デビッド・アレン『ストレスフリーの仕事術』


ストレスフリーの仕事術―仕事と人生をコントロールする52の法則ストレスフリーの仕事術―仕事と人生をコントロールする52の法則
(2006/05/18)
デビッド アレン

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 デビッド・アレン著、田口元監訳『ストレスフリーの仕事術――仕事と人生をコントロールする52の法則』(二見書房/1575円)読了。

 著者は、個人用のワークフロー管理手法である「GTD(Getting Things Done)」の提唱者として知られる。
 以前、著者が「GTD」の基本を解説した『はじめてのGTD――ストレスフリーの整理術』を読んだことがある。そのときにはピンとこなかったのだが、先日読んだ『WILLPOWER 意志力の科学』で「GTD」が好意的に紹介されていたのを読んで、「もう一度『GTD』について学んでみようか」と思ったしだい。

■参考→ 「誠 Biz.ID」:Getting Things Done(GTD)まとめ

 本書は、「GTD」を取り入れている人向けに著者が発行する無料メルマガをまとめたもの。ゆえに、「GTD」の基本を教えるというより、「GTD」の背景にある哲学を、さまざまな角度から掘り下げたコラム集になっている。

 「たかがライフハックに、哲学とは大げさな……」と思う向きもあろうが、本書には哲学的としか言いようのない深みのある言葉が随所にある。たとえば――。

 最近、リズムについてよく考える。生活や仕事の中にリズムを作り出せば、物事がスムーズに進むことを学んだ。
(中略)
 自然なリズムにはエネルギーがある。こうしたリズムがなければ、自分でわざわざエネルギーを作り出さなくてはいけない。だがいったんリズムを作ってしまえば、あとはそのリズムが満ちる頃にその場所にいればいいだけだ。それだけでエネルギーが湧いてくる。しかし、そうしたリズムも永遠ではない。



 このように、整理術やライフハックについて語っているにもかかわらず、人生万般に通ずる深みが、著者の言葉にはあるのだ。
 「GTD」それ自体も、考えてみれば心理学的・哲学的な側面をもつもので、たんなる整理術・仕事術の域を超えている。

 自分の仕事に「GTD」を取り入れることにはまだ迷いがある私だが、基本的な考え方は納得できる。

 監訳者の田口元による解説も、簡にして要を得た優れたもの。忙しい人はとりあえず解説だけ読めば、「GTD」の概要がつかめる。

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赤田祐一・ばるぼら『消されたマンガ』


消されたマンガ消されたマンガ
(2013/07/22)
赤田 祐一、ばるぼら 他

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 赤田祐一・ばるぼら著『消されたマンガ』(鉄人社/1365円)読了。

 諸団体からの抗議や版元の自主規制、裁判沙汰など、さまざまな事情によってマンガ史から抹殺された作品群を、1作品につき2~4ページ程度の解説で紹介していく本。1940年代から現在までの約60作品が取り上げられている。

 類書として『封印作品の謎』(安藤健二)というシリーズがあるが、あちらはマンガにかぎらず、テレビ番組や映画など広い分野の作品を取り上げていた。マンガだけに絞り、しかも戦前から現在までの作品を網羅的に扱った本は、ありそうでなかったのだ。

 著者の1人・赤田祐一は筋金入りのマンガ好きとして知られ、編集者として大泉実成の『消えたマンガ家』シリーズを生んでいる。消えたマンガ家の次は消されたマンガ、というわけだ。

 なにしろマンガ史から抹殺された作品ばかりだから、多くの作品が単行本未収録、もしくは絶版。作品に接するためには元の掲載誌や貴重な原本を探し出さねばならない。その作業だけでも相当な労力であったろう。
 「抹殺」に至る経緯についてもよく調べてあって、マンガ史の一側面を知るための資料として価値が高い。

 タイトル自体がほとんど知られていない作品も多い一方、『ゴルゴ13』『ちびまる子ちゃん』『ブラック・ジャック』などの有名作品の「消された回」についても取り上げている。
 『サザエさん』にすら、差別用語を堂々と用いて単行本未収録となっている回がある、という話など、時代の変遷を実感させて興味深い。

 ただ、本として面白いかというと、それほどでもない。
 マンガ史から「消された」理由は、差別表現・猥褻表現・残酷描写・盗用などが問題となったことだが、その舞台裏を知ったところで、さして驚きや発見があるわけではないからだ。「これじゃあ問題になるのも無理ないわな」で終わってしまうケースが多いのだ。

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岩崎航『点滴ポール 生き抜くという旗印』


点滴ポール 生き抜くという旗印点滴ポール 生き抜くという旗印
(2013/06/28)
岩崎 航・著、齋藤 陽道・写真 他

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 今週の月曜、日帰りで仙台へ取材に行った。
 詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』(ナナロク社/1470円)で話題の岩崎航(わたる)さんへのインタビュー。

 岩崎さんは37歳。進行性筋ジストロフィーと闘うベッドの上から、「五行歌」を紡ぎ出す詩人である。

 3歳で発症。20代で人工呼吸器を導入し、いまでは「胃瘻」(腹部を切開して胃に通した管から栄養補給をする)によって生命を保っている。寝たきりの生活のなか、25歳から詩作をつづけてきた。
 
