石井光太『ルポ 餓死現場で生きる』


ルポ 餓死現場で生きる (ちくま新書)ルポ 餓死現場で生きる (ちくま新書)
(2011/04/07)
石井 光太

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 石井光太著『ルポ 餓死現場で生きる』(ちくま新書/903円)読了。

 石井の著作の中では、『絶対貧困』と同系列の一冊。つまり、『レンタルチャイルド』のようなワンテーマ・一国に絞った内容ではなく、彼が取材を重ねた最貧国各国の状況を、章ごとのテーマに沿って網羅的に紹介したものなのだ。
 ゆえに、彼の著書を初めて読む人にとっては『絶対貧困』と並んでオススメできる一冊。「光太ワールド」への入門書として好適であり、同時に世界の貧困状況の優れた概説書にもなっている。

■関連エントリ→ 石井光太『絶対貧困』レビュー

 読み終えてみると、書名にいささかの違和感を覚える。この書名だと、餓死寸前で寝たきりの人々を著者が看取っていく内容のように思えてしまうから。
 実際にはそうではなく、餓死と隣り合わせの貧困状況の中でぎりぎりの生を生きる人々を活写した内容である。

 章立ては、以下のとおり。

第1章 餓死現場での生き方
第2章 児童労働の裏側
第3章 無教養が生むもの、奪うもの
第4章 児童結婚という性生活
第5章 ストリートチルドレンの下克上
第6章 子供兵が見ている世界
第7章 なぜエイズは貧困国で広がるのか



 この章立てからもわかるとおり、貧困の悲惨さがいちばん如実に表れる子どもたち(そして女性たち)の生活にウエートを置いた内容になっている。

 最終章に、「世界は私たちが想像しているよりもはるかに複雑です」という一節がある。私が本書から抱いた感想も、その一言に集約される。
 私たちはとかく、自分の知らない世界を単純化し、善悪二元論にあてはめて捉えがちだ。「児童労働? 児童結婚? まあ、なんておぞましい! そんなことは絶対に許されるべきではありません」というふうに……。

 もちろん、児童労働も児童結婚もないほうがいいに決まっている。しかし、それは現実にあるのだし、それを「させる側」が一方的な悪であるともかぎらない。

 たとえば、著者は次のように言う。

 地域によっては児童労働それ自体が貧困のセーフティーネットになっています。それを奪ってしまうことは、貧困家庭の命綱を断ってしまうことにもなりかねないのです。



 また、ムンバイーの売春宿を取材した際に見た、売春組織が幼い売春婦たちに言語教育を施している例が紹介される。
 彼女たちは元ストリートチルドレンであり、多くは文盲である。そのため、客と円滑なコミュニケーションが取れるようにと、ヒンディー語を教えているのだった。

 売春宿で働くある女の子がこう語っていたのが印象的でした。
「ストリートチルドレンとして生きていたら、一生そのままだったと思う。けど、こうやって売春宿で働かせてもらえれば、言葉をちゃん理解できるようになれる。そうすればどこへでも行けるし、別の仕事だってやれる。何も知らずに路上でゴミを拾っているよりはずっと良かったと思っている」



 ストリートチルドレンをさらってきて児童売春をさせる組織――それは、世間的な基準ではまごうかたなき極悪である。しかし、売春させられている当人たちにとっては必ずしも悪ではないのだ。よい悪いはべつにして、そのような現実がある。まさに、「世界は私たちが想像しているよりもはるかに複雑」なのである。

 石井光太の本がつねにそうであるように、彼は最貧国の現実を先進国的正義で裁断するような真似はしない。ただ虚心坦懐に、人々の生の営みを見つめるのだ。そのまなざしを通じて、読者にとっても「世界が変わって見える」好著。

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寺久保エレナ『ニューヨーク・アティチュード』


ニューヨーク・アティチュードニューヨーク・アティチュード
(2011/06/22)
寺久保エレナ

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 現在19歳の「天才サックス少女」――寺久保エレナが6月に発表したセカンド・アルバム『ニューヨーク・アティチュード』(キングレコード/3000円)を聴いた。少し前に聴いたファースト・アルバム『NORTH BIRD』がとてもよかったので。

 いやー、これもいい。私の素人目(耳)にも、1年前のデビュー作からの確かな進歩が見てとれる。ロン・カーター、ケニー・バロンといった大御所と共演して、少しも臆するところがない堂々たる演奏。

 オープニングのタイトル・ナンバーは、ケニー・バロンの曲。この曲の天翔るようなスピード感と多幸感こそ、寺久保エレナの真骨頂だと思う。

 ファースト・アルバムもそうだったが、暗い曲が一つもない。スムース・ジャズ的な軽さは微塵もないストレート・アヘッドなジャズなのだが、それでも、どの曲をとっても明るく楽しい。
 生命力がはじけるような、人生を丸ごと肯定するようなポジティヴな音。それは技術うんぬんというより、寺久保エレナの人間性の表れだろう。彼女はきっと、幼いころからたくさんの人に愛され、大切に慈しまれて育った娘さんなのだと思う。音からそれが感じ取れる気がする。

 一つだけ難を言えば、ジャケットの写真。ちょっと気取りすぎで、寺久保エレナの素朴な可愛さがまったく活きていないと思う。パッと見、「どこのおばさん?」と思ってしまった。

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筒井功『新・忘れられた日本人』


新・忘れられた日本人---辺界の人と土地新・忘れられた日本人---辺界の人と土地
(2011/11/02)
筒井 功

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 筒井功著『新・忘れられた日本人――辺界の人と土地』(河出書房新社/1890円)読了。

 著者についても内容についても何も知らないまま、タイトルに惹かれて手にとった本。いうまでもなく、民俗学者・宮本常一の『忘れられた日本人』をふまえたタイトルである(佐野眞一の著作にも同題のものがあるが)。思いがけず面白かった。

 著者は1944年生まれの元「共同通信」記者で、現在は在野の民俗研究者。
 新聞記者などの社員ジャーナリストには、定年を迎えたとたん物を書かなくなってしまう人が少なくない。が、中には定年後のほうが旺盛な執筆活動をしている人もいる。著者もその1人であろう。こういう人こそ本物の物書きであって、定年後に書かなくなってしまう人は、けっきょく物を書くのが好きではなかったのだと思う。

