小川美潮『ウレシイノモト』『檸檬の月』


ウレシイノモトウレシイノモト
(2005/04/27)
小川美潮

商品詳細を見る


 小川美潮(みしお)の1990年代のアルバム『ウレシイノモト』と『檸檬の月』を、中古で購入。

 最近は新譜にあまり食指が動かず、もっぱら、好きなアーティストの聴き逃がしていた旧作を中古で安く入手しては楽しんでいる私である。中古だとアーティスト自身の収入にはつながらないので、その点がちとうしろめたいのだが……。

 「ジャパニーズ・エスニック・テクノ」とでもいうべき独自の世界を創り上げた名バンド「チャクラ」の歌姫だった小川美潮は、チャクラ解散後に数枚のソロアルバムを発表している。
 そのうち、1991年発表のソロ第2作『4to3』は名盤の誉れ高く、私も大好きなアルバム。

 今回入手した『ウレシイノモト』と『檸檬の月』は、『4to3』に次いで92、93年にそれぞれ発表されたソロ第3~4作にあたるもの。

 『ウレシイノモト』は、発売当時某誌にディスク・レビューを書いたことがある。そのときレコード会社にもらったサンプル音源はカセットテープ(!)で、もうどこかに行ってしまった。
 サンプルで聴いた感想は「悪くないけど、『4to3』の完成度には遠く及ばないなあ」というものだった。
 だが、22年の時を経て聴き直してみたら、記憶にある印象よりもはるかに素晴らしいアルバムなので驚いた。

 とくに、「きもちのたまご」「LINK」「走れ自転車」「MARBLE」の4曲のなんという心地よさ。
 ポップでキャッチーなのに、複雑なリズムに凝りまくったアレンジ。おもちゃ箱をひっくり返したようなカラフルで楽しいサウンドの上を、自在に浮遊する天衣無縫なヴォーカル……『4to3』と甲乙つけがたい。埋もれさせてしまうには惜しい名盤である。

 もう一枚の『檸檬の月』は、今回初めて聴いた。
 ジャケットの小川美潮は白いワンピースに白い日傘を差して、ようすのいい上流夫人のよう。それまでの「不思議ちゃん」イメージをくつがえした印象。そのジャケットにふさわしく、内容も落ち着いたヴォーカル・アルバムに仕上がっている。「正統派歌ものポップス」という印象。

 アレンジをおもに手がけているのは、それまでのソロ・アルバム同様、チャクラ時代からの盟友・板倉文。そのわりには、いつもの板倉らしい凝ったアレンジが見られないなあ。フツーすぎてつまらないなあ(ただし、ほとんどプログレな「SHAMBHALINE」なんて曲もあったりするが)。
 ……と最初は思ったのだが、何度か聴きこむうちに、一見フツーで地味なこのアルバムの奥深い味わいがわかってきた。アレンジが比較的シンプルな分、小川美潮のヴォーカルがくっきりと浮かび上がるアルバムなのである。

 小川美潮のヴォーカルは、声といい歌い方といい、それ自体が圧倒的な魅力をもっている。「癒し系」という言葉はすっかり手垢がついてしまったけれど、彼女のヴォーカルこそ語の本来の意味で究極の「癒し系」だと思う。聴いていると心のコリがほぐれてくる。

 ……というわけで、旧作を聴いてすっかり小川美潮に惚れ直した私。
 1984年のファースト・ソロ・アルバムも、ボーナス・トラックが7曲も入ってリイシューされたし、2011年には久々の新作『起きてください』も発売されたし、またしばらく追いかけてみることにしよう。

関連記事

岡田斗司夫『オタクの息子に悩んでます』


オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より (幻冬舎新書)オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より (幻冬舎新書)
(2012/09/28)
岡田 斗司夫 FREEex

商品詳細を見る


 岡田斗司夫著『オタクの息子に悩んでます――朝日新聞「悩みのるつぼ」より』(幻冬舎新書/987円)読了。

 著者が『朝日新聞』の人生相談コーナー「悩みのるつぼ」に寄せた回答をベースにしたもの。
 相談と回答だけを集めてもそれなりに面白い本になっただろうが、岡田斗司夫らしくひとひねりした作りになっている。回答を練り上げるまでの舞台裏――著者がどのような思考プロセスでその回答にたどりついたか――が明かされているのだ。