 かつて、茨木のり子は次のように書いた。

 詩は感情の領分に属していて、感情の奥底から発したものでなければ他人の心に達することはできません。どんなに上手にソツなく作られていても「死んでいる詩」というのがあって、無惨な屍をさらすのは、感情の耕しかたが足らず、生きた花を咲かせられなかったためでしょう。(『詩のこころを読む』)



 岩崎さんの詩は、そのような小手先だけで書いた「死んでいる詩」の対極にある。感情の奥底まで見つめて書かれた、生きることに直結した詩、「生の証」として刻みつけられた詩なのである。
 谷川俊太郎や糸井重里ら、当代一流の言葉のプロたちが絶賛したのも、詩にみなぎる「生き抜く」という意志の力に圧倒されたがゆえだろう。

 たとえば、次のような詩――。

点滴ポールに
経管食
生き抜くと
いう
旗印



自分の力で
見いだした
ことのみが
本当の暗闇の
灯火(ともしび)となる



泥の中から
蓮は 花咲く
そして
宿業の中から
僕は 花咲く



 言葉が本来もっている力と美しさというものを、まざまざと見せつける詩集である。

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春日武彦・平山夢明『「狂い」の構造』


「狂い」の構造 (扶桑社新書)「狂い」の構造 (扶桑社新書)
(2007/08/30)
春日 武彦、平山 夢明 他

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 春日武彦・平山夢明『「狂い」の構造――人はいかにして狂っていくのか?』(扶桑社新書)読了。

 メディアでも活躍する精神科医と、狂気の世界を描くことも多い鬼畜作家が、狂気をめぐって縦横無尽の語らいをくり広げる対談集。

 6年前に出た本。最近、平山夢明の著作をあれこれ読んでいるので、その流れで手を伸ばしてみた。2人の対談集第2弾も出ているくらいだから、けっこう売れたのかな。

 平山夢明という名前はいかにもペンネームという感じだが、本書によれば、なんと本名なのだそうだ。

 当代きっての鬼畜作家たる平山が加わっている以上、マジメな精神医学の本であるはずもなく、内容は思いっきり不謹慎である。たとえば、最後の第5章など、丸ごとシリアルキラー(連続殺人者)たちの話になっている。
 
 狂気を「面白がる」姿勢で作られた本であり、不謹慎であるとともに、精神障害者への差別を助長しかねない面もある。
 しかし、不謹慎に目をつぶれば、「狂気とは何か?」というテーマを斬新な角度から掘り下げた本としてはよくできている。目からウロコの指摘も多い。

 ゾッとする記述も多いけど……。
 たとえば、ストーキング行為の果てに7人の同僚を巻き添えにして殺した「ローラ・ブラック事件」の犯人に、平山がインタビューしたときの話。
 犯人は、ストーキングの対象であったローラさんだけは殺さず、散弾銃で左肩を吹き飛ばすにとどめた。その理由について、平山にこう言ったのだという。

「あいつはたぶん、これから死ぬまで毎朝、鏡を見るたびに俺のことを思い出す」「殺したらそれも終わっちゃう」「ローラの周りの人間の中で、俺は一番忘れられない存在になる」



 殺人者の狂った思考回路を、これほどリアルに伝える言葉もめったにないだろう。 

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佐々木紀彦『5年後、メディアは稼げるか』


5年後、メディアは稼げるか――Monetize or Die?5年後、メディアは稼げるか――Monetize or Die?
(2013/07/19)
佐々木 紀彦

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 佐々木紀彦著『5年後、メディアは稼げるか――Monetize or Die?』(東洋経済新報社/1260円)読了。
 タイトルを見て、「これは買わねば」と即座にポチってしまった本。

 著者は「東洋経済オンライン」の編集長。
 短期間で同サイトをビジネス誌系サイト№1に成長させた経験をふまえ、出版社や新聞社、ライターや編集者がこれからの時代に生き残っていく方途を探った本なのである。

 この手の本ではふつう、「ネット時代のジャーナリズムはどうあるべきか?」などというお堅いテーマが前面に出るものだ。
 それに対して本書は、“そんなキレイゴトはどうでもいい。問題はオレらが5年後、10年後に食っていけるかどうかだよ”と(実際にそういう文章があるわけではない)、「マネタイズ」の可能性に的を絞っているところがよい。副題のとおり、「Monetize or Die?」――「カネになるか、しからずんば死か」なのである。
 我々ライターとしては、そこがいちばん知りたいわけだし……。

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『平山夢明と京極夏彦のバッカみたい、読んでランナイ!』


平山夢明と京極夏彦のバッカみたい、読んでランナイ!平山夢明と京極夏彦のバッカみたい、読んでランナイ!
(2010/10/29)
平山夢明、京極夏彦 他

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 東京ガベージコレクション製作委員会編『平山夢明と京極夏彦のバッカみたい、読んでランナイ!』(TOKYO FM出版/1680円)読了。

 平山夢明と京極夏彦が2人でやっていたラジオのトーク番組「東京ガベージコレクション」の書籍化。
 同番組の放送開始当初のタイトルが「バッカみたい、聴いてランナイ!」というものであり(すげえタイトルだな)、その時期のトークから選りすぐって文字起こししたものがメインになっている。

