炭酸水飲み比べ


キリン ヌューダ2種類(プレーンソーダ24本+ヌューダグレープフルーツ 24本)セット 合計48本キリン ヌューダ2種類(プレーンソーダ24本+ヌューダグレープフルーツ 24本)セット 合計48本

NUDA(ヌューダ)



 このところ、いろんな炭酸水を飲み比べている。炭酸飲料ではなく、ただの炭酸水である。

 私は何度も禁酒しては挫折しているのだが、最近ではほぼあきらめ、節酒にシフトしている。
 で、節酒のため、「ビールや缶チューハイのかわりに飲むもの」をあれこれ試行錯誤し、けっきょくただの炭酸水に行きついたというしだい。

 最近たくさんあるノンアルコール飲料のたぐい、あれは酒飲みにはよくないと思う。どうしたって本物のビール等に比べたら物足りないから、飲むと「やっぱり本物が飲みたい」という気持ちがふくらむばかりなのだ。

 それに、糖などをたくさん含んでいるノンアルコール飲料も多いから、体にもよくない(糖質ゼロを謳ったものもあるが)。
 先日、香川真司がCMしているノンアルコール缶チューハイ「ゼロハイ」を飲んだら、甘ったるくてビックリした。どんだけ糖を使ってるんや、と……。
 健康に気を使ってノンアルコール飲料を飲んでいるのに、それが体によくなかったら本末転倒だ。

 本格的なアルコール依存症の人は、断酒時の口寂しさをまぎらわすためにウィルキンソンのジンジャーエールを飲む、と聞いたことがある。
 たしかに、ウィルキンソン・ジンジャーエールは強烈な辛口で、強い酒を飲んだときに近い刺激が味わえる。だが、ジンジャーエールというのは意外に糖がたっぷり使われているから、日常的に飲んでいたらやはり体に悪い。

 そんなわけで、ノンカロリーのただの炭酸水がいちばんよいという結論に達したのだ。

 「炭酸水なんかどれも一緒じゃないか」と思う向きもあろうが、飲み比べてみるとけっこう違う。水質と炭酸強度の組み合わせ/バランスの違いである。
 
 以下、私がこれまでに飲み比べた炭酸水の印象をメモ(まだ飲んでいないブランドも多いので、順次このエントリに加筆していきます)。



「アサヒ ウィルキンソン タンサン」


 ――強炭酸が特徴。夏の暑い日やすごくのどが渇いているときには、炭酸の強さが心地よい(逆に、こちらが疲れているときには、強炭酸が喉に痛いような感じがして、合わない)。
 最近はだいたいどこのコンビニにも置いてあり、手に入りやすいのもいい。

「ペリエ」


 ――言わずと知れた、フランス産の天然炭酸水。炭酸高めのわりには飲みやすくてさわやか。天然炭酸水の中ではいちばん好み。ただ、毎日お茶がわりにゴクゴク飲むにはやや値段が高く、コスパが低い。

「ゲロルシュタイナー」

 
 ――ドイツ産の天然炭酸水。名前のとおりゲロマズ。ファンもいるらしいが、私にとっては最悪の炭酸水。飲みにくいったらない。高硬度の硬水である点がよくない(=日本人には合わない)のだと思う。

※後記/ボロクソに書いてしまったが、何度か飲んでいるうちにクセのある味に慣れ、抵抗なく飲めるようにはなった。それでも積極的に飲みたいとは思わないが。

「クリスタルガイザー スパークリングレモン」


 ――米国産のナチュラルミネラルウォーターに、炭酸とレモンフレーバーを加えたもの(無果汁)。ほかにライム、オレンジ、ベリー味もある。私はまだ飲んだことがないのだが、ベリー味には甘みがあるらしい。軟水でわりと飲みやすいし、値段も安い。

「キリン ヌューダ プレーンソーダ」


 ――「ヌーダ」ではなく、「ニューダ」と発音する。「NEW SODA=新しい炭酸飲料」からきたネーミングだそうだ。
 すっきりとさわやかで、しかも上品な味。炭酸も、強すぎず、弱すぎずのほどよいバランス。酒などを割るための炭酸水ではなく、最初から単独の飲み物として開発されたがゆえの飲みやすさだろう。いまのところいちばん好きかも。
 同シリーズのグレープフルーツ味もよい。ただ、最近売っている店が少ない気がする。

「サンペレグリノ」


 ――イタリアの天然炭酸水。微炭酸なので喉越しはやわらかく、750ml入りのボトルを難なく飲み干すことができる。クイクイいける感じ。
 水質は硬水なのだが、硬水独特の飲みにくさはまったくない。それに、水自体にほのかな甘みがある感じで、おいしい。グリーンボトルとラベルもシャレオツで、一見ワインのよう。ほかの炭酸水に比べ、(日本では)値段が高いのが玉にキズ。

「カナダドライ クラブソーダ」


 ――家でハイボールとかを作るときの割り材の定番だが、そのまま飲んでもいい感じ。ただ、炭酸水としては可もなく不可もなく、平均的で個性に乏しい。

「ロスバッハー パワースパークリング」


 ――「ロスバッハー」はドイツの天然炭酸水。「パワースパークリング」が商品名についているとおり、炭酸は強め。水質は硬水。ドイツの天然炭酸水で硬水となればゲロルシュタイナーと同じだが、こちらのほうが飲みやすい。
 ラベルに書いてある惹句によれば、「カルシウムとマグネシウムの含有比率が約2:1。人間の体に最適なバランスといわれています」とのこと。どの程度体にいいかは検証不能なので、なんとも言えないが、少なくとも糖まみれのコカ・コーラなどよりはずっと「体にいい」のだろう。

「サンガリア 炭酸水」


 ――スーパーなどでよく売っている激安炭酸水の一つ。開封したときに「パシュッ!」という大きな音がするし、グラスに注いでみるとシュワシュワが派手に出る。「これはかなりの強炭酸だな」と感じるのだが、飲んでみるとそうでもない。むしろ炭酸は弱め。なんというか、炭酸が大味で“すき間が多い”ような印象なのだ。
 全体に上品さに欠ける感じゆえ、「炭酸水界のジャンクフード」と評したい。人間にはむしょうにジャンクフードを食べたいときがあるように、たまに飲むには悪くない。毎日好んで飲みたいと思えるようなブツではないが。