 たんなる思いつきと自分の「キャラ」で回答する人生相談(メディア上の人生相談は大半がそうだ)ではなく、相談内容を細かく分析し、“相談者が本当に聞きたい答えとはどんな答えか?”を推理したうえで、最も効果的な回答をする――そんな、いわば理詰めの人生相談になっているところが面白い。

 とくに、本書の前半に並んだ回答群には、目の覚めるような鋭さが感じられる。「ううむ。そんな答え方があったか!」と、一本取られた思いになる快刀乱麻ぶりなのである。
 ただ、本書でも「思考ツール」1~10として整理されているように、回答に用いる著者の思考経路はパターン化しているので、後半になると飽きがくる。「またそのパターンかよ」と思ってしまうのだ。

 それはともかく、「人生相談本」の新機軸として、たいへんよくできた本ではある。
 これは、人生相談本であると同時に良質の自己啓発書でもある。読者は、さまざまな悩みに著者が回答するその舞台裏を知ることによって、「こんな悩みはこんなふうに解決すればいいんだ」という解決パターンを学ぶことができるからだ。

関連記事

山田順『出版・新聞 絶望未来』


出版・新聞絶望未来出版・新聞絶望未来
(2012/11/02)
山田 順

商品詳細を見る


 山田順著『出版・新聞 絶望未来』(東洋経済新報社/1575円)読了。
 タイトルどおりの内容で、出版界の片隅に身を置く者としてはお先真っ暗な気分になる本(笑)。

 光文社の元編集者であるこの著者の本は、電子書籍ブームに冷水をぶっかけた『出版大崩壊――電子書籍の罠』(2011)を読んだことがある

 本書は、『出版大崩壊』の続編ともいうべきもの。低迷する出版業界の救世主とも思われた電子書籍ブームも(日本では)不発に終わり、ジリ貧状態がつづく現状を、各種データと現場の声から浮き彫りにしている。

 とにかく、明るい話がほとんど出てこない。
 明るい話は、『日本経済新聞』の有料電子版が意外に健闘していることくらい。もっとも、健闘といったって、2年かけて有料購読者が20万人に達したというだけのこと。紙版の発行部数に比べたら微々たる数字である。

 まあ、本書に出てくる“出版・新聞をめぐる暗い話”の多くは、業界人ならどこかで耳にしていることでしかない。
 ただ、本書のように暗い話ばかり集めて見せつけられると、さすがにすごい迫力で、心中に暗雲が立ち込める気分になる。たとえば――。

 出版界の売り上げも1996年に過去最高の2兆6563億円を記録してからは、下降の一途となり、毎年、500億~1000億円減り続けてきた。
(中略)
 新聞、出版というプリントメディアが、これまでと同じように毎年1000億円縮小していくと、どうなるだろうか? 単純に言って、20年でゼロになってしまう。2032年には、プリントメディアは完全に消滅してしまうことになる。



 そして、それに代わる電子書籍も、日本ではいっこうに普及が進んでいないのである。
 たとえば、雑誌『論座』を休刊し、有料電子雑誌『WEBRONZA』を立ち上げた朝日の関係者が明かす内幕――。

「ひどいときは有料会員数が500人に達していませんでした。それも多くは朝日関係者だったので、純粋な部外読者はおそらく200人くらいだったのではないでしょうか? それでも1年以上かけて、なんとか3000人ほどになったといいます。ただ、赤字」



 朝日でさえそんなありさまなのだ。

 ほかにも、「アメリカの新聞を支えているのは広告収入だが、アメリカ全新聞の広告収入はグーグル単体にさえおよばない」とか、聞き捨てならぬ暗い話が目白押し。

 10年後に、私たちフリーライターのうち何割が生き残っているだろうか?

