深町秋生『アウトクラッシュ』


アウトクラッシュ 組織犯罪対策課 八神瑛子Ⅱ (幻冬舎文庫)アウトクラッシュ 組織犯罪対策課 八神瑛子Ⅱ (幻冬舎文庫)
(2012/03/30)
深町 秋生

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 深町秋生著『アウトクラッシュ――組織犯罪対策課 八神瑛子Ⅱ』(幻冬舎文庫/630円)読了。
  
 目的のためなら悪党と手を組むことも辞さない、型破りな女刑事が活躍するハード・アクション・ノベルの、シリーズ第2弾。昨年の第1弾『アウトバーン』も面白かったが、これも期待を裏切らない出来だ。

■関連エントリ→ 深町秋生『アウトバーン』レビュー

 前作の事件からわずか3ヶ月後という設定になっている。このへんは「いかにも」という感じ。
 というのも、このシリーズの特長はヒロインの「生き急いでいる」印象のキャラ設定にあるから。

 そこから考えて、『新宿鮫』のような長期シリーズになるとはとても思えない。たぶん、長くても5作くらい、時間軸としては2年くらいの間にすべての決着がつき(=瑛子の亡き夫の死の真相が突きとめられ、死に追いやった者たちへの復讐が完了する)、シリーズが完結するだろう。

 今回の敵は、メキシコの麻薬組織「ソノラ・カルテル」が送り込んだ最強の殺し屋「グラニソ(雹)」。
 瑛子とグラニソが対決するクライマックスに向けて、たたみかけるスピーディーな展開で物語が進んでいく。575枚の長編を一気に読ませるリーダビリティはさすがだ。

 「ソノラ・カルテル」がコロンビアのメデジン・カルテルを下敷きにしているように、登場人物や組織のモデルも見え見え。山口組をモデルにした「華岡組」、関東連合をモデルにした「東京同盟」、海老蔵暴行事件の犯人・伊藤リオンをモデルにした比嘉アントニオ……という具合だ。安直なキャラ設定は、まるで平松伸二のアクション劇画のようで、いかにもB級ではある。

 しかし、B級でいいのだ。「B級映画」という言葉がある種の映画への最高の讃辞であるように、ホメ言葉としてB級アクション小説と呼びたい。
 おそらくは作者も高級料理を提供するつもりはなく、安くてもうまくて腹いっぱいになるB級グルメのような小説を書こうと思っていることだろう。そして、その意図は十二分に達成されている。つかの間の娯楽としてハイクオリティーな小説。

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カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本を追い込む5つの罠』


日本を追い込む5つの罠 (角川oneテーマ)日本を追い込む5つの罠 (角川oneテーマ)
(2012/03/10)
カレル・ヴァン・ウォルフレン

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 カレル・ヴァン・ウォルフレン著、井上実(みのり)訳『日本を追い込む5つの罠』(角川oneテーマ21新書/987円)読了。

 『人間を幸福にしない日本というシステム』『日本/権力構造の謎』といったベストセラーで知られるジャーナリストの最新著作。

 十数年前に一度ウォルフレンを取材したことがある。『人間を幸福にしない日本というシステム』を持参して取材に臨んだら、本の扉にサインを入れてくれた(「サインして」と頼んだわけじゃないのだがw)。
 あのころの勢いに比べると最近は目立たなくなってしまった気がするが、久々に著作を読んでみたらけっこうよかった。

 章立ては次のようになっている。

第一章 TPPの背後に潜む「権力」の素顔
第二章 EUを殺した「財政緊縮」という伝染病
第三章 脱原子力に抵抗する「非公式権力」
第四章 「国家」なき対米隷属に苦しむ沖縄
第五章 権力への「無関心」という怠慢



 各章は独立したテーマではあるが、内容は相互に関連し合っている。
 ウォルフレンは「日本はまだ民主主義国家とは言えない」として日本の官治国家ぶりを批判しつづけてきた論者だが、本書では意外にも日本の潜在的ポテンシャルを高く評価している。といっても、“米国とEUの現状があまりにもひどいことになっているから、それに比べたら日本はまだましだ”という相対的評価の側面が大きいのだが……。

 米国もEUも、「経済の金融化によって、ごくひと握りのわずかな人々が莫大な富を獲得するにいたった」すえ、おかしくなってしまったと著者は言う。
 いっぽう、80年代の日本のバブル経済は、「日本企業の国際競争力を維持する」という目的のもとに仕掛けられたものだった分、まだましだと評価する。「銀行のマネージャーや株主のふところを肥やしたアメリカやヨーロッパのバブルとはわけが違う」と……。

 後半の、米国の覇権主義への批判は筆鋒鋭い。本書を読んだあとには、「いまの米国こそ『ならず者国家』だ」と思えてくるほどだ。

 国際秩序を維持する側から、世界に混乱をもたらす国へと、アメリカはその立場を大きく変えた。オバマ大統領の攻撃対象にはパキスタンとイエメンが加わり、アメリカは遠隔操縦による無人機で、世界中を人質にとり、脅すことすらできるようになった。



 そして、そのような変質の最大の要因は、軍産複合体の極端な肥大化にある、とする。

 国家支配を寄せつけなくなったこの軍産複合体は、逆に国家の外交政策ヴィジョンを一変させてしまった。
 政治支配が軍部におよばないということは、つまりもはや知的な目標がなくなったということだ。本来なら劣化したアメリカ国内インフラの再建に使うべき巨額の納税者の金を、勝算もないままふたつの戦争に投じたのも、知的目標が欠如していたからだ。