 ほかには、作家仲間(北方謙三、宮部みゆきなど)が語る平山の人物像や、平山が公式デビュー以前に書いた幻の小説などが収録されている。全体に京極より平山メインの内容であり、平山夢明ファンにはこたえられない内容となっている。

 もっとも、私自身は元の番組を一度も聴いたことがないのだが、それでも本書は楽しめた。

 トーク部分の平山の暴走ぶりと、それを巧みに軌道修正する京極との応酬が絶品だ。掛け合い漫才のようなやりとりというより、平山の『どうかと思うが、面白い』などのエッセイのテイストがそのままラジオ番組になった感じ。
 平山のエッセイに爆笑できる人なら、本書も大いに笑えるはず。一時間もあればサラッと読めるし。

 第1回の放送ではまだ番組名すら決まっておらず(!)、グダグダのトークの中で2人が番組名と方向性を考えるというハチャメチャぶり。
 こんなアナーキーな番組がFMで流されていたということに、何より驚かされる。

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白井聡『永続敗戦論』


永続敗戦論――戦後日本の核心 (atプラス叢書04)永続敗戦論――戦後日本の核心 (atプラス叢書04)
(2013/03/08)
白井 聡

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 白井聡著『永続敗戦論――戦後日本の核心』(太田出版/1785円)読了。

 仕事の資料として読んだ。各紙誌絶賛、若手政治学者による話題の日本論である。

 難解な論文かと思いきや、意外なほどわかりやすい本だった。歯切れよいクリアカットな言説に、格調高い文章。日本の支配層の平和ボケと無責任ぶりを批判する筆鋒は鋭く、随所に胸のすくような痛快なフレーズがある。

 書名にいう「永続敗戦」とは何か? 帯の言葉をそのまま引こう。 

「永続敗戦」それは戦後日本のレジームの核心的本質であり、「敗戦の否認」を意味する。国内およびアジアに対しては敗北を否認することによって「神州不滅」の神話を維持しながら、自らを容認し支えてくれる米国に対しては盲従を続ける。敗戦を否認するがゆえに敗北が際限なく続く――それが「永続敗戦」という概念の指し示す構造である。今日、この構造は明らかな破綻に瀕している。



 戦後日本で延々とつづいてきた、「敗戦を否認しているがゆえに、際限のない対米従属を続けなければならず、深い対米従属を続けている限り、敗戦を否認し続けることができる」という倒錯的状況――それを指す概念が「永続敗戦」なのである。
 その「永続敗戦」を「認識の上で終わらせること」を目的に、本書は書かれたという。

 ……というと、「政府が対米従属をつづけるのはケシカラン!」とアジるサヨ臭ふんぷんの本を想像するかもしれないが、そうではない。著者はむしろ、右派からも左派からも一歩距離を置いた視点から、冷徹に状況を鳥瞰している。
 たとえば、終戦後に米国が天皇の退位も求めず訴追もしなかったことについての、次のような記述。

 占領軍の「天皇への敬愛」が単なる打算にすぎないことを理解できないのが戦後日本の保守であり、このことを理解はしても「米国の打算」が国家の当然の行為にすぎないことを理解しないのが戦後日本の左派である。言うなれば、前者は絶対的にナイーヴであり、後者は相対的にナイーヴである。
 ちなみに、天皇の戦争責任をめぐる左右のこうした構図は、憲法第九条に対する見解においては、鏡像反転したかたちで現れる。周知のように、右派は憲法第九条を戦後日本にとっての最大の桎梏とみなし、護憲左派はこれを対日占領政策のうち最も評価すべきものに数える。こと憲法問題にかぎっては、親米右派は大好きなアメリカからの貰い物をひどく嫌っており、反米左派は珍しくこの点だけについてはメイド・イン・USAを愛してやまない。



 本書の「『永続敗戦』という概念によって、日本の現在と近過去をとらえる試み」は十分成功しており、時事的政論として一級の出来である。

 とくに、日本が抱える3つの領土問題(尖閣・竹島・北方領土)についての簡にして要を得た分析は見事。この問題について論じたどの本や記事よりも、私にはわかりやすかった。
 本書を全部読むヒマがないという人には、この部分(第二章第一節「領土問題の本質」)だけでも一読をオススメする。

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児玉聡・なつたか『マンガで学ぶ生命倫理』


マンガで学ぶ生命倫理: わたしたちに課せられた「いのち」の宿題マンガで学ぶ生命倫理: わたしたちに課せられた「いのち」の宿題
(2013/02/10)
児玉 聡、なつたか 他

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 児玉聡・なつたか著『マンガで学ぶ生命倫理――わたしたちに課せられた「いのち」の宿題』(化学同人/1050円)読了。

 タイトルのとおり、生命倫理(バイオエシックス)の諸問題について、マンガと文章でわかりやすく解説した入門書である。

 生命倫理学が専門の児玉(京都大学大学院准教授)が文章とマンガの原案を担当し、「なつたか」というマンガ家が作画を担当している。

 私は子どものころ、「学研まんが ひみつシリーズ」という学習マンガ・シリーズが好きであった(いちばん好きだったのは内山安二の『コロ助の科学質問箱』)。あのシリーズは、いま思い出しても優れた学習マンガ揃いだったと思う。
 「ひみつシリーズ」にかぎらず、たいていの学習マンガは先生役の「博士」と子どもたちのやりとりによって進行していくものである(そして、博士はたいてい「~なのじゃよ」といった言葉遣いをする。たぶんお茶の水博士がルーツ)。

