杉山春『ルポ 虐待――大阪二児置き去り死事件』


ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件 (ちくま新書)ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件 (ちくま新書)
(2013/09/04)
杉山 春

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 今日、明日と、新しい単行本の取材。ゴーストの仕事なので、お相手はナイショ。


 行き帰りの電車で、杉山春著『ルポ 虐待――大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書/882円)を読了。

 2010年に起きた、シングルマザーの育児放棄による餓死事件のルポ。
 本のカバーそでに書かれた紹介文を引用する。

二〇一〇年夏、三歳の女児と一歳九カ月の男児の死体が、大阪市内のマンションで発見された。子どもたちは猛暑の中、服を脱ぎ、重なるようにして死んでいた。母親は、風俗店のマットヘルス嬢。子どもを放置して男と遊び回り、その様子をSNSで紹介していた…。なぜ幼い二人は命を落とさなければならなかったのか。それは母親一人の罪なのか。事件の経緯を追いかけ、母親の人生をたどることから、幼児虐待のメカニズムを分析する。現代の奈落に落ちた母子の悲劇をとおして、女性の貧困を問う渾身のルポルタージュ。



 いまも記憶に新しいこの凄惨な事件で、マスメディアはこぞって母親を非難した。
 一度マンションに戻って2児の死を確認したあと、その日の夜にも男友達と会ってセックスをした、などということまで公判で明らかになり、世間の非難をさらに増幅させた。

 私も当時の報道を見て憤りを覚えた1人だが、裁判で母親が一貫して殺意を否認し、「いいママになりたかった」「いまも子どもたちを愛している」と証言していることを知り、怒りよりも当惑の念を覚えた。「愛情のかけらもない鬼母」というイメージと、その証言はあまりにかけ離れていたからだ。

 女性ルポライターの手になる本書は、轟々たる非難を浴びた母親の側に立ち、彼女の心に分け入ることで、事件の謎を解きほぐしていくものだ。

 『ルポ 虐待』というタイトルは、むろん事件の犯人である母親の子どもへの虐待を指すが、それだけではない。彼女が幼・少女期に受けた虐待も意味するダブルミーニングなのだ。

 彼女(本書の中では「芽衣さん」という仮名になっている)は、幼いころに実母からネグレクトされ、父親と再婚した継母にもネグレクトされる。さらには少女時代に、つるんでいた暴走族仲間から輪姦される被害にも遭っている。
 父親は著名なラグビー指導者だが、シングルファザーとなってからも仕事に夢中で、「芽衣さん」をかえりみない。父からも、半ばネグレクトに近い扱いを受けていたのだ。

 「芽衣さん」は人格崩壊寸前の過酷な日々を生きてきた「サバイバー」であり、そのせいで解離性障害に陥っていたと、弁護側の依頼で心理鑑定をした精神科医は言う。ただし、その鑑定は裁判でしりぞけられ、殺意を認定したもう一人の医師の鑑定が採用される(そのため、懲役30年の判決が下った)。

 著者は、解離性障害と鑑定した医師の意見に与して、本書を書いている。
 「芽衣さん」が犯した罪と、にもかかわらず一貫して殺意を否定している謎は、彼女が解離性障害であると考えれば、すんなりと解ける。

 著者は公判の傍聴を重ね、当事者や周辺の人々にも丹念に取材をしている(「芽衣さん」当人には一度だけ面会取材をするが、その後は彼女から面会を拒否される)。
 そして、ルポの中で「鬼母」のイメージを突き崩し、虐待がもたらした精神病理や周囲の人々の冷たさ、そしてシングルマザーとなってからの貧困に追いつめられていった悲しき母の姿を、鮮やかに浮かび上がらせる。

 物書きの大切な役割の一つは、世間一般の見方に対するオルタナティブを提示することだ。もっぱら「鬼母」として語られる「芽衣さん」のもう一つの顔を明らかにしていく本書は、その役割を見事に果たすものである。

 もっとも、著者はあまりにも母親に感情移入しすぎではないかという気もする。ノンフィクションの枠を踏み越え、彼女の心の奥まで勝手に斟酌している部分も散見するし……。

 そうした瑕疵はあるものの、力作ルポであることは間違いない。悲しい事件だから読み進めるのもしんどい本だが、それでも最後まで読まずにはいられない吸引力をもっている。

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林真理子『野心のすすめ』


野心のすすめ (講談社現代新書)野心のすすめ (講談社現代新書)
(2013/04/18)
林 真理子

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 今日はインド大使館で、駐日インド大使のディーパ・ゴパラン・ワドワさんの取材。
 インド大使館の中に入るのは初めてだが、その豪華さ(建物といい、調度品といい)にビックリ。


 行き帰りの電車で、林真理子著『野心のすすめ』(講談社現代新書/777円)を読了。
 すでに30万部を突破しているという話題のベストセラー。私は仕事上の必要があって読んだ。

 「林真理子初の人生論新書」なのだそうだ。
 無名の若き日から、女流作家のトップランナーとなった現在まで、業界スゴロクを駆け上がってきた来し方を振り返り、野心をもって人生を切り拓いていくことの大切さを説いている。

