夏原武『反社会的勢力』


反社会的勢力 (新書y)反社会的勢力 (新書y)
(2011/12/06)
夏原武

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 夏原武著『反社会的勢力』(新書y/777円)読了。

 ヤクザの世界に身を置いたこともあるという著者(劇画『クロサギ』の原作者でもある)が、「暴力団排除条例」の対象となる「反社会的勢力」について解説した本。「反社会的勢力とはいったいどういうものなのか。そして、中核をなす暴力団は今後どうなっていくのか。さらに、暴排条例によって何が変わるのか」が考察されている。

 本書より3ヶ月早く刊行され、同じようなニーズからベストセラーになった類書が、溝口敦の『暴力団』(新潮新書)である。
 本書は結果的に同書の二番煎じのような印象になってしまい、そのせいかあまり売れていないようだ。しかし、内容はこっちのほうが上だと思う。暴排条例のなんたるかがよくわかるし、相撲界の野球賭博事件と島田紳助引退など、近年の一連の事件と暴排条例の関係についても、点と点をつないで一本の線にするようにすっきりと腑分けされている。
 溝口の『暴力団』が、古い資料と手持ちの知識でまとめたやっつけ仕事の感が強かったのに対し、本書はていねいな取材をふまえて書かれているし……。

 著者は暴排条例を、「二一世紀の日本にとって大きな転換点となる可能性のある『切れすぎる刃』なのではないか」と危惧する。暴力団排除といえども、「やはり法に則って行われるべきであり、条例の拡大解釈で憲法を無視してなし崩し的に行われていいことではない」と……。
 たしかに、暴力団員が集団で行う初詣や寺社への参拝まで条例違反として禁ずるなど、暴排条例の適用には行き過ぎがあると私も思う。

 ただし、本書はけっして暴力団擁護の書ではない。著者は、「それ(暴排条例)が人権無視であったとしても、自ら呼び込んだ面は否定できない」と、暴力団の行き過ぎた肥大化がもたらした“社会との全面対決”であるとの認識を示すのだ。

 少し前、暴排条例が芸能界にもたらす影響がさかんに取りざたされ、「紅白歌合戦」で演歌勢がゼロになるのではないか、などと言われた(実際には、昨年の紅白に影響がなかったのは周知のとおり)。しかし、著者はむしろ、一般企業に与える影響こそが甚大なのだと指摘する。

 実業界は角界や芸能界と違い、暴排条例の影響をモロに受けることになる。(中略)もちろん、当局は一罰百戒を狙っているわけだから、摘発例は出るだろう。そんなケースでも、仮に問題企業の名が「公表」という事態になれば、倒産という最悪の結果も十分に起こり得る。



 誰もが知る大企業が暴排条例に触れて摘発され、そのことをマスコミに大々的に報じられ、取引先が一斉に手を引き、あっという間に倒産に至る……もしもそんなことが起きれば、たしかに“見せしめ効果”はバツグンだろう。そして、それはいつ起きても不思議はないのだ。

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フランク・ギャンバレ『ライブ!』


LiveLive
(1999/04/06)
Frank Gambale

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 フランク・ギャンバレの『ライブ!』を聴いた。チック・コリア・エレクトリック・バンドなどでの活動で知られるバカテク・ギタリストが、1989年に発表した初期ライブ・アルバム。

 最近は頭がハゲて白いヒゲを生やし、海坊主みたいになっているギャンバレだが(↓)、このころは長い黒髪がフサフサで、まるで別人ですな。


Raison D'etreRaison D'etre
(2005/02/07)
Frank Gambale



 内容は、『トチカ』あたりの渡辺香津美に近い、ロック色の強いフュージョン。ロック色が7でジャズ色が3くらいのバランス。
 いかにも1980年代的な音作りにはやや古めかしさもあるが、ハードにドライヴするギターは爽快そのもの。

 ギャンバレは最初から最後までギター弾きまくり。全編スピード(スウィープ)・ピッキングの嵐。
 それでいて、「我を忘れてギターに陶酔する」という感じではなく、クールな演奏。拍手や歓声が入っていなかったらライヴとは思えないくらい、マシーンのように正確無比な演奏なのである。とくに、M2「フェ・フィ・フォ・ファンク」では、人間業ではないような速弾きを見せてくれる。

 リズム・セクションも強力なのだが、何よりこのアルバムではケイ赤城のキーボードが聴きもの。ギャンバレのギターとバトルするかのように、ピアノ・サウンドのシンセサイザーをものすごいスピードで弾きまくっている。

 ジャケットはブートレッグみたいでダサいけど、中身は極上のライブ・アルバム。

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capsule『STEREO WORXXX』


STEREO WORXXX(ボーナスディスク付)STEREO WORXXX(ボーナスディスク付)
(2012/03/07)
capsule

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 最近のヘビロ盤は、capsule(カプセル)の『STEREO WORXXX』(ヤマハミュージックコミュニケーションズ)である。サンプル盤を送っていただいたもの。

 capsuleは、Perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅのプロデュースなどで時代の寵児となった中田ヤスタカが、「もっともやりたいこと」を追求する場と位置づけているユニット。このアルバムが通算13作目にあたる。

 capsuleは初期から好きだけれど、初期のころとはまるで別物の最近の進化ぶりはすごい。
 シンプルでキュートなエレポップをやっていたcapsuleが、“ウォール・オブ・デジタル・サウンド”ともいうべき分厚い音作りを志向し始めたのは、アルバム『FRUITS CLiPPER』(2006)あたりからだった。そして、本作にはそうした志向の完成形という趣がある。