 本書は、著者がつづけてきた民俗研究の過程で出合った、「一冊の本にするのは難しそうだが、いつまでも気になって忘れることができない人や土地」について綴ったもの。それぞれ独立した内容の全6章からなる短編ルポ集である。

 章立ては以下のとおり。

第1章 サンカが過ごした最後の日々
第2章 奥会津・三条村略史
第3章 ある被差別部落の誕生と消滅
第4章 「説教強盗」こと妻木松吉伝
第5章 葬送の島、葬送の谷
第6章 朝鮮被虜人の里の四〇〇年



 第5章を除いてすべて、差別され、社会から疎外された人々の忘れられた暮らしぶりをたどる内容になっている。「説教強盗」妻木松吉についての章だけが浮いているようだが、これは松吉の出自が「野守(のもり)」と呼ばれる被差別者であったことから取り上げられたもの。

 「漂泊の民」サンカの暮らしぶりをフィールドワークから浮き彫りにした章など、たいへん興味深い。次のような記述に、度肝を抜かれる。

 シマは産んだ子は、ぜんぶ一人で取り出している。義造とのあいだの末子などは、仕事中に鬼怒川の河原で産み、川の水を産湯代わりにして体を洗ったという。分娩直前になっても箕売り、箕直しに歩いていたのである。ただし、こんなことは彼らの社会ではごく普通のことであり、なにもシマにかぎってのことではない。



 「箕(み)」とは竹や木の皮で作る農作業用具だが、かつてそれはサンカなどの非定住・無籍の民が作るものであって、「一般の農民が作ることは、まずなかった」という。箕を作る者に対する厳しい賤視があったためだ。

 ほかにも、目からウロコの記述が少なくない。たとえば、「葬送の島、葬送の谷」の次のような一節――。

 墓所と聖地では、その性格は全く逆ではないかと思われる方もいるかもしれないが、そうではない。葬場あるいは墓所は死者の霊を浄化して常世(神の世界)へ送り出すところであり、のちには聖地に変化しやすい。伊根の青島も、そのような場所であった。葬送と穢れを直結させるのは、中古以来の考え方である。



 古代の葬礼は、今日とは決定的に違っていた。とにかく期間が長く、天皇の場合には短くて数ヵ月、長いと数年に及んでいたほどである。葬とは遺体を白骨化させたうえで墓所に納めることであった。絶息からそれまでのあいだを「殯」と呼んでいた。



 「短編集」ゆえの読み足りなさはあるものの(各章の終わりごとに「え? もう終わり?」と思った)、民俗学の面白さを再発見させる好著。

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生田武志『貧困を考えよう』


貧困を考えよう (岩波ジュニア新書)貧困を考えよう (岩波ジュニア新書)
(2009/10/21)
生田 武志

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 昨日は都内某所で打ち合わせが一件。

 行き帰りの電車で、生田武志著『貧困を考えよう』(岩波ジュニア新書/819円)を読了。
 釜ヶ崎(大阪市西成区)を拠点に野宿者支援などの反貧困活動に携わる著者が、10代の読者に向けて書いた貧困問題の平明な概説書である。

■関連エントリ→ 生田武志『ルポ最底辺』レビュー

 著者の旧著『ルポ最底辺』もとてもいい本だったが、本書も良質な貧困問題入門になっている。貧困の現場に身を置く活動家ならではの真摯な当事者目線につらぬかれているし、体験だけでは語れない部分についてはきちんと調査・取材したうえで、手際よくまとめているのだ。

 貧困は、子ども、高齢者、女性、農業、漁業、非正規労働、外国人、障害者など、ひじょうに多くの問題にわたっている。ぼくの現場は日雇労働、野宿問題だけなので、この本を書くため、一年間、全国の多くの方にインタビューをしてまわることになった。(「あとがき」)



 岩波ジュニア新書は基本的に高校生くらいを対象にしているが、本書は大人が読む貧困問題入門としても好適な内容に仕上がっている。

 第1章「二人のひろし」で、著者は造田博(1999年に起きた池袋通り魔殺人事件の犯人)と田村裕(「麒麟」の片割れ。『ホームレス中学生』で知られる)の2人を対比的に描き出す。

 「二人のひろし」は、共に少年時代の1993年に親に捨てられ、貧困のどん底を味わった。しかし、その後の歩みはあまりにも対照的である。造田がほとんど誰からも救いの手を差し伸べられなかったのに対し、田村には近隣の人々や教師たちなどによるあたたかい支援があったのである。

 一九九九年、田村裕は川島とコンビを組んで「麒麟」を結成し、造田博は無差別殺傷事件をおこした。二○○七年、田村の書いた『ホームレス中学生』はベストセラーになり、造田博は死刑が確定した。



 著者は本書でくり返し、貧困には「経済の貧困」と「関係の貧困」という2つの側面がある、と指摘する。「関係の貧困」とは、経済的貧困に陥った者が社会的孤立にも陥ることを指す。
 造田博とは違い、少年時代の田村裕は「関係の貧困」には陥っていなかったのだ。「二人のひろし」の対照から、著者は何が貧困を深刻にしているのかを端的に示し、読者の心を鮮やかにつかむ。

 以後の章では、貧困問題のさまざまな側面が解説されていく。対象読者層を考慮してか、子どもと若者の貧困にとくにウェートが置かれている。
 どの章も、各種データと取材で得た現場の声、著者の体験と意見のバランスが絶妙である。著者は、ジャーナリスティックなセンスにも恵まれていると思う。

 最も衝撃的なのは、著者の地元・大阪市西成区における深刻な貧困状況が描かれるくだり。
 たとえば、同区の公立中学校教師の談話には、次のような一節がある。

 夜、校区で女子生徒に会って「はよ家帰れよ」と言うても、「おかあちゃんの彼氏来てるから」とかね。あるいは、「だれも家にいてへんもん」と。そういうふうに、自分の居場所のない子どもなんていっぱいいます。多くは、経済的にもきびしい暮らしをしている子どもですね。そして、人と豊かにつながるということも学べずに来ている。
 こういう子どもたちは、なかなか勉強というところには行けません。勉強しようという意欲にたどりつくまでに、それこそいっぱい段階があるような気がするんです。



 また、次のような一節も――。

 海外の難民キャンプなどで医療活動をおこなう「国境なき医師団」は数年間、東京や大阪の野宿者への医療活動をつづけていた。ぼくは大阪の国境なき医師団のメンバーと話したことがあるが、いくつかのデータから「大阪市の野宿者の医療状況は、海外の難民キャンプのかなり悪い状態に相当する」と言っていた。大阪という大都会の中に「第三世界」がひろがっている状況だ。