 さすがに読み物としては面白く、値段分はきっちり楽しませる。
 また、野心をもつことが“はしたないこと”のように思われがちな日本の風潮に異を唱え、“若い人たちがもっと「健全な野心」を抱かないといけない”という著者のメッセージにも、まあ納得できる。
 いわく――。

 「今のままじゃだめだ。もっと成功したい」と願う野心は、自分が成長していくための原動力となりますが、一方で、その野心に見合った努力が必要になります。
 野心が車の「前輪」だとすると、努力は「後輪」です。
 前輪と後輪のどちらかだけでは車は進んで行けません。野心と努力、両方のバランスがうまく取れて進んでいるときこそ、健全な野心といえるのです。



 しかし、本書の端々に透けて見える著者の価値観に、私はまったく共感できなかった。
 たとえば、次のような記述――。

 高校時代のクラスでいちばんの美人だった子が、市役所の人と結婚してごくごく平凡な人生を送っていたり、もったいない美人の例が後を絶ちません。私なら、どれだけ美貌を有効に使ってあげられたか……と歯噛みしてしまいました。



 すごいな、この一節。かりにツイッターでこんなこと書いたら炎上必至である。
 
 林真理子にとって、せっかく美人に生まれながら「市役所の人と結婚してごくごく平凡な人生」を送ることは失敗であり、美貌の浪費なのだそうだ(笑)。
 全国の市役所職員がカチンとくるだろう。容易に個人が特定できそうな記述でもあり、当人たちが読んだらイヤな思いになるだろう。

 このようなツッコミどころは、ほかにも枚挙にいとまがない。次のような一節もある。

 いまの世の中で教育をロクに受けていない人というのは、単に努力しない人だとみんなわかっているから、ちゃんとした男の人は高校中退の女の人にはまず近寄りません。男女が逆のパターンなら尚更です。



 同業者である柳美里(高校中退)や西村賢太(中卒)の前で同じことが言えるのだろうか?

 私が自分は偉かったよなぁと自画自賛してしまうのは、独身の頃は世間から「結婚したいとか言ってるけど、どうせ結婚しないんでしょ」と思われていた中で、実際に結婚したことです。私よりずっと美人で結婚できなかった人がいっぱいいるのに。



 要するに、林真理子にとって結婚「できた」女性は未婚の女性より上であり、美人は不美人より上であり、有名人は無名人より上であり、高学歴で社会的成功を収めた人は学歴のない貧しい庶民より上なのである。

 そのような価値観を持っているからこそ、彼女はがむしゃらに「上」を目指して生きてきた。そして多くのものを手に入れたいま、下々の我々を見て“もっと野心を持ちなさい”と説教(ユーモアにくるんだソフトなトーンではあるが)しているわけだ。

 有名作家が自分の偏った価値観をここまでさらけ出すのはある意味勇気のいることで、その勇気は買おう。しかし、私は「しみじみイヤな女だな」と思ってしまった(笑)。

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園子温『けもの道を笑って歩け』


けもの道を笑って歩けけもの道を笑って歩け
(2013/09/05)
園子温

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 園子温著『けもの道を笑って歩け』(ぱる出版/1470円)読了。

 少し前に読んだ前著『非道に生きる』につづく、園子温の自伝的エッセイ第2弾。
 『非道に生きる』と内容が重複する部分も少しだけあるが、気にならない程度。園子温のファンなら2冊併読しても全然オーケイだ。

 各章の扉には、その章で言及される映画のタイトルが並べられている。そのリストの中には園子温の自作もあれば、彼が愛してやまない映画や、ダメな作品の見本として挙げられる映画もある。

 そのことが示すとおり、園子温の映画観や、映画監督としての仕事術にウエイトを置いた内容になっている。人間・園子温にズームインした内容であった『非道に生きる』とは、そこが大きな違いだ。

 とはいえ、たんなる映画論・演出論ではない。本書の映画への言及はすべて、園子温の生きざまそのものと密接に結びついている。映画を語ることを通して、自らを語っているのだ。
 
 『非道に生きる』を読んだときにも思ったことだが、園子温の本は岡本太郎の本に似ている。表現者としていかに周囲の無理解や常識の壁と闘ってきたか――つまり、どうやって道を切り開いてきたを語る「熱さ」がすがすがしく、読むと励まされる点が共通しているのだ。

 また、本音全開で日本映画の現状を語ったくだりも多く、それらはすこぶる痛快である。たとえば――。

 若い頃に冒険しないで、いつ冒険するのかということ。『舟を編む』(2013)とか、どう考えても落ち着きすぎです。監督が20代で撮った作品なのに、随分老け込むのが早い。あと40年どうするんだろうと心配になります。
 若いうちは冒険したほうがいい。それからでも成熟は遅くない。小津安二郎だって若い頃、『エロ神の怨霊』(1930)という作品を撮っています。



 「いい映画を作りたい」という監督にはロクな奴はいません。いい映画を作るというのは、十把一絡げの映画を作ることです。その年のベスト10で1位や2位になる映画は、20年後には残らないものが多い。多数決で選ばれる映画や小説にロクなものはなく、同時代から嫌われる映画にかぎって、後世に名を残す可能性を秘めている。
 嫌われようと目指すのは禁物ですが、嫌われるのを恐れてはなりません。