 相変わらずダンサブルで先鋭的な、極彩色のエレクトロ・サウンド。一見シンプルで聴きやすいのに、じつは実験的な凝ったアレンジがなされている。
 たとえば、映画『ライアーゲーム -再生-』の主題歌でもある「Step on The Floor」は、バースごとにめまぐるしく変わっていくアレンジが非常に技巧的だが、それでいてポップでキャッチーなのだ。



 とくに、冒頭3曲のシークェンスや、ラストを飾る切ない未来派ポップ「Transparent」は、世界レベルのカッコよさ。

 アルバムのプレスリリースには、「“脳”にプラグをぶちこむかのような超絶ハイファイ・サウンドが第六感を刺激!」というキャッチコピーが躍っている。
 これは言い得て妙で、capsuleのサウンドには脳に直接作用するような印象がある。そして、快感物質ドーパミンを脳内に大量分泌させる効果があるのではないか……そんなことすら考えさせるほど、聴く者に強い多幸感をもたらす音楽なのだ。

 capsuleにかぎらない。Perfumeの最新アルバムなど、近年の中田ヤスタカが作るサウンドは、聴く者の脳にドーパミン(にかぎらない快感物質)を分泌させていると思う。脳科学者に実験で検証してほしいくらい。

 きゃりーぱみゅぱみゅの曲にしても、彼女自身にはなんの才能も感じないが、「つけまつける」や「PONPONPON」といった曲がもたらす甘美な多幸感は、さすが中田という感じだ(ただし、新曲「CANDY CANDY」は快感物質があまり出ない失敗作)。

 Perfumeの作品でも、最新アルバム『JPN』が、これまででいちばん快感物質が出る感じがする。とくに「GLITTER」「VOICE」「不自然なガール」あたりの曲を大きな音で聴いていると、ドバッと……。

 つまり、中田はキャリアを重ねるごとに、快感物質を出させるような曲を作るのがうまくなっているのだ(そのことを本人が計算しているかどうかはともかく)。

 中田をたんなる「小器用なヒットメーカー」ととらえるのは過小評価であって、彼は「音楽で人に多幸感をもたらす天才」だと思う。

■関連エントリ→ capsule『Sugarless GiRL』レビュー

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中島孝志『「頭のいい人」は、シンプルに仕事する!』


「頭のいい人」は、シンプルに仕事する!: 「8割捨てる」発想、そして実行が、あなたの人生を変える「頭のいい人」は、シンプルに仕事する!: 「8割捨てる」発想、そして実行が、あなたの人生を変える
(2012/03/08)
中島 孝志



 中島孝志著『「頭のいい人」は、シンプルに仕事する!』(三笠書房/1365円)読了。

 この手の「仕事術本」を、私は山ほど読んでいる。最初から「1冊読んでいくつか役に立つ点があればいいや」と割りきって読んでいるので、中身が薄くてもべつに腹は立たない。

 本書も凡庸なアドバイスが多い中身の薄い本だが、いくつかメモしておきたい一節があったので、よしとしする。ビジネス書によくある「改行が異様に多い文章」だから、すぐに読み終わるし……。

 著者の本業は経営コンサルタントだそうだ。だからこそであろう、ありきたりなことを書いていてもその説明の仕方(たとえ話の用い方、薀蓄の盛り込み方など)がうまくて、引き込まれるくだりが多い。
 たとえば、次のような一節――。

 「リスク」と「デンジャー」は違うのです。問題意識の高い人でも、このリスクとデンジャーとの違いがわからないために、ビジネスや人間関係でいたずらに地雷を踏んでしまうケースは少なくありません。
 「リスク」はもともとアラビア語で「明日の糧」という意味です。リスクは、積極果敢にチャレンジして獲得しなければならないものなのです。一方、「デンジャー」は、絶対に避けるべきもので、果敢にチャレンジなどしてはいけないものなのです。「君子危うきに近寄らず」というのはそれがデンジャーだからです。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」というのはそれがリスクだからチャレンジするのです。
 「危機」という言葉がありますが、「危」は「デンジャー」です。「機」は「チャンス=リスク」なのです。



 ね、会社の朝礼とかで受け売りしたくなるうまさがあるでしょ?
 「リスクとデンジャーは違う」なんて話自体は手垢にまみれているし、そもそもリスクとデンジャーを見分けられないから苦労するわけで(※)、この話が実際の仕事に役立つかといえば、なんの役にも立たない。それでも、読んでいて「ためになる話だなあ」と思わせる。著者は経営コンサルタントとして、顧問先企業でこんなふうに話して相手を唸らせているのだろう。

※内田樹さんの定義によれば、デンジャーは“偶発的で不可避な、コントロールできない危険”で、リスクは“予測可能で、コントロールすることによって回避可能な危険”。そう言われると見分けがつきそうな気がしてしまうが、実際には2つを見分けるのはなかなかの難事である。

 もう1つ例を挙げる。“仕事における「直感」をもっと大事にしよう”という話の中の一節である。
 

 直感は知識とは違います。
「知識=覚えた量-忘れた量」ですが、「直感=覚えた量+忘れた量」なのです。見たり聞いたり、感じたり、体験したり、たくさんの失敗や少しの成功を繰り返すことで得られた情報が、脳みそのどこかに仕舞い込まれたもの。
 それこそが直感なのです。
 その堆積がアイデアやひらめきとしてポンと引き出されたり、窮地に陥ったときにひょんなことから舞い降りてきたりするのです。