 私はときどき当ブログの検索フレーズを見てみるのだが、このところ目立つのが、「ライター 仕事がない」「ライター 廃業」という検索フレーズでやってくる人。つくづく不景気な業界なのである。
 いまのうちにカタギになってトラック転がすか、田舎に帰ってトマトでも作ったほうが賢明かもしれない。
 ま、私にはライター以外の仕事はできないし、郷里に田畑もないので、最後までこの業界にしがみつく所存ですが……。

関連記事

岡本太郎『自分の中に毒を持て』


自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫)自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫)
(1993/08)
岡本 太郎

商品詳細を見る


 岡本太郎著『自分の中に毒を持て――あなたは“常識人間”を捨てられるか』(青春出版社)読了。

 この前読んだ『今日の芸術』がよかったので、岡本太郎による自己啓発書的エッセイに手を伸ばしてみた。
 1993年、太郎が亡くなる3年前の晩年に刊行されたもの。

 どちらかといえば、若者に向けて発せられたメッセージ集という趣。なのでオッサンの私が読むと鼻白んでしまう部分もあるのだが、それでも勇気づけられるよい言葉がたくさんあった。
 以下、そのいくつかを引用。

 自分に忠実に生きたいなんて考えるのは、むしろいけない。そんな生き方は安易で、甘えがある。ほんとうに生きていくためには自分自身と闘わなくては駄目だ。
 自分らしくある必要はない。むしろ、“人間らしく”生きる道を考えてほしい。



 「いまはまだ駄目だけれど、いずれ」と絶対に言わないこと。
 “いずれ”なんていうヤツに限って、現在の自分に責任を持っていないからだ。生きるというのは、瞬間瞬間に情熱をほとばしらせて、現在に充実することだ。
 過去にこだわったり、未来でごまかすなんて根性では、現在をほんとうに生きることはできない。



 ほんとうに生きるということは、いつも自分は未熟なんだという前提のもとに平気で生きることだ。それを忘れちゃいけないと思う。



 才能のあるなしにかかわらず、自分として純粋に生きることが、人間のほんとうの生き方だ。頭がいいとか、体がいいとか、また才能があるなんてことは逆に生きていく上で、マイナスを背負うことだと思った方がいいくらいだ。



 激しく挑みつづけても、世の中は変わらない。
 しかし、世の中は変わらなくても自分自身は変わる。



 ぼくは生きるからには、歓喜がなければならないと思う。歓喜は対決や緊張感のないところからは決して生まれてこない。



 全身全霊が宇宙に向かって無条件にパーッとひらくこと。それが「爆発」だ。人生は本来、瞬間瞬間に、無償、無目的に爆発しつづけるべきだ。いのちのほんとうの在り方だ。
 子供の頃から私は自分の胸の奥深いところに神聖な火が燃えているという、動かし難い感覚を持っていた。それは誰にも冒させることのできない、絶対的な存在感なのだ。



関連記事

ZAZEN BOYS『すとーりーず』


すとーりーずすとーりーず
(2012/09/05)
ZAZEN BOYS

商品詳細を見る


 ZAZEN BOYSの『すとーりーず』を聴いた。昨年9月発表の、5枚目のフルアルバム。

■収録曲目
1. サイボーグのオバケ
2. ポテトサラダ
3. はあとぶれいく
4. 破裂音の朝
5. 電球
6. 気がつけばミッドナイト
7. 暗黒屋
8. サンドペーパーざらざら
9. 泥沼
10. すとーりーず
11. 天狗



 個人的には、これまでの5作のうちでいちばん気に入った。
 向井秀徳にとっては原点回帰というか、ナンバーガール後期の『SAPPUKEI』(私はこれがいちばん好き)や『NUM-HEAVYMETALLIC』を彷彿とさせる部分が随所にある。

 たとえば「破裂音の朝」という曲に見られるやるせなさ・切なさは、『SAPPUKEI』所収の数曲を思い出させる。
 鋼鉄の鎧でおおわれたようなソリッドな音でありながら、ナンバガの曲にはどこかにこういう哀切さがつねにあったものだが、ZAZEN BOYSの曲にはあまりなかったように思う。哀切復活、である。