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Kokoo『ZOOM』


ZOOM(ズーム)ZOOM(ズーム)
(1999/04/23)
Kokoo

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 Kokoo(コクー)が1999年に発表したファーストアルバム『ZOOM』(キングレコード)を、中古で入手。ヘピロ中。 

 Kokooは、尺八奏者の中村明一が2人の箏奏者(ちなみに2人とも巨乳美女)と組んでいたバンド。和楽器を用いたロック・バンドである。

 昨年、私は彼らのセカンド・アルバム『スーパー・ノヴァ』を聴いてかなり気に入った。順序が逆になってしまったが、ようやくファーストが手に入ったしだい。

 セカンドがジミヘンやツェッペリン、ビートルズなどのロック・クラシックのカヴァー集であったのに対し、本作はオリジナル中心。カヴァーはキング・クリムゾンの名曲「ムーンチャイルド」のみだ。

 ゆえに、セカンドほどロック色全開ではないのだが、それでも全体の印象はまぎれもないロック。箏の弦をドラムスティックで叩くなどの手法を用いることによって、パーカッシヴな音も随時織りまぜられていく。

 よくある「普通のバンド編成の中に邦楽器を混ぜる」形ではなく、尺八と箏だけで構成されているのに、音はソリッドでヘビー。美しくも緊張感に満ちた音で、「ロックしてる」のである。そこがKokooの独創性であり、すごさだ。

 飯野真という人が書いているライナーノーツの次の一節は、まったくそのとおりだと思った。

 今までにも、尺八や箏といった伝統楽器を用いて、様々に新しい音楽を試みる人々はあった。だがそれらは往々にして、西欧的な和声に乗せて邦楽器を奏でるというような、「伝統楽器でもこんな事もできます」という類から完全に脱却しきれていないものではなかったか。
 今ここに完成した一つの音盤に込められた7種類の音は、そんな既成概念を完全に覆したと言って良い。ここにあるのは、紛れもなく、ロックであり、あるいは現代音楽であり、しかも伝統邦楽以上に邦楽そのものなのだ。そして、だからこそ、現代の日本人の音楽そのものでありうるのだ。



 大きな音でかけたときの心地よさはかなりのもので、最高にゴージャスなBGMになるアルバム。
 Kokooが2枚のアルバムを残したのみで消滅してしまった(ただし、2001年にもマキシ・シングルを1枚発表している)らしいのは、惜しいかぎり。

■参考→ Kokoo公式サイトのアルバム紹介

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金井良太『個性のわかる脳科学』


個性のわかる脳科学 (岩波科学ライブラリー 171)個性のわかる脳科学 (岩波科学ライブラリー 171)
(2010/06/09)
金井 良太

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 先週の金曜は取材で郡山へ――。
 もともとは福島第一原発所在地の大熊町に本社を構えていた企業の、震災からの再建の歩みをうかがった。

 土曜は松戸市の「千葉西総合病院」で、ガン手術の権威である医師を取材。ガン手術の最前線について、いろいろ目からウロコのお話をうかがう。


 金井良太著『個性のわかる脳科学』(岩波科学ライブラリー/1260円)読了。

 この間読んだ『脳に刻まれたモラルの起源』が面白かったので、著者が同じ岩波科学ライブラリーに寄せた旧著を読んでみた。

 タイトルのとおり、私たちの個性・個人差がどれくらい脳に現れるのかを、さまざまな角度から探った内容である。

 『脳に刻まれたモラルの起源』と同様の感想を抱いた。
 脳科学の最前線が盛り込まれていて内容はたいへん面白いのだが、一般書にしては文章に論文臭があって、なかなか頭に入ってこないもどかしさがあるのだ。

 この著者は、池谷裕二さんの語り口――脳科学の最前線をわかりやすく、面白く読ませる語り口――に学ぶべきだと思う。内容をもう少し一般向けにやわらかくブレイクダウンできれば、本書だってベストセラーになってもおかしくない。

 印象に残った箇所を、いくつか引用しておく。

 電気刺激で記憶力を人工的に向上させたり、個人の社会的コミュニケーション能力を向上させたりといった技術がある。これが現実世界で利用されるようになるのはまだ先のことだが、基礎研究としては現在活発に行われている。



 胎児のときに性ホルモンであるアンドロゲンを浴びた人ほど、薬指が長くなることが知られている。一方、アンドロゲンを胎児のときに浴びた人ほど、成長の過程でアンドロゲンのひとつであるテストステロンに影響を受けやすく、「男らしい脳」が育つ。「男らしい脳」といっても曖昧だが、広く考えられているのは空間的な認知能力やリスクを進んでとる傾向などである。この発生学上の理由で生じる相関関係から、人差し指と薬指の比率すなわち(人差し指の長さ)÷(薬指の長さ)は2D:4Dと呼ばれ、個人の脳の「男らしさ」と対応していると考えられている。



 「記憶力」もあればあるほど良さそうなものだが、「忘れる」というのも大事な機能である。「忘れる」ためには重要な情報を選択し不必要な情報を排除することが必要である。それによって、物事の本質を理解することを助けているかもしれない。