 政府が軍部と金融機関へのコントロールを失い、暴走するアメリカに、いまも日本は盲目的隷属をつづけている。それ自体が日本という国が陥っている「罠」だと、著者は警告する。

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『アベンジャーズ』


アベンジャーズ・アッセンブルアベンジャーズ・アッセンブル
(2012/08/15)
V.A.、サウンドガーデン 他

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 今日は、都内で打ち合わせが一件。そのついでに、池袋シネマサンシャインで『アベンジャーズ』を観た。

 ホントは『ダークナイト・ライジング』が観たかったのだけれど、時間が合わず、「同じようにアメコミの映画化だから、こっちでもいいか」と……。

■公式サイト→ 『アベンジャーズ』

 「日本よ、これが映画だ。」という広告コピーが、「何様だ!」と大反発を招いた映画である。
 まあ、そのコピーの是非はさておき、私の感想としては「えー? これが映画なの?」という感じ。映画作品というより、遊園地の大アトラクションの如きもの、という印象を受けた。

 ……などというとホメているようには聞こえないだろうが、ホメ言葉としてそう言いたい。
 これは私が思うところの「映画」とは似て非なるものだが、“電気見世物”“視聴覚アトラクション”として見るなら、ものすご~くよくできている。

 3Dヴァージョンで鑑賞したからなおさらそう感じたのだが、「人類がこれまで創り上げてきた種々雑多な見世物の中でも、最近のハリウッド製3Dアクション・ムービーは最高峰ではないか」とすら思った。



 なんかこう、しみじみ「お腹いっぱい」になりました。

 ド派手な破壊に次ぐ破壊で、カタルシスに満ちた作品だが、それでいてエログロ要素は注意深く避け、子どもでも楽しめる作品に仕上げているあたり、心憎い。
 わずかに、スカーレット・ヨハンソンのラバースーツ姿にほのかなエロティシズムが漂うくらい。あとはすこぶる健全、人畜無害なエンタテインメントである。

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掟ポルシェ『説教番長・どなりつけハンター』


説教番長・どなりつけハンター説教番長・どなりつけハンター
(2002/02)
掟 ポルシェ

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 掟(おきて)ポルシェ著『説教番長・どなりつけハンター』(文藝春秋)読了。

 10年前に出た本だが、いまごろ読んだ。掟ポルシェの本を完読したのは初めて。
 この本は刊行当時に少し立ち読みし、「面白い。そのうち買おう」と思っていたのだが、そのまま10年間忘れてしまっていた(笑)。
 先日読んだ大槻ケンヂの『サブカルで食う』の中に掟ポルシェの話が出てきたので、ふと思い出して古本で購入したしだい。

 いまの若者が「サブカルで食う」という言葉からまず思い浮かべるのは、この掟ポルシェあたりかもしれない。バンドやらイベントやら文筆業やら、いろんなことをやって「サブカル者」として活躍しているが、どれも遊びの延長のようで楽しそうだし、「アイドルとも仲よくなれたりして、いいよなあ」みたいな。

 これは掟ポルシェにとっては最初の単著で、いろんな雑誌に書いた雑多なコラムの寄せ集めである。

 掟ポルシェならではの角度で書かれたCD評やDVD評もそこそこ面白いのだが、なんといってもサイコーなのは第1章「情熱☆説教☽せれなーで」に集められた、読者に「男道」を説くおバカ・コラム群だ。
 掟が「ロマンポルシェ。」でやっている「男気啓蒙」の説教ヴォーカルを、そっくりそのままコラムに置き換えたような内容である。

 「橋を使う男は2流/川など泳いで当たり前」と歌った「男は橋を使わない」というロマンポルシェ。のスゴイ曲があったが、まさに「あの世界」が、さまざまな形に変奏されている。



 とくに、「男道喰い逃げ稼業」「借金のない男などニセモノだ」「本物の男はTシャツを着ない」といったコラムは、名文と呼んでさしつかえない出来である。くり返し読んでも笑えるし、ある種の感動すら覚える。
 たとえば、こんな一節――。

 己の男魂を世に問え。男の器のバロメーターは金額に表れる。借金のない男など偽物。定期預金をしているクセに男でございと見得を切れるというなら、お前の器はひとくちサイズだ。男は借金で大きくなる。(「借金のない男などニセモノだ」)



 お前が本物の男を自認するなら、そこに問われるべき「男の条件」が幾つかある。まず無職であること。アリのように生産増強富国強兵に努めているうちは、男としてはまだアマチュアの域を出ていない。職業を捨てろ! 肩書きは無用。男が本当に偉くなってしまえば、何を生業にしているのか不明であって当たり前だ。男はモーゼ。誰も皆生まれながらにして海を真っ二つにする力を持っている。にもかかわらず日々の由無事(よしなしごと)に骨身削られていくうちに、己の頭上に輝ける星がある事を忘れてしまう…後天性モーゼ不全症。(「男道喰い逃げ稼業」)



■参考→ 本書の紹介ページ。「男道食い逃げ稼業」が全文読める。

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大槻ケンヂ『サブカルで食う』


サブカルで食う 就職せず好きなことだけやって生きていく方法サブカルで食う 就職せず好きなことだけやって生きていく方法
(2012/04/28)
大槻 ケンヂ

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 大槻ケンヂ著『サブカルで食う――就職せずに好きなことだけやって生きていく方法』(白夜書房/1000円)読了。