 これも、説明の仕方としてうまい。思わずメモしたくなる。 
 仕事に役立つかどうかはともかく、朝礼の話材探しなどに使う分には有益な本だ。

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石川結貴『ルポ 子どもの無縁社会』


ルポ - 子どもの無縁社会 (中公新書ラクレ)ルポ - 子どもの無縁社会 (中公新書ラクレ)
(2011/12/09)
石川 結貴

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 石川結貴(ゆうき)著『ルポ 子どもの無縁社会』(中公新書ラクレ/819円)読了。

 一般に「無縁社会」という言葉からイメージされるのは、孤独な派遣労働者であったり、独居老人であったりする。つまり、児童虐待問題を除けば「大人の世界」の問題としてとらえられがちなわけだ。
 本書はそんな無縁社会の問題を、子どもたちに焦点を当ててとらえ直したもの。

 たとえば、派遣労働者のワーキングプア問題といえば「収入が少なくて結婚できない」独身男女をイメージしがちだが、本書は“収入が少ない中でも子どもをもうけた派遣労働者”の、その子どもたちの問題としてとらえ直すのである。

 社会のひずみは弱者の中にこそ集約されてあらわれる。「無縁社会」の問題もまた、日本の子どもたちの世界に大きく影を落としている。著者は独自取材と各種データから、その影に迫っていく。

 たとえば、住民票を残したまま1年以上所在不明になり、その後の就学が確認されない子ども――「居所不明児童生徒」は、2011年に1183人もいたのだという。
 また、全国の児童相談所が対応した「置き去り児童」「棄児」(捨て子)も、それぞれ212人、25人に及んだという(2009年度)。

 そうした数字以上に、実際に子どもを虐待したり、それを放置したりした周囲の大人たちの言動に驚かされる。
 たとえば、実の子を虐待死させた母親が、その死のわずか2日後に虐待の片棒を担いだ男と結婚した事実について、裁判の被告人尋問で次のように証言したのだという。

「娘が死んだすぐあとで結婚することに抵抗はなかったです。二人で生活したかったし、今度は彼の子どもを産みたいな、って思いました。亡くなった娘の死亡届は出さないで、先に彼との養子縁組をしました。死んじゃったあとだけど、でもやっぱり父親がいたほうがいいと思ったからです」



 また、ネットゲームに夢中になり、「ゲーム内で知り合」った相手と結婚した若い女の、次のような驚くべき発言もある。

 結婚から一年後の二○○八年、綾乃は妊娠したが、その事実に気づいたときは「がっかりした」のだという。
「子どもがほしくなかったわけではないけど、今は時期がマズイなと。ちょうどゲームが佳境で、これから必死にがんばらなくちゃというときだったんです(後略)」



 そしてこの女は、出産後も育児のほとんどを同居の両親にまかせっぱなしにし、ネトゲに没頭しつづけているのだという。

 まあ、本書で取り上げられているのは極端な例だろうし、安易な一般化は慎むべきだが、それでも目がテンになるような事例がずらりと並んでいる。

 本書は、ルポとしての出来はB級と言わざるを得ない。事例の羅列に終わっていて、描かれた現象についての深みのある考察もなく、状況を改善するための提案がなされるわけでもない。読んでいて、「ひどい親がいるもんだなあ」「かわいそうな子だなあ」とは思うものの、そこで止まってしまう感じなのだ。

 だがそれでも、「日本社会がとんでもない方向に進みつつある」と行く手に暗雲が立ち込めるような重い読後感は捨てがたく、一読の価値はあった。

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スタンリー・クラーク『Original Album Classics』


Original Album ClassicsOriginal Album Classics
(2012/01/17)
Stanley Clarke

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 スタンリー・クラークの『Original Album Classics』を輸入盤で購入。

 『Original Album Classics』は有名アーティストの旧作アルバムを5枚(もしくは3枚)セットにした廉価盤シリーズで、とにかく激安なので、私もいろいろ買っている。

 スタンリー・クラークの『Original Album Classics』は現時点で2種類あって、私は第1弾も買った(→第1弾のレビュー)。

 第1弾が主に1970年代のソロを集めたものだったのに対し、この第2弾は1980年代のソロを集めている。なんといっても、ラインナップの中に『Rocks Pebbles & Sand(ロックス、ペプルス&サンド)』が含まれていることが魅力。

 『Rocks Pebbles & Sand』は1980年発表のソロアルバムだが、なぜか単品のCDが入手困難で、中古市場で高値を呼んでいたアルバムなのである。
 「呼んでいた」というか、現時点でも、たとえばアマゾンのマーケットプレイスでは輸入盤新品が8000円程度で売られている。それを含む5枚セットが新品・送料込み2000円以下で買えるのだから、スタンのファンで『Rocks Pebbles & Sand』を持っていない人なら「買い」だ。

スタンリー・クラークはジャズとロックとブラコンの境界線上で活動をつづけてきたベーシストだが、その彼がキャリアの中で最もロック側に“振れた”アルバムが、この『Rocks Pebbles & Sand』である。
 とくに、アナログ盤でA面にあたるM1~4は、もうギンギンのロック。ジャズ・ファンよりもロック・ファンこそが快哉を叫んだアルバムなのだ。


