吉成真由美ほか『知の逆転』


知の逆転 (NHK出版新書 395)知の逆転 (NHK出版新書 395)
(2012/12/06)
ジャレド・ダイアモンド、ノーム・チョムスキー 他

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 吉成真由美編『知の逆転』(NHK出版新書/903円)読了。

 元NHKテレビ・ディレクターにしてサイエンス・ライター、そしてノーベル賞科学者・利根川進の妻でもある著者が、6人の「知の巨人」にじっくり話を聞いたインタビュー集。

 インタビューイとなるのは、『銃・病原菌・鉄』のジャレド・ダイアモンド、言語学者・哲学者のノーム・チョムスキー、脳神経科医・神経学者で『レナードの朝』などの著作でも知られるオリバー・サックス、「人工知能の父」マービン・ミンスキー、「アカマイ・テクノロジーズ」創業者で数学者のトム・レイトン、そして、DNA二重らせん構造の発見者でノーベル生理学・医学賞受賞者のジェームズ・ワトソン。

 私はジャレド・ダイアモンドへのインタビューが読みたくて手を伸ばしたのだが、ほかの5人へのインタビューもそれぞれ面白かった。

 各人の主たる業績の話も出てくるし、代表的著作の手際よい紹介集としても読めるが、それがメインではない。メインテーマは、“現代を代表する6人の賢者に、世界のこれからについての展望を聞く”ということ。

 メモしておきたいような一節が、随所にちりばめられている。
 たとえば、ワトソンの「ガンはもう対処できる寸前まできている」という発言。

 われわれはいよいよ、子どもがたとえば白血病にかかったとき、「ああ、なんてひどいことになるんだろう」と思うのではなく、その子が六週間薬を飲むことですっかり治ってしまう、というような世界に入ろうとしている。



 まあ、こういう明るい話ばかりではなく、未来について不安をかき立てる暗い展望も出てくるのだが……。

 私がいちばん面白く読んだのは、マービン・ミンスキーへのインタビュー。
 たとえば、著者の“原発事故に際して、原発内に送り込んで作業をさせるロボットは、なぜいまだに実現していないのか?”という問題提起に対する答えが、大変興味深かった。

 問題は、研究者が、ロボットに人間の真似をさせることに血道をあげているということ、つまり単に「それらしく見える」だけの表面的な真似をさせることに夢中になっている、というところにあります。
 たとえば、ソニーの可愛らしい犬ロボットは、サッカーができるわけです。それはたしかに何かを蹴ることができるけれども、ドアを開けることも、ましてや何かを修理することもできない。ですからロボット工学に関しては、三◯年前にその進歩はほとんど止まってしまって、その後はもっぱらエンターテインメントに走ってしまったように見受けられます。
(中略)
 なぜ、ドアを開けるというような、もっと現実的な問題解決型のロボットを作ろうとしないのか、全く理解に苦しみます。



 著者の質問は総じて大局的すぎ(「教育の未来についてどう思いますか?」みたいな)、各インタビューイの専門分野に切り込んでいく深い掘り下げには欠ける。その点、立花隆が著者の夫・利根川進に綿密なロング・インタビューをした『精神と物質』のような知的興奮を期待すると、やや肩透かしを食うだろう。

 それでも、“超一流の学者たちがいまの世界をどう見ているか?”が6人分まとめてわかる本であり、一読の価値はあった。

 なお、『知の逆転』というタイトルには、“それまでの常識を覆した学者たち”という意味が込められているのだそうだ。
 うーん、わかりにくい。言われなければそんな意味だとはとても思えない。本書の感想を書いたブログを検索してみたら、「タイトルの意味がわからない」という言葉が頻出していた(笑)。

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外岡秀俊『震災と原発 国家の過ち』


震災と原発 国家の過ち 文学で読み解く「3・11」 (朝日新書)震災と原発 国家の過ち 文学で読み解く「3・11」 (朝日新書)
(2012/02/10)
外岡秀俊

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 今日は、妻が手術を受け、私はその付き添い。2時間半くらいと聞かされていた手術がけっきょく倍の5時間に伸び、半日病院ですごすことに……。
 これからしばらくは、また「暫定父子家庭」である(命にかかわるような手術ではないので、ご心配なく)。

 待合室にて、外岡秀俊著『震災と原発 国家の過ち――文学で読み解く「3・11」』(朝日新書/819円)を読了。

 朝日新聞編集局長も務めたベテラン・ジャーナリストの著者が、「WEBRONZA」に連載した東日本大震災のルポをペースにした本。

 副題が示すとおり、震災取材をふまえ、著名な文学作品を媒介に著者が思索を深めていった過程をまとめている。
 取り上げられているのは、カミュの『ペスト』、カフカの『城』、井伏鱒二の『黒い雨』、島尾敏雄の『出発は遂に訪れず』、スタインベックの『怒りの葡萄』、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」など……。一章ごとに一つの作品が俎上に載る。