 脳科学が抱える難しい問題の一つに「意識」の問題がある。なぜ、脳に意識が宿るのか。今でも、我々は意識を持った機械を作ることはできない。「痛み」を単なる数値として表現するだけではなく、「痛み」という感覚を実際に感じることができるロボットを作ることはできない。それどころか、我々はそのようなロボットが「痛み」を感じているのかどうかを判別する手段さえ持っていない。



 実は睡眠中に成長ホルモンが分泌されるのは人間に特有の現象で、人間の食生活のパターンと関係があると考えられている。人間の場合は寝ているときに分泌される成長ホルモンによって体内の脂肪が分解されている。ということは、毎日よく眠ると脂肪が分解できて、ダイエットになる可能性がある。そして、おそらく寝る直前に食べないようにすることでこのような脂肪の分解は促進されるだろう。



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今野晴貴『生活保護――知られざる恐怖の現場』


生活保護:知られざる恐怖の現場 (ちくま新書)生活保護:知られざる恐怖の現場 (ちくま新書)
(2013/07/10)
今野晴貴

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 今日は台風のなか、東銀座で打ち合わせ。出かけるときにはもう雨はやんでいたものの、電車のダイヤが大幅に乱れており、銀座まで2時間もかかった。


 行き帰りの電車で、今野晴貴著『生活保護――知られざる恐怖の現場』(ちくま新書/840円)を読了。

 著者は、若者の労働問題に取り組むNPO法人「POSSE」の代表。彼のブラック企業関連の著書は2冊読んでいるが、本書は“隣接分野”ともいえる生活保護がテーマだ。

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 著者は、労働法を専攻していた大学時代から労働相談を受け始め、現在までに1500件を超える相談にかかわってきたという。相談の中には、生活保護をめぐるものも必然的に多い。本書は、著者および「POSSE」のスタッフたちが実際に受けた相談事例に基づく内容である。

 「知られざる恐怖の現場」という副題は読む前には大げさに思えたが、読んでいるうちに本当に恐怖と怒りを覚えた。それほど、生活保護を求める困窮者に対する行政側の扱いがひどい。

 生活保護をめぐる行政の違法行為といえば、何人もの餓死者を出した北九州市の「水際作戦」が悪名高いが、本書を読むと、同様の事例が全国各地で頻発していることがわかる。

 生活保護の申請を受け付けない門前払いのみならず、受給者へのパワハラやプライバシー侵害、不当な受給打ち切りなどが横行しているのだ。

 本書で例に挙げられている、ケースワーカーによる受給者への暴言。

「生活保護を受けている分際で車を持つとは何事か」
「自殺したいという奴は、自殺なんかしない。心配なんかしない。なんで区役所なんか相談くんの!」
「ホームレスになったら申請できる」



「血管が切れて倒れて、障害が残ったら楽になれるよ」。
 これは、高血圧症を抱える生活保護受給者のMさんが、医療券の受け取りに行く際に、ケースワーカーが言い放った言葉だ。失業中のMさんは月に一度、医療券をもらいに行くたびに、「いつまでももらえると思うなよ」「高血圧でも仕事はできる」などと就労をせかす厳しい言葉を浴びせられている。「楽になれる」とは、障害者になると就労指導の対象者でなくなり、就職活動から解放されるという意味だ。



 父子家庭の父親であるOさんは、千葉県で生活保護を受給しながら、県内外を問わず求職活動にいそしんでいた。彼が就職を急いだのには理由がある。保護を受給し始めて間もなく、担当のケースワーカーから「子どもを孤児院に入れるなら、受給し続けていい」と告げられたのだ。



 また、次のようなひどい事例もある。

 2012年3月、京都府宇治市で母子世帯の生活保護の申請者に対し、異性と生活することを禁じたり、妊娠出産した場合は生活保護打ち切りを強いる誓約書に署名させていたことが発覚した。



 福祉の現場では、母子家庭の母親が男性とつきあうと「腐れ母子」と呼ばれるのだと、以前読んだ『ルポ母子家庭』に書いてあった。本書を読むと、そのような偏見・蔑視がけっして特殊なものではないとわかる。

 生活保護行政の問題点を追及する一般書は多いが、本書はその中でもかなり優れたものだと思った。
 著者は労働法などの研究者であり、貧困問題の現場で奮闘する活動家でもあるから、生保行政全体の構造的問題点を見抜くマクロな視点と、困窮者と「同苦」する現場感覚を兼備しているのだ。

 私自身は、公務員を十把一絡げにバッシングして溜飲を下げるようなことに、強い違和感を覚えるものである。
 生活保護行政の現場でも、本書に出てくるようなひどい連中ばかりがいるわけではなく、困窮者のため懸命に尽くしている公務員も多いはずだ。

 だが、本書はやみくもな公務員叩きの本ではない。違法がまかり通る生活保護行政の現場を冷静に告発し、そうした違法を生む構造にまで迫った本なのだ。

 近年の「生活保護バッシング」が、行政の暴走を後押していることも浮き彫りにされている。
 たとえば、生保受給を希望する人に申請書を渡すことを拒否した舞鶴市役所の担当者は、そのとき「生活保護バッシングの中で市民の声があるから遠慮してくれ」と言ったのだという。