 しかし、本作はそうではない。加奈美という女子高生を主人公にしたストーリーマンガになっているのだ。

 マンガと文章が半々くらいの割合。一つのシーンが終わるごとに、そのシーンに関連する生命倫理のいくつかのトピックスが文章で解説されていく。
 文章はベタ流しにせず、トピックごとにコラム的にまとめられているので、たいへん読みやすい。

 章立ては次のようになっている。

1章 生殖医療「姉の三人目の子ども」………生殖補助医療はどこまで使ってよいのか?
2章 がん告知とインフォームド・コンセント「祖父のお見舞い」………患者に本当のことを伝えるべきか、嘘をつくべきか?
3章 中絶と胎児の権利「同級生の妊娠」………中絶は「殺人」なのか?
4章 能力・肉体の改造(エンハンスメント)「試験勉強中の誘惑」………薬を用いて能力を高めることは許されるか?
5章 終末期医療と安楽死「父の葛藤」………安楽死は許されるのか?
6章 生体臓器移植「優介の告白」………家族に負担をかける生体臓器移植は正しいのか?
7章 クローン技術「ペットは二代目」………「クローン人間」をつくることは許されるか?
8章 ES 細胞とiPS 細胞「ケヴィンの弟」………幹細胞研究は人間の未来をどう変えるか?
9章 寿命と永遠の命「加奈美の不安と願い」………永遠に生きられるのは望ましいことか?
10章 脳死と臓器移植「あいつが来ない日」………脳死は人の死なのか?

 

 これを見ればわかるとおり、生命倫理の問題が網羅的に取り上げられており、各問題のおもな論点も紹介されている。
 文章部分は短いながらも手際よく的確にまとめられ、生命倫理入門として本格的な内容。対象読者層は10代後半の若者なのだろうが、大人が読んでも十分ためになる。

 ただ、学習マンガとしても優れているかといえば、ちょっと疑問符。

 なつたかの絵柄は「萌え絵」ではなくすっきりと落ち着いたもので、好感がもてる。また、短いページ数という制約のなかで、がんばってストーリーを展開してもいる。

 だが、1人の女子高生の周囲で生命倫理をめぐる問題が次から次へと起きる(姉が着床前診断による男女産み分けを検討していたり、同級生の1人がクローン犬をペットにしていたり、別の同級生が事故で脳死状態になったりする)のは、やはりどうしようもなく不自然である。

 そのため、マンガとして感動したり、主人公に感情移入したりするところまではいかない。
 本の成り立ち上、仕方ないといえば仕方ないし、「名探偵コナンの周囲で毎週殺人事件が起きるのは不自然だ!」と目くじら立てるみたいな野暮な指摘ではあるが……。

 ストーリーマンガにするという試みがチャレンジングなのは認めるが、やっぱ学習マンガの王道は「博士と子どもの問答形式」じゃないかなあ。

■関連エントリ→ 小林亜津子『看護のための生命倫理』レビュー

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パオロ・マッツァリーノ『ザ・世のなか力』


ザ・世のなか力: そのうち身になる読書案内ザ・世のなか力: そのうち身になる読書案内
(2013/06/14)
パオロ・マッツァリーノ

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 パオロ・マッツァリーノ著『ザ・世のなか力――そのうち身になる読書案内』(春秋社/1680円)読了。

 女性誌とウェブマガジンに連載された、風変わりな“コント形式の読書案内”の単行本化。
 そば屋兼古本屋(!)を営むパオロのもとに、ご近所の婦人がさまざまな悩みを持ち込む。そして、パオロがその悩みを解決する糸口になりそうな本を紹介してあげる、というスタイルで毎回作られているのだ。

 パオロ(著者の分身)が落語における「ご隠居」的な賢者の役割で、毎回のやりとりは落語のような軽妙洒脱な笑いに満ちている……と言いたいところだが、正直、コント部分は面白くない。ベタなギャグやボケも多くて、あまり笑えないのだ。
 それに、肝心の本の紹介に行き着くまでの前振りが長くて、その分、読書案内としては中身が薄い印象を受けてしまう。

 そもそも、コント形式にする必然性があったのだろうか? ストレートに「パオロ・マッツァリーノの書評集」にしたほうが、ずっとよい本になった気がする。読書案内の部分は十分面白いし、ブックガイドとしても有益なものになっているのだから……。

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深町秋生『アウトサイダー』


アウトサイダー 組織犯罪対策課 八神瑛子III (幻冬舎文庫)アウトサイダー 組織犯罪対策課 八神瑛子III (幻冬舎文庫)
(2013/06/28)
深町 秋生

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 深町秋生著『アウトサイダー/組織犯罪対策課 八神瑛子III』(幻冬舎文庫/560円)読了。