 オーケンこと筋肉少女帯の大槻ケンヂが、自らの来し方を振り返りながら、若者たちに「サブカルで食う」ための心構えを説いた語り下ろしエッセイ。北村ヂンというライターが構成(=インタビューして話の内容を文章にまとめる)を担当している(※)。

※構成者がいることは本に明記されているのに、アマゾンのカスタマーレビューを見たら「いつもの大槻さんの本と文体が違う!」と文句をつけている人がいた。困ったもんである。

 「サブカルで食う」というのは、オーケンやリリー・フランキーみたいに、あるいは竹熊健太郎やライムスター宇多丸みたいに、「サブカル・ジャンルでいろいろクリエイティブな表現活動をして生計を立てる」ことを指すのであろう。
 しかしそれは、たんに「フリーライターになる」なんてことよりもはるかに狭き門であって、本書を読んだくらいでどうにかなるものだとはとても思えない。

 まあ、そんなことは当のオーケンだって百も承知だろう。本書はハウツー本というより、ハウツー本の形式を借りたオーケンの語り下ろし自伝である。そして、自伝として読むかぎりメチャメチャ面白い本だ。

 とくに、1980年代前半あたりからのサブカル・シーンを肌で知る身には、本書で矢継ぎ早に披露されるサブカル界隈裏話が、もう面白くて仕方ない。本書にはライターの北村によって大量の脚注がつけられているのだが、私にはほぼすべての脚注が不要だった。なくても理解できたのである。
 オーケンとほぼ同世代で、同時代を「サブカル好き」として生きてきてライターをしている私には、本書のオーケンの言葉の一つひとつが共感できる。あまりに共感しすぎて胸苦しさを覚えるほどだ。

 唸った一節、共感した一節、笑った一節を引用する。

 あの頃、何かを表現したいと思っている少年少女が出会う場所というのはライブハウスしかなかった。だからみんな仲間とつながるため、友達を作るためにとりあえずライブハウスに通っていたんです。今、SNSでやっていることを、僕らはリアルでやる必要があった。それはとてもいい経験値の上げ方だったと思います。パソコンがなくて僕らは得をした。



 多少モテてたとしたら、すぐにバンドなんてやめていたと思いますよ。モテないっていうのもチャンスになりますね。モテないって劣等感はダイナマイト500本分のパワーがあります。その後に必ず創作の源になりますから。大切にすべきです。男子も女子も。



 80年代後半のあの頃、ロックバンドでメシを食っていくなんてことは、「俺、ブータンに行って国王を継ごうと思うんだよ」って言い出すくらいの世迷い言でした。



 僕はインディーズブーム、バンドブームというものに乗って一時期、一挙に人気が出たのですが、「人気が出る」ということは「ある日突然、いわれのない愛と憎しみを一身に受けるようになること」です。
(中略)
 路上でいきなり女の子がパッとスカートをめくって「このパンツにサインをしてください!」なんてことを真顔で言われたこともよくありました。
 そういうわけのわからない愛情(?)と同時に、人気が出た人には憎しみというのも沢山向けられるんですね。これがキツイです。
 嫉妬心なのか何なのか分かりませんが、街を歩いているだけで若いバンドマン風の兄ちゃんから「くだらない歌で売れやがって!」と暴言を吐かれたり。



 「サブカルで食う」ためのハウツー書にはならないとしても、サブカルにかぎらず何か表現行為をしたいと思っている若者の背中を押し、勇気を与えてくれる本だ。
 
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根本敬『果因果因果因』


果因果因果因果因果因果因
(2011/09/10)
根本 敬

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 根本敬著『果因果因果因』(平凡社/1785円)読了。

 特殊漫画家・根本敬による初の小説集である。
 といっても、根本は2009年の著作『真理先生』の一章を小説仕立てにしており、小説デビューはそこで果たしていた。丸ごと一冊の小説集が初なのだ。もとは平凡社のサイトでウェブ連載したものだという。

 『真理先生』の「小説」(というタイトル)を読んだ際、当ブログのレビューで私は次のように書いた。

 根本のマンガをそのまま小説に置き換えたような、彼以外には書き得ない作品。もしかしたら、根本敬は町田康のように小説家に大化けするかもしれない。



 本書に収められた4つの中短編もしかり。100%の特濃根本敬ワールド。かなり読者を選ぶ作品だが、根本の著作を愛読してきた人なら愉しめるはずだ。

 書名は「ガインガインガイン」と読む。
 かつての名著『因果鉄道の旅』を彷彿とさせるこのタイトルが示すとおり、登場する人物はどいつもこいつも強烈な個性をもつ「因果者」ばかりである。普通の人は一人も登場しないといってもよい。

 「因果者」たちがたどる数奇な運命を描いた4編は、どれも不気味で下品で奇妙な物語なのだが、しかし根源的なフリーダムの感覚にも満ちている。「人間はどう生きてもいいんだ!」という「生の肯定」が全編の通奏低音となっていて、ゆえに読後感は爽快である。

 4編それぞれ面白いが、私がいちばん気に入ったのは「お寿司9696(クルクル)会館」。
 場末の回転寿司屋で出会った男女が夫婦となり、紆余曲折を経て画期的な回転寿司店を開くまでの物語なのだが、これほど先の展開が読めない小説も珍しい。どう転がっていくか予測不可能な面白さがある。

■ウェブ上でもまだ読める→ 「お寿司9696(クルクル)会館」

 くわえて、4編とも随所に根本らしい歪んだ笑いが仕組まれていて、かなり笑える。既成の小説にはまったく似ていないが、しいて近いものを挙げるなら、やはり町田康の諸作になるだろうか。