 ブラック企業を冷徹に追いつめてきた著者が、同じような冷徹さで生活保護行政の暴走にメスを入れた本。問題の根っこまでがよくわかる良書だ。

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麻生香太郎『誰がJ-POPを救えるか?』


誰がJ-POPを救えるか?  マスコミが語れない業界盛衰記誰がJ-POPを救えるか? マスコミが語れない業界盛衰記
(2013/01/22)
麻生 香太郎

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 麻生香太郎著『誰がJ-POPを救えるか?――マスコミが語れない業界盛衰記』(朝日新聞出版/1575円)読了。

 昔『日経エンタテインメント!』を毎号買っていた時期があって、著者の名はそこで知った。巻末の連載コラムを持つなど、同誌のメインライターだったからである。
 「エンタメ業界全般にやたらとくわしい人だな」という印象を抱いたが、元作詞家だということは本書を読んで初めて知った。

 作詞家からエンタテインメント・ジャーナリストに転じた著者は、J-POPの歴史を肌で知る生き証人であり、本書のような本を書くのにうってつけといえる。

 つい20年ほど前まではミリオンセラー・アルバムが連発され、一世を風靡したJ-POPの世界が、いまや惨憺たる状況にある。
 そうした苦境を招いた要因は何なのかを、本書をはさまざまな角度から解き明かしていく。過去数十年の業界盛衰史をふまえ、当事者たちの証言をちりばめて……。
 章立ては以下のようになっている。

第一章 ソニーがJ-POPを殺した
第二章 韓流がJ-POPを殺した
第三章 つんくがJ-POPを殺した
第四章 音楽著作権がJーPOPを殺した
第五章 歌番組がJ-POPを殺した
第六章 圧縮技術がJーPOPを殺した
第七章 スマホがJーPOPを殺した
第八章 世界の不況がJ-POPを殺した
第九章 マスコミがなくなる、がJ-POPを殺した
第十章 平成10年代生まれがJーPOPを救う



 この章立てが示すとおり、書名こそ『誰がJ-POPを救えるか?』だが、実質上は「誰がJ-POPを殺したか?」が分析されている本だ。

 書名に沿った内容なのは終章の「平成10年代生まれがJーPOPを救う」だけだが、この章がなんともスッカスカ。“従来の常識にとらわれない平成10年代生まれが、何か新しい突破口を探してくれるのではないか”という無根拠な期待が語られるだけなのだ。
 要は、この書名にするために無理やりつけた蛇足でしかない。

 ま、いまもエンタメ業界に身を置く著者としては、ストレートに「もうJ-POPは滅びるだけだ」と主張する本にはしづらかったのだろう。
 そのへんの中途半端さといい、フィクション仕立てにして逃げを打っている(人物名の多くが仮名)点といい、腰の引けた感じが読んでいて不快だった。

 とはいえ、JーPOP凋落の要因についての分析はどれも得心のいくものだし、目からウロコのトピックもちりばめられていて、音楽好きなら一読の価値はある。

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森功『大阪府警暴力団担当刑事――「祝井十吾」の事件簿』


大阪府警暴力団担当刑事――「祝井十吾」の事件簿大阪府警暴力団担当刑事――「祝井十吾」の事件簿
(2013/02/21)
森 功

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 森功著『大阪府警暴力団担当刑事――「祝井十吾」の事件簿』(講談社/1500円)読了。

 ノンフィクション作家の著者が、大阪府警捜査四課の「マル暴」刑事たちへの取材の蓄積を一冊にまとめた本。「祝井十吾」とは、複数の実在の刑事たちをミックスして作り上げた架空の人格。名前は「祝十郎」(月光仮面の正体である探偵)のもじりだろう。

 森功の本は、『許永中 日本の闇を背負い続けた男』を読んだことがある。これはなかなか読み応えのある重厚なノンフィクションであったが、本書は一転してかなり軽いタッチで書かれている。ちょっと「やっつけ仕事」のような印象を受ける部分もある。文章も粗いし……。

 森は元々『週刊新潮』の編集部にいたそうだ。さもありなんというか、大仰なタイトルや小見出しで読者の目を引き、そのじつ内容が大したことない箇所が散見される。書きっぷりがいかにも週刊誌的なのだ。

 たとえば、弘道会(山口組六代目を輩出した名古屋の暴力団)の組織内には「十仁会」という謎めいたヒットマン部隊がある、という話が出てくるのだが、その正体はけっきょくうやむやなままで終わり、なんら実体が明らかにならない。「おいおい、これだけで終わりかよ」と言いたくなる。

 それでも、島田紳助引退の舞台裏や、ボクシング界とヤクザの世界の癒着、山口組の組長が代替わりすると暴力団の勢力地図が一変する様子などが細かく明かされ、そこそこ面白く読める本ではある。
 
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ジョン・W・ダワー『忘却のしかた、記憶のしかた』


忘却のしかた、記憶のしかた――日本・アメリカ・戦争忘却のしかた、記憶のしかた――日本・アメリカ・戦争
(2013/08/03)
ジョン・W.ダワー

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 ジョン・W・ダワー著、外岡秀俊訳『忘却のしかた、記憶のしかた――日本・アメリカ・戦争』(岩波書店/3150円)読了。