 ただし、ギターやキーボードまでもがリズム楽器的役割を果たし、稠密な“ビートの結晶体”となって聴く者に迫ってくるというサウンドの構造は、やはりナンバガというよりZAZEN BOYS。

 どの曲も、リズムがまっすぐに進まない。曲がり角の多い道路を猛スピードで突っ走り、壁にぶつかる寸前できわどい方向転換をくり返していくような音。その「ぶつかる寸前」のようなスリルが、慣れると耳に心地よい。

 一曲目「サイボーグのオバケ」から「破裂音の朝」に至る4曲のシークエンスは、パーフェクトな仕上がり。ほかにも「サンドペーパーざらざら」やタイトル・ナンバーなど、いい曲がいろいろある。



 トータルプレイングタイムが36分弱という短さだけが玉に瑕。ほかは非の打ち所がない傑作。

関連記事

武田知弘『生活保護の謎』


生活保護の謎(祥伝社新書286)生活保護の謎(祥伝社新書286)
(2012/08/01)
武田 知弘

商品詳細を見る


 武田知弘著『生活保護の謎』(祥伝社新書/819円)読了。

 著者は元大蔵省のノンキャリ官僚(国税庁で税金徴収の実務に当たっていたという)で、現在はライター。一般のライターよりは官僚の世界にくわしいだろうが、べつに生活保護行政の専門家というわけではない。

 というわけで本書は、“ライターが比較的得意な分野について勉強・取材してまとめました”という感じの本。ゆえに専門的な深みはなく、内容もいささか総花的すぎて(何から何まで詰め込みすぎ)、食い足りない。

 ただ、生活保護をめぐる問題のあれこれが、一冊の新書で大づかみに理解できる内容にはなっている。生活保護問題について知りたい人が一冊目に読む入門書としては、わりとよくできているのだ。

 逆に、生活保護についてすでに何冊か本を読んでいる人には、本書は物足りないと思う。
 著者の言っていることは基本的に正しくて、納得のいくものではあるのだが……。

関連記事

谷川直子『おしかくさま』


おしかくさまおしかくさま
(2012/11/09)
谷川 直子

商品詳細を見る


 谷川直子著『おしかくさま』(河出書房新社/1260円)読了。

 著者は高橋源一郎の元妻。「高橋直子」時代からエッセイスト/作家としても活躍していて、その文才は高く評価されていた。
 離婚後、うつ病で苦しんだ時期もあったそうだが、昨年、本作で50歳を超えて「文藝賞」を受賞。小説家として再スタートを切った。

 タイトルとカバーイラストの印象だとおどろおどろしい民俗ホラー小説みたいだが(でも、よく見れば祠に祀られているのは銀行のATM)、そうではない。
 これは、軽妙さとシリアスさ、娯楽性と社会性が絶妙のバランスで共存する、知的な企みに満ちた純文学なのだ。

 「おしかくさま」とは、お金そのものを神格化した新興宗教。教祖も組織も姿は見えず、各信者はネット上にあるサイトを通じて結ばれている。
 信者たちは本尊のかわりに銀行のATMにお参りし(!)、「おしかくさま」に何か尋ねたいときには「無紋の札」を購入する。「無紋の札」は一万円札と同サイズの、何も書かれていない真っ白な紙。一万円を振り込むと、その札ととともに尋ねごとに対する「お告げ」が送られてくるのだ。

 40代後半の姉妹がいちおうの主人公で、2人の老いた父親が、ふとしたきっかけで「おしかくさま」の信者たちと知り合うところから話が始まる。

 一人称で書かれているのに、その視点が目まぐるしく変わる。姉・妹・父・母・妹の娘が、それぞれ語り手として登場するのだ。そのことに最初は戸惑うが、文章の中身だけで5人の区別がつくように書かれているので、すぐ慣れる。

 現代人がアヤシゲな新興宗教を立ち上げる小説というのはこれまでにもいろいろあったが、本作は「その手の話のありがちなパターン」に陥っていない。「おしかくさま」はやはり大がかりな詐欺だった……という一応の決着をつけながらも、その先にさらなるツイストを加え、読者の思索を誘うのだ。