 著者は、東大の学生だった1976年に、小説『北帰行』で「文藝賞」を受賞した経歴の持ち主である(ただし、朝日に入ってからは小説を発表していない)。
 つまり、文学に造詣の深い「文芸派」記者であり、本書のテーマは自家薬籠中の物といえる。

 東日本大震災の関連書籍はすでに汗牛充棟の観があり、よほど角度をつけてテーマを絞らないかぎり、もう読者が目を向けることもない。
 その点、文学作品を媒介に「3・11」の意味を読み解くという本書のテーマは、絶妙な「角度」であり、好企画だと思う。

 くわえて、朝日屈指の名文記者として知られた著者の文章は、やはり素晴らしい。平明かつ滋味深い文章を味わうだけでも、一読の価値がある本だ。

 ただ、文学で「3・11」の意味を読み解くというテーマが企図どおり成功しているかといえば、やや疑問。

 “カミュの『ペスト』は、ペスト禍を描いたのみならず、東日本大震災を含む人類史的災厄すべてにあてはまる普遍性をもっている”
 とか、
 “カフカの『城』における「城」を福島第一原発に置きかえれば、原発事故被災者のダブルバインド的な心情を見事に表現した作品として読むことができる”
 とか、
 “一家が郷里を追われ、流亡する悲劇を描いた『怒りの葡萄』は、震災で故郷を追われた人々の心情とシンクロする”
 とか……。

 そのような著者の主張は、「ご説ごもっとも」「言われてみればそんな気もする」と思わせるのだが、そのあとで、「So What?」――「それがどうしたの?」と問いたくなってしまう。
 優れた文学作品にその程度の普遍性があるのは、いまさら教示されるまでもなく、あたりまえの話だと思うのだ。

 ただ、ハーバート・ノーマンの『忘れられた思想家――安藤昌益のこと』を素材にした第4章「東北とは何か」は、すこぷる示唆に富む内容で、独立した論考として価値をもつものだと思った。

■関連エントリ→ 外岡秀俊『「伝わる文章」が書ける作文の技術』レビュー

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真鍋昌平『新装版 スマグラー』


新装版 スマグラー (アフタヌーンKC)新装版 スマグラー (アフタヌーンKC)
(2011/09/23)
真鍋 昌平

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 真鍋昌平の『新装版 スマグラー』(アフタヌーンKC)を読んだ。

 『闇金ウシジマくん』で知られる著者が、2000年に『アフタヌーン』に短期連載した初期作品。真鍋にとって初の連載作だったそうだ。

 妻夫木聡主演で映画化もされているのだが、私は未見。
 この「新装版」には、映画化を受け、2011年に新たに描かれた番外編「殺し屋」も収録されている。

 連載分と番外編では10年以上の開きがあるので、真鍋の絵柄がかなり変わっている。番外編のみ、いまの『闇金ウシジマくん』のタッチ。連載分は『ウシジマくん』の開始当初の絵柄を、さらに荒っぽくした感じだ。
 未熟といえば未熟な絵なのだが、ざらついたタッチが荒涼たる物語とベストマッチで、悪くない。むしろいい味出してる。

 『闇金ウシジマくん』の遠い原型ともいうべき作品であり、キャラクター造型にはよく似た印象がある。
 本作の副主人公であるスマグラー(ヤバイものの運び屋)のジョーはウシジマの原型という趣だし、ヤバイ筋から借金したためにジョーの仕事を手伝う羽目になる主人公のフリーター・砧は、『ウシジマくん』に出てくる元ホストの闇金屋・高田と印象がかぶる。

 ただ、『闇金ウシジマくん』が取材に基いて比較的リアルな世界を描いているのに対し、この『スマグラー』は荒唐無稽な話だ。
 物語の狂言回しとなる中国人の殺し屋コンビ(「背骨」と「内蔵」。なんというぶっ飛んだネーミング)や、ぞろぞろ出てくるヤクザたちから受ける印象は、『ウシジマくん』よりもむしろ『殺し屋1』(山本英夫)に近い。

 未完成な若書き(描き)ではあるが、『闇金ウシジマくん』と『殺し屋1』がどちらも好きな人なら、間違いなく楽しめる作品。

 そうそう、先日DVDで映画版『闇金ウシジマくん』も観た。
 シリーズ3編をミックスした脚本がなかなかよくできていて、けっこう楽しめた。ヒロインの大島優子はハマリ役だと思ったし、DQNの日常会話の雰囲気をうまく写しとったセリフにリアリティがあった。

 ウシジマ役の山田孝之は、どう考えてもミスキャストだけど(体型がフツーだし、眼が優しすぎ。ウシジマはもっと筋骨隆々で、全身からヤバさを発散していないといけない)。

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クリストファー・ピーターソン『ポジティブ心理学入門』


ポジティブ心理学入門: 「よい生き方」を科学的に考える方法ポジティブ心理学入門: 「よい生き方」を科学的に考える方法
(2012/07/26)
クリストファーピーターソン

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 クリストファー・ピーターソン著、宇野カオリ訳『ポジティブ心理学入門――「よい生き方」を科学的に考える方法』(春秋社/2100円)読了。