 「女性版『新宿鮫』」ともいうべき、型破りな女刑事をヒロインとした警察小説シリーズの第3弾。

 カバーの紹介文に「壮絶なクライマックスへ」との一節があるので完結編かと思いきや、ラストには「第三話 了」とある。夫の死の真相が明らかになり、瑛子が復讐を果たす(おっとネタバレ)ので、一つの終幕ではあるのだが、シリーズはまだつづくらしい。

 相変わらずバツグンのリーダビリティで、値段分はきっちり楽しませるノンストップ・エンタテインメント。
 重厚感や緻密さはないものの、主要登場人物のキャラの立て方といい、スピード感あふれる文体や展開といい、手慣れたうまさ。ホメ言葉として「読むジャンクフード」と呼びたい。

 今回は前2作以上にアクション小説としての色合いが濃く、格闘シーンにかなり紙数が割かれている。それを「安っぽくなった」と感じる向きもあろうが、読者に「痛み」を感じさせるリアルなアクション描写はなかなかのものだ。

 亡き夫と瑛子が言葉をかわしたりする湿っぽい回想シーンはあえて入れず、乾いたタッチで押し切ったところも好ましい。だからこそ、夫と瑛子が撮った写真が用いられるラストシーンが深い余韻を残すのだ。

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町山智浩ほか『雑食映画ガイド』


雑食映画ガイド雑食映画ガイド
(2013/04/17)
町山 智浩、柳下毅一郎 他

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 町山智浩、柳下毅一郎、ギンティ小林著『雑食映画ガイド』(双葉社/1470円)読了。

 週刊『漫画アクション』のコラムコーナー「アクション・ジャーナル」で連載されていた、3人持ち回りの映画評コラムの単行本化。

 「アクション・ジャーナル」といえば、私の世代には、1979年から10年余にわたってつづいた伝説的な名コラムコーナーとしての印象が強い。呉智英・関川夏央・山口文憲ら、そうそうたる書き手が匿名で腕を競ったカルチャーコラムの雄であった。
 そこから生まれたベスト・セレクション『論よりコラム』(双葉社/1989年)は、「雑誌コラムはこんなふうに書くものだよ」というお手本集として名高い。私も若いころ、くり返し読んだものであった。

 その「アクション・ジャーナル」が2004年に復活した際、映画コラムの執筆者として白羽の矢が立ったのが、『映画秘宝』トリオでもある本書の著者3人であったわけだ。

 だが、復活した「アクション・ジャーナル」も本年でふたたび終了。それまでの約10年分の映画コラムをまとめたのが本書である。

 読者の大半が抱く感想であろうが、町山・柳下の2人が書くコラムのクオリティと比べ、ギンティ小林のものは一段も二段も落ちる(ギンティ本人が、あとがきで自虐的にそう認めている)。
 本書は3人それぞれのコラムをパートごとにまとめた構成なので、なおさらその印象が強まる。後ろ3分の1のギンティのパートに入ると、一目瞭然にクオリティが落ちるのだ。

 それはともかく、『映画秘宝』の誌面がそのまま『漫画アクション』に出張してきたようなテイストは、秘宝ファンなら愉しめると思う。

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町山智浩『トラウマ恋愛映画入門』


トラウマ恋愛映画入門トラウマ恋愛映画入門
(2013/09/05)
町山 智浩

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 町山智浩著『トラウマ恋愛映画入門』(集英社/1260円)読了。

 前の『トラウマ映画館』がすごく面白かったので、今回は発売と同時に購入。
 『小説すばる』連載の単行本化。1回につき1本の恋愛映画を取り上げたシネ・エッセイである。

 恋愛映画といっても、『愛のコリーダ』『赤い影』『アイズ・ワイド・シャット』などが取り上げられていることが示すように、甘々の恋愛映画は皆無に等しい。苦い恋愛映画、激辛の恋愛映画、果ては「えっ、これを恋愛映画に入れるわけ?」と驚くような作品が多く取り上げられているのだ。まさに「トラウマ恋愛映画」揃い。

 序文「恋愛オンチのために」からして、感動的な名文だ。そこにはこんな一節がある。

 大部分の人にとって、本当に深い恋愛経験は人生に二、三回だろう。たしかに何十もの恋愛経験を重ねる人もいるが、その場合、その人の人生も、相手の人生も傷つけずにはいない。そもそも、恋愛において、そんなに数をこなすのは何も学んでいない証拠だ。トルストイもこう言っている。
「多くの女性を愛した人間よりも、たった一人の女性だけを愛した人間のほうが、はるかに深く女性というものを知っている」
 恋愛経験はなるべく少ない方がいい。でも、練習できないなんて厳しすぎる?
 だから人は小説を読み、映画を観る。予行演習として。
 もちろん、映画や小説には、恋愛のロマンティックな部分だけを見せるエンターテインメントもある。それは甘いだけのお菓子と同じで栄養がない。たまにはいいけどね。
 そういうロマンスの最大の問題は、好きになった同士が紆余曲折の後、結ばれたところで「めでたしめでたし」で終わってしまう点だ。本当はそこからが恋愛の始まりなのに、そこからが大変なのに、それを教えてくれる映画は少ない。
 この本に集めた映画は、甘くない。ほとんどが苦い失敗例だ。



