。
 何より、既成の哲学を紹介・解説するのではなく、森岡自身の哲学を絵解きする形をとっている点が画期的である。

 「まんまるくん」と「エム先生」(森岡の分身だろう)の対話を通じて、「時間とは何か?」「『ある』とはどういうことか?」「『私』とは何か?」「死とは何か?」という哲学上の大テーマ4つが、各一章を割いてわかりやすく表現されていく。

 いわば、哲学者の頭の中を覗くことができるマンガ。哲学的思考の進め方とはどのようなものかを、マンガを通じてわかりやすく教えてくれる本である。

 巻末には30ページ以上にわたって、オススメ哲学書の「読書案内」が書き下ろされている。小さい活字でびっしりと情報がつまった充実の内容で、これ自体が独立した価値をもつものだ。

■関連エントリ→ 森岡正博『生命学をひらく』レビュー

関連記事

上阪徹『職業、ブックライター。』


職業、ブックライター。 毎月1冊10万字書く私の方法職業、ブックライター。 毎月1冊10万字書く私の方法
(2013/11/12)
上阪 徹

商品詳細を見る


 上阪徹著『職業、ブックライター。―― 毎月1冊10万字書く私の方法』(講談社/1575円)読了。

 「ブックライター」とは聞き慣れない職業名だが、要は書籍のゴーストライターをメインの仕事としているライターのこと。
 「ゴーストライター」という名称はイメージがよくないからということで、著者が考えた新しい名称である。

 私も同じように感じていて、「ゴーストライターという言葉を使うのをやめて、『文章化のアウトソーシング』とでも言えばよいのだ」と、当ブログでも書いたことがある。

■関連エントリ→ ゴーストライターの仕事について

 たしかに、「ゴーストライターになりたい」と最初から思う人は少なくても、「ブックライター」だったら「なってみたい」と思う人も多いことだろう(中身は同じだけどw)。

 本書は、これまでに著者がやってきた仕事をふまえ、「ブックライター」の仕事とはどういうものかを解説した内容。要は、ゴースト仕事に特化したライター入門である。

 著者と同様、書籍の聞き書きゴーストを中心に仕事をしてきたライターである私は、本書の内容に大筋で同意できた。
 ただ、私にとってはあたりまえのことが大半なので、得られるものはあまりなかった。ライター志望の学生などが読む入門書としてはよい本だろう。

 副題の「毎月1冊10万字書く」は、私もクリアしている。
 てゆーか、丸1ヶ月あれば1冊の本が書けるのは、ライターとしては平均的能力で、とくにすごいというわけではない。ま、質が問題なわけだから、書く速さだけ比べても意味がないけれど……。

 著者のすごさはむしろ、20年間にわたってブックライターをつづけながら、一度も〆切に遅れたことがない、という点にある。この点は素直に脱帽。

 ただ、全体として気になったのは、ブックライターのオイシイところばかり強調している点。
 都内の高級住宅地に160平米の自宅兼仕事場を構え、ドイツ車を2台もち、着るスーツはほとんどがイタリア製、土日はオフにして仕事は入れない……。著者が明かすライターとしての暮らしぶりは、私から見ると「いったいどこの世界の話だよ?」という感じだ。

 著者はブックライターの世界では突出した成功者であって、みんながこんなふうだと思ってはいけない。
 むしろ、四半世紀以上ゴースト仕事をしてきた私の実感は、「ブックライターとして食っていける時代は、いよいよ終わる」ということだ。

 とにかく本が売れないから、20年前なら1冊のゴースト仕事で得られた金額を、いまでは2冊、ヘタしたら3冊書かなければ得られない。「書籍のゴーストだけではとても食っていけない」時代なのである。

 本書を読んで若者がブックライターに憧れるのは自由だが、著者のようになるためには上位5%程度の成功者になる必要がある、ということは肝に銘じてほしい。

 過去の類書に、松枝史明の『実践的ライター入門』(2004)がある。書籍ライターに特化した入門書としては、こちらのほうがバランスの取れた内容でよいと思う。

関連記事

『ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック』


ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック: Once Upon A Time In England... (光文社知恵の森文庫)ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック: Once Upon A Time In England... (光文社知恵の森文庫)
(2013/10/08)
ピーター・バラカン



 昨日は大田区大森で、中小企業「金森製作所」の金森茂社長を取材。
 金森さんの波瀾万丈の半生を描いた『大森蒲田の元気工場』(関晴夫著/かんき出版)などを読んで臨む。

 元請けの大企業が理不尽な仕打ちをしてきたとき(よくあることらしい)、泣き寝入りせずに徹底抗戦する金森さんの姿勢は、まことに痛快。下請けイジメに苦しむ中小・零細企業経営者の希望の星ともいうべき人物である。