 文芸誌各誌は、根本敬に小説を依頼すべきだと思う(すでに依頼していたら失礼)。そして、根本が芥川賞でもとったら面白いのだが……。

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小坂忠『Early Days』


Early DaysEarly Days
(2001/11/21)
小坂忠

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 小坂忠(こさか・ちゅう)の『Early Days』(エピックレコードジャパン/2500円)を購入。

 いまは牧師兼ゴスペル・シンガーとして活動している小坂忠は、日本の本格的ロックバンドの草分けの一つ「エイプリルフール」のヴォーカルだった人。あの「はっぴいえんど」のヴォーカルを務めてたいたかもしれない人でもある。

 私は小坂の『ほうろう』(1975)はジャパニーズR&Bの嚆矢ともいうべき名盤だと思うが、それ以前のアルバムは聴いたことがなかった。
 最近、初期の曲「からす」をたまたまYouTubeで聴き、あまりのカッコよさにしびれてしまった。



 カントリー・ロック風のシンプルですき間の多いサウンドなのに、タイトでグルーヴィー。レイドバックした演奏にもかかわらず、不思議な緊張感がみなぎっている。終盤の鈴木茂のギターも絶品。小坂忠のビロードのような美声が最大限に活かされている。

 この『Early Days』は『ほうろう』以前の1970年代前半に出した3枚の初期ソロアルバムからセレクトしたベスト盤で、「からす」も入っているので買ってみたしだい。

 通して聴いてみると、残念ながら、「からす」だけが突出して素晴らしく、ほかの曲はそれほどでもなかった。捨て曲なしだった『ほうろう』には遠く及ばない感じ。が、そこそこの佳曲も多いので、まあ満足。


↑ついでに、名盤『ほうろう』から1曲。はっぴいえんどの曲としても知られる「ふうらい坊」。はっぴいえんどヴァージョンよりこちらのほうが断然好きだ。

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龍應台『台湾海峡一九四九』


台湾海峡一九四九台湾海峡一九四九
(2012/06/22)
龍 應台

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 龍應台(りゅう・おうたい)著、天野健太郎訳『台湾海峡一九四九』(白水社/2940円)読了。

 書評用読書。
 出版業界全体ではどうか知らぬが、狭い「書評業界」において、本書はこの夏最高の話題作といえる。ネットに上がっている範囲だけでも、すでに下の4つの書評で取り上げられている。

『朝日新聞』
『日本経済新聞』
『週刊文春』
「HONZ」(書評サイト)

 台湾の著名な女流作家である著者が、現在の台湾社会の構成要素がすべて出揃った年である1949年を中心に、その前後も含めた戦争と内戦の激動の時代を描いた歴史ノンフィクションである。

 1949年に中国大陸から台湾へ逃がれてきた「外省人」である自らの両親の歩みを皮切りに、さまざまな立場の台湾人たちが当時を振り返る証言を、著者は丹念に拾い集めていく。それらの証言がジグソーパズルのワンピースとなり、やがて当時の台湾社会の全体像が鮮やかに浮かび上がる。

 極限の人間ドラマがこれでもかとばかりギュウギュウに詰め込まれていて、過度の満腹感にも似た読後感を味わった。「もうこれ以上一口も入りません」みたいな……。著者の両親の物語だけでも優に1冊の本になり得るほどドラマティックなのに、本書では両親の話はほんの前菜程度の扱いなのである。

 別途書評を書くのでくわしく紹介できないが、台湾の現代史を知るために、今後避けては通れない必読文献の一つとなるだろう。 
 
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福岡伸一『遺伝子はダメなあなたを愛してる』


遺伝子はダメなあなたを愛してる遺伝子はダメなあなたを愛してる
(2012/03/30)
福岡伸一

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 福岡伸一著『遺伝子はダメなあなたを愛してる』(朝日新聞出版/1470円)読了。

 良質な科学エッセイの著作を続々と刊行している人気生物学者の、最新刊。『AERA』の連載コラム「ドリトル先生の憂鬱」の単行本化である。生物にまつわる疑問を中心とした読者(?)の素朴な疑問に、著者が2ページないし4ページで回答していく内容だ。

 生物学者ならではの豊富な科学的知見、最新の科学トピックを随所にちりばめつつ、堅苦しい内容になっていない。話し言葉の平明な文章はあたたかい印象だし、上品なユーモアと深みのある考察が絶妙なアクセントになっていて、科学エッセイとして一級の仕上がり。

 前エントリで紹介した適菜収の本は著者の意地の悪さがにじみ出た内容であったが、本書は逆に、著者の人柄のよさがにじみ出た本。

 思わず人に話したくなるような科学知識も満載である。
 たとえば、“LEDライトの明かりがなんだか寂しい感じがするのは気のせいでしょうか?”という問いに対して、著者は次のように明快に答える。

 近年とみに都会に普及した青色発光ダイオード(LED)の細かい輝きのイルミネーションを見ると、華やかなはずなのに、私も一抹の寂寥を感じます。なんだか冥界を垣間見たような気持ちがします。おそらくそれも、LEDが冷たい光だからかもしれません。