「ロケッタ ブリオブルー スパークリング」


 ――イタリア産の天然ミネラルウォーターに炭酸を加えたもの。中硬水。ラベルに「微発泡」とあるとおり、炭酸はごく弱め。最初口にしたときには、炭酸抜きのミネラルウォーターかと思ったほど。
 飲みやすさはこれまで飲んだすべての炭酸水で一、二を争うほど。500ml入りのボトルをあっという間に飲み干せる。ボトルも持ちやすくてよい。
 ミネラルバランスの良さから、「女性をキレイにする水」と呼ばれているのだそうだ。ホントに「キレイにする」かは保障のかぎりではないが、女性向きの炭酸水であるとは言えそうだ。

「サントリー ザ・プレミアムソーダ from YAMAZAKI」


 ――「ザ・プレミアムソーダ」というネーミングからして高級感いっぱいの炭酸水。日本初のシングルモルトウイスキーである「山崎」でハイボールを作るために作られたものであるらしい。この炭酸水に使われているのも、「山崎」を仕込むために使う水なのだそうだ。
 内容量は240mlしかなく、重くて立派なガラス瓶に入れられている。同じサントリーの炭酸水の倍の値段だし、毎日ゴクゴク飲むようなものではない。
 そもそも割り材として使うための炭酸水なので、単独で飲むには不向き。まずくはないが、味や喉越しにもややクセがある。

「サッポロ おいしい炭酸水」


 ――商品名(このネーミングは反則な気もするが)とラベルデザインのよさで、かなり得をしている感じ。
 ただし、そのアドバンテージを差し引いても、「飲む炭酸水」としてかなりハイレベル。炭酸は強めだがウィルキンソンほど強烈ではなく、ちょうどいい強さ。ラベルに「純水使用」と謳っている水も、すっきりと喉越しがよい。
 プレーンとレモンフレーバーの2種類があって、私はレモンのほうが好み。なんとなく、「糖分を抜いたキリンレモン」(キリンじゃないけど)みたいな味わいなのである。

「サントリー 南アルプスの天然水 スパークリング」


 ――おなじみ「南アルプスの天然水」の炭酸水ヴァージョン。プレーンとレモンフレーバーがある。
 意外なほど炭酸がキツイ。ウイルキンソンの炭酸水とタメを張るくらい。
 単純にイメージの問題だが、「南アルプスの天然水」の炭酸水というと、もっと優しい、やわらかい炭酸水を思い浮かべるのが人情だと思う。その意外性が、この商品にかぎってはマイナスに働いている気がする。
 使われている水はスッキリしていてよいのだが……。

「伊藤園 Stylee(スタイリー)」


 ――無糖炭酸市場で唯一の「トクホ(特定保健用食品)」だというのが売りの商品。
 柑橘類由来のポリフェノール、モノグルコシルヘスペリジンを340mg含有することで、中性脂肪を減らす効果があるのだそうだ。
 そのへんの効果のほどはよくわからないが、炭酸水としての味はよくない。そのモノグル何たらの味なのだと思うが、独特の薬臭さが口内に残るような、嫌な後味があるのだ。

「ポッカサッポロ グリーンシャワー」


 ――桐谷美玲を起用したテレビCMを大々的に流して、鳴り物入りで発売された炭酸水。
 「香る炭酸水」のキャッチフレーズどおり、グリーン・イメージの香りが口内に広がり、さわやかな味わい。サッポロビールが2010年に品種登録したホップ「フラノビューティ」の香りを再現した香料を使用しているのだそうだ。

 最近登場した炭酸水の中ではいちばん気に入った。ワタシ的には「キリン ヌューダ」以来のヒット。「ヌューダ」を売っている店がめっきり減ってしまったいま、「グリーンシャワー」にはしっかり定着してほしい。
 元々私はビールの代用品として無糖炭酸水を飲んでいる面があるので、「グリーンシャワー」のホップの香りはビールっぽくてよい。

「い・ろ・は・す スパークリング」


 ――おなじみ「い・ろ・は・す」(I LOHAS)天然水の、炭酸水ヴァージョン。
 現状、プレーンと「れもん」の2種類がある。 プレーンは可もなく不可もなしなのだが、「れもん」がヒドイ。なんと、思いっきり糖分が入っているのである!
 我々無糖炭酸水を好んで飲む層は、糖分過多の甘ったるいコーラ類がキライだから、炭酸水を飲んでいるのだ。無糖炭酸水にもレモンフレーバーのものは多いが、それらはみな、かすかにフレーバーをつけただけで、糖分は使っていない。
 この「れもん」も当然そうだと思って飲んだら、思いっきり甘ったるかったので「オエッ」となった。
 炭酸水の客層を見誤った失敗商品だと思う。

「キリン別格 生姜炭酸」


 ――「ハイグレード・ラインアップ キリン別格」シリーズの1つ。
 「高知県産生姜を贅沢に(100%)使い、生姜の辛みを引き立てる香辛料入りです。自然の恵みがたっぷりとつまった厳選素材を、もったいないほど贅沢に使用。素材本来の濃厚なうまさと香りを引き出しました」と、宣伝文句にはある。
 「生姜炭酸」って、要するにジンジャーエールじゃん……と思いつつ飲んでみた。じっさい、味もジンジャーエールそのものである。
 ただし、既成のジンジャーエールに比べると、「生の生姜がたっぷり入っている」感はかなり強烈。体によさそうでもある。
 惜しむらくは、ほかのジンジャーエール同様、糖分もたっぷり入っていること。当欄の「炭酸水」は原則として無糖炭酸水を指すので、これはちょっと評価の範囲外。生姜入り炭酸水で、なおかつ無糖なら画期的だったのに……。