 「日本は腐っても経済大国だから、貧困問題はあっても第三世界のそれとは次元が違う」と私などは思っていたが、日本の貧困は想像以上に激化の一途をたどり、最底辺層は第三世界に近づいているのだ。

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鈴木敏夫『ジブリの哲学』『仕事道楽』


ジブリの哲学――変わるものと変わらないものジブリの哲学――変わるものと変わらないもの
(2011/08/11)
鈴木 敏夫

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 22日の取材が相手都合で1月に延期。
 風邪でまだ咳が出ていたので、取材に行っていたら現場で咳き込んでひんしゅくを買っていたことだろう。ゆえに結果オーライ。
 また、取材がなくなって家で一息ついていたところ、別の特急仕事が飛び込んできた(今日が〆切り!)。取材に行っていたらこの仕事も逃していただろうから、これまた結果オーライ。

 昨夜は編集者2人とカメラマンとで、4人だけのプチ忘年会。これくらい小規模なのがゆったり話せていいですな。


 
 鈴木敏夫著『ジブリの哲学――変わるものと変わらないもの』(岩波書店)、『仕事道楽――スタジオジブリの現場』(岩波新書)読了。仕事の資料として読んだもの。
 
 スタジオジブリの長編アニメほぼ全作品をプロデュースしてきた辣腕プロデューサーが、これまでの歩みとスタジオジブリの映画作りの舞台裏を明かした本。

 2冊とも、宮崎駿、高畑勲、徳間康快らのエピソードがどれも興味深く、面白い本だった。

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デオダート『Original Album Classics』


Original Album ClassicsOriginal Album Classics
(2011/10/04)
Deodato

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 デオダートの『Original Album Classics』を輸入盤で購入。

 旧作アルバムを廉価でセット販売する『Original Album Classics』シリーズには、なぜか5枚組セットのものと3枚組セットのものがある。これは3枚組。いずれにせよ、1枚ずつ買うよりはずっと安い。本作は送料込み1200円ほどでゲット。

 デオダートことエウミール・デオダートはブラジル出身のアレンジャー/キーボーディストで、ボブ・ジェームスらと並ぶフュージョンの草分けの1人。
 フュージョンがまだ「クロスオーバー」と呼ばれていたころ、マイルス・デイビスやマハヴィシュヌ・オーケストラなどの硬派路線とは逆方向にクロスオーバーの地平を切り拓いたのが、デオダートやボブ・ジェームスらであった。

 「逆方向」とは、要するに「ジャズの大衆化」路線。ジャズにクラシックやロックなどの要素を取り入れることで、従来のジャズの小難しさから脱却し、心地よくカッコイイBGMになり得る音楽、ということ。
 デオダートやボブ・ジェームスらが1970年代前半から中盤にかけ、「CTIレーベル」で出したそうした方向性のアルバムは、現在のスムース・ジャズの源流であり、70年代後半以降のフュージョン・ブームの先駆でもあった。

 ……と、知ったふうなことを書いているが、1970年代前半の音楽動向など、私とてリアルタイムで知っているわけではない。
 70年代末、CTIレーベルの名作群を1枚1500円の廉価版LPレコードとして売り出すシリーズがあって、少年時代の私はそのシリーズをせっせと買っていたのである。それらはいずれも、当時の私にとっては画期的に大人っぽい、カッコイイ音楽だった。

 そのシリーズで知ったアーティストの1人が、デオダートだった。
 この3枚組セットにも入っている彼のファースト『ツァラトゥストラはかく語りき』(1972年)とセカンド『ラプソディー・イン・ブルー(デオダート2)』(1973年)は、いずれも当時LPで聴きまくったアルバムである。

 いま聴いても、この2枚は甲乙つけがたい名盤だと思う。クラシックの名曲をフュージョン化した曲はどれもアレンジが見事の一語だし、オリジナル曲はブラジル音楽のテイストをスパイスに用いたすこぶる独創的なフュージョンだ。
 そして、そのうちの何曲か――「セプテンバー13」や「摩天楼(スカイスクレイパーズ)」など――は、完全にジャズ・ロックである。スタンリー・クラークやビリー・コブハムなど、ジャズ・ロック畑の腕利きたちを揃えて、いまなお色褪せないカッコイイ音を聴かせてくれる。





 ↑この「摩天楼(スカイスクレイパーズ)」は、その昔ローカル・テレビ局で放映していた洋楽ビデオ・クリップ番組の草分け「ポップス・イン・ピクチャー」(京都のテレビ局で作っていたようだが、私は群馬テレビで観ていた。あの「ベストヒットUSA」にも数年先行しており、当時「洋楽スターの動く姿」が観られる機会はこの番組くらいしかなかった)のテーマ曲に使われており、その点でも私にとっては懐かしい曲。

 なお、このセットにはもう1枚、アイアート・モレイラと共演したライヴ・アルバム『イン・コンサート』が入っているのだが、これはなんだかパッとしない凡作だった。

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『もうダマされないための「科学」講義』


もうダマされないための「科学」講義 (光文社新書)もうダマされないための「科学」講義 (光文社新書)
(2011/09/16)
菊池 誠、松永 和紀 他

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 菊池誠、松永和紀ほか著『もうダマされないための「科学」講義』(光文社新書/798円)読了。

 5人の論客(菊池誠、伊勢田哲治、平川秀幸、片瀬久美子、松永和紀)が各1章を受け持ち、科学リテラシー向上のための「講義」をくり広げるオムニバス。『現代社会を多角的に検討する「知」の交流スペース』である「シノドス」が行った連続セミナーがベースになっている。

 私は、少し前に読んで感銘を受けた『メディア・バイアス』の著者・松永和紀(サイエンス・ライター)が加わっていることから購入した。
 松永氏は本書で「報道はどのように科学を歪めるのか」という章を担当している。つまり『メディア・バイアス』の延長線上にあるテーマで、期待を裏切らぬ素晴らしい内容になっている。

■関連エントリ→ 松永和紀『メディア・バイアス』レビュー

 ほかの4章も、それぞれ一読の価値がある。「科学とはなにか? 科学と科学でないものの間は? 科学を上手に使うには?」(帯の惹句)を考えるうえで有益な、中味の濃い一冊だ。