 さて冷たい光とはなんでしょうか。それは発光のためのエネルギーが、熱になることなく、光に変換される率が高いということです。普通の燃焼、たとえばろうそくの火では、光への変換効率はたった4%程度。残りのエネルギーのほとんどが熱となって散逸してしまいます。(中略)LEDの効率は約30%。だから節電になるのです。そして、ホタルの発光効率はなんと90%。ほとんど熱への損失がありません。究極の冷たい光です。ここまで完璧に近いエネルギー変換効率は人間には到達できていません。



 もう一つ例を挙げる。

 私たちは炭水化物そのもの(小麦粉やイモ)あるいはタンパク質そのもの(卵の白身)には、味を感じません。それが崩れかかったとき、つまり分解し始めるとき、そこから放出される糖やアミノ酸に対して甘みやうまみを感じるのです。
 これはおそらく獲物が傷つき、倒れて、動けなくなったとき、その場所へアプローチするため、甘み・うまみ成分の濃度勾配をたどれるよう、進化の途上、生み出された能力であることを示しています。



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適菜収『ニーチェの警鐘』


ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒 (講談社プラスアルファ新書)ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒 (講談社プラスアルファ新書)
(2012/04/20)
適菜 収

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 適菜収(てきな・おさむ)著『ニーチェの警鐘――日本を蝕む「B層」の害毒』 (講談社プラスアルファ新書/880円)読了。

 若手哲学者が、自らの専門であるニーチェの哲学を援用し、現在の日本社会に警鐘を鳴らす評論風エッセイ。評論というほどきっちりした内容ではない。

 副題にいう「B層」とは、小泉純一郎首相時代の「郵政民営化選挙」において、広告会社が小泉側の宣伝企画を立案する際に想定した概念。「具体的なことはよくわからないが小泉純一郎のキャラクターを支持する層」を指すが、いまでは小泉うんぬんを離れ、「自分のアタマで物事を考えない愚民層」くらいのニュアンスで使われている。

 著者はこの「B層」にあたる人々のことを、本書の中でさまざまな角度から思いっきりバカにする。つまりは愚民思想の本であり、民主主義否定の書でもある。
 その意味では、民主主義を否定して封建主義者を名乗る呉智英の亜流ともいうべき人だ。

 私は呉智英の著作は愛読してきたが、本書はまったく面白くなかった。呉智英の文章にある芸も愛嬌もなく、読んでいて不快になる「上から目線」の悪口ばかりが並んでいる印象なのだ。
 たとえば、何店かの有名鮨屋を「B層に迎合したB層鮨屋」と呼んでクサすくだりなど、イヤミでエラソーなだけでユーモアも鋭さもなく、読んでいてうんざりした。

 ニーチェの思想の、私が知らなかった一面を垣間見られたことだけが収穫。この著者の本はもう読まない。

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町山智浩・柳下毅一郎『ベスト・オブ・映画欠席裁判』


ベスト・オブ・映画欠席裁判 (文春文庫)ベスト・オブ・映画欠席裁判 (文春文庫)
(2012/03/09)
町山 智浩、柳下 毅一郎 他

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 先週後半は体調を崩してしまい、丸3日寝て過ごす。なんだか「知恵熱」が出たような感じ。
 全然休みが取れない日々がつづいていたため、たまった疲れが一気に噴出したのだろう。

 その間食欲もなく、絶食に近い状態で1日10時間くらいずつ寝て休んでいたら、すっかり回復。我ながら野生動物のようだ。

 そのせいで、先週上げなければならない原稿が4本ほど滞ってしまったので、昨日から1本ずつ仕上げているしだい。


 寝床でボーッとしていた間、何冊か本を読んだので、1冊ずつ感想をアップしていく。
 まずは、町山智浩・柳下毅一郎著『ベスト・オブ・映画欠席裁判』(文春文庫/940円)の感想を。

 「ファビュラス・バーカー・ボーイズ」を名乗ってコンビで活動していた映画評論家2人(本書では「ウェイン町山」と「ガース柳下」)による、掛け合い漫才形式のトーキング映画評。既刊の単行本版『映画欠席裁判』3冊からセレクトして1冊にしたベスト本である。

 テンポのよい快調なやりとりがつづくので、550ページを超える厚い本をあっという間に読み終えてしまった。ものすごいリーダビリティ。

 一見バカ話のようでいて(いや、じっさいバカ話も多いのだが)、随所に映画好きを唸らせる深い一節がちりばめられている。たとえば、『千と千尋の神隠し』を取り上げた回など、宮崎駿論としても傾聴に値する内容だ。

 また、映画豆知識も山ほど盛り込まれていて、意外に「ためになる」本でもある(町山の『ブレードランナーの未来世紀』などに書かれていた話も多いけど)。

 駄作や失敗作、映画業界の現状への苦言も多いが、映画評論家としてまっとうな仕事をしているという著者たちの自負が根底にあるため、不快な悪口にはなっていない。たとえば、次のような町山の発言はしごくもっともだと思った。

 評論家の仕事は、まず作者が意図したことは何かを作者本人の言葉や資料を通して確認すること。その次に、作者の意図を超えた論を展開することなんだけど、その一番目の仕事をやらないで自分の感想だけ書いてる評論家がいかに多いか。



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トライバル・テック『Ⅹ』


XX
(2012/03/28)
トライバル・テック

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 トライバル・テックの復活作『Ⅹ(テン)』(キングレコード)を聴いた。

 トライバル・テックは、バカテク・ギタリストのスコット・ヘンダーソンを中心とした米国のジャズ・ロック/ハードコア・フュージョン・バンド。
 バンドのコ・リーダーでもあるベーシスト、ゲイリー・ウィリスが2005年にスペインへ移住してしまったことから、解散状態となっていた。それが今回復活したのは、2010年にゲイリーがテキサス州の実家に里帰りしたことがきっかけだったという。なにやら田舎のアマチュア・バンドみたいな経緯で、微笑ましいですな。