 本書は優れた映画ガイドであると同時に、含蓄深い恋愛論でもある。
 エッセイ各編のサブタイトルが、格調高い箴言のようでシビれる。たとえば――。

女たらしは愛を知らない点で童貞と同じである

不倫とは過ぎ去る青春にしがみつくことである

セックスとは二人以外の世界を忘れることである

愛は勝ってはいけない諜報戦である



 これらの言葉に「ピンときた」人なら、本書は読むに値すると思う。
 観たことのない映画についてのエッセイでも十分愉しめる内容なので、映画マニアならずともオススメ。

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犬の散歩から考えた幸福論――「幸せの種」のありか


東京犬散歩ガイド東京犬散歩ガイド
(2006/07)
白石 花絵

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※以下の文章はWEB第三文明に書き下ろしたものです。許諾を得て転載しています。


犬の散歩から考えた幸福論――「幸せの種」のありか

「どんなときに幸せを感じるか?」

 人間が不幸なのは、 自分が本当に幸福であることを知らないからである。 ただそれだけの理由によるのだ。


 ――ドストエフスキーの『悪霊』の一節である。

 「しあわせの青い鳥」を探す旅に出たものの、つかまえることができず、家に帰ったら昔から飼っていたキジバトが「しあわせの青い鳥」に変わっていた、というメーテルリンクの戯曲を思い出す。

 幸せは遠くに求めるべきものではなく、なにげない日常生活の中にこそある。しかし、多くの人はその幸せに気づくことができない。……などと言うと、お坊さんの法話のようなクサイ人生訓めいてしまうが、最近私はしみじみ「ほんとうにそのとおりだ」と思っている。

 少し前、とある酒席で、「どんなときに幸せを感じるか?」という話題になった。
 私の番がきて、「朝、犬の散歩をしているときにいちばん幸せを感じる」と言ったら、冗談だと思ったらしく、一同に笑いが起きた。中には、「そんなことがいちばん幸せだなんて、カワイソウなヤツだな」と哀れみの視線を向ける(さすがに口には出さなかったが)者もいた。

 だが、私は冗談で言ったのではない。犬の散歩をしているときがいちばん幸せで心安らぐし、そんな自分をカワイソウだともまったく思わない。
 ただ、笑われた一件によって、「なぜ私は犬の散歩に幸福感を覚えるのか?」を改めて考えてみた次第である。

幸せなんて、じつはカンタンだ!

 海外で行われたある調査で、「あなたがペットを飼うことによって得た利益は?」という設問に対していちばん多かった答えは、「自分がペットに愛されているという実感」だったという。とくに、犬はストレートに飼い主への愛情を表現する動物だから、「愛されているという実感」も強いものになる。

 しかも、飼い犬は散歩に連れて行くとすごく喜ぶ。我が家の愚犬など、私が「お散歩行く?」と聞くだけでブンブン尻尾を振り、眼を輝かせて喜ぶほどだ。そのように、散歩は「愛犬を幸せにする行為」でもある。
 「自分が愛されている実感」を感じ、その相手を幸せにすること――これが幸福でなくてなんであろうか。相手が人であろうと動物であろうと、幸福感に本質的な差はないはずである。

 また、当然のことながら、犬の散歩は適度な運動になる。
 心理学の新しい潮流「ポジティブ心理学」の分野では、人間の幸福感を高める方法について、さまざまな角度から研究が進められている。ポジティブ心理学の研究者の一人ソニア・リュボミアスキー(米カリフォルニア大学教授)は、著書『幸せがずっと続く12の行動習慣』(日本実業出版社)の中で次のように述べている。

 運動はあらゆる活動のなかでも、とても効果的に幸福感を高めてくれる方法です。



 そして同書では、運動がどれくらい幸福感を高めるかが、研究データから明らかにされている。たとえば、次のような実験結果が紹介される。

 うつ病に悩まされている50歳以上の男女を集め、無作為に3つのグループに分ける。
 第1のグループには有酸素運動をさせる。第2のグループには抗うつ剤を投与する。そして、第3のグループには有酸素運動をさせるとともに抗うつ剤を投与する。

 その実験を4ヵ月間つづけた後、3つのグループの参加者はいずれも、うつ状態が改善し、幸福感が増した。
 しかも、その半年後の経過報告では、抗うつ剤を投与されたグループよりも、運動だけを行ったグループのほうが再発率が低かったという。

 「運動をすると気分がよくなる」ことは誰もが知っているが、その心理的効果は、時に抗うつ剤の作用さえ上回るほどのものなのだ。
 そのように、適度な運動は人の幸福感を高める。犬の散歩もしかりである。

 くわえて、朝の光を浴びると、「睡眠ホルモン」の別名で知られるメラトニンの分泌が抑制されるなど、体内時計が調整され、脳のウォーミングアップと夜の快眠にもつながる。これもまた、朝の犬の散歩に幸福感を感じる理由の1つだろう。

 たかが犬の散歩の中にも、これだけ人を幸せにする要素が揃っている。まさに、「幸せは何気ない日常生活の中にこそある」のだ。

 以上はほんの一例で、誰の生活の中にも「幸せの種」は転がっているはずだ。
 キャッチコピー風に言うなら、「幸せなんて、じつはカンタンだ!」――。あなたの生活の中にも、気づかず見過ごしている幸せがきっとあるはずだ。