 著者はマーティン・セリグマンらとともに、ポジティブ心理学の「創始者」の1人と目される重要な研究者(昨秋に逝去)。本書の帯には、セリグマンとチクセントミハイの推薦の言葉が並んでいる。
 
 「入門」と銘打たれている(原題も「A Primer in Positive Psychology」)わりには、けっして平易ではないハイレベルな内容である。
 私は本書に先立って一般向けのポジティブ心理学本を数冊読んでいるので、なんとかついていけた。いちばん最初に読んだのが本書だったら、チンプンカンプンな記述が多かったと思う。
 「入門」といっても知識ゼロのシロウト向けではなく、大学で心理学の基礎を学んだ人が、新しい分野であるポジティブ心理学について学ぶための教科書、という趣だ。じっさい、本書の原書は米国では大学・大学院の教科書にもなっているという。

 訳者の宇野カオリは、自らもポジティブ心理学の研究者(ペンシルバニア大学ポジティブ心理学センター客員研究員・日本ポジティブ心理学協会代表理事)である。その意味で知識・経験においては最適の訳者といえそうだが、いかんせん翻訳家ではないので、訳文がやや生硬な印象を受ける。

 また、「ポジティブ心理学に関するテーマのほとんどを紹介している」本だけに、総花的で個々のテーマの掘り下げが物足りない気もする。
 もっとも、本書は原書の抄訳であるらしく、本書の2年前に出た全訳に近い版『実践入門 ポジティブ・サイコロジー』(版元と訳者は同じ)を読んだら、また印象が違うかもしれない。

 ともあれ、ポジティブ心理学を知りたい人が1冊目に読むべき本ではなく、ほかの入門書を数冊読んでから手を伸ばすべき本だ。

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御厩祐司『「知」のシャープナー』


「知」のシャープナー 人生が変わる知的生産日記 (光文社新書)「知」のシャープナー 人生が変わる知的生産日記 (光文社新書)
(2013/02/15)
御厩 祐司

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 御厩(みまや)祐司著『「知」のシャープナー――人生が変わる知的生産日記』(光文社新書/798円)読了。
 文部科学省の現役官僚が書いた「知的生産の技術」本である。

 『「知」のシャープナー』というタイトルは、たいへん魅力的だと思う。この手の本をよく読む者にとっては、つい手が伸びる。おそらく、立花隆による類書の名著『「知」のソフトウェア』を意識したタイトルだろう。
 が、本の出来としてはイマイチで、タイトル負けしている。

 エクセル(などの表計算ソフト)を使って「無限連用日記」を作り、その日記を自分の知的生産の核とする――というアイデアが中心となった本である。その「無限連用日記」は著者自身が長い間つづけてきたものだそうで、たしかによいアイデアではある。

 私は過去四半世紀にわたって、アナログの手帳で著者の日記と同じような行動記録をつけている。「デジタル化したほうが何かと便利だよなあ」と思いつつ、ずるずるとアナログのままつづけている習慣である。
 本書を読んだのを機に、エクセルを使った「無限連用日記」に変えてみようかな、と思う。

 その意味で本書は私にとっても有益ではあったのだが、しかし、著者考案の「無限連用日記」は、そもそも一冊の本にするほどのアイデアではない。数ページの雑誌記事にするくらいが関の山の話だ。それを無理くり一冊に広げてあるものだから、水増し感がハンパない。
 とくに第3章(全4章)の「応用編」など、「無限連用日記」とはほとんど関係ない話になっているし、あたりまえの陳腐なアドバイスばかりがだらだらと書きつらねてある。

 ま、ワンアイデアを一冊の本に広げる著者の「水増し力」(笑)はある意味大したもので、著者はきっと優秀な官僚に違いない。当たり障りのないお役所文書を書かせたら、完璧にこなすタイプだろう。

 ……と、ケチをつけてしまったが、本書の印税はすべて寄付するそうで、そうした官僚としての潔癖さ(著者は、自分は税金から給料をもらっている身なのだから、という理由で、これまでも原稿料や講演料を辞退してきたそうだ)は賞賛に値しよう。

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グレッグ・ハウ、ヴィクター・ウッテン、デニス・チェンバース『エクストラクション』


エクストラクションエクストラクション
(2004/01/21)
ヴィクター・ウッテン,デニス・チェンバース グレッグ・ハウ

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 グレッグ・ハウ、ヴィクター・ウッテン、デニス・チェンバースの『エクストラクション』(キングレコード)を購入。ヘピロ中。

 ハイパー・テクニカル・フュージョンのアルバムを出しつづける米国トーンセンター・レーベルから、2003年に出た作品。ギター、ベース、ドラムスのバカテク・ミュージシャン3人による(ほかにサポートでキーボードが入っている)超絶ジャズ・ロック・アルバムである。

 タイトルの「エクストラクション」とは「抜歯」のこと。ジャケットも歯医者で抜歯する場面になっている。ごていねいにも、ジャケ右下には抜かれた歯のマークまでついている。なぜこんなタイトル&ジャケにしたのか、さっぱりわからん(笑)。