 前作『ロケット・サイエンス』から12年ぶり、通算10作目となる本作は、いつものことながら硬派な仕上がり。
 曲によってジェフ・ベック風だったり、ウェザー・リポート風だったりと、ジャズとロックの境界線上を揺れ動くサウンド。甘さは一切排除された、男臭さバリバリの激辛ハードコア・ジャズ・ロックである。

 従来の彼らの音の核が乾いた疾走感にあったとすれば、本作はもう少し「男の哀愁」寄りの音になっている。ハードボイルドな陰影のようなものが随所にちりばめられているのだ。ゲイリー・ウィリスのベースの比重もかなり高くて、そのベースの音色がまた硬派な哀愁に満ちていて、「くーっ! たまらん」である。
 過去のトライバル・テックのアルバムより、ジェフ・ベックの『ゼア・アンド・バック』あたりをイメージしたほうが、本作の音に近いかもしれない。

 トライバル・テックはデビュー当時には細部まできっちり構成された緻密なサウンドを売りにしていたが、途中からインプロヴィゼーション重視のサウンドに変わっていった。
 しかし本作では、きっちり構成された部分とインプロヴィゼーションの部分がバランスよく混在している印象。そのため、適度に聴きやすく、それでいて聴き飽きない。

 トライバル・テックおよびスコヘンのファンなら、聴いて損はないアルバムだと思う。

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宇野常寛『リトル・ピープルの時代』


リトル・ピープルの時代リトル・ピープルの時代
(2011/07/28)
宇野 常寛

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 宇野常寛著『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎/2310円)読了。

 仕事の資料として読んだもの。昨夏の刊行以来、すでに各所でさんざん話題になり、賛否両論を呼んでいる作品だ。ほぼ全編書き下ろしの、500ページを超える長編評論。

 仮面ライダー1号のフィギュアを用いたカバーデザインが素晴らしい。
 ライダーが思いにふけって遠くを見つめているような印象で、ウィッシュボーン・アッシュの名盤『百眼の巨人アーガス』のジャケを彷彿とさせる。ファースト・ライダーの放映をリアルタイムで観ていた世代としては、このカバーだけでぐっと心をつかまれる感じ。

 タイトルの「リトル・ピープル」とは、村上春樹の『1Q84』に出てくる超自然的な存在のこと。
 ここでは、ビッグ・ブラザー(ジョージ・オーウェルの『1984』に出てくる独裁者)的存在が見えなくなった現在における、新しい「壁」の形を指している。「壁」とは、村上春樹がエルサレム賞の受賞式で行った「壁と卵」のスピーチをふまえたもの。私たちを取り囲む見えない束縛/システムの謂である。

 「卵」たる私たちを取り囲む「壁」のありようは、ビッグ・プラザーからリトル・ピープルへと変化した。その変容を読み解き、「現代における『大きなもの』への、『壁』への想像力を手に入れること」、「ビッグ・プラザーではなくリトル・ピープルとしての『壁』のイメージを獲得すること」が、「本書の目的」なのだと著者は記す。

 狭い趣味の世界を掘り下げてばかりいる印象がある若手評論家の中にあって、世界を鷲づかみにするような大テーマに挑む著者の意気やよし。

 全3章の本論に、3編の「補論」を加えた構成。そのうち第1章「ビッグ・プラザーからリトル・ピープルへ」は、『1Q84』論を核に据えた本格的な村上春樹論になっている。

 この第1章だけなら普通の文芸評論という印象だが、つづく第2章「ヒーローと公共性」で、論の展開はアクロバティックな飛躍をみせる。
 「ビッグ・プラザーからリトル・ピープルへ」という時代相の変容を、なんと、日本を代表する2つのヒーロー番組、『ウルトラマン』シリーズと『仮面ライダー』シリーズの変遷を通じて分析していく内容なのである。「ビッグ・プラザーとはウルトラマンであり、リトル・ピープルとは仮面ライダーである」と、著者は言うのだ。

 村上春樹と仮面ライダーやウルトラマンを同列に論じる――こうした意表をつく展開にこそ、若手評論家としての著者の真骨頂があるのだと思う。思うけれども、ちとついていけない。第1章は大いに感心して読んでいた私だが、第2章に入った途端、マジメに読む気が失せてしまった。

 いや、第2章も評論としてはよくできているし、「『仮面ライダー』シリーズって、平成に入ってからスゴイことになっていたんだなあ」などと、目からウロコの記述がたくさんあった。しかし、「たかが子供向けヒーロー番組に、そんな大仰に論ずるほどの内実があるか?」とも思ってしまうのだ(そう思ってしまうところが私の古さなのだろうけど)。

 むしろ私は、第2章の「補論」として掲載された3つの小論のうちの2つ――AKB48論と、映画『ダークナイト』論――のほうを面白く読んだ。

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小川雅代『ポイズン・ママ』


ポイズン・ママ―母・小川真由美との40年戦争ポイズン・ママ―母・小川真由美との40年戦争
(2012/03)
小川 雅代

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 小川雅代著『ポイズン・ママ――母・小川真由美との40年戦争』(文藝春秋/1365円)読了。