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ロイ・バウマイスターほか『WILLPOWER 意志力の科学』


WILLPOWER 意志力の科学WILLPOWER 意志力の科学
(2013/04/22)
ロイ・バウマイスター、ジョン・ティアニー 他

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 ロイ・バウマイスター、ジョン・ティアニー著、渡会圭子訳『WILLPOWER 意志力の科学』(インターシフト/1890円)読了。

 「心理学者として世界で最も研究成果の引用が多く、影響力があるひとりとして知られる」パウマイスター(フロリダ州立大学教授)と、ジャーナリストの共著。
 執筆の役割分担が明確でないが、たぶん、バウマイスターの研究成果をティアニーが取材して一般向けにまとめたのだろう。

 そうした成り立ちの場合、日本なら十中八九バウマイスター1人の著書となり、ティアニーはゴーストライターになる。アメリカの出版界は聞き書きでまとめるライターに日本より敬意を払っており、共著という形をとるケースが多いのだ。

 ま、そんなことはさておき、本書はたいへん面白い本だった。「意志力」という漠としたものの正体に迫る上質の科学ノンフィクションであり、同時に優れた実用書でもあるのだ。
 
 意志力――言いかえれば自己コントロール力は、あらゆる分野において人生を好転させる力となる。学問であれスポーツであれビジネスであれ、意志力が強い人のほうが成功しやすいことはいうまでもない。

 意志力ほど人生に広範な影響を及ぼす力といえば、ほかには知力くらいしかない。
 知力には生まれつきの面が多く、努力によって向上させるのは難しい。だが、意志力は筋肉と同じで努力によって鍛えられる、とバウマイスターは言う。

 本書には、意志力の鍛え方も詳述されている。それも、安手の自己啓発書によくある空疎な精神論やオカルトまがいの説ではない。当代一流の心理学者が、長年の研究のすえに見出した科学的方法なのだ。

 その鍛え方を知るだけでも読む価値のある本だが、意志力の性質をさまざまな角度から浮き彫りにしたほかの章も、じつに面白い。

 本書によれば、「意志力の出所は一つであり、そのエネルギー量には限りがある」という。
 つまり、仕事に使う意志力も雑用に使う意志力も、遊びに使う意志力も同じものだというのだ。雑用や遊びにその日1日分の意志力を費やしてしまえば、仕事に使う意志力はもう残っておらず、ろくな仕事ができない。意志力に「別腹」はないのだ。
 意志力のエネルギーが消耗することを、バウマイスターは「自我消耗(ego depletion)」と名づけた。言い得て妙なネーミングである。

 面白いのは、芸術家にしばしば性的放縦が見られることや、社会的地位の高い人物が脇の甘い性的スキャンダルでしばしば失脚することを、この「自我消耗」で説明しているくだり。

 人は意志力を使い果たすと自制心が薄れ、欲望のままに行動しがちになる。芸術家は創作に意志力のほぼすべてを注ぎ込むから、それ以外の時間は性的誘惑に脆くなりがちだ、という(笑)。

 また、政治家や大企業経営者など社会的地位の高い人物は、日々重大な決定をくり返し下さなければならない。これは非常に意志力を消耗する行為であり、どうしても「決定疲れ」に陥る。彼らがつまらぬ性的スキャンダルで地位を失うのは、まさにこの「決定疲れ」のためだと、著者は言う。

 これは、「英雄色を好む」という俗諺の科学的説明にもなるだろう。
 古今の英雄は、日々の「決定疲れ」から必然的に自制心が薄れ、それゆえ性的放縦に陥りやすかった(少なくともそうした側面があった)のだ。

 ……と、そのようにバウマイスターの研究成果の興味深い部分を取り出し、ティアニーが面白いエピソードを随時加えていくことによって、一級の娯楽読み物にもなっている。

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町山智浩『99%対1% アメリカ格差ウォーズ』


99%対1% アメリカ格差ウォーズ99%対1% アメリカ格差ウォーズ
(2012/09/20)
町山 智浩

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 町山智浩著『99%対1% アメリカ格差ウォーズ』(講談社/1260円)読了。

 ちょうど1年前に出た本だが、いまごろ読んだ。
 月刊誌『クーリエ・ジャポン』の連載「USニュースの番犬」の単行本化。2009年暮れから昨年にかけての米国政治をウォッチした時事コラム集である。

 前に読んだ町山の『教科書に載ってないUSA語録』の類書だが、あちらが芸能ネタや映画ネタまで幅広く扱う雑食型コラム集であるのに対し、本書は政治・経済ネタに絞っているのが特徴。
 また、コラムといっても一本が10ページ以上にのぼる長いものなので、一つのテーマをじっくり論じていて読み応えがある。

 けっして政治評論にはならず、あくまで「政治ネタのコラム集」になっている。つまり、随所に笑いや皮肉が盛り込まれ、文章の芸で読ませる内容なのだ。

 日本に政治評論家や経済評論家は山ほどいるが、政治や経済をネタにしてこのような面白いコラムが書けるのは、町山と小田嶋隆くらいではないか。両氏の「堅いテーマを面白く読ませる能力」は、すごいものだと思う。日本の政治経済については小田嶋の、アメリカのそれについては町山の独擅場だろう。