 「現代人にとってお金とは何か?」「宗教とは何か?」という2つの大きなテーマを同時に扱いながら、中心となる一つの家族が地に足のついたタッチで描かれている。枠組みの壮大さと、その中に描かれるつつましい日常のギャップが、不思議な味わいを醸し出している。

 なお、バツイチでうつ病を病んでいる姉には作者自身が深く投影されているようで、姉の視点で書かれた部分にだけ、ときおり異質な重みが感じられる。軽快なタッチで書かれた読みやすい小説であるだけに、そこがザラリとした印象で強く心に残る。
 たとえば、次のような一節――。

 (離婚時に)高い慰謝料をもらっても傷つくということはやはりお金と愛は対極にあるというイメージもあながちお手軽な割り切り方でもないのだと思ったりしたわけで、けっきょく金を受け取ることであたしは愛に見切りをつけたのだから愛と金を等価と見なさねば前には進めなかった。そのことがいまもあたしを深く損ない続けている。



関連記事

岡本太郎『今日の芸術』


今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社知恵の森文庫)今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社知恵の森文庫)
(1999/03)
岡本 太郎

商品詳細を見る


 岡本太郎著『今日の芸術――時代を創造する者は誰か』(光文社知恵の森文庫/520円)読了。

 1954年に刊行された一般向けの芸術論。当時ベストセラーとなり、「一九五◯年代の若い画家たちに、強い影響を与えた」(赤瀬川原平の解説より)という。
 元本は「カッパ・ブックス」の一冊として出たものだから、堅苦しさや難解さはない。岡本の文章もユーモアとウィットに富んだもので、すこぶる読みやすい。

 「芸術とは何か?」「芸術の価値とは何か?」という大きな問いに、真正面から答える本。そのために西洋美術史の背骨部分をたどり、日本文化の特徴についても論じた内容になっている。
 岡本太郎のことだから、教科書的な西洋美術史/絵画の見方入門にはなっていない。なにしろ、「今日の芸術は、うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない」というのが、本書で岡本が主張する「芸術における根本条件」なのだから。

 といっても、けっして奇をてらった内容ではない。むしろ“真ん中高めの直球”という趣の熱い芸術論なのだが、たぐいまれなる自由な精神をもつ岡本ゆえ、ストレートな論も世間の常識からは遠く離れて見えるのだ。

 刊行後60年近くを経てなお、芸術論として鮮度を保つと同時に、芸術に仮託した人生論としても読める。絵を描かない私でさえ、読んでいて何度も勇気づけられる思いがした。

 印象に残った一節を引用する。

 芸術におけるほんとうの意味の新しさということは、へんな言い方ですが、新しいということになる以前にこそあるのです。すこし極端にいえば、新しいといわれたら、それはもうすでに新しいのではないと考えたってさしつかえないでしょう。ほんとうの新しいものは、そういうふうに新しいものとさえ思われないものであり、たやすく許されないような表現のなかにこそ、ほんとうの新鮮さがあるのです。



 まことに芸術はゆきづまっている。ゆきづまっているからこそ、ひらける。そして逆に、ひらけたと思うときにまたゆきづまっているのです。そういう危機に芸術の表情がある。
 人生だって同じです。まともに生きることを考えたら、いつでもお先まっくら。いつでもなにかにぶつかり、絶望し、そしてそれをのりこえる。そういう意志のあるものだけに、人生が価値をもってくるのです。つまり、むづかしい言い方をすれば、人生も芸術も、つねに無と対決しているのです。だからこそおそろしい。



 (絵を描くなどして/引用者補足)自分の自由な感情をはっきりと外にあらわすことによって、あなたの精神は、またいちだんと高められます。つまり芸術を持つことは、自由を身につけることであって、その自由によって、自分自身をせまい枠の中から広く高く推し進めてゆくことなのです。