「伊藤園 チチヤス 乳酸菌の白い炭酸水」


 ――なんと、無糖炭酸水に乳酸菌が入っているという変わり種。
 飲んでみれば、「ヤクルト」とか「森永マミィ」とかの乳酸菌飲料そのものの味と香り。にもかかわらず無糖なのである。「マミィ」を炭酸水で割り、しかも糖分を抜いたような、なんともチグハグで不思議な味わい。
 「FK-23フェカリス乳酸菌」という、よくわからんが体にいいらしい乳酸菌が入っているそうだ。
 「おいしい」かといえば、うーん、微妙。ただ、無糖炭酸水分野にこれまでなかったタイプの新機軸商品であり、その「攻めている感じ」は評価したい。



 なお、イオンや100円ローソン(ローソンストア100)などで売っている炭酸水は激安だが、そのうち、管見の範囲では「トップバリュ」(イオンのプライベートブランド)の「ソーダ 炭酸水」がいちばんよかった。値段は「ウィルキンソンタンサン」の半額だが、わりと強炭酸で、ウィルキンソンに近い味わい。「なんちゃってウィルキンソン」として活用できる。

 100円ローソンで売っている1リットル100円の炭酸水は、炭酸も弱めだし、水の味にも特徴がなく、なんだか「水道水で薄めた炭酸水」みたいな印象。物足りない。

(つづきます)

■参考→ ミネラルウォーターと炭酸水の比較サイト
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勝間和代『「有名人になる」ということ』


「有名人になる」ということ (ディスカヴァー携書)「有名人になる」ということ (ディスカヴァー携書)
(2012/04/28)
勝間 和代

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 勝間和代著『「有名人になる」ということ』 (ディスカヴァー携書/1050円)読了。

 勝間自身が「有名人」になった経験を通して、「有名人になる」ことの意味、「有名人になる」ためのコツ、ブームが去ったあとの対処法などを綴ったもの。

 まさに「ありそうでなかった」本であり、数ある勝間本の中でも企画としての質はかなり高いと思う。有名人になりたい人のためのハウツー本としてもよくできているし、読み物としてもなかなか面白い。

 まず目を引くのは、“自分は「有名人になる」ことにビジネス・プロジェクトとして取り組んだ”と述べているところ。
 勝間は2007年に金融ビジネスの会社を立ち上げたが、翌年のリーマン・ショックで大打撃を受け、経営危機に陥った。そのときに起死回生を期して取り組んだのが、自らを商品とした「有名人ビジネス」だった、というのである。

 以下、その「有名人ビジネス」の舞台裏を明かすことを通して、有名人になることのメリット/デメリットが赤裸々に綴られていく。

 いわく、「『有名人になる』ということは、金銭的に見ると、収支トントンか、かえってマイナスです。もし金銭だけで見たら、わたしは証券アナリストを続けていたほうがよかったと思うくらいです」。
 つまり、文化人枠の場合、有名になることで得られる経済的メリットはさほど大きくない、と……。ただし、有名になることに付随する「人脈のひろがりによるチャンスのひろがり」は、何ものにも代えがたい、ともいう。

 「有名人」というビジネスは、有名になること自体が報酬となる人以外にとっては、なんらかの別の欲求が満たされない限り、かなりきつい商売だと思います。



 自らの数年間にわたる有名人体験を、冷静に客観的に振り返っているところがよい。
 たとえば、著者は次のように書いている。

 みなさんご存じのとおり、さまざまな人が有名になっては消えていきます。最盛期はせいぜい一、二年というところでしょうか。わたしも自分の「ブーム」を振り返ると、やはり、二◯◯九年がピークだった思います。



 これが芸能人なら、「私の人気のピークは3年前でした」などとはけっして言うまい。

 本書の類書といえる大槻ケンヂの『サブカルで食う』で、大槻は「『人気が出る』ということは『ある日突然、いわれのない愛と憎しみを一身に受けるようになること』です」と書いていた(→当ブログのレビュー)
 本書にも、勝間が受けた「いわれのない愛と憎しみ」の数々が記録されている。
 「いわれのない憎しみ」は気に病まず、もっぱら「いわれのない愛」のほうに喜びを感じられる人なら、有名人になることで幸せになれるのだろう。

 無名人の負け惜しみというわけではないが、私は有名人になりたいなどとはまったく思わない。人ごみの中に身を置いたとき、周囲はみな自分を知っているのに自分は誰も知らないなんて、想像しただけでゾッとする。私がゾッとするそのようなシチュエーションをむしろ快感と感じられるような人が、有名人になりたがるのだろう。

 「有名人になる」ことに過大な幻想を抱いている無名人たちは、そのメリット/デメリットを冷静に腑分けした本書を読むとよい。幻想を打ち砕くために役立つし、本書を読んでもなお有名人になりたい人にとってはよき指南書となるだろう。

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パスポート『Original Album Series』


Original Album SeriesOriginal Album Series
(2011/12/06)
Passport

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 パスポートの『Original Album Series』を輸入盤で購入。

 パスポートは、サックス奏者クラウス・ドルディンガーを中心としたドイツのジャズ・ロック・グループ。
 『Original Album Series』というのは旧作アルバムを5枚セットの廉価盤にしたシリーズで、とにかく激安なので私はほかにもいろいろ買った。

 この5枚組セットには、1971年の『パスポート・ファースト』、73年の『ハンド・メイド』、74年の『未来への知覚(Looking Thru)』、75年の『クロス・コラテラル』、76年の『インフィニティ・マシーン』が収められている(どういうわけか、72年の『セカンド・パスポート』だけが飛ばされている。あとはリリース順なのに)。
 
 リーダーのクラウス・ドルディンガーは映画音楽の作曲家としても著名で、『ネバーエンディング・ストーリー』や『Uボート』の音楽も担当したそうだ。

 このバンドの曲は、NHK-FMの往年の人気番組「クロスオーバーイレブン」でよくかかっていた。ただ、私もアルバムを通して聴くのは今回が初めてである。

 サックスとキーボードが音の核になっていることもあって、ウェザー・リポートによく似ている。
 ただし、ウェザー・リポートよりはプログレッシヴ・ロック寄り。アルバムによって多少音楽性が異なるが、ファーストの何曲かは初期キング・クリムゾンのようでもある。サックスが吠えまくるところなんか、「21世紀の精神異常者」(※)の間奏みたいだし。