 日本でもベストセラーとなったピュリッツァー賞受賞作『敗北を抱きしめて』で知られる米国の歴史家(日本史家)の最新著作。書評用読書。

 『敗北を抱きしめて』が、終戦直後の日本社会を重層的に描き出した一大叙事詩・群像劇であったのに対し、本書はいわば短篇集である。戦中・戦後の日本および米国社会から見た日本という大枠のテーマを、さまざまな角度から変奏した歴史評論集なのだ。

 米国社会における最良の日本理解者ともいえる著者は、正視眼で日本の戦後を見据える。書名の「忘却のしかた、記憶のしかた」とは、68年前に終わった戦争を、日本社会がどのように「忘却」し、どのように「記憶」してきたかを指している。

 『朝日新聞』屈指の名文記者として知られた外岡秀俊(現在は北海道大学公共政策大学院研究員)による訳は、平明でありながら格調高い。「訳者あとがき」も、それ自体が本書の見事な解説になっている。

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『そして父になる』


そして父になる【映画ノベライズ】 (宝島社文庫)そして父になる【映画ノベライズ】 (宝島社文庫)
(2013/09/05)
是枝 裕和、佐野 晶 他

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 立川シネマシティで『そして父になる』を観た。
 カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞し、スピルバーグも絶賛したという話題作。

 

 大変よかった。息子をもつ父親の1人として、胸を揺さぶられた。
 是枝裕和監督の作品で好きなものは多いけれど、後世に残るのは『誰も知らない』と本作なのではないかと思った。

 産婦人科での赤ちゃん取り違え事件(子どもが小学校に入学する段になって、取り違えが発覚する)という、80年代大映ドラマみたいなベタな題材を扱いながら、しっとりと落ち着いた人間ドラマになっている。

 題材が題材だけに、観客を泣かせようとしてかかったら、もっとあざとい「感涙映画」にできただろう。だが、是枝監督はさすがにそんなことはしなかった。
 ギョーカイ用語でいう「泣きのスイッチ」が押されるのも、最終盤だけ。あとは抑制の効いた演出が積み重ねられていく。

 是枝監督の脚本はいつもそうだが、言葉の贅肉が見事に削ぎ落とされていて、不自然な説明ゼリフが一つもない。最低限の言葉のみを用いて、行間は観客に悟らせるのだ。

 また、子役たちからドキュメンタリーのような自然な演技を引き出す「是枝マジック」も、相変わらず冴え渡っている。
 とくに後半、両親と家庭の「交換」を強いられる2人の男の子の、戸惑いと子どもなりの苦悩を表現する演技が、少しもわざとらしくなくて素晴らしい。

 対照的な2つの家庭の夫婦を演ずる主役級4人(福山雅治&尾野真千子/リリー・フランキー&真木よう子)のキャスティングもバッチリとハマっていて、誰が賞をとってもおかしくない演技合戦になっている。

 私がとくに感心したのは、尾野真千子の好演。
 彼女がメインとなる、映画全体の「肝」ともいうべき2つのシーンがあるのだが(夫の福山をなじるシーンと、最終盤に感涙必至のセリフを放つシーン)、その2つのシーンの演技はもう鳥肌ものだ。

 是枝監督は、『誰も知らない』『歩いても 歩いても』『奇跡』などの作品で「家族とは?」「親子とは?」を問うてきたわけだが、その問いかけの集大成が本作と言えるかもしれない。

■関連エントリ→ 『奇跡』『歩いても 歩いても』レビュー

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金井良太『脳に刻まれたモラルの起源』


脳に刻まれたモラルの起源――人はなぜ善を求めるのか (岩波科学ライブラリー)脳に刻まれたモラルの起源――人はなぜ善を求めるのか (岩波科学ライブラリー)
(2013/06/06)
金井 良太

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 金井良太著『脳に刻まれたモラルの起源――人はなぜ善を求めるのか』(岩波科学ライブラリー/1260円)読了。

 著者は、英サセックス大学・サックラー意識研究センターで准教授を務める第一線の若手研究者(1977年生まれ)。本書は一般書ながら、脳科学研究の最前線の知見が多く盛り込まれ、知的刺激に富む内容となっている。

 この著者は、「第2の池谷裕二」になり得る人材だと感じた。つまり、脳科学の知見を一般向けに面白く解説するベストセラーが出せる人だと思うのだ。本書を読むと、文章にはまだ論文臭があって、池谷さんの本に比べややカタいのが残念。

 章立ては次のようになっている。

1 善悪という主観の脳科学
2 五つの倫理基準
3 政治の脳科学
4 信頼と共感の脳科学
5 評判を気にする脳
6 幸福の脳科学



 この章立てを見ればわかるとおり、タイトルに沿った「脳とモラル」の問題のみならず、幅広いテーマを扱っている。
 その幅広さが、本書の長所であり短所でもある。というのも、正味110ページの薄い本なので、こんなに幅広いテーマを扱うには分量不足だからだ。
 各章とも、優に一冊の大著になり得る大テーマなわけで、わずかな紙数の中でそれらを扱っているものだから、各テーマの掘り下げが浅すぎる。