関連記事

内田樹・小田嶋隆・町山智浩・平川克美『9条どうでしょう』


9条どうでしょう (ちくま文庫)9条どうでしょう (ちくま文庫)
(2012/10/10)
内田 樹、平川 克美 他

商品詳細を見る


 新年早々大風邪を引いてしまった。

 3日ほど寝込み、昨日からそろそろと仕事再開。
 昨日は取材で神戸へ。くしくも阪神・淡路大震災の起きた日だったが、震災とはとくに関係ない企業取材。
 まだ寒気があり、行き帰りの新幹線ではポーッと寝てすごす。


 家で寝込んでいた間に寝床で読んだのが、内田樹・小田嶋隆・町山智浩・平川克美著『9条どうでしょう』(ちくま文庫/714円)。

 2006年の第一次安倍晋三政権当時、改憲論争が盛んになったことをふまえて出された単行本の文庫化。
 文庫化直後に第二次安倍政権が発足し、ふたたび改憲が大きくクローズアップされているのは、不思議な因縁というべきか。

 著者4人がそれぞれ1章を担当し、独自の憲法9条論を展開している。結論としては4人とも9条堅持の立場。それも、眉根にシワ寄せた感じの護憲論ではなく、「んー、べつに9条変えなくてもいいんじゃね?」くらいの力加減の“軽いタッチの護憲論”になっている。

 4人の顔ぶれを見ればわかるとおり、岩波的な旧来型の護憲論になるはずもない。4つの論考とも、憲法学者にはけっして書き得ないような意表をつく角度からの護憲論で、面白く読めた。

 とくに面白かったのは、内田樹さんの論考。
 かつて岸田秀が“ペリーの来航によって屈辱的開国を強いられたとき、日本の集合的自我は危機に遭遇し、内的自己と外的自己に分裂した”と主張した(『ものぐさ精神分析』)ことをふまえ、憲法9条と自衛隊を与えられたとき、同様のことが起きたとする内容なのである。

 日本人は「内的自己」と「外的自己」、改憲派と護憲派に人格解離することによって疾病利益を得るという道を選んだ。私はそう考えている。
(中略)
 敗戦日本の人々は「奴僕国家」として「正気」であることよりも、「人格分裂国家」として「狂気」を病むことを選んだ。



 憲法9条と自衛隊の間の矛盾について、こんな角度から論じた人はこれまでいなかっただろう。

関連記事

中原圭介『これから世界で起こること』


これから世界で起こることこれから世界で起こること
(2012/08/10)
中原 圭介

商品詳細を見る


 中原圭介著『これから世界で起こること――正しく時代を読むためのヒント』(東洋経済新報社/1575円)読了。

 ファイナンシャルプランナー/エコノミストの著者による、経済予測本。
 章立ては次のようになっている。

第1章 米国経済はこれから5年が正念場
第2章 欧州経済は「停滞の時代」に突入する
第3章 なぜわたしたちはお金に縛られるのか?
第4章 お金の奴隷にならず豊かに生きる方法とは?
第5章 これから20年お金に困らない生き方と考え方



 このうち、1~2章は平明で読みやすく、世界の経済情勢を大づかみに知るために役に立つ。
 ただし、著者の予測がすごく悲観的なので、「世界経済はお先真っ暗!」というどんよりした気分になる(笑)。ほぼ唯一の明るい話がシェールガスによる米国のエネルギー革命なのだが、これとて日本経済にとっては必ずしも好材料ではないし……。

 第3章以降は急にトーンが変わり、経済書というより自己啓発書、若者向けの「生き方本」のような内容になる。そして、著者が説く「豊かに生きる方法」「お金に困らない生き方と考え方」というのが、ビックリするほど陳腐。

 いわく、“若者は毎月いくら使うという「目標額」を決めて、お金の使い方を学べ”、“貯蓄に回すより自分磨きにお金を使え”、“ネットに頼るより新聞をじっくり読め”、“自分の専門分野だけではなく、幅広いジャンルの良書を読め”、“「ラクをして儲けたい」という不健全な考えをもつな”等々……。
 こんな、ウザい上司から酒席で説教されてるみたいな陳腐なアドバイス、エコノミストの本で読まされるとは思わなかった。