 著者は小川真由美と細川俊之という俳優夫婦の間に生まれた一人娘で、幼いころに両親が離婚し、真由美に育てられた。タイトルからわかるとおり、真由美はいわゆる「毒親」――子どもにとって毒になる親――の典型であったらしい。
 本書は、そんな母親と絶縁し、数年前から一度も会っていないという著者が、そこまでの母子の葛藤の軌跡を綴ったもの。

 読んでみると、殴る蹴るのような直接的暴力や性的虐待こそないものの、それ以外の虐待(ネグレクトや暴言など)は揃っている感じ。
 小川真由美は奔放でワガママで、奇行もくり返す(緑と紫をアンラッキーカラーとして極端に嫌い、家の中から徹底的に排除するなど)。著者はそんな母に振り回され、精神的に支配されて、苦しみながら成長する。
 
 母のアヤシイ占い師への傾倒などを経て、著者がようやく母親の呪縛から解かれたのは、中年にさしかかってからだった。

■参考→ 本書の読みどころを紹介した「ZAKZAK」の記事

 本書について、「カネのために母親の恥を売り物にするこの娘も、どうかしている」などという批判も目にした。まあ、暴露本のたぐいであるのはたしかだし、本書を読むと著者自身にも相当エキセントリックな面があることは否めない。
 しかし、たんなる金儲けのために出した本だとは、私には思えなかった。むしろ、著者が母からの呪縛を完全に断ち切るためには、本書を書かずにはいられなかったのだろう。執筆のプロセスで“毒を吐ききる”ことは、著者にとって蘇生のためのイ二シエーションのようなものだったに違いない。

 印象的なエピソードを、メモ的に短く積み重ねるスタイルで書かれている。そのため、文学的な深みや重厚さはないものの、読み始めたら止まらない吸引力をもった本だ。

 本書にもチラッと言及されているが、大女優ジョーン・クロフォードの養女が書いた暴露本『親愛なるマミー(Mommie Dearest)』の日本版ともいうべき内容である。
 もっとも、私は『親愛なるマミー』を読んだことがなく、同書を原作とした映画『愛と憎しみの伝説』の内容を町山智浩の『トラウマ映画館』で知っただけだが……。

■関連エントリ→ 信田さよ子『母が重くてたまらない』レビュー

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久米小百合『はじめの日』


はじめの日はじめの日
(2000/11/22)
久米小百合、Sayuri Kume 他

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 久米小百合の『はじめの日』を聴いた。
 久米小百合といってもピンとこない人が多いだろうが、「異邦人」で知られる久保田早紀の現在の名前である。

 彼女は1984年、ミュージシャンの久米大作との結婚を機に、久保田早紀としての活動を休止。以後は本名でキリスト教音楽家/音楽伝道者として活動をつづけている。

 本作は1996年、久保田早紀としての引退から10年以上を経て発表された復活作。帯には「ポップ・ゴスペルアルバム」という惹句が躍っている。
 オープニング曲はいきなり賛美歌だし、「イエス」「マリア」「天使」などという言葉が歌詞に頻出するし、このアルバムも彼女にとっては音楽伝導活動の一環なのだろう。

 だが、「私はクリスチャンじゃないから、関係ない作品だ」と敬遠するにはあたらない。クリスチャンでなくても、かつての久保田早紀の音楽が好きだった人なら十分楽しめるアルバムなのだ。

 もろ教会音楽という曲はほとんどないし、ゴスペル色も意外に薄い。
 全13曲中9曲は久米小百合の作詞作曲によるものだが、それらの曲の多くは、かつての久保田早紀のアルバムに入っていても違和感のない、すこぶるポップな曲なのだ(歌詞はともあれ、サウンド的には)。
 
 そもそも、全曲のアレンジを担当している夫の久米大作は、プリズムやザ・スクェアのメンバーだった時期もあるフュージョン畑の人であり、彼のアレンジは非常にポップで洗練されているのだ。

 久保田早紀時代の音楽をさらにホーリーにしたような、素晴らしいポップ・アルバム。変わらぬ美声に心洗われるようだ。

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山内昌之『歴史を見る眼を養う世界史』


朝日おとなの学びなおし 歴史学 歴史を見る眼を養う世界史 (朝日おとなの学びなおし―歴史学)朝日おとなの学びなおし 歴史学 歴史を見る眼を養う世界史 (朝日おとなの学びなおし―歴史学)
(2012/04/20)
山内昌之

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 今日は、都内某所で打ち合わせが1件。
 行き帰りの電車で、山内昌之著『歴史を見る眼を養う世界史』(朝日新聞出版/1365円)を読了。

 「朝日おとなの学びなおし」というシリーズの1冊。世界史や日本史を大人が学び直すための本というのは山ほど出ているが、その中でも本書はかなり上出来だと思う。面白くてためになり、しかも内容が深い。

 「はじめに」には次のような一節がある。

 本書は、世界史のあまりに煩瑣な事実をひとまず思い切って忘れ、「歴史を見る眼」ともいうべき一点に集中して世界史を理解するための試みなのです。



 私たちは「歴史を見る眼」を誰から学ぶべきか? そのための最良の教師となるのは、各時代を代表する歴史家たちと、時代の先を見通していた偉大なリーダーたちである。
 そのような考えのもと、著者はトゥキディデスや司馬遷、ホイジンガなどの歴史家たちと、チャーチルやT・E・ロレンス(「アラビアのロレンス」)といった歴史に残る名リーダーたちに光を当てる。そして、彼らがどのように歴史を見ていたかを紹介することを通じて、読者に「歴史を見る眼」のなんたるかを説いていくのだ。