※余談だが、この曲はいまでは「21世紀のスキッツォイドマン」なる邦題に変わっている。むろん、「精神異常者」という言葉への自主規制である。

 アルバムを重ねるごとにプログレ色は薄まり、フュージョン色が濃くなっていく。本セットでも、76年の『インフィニティ・マシーン』のオープニング曲「ジュ・ジュ・マン」など、「ほとんどスパイロ・ジャイラ」なお気楽フュージョンである。
 あと、全体にウェザー・リポートよりはわかりやすく、ウェザー・リポートほど洗練されてもいない。もっとB級っぽさ、野暮ったさがあるのだ。ただし、その野暮ったさが逆にキッチュな魅力になっている。

 総じていい曲が多いし、なかなか捨てがたい味わいをもつジャーマン・ジャズ・ロック・グループである。

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小谷野敦『文学賞の光と影』


文学賞の光と影文学賞の光と影
(2012/06/22)
小谷野敦

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 小谷野敦著『文学賞の光と影』(青土社/1890円)読了。

 ハードカバーで品のいい装丁・造本、そしてこのタイトルだから、シリアスでアカデミックな文学賞研究のように見える。しかし実際には、随所に笑いが盛り込まれた、軽妙な“文学賞四方山話集”である。面白くて一気読み。

 面白さの質としては、豊崎由美・大森望の『文学賞メッタ斬り!』シリーズに近い。
 文学好きが集まって、文学賞にまつわるウワサ話やゴシップをワイワイ語り合うときのような楽しさがある。

 ノーベル文学賞および国内のさまざまな文学賞が俎上に載るが、芥川賞についての記述がいちばんウエートが高い。それは芥川賞の影響力の大きさゆえであろうし、著者自身がかかわりが深いからでもあろう。豊崎・大森コンビとはちがい、小谷野は実作者でもあり、芥川賞候補にのぼったこともあるのだから。

 各受賞者の学歴にこだわる点、女流作家の美醜に関する記述が多い点は、いかにもこの人らしい。
 受賞作や受賞作家、選考委員についての歯に衣着せぬ批評が痛快だし、ちりばめられた文壇ゴシップも愉しい。また、賞に恵まれた作家たちへの嫉妬心を隠そうともしない赤裸々さも好ましい。

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保阪正康『仮説の昭和史』


仮説の昭和史 上  昭和史の大河を往く第十二集仮説の昭和史 上 昭和史の大河を往く第十二集
(2012/07/21)
保阪 正康

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 保阪正康著『仮説の昭和史』(毎日新聞社/上下巻・各1680円)読了。

 書評用読書。
 昭和史研究の第一人者が、昭和史前半のさまざまな事件について「もし、あのとき◯◯だったら」という仮説を持ち込み、あり得たかもしれないもう一つの歴史の可能性を探ったもの。

 といっても、いわゆる「架空戦記」やパラレル・ワールドもののSFのように、まったく荒唐無稽な空想を歴史に持ち込むわけではない。
 ほんの少し条件が違ったならあり得た、日本のもう一つの選択に目を向け、その選択がなされていたら、その後の歴史がどう変わったかをシミュレートしたものなのだ。

 「もし」という仮説を補助線とすることで、昭和史の決定的場面の数々にかつてない角度から光が当てられていく。
 昭和史の重大事件の数々についてのコンパクトな解説集として読むこともでき、勉強になる本。

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ロバート・グラスパー・エクスペリメント『プラック・レディオ』


ブラック・レディオブラック・レディオ
(2012/02/22)
ロバート・グラスパー・エクスペリメント

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 ロバート・グラスパー・エクスペリメントの『プラック・レディオ』(EMIミュージック・ジャパン)をヘビロ中。

 ロバート・グラスパーはジャズ・ピアニストで、彼がヒップホップ寄りの音楽をやるときのバンドが「エクスペリメント」ということらしい。
 私はこの人のことを知らなかったのだが、いい音楽を探すアンテナとしていつも読んでいるブログ「中年音楽狂日記」で絶賛されていたので、気になっていたアルバム。

 EMIのサイトに本作の特設ページがあるので、ご覧あれ。

 グラスパーはもともとジャズとヒップホップの間をつなぐ創作活動をしてきた人で、本作はそうした試みの集大成的アルバムであるようだ。

 内容は一言でいえば、ジャズとヒップホップとR&Bのクロスオーヴァーであり、いいとこ取り。それぞれのジャンルから上澄みだけをすくって作り上げたような、とても知的で上品な音楽。それでいて難解さはまったくなく、すこぶるポップで聴きやすい。
 グラスパー自身によれば、「従来のジャズ・ファンと、そうでない人たちの懸け橋になれればいいなと思って作ってアルバムなんだ」とのこと。

 グラスパーの美しく繊細なピアノを核に、エリカ・バドゥ、ミシェル・ンデゲオチェロ、モス・デフ、レイラ・ハサウェイなど、ジャンルを超えた一流アーティストたちがヴォーカルやラップで参加。
 シンガー/ラッパーは曲ごとに変わり、まことにカラフルだが、それでいて全体にはたしかな統一感がある。

 デヴィッド・ボウイの初期作品「ヘルミオーネへの手紙」や、ニルヴァーナの「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」のカヴァーが入っていたりして、ロックとの境界線も軽々と越えている感じ。
 その意味で、ハービー・ハンコックが『ザ・ニュー・スタンダード』『イマジン・プロジェクト』あたりでやってきた、ジャズとポップのクロスオーヴァーの試みにも近いだろうか。そういえば、『ザ・ニュー・スタンダード』にはニルヴァーナの「オール・アポロジーズ」のカヴァーが入っていたっけ。