 金森さんの半生と経営者としての歩みをドラマ化したら、『半沢直樹』の町工場版のようなドラマにできるのではないか、と思った(誰か作りませんか?)。


 行き帰りの電車で、ピーター・バラカン著『ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック――Once Upon A Time In England...』(光文社知恵の森文庫/693円)を読了。

 前から気になっていた本で、文庫化されたのを機に読んでみた。
 「サウンドトラック」といっても映画音楽の話ではない。ピーター・バラカンが少年期・青春期をすごしたロンドンでの日々を、当時愛聴していた音楽の話を軸に振り返った自伝的エッセイである。青春を彩った音楽をサウンドトラックに見立てているわけだ。

 バラカンは自分でも日本語のうまい文章が書ける人だが、本書は音楽ライターの若月眞人が取材・構成するスタイルをとっている。

 バラカンが青春をすごした1960年代~70年代初頭のロンドンといえば、まさにロック黄金時代のロックの中心地。ゆえに、彼の青春を音楽からたどることは、そのままロック黄金期の息吹をヴィヴィッドに伝えることになる(ただし、ロックにかぎらず、ブラック・ミュージックやジャズなども取り上げている)。

 12歳のときに生まれて初めてのコンサートでビートルズを観た感激や、デビュー直後のジミヘンのライヴを観た衝撃など、綴られる思い出の一つひとつがロック史の貴重な証言となっている。

 しかも、キンクスのレイ・デイヴィスの当時の恋人が友人のお姉さんだったとか(後年、バラカンがレイにインタビューしたときにその話をしたら、彼女のことを覚えていなかったとかw)、フェアポート・コンベンションのドラムスが高校の先輩だったとか、バラカンが当時のロックシーンと直接のつながりをもっていたことも明かされる。
 ロックファンの一人としてはまことにうらやましい、ゴージャスな少年期・青春期である。

 バラカンの音楽の好みは、私とかなり違う。たとえば、彼はプログレは苦手だというし、イーグルスについてはファースト、セカンドは好きだったがサードの『オン・ザ・ボーダー』で興味を失ったという。私はプログレが好きだし、イーグルスは逆にサード以降が好きだ。

 そうした好みの違いゆえ、取り上げられた名盤(本書は名盤ガイドとしても読める)の評価に首をかしげる点もある。それでも、評価の相違点についても「へえ、そんな見方もあるのか」と楽しめる本だ。
 何より、音楽に対するあふれんばかりの愛情が全編に流れていて、読んでいてあたたかい気持ちになる(これはバラカンの著書に共通する特長)。

■関連エントリ→ ピーター・バラカン『ピーター・バラカン音楽日記』レビュー

関連記事

須賀原洋行『新釈 うああ哲学事典』


新釈 うああ哲学事典 上 モーニングワイドコミックス新釈 うああ哲学事典 上 モーニングワイドコミックス
(2004/10/22)
須賀原 洋行

商品詳細を見る


 仕事上の必要があって、須賀原洋行の『新釈 うああ哲学事典』(上下巻/モーニングワイドコミックス)を中古で購入して読んだ。

 2000年代初頭に『モーニング』で連載していたころはリアルタイムで読んでいたが、コミックスでまとめて読むのは今回が初めて。
 連載時に断片的に読んでいたときには真価が十分わからなかったが、通読するとマンガ史に残る傑作ではないかと思えてきた。

 古今東西の哲学思想を毎回1つずつ取り上げ、その思想を題材にした短編マンガにするという、じつにチャレンジングな試み。

 といっても、『マンガで学ぶ哲学史』みたいなよくある学習マンガではない。
 たんなる哲学解説マンガや哲学者紹介マンガではなく、一つの思想を深く咀嚼したうえでその核をグイッと取り出し、それをオリジナルな作品の中に消化するという離れ業をやってのけているのだ。

 各編ともアイデアが秀逸で、マンガ作品として完成度の高いものになっている。SFあり、パロディあり、ブラックコメディあり、ストレートなギャグマンガありと、さまざまなスタイルを自在に使い分けている点もすごい。

 もともと、須賀原は大学の哲学科に学んだ「哲学好き」。『気分は形而上』などの代表作を見てもわかるとおり、得意のギャグマンガにおいても哲学の薫りを漂わせる作風の持ち主だ。これは彼が「哲学好き」の側面を全開させた、他に類を見ない哲学マンガなのである。