↑ヴォーカル入りのオープニング・ナンバー「Danger Street」。もろハード・ロック。リード・ギターならぬリード・ベースがグイグイと曲を引っぱる。

 音作りにいかにも80年代っぽい古めかしさは少しあるものの、男臭く豪快で、それでいて美しいサウンドはいま聴いてもしびれる。

 同梱作の一つ『Time Exposure(タイム・エクスポージャー)』も、『Rocks Pebbles & Sand』をもっとファンク寄りにした感じのハードかつスペイシーな音で、これまたカッコイイ。なにしろ、スタンとルイス・ジョンソンの超強力ツイン・ベースに、ギターはジェフ・ベックなのだから……。

 以上の2枚が私にとっては評価A。 

 残り3枚のうち、『If This Bass Could Only Talk』は、デイヴ・グルーシンみたいなしっとりとした大人のフュージョン。秋の夜長とかに聴くとピッタリな感じ。これは評価Bというところ。1曲だけアラン・ホールズワースが参加している。
 オープニングとラストの2曲は、グレゴリー・ハインズのタップダンスの靴音を打楽器に見立て、スタンリーのベースと“デュエット”させた曲。これはなかなかオシャレな試みだ。

 あとの2枚――『Find Out』と『Hideaway』は、私にはまったく面白くなかった。

 『Find Out』は、出来の悪いブラコン・アルバム。クラーク・デューク・ブロジェクトからジョージ・デュークを抜いたみたいな音。ブルース・スプリングスティーンの「ボーン・イン・ザ・USA」をカバーしているのだが、これが箸にも棒にもかからない仕上がり。

 『Hideaway』は、甘ったるいだけのスムース・ジャズ。とんがったところがまったくない。
 スムース・ジャズとしてはよくできているが、そんな毒にも薬にもならない音楽をスタンリー・クラークがやらなくてもいいわけで、作った必然性が感じられないアルバム。

 以上の2枚は、評価D。
 でもまあ、5枚セットのうち2枚が極上で1枚が上なら、残り2枚がスカでも許せるというものだ。

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柳沢きみお『なんだかなァ人生』


なんだかなァ人生なんだかなァ人生
(2011/12)
柳沢 きみお

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 柳沢きみお著『なんだかなァ人生』(新潮社/1470円)読了。

 『翔んだカップル』『特命係長 只野仁』などのヒット作で知られるベテラン・マンガ家の、初エッセイ集。
 ライフワークと位置づけていたエッセイ・マンガ『大市民』シリーズを打ち切られた柳沢は、それならばと、自ら『週刊新潮』編集部に売り込んで、長年の夢であったというエッセイの連載を勝ち取った。その連載をまとめたのが本書である。

 柳沢には『おれ流――柳沢的マンガの創り方』(朝日新聞出版)という著書もあるが、これはインタビューをまとめたものだったので、自分で文章を書いた著作はこれが初。

 文章はうまくないものの、素直でわかりやすい筆致に好感が持てるし、エピソードの豊富さ、多彩さで楽しめる一冊。
 創作の舞台裏の話は意外に少なくて、少年時代からの思い出や趣味(ギターや寿司屋めぐり、骨董品収集、クラシック・カーなど)についてのエッセイが多い。

 『翔んだカップル』は一時代を画した大ヒット作であったし、全盛期にはすごい収入があったはずだが、柳沢は稼ぎの大半を趣味や不動産取得などにつぎ込み、いまでは貯金ゼロなのだという。それどころか、自己破産寸前にまで追いつめられたことがあるというから驚きだ。
 バブル期に千葉の山奥の3千坪の大邸宅を4億円で購入し、それが要因で借金まみれになっていく顛末は、強烈な印象を残す。

 作品の舞台裏を明かしたエッセイも面白い。
 柳沢は最初『少年ジャンプ』を舞台に活躍していた人で、私はそのころの作品を小学生時代にリアルタイムで読んでいたが、本書によればジャンブ時代にはつらさしかなかったという。
 

 ジャンプ時代の専属制度と毎回の綿密な打ち合わせという、自由のまったく無い漫画家生活は、刑務所暮らしと同じような息苦しさ。イキナリ週刊連載を持つことになり、毎週一本の締め切りに追われるだけの苛酷な日々で、漫画家になれた喜びなどきまるっきりありませんでした。



 また、柳沢にとって近年最高のヒットとなった『特命係長 只野仁』についてのエッセイも面白い。あの作品は連載誌『週刊現代』の編集部側から提示された原案に沿って作られたもので、当初柳沢は乗り気ではなかったとか。

 あまり気乗りせず中途半端な気持ちで始めた「特命係長」が、まさか今日まで私の救いの神になろうとは、思いも寄りませんでした。



 私は、柳沢の作品では『男の自画像』と『流行唄(はやりうた)』が好きだ。あの2作について本書で触れられていないのは残念だが、わりと面白く読めた。

 一点気になったのは、エッセイの随所に、柳沢がうつ傾向に陥っていると感じるくだりがあること(「初老期うつ」の前兆かも)。元気でがんばってほしいものである。
 
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フレデリック・ルノワール『人類の宗教の歴史』


人類の宗教の歴史 9大潮流の誕生・本質・将来人類の宗教の歴史 9大潮流の誕生・本質・将来
(2011/12/27)
フレデリック・ルノワール

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 昨日は、取材で愛媛県へ――。
 朝5時に家を出て飛行機で松山空港に飛び、夜には帰ってくる日帰り取材(最近は国内なら日帰り取材があたりまえになってきた)。