 『プラック・レディオ』というタイトルのとおり、ラジオからさまざまな曲が絶え間なく流れてくるような、BGM的な心地よさに満ちたアルバム。

 ゴリゴリのジャズ・ファンから見れば「こんなのジャズじゃない」ってことになるかもしれないし、ヒップホップ・ファンから見ればお上品すぎるアルバムかもしれない。
 が、ジャンルはどうあれ、心地よさとカッコよさはバツグンのアルバムだ。レイラ・ハサウェイのヴォーカルをフィーチャーしたシャーデーの「チェリッシュ・ザ・デイ」のカヴァー(↓)など、原曲よりいいくらい。



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中山マコト『フリーで働く! と決めたら読む本』


フリーで働く!  と決めたら読む本フリーで働く! と決めたら読む本
(2012/05/26)
中山 マコト

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 中山マコト著『フリーで働く! と決めたら読む本』(日本経済新聞出版社/1575円)読了。

 著者はフリーライターではなくマーケッター/コピーライターだが、フリーランサー全般に向けて書かれた内容なので、ライターにとっても参考になる本だ。

 フリーランサーにはハンパな「なんちゃってフリーランス」と、やりたい仕事だけを効率的にこなし、日々の暮らしに自分が主導権を握る「プロフェッショナルフリーランス」の2種類がいる、と著者は言う。
 仕事に対する姿勢が甘い「なんちゃってフリーランス」は、せっかくフリーになったのに会社員時代よりも不自由で、〆切りやクライアントや資金繰りに振り回される日々を送っている、とも。
 そして、どうせフリーになるのなら、真に自由な「プロフェッショナルフリーランス」を目指せと訴える。

 本書は、著者自らの仕事に対する姿勢を開陳することを通じて、「プロフェッショナルフリーランス」となるための心構えとノウハウを説いたもの。

 私自身はどっちかといえば「なんちゃってフリーランス」だが(笑)、フリーとして四半世紀を生きのびて一馬力で(共働きではないということ)家族を養ってきたのだから、「フリーで働く」とはどういうことかを語る資格くらいはあるだろう。
 その私の目から見て、本書の内容の3分の2くらいは納得できる。そのうち3分の1くらいは、「ホントにそのとおりだ」と激しく同意。

 ただし、残りの3分の1くらいは著者の主張があまりに極端で、「んなこたぁない!」と反論したくなった。

 たとえば著者は、サラリーマン時代の3倍は年収がないとフリーになった意味がない、という。
 フリーは経費の大半が自分持ちだから、サラリーマン時代と同じ年収を稼いだとしても実質的に年収減になる、というのはそのとおり。でも、3倍って……。それは理想論でしかないと思う。会社員時代の3倍以上年収があるフリーが、どれだけいるというのか。

 また、著者はフリーランスは自らの得意分野を集約した「キャッチフレーズ」と「オリジナル肩書き」をもつべきだ、と主張する。
 著者自身の「キャッチフレーズ」は「訊き出す、効き出す、危機脱す! たった3日で売れ出す!! キキダス・マーケティング」で、「オリジナル肩書き」は「シンクロニスト」というものなのだとか。

 うーん……。
 マーケッターの世界はよくわからないけど、少なくともフリーライターにはこんなものまったく不要。むしろ有害だ。駆け出しライターが自己PR用キャッチフレーズとオリジナル肩書きを刷り込んだ名刺なんか差し出したら、私が編集者ならドン引きして「イタいヤツ」と思うのみである。

 ほかにも首をかしげた点はいろいろあるが、納得のいく記述も多いのでこのへんで……。
 ともあれ、本書の内容は著者個人のとらえ方にすぎないので、これからフリーランスになろうという人はすべてを真に受けないほうがよい。

 フリーランサー全般に向けた働き方入門としては、多くのフリーランサーの声を集めた『ひとり仕事術』(中本千晶著)のほうが、バランスのとれた内容でよいと思う。

■関連エントリ→ 中本千晶『ひとり仕事術』レビュー

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宮内悠介『盤上の夜』


盤上の夜 (創元日本SF叢書)盤上の夜 (創元日本SF叢書)
(2012/03/22)
宮内 悠介

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 宮内悠介著『盤上の夜』(創元日本SF叢書/1680円)読了。
 デビュー作にして直木賞候補にものぼった、話題の連作SF短篇集。

 本書は、囲碁、将棋、麻雀、チェッカーなど、盤上遊戯に材を取った短編6編を収録(→こちらのブログに各編のくわしい紹介がある)。1人のジャーナリストが各編の主人公を取材するという体裁で、相互につながっている。

 私は囲碁も麻雀もやったことがないし、将棋も子どものころやっただけのド素人だが、にもかかわらず6編とも面白く読めた。もちろん、囲碁や麻雀にくわしい人が読めばもっと面白いのだろうけど……。

 どの短編も、これまでに読んだことのないような小説だった。いい年をしたすれっからし読者の私にそう感じさせるのだから、すごいオリジナリティだ。

 各編ともSF然としたSFではなく、SF要素は隠し味的に用いられている感じ。
 そして、どの話もエンタテインメントでありながらすこぶるスペキュレイティブ(思弁的)で、“小説の形式を借りた思考実験”という趣がある。知的な企みに満ちた作品揃いなのだ。
 小さな盤上で闘われるゲームを描きながら、やがて人類史そのもの、文明そのものへと視点のレイヤーが上がっていく。そこがすごい。

 とくに気に入ったのは、「象を飛ばした王子」と「千年の虚空」。2編とも、優に長編になり得る物語だと思う。

 「象を飛ばした王子」は、SFというより歴史小説。なんと、釈迦の息子・ラーフラを主人公としている。
 この作品で取り上げられるのは、将棋やチェスの遠い原型と考えられている古代インドの盤上遊戯「チャトランガ」。起源のはっきりしないこのチャトランガを、じつはラーフラが発明した、という設定にしている。
 カピラヴァストゥ国(出家前の釈迦はこの国の王子だった)を滅亡から救わんとする王子ラーフラの苦悩を縦軸に、チャトランガ誕生をめぐる物語を横軸にした、きわめて独創的で知的な歴史小説に仕上がっている。
 宮内悠介は、歴史小説の世界に進んでもひとかどの作家になるだろう――そう思わせる傑作短編だ。