 1、2章以外読む価値なし。そこだけなら20分で読めるので、立ち読みで十分。

関連記事

大森望・豊崎由美『文学賞メッタ斬り! ファイナル』


文学賞メッタ斬り! ファイナル文学賞メッタ斬り! ファイナル
(2012/08/01)
大森 望、豊崎 由美 他

商品詳細を見る


 一昨日から昨日にかけ、取材で仙台と気仙沼へ――。
 つづくときにはつづくもので、仙台に行くのは先月から3度目だ。

 今回は、東北大学の佐藤弘夫教授を取材(2年ぶり2度目)したのち、気仙沼で「希望ののむヨーグルト」を販売しておられる千葉清英さんを取材。


希望の のむヨーグルト720ml希望ののむヨーグルト720ml

気仙沼鹿折復幸マルシェ

商品詳細を見る


 千葉さんは、東日本大震災の津波で家族7人を亡くされた。ただ一人の家族となった長男で野球好きの瑛太くん(11歳)を元気づけるため、家から一時間半かけて隣県・岩手県のバッティングセンターに連れていくようになった。
「気仙沼にもバッティングセンターがあったらいいのに」
 瑛太くんのそんな願いを叶えるため、建設資金を貯めるために売りだしたのが、「希望ののむヨーグルト」だ。だから、ラベルには野球のボールがあしらわれている。



 「我が子のため」から始まったバッティングセンター建設の夢は、やがて「気仙沼の子どもたちを元気にしたい」という思いへと広がっていった。 

 家族7人を一度に失うという絶望は、どれほどの深さなのか。私には想像すらできない。その絶望の淵から蘇生し、自ら復興の一端を担おうとする千葉さんの人間としての強さに圧倒された。


 行き帰りの電車で、大森望・豊崎由美『文学賞メッタ斬り! ファイナル』(パルコ出版/1680円)を読了。

 『文学賞メッタ斬り!』シリーズの4年ぶり5冊目の単行本化にして、いちおうの最終巻。私は1冊目と2冊目しか読んでいないが、最後だということで手を伸ばしてみた。

■関連エントリ
『文学賞メッタ斬り!』レビュー
『文学賞メッタ斬り! リターンズ』レビュー

 文字は二段組み・三段組になり、すごい情報量がつめ込まれている。なにしろ、4年分の「メッタ斬り」が一冊に凝縮されているのだ。
 シリーズ1冊目には日本の主要文学賞のガイドブックとしての側面があったが、この巻では芥川賞・直木賞の2賞にほぼ的が絞られている。

 全編にマンネリ感が漂っていることは否めないが、値段分は十分楽しめる内容になっている。

 途中、東浩紀と佐々木敦をゲストに迎えての座談会形式になっている「文学賞対策委員会」なる章があり、ここが突出して面白い。とくに、東による文学賞再生のための提言は、極論のようでいて、文学賞をめぐる現状を見事に射抜いている印象だ。

 いわく、「純文学はテクスト+人が価値を生み出す」ものだから、「応募作品だけを読んで選考するというシステムは純文学の新人賞に合わないかもしれない」(だから、作品+オーディションで作者のキャラを見極めて選べ、という話に展開する)。
 いわく、“芥川賞を10年間停止せよ”。そうすれば純文学の末期状態があらわになって「どうしようもなくなるからみんな真剣に考えるんじゃないかな」。

 賞の選考過程や選考委員のキャラそのものまで楽しむという、文学賞のもう一つの楽しみ方を確立させた「メッタ斬り」シリーズの功績は大きいと思う(本はこれで打ち止めだが、ラジオ日本「ラジカントロプス2.0」での「メッタ斬り」は継続するそうだ)。

関連記事

吉田豪『人間コク宝 まんが道』


人間コク宝 まんが道人間コク宝 まんが道
(2012/09/18)
吉田 豪

商品詳細を見る


 吉田豪著『人間コク宝 まんが道』(コアマガジン/1600円)読了。

 「プロインタビュアー」の吉田が、濃ゆ~い人々にディープなインタビューをする『人間コク宝』シリーズの最新刊。タイトルのとおり、今回はインタビューイが全員マンガ家(1人はマンガ原作者)である。