 ただ、伊勢田哲治による「科学の拡大と科学哲学の使い道」と、平川秀幸による「3・11以降の科学技術コミュニケーションの課題」は、中心となっている「モード2科学」とか「トランスサイエンス・コミュニケーション」といった概念そのものが私にはよくわからなくて、やや難解だった。

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トルネード竜巻『アラートボックス』ほか


アラートボックスアラートボックス
(2004/06/16)
トルネード竜巻

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 最近気に入っているのが、トルネード竜巻。
 といっても、彼らは2004年にメジャー・デビューして、2009年に活動休止してしまったバンド。私が初めて聴いたのが最近なのである。

 名前だけは前から知っていたのだが、「なんかアタマ悪そう」なバンド名の印象から、ティーン向けのDQNな音楽をやっているのだとばかり思い込んでいた(笑)。実際に聴いてみたら正反対で、大人の鑑賞に堪える都会的でハイセンスなJ-POPであった。
 どんな意図でつけたバンド名なのか知らないが、彼らはこの名前のせいでかなり損をしたと思う。やっている音楽とすごくミスマッチだから。

 曲自体はポップでキャッチーなのに、凝りに凝った高度なアレンジ。変拍子や転調を多用し、ジャズやプログレ的な要素もちりばめられている。ポップなメロディーとテクニカルなアレンジのギャップが、むしろ魅力の源になっている。その点では、クラムボンとかサカナクションに近い。



 名嘉真祈子(なか・まきこ)のヴォーカルも素晴らしい。大貫妙子の流れを汲む植物系ウィスパー・ヴォイスだが、大貫よりもっと美声で透明感がある。一見弱々しげな声質ながら、思いのほか伸びとパワーもある。それに美人だし。

 彼らがメジャーで出した2枚のフルアルバム――『アラートボックス』と『ふれるときこえ』を聴いた。
 2枚ともいい曲がいっぱいで、アレンジも緻密で聴き飽きない。ただ流しておいても心地よく、じっくり聴けば作り込まれた細部が興趣尽きない。
  


 「言葉のすきま」や「パークサイドは夢の中」みたいな一般受けするシンプルな曲ばかり集めてアルバムにすればもっと売れただろうに、小難しい曲が随所に入っていて、それがとっつきにくさになっている。

 たとえば、『ふれるときこえ』所収の「おなじあなのムジアナ」など、ブランドXとかブラッフォードあたりのプログレ系ブリティッシュ・ジャズ・ロックのよう。私には面白かったが、一般のJ-POPファンからみたら「なんじゃこりゃ?」でしかあるまい。こういう曲は、トルネード竜巻とは別のバンドで趣味としてやっていればよかったのに……。

 要するに、トルネード竜巻の面々は、売れ線狙いに徹するにはテクニックとインテリジェンスがありすぎたのだろう。
 
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堀井憲一郎『いますぐ書け、の文章法』


いますぐ書け、の文章法 (ちくま新書)いますぐ書け、の文章法 (ちくま新書)
(2011/09/05)
堀井 憲一郎

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 堀井憲一郎著『いますぐ書け、の文章法』(ちくま新書/777円)読了。

 「ホリイのずんずん調査」で知られるベテラン・コラムニスト/フリーライターがものした、文章読本兼ライター入門。著者が担当した「ライター講座」をベースにしている。

 ライター入門としても、文章読本としてもかなり偏った個性的な内容である。
 ライター入門/文章読本をすでにたくさん読んでいる人が読む分にはよいが、これを最初に読むのは避けたほうがいい。日本語を習おうとする外国人が、きつい方言を先に覚えてしまうようなものだから。

 この新書でも、書いているのは、ほとんどが書く前の準備のことである。
 実際にどう書くのかは、本人が書いて学んでいくしかない。



 そんな一節があるとおり、具体的にどうやってライターになったらよいか、なったあとにどう仕事をしていったらよいかは、本書を読んでもまったくわからない。それ以前の心構えの話に終始しているからだ。

 著者が説くプロのライターとしての心構えには共感できる点も多いが、それは私が長年ライターをしているからであって、ライター志望の大学生とかが本書を読んでも、言っている意味がよくわからない部分が多いだろう。

 著者は本書でくり返し、“ライターはサービス業である。自己表現のために文章を書くな。読む人の立場に立って書け”と書いているのだが(それ自体は正論)、そのわりには、読者の多数を占めるはずのライター志望者の立場に立って書いていないのだ。

 文章術の本なのに構成も文章も粗削りで、思いつくまま書き殴った印象。もっとも、本書によれば、それは著者が意図して選んだスタイルなのだという。

 いま、この瞬間にたまたまおもいついたことを大事にして、それを書く。
 事前に、文章をじっくり練らない。書いたあともじっくりいじらない。



 落ち着いて書くな。
 じっくりと時間かけて書くな。
 それでは頭が勝ってしまう。
 頭脳が文章を制御しはじめる。そんな文章、面白くもなんともない。



 ……と、そんなふうに文章の「勢い」を何よりも重んじるのが著者の作法であるらしい(ゆえに「いますぐ書け」ということになる)。ま、私には手抜きのいいわけにしか思えないけど。

 ライター志望者が1冊目に読むべき本としては、野村進の『調べる技術・書く技術』か、永江朗のライター入門シリーズ(『〈不良〉のための文章術』など)あたりをオススメしたい。

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矢野顕子×上原ひろみ『Get Together ~LIVE IN TOKYO~』


Get Together ~LIVE IN TOKYO~(初回限定盤)(DVD付)Get Together ~LIVE IN TOKYO~(初回限定盤)(DVD付)
(2011/11/23)
矢野顕子X上原ひろみ

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 矢野顕子と上原ひろみの共演ライヴ・アルバム『Get Together ~LIVE IN TOKYO~』(ユニバーサルインターナショナル/初回限定盤3500円)を、いただいたサンプル盤でヘビロ中。

 東京・昭和女子大学人見記念講堂でのライヴ・レコーディング。日本が世界に誇る2人の天才の夢の共演である。
 もっとも、これまでにも2人は互いのアルバム収録曲やコンサートで共演を重ねてきたのだが(※)、アルバム1枚丸ごとの共演はこれが初。