 どこまで成長するかわからないすごい新人の出発を刻みつけた、まばゆいばかりの短篇集である。

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渡邉正裕『10年後に食える仕事、食えない仕事』


10年後に食える仕事、食えない仕事10年後に食える仕事、食えない仕事
(2012/02/03)
渡邉 正裕

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 渡邉正裕著『10年後に食える仕事、食えない仕事』(東洋経済新報社/1575円)読了。

 うちの短大1年生のムスメが「どんな就職先を目指したらいいのかわからない」と言うので、親として一緒に考えようということで、参考資料として読んだ本。

 「はじめに」には、次のようにある。

 グローバル化がいくら進もうが、日本人の仕事として日本に残る仕事は、必ず残り続ける。逆に、グローバル化で減る仕事、賃金相場が限界まで下がり続ける仕事、丸ごとなくなる仕事がたくさん出てくるのも事実だ。だから、自分がどの領域で稼ぐのかを考え、仕事を選び、能力を高めていかねばならない。本書はその航路図となるものを目指して執筆した。



 10年前には世界の頂点に立っていた日本の半導体業界が惨憺たる状況になっていたり、家電大手が軒並み危機に陥っていたりと、栄枯盛衰目まぐるしい日本のビジネス界――。
 では、10年後にはどの仕事が凋落し、どの仕事が安泰なのか? 『企業ミシュラン』シリーズの執筆者で、独立系ニュースサイト「MyNewsJapan」のオーナー兼編集長でもある著者が、豊富な企業取材経験をふまえてその見取り図を提示する本だ。

 著者はあらゆる職業を、以下の4つの象限に大別する。

①重力の世界――グローバル化の波に直撃され、最低水準給与に収斂されていく仕事。名前は「重力に引っぱられるように給与が下がっていく」という意味
②無国籍ジャングル――「日本人であること」が意味をもたず、世界の有能な人材との戦いを強いられる弱肉強食の仕事
③ジャパンプレミアム――日本人にしかできない、低賃金の途上国にアウトソーシングできない仕事
④グローカル――日本人の強みを生かしつつ、グローバル化にも対応できる仕事。「グローカル」とは「グローバル」と「ローカル」の合成語

 そのうえで、どの仕事が10年後のどの領域にあたるのかが、具体的なエピソードやデータをふまえてわかりやすく解説されていく。

 「10年後に食えない仕事」にあたるのは①の「重力の世界」で、低付加価値なブルーカラー職種の多くがここに入る。この領域の仕事は、低賃金の途上国にどんどんアウトソーシングされるか、外国人労働者に置き換わっていく。
 日本人の7割以上がこの領域の仕事に就いているとのことで、その人たちは10年後には職を失うか、ぎりぎりの低賃金に甘んじることになるという。

 よくまとまっている本だし、仕事の将来性の大まかな見取り図としては役に立つ。
 ただ、本書で「10年後に食える・食えない」の判断軸になっているのは、グローバル化という軸でしかない。いくつか判断軸があるうちの一つであり、本書だけを参考に若者が仕事を選ぶのは危険だ。

 たとえば、私がやっているフリーライターという仕事は、本書の分類でいけば「ジャパンプレミアム」にあたるだろう。日本語で記事や本を書く仕事を、原稿料の安いミャンマー人のライターにアウトソーシングする、というわけにはいかないからだ。
 その意味でグローバル化の荒波とは無縁だが、かといって、「フリーライターは10年後も安泰」とはとても言えない。むしろ、業界そのものの消長という判断軸から見れば、「10年後に食えない仕事」の筆頭にあげられそうだ(笑)。

 また、著者は「不動産業界は、総じて、グローカル職の総合体といってよい」と書くのだが、それは“不動産業界の仕事は外国人に置き換えにくい”というだけのことで、「10年後も安泰」という話ではあるまい。
 むしろ、私のシロウト考えでは、不動産業界の10年後はかなりヤバイだろう。日本の空き家率がどんどん上昇しているのに、(目先の利益を優先してか)いまなおマンションが続々と建っているし、しかも少子高齢化で不動産需要は右肩下がりなのだから……。

 そのように、著者の言う「10年後に食える・食えない」の判断には、首をかしげる点も少なくない。
 とはいえ、「重力の世界」に属する仕事群に未来がないことは同感だし、日本人の仕事に対するグローバル化の影響を概観した本としては上出来だ。

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吉田豪『サブカル・スーパースター鬱伝』


サブカル・スーパースター鬱伝サブカル・スーパースター鬱伝
(2012/07/21)
吉田 豪

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 吉田豪著『サブカル・スーパースター鬱伝』(徳間書店/1680円)読了。

 プロインタビュアーの著者が、「サブカル男は40歳を超えると鬱になる」というテーマに沿って、11人の「サブカル者」に話を聞いたインタビュー集。『クイック・ジャパン』誌上で「不惑のサブカルロード」と題して連載されたものの単行本化だ。
 最後の香山リカへのインタビューだけが語り下ろし。精神科医にして筋金入りのサブカル者である彼女に、ほかの10人へのインタビューを総括してもらう内容である。

 インタビューイとして自らの鬱体験を語る10人は、リリー・フランキー、大槻ケンヂ、みうらじゅん、松尾スズキ、川勝正幸(故人)、杉作J太郎、菊地成孔、ECD、枡野浩一、唐沢俊一というラインナップ。
 
 テーマがテーマだけに、吉田のほかのインタビュー集――『人間コク宝』シリーズなど――のような突き抜けた面白さはない(いつもの「ダハハハハ!」もやや少なめ)。むしろ身につまされる部分が多い。私自身が40代の物書きで、広義の同業者も多く登場するから、なおさらだ。