 松山市や西条市などに店舗をもつイタリアン・レストラン「MARUBUN -マルブン-」の社長さんの取材。
 各種パスタや、薪を使って石窯で焼くピザなど、おいしい料理をたくさんごちそうになり、お腹パンパンになって帰宅(笑)。ま、たまには取材でこういう役得もあるということで……。


 フレデリック・ルノワール著、今枝由郎訳『人類の宗教の歴史――9大潮流の誕生・本質・将来』(トランスビュー/3360円)読了。

 『ル・モンド』の宗教専門誌『ル・モンド・デ・ルリジオン(宗教の世界)』の編集長による世界宗教史である。
 宗教学者エリアーデによる全8巻(文庫版で)の大著『世界宗教史』を筆頭に、同種の試みは過去にもあったが、本書は1冊で人類と宗教のかかわりの歴史が鳥瞰できるところがよい。そして、ものすごく中身が濃い。

 百科事典的な通史ではなく、「人類にとって宗教とは何か?」という一つのテーマに沿って宗教史のハイライトをたどる感じの本。とくに、先史時代に宗教現象や宗教感情が発生・発展していく様子を検証した第1部は、目を瞠る充実ぶり。

 別途書評を書くのでここではくわしく紹介できないが、座右に置いて今後何度も読み返したい素晴らしい本である。

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『これでいいのか東京都立川市』


これでいいのか東京都立川市 (日本の特別地域特別編集)これでいいのか東京都立川市 (日本の特別地域特別編集)
(2011/12/15)
岡島 慎二、伊藤 圭介 他

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 岡島慎二・伊藤圭介編著『これでいいのか東京都立川市――多人種要塞都市立川は謎だらけ!?』(マイクロマガジン社/1365円)読了。

 マイクロマガジン社の「日本の特別地域」という「地域批評シリーズ」のムックはたくさん出ていて、この立川市編が30号目だ。人気もあるようで、『これでいいのか東京都杉並区2』のように同地域の第2弾が刊行されるケースすらある。

 当該地域を礼賛するだけの観光ガイドは山ほどあるが、このシリーズのように辛口の地域批評本で、なおかつ観光ガイドにもなるというものはなかった。その“すき間需要”にうまく目をつけたということだろう。

 私は、このシリーズを実際に読むのは初めて。立川市に住んで四半世紀になる私も知らない情報がけっこうあったから、よく調べて作っているといえるだろう。
 また、時節柄「立川断層」や「立川広域防災基地」(米軍基地跡の広大な空き地を利用して、霞が関が災害でダメになった場合の“バックアップ拠点”が作られている)について大きく取り上げており、その点はとてもよかった。

 しかし、ムックとして質が高いかといえば、ちょっと疑問。

 まず、差別すれすれ(地域差別や職業差別など)の記述が多い点はいかがなものかと思う。行政に対して「辛口批評」であるだけならいいのだが。

 それに、誤字も目立つし、文章が不自然な点や言葉の誤用も散見される。たとえば――。

 そうしたオッサンの風体はたいてい乏しく、ベロンベロンの泥酔状態で通行人から邪険に扱われるのが通例なのだが(134ページ)



 風体が乏しい? たぶん、貧乏の「乏」だからということで、「みすぼらしい」という意味で誤用しているのだろう。

 この看板は子供たちへの挑発行為であり、わざわざエスコートしている(132ページ)



 看板がエスコートする? たぶん、「エスコート」を「誘発している」という意味だと勘違いしている。 

 71ページに図表が2つあって、2つに同じタイトルがついている。つまり、片方はタイトル間違い。

 60~70年代に「立川グループ」が跋扈(ぼっこ)していたり(92ページ)



 跋扈は「ばっこ」と読みますね。これはケアレスミスだと思うけど。

 ……と、そんなありさまなので、「本書のデータや情報もあまり信用できないなあ」と思ってしまうのである。

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阿部彩『弱者の居場所がない社会』


弱者の居場所がない社会――貧困・格差と社会的包摂 (講談社現代新書)弱者の居場所がない社会――貧困・格差と社会的包摂 (講談社現代新書)
(2011/12/16)
阿部 彩

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 昨日は、東日本大震災の関連取材で宮城県石巻市へ――。
 仙台まで新幹線で行き、そこからカメラマンの車に乗せてもらう。

 石巻は昨年8月に取材に行って以来、8ヶ月ぶり。
 去年の夏に比べたら活気が戻ってはきているものの、瓦礫の山はまだかなり残っているし、一階部分が津波でぐしゃぐしゃになったまま放置されている建物も多数。

 震災関連取材は、今後もつづけていきたいと思う。


 行き帰りの新幹線で、阿部彩著『弱者の居場所がない社会――貧困・格差と社会的包摂』(講談社現代新書/777円)を読了。

 著者は、国立社会保障・人口問題研究所に勤務する貧困問題の研究者。
 この人の本は、前に『子どもの貧困――日本の不公平を考える』(岩波新書)を読んだことがある。同書は子どもの貧困問題に絞った概説書であったが、本書はより広い視点から日本の貧困問題を概説したもの。
 帯の惹句のとおり、貧困問題を大づかみに理解するための入門書としてよくまとまっている。貧困研究の最前線を垣間見ることができるし、「社会的包摂(Social Inclusion)」の概念の解説書としても優れたものである。