 とはいえ、目からウロコのトピックが随所に盛り込まれており、十分に面白い本ではある。
 面白いトピックの一例を挙げる。

 人間の脳は、眼や顔といった社会的な視覚刺激に敏感にできている。そのため、本物の他人の目が存在しないにもかかわらず、個人に評判を気にするような行動を促すことができる。たとえば、独裁者ゲームというお金を他人と分配する経済ゲームを行う際に、眼の画像をパソコンのデスクトップに出しておくだけで、被験者はより多くのお金を他者と分配するようになる。
 また、ニューキャッスル大学のベイトソン博士たちの行った実験は、眼の写真を壁に貼っておくだけで、実際に人間を正直者にすることができることを示した。



 次は、ワンテーマを深く掘り下げた大著にぜひ挑戦してほしい。

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吾妻ひでお『失踪日記2 アル中病棟』


失踪日記2 アル中病棟失踪日記2 アル中病棟
(2013/10/06)
吾妻ひでお

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 予約しておいた吾妻ひでおの『失踪日記2 アル中病棟』(イースト・プレス/1365円)が届いたので、さっそく読んだ。
 本日発売。かなり前に予約したのに、今日届いたものは第2刷だった(マニアなら怒るぞ)。予約だけでも相当売れたのだろう。

 言わずと知れた大傑作にして、30万部のベストセラーとなった『失踪日記』の続編。

■関連エントリ→ 吾妻ひでお『失踪日記』レビュー

 2005年に『失踪日記』が出た際、著者プロフィール欄に「入院後半のエピソードは続編にて」とあったので、すぐにでも続編が刊行されそうな印象を受けた。にもかかわらず、延々と待たされることじつに8年(正直、「もう出ないんじゃないか」と思っていた)。満を持しての続編である。

 正編は、①失踪後のホームレス生活、②配管工事の肉体労働をしていた時期、③その後マンガ家として一度復活するも、アル中になって強制入院させられた日々――という3つのパートに分かれていた。
 この続編はタイトルどおり、③の入院生活のつづき(退院まで)が描かれている。

 330ページを超えるボリュームに驚かされる。正編より130ページ以上も多い。それだけのページ数でアル中病棟暮らしの後半2ヶ月間が描かれているから、ディテールはすこぶる濃密。

 ただ、正編と比べてしまうと、面白さは一段落ちるかな。
 正編は短いページ数の中に印象的エピソードがギュッと詰め込まれていたから、密度とスピード感がすごかった(逆に言えば「駆け足感」もあった)。対して、本書はゆったり、じっくりと描かれている。
 けっしてつまらなくはなく、十分面白いのだが、正編がすごすぎた分、割りを食って見劣りがするのだ。

 比較すべきはむしろ、花輪和一の『刑務所の中』だろうか。『刑務所の中』が作者自身の獄中体験を描いたものであるのに対して、本作は作者自身のアル中病棟への入院という体験を描いている、という意味で……。
 優れたマンガ家が特異な実体験をマンガ化すれば、観察眼や描写力、デフォルメの巧みさ、キャラの立て方の技術によって、必然的に面白いマンガになるのだ。アルコール依存症を描いたマンガで、本作を超えるものはおそらく今後出ないだろう。

 アル中の恐ろしさが身にしみるマンガでもある。酒飲みのハシクレとしてはとくに……。
 たとえば、アル中真っ只中に見た幻覚の恐怖を表現する言葉――「恐ろしいと頭で考える自分の声すらも恐ろしいんだよね」は、実体験からしか生まれ得ないリアルな表現で、ゾッとする。

 また、断酒1年目に突如襲ってきた強烈な飲酒欲求に、「ほっぺたの内側の肉噛んで血流して耐えた」なんて一節も、これまた恐ろしい。

 『失踪日記』では悲惨な体験が突き抜けた笑いに昇華されていたが、本作は総じて笑いの要素が抑えぎみだ。
 退院後の「不安だなー 大丈夫なのか? 俺……」という作者のつぶやきで幕が閉じられるのだが、それ以外にも、心に暗雲が立ち込めるような場面が随所にある。いかな吾妻ひでおでも、アル中病棟への入院という体験をそっくり笑いに転化することはできなかったということか。
 ただ、全編に漂う暗さと寂寥感、ペーソスが、捨てがたい味わいになっている。

 また、正編よりも絵のクオリティにこだわった作品でもある。
 たとえば、コマは総じて正編よりも大きく、背景などもていねいに描き込まれている。「あじま」キャラは正編の二頭身から三頭身へと変わり、少しだけリアル寄りになっている。
 正編にはまったくなかった1ページ1コマの大ゴマもくり返し登場し、それらは絵として強い印象を残す。

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工藤明男『いびつな絆 関東連合の真実』


いびつな絆 関東連合の真実いびつな絆 関東連合の真実
(2013/06/27)
工藤 明男

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 工藤明男著『いびつな絆 関東連合の真実』(宝島社/1365円)読了。

 「関東連合」の元幹部であるという著者(名前はペンネーム)が、連合のそもそもの成り立ちから一連の事件の舞台裏までを明かした本。

 朝青龍殴打事件、市川海老蔵事件、六本木クラブ「フラワー」襲撃事件(人違いによる集団暴行殺人)など、関東連合がかかわり、世を騒がせた事件の内幕がこと細かに振り返られており、「なるほど、そういうことだったのか」と腑に落ちる。