※たとえば、『はじめてのやのあきこ』の「そこのアイロンに告ぐ」、『プレイス・トゥ・ビー』(上原のソロ)の「グリーン・ティー・ファーム」で共演している。

 ジャズを基盤にしつつもジャンルを超えた音楽活動を重ねてきた2人だけに、このアルバムもジャンル分け不可能な内容になっている。
 たとえば、収録曲の中にはジャズのスタンダードや童謡、昭和流行歌のカヴァーがあるのだが、どんなジャンルの曲も矢野・上原カラーに染められ、全体には見事な統一感がある。

 本作のアーティスト名表記が「矢野顕子×上原ひろみ」となっているのは、2人のピアノ・セッションによって、“掛け算の化学反応”が生じたことを示しているのだろう。

 その好例が、オープニングの「CHILDREN IN THE SUMMER」と、ラストを飾る「ラーメンたべたい」。
 2曲とも矢野の有名なオリジナルだが、上原が編曲を手がけ、きらめく奔流のような2人のピアノで染め上げることによって、原曲とは異なる魅力を放つ作品に生まれ変わっている。2台のピアノと矢野のヴォーカルだけで構成されているにもかかわらず、なんと色彩感豊かな、なんと豊饒な音空間が構築されていることか。

 全曲矢野のヴォーカル入りの本作には、やや矢野寄りな印象もある。次はもっと上原寄りで、全曲インストの共演アルバムを出してほしい。


↑このアルバムには入っていないが、矢野×上原のケミストリーの例として「そこのアイロンに告ぐ」を。

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沼田まほかる『九月が永遠に続けば』


九月が永遠に続けば (新潮文庫)九月が永遠に続けば (新潮文庫)
(2008/01/29)
沼田 まほかる

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 沼田まほかる著『九月が永遠に続けば』(新潮文庫/660円)読了。

 先日読んだ『彼女が名前を知らない鳥たち』がよかったので、同じ作者のデビュー作を読んでみた。
 第5回ホラーサスペンス大賞受賞作。デビュー作とは思えない、達者な文章と凝った構成の長編ミステリである。

 『彼女が名前を知らない鳥たち』同様、人間性の「闇」の部分にこそ目が向けられており、読者を選ぶ作品。くわえて、本作にはどこかギリシア悲劇を思わせる部分もある。

 ただ、終盤のどんでん返しは、『彼女が名前を知らない鳥たち』ほど成功していない。
 成功したどんでん返しには「見事にだまされた」という快感があるものだが、失敗したどんでん返しは「え~、そんなのアリかよ」と納得いかない気持ちにさせられる。本作は後者だ。どんでん返しに至る伏線が不十分で、とってつけたような結末に思えてしまうのである。

 あと、『彼女が名前を知らない鳥たち』でも思ったことだが、ヒロインにまったく共感できなかった。どちらのヒロインも、なんか「いやな女」であり、あまりにも女として生々しすぎる描き方をされているのだ。

 まあ、そのへんも作者としては意図的にそうしているのだろう。
 作者の気持ちを推察するなら、「男のミステリ作家が描くヒロインが、あまりにも男にとって都合のいい聖女やお人形さんばかりだから、私はあえて生々しい『いやな女』をヒロインにしているのよ」というところかな。

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白河桃子『震災婚』


震災婚 (ディスカヴァー携書)震災婚 (ディスカヴァー携書)
(2011/10/16)
白河 桃子

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 白河桃子(とうこ)著『震災婚――震災で生き方を変えた女たち ライフスタイル・消費・働き方』(ディスカヴァー携書/1050円)読了。

 山田昌弘との共著『「婚活」時代』をベストセラーにし、「婚活」を流行語にした著者が、東日本大震災が女性たちのライフスタイルに与えた影響を探った本。タイトルのとおり、結婚・恋愛をめぐる変化におもに光が当てられている。

 「取材対象者は、私がずっとウォッチしている首都圏の女性たち中心で、力及ばすこの本には直接被災地の女性のインタビューまでは入っていない」と、「プロローグ」にある。
 「大震災についての本を書くのに、被災地に取材にも行かないとはどういう了見か?」と言いたくなるが、まあ、こういう割り切り方もアリかもしれない。“被災地以外ですら、震災を機に女性たちの心に大きな変化が起きていること”が本書のテーマなのだから。

 3・11以降、婚約・結婚指輪の売り上げが急伸しているとか、結婚情報サービス会社の資料請求数が急増している、という話は、新聞などで何度か見た。
 結婚だけではなく離婚も増えており、子どもを持たない選択をしてきたカップルが子どもを作る例も増えているらしい(著者は、今年12月以降に「震災ベビーラッシュ」が起きると予測している)。
 そうした現象に象徴される女性たちの震災後の変化を、たくさんのインタビューから浮き彫りにした本である。

 企画としては面白いし、女性たちの声を記録した資料としての価値はあるのだが、著者の分析がなんとも薄っぺら。
 「大震災以降、女性たちの結婚願望が強まっている。一方では夫婦の価値観の違いがあらわになり、離婚するケースも増えている。それはなぜでしょう?」と問われたとき、誰もが思いつく程度のことしか書かれていないのだ。

 要するに本書は、雑誌の単発記事にするくらいが関の山の内容なのである。それをあの手この手で水増しして(対談を入れたり、たくさんの震災関連書からの引用をちりばめたり)、無理くり一冊の本にしている。そんな印象を受けた。

 まあ、それでもいくつか有益な情報が得られたので、よしとしよう。
 そのうちの一つは、2002年にアメリカで、「自然災害の後は、結婚、出産、離婚などが増加する。生命を脅かすような自然災害の後に人は自らのライフコースを変更するような重大な行動をとる」という論文が出ていた、という話。

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『角川映画主題歌集』


角川映画主題歌集角川映画主題歌集
(2011/01/26)
映画主題歌

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 『角川映画主題歌集』(EMIミュージックジャパン/2200円)を聴いた。

 タイトルのとおり、1970年代後半から80年代にかけて世を席巻した角川映画の主題歌を集めたアルバム。角川映画35周年を記念したものだという。同様のコンピレーション・アルバムは過去にも発売されているが、このアルバムがいちばん収録曲が多いし、初のデジタルリマスタリングがなされている。価格もリーズナブルである。