 『子どもの貧困』を読んだとき、当ブログのレビューで私は次のように書いた。

 湯浅(誠)らの著作にあるような生々しい人間ドラマは、本書にはない。それに、データや図表を駆使した内容はどちらかというと政府が出す白書のようで、無味乾燥な感じがしないでもない。



 ところが、本書には「生々しい人間ドラマ」が随所にあり、白書的な無味乾燥に陥ることを免れている。著者が研究者になる前に参加していたボランティア活動で出会った「ホームレスのおっちゃん」たちの思い出がちりばめられ、著者の主観、「素」の部分が大きなウエートを占めた内容になっているのだ。
 そうした変化について、著者はあとがきでこう書いている。

 どちらかと言えば、客観的なデータ重視で論考を進める私のスタイルとは一転する展開となった。(中略)私は社会的排除/包摂というトピックについて、彼ら(出会ったホームレスたち/引用者注)のことなしに考えることはできない。社会的排除を、抽象的な理論や、無機質なデータで語ることができない。



 実体験をふまえた本書の「熱さ」が、私には好ましく思えた。『子どもの貧困』より本書のほうがずっとよい。貧困問題の入門書でありながら、一冊の本としてすこぶる感動的である。たとえば、次のような一節は胸にしみる。

 現代日本社会の中で、かっちゃんが「承認」された場は路上だけであった。彼を包摂したのは路上のコミュニティだけであった。私が彼と出会って3年ほどしたころ、寝ていた段ボール小屋に火をつけられて、泥酔していたかっちゃんは眠ったまま焼死した。焦げた地面のあとには、仲間がいつまでも野の花を供えていた。



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小池昌代『通勤電車で読む詩集』


通勤電車でよむ詩集 (生活人新書)通勤電車でよむ詩集 (生活人新書)
(2009/09)
小池 昌代

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 小池昌代編著『通勤電車で読む詩集』(NHK出版・生活人新書/693円)読了。

 人気女流詩人が、古今東西の名詩41篇をセレクトし、各編に短いコメント(解説とか鑑賞というほど堅苦しいものではない)を付したアンソロジー。
 少し前に読んだ茨木のり子の『詩のこころを読む』の類書である。おそらく小池昌代も、『詩のこころを読む』を十分に意識して本書を編んだことだろう。だからこそ、取り上げられた詩は一篇も同書と重複していない。

 最近の若い詩人の作品から、宮沢賢治やエミリー・ディキンソンまでが登場するセレクトは、脈絡がないといえばないし、『詩のこころを読む』よりも古典寄りだ。が、著者が付していくコメントがとても気が利いていてカッコイイので、教科書的な堅苦しさは皆無である。

 コメントはそれぞれ400字にも満たない短いものだが、それでもさすがにコメント自体が一篇の詩のようにキマっている。
 たとえば、あまりにも有名な北原白秋の「からたちの花」に付されたコメントには、次のような一節がある。

 詩と歌詞は違う。しかし白秋のこの詞を読む時、私は、言葉が、むかし、歌から別れてきたところを、目撃しているような気分になる。



 また、冒頭に置かれた「次の駅まで――はしがきにかえて」という著者の文章も、一篇の詩として味わうことができる。これも一節を引こう。

 詩を読む態度として必要なのは、その詩を理解しようとか解釈しようとか説明しようというものではなく、その一篇に、丸裸の心を差し出し、その一篇と踊る用意があるかどうかという、それだけだ。



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與那覇潤『中国化する日本』


中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史
(2011/11/19)
與那覇 潤

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 與那覇潤(よなは・じゅん)著『中国化する日本――日中「文明の衝突」一千年史』(文藝春秋/1575円)読了。

 32歳の若き歴史学者が、大学(愛知県立大学)での講義をベースに書き上げた、ライブ感覚あふれるポップな歴史書。平安後期から現在までの1000年にわたる日本史を、「中国化」と「再江戸時代化」という2つの視点から捉え直す試みである。

 誤解を招きやすいタイトルだが、これは「このままでは日本が中国に乗っ取られるぞ!」と煽る「反中本」ではない。著者の言う「中国化」とは、「日本社会のあり方が中国社会に似てくること」である。そして、その「中国化」の基準となるのは、日本でいえば中世にあたる宋朝時代なのだ。

 著者によれば、宋朝は「世界で最初に近世に入った」画期的王朝であり、宋代に確立した社会の仕組みが基本的に現在までつづいているという。
 ところが、隋や唐の時代には中国を手本として国を作ってきた日本は、宋朝の国家モデルを受け入れなかった。そのかわり、ずっとのちに江戸時代型国家モデルを作り、別の形で近世を迎えたのである。
 そして、江戸時代型国家がもう立ち行かなくなったとき、日本が初めて宋朝型国家を取り入れたのが明治維新であった。つまり、明治維新は「西洋化」ではなく、じつは「中国化」だった。その後、日本は「再江戸時代化」と「中国化」をくり返し、現在また「中国化」しつつある……というのが著者の見立て。

 仕事の資料として読んだものだが、仕事を離れて大いに楽しめたし、勉強になった。
 話し言葉でわかりやすく書かれているのだが、内容が濃密で斬新な指摘(私のようなシロウトから見れば、だが)に満ちているため、速読できない。そして、いちいち立ち止まって考えながら読むプロセス自体が、とても楽しかった。
 
 なお、本書については、ブログ「西東京日記」さんが批判的な書評を書いておられた。この批判の当否は私には判断しかねるが、たんなる難癖ではないハイレベルな批判であることはわかる。