 幸い私は鬱体験がなく、眠れなくて困ったこともない(いつなんどき、どこででも熟睡できるw)。しかし、今後ならないとは当然かぎらない。その意味で、鬱になった場合の抜け出し方のコツを知っておくためにも有益な本であった。

 すべてのインタビューに共通する印象は、「みんなサービス精神旺盛だなあ」というもの。つらい鬱体験を語るというのに、インタビューが面白くなるようにがんばってサービスしている感じなのである。こんなに「気ィ遣いィ」だから鬱になってしまうのではないか。

 まあ、サブカルにかぎらず、40代の男性自由業者が鬱になりやすいというのはよくわかる。
 ただでさえ「中年クライシス」に陥りやすい時期なのに、40代に入ると原稿依頼が急に減ったりするのもありがちだし、体力・気力も落ち、いろんな病気にもかかりやすくなってくるし……。
 くわえて、サブカル・ジャンルで生きている人には、やはり繊細で傷つきやすいタイプが多いのだろう。

 あとがき代わりの著者インタビューには、次のような一節がある。

――こうやってまとめて読むと、「サブカル」っていうジャンルの斜陽についても感じざるを得ないというか……。
吉田 もはや「サブカル」を名乗ることになんのメリットもないですからね。



 出版界全体が斜陽であるうえ、サブカル界隈はとくに斜陽度合いがハンパない(たとえば、本書で枡野浩一は「いまバイトもしようと思ってますね」とマジメに語っている)から、未来が見えず、鬱傾向にいっそう拍車がかかるわけだ。
 もっとも、リリー・フランキーのように超売れっ子になってから鬱になったケースもあるから、一概に斜陽が原因とも言いきれないのだが……。

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萱野稔人・神里達博『没落する文明』ほか


没落する文明 (集英社新書)没落する文明 (集英社新書)
(2012/02/17)
萱野 稔人、神里 達博 他

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 萱野稔人・神里達博著『没落する文明』(集英社新書/756円)、萱野稔人著『国家とはなにか』(以文社/2730円)読了。

 いずれも仕事の資料として読んだもの。
 『国家とはなにか』は、著者(哲学者・津田塾大学准教授)が『現代思想』に寄せた数編の論文をベースに書き下ろした国家論(2005年刊)。
 第1章「国家の概念規定」までは比較的わかりやすく、「お、哲学書にしては読みやすいぞ」と思ったのだが、第2章以降は難解で、私には内容の半分も理解できなかった。

 いっぽう、『没落する文明』は対談集なので平明で、しかも内容は非常に深い。
 対談相手の神里は科学史家で、東大大学院の准教授だ。

 200ページに満たない本で、新書としても薄い。しかし、内容は非常に濃く、「読み応えのある本に出合った」という深い満足感が味わえた。

 東日本大震災と福島第一原発の事故を文明の転換点ととらえ、現代文明は今後どこへ向かうのかを、人類史的視野から論じた内容である。
 昨年来、この手の本はたくさん出ているが、管見の範囲では本書がいちばんよかった。

 帯には次のような惹句が躍っている。

 災害・テクノロジー・エネルギーと政治・経済との相互関係を人類史的に俯瞰!
 文明の限界を見すえた文明論



 まさにこの惹句のとおりの内容。そして、3・11うんぬんを抜きにしても、文明論・日本文化論・科学技術論として優れている。第一級の対談集である。

 ただ、『没落する文明』というタイトルはよくない。これでは両著者が日本の将来を悲観しているように思えてしまうが、必ずしもそうではないからだ。
 “今後、日本も世界も経済的に縮小に向かわざるを得ない”とは論じているものの、両著者とも、それを単純に「没落」とはとらえていないと思う。

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山岸凉子『日出処の天子』


日出処の天子 第1巻 完全版 (MFコミックス)日出処の天子 第1巻 完全版 (MFコミックス)
(2011/11/22)
山岸 凉子

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 仕事上の必要があって、山岸凉子の『日出処の天子』(ひいづるところのてんし)を10数年ぶりに全巻再読。

 言わずと知れた、少女マンガの最高峰の一つ。いや、少女マンガなどという狭い枠を超え、日本のマンガが生んだマスターピースの一つであろう。

 最初から最後まで通読すると、何度読んでも決まって泣けてしまう長編マンガ(劇画)が、私には何作かある。
 その一つがこの『日出処の天子』であり、あと2作挙げるなら『子連れ狼』(小池一夫+小島剛夕)と『寄生獣』(岩明均)だ。ほかにもいくつかあるが、恥ずかしいのでナイショ。

 『子連れ狼』の場合、終盤、裏柳生一門との最後の戦いにおいて、死を覚悟した拝一刀が息子の大五郎に語りかける場面にさしかかると、もうダメ。『寄生獣』の場合、悪逆非道のパラサイト・田村玲子が自らの赤ん坊をかばって殺される場面が、最大の泣きツボだ。

 『日出処の天子』の場合、主人公・厩戸王子(聖徳太子)が想い人の蘇我毛人(えみし)にすべてをさらけ出し、決定的に拒絶されるクライマックスが泣ける。
 てゆーかこのマンガは、厩戸王子にかぎらず、主要キャラの多くが報われない想いを抱えたまま終わる物語なのだね。まるで“片恋のロンド”のように……。

 厩戸王子も毛人も、毛人の妹・刀自古も、その他もろもろのキャラも、家柄・美貌・才智などさまざまな面で恵まれ、多くの人に求愛されながらも、いちばん愛した「たった1人の人」の愛だけは得られない。あるいは、愛が成就せずに終わる。なんという不条理だろう。

 そんな「愛の不条理」をとことん描き尽くしたがゆえに、この作品は30年以上を経たいまも読み継がれ、愛されているのだ。

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岩井志麻子『熟女の品格』


熟女の品格 (ベスト新書)熟女の品格 (ベスト新書)
(2011/12/09)
岩井 志麻子

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 岩井志麻子著『熟女の品格』(ベスト新書/840円)読了。
 タイトルの「熟女」の上には「オバサン」とルビがふってある(笑)。「やっつけ仕事」感ビンビンの、軽いお笑いエッセイである。