 タイトルはともかく、内容はハード・フュージョン/ジャズ・ロックが好きな人ならたまらないものになっている。最初から最後まで弾きまくり、叩きまくりで、さながら「音による格闘技」という趣。甘さのまったくないドライで辛口なハード・フュージョンで、曲も粒揃いだ。

 トニー・ウィリアムス・ライフタイムの『ビリーヴ・イット』に入っていた名曲「プロト・コスモス」をカバーしているのだが、これがまた絶品。
 原曲はギターのアラン・ホールズワースの代表的レパートリーの一つとなっているが、本作のグレッグ・ハウはホールズワースの安直なコピーには走らず、独自の解釈でオマージュを捧げている。要は、原曲よりもはるかにド派手で豪快なギター弾きまくりヴァージョンなのである。



 ところで、YouTubeで検索すると、このアルバムが丸ごとアップされていたりする。じつは、私もそれで全曲聴いてからアルバムを買った。
 私のようなオジサン世代は、気に入ったアルバムはたとえYouTubeで丸ごと聴けたとしても、買って手元に置いておきたいと考える。それがアーティストに対する礼儀でもあろうと思う。

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バーバラ・フレドリクソン『ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則』


ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則
(2010/06/24)
バーバラ・フレドリクソン

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 バーバラ・フレドリクソン著、高橋由紀子訳『ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則』(日本実業出版社/1680円)読了。

 著者は、ポジティブ心理学の提唱者マーティン・セリグマンの弟子にあたる米国の心理学者。本書も、ポジティブ心理学の成果を一般向けにブレイクダウンしたものである。

 この邦題はちょっとどうかと思う(原題は「Positivity」というシンプルなもの)。
 これでは、「自分はネガティブ志向だ」と感じている人は反発を覚え、読みたいとは思わないだろう。「ケッ! またポジティブ・シンキング礼賛の本かよ」と……。

 しかし実際には、本書はけっして単純なポジティブ・シンキング礼賛本などではない。
 そもそも、ポジティブ心理学自体、昔流行った安直なポジティブ・シンキングとは似て非なるものなのである(もっとも、「ポジティプ心理学」と銘打った本の中にも、オカルトまがいやデタラメな俗流心理学本もあるのだが)。

 書名の「3:1」とは、著者が研究の中で発見した、ポジティプ:ネガティブの「黄金比率」を指す。心の中のポジティプ:ネガティブの比率が「3:1」を超えたところにティッピング・ポイント(閾値・転換点)があり、これを超えると人は上昇スパイラルに入ることができる。逆に、ネガティブ比率が1を超えてしまうと下降スパイラルに入ってしまい、ネガティブ感情がどんどん増幅されていく。

 これはもちろん著者が適当に考えたものではなく、実験をくり返してたどりついた比率だ。
 黄金比率の中に一定のネガティビティが組み込まれている点が、注目に値する。つまり、心の中のネガティビティをゼロにすることなど不可能だし、適度なネガティビティも必要だということである。

 たとえば、愛の喪失の悲しみや不当な扱いへの怒りはあってしかるべきネガティブ感情であり、無理に押し殺したらかえって心に害を及ぼす。
 著者は本書で、心のネガティブ比率を下げ、ポジティブ比率を上げるノウハウを開陳しているのだが、あってしかるべき正当なネガティビティまで減らそうとはしていないのである。

 ポジ:ネガ比率「3:1」がティッピング・ポイント、という著者の発見が詳説されるところが本書の「売り」なのだが、ほかにも興味深い点がたくさんある。たとえば――。

 ポジティブ心理学における著者の大きな貢献は、「拡張―形成理論」(broaden-and-build theory)を確立したことにある。これはかんたんにいえば、"ポジティビティは精神の働きを広げ、視野を拡大し、新たな行動に駆り立て、そのことによって人間を成長させる"という理論。著者は多くの実験をくり返して、そのことを実証してきた。

 この「拡張―形成理論」に基づき、"ポジティビティは人間の心にどのような好影響をもたらすのか?”がくわしく解説されていく点も、本書の魅力となっている。

 先日読んだ『幸せがずっと続く12の行動習慣』と甲乙つけがたい、上出来のポジティプ心理学入門。

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ミハイ・チクセントミハイ『フロー体験 喜びの現象学』


フロー体験 喜びの現象学 (SEKAISHISO SEMINAR)フロー体験 喜びの現象学 (SEKAISHISO SEMINAR)
(1996/08)
M. チクセントミハイ

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 ミハイ・チクセントミハイ著、今村浩明訳『フロー体験 喜びの現象学』(世界思想社/2548円)読了。

 マーティン・セリグマンと並ぶポジティブ心理学の重鎮・チクセントミハイが、本国アメリカでは1990年に刊行した著作。チクセントミハイ自身が提唱した「フロー理論」を、一般向けに解説した本である。