 もちろん、本書はたんに面白いだけではなく、ためになる。アメリカ政治がよくわかる本なのだ。

 たとえば、一昨日私はジェフリー・トゥービンの『ザ・ナイン――アメリカ連邦最高裁の素顔』を読んだが、同書を読んでもいまいちよく理解できなかった点が、本書所収のコラム「オバマケアは合憲か? 最高裁9人の判断が下る」を読んで、「ああ、そういうことか」とすっきり理解できた。
 そのように、難しいことをわかりやすく説明する知的咀嚼力においても、町山はバツグンだと思う。

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渋谷直角『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』


カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生
(2013/07/30)
渋谷 直角

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 渋谷直角の『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』(扶桑社/1150円)を読んだ。

 前に読んだエッセイ集『直角主義』がなかなか面白かった著者(ライター兼マンガ家)による、今回は全編マンガの単行本。
 買おうかどうしようか迷っていたところ、町山智浩が絶賛していたことに背中を押され、ゲット。

 元は、「ゲリラ的に手売りしていた自主制作のコピー漫画」(印刷会社を経由せず、自分でコピーして作った本)だったもの。それが評判を呼び、描き下ろし作品も含めて正規の単行本化に至ったのだ。

 著者はプロパーのマンガ家ではないから、絵柄はヘタウマ風ではあるが、なかなか捨てがたい味わいがある。

 収録作品は表題作のほか、「空の写真とバンプオブチキンの歌詞ばかりアップするブロガーの恋」、「ダウンタウン以外の芸人を基本認めていないお笑いマニアの楽園」、「口の上手い売れっ子ライター/編集者に仕事も女もぜんぶ持ってかれる漫画 (MASH UP)」の全4編。
 ほかに、「テレビブロスを読む女の25年」という見開き2ページのマンガもオマケについている。

 各作品のタイトルだけでご飯が3杯いけるくらいの味わい深さ。これらのタイトルを見て「ピンときた」人たちにとっては、期待を裏切らない内容といえる。

 帯には、「自意識の不良債権を背負ったすべての男女に贈るサブカルクソ野郎狂想曲!!」というスゴイ惹句が躍っている。この惹句も秀逸で、内容を的確に表現している。

 サブカル者のハシクレとして、またライター業界の片隅に身を置く者として、身につまされることこのうえないマンガ。

「オレさ…劇団辞めて群馬に帰るんだ…」
「オレも…ライター辞めて親父の土建屋手伝うことにした」

 

 などというセリフの一つひとつが、心にヒリヒリと痛い。
 個人的にいちばんヒリヒリしたのは、「口の上手い売れっ子ライター/編集者に仕事も女もぜんぶ持ってかれる漫画 」。主人公の駆け出しライターの挫折が、まったく他人事ではない。
 「かけだしのライターどころか…かけ出すことすらできなかったな…ハハ…」というモノローグに胸打たれた。

 各主人公の部屋の本棚やCD棚の中身(一つひとつ作品タイトルやアーティスト名が書かれている)などのディテールまでがよく練られていて、いちいち楽しい。

 かなり読者を選ぶマンガで、本作の世界に「縁なき衆生」にはまったく面白くないだろう。
 しかし、元と現役の別を問わず、サブカル者なら必読という感じ。

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ジェフリー・トゥービン『ザ・ナイン――アメリカ連邦最高裁の素顔』 


ザ・ナイン ---アメリカ連邦最高裁の素顔ザ・ナイン ---アメリカ連邦最高裁の素顔
(2013/06/20)
ジェフリー・トゥービン

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 昨日は、企業取材で仙台へ――。

 行き帰りの新幹線で、ジェフリー・トゥービン著、増子久美・鈴木淑美訳『ザ・ナイン――アメリカ連邦最高裁の素顔』(河出書房新社/3360円)を読了。書評用読書。

 タイトルの「ザ・ナイン」とは、連邦最高裁判事(長官含む)の9人のこと。アメリカという国の行方を決める重大な決定を下す、米司法界の頂点を極める超エリートたちである。

 その地位は終身制で、誰かが亡くなるか自ら引退するまで顔ぶれは変わらない。交代する場合、後任の任命は時の大統領の重大な仕事となり、その人事をめぐって全米のマスコミが大騒ぎをくり広げる。日本の最高裁判事よりもはるかに目立つ存在なのだ。

 本書は、1986年から2005年までつづいたウィリアム・レンクイスト長官時代を中心に、連邦最高裁の舞台裏を明かした法廷ノンフィクションである。
 大統領でいうと、レーガン時代からブッシュ(息子)時代までが主に扱われている。その時代のアメリカ政治の変遷を、連邦最高裁という窓から眺めた記録ともいえる。

 一見堅苦しそうなテーマだが、著者は人間ドラマに的を絞っているため、サクサクと読み進めることができる。ハルバースタムの諸作のように、綿密な取材でつかんだ事実を小説のように再構成するニュー・ジャーナリズムの手法が用いられているのだ。

 また、主人公たる連邦最高裁判事たちも、それぞれ意外なほど人間臭く、キャラが立っている。
 米国社会や法曹界にくわしい人ほど楽しめる本だが、とくにくわしくなくとも十分に面白い。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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