 登場するのは、花沢健吾、福満しげゆき、浅野いにお、古泉智浩、若杉公徳、泉晴紀、佐藤秀峰、福本伸行、板垣恵介、 小池一夫、小林よしのり、古屋兎丸、川崎タカオ、カラスヤサトシ、地下沢中也、村上和彦、杉作J太郎といった面々。

 見てのとおり男ばかりで、しかも一癖も二癖もある人ばかり。
 過去の『人間コク宝』シリーズには、アウトロー系というか無頼系というか、男臭くてアブナイ面々が登場することが多かった。しかし、今回は一転して「童貞をこじらせた」サブカル系マンガ家が多い。アウトロー系と言えるのは板垣恵介と極道マンガの村上和彦くらいで、この2人はむしろ本書の中では浮いているのだ。

 その意味で本書は、これまでの『人間コク宝』シリーズよりも、むしろ『サブカル・スーパースター鬱伝』に近いといえる。

■関連エントリ→ 吉田豪『サブカル・スーパースター鬱伝』レビュー

 過去の『人間コク宝』シリーズのような、仰天エピソードが連打される面白さはあまりない。武勇伝のたぐいより、各人の童貞時代の脳内妄想や、悶々としたイタい青春に光が当てられるからだ。

 女の子にモテないと漫画家になりやすいんです。なぜならば、女の子にモテてたら漫画なんて描いてられないんですよ、あんなコツコツしたこと(笑)。



 ――これは福本伸行の発言だが、登場するマンガ家の多くが「非モテ側」に属する人なのである。

 また、創作の舞台裏がテーマになるわけではないので、マンガ家志望の若者が読んで役に立つような本でもない(たとえば小林よしのりの回など、作品の話よりAKBの話のほうがメインw)。それでも、登場するマンガ家のファンなら一読に値するインタビュー集ではある。

 それにしても、どこか歪んでいてめんどくさい人の多い業界だなあ。本書の中では小池一夫がいちばんマトモに見える。とくに、福満しげゆきと花沢健吾の歪みっぷりには唖然。

関連記事

エイドリアン・ゴールズワーシー『カエサル』


カエサル(上)カエサル(上)
(2012/08/24)
エイドリアン ゴールズワーシー

商品詳細を見る


 エイドリアン・ゴールズワーシー著、宮坂渉訳『カエサル』(白水社/上下巻各4620円)読了。書評用読書。

 英国の軍事史家によるユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)の伝記である。
 上下巻併せて700ページを優に超える大著であり、読み終えるのに丸一日かかった。聞き慣れない人名や用語が大量に出てくるので、なかなか本の中に没入できなかったのだ。

 塩野七生も『ローマ人の物語』全15巻のうち2巻を割いて魅力的なカエサル伝をものしているが、塩野のそれが基本的に歴史小説であるのに対し、本書は帯にあるとおり「歴史書としてのカエサル伝」である。ゆえに、血湧き肉躍るエンタテインメント性はない。
 
 また、著者の筆致も歴史家らしく慎重で、安易な断定や想像による話の盛り上げは注意深く避けている。
 わからない点はわからないと書き、よく知られたエピソードでも、後世の創作の可能性が高いものについてはそう注記している。

 そんなわけで、読みやすくはないし、小説的な面白さには乏しいが、それでも丸一日費やして読むに値する重厚な作品であった。

 著者の文章には古典文学のような格調高さがあるし、古代ローマ世界の人々の暮らしが眼前に展開するような臨場感が素晴らしい。
 カエサルの後半生は戦争に次ぐ戦争なのだが、著者が軍事史家であるだけに、その戦争の描写のリアリティはとくにすごい。ハリウッド映画のようなわかりやすいアクション描写ではなく、兵士たちの食糧確保に苦労する様子などまで細かく書き込んだリアルな描写なのだ。

 また、カエサルその人については、人間離れしたスーパーマンとして描くのではなく、弱さや欠点もたくさんもっていた等身大の人間として描いている。

関連記事

Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

里親募集中

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
18位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
14位
アクセスランキングを見る>>