 一般書とはいえ、わりと論文臭がある。しかも、訳者も学者なので訳文もかなり堅く、読みやすいとは言えない本だ。とくに、「幸福」を再定義した1章、「意識」について原理的に考察した2章は難解で、途中で投げ出したくなった。
 が、ようやくフローについての解説が始まる3章からは、一気に面白くなる。


↑チクセントミハイがフロー体験について語った映像。

 「フローとは何か? それは我々の人生にとってどのような意義をもつのか?」が、多角的に解説されている。また、心理学の枠を軽々と越え、人類史全体を射程に入れた深みのある文明論にもなっている。
 そして、「人間いかに生くべきか?」を探求するのが本来の哲学であるならば、古典のように格調高い文章で「何が人生に幸をもたらすのか?」を科学的に探求した本書も、一級の哲学書といえる。

 私にとっては「一生もの」の本。つまり、これから何度も読み返して血肉化していきたいと思える本なのだ。
 四半世紀近く前の本ではあるが、幸福が見えにくくなっているいまの日本でこそ、もっと読まれるべき名著。

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家入一真『お金が教えてくれること』ほか


お金が教えてくれること  ~マイクロ起業で自由に生きる~お金が教えてくれること~マイクロ起業で自由に生きる
(2013/02/16)
家入 一真

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 家入一真(いえいり・かずま)著『お金が教えてくれること――マイクロ起業で自由に生きる』(大和書房)、『新装版 こんな僕でも社長になれた』(イースト・プレス)読了。

 ネット上でも何かと有名な「連続起業家(シリアル・アントレプレナー)」の著書2冊。仕事の資料として読んだもの。
 『こんな僕でも社長になれた』は、生い立ちから綴った自伝。『お金が教えてくれること』は、起業家としての歩みをふまえて著者の金銭哲学・仕事哲学を説いた、自己啓発書的色彩の強い本。

 2冊あわせて1時間で読み終えたくらい内容の薄い本だが、まあまあ面白かった。

 『こんな僕でも社長になれた』のほうは、生い立ちを綴った前半は退屈。だが、若くして結婚し、徒手空拳でレンタルサーバー「ロリポップ!」を起業するあたりから、俄然面白くなる。
 時代の波にも乗り、「ロリポップ!」は成功。その後GMOグループの傘下に入り、2008年にはJASDAQで会社を上場。史上最年少(29歳)の上場社長となる。

 少年時代にはひきこもりで、人の目を見て話すこともできなかったという著者の見事なサクセス・ストーリーは、読んでいて胸躍るものがある。

 いっぽう、今年2月に発刊された『お金が教えてくれること』には上場後の歩みが記されているのだが、これがまたすさまじい。
 会社の経営からしりぞいて株を売却し、十数億もの大金を得ながら、たった2年で使い果たし、一時は個人の貯金残高がゼロになったという(!)。

 その後もさまざまな事業に取り組んでいる著者は、20代からの10数年で並の人間10人分くらいの怒涛の経験を積んだ人間といえよう。

 もはや勤め先の会社に人生のすべてを託せない時代。さりとて、ホリエモン的な一攫千金狙いの起業など、普通の若者にはできない。そんななか、「自分の家族が食っていければいい」という発想の小商いから事業を始めた著者の歩みは、これからの若者の生き方の一つのモデルともなり得るものだろう。

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山口晃『ヘンな日本美術史』


ヘンな日本美術史ヘンな日本美術史
(2012/11/01)
山口 晃

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 山口晃著『ヘンな日本美術史』(祥伝社/1890円)読了。

 大和絵や浮世絵の技法を現代美術に取り込んだ大胆な作風で知られる人気画家が、自らが愛する日本美術の作品について解説した本。平安から明治に至る長い時代の日本画を扱っている。

■参考ページ→ MIZUMA ART GALLERY : 山口 晃 / YAMAGUCHI Akira

 「鳥獣戯画」や「洛中洛外図屏風」、雪舟、河鍋暁斎、月岡芳年の諸作など、取り上げられている絵画の多くは日本史の教科書などでおなじみのものだ。

書名が示すとおり、正統的な日本美術史講義とはかけ離れた内容である。
 “この絵は、かくかくしかじかな点がすごくヘンであり常識外れだが、だからこそ魅力的なのだ”というふうに、日本美術史の有名作品の、我々シロウトがなかなか気づかない新たな魅力に光を当てたものなのだ。

 実作者にしか持ち得ない視点というものがある。たとえば、夏目房之介さんのようにマンガ家でもある人が書いたマンガ評論には、そうした視点がつねにある。
 同様に、著者が日本画に深い影響を受けた現代の画家であるからこそ、プロパーの美術評論家には持ち得ない独自の視点が、本書にはちりばめられている。

 カルチャースクールで行った講座を元にした本なのだそうで、語り口調の文章は平明だ。とくに美術の素養がなくても、楽しく読める。
 著者がアーティストであるせいか、直観的で意味の取りにくい言い回しも散見されるが、それでも全体としてはわかりやすい。