 不謹慎な感想になるが、読みながら「まるで馳星周のノワール小説みたいだなあ」と思った。こういう世界が東京の裏社会には本当に存在しているのか、と驚かされる。

 とくに、本書の主人公といってもよいウエートで登場する見立真一(「フラワー」事件の主犯格として国際手配中の元関東連合リーダー)の人物像は、まんま馳星周の小説の登場人物のようだ。
 知能が高くて冷酷非情、過剰な暴力で関東連合を恐怖支配してきた見立。怪物じみたこの男と著者は対立し、現在は見立派から「工藤を殺れ」という指令が飛んでいる状態なのだという。

 まあ、その意味で本書は“著者が見立を追い込むために出した本”とも言え、そのへんは割り引いて読む必要があるだろう。

 成り立ちからいって中立・客観的な内容とは言えないが、謎のベールに包まれていた関東連合の全体像を読者に提示する本として、それなりの社会的意義もある。

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架神恭介『もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら』


もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら (ちくま文庫)もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら (ちくま文庫)
(2013/08/09)
架神 恭介

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 架神恭介著『もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら』(ちくま文庫/819円)読了。
 傑作『完全教祖マニュアル』の著者の1人による、前代未聞の“笑える仏教入門”である。文庫化を機に初読。

 タイトルを見て、「なんだ、『もしドラ』の二番煎じか」と感じる人は多いだろう。じっさい、『もしドラ』ブームに乗って出版されたものではあるのだが(単行本は2010年刊)、たんに二番煎じ扱いしてしまったら著者が気の毒だ。

 というのも、著者が2006年に上梓した『完全覇道マニュアル――はじめてのマキャベリズム』(文庫版は『よいこの君主論』と改題。辰巳一世との共著)は、小学5年生がマキャベリの『君主論』を読んで学級制覇に乗り出す(笑)という本で、まさに「もしドラ」的入門書の先駆であったからだ。順番からいけば、むしろ「もしドラ」のほうが著者の二番煎じなのだ。

 それはともかく、本書は仏教入門として非常によくまとまっている。タイトルや表紙の印象で、「どうせ薄っぺらい内容だろう」とあなどってはいけない。
 たとえば、阿頼耶識や悪人正機についての解説など、どんな仏教入門よりも本書の説明のほうがわかりやすかった。

 著者が自身のブログで書いた「ヒップホップで学ぶ日蓮」はネット上で大評判を呼んだ傑作エントリであったが、本書はあのテイスト(=笑えるけど、内容はしっかりしている)で仏教史全体を通観した本なのだ。

 ただ、困ったことに、“東京のパンクロッカーが謎の老僧に出会って仏教史を学んでいく”という小説仕立てになっている部分が、まったく面白くない。
 それに、ストーリー部分を全部読み飛ばして解説だけ読んでも、十分本として成り立っている。小説仕立てが意味を成していないのだ。

 中森明夫の『アナーキー・イン・ザ・JP』(アナーキスト大杉栄の魂が現代のパンク少年の脳に棲みつく話)を読んだときにも思ったことだが、物語の中に登場するパンクロッカーというのは、どうしてこう類型的で陳腐なのだろう? 

 一口にパンクロッカーといっても、遠藤ミチロウやヒュー・コーンウェルのようなインテリもいるわけだから、シド・ヴィシャスみたいな頭の悪いDQNばかりではない。なのに、フィクションの中のパンクロッカーはどいつもこいつも、二言目には「ファックだぜ!」とか言うバカばかり。ステレオタイプにもほどがある。

 まあ、小説仕立てにせざるを得なかった事情はわかる。仏教学者でもない一ライターがフツーの仏教入門を出しても売れるはずはなく、“売るための仕掛け”が必要だったのだろう。

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『平山夢明の全身複雑骨折』


平山夢明の全身複雑骨折平山夢明の全身複雑骨折
(2013/09/25)
平山 夢明

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 平山夢明著『平山夢明の全身複雑骨折』(扶桑社/1365円)読了。

 約5年にわたって『SPA!』に連載されたコラム「どうかと思うが、面白い」「どうかと思うが、ゾゾ怖い」(途中からタイトルが変わった)の単行本化第2弾。
 第1弾『どうかと思うが、面白い』がバツグンに面白かったので、今回は予約して購入。

 平山が実際に出会った「キテレツさん」たちのことを、誇張もくわえて紹介していく、ドス黒く歪んだ笑いのコラム集。

 類を見ないぶっ飛んだ言語感覚は相変わらず素晴らしく、何気ないワンフレーズが笑いを誘う。

 ただ、調子の出ない回も多くて、第1弾と比べるとクオリティは一段落ちる。
 さすがにネタ切れしてきたのか、あるいは本業の小説のほうが忙しくなりすぎてコラムに力が入らなくなったのか……。すでに連載が終了し、この本で打ち止めになったのも納得である。

 平山夢明の「狂気の笑い」を未体験の向きには、本書ではなく『どうかと思うが、面白い』のほうをオススメしたい。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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