 哲学に真正面から挑んだマンガとしては、業田良家の『ゴーダ哲学堂』と双璧をなすものだと思う。マンガ表現の可能性を押し拡げた傑作といってよい。

 ソクラテス、プラトン、デカルト、カント、ショーペンハウエル、ニーチェなど、哲学史に大書される面々の思想が中心ではあるが、それだけには終わっていない。
 養老孟司の『唯脳論』やドーキンスの「利己的遺伝子とミーム」などの科学分野の思想、さらには貝原益軒の『養生訓』、新渡戸稲造の『武士道』、果ては安部公房の『箱男』やカフカの『変身』といった小説まで、一つの「思想」として取り上げているのだ。そうした幅広さも、本作の独創性の源になっている。

関連記事

横井孝治『親ケア奮闘記』


親ケア奮闘記―がんばれ、母さん。たのむよ、父さん。親ケア奮闘記―がんばれ、母さん。たのむよ、父さん。
(2013/11)
横井 孝治

商品詳細を見る


※以下の文章はWEB第三文明に書き下ろしたものです。許諾を得て転載しています。



書評/横井孝治著『親ケア奮闘記』

エッセイの形を借りた“親介護入門”

 著者は「介護アドバイザー」で、親を介護する人のための情報サイト「親ケア.com」の運営者でもある。
 著者が介護の世界で働く契機となったのは、34歳の夏から両親の介護を経験したことであったという。本書は、その介護経験を振り返ったもの。発端となった母親の異変から、母が病院から退院して再び父との2人暮らしに戻り、介護に一区切りがつくまでの顛末が綴られている。

 もとは「親ケア.com」にウェブ連載されたものだが、書籍化にあたって再編集がなされている。
 「介護保険サービス一覧」「要介護認定の流れ」など、介護をめぐるさまざまな情報も随所に織り込まれている。具体的な「使える介護術」も満載だ。そのため、たんなる体験記であるにとどまらず、読者が親の介護をするときのための実用書――いわばエッセイの形式を借りた“親介護入門”としても役立つ本になっている。

 かくいう評者も、80歳を越えた老母をもつ身である。ゆえに、本書の内容はどこをとっても他人事ではなく、ごく近い将来の親介護の「心の準備」をする思いで読み進めた。

「きれいごと」を排したリアルな介護体験記

 本書には「いわゆる『きれいごと』は、一つも入っていません」と、「はじめに」で著者は言う。この言葉には2つの意味が込められているだろう。

 第1に、自らが親介護の中でくり返してきた失敗を、少しも包み隠そうとしていない点である。
 著者は、介護が始まった時点では「介護についての知識や心構えのカケラもなかった」という。無知ゆえにさまざまな失敗を重ねてきたことを、著者は本書で微に入り細を穿って振り返っている。
 いまは「介護アドバイザー」を務めている著者にとって、それは恥ずかしい告白でもあったろう。それでも、「私のような失敗をする方を少しでも減らしたい」との思いから、あえて赤裸々に失敗の数々を紹介しているのだ。

 第2に、介護の過酷な現実から目をそらした理想論・精神論が、少しも入っていないということ。
 著者はこれまで、介護の世界の「偉い先生方」による、「要介護者の心に寄り添い、最大限に傾聴する介護を行わなければいけない」「高齢者を住み慣れたところから引っ越しさせるのは、老化を進めるだけだ」といったたぐいの発言に、強い違和感を覚えてきたという。
 介護において、「傾聴」が大切であることも、住み慣れた場所からの転居を避けるべきであることも、当然だ。しかしそうは言っても、老親の理不尽な態度や発言につい言葉を荒らげてしまうこともある。転居せざるを得ないこともある。
 著者は、つねにそのような現実に目を向けて筆を進めている。現実を無視した「きれいごと」は一つも書かれていないのだ。

 自らの過去を飾ろうとする自己正当化が微塵もないことと、理想論・精神論に陥っていないこと――2つの意味で「きれいごと」を排したからこそ、本書はすこぶるリアルな介護体験記となっている。

涙と笑いのヒューマン・ドラマ

「もしかして自分がやっているのは介護なのか? 介護って、寝たきりの人のおむつを替えたり、車いすを押してどこかに連れて行ったり、お風呂に入れてあげたりすることじゃないのか?」


 ――著者がそのように独りごちる場面がある。たしかに、老人介護の一般的イメージはそのようなものだろう。

 だが、著者の両親は介護か始まった時点で寝たきりでもなく、車いすも必要なく、食事も入浴も自分でできる。にもかかわらず、母親が精神に変調をきたし、幻聴などの症状を見せ始めた(統合失調症だと思われる)ことから、離れて暮らす著者が遠距離介護をする日々が突然始まるのだ。