 こうした批判もあることを念頭に置いたうえで、著者の大胆な見立てを楽しんだらよいと思う。

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下斗米伸夫『日本冷戦史』


日本冷戦史――帝国の崩壊から55年体制へ日本冷戦史――帝国の崩壊から55年体制へ
(2011/10/29)
下斗米 伸夫

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 下斗米伸夫著『日本冷戦史――帝国の崩壊から55年体制へ』(岩波書店/3570円)読了。

 ソ連政治史の研究家として高名な著者が、近年になって大量に公開された旧ソ連の史料をふまえ、日本と冷戦の関わりを改めて検証した論文集。

 従来はもっぱら日米関係の枠内でのみ論究されてきた日本の冷戦史を、著者はより多角的に捉え直す。ソ・英・中の日本への関与などにも目を向け、戦後日本を舞台とした大国間の複雑なパワーゲームの模様を活写するのだ。

 別途書評を書いたのでくわしく紹介できないが、日本人の冷戦観を一新する論考である。

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『辛酸なめ子の現代社会学』


辛酸なめ子の現代社会学辛酸なめ子の現代社会学
(2011/11/10)
辛酸 なめ子

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 辛酸なめ子著『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎/1260円)を読んだ。

 辛酸なめ子が雑誌『わしズム』に連載した、その時々のブームを観察・分析するエッセイ・マンガを中心にした本。
 2004年から2009年にかけて描かれたものなので、取り上げられているブームや現象はいま読むとなつかしい感じのものが多い。「純愛」ブームやスローライフ・ブーム、ハンカチ王子、「KY」、モンスターペアレント、萌えブーム、「でき婚」などが取り上げられている。

 一つのブーム・現象について、4ページのエッセイ・マンガで「分析」がなされる。分析といったって、大真面目な社会学的分析であるはずもなく、お笑い・おちゃらけ分析である。いや、「分析」というより、そのテーマについて辛酸なめ子がくり広げた妄想といったほうがよいか。

 また、単行本化にあたって、一つひとつのマンガを補足する形で1~2ページのショート・エッセイが添えられている。

 いい感じに歪んだヘタウマ風絵柄とシニカルで軽やかな文章の相乗効果で、かなり笑える一冊。それに、笑えるだけではなく、そのブーム・現象の本質を(意外なほど)鋭くえぐった部分もある。
 たとえば、萌えブームについての次のような分析(これはショート・エッセイ部分の一節)は、じつに正鵠を射ていると思った。

 今まで萌えの周辺を取材して思ったのは、「萌え」とは、羞恥心の入り交じった性欲である、ということです。萌え系の女子キャラの多くは、頬を紅潮させて照れています。男性のリビドーを感じて怯える小動物のようです。そんな自分よりか弱くていたいけな存在に対して、男性は性欲を感じるのですが、それを認めたくない、素直になれない気持ちがあって、照れまじりの性欲を「萌え」という言葉に言い換えているのです。ギラギラした直球の性欲を抱く肉食男子は「萌え」という、シャイな感情が理解できません。



 また、マンガとして完成度の高い回もある。
 たとえば、「個人情報過敏症」という回。これは、自分の個人情報が人に漏れることを恐れるあまり、何も捨てられなくなったヒロインが、とうとうゴミ屋敷の主となってしまう(笑)という話。
 「個人情報を守りすぎた結果、町内で誰も知らぬ者がいない存在に、歩く個人情報になってしまいました」というオチのフレーズに爆笑。まるで筒井康隆のスラップスティックな短編のような味わいである。

 私の笑いのツボにはまったフレーズを、もう2つほど引いてみよう。

 わかった!! この人たち長生きしたいのね!! 粗食で寿命が延びることにより、一日一日が長く感じられる…それがスローライフの仕組みなんだわ!!



 人の体は複製されたDNAでできている……つまり人間の本質はパクリなのです!!



 辛酸なめ子の本を読んだのはこれが初めてだが、彼女が売れっ子である理由がわかった気がした。

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ちきりん『ゆるく考えよう』


ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法
(2011/01/20)
ちきりん

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 ちきりん著『ゆるく考えよう――人生を100倍ラクにする思考法』(イースト・プレス/1365円)読了。

 先日読んだ『自分のアタマで考えよう』がよかったので、同じ著者の単行本デビュー作(2冊とも昨年刊行)を読んでみた。

■関連エントリ→ ちきりん『自分のアタマで考えよう』レビュー

 本書は、アルファブロガーの著者がブログに書いたエントリを厳選し、それに加筆修正を施したもの。

 広義の自己啓発書といえる内容だが、既成の自己啓発書とはベクトルが逆だ。
 自己啓発書の基本形が「MORE!」(「もっと高い目標を持て」「もっと人脈を広げよ」「もっと時間を有効活用せよ」など)であるのに対し、本書の主張は「LESS!」が基本形(「目標は低く持ちましょう」「『人脈づくり』はたぶん無意味です」「退屈な時間を楽しもう」など)なのだ。
 言いかえるなら、既成の自己啓発書のメイン・メッセージが「あきらめるな。努力すればあなたも成功(もしくは自己実現)できる!」であるのに対し、本書は“無駄な努力はやめ、あきらめるべきことはさっさとあきらめて、分相応に楽ちんに生きよう”という、ポジティブな諦観を説く書なのである。