 同時発売の2枚組『角川映画主題歌集デラックス』は、ディスク2に挿入歌や使用曲を集めている。

 デラックス版のほうのアマゾン・カスタマー・レビューを見てみたら、多くのレビュワーが伊藤さとり(映画パーソナリティ。このアルバムの企画者でもある)による解説を酷評していたので、ビックリ。
 こちらの通常盤には伊藤の解説の「はじめに」の部分しか掲載されていないので、それらの酷評が妥当かどうかは私にはわからない。ただ、「はじめに」を読むかぎり、解説者にふさわしい人はほかにいると感じた。“角川映画広報誌”でもあった『バラエティ』の編集部にいた人に書かせるとか。

 それはともかく、私にとってはなんともこそばゆい思いにさせられるアルバムである。
 ここに主題歌が収録された作品の大半を、私は封切り直後に映画館で観ている。“角川映画広報誌”であるとともに薬師丸ひろ子のファンジンでもあった『バラエティ』を、薬師丸ファンであった少年時代の私は愛読していたし、必然的に角川映画ファンでもあったのだ。
 だから懐かしくはあるのだが、一方で角川映画のダメさかげん(もちろん、いいものもある)や日本映画に果たした功罪もいまではよくわかっているから、気分は複雑でこそばゆいのである。

■関連エントリ→ 角川春樹『わが闘争』レビュー

 とはいえ、いま聴いても主題歌にはいい曲が多いと思う。ラインナップは以下のとおり。
 

01. 愛のバラード(Instrumental)/ 大野雄二(「犬神家の一族」 より)
02. 人間の証明のテーマ / ジョー山中(「人間の証明」より)
03. 戦士の休息 / 町田義人(「野性の証明」より)
04. 蘇える金狼のテーマ / 前野曜子(「蘇える金狼」より)
05. 戦国自衛隊のテーマ / 松村とおる(「戦国自衛隊」より)
06. You are love / ジャニス・イアン(「復活の日」より)
07. スローなブギにしてくれ / 南佳孝(「スローなブギにしてくれ」より)
08. 守ってあげたい / 松任谷由実(「ねらわれた学園」より)
09. セーラー服と機関銃 / 薬師丸ひろ子(「セーラー服と機関銃」より)
10. 汚れた英雄 / ローズマリー・バトラー(「汚れた英雄」より)
11. 光の天使 ローズマリー・バトラー(「幻魔大戦」より)
12. 探偵物語 / 薬師丸ひろ子(「探偵物語」より)
13. 時をかける少女 / 原田知世(「時をかける少女」より)
14. 里見八犬伝 / ジョン・オバニオン(「里見八犬伝」より)
15. 愛情物語 / 原田知世(「愛情物語」より)
16. メイン・テーマ / 薬師丸ひろ子(「メイン・テーマ」より)
17. 晴れ、ときどき殺人 / 渡辺典子(「晴れ、ときどき殺人」より)
18. WOMAN~Wの悲劇より / 薬師丸ひろ子(「Wの悲劇」より)



 18曲中、じつに8曲が薬師丸ひろ子出演作(『戦国自衛隊』のみチョイ役だったが)であり、角川映画は薬師丸ひろ子に支えられていたのだと、改めて思う。

 ジョー山中が歌った「ララバイ・オブ・ユー」(『戦国自衛隊』)は名曲なのに、主題歌ではなく挿入歌なので漏れているのは惜しい。
 あと、トランペットが渋い『野獣死すべし』のメインテーマは入れて欲しかった。インストで「歌」ではないが、『犬神家の一族』の「愛のバラード」だってインストなのに入っているのだから。

 ……と、いくつか不満はあるものの、おおむね妥当な選曲だと思う。

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蒲谷茂『民間療法のウソとホント』


民間療法のウソとホント (文春新書)民間療法のウソとホント (文春新書)
(2011/09)
蒲谷 茂

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 蒲谷(かばや)茂著『民間療法のウソとホント』(文春新書/767円)読了。

 健康雑誌の草分け『壮快』の創刊に編集者としてかかわった医療ジャーナリストの著者が、健康食品に代表される民間療法/代替医療の裏側を明かした本。

 自らもかかわった「紅茶キノコ」(健康食品のはしりとなったもの)ブームの舞台裏が一章を割いて書かれているほか、健康雑誌の作られ方についても反省をふまえて明かされている。

 また、アガリクス、プロポリス、サメ軟骨、黒酢、コラーゲン、ヒアルロン酸など、代表的な健康食品/成分について、その“効能”が検証されていく。

 少し前に読んだ『代替医療のトリック』を健康食品寄りにした感じの内容であり、巻末の参考文献リストにも同書が挙げられている。が、『代替医療のトリック』ほど民間療法全否定の姿勢ではない。

■関連エントリ→ サイモン・シンほか『代替医療のトリック』レビュー

 『代替医療のトリック』は緻密な調査に基づいた読み応えある大著だったが、代替医療とそれに群がる人々を小馬鹿にしたような「上から目線」、科学万能主義の臭味が鼻につくところがあった。

 その点、本書の著者にはもっと庶民に寄り添った優しい目線が感じられ、好ましい。各種健康食品・成分についても、是々非々の態度で検証にあたっている(それでも、大部分について否定的な結果が出るのだが)。

 著者は科学者でも医者でもないので、検証といっても関連論文を検索して読むだけなのだが、それだけの作業でも、健康食品をめぐる宣伝にいかに誇張と歪曲が多いかが明らかになっていく。健康食品を愛用しているような人こそ読むべき本である。

 印象に残った一節を引用する。

 欧米においては健康食品の利用頻度はそれほど高くありません。
(中略)
 日本において健康食品の利用が多いことは大きな特徴といえるでしょう。
 そして、日本では、補完代替医療を利用する理由や目的の調査によると、がんが治る、がんの進行を抑えるといった直接的な効果を期待して利用している人が多いことがわかりました。
 つまり、代替医療(健康食品)を薬と同じようにとらえているのです。これも欧米とは異なっています。欧米では、補完代替医療はまさに症状の緩和や通常医療の補完がおもな目的になっています。
 いい方を変えると、日本においては、健康食品に過剰な期待がかけられているといえるでしょう。
 がん患者が一ヵ月にどのくらいの金額を補完代替医療にかけているかをみると、一人平均五万七千円という結果でした。がんが治ることを期待しているからこそ、薬ではないのにこれだけの金額を支払っているのでしょう。
 しかし、健康食品は有効性が証明できていないからこそ、薬ではなくてまだ健康食品とされていることを忘れてはいけません。