 紆余曲折を経て母親をメンタル・クリニックに入院させたものの、こんどは一人暮らしとなった父に異変が現れる。昭和ヒトケタ生まれの男性にはありがちなことだが、父親は家事というものがまったくできない。それゆえ、一人暮らしとなった途端、生活に支障をきたすのである。
 実家に戻った著者が、脱水症状を起こして倒れていた父親を発見し、病院に運ぶ。そのとき、医師は次のように言う。

「年をとってから急に独りになると、体調がうまく管理できなくなって、調子が悪くなるというのはよくあることなんだ」


 かくして、著者が両親のケアに奮闘する日々が始まる。親が寝たきりになったり、認知症になったりするばかりが介護の始まりではないのだ。本書は、老人介護の多様なありようを知るうえでも有益である。

 また、本書の大きな美点の一つとして、全編にあたたかいユーモアがちりばめられていることが挙げられる。帯に「泣き笑いの介護体験記!」との惹句があるとおり、笑える場面が随所にあるのだ。
 とくに、父親の言動にはいわゆる「天然ボケ」の趣があり、そのキャラクター自体が笑いを誘う。ユーモアで内容の深刻さがシュガーコーティングされているから、読後感は爽やかだ。

 涙と笑いのヒューマン・ドラマを味わううち、親介護についての知識が一通り得られる良書。

関連記事

今枝由郎『ブータン仏教から見た日本仏教』


ブータン仏教から見た日本仏教    NHKブックスブータン仏教から見た日本仏教 NHKブックス
(2005/06/30)
今枝 由郎

商品詳細を見る


 今枝由郎著『ブータン仏教から見た日本仏教』(NHKブックス/966円)読了。

 著者はフランス国立科学研究センターに勤務するチベット学の研究者で、現在はフランス国籍。ブータンにも10年間にわたって暮らしたことがあり、現在もブータンとフランスを行き来しているという(フランスはチベット系仏教研究の先進国なのだそうだ)。

 本書はそのようなバックグラウンドをもつ著者が、ブータン仏教から見た日本仏教を考察し、日本仏教の特異性を浮き彫りにしていくもの。

 「ブータン仏教」という呼び方自体、我々にはなじみが薄いが、「ブータンは、現時点で大乗仏教を国教とする唯一の独立国であり、チベット仏教圏最後の砦である」という。

 全体に、論というよりエッセイに近いトーンで書かれており、著者の個人的な思い出が占める割合も大きい。ゆえに読みやすいし、肩のこらない比較宗教文化論的エッセイとして楽しく読める。

 日本だけで暮らしていてはなかなか気づかない日本仏教の特異性が、よくわかる。日本仏教を相対化する視点が得られる点で、有益な本だ。

 著者が数多く挙げているブータン仏教と日本仏教の違いのうち、とくに面白かったのは回忌法要の例。回忌法要があるのは日本だけなのだそうで、次のようなエピソードが紹介されている。

 日本人でブータンに縁のある人がいた。その人が亡くなり、日本では十三回忌に当たる年、遺族がブータンでも十三回忌を営んでほしいと、友人を介してブータンの僧侶に相談した。すると、こんな答えが返ってきた。
「あの人は、そんなに悪い人には見えなかったが、何か重大な悪業でも犯していたのか。いすれにせよ、すでにどこかに、なんらかの形で生まれ変わっているから、いまさら追善供養の法要でもないだろう」



 こういうエピソードが楽しいし、著者の日本仏教に対する提言や指摘にも納得できるものが多い。たとえば、次のような指摘――。

 日本仏教にとって、その最初から現在に至るまでの最大の悲劇・欠点は、仏典いわゆる「お経」が日本語に訳されることなく、中国語すなわち漢訳のままであるということであろう。これは、ほかの仏教国がすべて仏典を自国語に訳しているのに比して例外的なことである。




 だが、著者が本書で一貫して示す“ブータンには本来の正しい仏教が息づいているが、歴史の中で大きく変質した日本仏教はもはや仏教とは呼べない”という見方に、私はまったく同意できなかった。
 
 釈迦が古代インドで開いた元々の仏教と、中国・朝鮮を経て日本に広まった仏教は大きく異なっている。それはそのとおりだが、なぜ元々の仏教だけを「本来の正しい仏教」だと決めつけるのか。時代に応じ、その国の文化に応じて変化することの何が悪いのか。

 本書の大前提となっているその点で著者と相容れないので、ときどき首をかしげながら読んだ。しかし、なかなか面白い本ではある。

関連記事

Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

里親募集中

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
23位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
17位
アクセスランキングを見る>>