 著者は、喩え話を使うのがうまい。
 たとえば、近代の日本画には総じてある種の「ワザとらしさ」があると著者は言い、その理由を次のように説明する。

 かつての日本人が透視図法と云う概念を知らずにいる事ができたのに対して、現在の私たちは、既にそれを知ってしまいました。
 自転車に乗る事よりも、一度知った乗り方を忘れる事の方が難しいように、透視図法と云うものを忘れると云う事はできませんで、それを自覚的に忘れようとすると、近代の日本画になってしまうのです。



 なるほどなるほど。

 山口晃の絵が好きな人にとっても、彼の絵に対する考え方を垣間見せてくれるという点で、必読の書だろう。

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『大森実ものがたり』


大森実ものがたり大森実ものがたり
(2012/12/28)
大森実ものがたり編纂委員会 編

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 大森実ものがたり編纂委員会・編『大森実ものがたり』(街から舎/1890円)読了。書評用読書。

 2010年に世を去った国際ジャーナリスト・大森実を偲ぶメモワール集である。恢子(ひろこ)夫人を始めとしたゆかりの人々――ジャーナリスト仲間・大森の取材を受けた著名人・友人・親戚など――73人が寄稿(一部はインタビュー)している。

 ありきたりな追悼文集というより、“73人それぞれの視点から描き出した大森実像を数珠つなぎにし、そこから全体像を浮かび上がらせた伝記”という趣。大森には『エンピツ一本』という全3巻に及ぶ大部の自伝もあるが、それとはまた角度の異なる面白さ。

 私は大森の全盛期を知らない世代だが、本書を読むと改めて「すごい人だったのだなあ」と思う。

 『毎日新聞』時代のベトナム戦争報道(西側記者として初めて戦火のハノイに入った)は伝説的で、それに憧れてジャーナリストを目指した人も日本には多いという。

 毎日退社後に“週刊新聞”『東京オブザーバー』を自ら立ち上げ、最盛期には15万部まで部数を伸ばすも、一部幹部の不正によって巨額の負債を背負い、事業は頓挫。それでも、不正をした幹部を刑事告訴せず、自分がすべて借金をかぶる。“そんな幹部を雇った自分にも責任がある”との思いからだ。そして、ペン一本で稼ぎ出した金で、負債を完済する。

 また、1970年代(とくに前半)の大森の仕事ぶりはすさまじく、5人分くらいの仕事を1人でしていた印象を受ける。『週刊ポスト』と『週刊現代』が、ウォーターゲート事件をめぐる大森の原稿を奪い合った、なんて話も出てくる。まさに時代の寵児だったのだ。

 カリフォルニア州ラグナ・ビーチの高級住宅地に豪邸を構え、(病に苦しみつつも)悠々自適の生活を送った晩年。それはジャーナリズムと出版の最も幸せな時代ならではで、いま同量の仕事をしてもとてもそんなふうには稼げまい。

 その意味でこれは、“ジャーナリズムの古き佳き時代”の輝きを刻みつけた本でもある。

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タル・ベン・シャハー『ハーバードの人生を変える授業』


ハーバードの人生を変える授業ハーバードの人生を変える授業
(2010/11/18)
タル・ベン・シャハー

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 タル・ベン・シャハー著、成瀬まゆみ訳『ハーバードの人生を変える授業』(大和書房/1680円)読了。

 3年ほど前にベストセラーになった本で、タイトルだけは知っていたが、マイケル・サンデルの本の二番煎じのような気がして食指が動かなかった。今回、ポジティブ心理学の本だと知って手を伸ばしてみたしだい。

 心理学博士の著者が、ハーバード大学で受け持っていたポジティブ心理学の講義をベースにした本。同講義は2006年にハーバードの受講学生数第1位になったという。

 講義内容そのものの単行本化ではなく、講義のエッセンスを「ワーク」にブレイクダウンした本。ポジティブ心理学の成果をふまえ、著者が考案した「ワーク」を集めた内容なのだ。読者がそれらのワークを実践していくと、幸福感が高まっていくのだという。
 ワークは全部で52あり、週に一つずつ実践すると一年間で完遂できるようになっている。

 翻訳者の成瀬まゆみが、本書のワークの実践を助けるサポートサイトを開設しているので、そちらを見れば本書の概要もつかめるだろう。

 ワークブックという性格上、「なぜそのワークが幸福感を高めるのか?」の理論的裏づけは、ごくかんたんにサラっとすまされている。そこが私には物足りなかった。裏付けのほうをくわしく知りたいのだ。

 それに、紹介されているワークは、私のようなオッサンが実践するには気恥ずかしくなってしまうものが多い。
 たとえば、「自分の気持ちにあと5%正直になるためには……」と書かれたあとに大きな空欄があって、「思いつくままに文章を続けて下さい」と指示があったりする。こちとら夢見る乙女じゃないんだから、こんなちまちましいことやってられるか。
 まあ、本書の指示通り素直にやってみれば、幸福感は高まるのかもしれないが……。