 岩井志麻子は小説家としてすごい才能の持ち主だと思うし、最初の作品集『ぼっけえ、きょうてえ』(※)の衝撃はいまなお色褪せない。あの本には4つの中短編が収められていたが、4編とも大傑作であった(私は「あまぞわい」という短編がいちばん好き)。

※ただし、岩井はこれ以前に別名義でジュニア小説を書いていた

 その才能だけをひたすらストイックに磨いていたら大作家になれる人だろうが、本書のような軽エッセイを書き散らしたり、マスメディアでコメンテイターとしてエロ話を軽妙に披露したりして、しょっちゅう才能を無駄遣いしている(タレントとしてホリプロに所属しているそうだ)。

■参考→ 自宅が竹島状態? 作家・岩井志麻子に聞く「半島の隣人との付き合い方」(週プレNEWS)

 “中村うさぎが真の意味で「浪費の女王」なのは、一級の哲学者になれるだけの頭脳をライトノベルや軽エッセイに浪費しているからだ”と述べたのは呉智英だったが、同様に岩井志麻子も「才能浪費の女王」だと思う。
 岩井のコメンテイターとしての立ち位置は80年代の黒木香に近いが、思えば黒木香も、ありあまる知性と才能を壮絶に無駄遣いして消えた人であった。

 本書は、お得意のあけすけなエロ話をちりばめて、世のオバサンたちにいきいきと人生を謳歌するための心構えを説いたもの。書き殴ってはいるものの、爆笑エピソードや笑えるフレーズが随所で連打され、男が読んでもかなり面白い。

 本家『女性の品格』(板東眞理子)を仕事上の必要から読んだとき、あまりのつまらなさに唖然とした私だが、本書は少なくとも『女性の品格』の10倍は面白く、「熟女のための自己啓発書」としてもかなり役に立つ(ような気が)。
 
 たとえば、次のような一節――。
 18歳年下の韓国人夫「ジョンウォンくん」(本書では「J」と表記)について、一部で「(売れっ子作家の)金目当て」とされることに、“金目当て上等!”と言い返したくだりである。

 だいたい、心を目当てにして欲しい、なんて自惚れと勘違いもはなはだしいわ。少なくとも私の心なんか真っ黒けですから。私の稼ぐ金のほうがよほどクリーン。まずは心なんてほざく人は、どんだけ自分の心が美しいというのですか。
 むしろ人がすべての外枠をはぎとり、心だけになったら、恋愛そのものが成り立ちません。心を取り巻く肉体に頭脳に手練手管に魅惑の持ち物。それらを求める恋愛は、不純ではありません。身につけたものはすべて当人の手柄。求められればうれしいはず。



 いや、痛快痛快! 本書にはこうした胸のすくような本音語りがバシバシなのである。才能の無駄遣いではあるが、今後もこうしたエッセイを出しつづけてほしい。

 
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村田有美『KRISHNA(クリシュナ)』


KRISHNAKRISHNA
(2012/08/23)
村田有美

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 「マライア・プロジェクト」のディーヴァ、村田有美の1980年のアルバム『KRISHNA(クリシュナ)』が、オンデマンドCDという形ではあるが、32年の時を経てようやく初CD化された。

 私は、当然すぐに注文してゲット。
 このアルバムのオープニング・ナンバー「Let It Blow」が私は大好きで、以前このブログでも取り上げて次のように紹介したことがある。

 同じ曲がマライア(マライア・キャリーじゃないぞ)のファースト・アルバム『YENトリックス』にも入っていたが、この村田有美のヴァージョンのほうが数段上の出来である。
 チャカ・カーンとビョークを足して2で割ったような、すごいヴォーカル。パワフルかつコケティッシュ、そしてとんがっている。
 曲もいいし、演奏も最高。フュージョンとロックとブラコンの先鋭的側面のみを集めて作った、という趣。村田有美のソロアルバムが、これまで一度もCD化されていないのは不思議で仕方ない。

 村田有美はいまボイス・トレーナーをしているそうだが、これほどの逸材が表舞台から消えてしまったのは惜しいかぎり。



■関連エントリ→ マライア『YENトリックス』レビュー

 この『KRISHNA』についてはほかの方が書いた詳細なレビューがあるので、そちらもご覧あれ。
 
 いまの時点で聴き直してみると、まとまりのないとっちらかったアルバムである。「Morning Telephone」という曲などはまるで古い歌謡曲で、途中に入る芝居じみた長ゼリフなど、聴いてて気恥ずかしくなる。
 また、後半の「グレン・ミラー・メドレー」は、よくできてはいるものの、マンハッタン・トランスファーの二番煎じ感ふんぷんで、「これって、べつに村田有美がやらなくてもよくね?」と思ってしまう。

 とはいえ、マライアの音楽をそのまま村田のヴォーカルに置き換えたような3曲――「Let It Blow」「Midnight Communication」「The Krishna」の素晴らしさは、もう圧倒的だ。
 ハードでファンキーでソウルフル、そして独創的。村田有美以外の女性シンガーがこの3曲を歌ったとしても、絶対さまにならないはず。それくらいすごいヴォーカル。

 村田有美のアルバムとしては、同時に『卑弥呼』(1981)もオンデマンドCD化された。昨年にはファーストソロアルバム『Yumi Murata 1st』もCD化されている。
 『卑弥呼』は、個人的にはあまり好きなアルバムではない。『Yumi Murata 1st』は未聴だが、マライア・プロジェクトにかかわる前のアルバムだし、どうも普通のポップス・アルバムであるらしく、あまり食指が動かない。

 あとは、85年のアルバム『ユータラス・ユータラス』をぜひCD化してほしい。
 個人的には、マライア×村田有美の一連の作品の中でいちばん好きなアルバム。同作に入っている「ワンダーライフ」「不思議起きて」「ハングリー・スカイ」の3曲はそれはそれは素晴らしく、私はいまでもその3曲をつづけて入れたMDをたまに聴いては元気をもらっている。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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