 章立ては次のようになっている。

第1章 トゥキディデスが見た古代ギリシア世界
第2章 『春秋左氏伝』から司馬遷へ、戦う古代中国の歴史家
第3章 “背徳の都”コルドバとエル・シド伝説
第4章 中世の美を描く歴史、ホイジンガと原勝郎
第5章 19世紀とランケの歴史学―君主制と人民主権の間で
第6章 ゲリラ戦術の先駆者、源義経とアラビアのロレンス
第7章 危機のリーダー、ウィンストン・チャーチル



 どの章もそれぞれ面白いのだが、とくに第1章と第6章は甲乙つけがたい優れた内容だと思った。

 第1章は、トゥキディデスのどんな点が歴史家として画期的だったのかを解説するとともに、彼が『歴史(戦史)』で「ペロポネソス戦争」をどのように描いたかを通して、古代ギリシアと現代の戦争に通底するものを浮き彫りにしていく。

 第6章では、T・E・ロレンスを「20世紀最大の隠れた軍事理論家」として評価し、彼が編み出したゲリラ戦術がのちの世界史にどれほど大きな影響を与えたかを検証していく。とともに、源義経をゲリラ戦術の先駆者として再評価してみせる。

 本書の魅力はそのように、時代区分や国・地域を超え、一つのテーマで世界史を串刺しにし、そこから歴史のエッセンスともいうべきものを抽出する手際の鮮やかさにある。

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スザンナ・ホフス『Someday』


SomedaySomeday
(2012/07/17)
Susanna Hoffs

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 ロック界最高の美熟女、スザンナ・ホフス(バングルス)の新作ソロ・アルバム『Someday』を、輸入盤で購入。

 バングルスの『Sweetheart of the Sun』が出たのが昨年9月だから、スザンナは1年のうちに2枚のアルバムを作ったことになる。本作がソロとしては3作目で、ソロ前作が出たのが1996年だったことを思えば、このところの活動はすごく精力的で、ファンとしてうれしいかぎり。

 御年53歳の彼女だが、このジャケットの美しい顔写真を見ると、とてもそんな年には見えない。

 本作の1曲「Picture Me」のオフィシャル・ビデオ(↓)を観ても、顔といいスタイルといい歌声といい、すごく若々しくてチャーミングなのである。



 この新作は、アルバムとしても上出来。
 最初に聴いたときには「地味だな~」と感じたものの、何度か聴きこむうちに全部の曲がすごく気に入った。
 スザンヌ・ヴェガとのコラポレーションで著名なミッチェル・フルームがプロデュースしていて、シンプルながら深みと広がりのあるサウンドに仕上がっている。アコースティック・ギターが核となってはいるのだが、随所で彩りを添えるストリングスやホーン類の使い方が絶妙で、サイケ期ビートルズを思わせる部分もある。

 スザンナのキュートなヴォーカルを思いっきり堪能できるし、全体にミントのような清涼感があふれていて、夏にふさわしいアルバムだ。

 一つだけ難をいえば、いまどき31分弱というトータル・プレイング・タイムは短かすぎ。あと5曲くらい入れてほしかった。

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中野信子『世界で活躍する脳科学者が教える! 世界で通用する人がいつもやっていること』


世界で活躍する脳科学者が教える! 世界で通用する人がいつもやっていること世界で活躍する脳科学者が教える! 世界で通用する人がいつもやっていること
(2012/07/23)
中野信子

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 昨日は都内某所で、脳科学者(医学博士)の中野信子さんを取材。

 中野さんの新著『世界で活躍する脳科学者が教える! 世界で通用する人がいつもやっていること』(アスコム/1365円)をめぐる著者インタビューである。

 ちょうど1年前――昨年8月に中野さんを初めて取材した際、私はこのブログに次のように書いた。

 

 女性の脳科学者自体少ない気もするし、東大出(大学院医学系研究科脳神経医学専攻修了)でしかも美人とあって、今後テレビとかに出るようになったら一気に人気者になりそうな方である。



 果たして、この1年で知名度はじわじわと上がり、いよいよメジャープレイク間近という雰囲気だ。

 彼女の2冊目の単著となる本書は、タイトルからわかるとおり、一種の自己啓発書。

 自己啓発書というと、世のインテリの方々は十把ひとからげに馬鹿にするわけだが、私は仕事上の必要もあって自己啓発書のたぐいもよく読む。
 で、読んでみるとたしかに十中八九はクダラナイ本なわけだが(笑)、残り一割ほどの中にはほんとうに読者に生きるヒントを与える良質な啓発書もある。
 本書はその「残り一割」に入る、上出来の自己啓発書だ。

 内容は、中野さんがこれまでに出会った、「できる人」たちの生き方や仕事に対する姿勢を紹介することを通じて、読者に「グローバルで活躍する人になる方法」を説いていくもの。

 といっても、「もっと努力しろ、もっと人脈を広げろ!」と読者を煽り立てるたぐいの本ではない。さりとて、その種の自己啓発書のアンチとして登場してきた「そのままでいいんだよ」という諦観を説く本でもない。無理のない自然なやり方で、自分の力をもっと発揮するためのコツをさまざまな角度から紹介したものなのだ。

 そして、それらの「コツ」の根拠として、脳科学などの最新の科学的知見が随所で紹介される。脳科学者としての顔はあえて前面には出さず、ここぞというところにだけ「押さえ」で用いている趣。だからすこぶる読みやすい。中高生に読ませてもよい感じ。
 
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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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