 それに、ワークの内容自体、安手の自己啓発書のような陳腐なものが三分の一くらいある印象だ。
 思うに、52週分のワークという体裁を整えるために、無理して水増ししている面があるのでは? ほんとうは、幸福感を高めるための方法というのはもっとシンプルで、52ものワークは多すぎるのではないか。

 ただ、合間に紹介されている情報や引用句には、心惹かれるものがいくつかあった。以下、それらを引用。

「チベットの伝統的な考え方では、『ツェワ』と呼ばれる思いやりの気持ちは、自分自身に対する思いを他者との関係に広げていくことだと考えられています」「ある意味では、深遠な思いやりとは、利己主義が高度に発達した形態にすぎません。ですから自己嫌悪の強い人は他者に対して真の思いやりの心をもつことは難しいのです。始まりとなるべき土台がないからです」(ダライ・ラマの言葉)



 心理学者のレオナルド・ニューマンらは、「防衛的投影」に関する研究で「自分に欠点を認めたくない場合、人は他者にも同じような欠点を見つけようとする」としています。こうした考え方は「つきまとうもの」となり、実際には誰もそうした欠点をもっていなくても、つねにまわりの人の中にそうした欠点を探すようになります。



 ノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンは、ここ数年、研究対象を「幸福」に移してきています。カーネマンとその研究仲間は、「富と幸福の間の関連性は低い」ということを発見しました。(中略)
 そして驚くべきことに、いったん物質的な富を手に入れると、それを手に入れようと奮闘していたときに比べて精神的にずっと落ち込んでしまう人々がいます。
 出世競争にあけくれている人間は、自分の努力が将来において有益だと思うからこそ、かろうじてバランスを保ち、自分のネガティブな感情にも耐えることができます。しかしひとたび最終目標に到達し、物質的な富では幸せになれないことがわかると、彼を支えてくれるものは何もありません。楽しみにしていたことも、幸せな未来のイメージを描かせてくれるものもなくなってしまい、失望感でいっぱいになってしまうのです。



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平山夢明『或るろくでなしの死』


或るろくでなしの死或るろくでなしの死
(2011/12/22)
平山 夢明

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 平山夢明著『或るろくでなしの死』(角川書店/1575円)読了。

 7編を収めた短編集である。各編のタイトルは「或るからっぽの死」「或るごくつぶしの死」「或る嫌われ者の死」「或るはぐれ者の死」などとスタイルが統一され、さまざまな「死」が描かれる。

 肉体の死のみならず、「生きた屍」と化す精神的な「死」が描かれる場合もある。主人公が死ぬ場合もあれば、ほかの誰かが死ぬ場合もある。いずれにせよ、全編に死が満ちた短篇集なのだ。

 平山夢明のことだから、グロテスクな描写が随所にある。それは残酷さを突き抜けて乾いたユーモアすら漂うものなのだが、グロと暴力描写が苦手な向きは嫌悪感しか感じないだろう。そのうえ、人間性が欠落した壊れたキャラクターも多数登場するし。

 そんなわけで、各編ともじつに後味の悪い作品なのだが、それでも面白い。一編読めば次の作品が読んでみたくなり、たちまち読了してしまった。

 多彩なスタイルが用いられている。「或る嫌われ者の死」は近未来を舞台にしたSF。「或るろくでなしの死」は前作『ダイナー』に近いノワール小説。「或るごくつぶしの死」は、男子大学生と幼なじみの娘の関係を描いた、青春小説と呼べなくもない作品だ。

 どんなスタイルを用いても、平山印の強烈な個性で染め上げられている。
 たとえば、「或るろくでなしの死」は中年の殺し屋と不幸な少女が出会う物語で、設定だけ見れば『レオン』のようだ。しかし、中身は『レオン』とは似ても似つかない、残酷でグロテスクな物語なのである。
 「或るごくつぶしの死」も、フツーの青春小説のようなさわやかさは微塵もない、ゲスの極みのドス黒い話だ。

 私がいちばん気に入ったのは、「或る愛情の死」。
 四人家族が交通事故に巻き込まれ、障害をもった長男だけが死ぬ。それは、ガソリンの爆発から逃がれる際、夫が健康な次男を先に車から運び出し、長男を後回しにしたからだった。
 そのことで家族に深い亀裂が入り、一切の笑いが消えた家庭。そして、事故から一年後、ある事件が起きる……。
 書き方を変えれば純文学になりそうな話だが、平山夢明は世にもグロテスクで恐ろしい「愛情の死」の物語にした。ラストのとんでもない展開に度肝を抜かれた。こんな小説、ほかの誰にも書けない。

■関連エントリ
平山夢明『どうかと思うが、面白い』レビュー
平山夢明『ダイナー』レビュー
 
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NHK報道局社会部『それでも、生きる。』


それでも、生きる。 NHK取材班が聴いた被災地3000人の声それでも、生きる。 NHK取材班が聴いた被災地3000人の声
(2012/12/15)
NHK報道局社会部