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植木雅俊『仏教、本当の教え』


仏教、本当の教え - インド、中国、日本の理解と誤解 (中公新書)仏教、本当の教え - インド、中国、日本の理解と誤解 (中公新書)
(2011/10/22)
植木 雅俊

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 植木雅俊著『仏教、本当の教え――インド、中国、日本の理解と誤解』(中公新書/840円)読了。

 インドに生まれた仏教が、中国から日本へと伝わる過程でどう変容していったかを、さまざまな角度から概説した本。仏教受容をフィルターにした日・中・印三ヶ国の「比較文化論」としても、愉しく読める。目からウロコの知見も満載だ。

 私の目からウロコを落とした記述を、いくつか引用する。

 中国には天命説があり、帝王は「天の子」として民間信仰の神々より上位と見なされ、天命を受けた帝王に民衆は服従すべきものとされた。それは、一切衆生の平等や慈悲を説く仏教とは相対立するもので、中国での仏教の展開は将来の矛盾・対立をはらんで始まった。



 インドには歴史書もなければ、地理書もなかった。釈尊のことも、歴史として記録されていなかったので、一九世紀末までヨーロッパ人たちは、架空の人物だと思っていた。ところが、一八九八年にピプラーワーというところで釈尊の骨壺が発掘され、歴史的人物だということが、やっと確認されたのである。



 タイやミャンマーの僧侶たちは、独身を貫いているし、お酒も一切飲まず、日本の僧侶が結婚していることを非難している。「彼らは出家者じゃない」と。ところが、タバコは吸っている。戒律のどこにも「タバコを吸うな」とは書いてないと言うのだ。それはそうだ。釈尊の時代にタバコはなかったから。どっちもどっちで、五十歩百歩かもしれない。



 「法要」という言葉には本来、儀式の意味は全くなかった。それは、「法の本質」、「真理の教えのエッセンス」という意味であった。
(中略)
 ところが、わが国では「法要を営む」というように用いられて、仏教の儀式を意味する言葉になってしまっている。「教えの本質」よりも「儀式」、「形式」を重んずる傾向ゆえであろう。



 ただ、仏典翻訳についての記述は、一般書にしてはトリヴィアルにすぎる部分がある。
 とくに、第2章「中国での漢訳と仏教受容」は、本来のテーマから脱線して「仏典翻訳四方山話」になってしまっている。
 たとえば、法華経の「如蓮華在水」の「蓮華」について、一般には白蓮華(プンダリーカ)のことだと思われているが、じつは紅蓮華(パドマ)のことである、と一項を割いて論じているのだが、私などは「そんなの、どっちでもいいんじゃねーの」と思ってしまうのだ。法華経や維摩経の梵漢和対照・現代語訳を成し遂げた著者としては、そのへんをなおざりにはできないのかもしれないが……。

 と、ケチをつけてしまったが、勉強になる良書には違いない。
 また、著者の仏教学の師である中村元への敬愛が、全編にあふれている点も好ましい。「中村先生はこう言われた」などという記述が随所にあるし、終盤に紹介された中村元の最期についてのエピソード(昏睡状態の中で、45分にわたって仏教学の“講義”をしたという)も感動的だ。

 
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小田嶋隆『その「正義」が危ない』


その「正義」があぶない。その「正義」があぶない。
(2011/11/17)
小田嶋隆

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 小田嶋隆著『その「正義」が危ない』(日経BP/1570円)読了。

 先日読んだ『地雷を踏む勇気』と同じく、「日経ビジネスオンライン」の人気連載「ア・ピース・オブ・警句」の単行本化である。

 『地雷を踏む勇気』には東日本大震災関連のコラムが多く選ばれていたが、本書はそれ以外のもので比較的最近のものが中心。
 『地雷を踏む勇気』は1本を除いてすべて今年書かれたコラムだったが、本書も今年のコラムが約半分を占めている。時事コラムゆえに、「旬」を重視したセレクトということなのだろう。

 「ア・ピース・オブ・警句」は2008年に始まっているが、連載初期のものはもう旬ではないと見なされたのか、すべて外れている。オバマ大統領登場について書いたものなど、初期にも名文が多かったので、これは惜しい。
 また、ITネタはすぐ古くなるからか、いずれもセレクトから外れている(例外として、スティーヴ・ジョブズ追悼文が本書に収録されているが)。ツイッター・ブームやiPadを取り上げた回も傑作だったと私は思うのだが。

 それでも、本書に選ばれたコラムはほとんどが傑作である。私はすべてサイトで一度読んでいるが、再読三読する価値は十分にある。

 大相撲ネタが3本あって(ドルジネタ、八百長問題ネタなど)、いずれも相撲論として秀逸だし、「小沢ガールズ」について取り上げた回など、政治評論家にも政治記者にも書き得ない、オダジマならではの政治論になっている(それでいてコラムとしてちゃんと面白いし)。

 メモしておきたくなるような名文、名ジョークも随所で炸裂。
 たとえば、「終章」として別枠扱いで載せられているジョブズ追悼文「グレートジョブズによせて」は名文だ。その印象的な一節を引く。

 一人の人間が世界を変えるわけではない。
 が、一人の人間のインスピレーションが、後の世代の若者のアタマの中味をごっそり入れ替えてしまうことは、必ずしも珍しい出来事ではない。ジョブズは間違いなくそれを成し遂げた男の一人だ。
(中略)
 私のアタマの中味を作ったものを、円グラフの中に書きこむのだとすると、おそらく、4分の1ぐらいを、コンピュータ関連のあれこれが占めることになる。で、そのうちの半分はアップルでできている。
 ということは、私のアイディアの12・5%はジョブズ由来だということになる。
 リンゴで言えば、ちょうど囓られてなくなっている部分ぐらいに相当する。
 感謝せねばならない。
 リンゴが落ちることを発見した男によって切り開かれた時代が近代であるとするなら、現代は、リンゴに歯形を付けた人間のインスピレーションに沿って動いている時代だ。未来がどうなるのかはもう誰にもわからなくなった。さようならジョブズ。



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佐藤優・中村うさぎ『聖書を語る』


聖書を語る―宗教は震災後の日本を救えるか聖書を語る―宗教は震災後の日本を救えるか
(2011/07)
佐藤 優、中村 うさぎ 他

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 昨日は都内某所で打ち合わせが一つ。
 少し早く着いたので書店に入ったところ、私が書いた本(共著)をなんと20冊まとめて買っている人に遭遇! レジの書店員に「宅配便で送ってくれ」と頼んでいた。