 「諦観」というととかく暗いものだととらえられがちだが、じつは明るい諦観もある。そして、本書の内容は明るい諦観の見本のようだ。たとえば――。

 日本は目標が高すぎるのです。「アメリカと互角に!」とか「中国には負けるな!」とか過大な野望を持つのはやめて気楽にいきましょう。個人も同じです。目標を低く設定すると楽になれます。幸せに生きるためにも、目標は低いほうがいいのです。



 人脈やネットワークとは「結果としてついてくるもの」であって、それをつくるためにわざわざ努力するようなものではありません。そんな時間があったら自分が好きなことに集中し、その分野で「すごく魅力的」といわれる人を目指したほうが、将来きっと役に立つでしょう。



 肩の凝らない人生論・幸福論としても魅力的な一冊。
 ただし、中には首をかしげるような項目もあるし、本としてのまとまりや完成度は『自分のアタマで考えよう』のほうが一段上だと思う。

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ケイト・ブッシュ『雪のための50の言葉』


雪のための50の言葉雪のための50の言葉
(2011/11/23)
ケイト・ブッシュ

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 昨年11月に出たケイト・ブッシュの新作『雪のための50の言葉』(EMIミュージックジャパン/2500円)を、ようやく聴く。

 地味なアルバムだという評判は聞いていたが、予想以上に地味。2005年の前作『エアリアル』も相当に地味だったが、さらに地味。

 『雪のための50の言葉(50 Words For Snow)』というタイトルは、「エスキモーの社会には雪を表現する言葉が50種類もある」という話(この話は眉唾らしいけど)をふまえたもの。このタイトルどおり、全7曲はいずれも雪にまつわる歌である。

 生ピアノを中心にしたサウンドはまったくロック的ではなく、ポップでもない。かつての「ドリーミング」で見せたような、“音の分厚いマチエール”ともいうべき重層的なサウンドは影を潜め、すき間のあるシンプルな音作り。

 もちろん細部にケイト・ブッシュらしさはあるのだが、初期作品のようなキラキラしたポップ感覚は皆無。ヴォーカルにもかつての迫力はない。正直言って、かなり退屈。今回はレンタルで済ませてしまったが、改めて購入したいとはとても思えなかった。

 ピーター・ガブリエルやシャーデーの最近作でも感じたことだが、彼らやケイトには、「リスナーを楽しませよう」などというサービス精神はもうないのだろう。功成り名遂げて、お金は一生分稼いだだろうし、べつに新作が大ヒットしなくたって痛くもかゆくもないのだ。
 だからこそ、数年がかりで贅沢に作られるアルバムでは、聴きやすさや楽しさに対する配慮など抜きで、ひたすらアーティスティックにやりたいことをやる。

 ピーター・ガブリエルもケイト・ブッシュも、かつてのように芸術性とポップ感覚を併せ持った作品を発表することはもうない気がする。
 それでもコアなファンはついていくだろうし、今回の『雪のための50の言葉』だって、100回、200回と聴き込めばきっとよさがわかってくるのだろう。でも、いまの私にはそこまでする根気がない。
 私にとっては、ケイト・ブッシュが遠くに行ってしまった気がするアルバム。

■関連エントリ→ ケイト・ブッシュ『エアリアル』レビュー

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石井光太『ニッポン異国紀行』


ニッポン異国紀行―在日外国人のカネ・性愛・死 (NHK出版新書 368)ニッポン異国紀行―在日外国人のカネ・性愛・死 (NHK出版新書 368)
(2012/01/06)
石井 光太

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 今日は、うちの長女の短大入学式。

 私は先週からできていた口内炎がどんどん大きくなり、まるで虫歯のようにズキズキ痛む最悪のコンディション。唇の端が腫れて、まるで殴られたよう。食事をするときと言葉を発するときが、とくに苦痛。しかし、式典そのものは感動的だった。

 口内炎というと、若いころはしょっちゅう悩まされたものだが、ここ数年はなっていなかった。久しぶりになったのは、このところ忙しくてストレスがたまっていたせいか。

 痛みがひどくなったので、昨日は薬局で口内炎用の軟膏(「サトウ口内軟膏」)とうがい薬(「アズレンうがい薬」)を買ってきたのだが、一日使っただけではとくに効果は感じられず。


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佐藤製薬株式会社

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 たかが口内炎と思うかもしれないが、頭を使う仕事にはけっこうなダメージがある。痛みで全然原稿に集中できず、仕事にならないのである。

 寝床で静養しつつ、石井光太著『ニッポン異国紀行――在日外国人のカネ・性愛・死』(NHK新書/903円)を読了。
 海外の最貧国ルポをずっと書いてきた石井光太が、日本の中の異国――在日外国人たちの暮らしに迫った連作ノンフィクション。
 在日外国人を扱ったノンフィクションはこれまでにも山ほどあるわけだが、さすがは石井光太というべきか、これまであまり正面から描かれてこなかった領域にまで踏み込んで、読み応えある内容になっている。

 たとえば第一章は、「外国人はこう葬られる」。在日外国人が日本で亡くなったとき、どのように葬られ、遺体や遺骨がどのように祖国に送られるのかをつぶさに追って、目からウロコの内容になっている。

 日本における「韓流セックスビジネス」の“隆盛”などを扱った第二章「性愛にみるグローバル化」も、過去の最貧国ルポで性についても真正面から描いてきた石井らしい章で、面白い。

 前半二章に比べ、後半の二章――在日外国人の宗教と、彼らが日本で受ける医療について扱っている――はいささか弱い感じ。それでも、印象的なエピソードが随所にあって、一冊の本としては上出来だ。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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