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 今日は、墨田区で企業取材。

 場所が東京スカイツリーの近くだったので、待ち合わせの押上駅に早めに着いた私は、初めて「東京ソラマチ」に入ってみた。スカイツリーの展望台はこんな雨の日にも行列ができていて、登れなかった。
 で、ソラマチ30~31階の展望レストランに行ってみたのだが、あいにくの雨で視界不良。


 行き帰りの電車で、NHK報道局社会部編『それでも、生きる。――NHK取材班が聴いた被災地3000人の声』(イースト・プレス/1260円)を読了。

 東日本大震災から丸一年の昨年3月に、『クローズアップ現代』枠で放映された震災ドキュメントの単行本化。
 副題の「3000人」はアンケート調査をした人数で、全員の声が本書に収録されているわけではない。

 宮城・岩手・福島の被災者家族一組ずつに取材したルポ3編と、アンケートの記述内容の一部紹介からなる本。
 アンケートの紹介は、1人に2ページも費やしてスカスカのレイアウト。しかも、記述内容をただ並べただけ。ひどく安直な作りだと思う。

 全部で200ページに満たない本だし、内容も薄い。NHKの震災報道をまとめた本はほかにも複数出ていて、それらに比べると見劣りがする。NHK出版から刊行されなかったのも納得。
 
 ただ、3本のルポのうちの1本――岩手県大船渡市の志田由紀さん一家が主人公の「母の最期の言葉かみしめ、もがき、苦しみ続けた一年」は、素晴らしい。松井裕子という記者がまとめたものだ。

 「母の最期の言葉」とは、家族で津波から逃げようと車に乗ったとき、まだ乗っていなかった老母が残した言葉。
 津波が間近に迫るのを見て、病気で動きも鈍い自分が乗っている余裕はないと判断した老母は、車のハンドルを握る夫と、家族に向かって言う。「(自分を乗せずに)行け!」と……。
 そして、離れていく車に向かって叫ぶのである。

「生きろよ! こっち見るな! 後ろを振り向くなよ、がんばって生きろよ! バンザイバンザイ!!」



 「バンザイ」というのは、ダウン症で盲目の孫娘を先に車に乗せたことで、彼女の命を助けられたと確信しての一言だと思われる。
 そして次の瞬間、老母は家族の目の前で津波に呑まれたのだった。 
 「肺腑をえぐる言葉」とはこのことで、この場面は涙なしには読めない。
 だが、残された家族にとってこの言葉はあまりに重い十字架ともなり、家族の絆に深い亀裂が入ってしまう。その亀裂を、少しずつ修復していく「家族再生」のドラマでもある。

 本としての出来はイマイチながら、このルポだけは一読の価値がある。

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外岡秀俊『「伝わる文章」が書ける作文の技術』


「伝わる文章」が書ける作文の技術 名文記者が教える65のコツ「伝わる文章」が書ける作文の技術 名文記者が教える65のコツ
(2012/10/19)
外岡秀俊

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 外岡秀俊著『「伝わる文章」が書ける作文の技術――名文記者が教える65のコツ』(朝日新聞出版/1365円)読了。

 朝日の本社編集局長まで務めたベテラン・ジャーナリスト(すでに朝日は退社)が、文章作法の初歩の初歩、基本の「き」からわかりやすく説いた文章読本。タイトルに「作文」とあっても、読者対象はあくまで大人である。

 本書のためにネット上で「文章教室」を開き、そこへの投稿を著者が添削することで文章を教える、という形をとっている。著者のアドバイスは、微に入り細を穿つ感じのていねいなものだ。

 私が駆け出しライターだった四半世紀前、年長の編集者からこんなことを言われた。

「ライターは、名文を書こうなんて思わなくていいんだよ。名文なんてのは事故みたいなもんだからさ。普通に読める文章を書いてくれればそれでいいんだ」

 いま思い出しても含蓄あふるる、そして駆け出しに対する的確な助言である。
 本書にも、次のようにある。

 この本は「いい文章」や「優れた文章」を目指すのではなく、「伝わる文章」を目標に書かれています。
 はじめから「いい文章」を目指すのは、語学を学び始めた人が、いきなり同時通訳の技法を真似るようなものです。



 いかにスムースに読者に「伝わる文章」を書くか。それこそが文章作法の基本の「き」であり、そこができていない者が先へ進もうとしても、どだい無理な話なのである。

 この著者の本は、朝日編集局長時代に上梓した『情報のさばき方――新聞記者の実戦ヒント』(朝日新書)を読んだことがある。
 こちらは、ジャーナリスト/ライター向けに書かれた「知的生産の技術」本(むろん文章術も含む)。ゆえに私にも大変参考になったが、本書は物足りなかった。
 全体が基本編・応用編・実践編の三部に分かれており、そのうち過半を占める「基本編」は、プロのライターにとってはわかりきったことばかりである。

 ただ、「文章を書くのが苦手だ」という人が基本から学ぶためには、たいへんよい本だと思う。

 『情報のさばき方』を読んだときにも思ったことだが、著者には偉ぶったところが微塵もなく、人柄のよさが伝わってきて好感がもてる。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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