 自分の本を買っている人に出合ったことはこれまでに何度もあるが、こんなまとめ買いの現場に遭遇したのはさすがに初めて。「その本、私が書いたんですぅ。お買い上げありがとうございますぅ」と、もみ手しながら言おうかと思った(言わなかったけど)。

 今日はお茶の水の「山の上ホテル」で、山内昌之さんと久保文明さん(ともに東大教授)の対談取材。
 対談を横で聴いているだけでもすごく勉強になった。ライターの仕事の素晴らしさの一つは、このように「お金をもらって勉強ができる」ことである。

 行き帰りの電車で、佐藤優・中村うさぎ著『聖書を語る――宗教は震災後の日本を救えるか』(文藝春秋/1350円)読了。

 ともにキリスト教徒である2人の異色対談(佐藤は過去の著作でも中村うさぎを高く評価していた)。

 知的刺激に富む、上出来の対談集。
 驚かされるのは、中村うさぎが佐藤優と対等に伍していること。もちろん佐藤優のほうが博学ではあるのだが、佐藤のレクチャーを中村がただ聞いているだけ、という感じではまったくない。
 呉智英が中村うさぎのことを「この人は頭がいい。マスコミがもてはやす女性大学教授連中など較べものにならないほどの優秀な頭脳を持っている」と評していたが、本書にはその頭のよさの本領が発揮されている感じ。

 タイトルは『聖書は語る』ではあるものの、『聖書』とキリスト教そのものがテーマというより、キリスト教を媒介にしていまの日本と社会を語った本、という印象。その中で、副題になっている「宗教は震災後の日本を救えるか」という問いも俎上に載る。

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デヴィッド・ギルモア『アバウト・フェイス』ほか


X2: David Gilmour / About FaceX2: David Gilmour / About Face
(2008/10/14)
David Gilmour

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 ピンク・フロイドのギタリスト、デヴィッド・ギルモアのソロ・アルバム『デヴィッド・ギルモア』と『アバウト・フェイス』を2in1にしたセットを、輸入盤で購入。

 『デヴィッド・ギルモア』は1978年のファースト・ソロで、『アバウト・フェイス』は84年のセカンド・ソロ。いずれも、昔アナログ盤で愛聴していたアルバム。久しぶりに聴きたいなと思って検索したら、この安いセットがヒットしたというしだい。

 よくある2枚組仕様のペラいセットかと思ったら、1枚ずつ別々にパッケージングされたものがしっかりした紙箱に収まっていた。リマスタリングされていて音質もよいし、これで1000円弱は安い。

 内容は、2作とも極上。
 ファーストの『デヴィッド・ギルモア』がピンク・フロイドの延長線上にある内省的な音であるのに対し、セカンドはもう少しポップな音(曲によってはダンサブルですらある)。そうした違いはあっても、いずれも曲は粒揃いだし、全編にわたってギルモアの情感あふれるギターが堪能できる。
 「泣きのギター」というか、曲によってはほとんど「ド演歌」と評したいほどにエモーショナル。それでいて、けっして下品でも通俗的でもなく、知的で端正なギターなのである。

 ベスト・トラックを選ぶなら、ファーストでは「ゼアズ・ノー・ウェイ・アウト・オブ・ヒア」、セカンドでは「ユー・ノウ・アイム・ライト」。2曲とも、まさに「神曲」。





 
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古泉智浩『死んだ目をした少年』


死んだ目をした少年死んだ目をした少年
(2005/03)
古泉 智浩

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 古泉智浩の『死んだ目をした少年』(青林工藝舎/1155円)を読んだ。

 この人の作品を読むのはこれで3作目。本作は、いじめられっ子の中学生を主人公にした学園ものというか青春マンガである。

 得意の下ネタをほぼ封印して、わりと真正面から描かれた青春マンガになっている。とはいえ、古泉智浩のことだから随所に一筋縄ではいかないひねりが加えてあり、じつに奇妙な味わい。
 フツーの青春マンガのようなさわやかな感動は薬にしたくもないが、そのかわり、“居心地の悪い感動"とでも言うべきものがある。「こんなヘンなマンガに感動しちゃったよ」という感じ。

 『ジンバルロック』の突き抜けた面白さには遠く及ばないが、なかなか味わい深い佳作である。

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みうらじゅん『マイ仏教』


マイ仏教 (新潮新書)マイ仏教 (新潮新書)
(2011/05/14)
みうらじゅん

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 みうらじゅん著『マイ仏教』(新潮新書/714円)読了。

 みうらじゅんならではの、前代未聞の“笑える仏教入門”である。私は読み終わるまでに計10回くらい吹き出した。

 怪獣に魅せられるように仏像に魅せられ、仏像スクラップ・ブックを熱心に作っていたという小学生時代の思い出から始まり、自らの半生と仏教のかかわりが振り返られる。それは、仏教徒ならぬ仏教マニア/仏教オタクとして歩んできた軌跡である。そして、その軌跡をたどることを通じて、仏教の基本がひととおり説明されていく。

 どこまでが冗談でどこからが本気なのかわからない語り口ながら、意外なくらい見事に、仏教の本質部分を射抜いている内容である。たとえば、こんな一節――。

 仏教では、「無我」つまり「本当の自分」なんてものはない、ということを二千五百年前から説かれているのです。
 私は、「自分探し」よりもむしろ、「自分なくし」のほうが大事なのではないかと思っています。お釈迦さんの教えにならい、「自分探しの旅」ではなくて、「自分なくしの旅」を目指すべきなのです。



 この「自分なくし」という造語が象徴するように、みうらじゅんらしいネーミング・センス、言葉遊びのセンスが随所で光彩を放つ。
 『聖☆おにいさん』とかを読んで仏教にちょっと興味を抱いた若者が、「仏教について、もう少し知りたい」と思った場合、敷居の低い入り口として好適な本だと思う。

 そして本書は、知識としての仏教入門であるのみならず、“仏教の智慧を用いて、生きづらさを軽減する本"としてもなかなかよくできている。
 その手の本では僧侶が書いたものがよくあるが、本書のほうが説教臭くない分、若い人にも受け入れやすいだろう。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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