上野洋子『SSS-Simply Sing Songs-』


SSS-Simply Sing Songs-SSS-Simply Sing Songs-
(2003/07/24)
上野洋子

商品詳細を見る


 上野洋子の2003年のアルバム『SSS-Simply Sing Songs-』(日本クラウン)を、中古で購入。

 全11曲中、上野作曲のオリジナルは2曲のみで、残りはアイルランドやスコットランドのフォーク・ソングのカヴァー。タイトルのとおりヴォーカルそのものに的が絞られ、バックの演奏はアコースティック楽器中心のごくシンプルなものになっている。

 上野洋子は、元々アイリッシュ&スコティッシュ・トラッドの影響を強く受けているアーティストである。ゆえに、本作で歌われるトラッドの数々も、上野の音楽世界としっくり調和している。
 たとえば、本作の「Black Is The Colour」という曲は、トラッドであるにもかかわらず、まるで(上野がいた)ザバダックのオリジナルのような印象を与える。メロディーラインや曲が醸し出すアトモスフィアなどが、もう「まんまザバダック」なのだ。



 私は上野洋子こそ、日本が世界に誇る素晴らしいヴォーカリストであると思っている。ザバダック時代の名盤『桜』で上野が民謡を歌った「椎葉の春節(はるぶし)」など、外国人に聴かせて「これぞ日本の歌だ!」と自慢したいような、鳥肌ものの名唱であった。



 歌に焦点を当てた本作は、上野のヴォーカルの素晴らしさを堪能するアルバムといえる。地味なアルバムではあるし、万人向けではないが、上野やザバダックが好きな人にはたまらない内容になっている。


↑私が選ぶ本作のベスト・トラック「水」。上野洋子のオリジナル曲。

■関連エントリ→ 上野洋子『Puzzle』レビュー(これは本作『SSS』の前作に当たるアルバム)

関連記事

野地秩嘉『なぜ、人は「餃子の王将」の行列に並ぶのか?』


なぜ、人は「餃子の王将」の行列に並ぶのか? (プレジデントムック)なぜ、人は「餃子の王将」の行列に並ぶのか? (プレジデントムック)
(2010/02/12)
野地 秩嘉

商品詳細を見る


 昨日は取材で、朝5時起きして京都と大阪へ。

 午前中に京都の「王将フードサービス」(「餃子の王将」の会社)本社で大東隆行社長を取材したのち、午後には大阪に移動して、「ドロシーズ」というファッション・ブランドのエリア・マネージャーさんを取材。こちらはいまどきの可愛らしい娘さんで、2つの取材のギャップ感がハンパない。とはいえ、2つの取材とも学ぶべき点の多い刺激的な内容だった。

 野地秩嘉(のじ・つねよし)著『なぜ、人は「餃子の王将」の行列に並ぶのか?』 (プレジデントムック/1000円)を読んで取材に臨んだ。外食産業が軒並み不況で苦しむなか、「餃子の王将」が一人勝ちしている背景を探ったムックである。

 「餃子の王将」ファンの吉本芸人へのインタビュー・コーナーがあるなど、多角的な内容で飽きさせない。飲食にかぎらず、何かの接客業に就いている人なら読んで損はないムックである。

 帰りの新幹線の電光掲示板のニュースで、北杜夫の訃報に接する。
 北杜夫は私にとって、5本の指くらいに入る好きな作家。最近の著作で老いて弱った姿に接していたので覚悟はしていたが、ちょっとショック。

 私のフェイバリットは初期の長編『幽霊』やその続編『木精(こだま)』、芥川賞受賞作『夜と霧の隅で』、それにやはり『楡家の人びと』あたり。「どくとるマンボウ」シリーズなら『~青春記』がベスト。
 かれこれ20年前、『或る青春の日記』の書評を書いた際、北さん直筆のお礼のハガキをいただいたことが忘れ得ぬ思い出である。
 ご冥福をお祈りしたい。

関連記事

サンドラ・アーモットほか『最新脳科学で読み解く脳のしくみ』


最新脳科学で読み解く 脳のしくみ最新脳科学で読み解く 脳のしくみ
(2009/04/24)
サンドラ・アーモット(Sandra Aamodt)、サム・ワン(Sam Wang) 他

商品詳細を見る


 一昨日は所用で京都へ(日帰り)。
 で、じつは明日も別件で京都へ(また日帰り)。不思議と、つづくときにはつづくものなのである。
 明日は、あの『餃子の王将』のカリスマ社長さんを取材予定。



 サンドラ・アーモット+サム・ワン著、三橋智子訳『最新脳科学で読み解く脳のしくみ』(東洋経済新報社/2310円)読了。

 これは素晴らしい良書だった。
 最新脳科学の知見をきちんとふまえて、脳のしくみが一通りわかるようになっている一般向け入門書である。

 全編平明な話し言葉で綴られ、興味を惹くエピソードをちりばめて、最初から最後までまったく飽きさせない。極上の科学啓蒙書であり、気の利いた科学雑学満載の愉しい読み物でもある。

 「脳とは何か?」という問いに多角的に答えていくうちに、それがいつしか「人間とは何か?」という大きな問いに収斂されていくような展開もスリリング。
 知的興奮をかき立てる書であるとともに、“脳のしくみをふまえてよく生きるためのノウハウ”を随所にちりばめた実用書でもある。

 たとえば、本書の中に「脳をだましてやせる」という題のコラムがある。たった2ページのコラムでありながら、ここには凡百のダイエット本何冊分にも匹敵するような「やせる極意」がぎゅっと凝縮されているのだ。

 内容が網羅的であるだけに個別テーマの堀り下げは浅いのだが、この本をいわば「プラットフォーム」として、脳科学のさまざまなテーマのより専門的な本を読み進んでいけばよいと思う。
 その意味で、これから何度も読み返したい本である。

関連記事

デイビッド・ハミルトン『「親切」は驚くほど体にいい!』


「親切」は驚くほど体にいい!「親切」は驚くほど体にいい!
(2011/09/02)
デイビッド・ハミルトン

商品詳細を見る


 今日は都内某所で打ち合わせが一件。

 行き帰りの電車で、デイビッド・ハミルトン著、有田秀穂監訳『「親切」は驚くほど体にいい!――“幸せ物質”オキシトシンで人生が変わる』(飛鳥新社/1365円)を読了。

 仕事の資料として読んだものだが、個人的にもたいへん興味深い内容。私は、人間の利他行動に強い関心があるのだ。

 人はなぜ、時として自分の利益にならない利他行動に走るのか?
 じつはそれは、利他行動が脳にとって快感であり、利他のふるまいをした当人にとっても幸福感につながるからだ、というのが脳科学の教えるところである。

 では、なぜ脳は利他行動に快感を覚えるのか? それは、私たちの脳がもつ根源的な共生志向ゆえだという。人と助け合い、共生することを喜びと感じるのは、脳レベル、遺伝子レベルで刻みつけられた本能に近いものなのだ、と……。
 我々人類は、野生動物より非力であるにもかかわらず、共生し助け合うことで地球の覇者となり、生き残ってきた。つまり、「共生したほうが生存に有利だ」ということを、脳に刻みつけて進化してきた。だからこそ、利他行動、助け合いは私たちに幸福感をもたらすのだ。

 ……以上はいろんなところで聞きかじった知識を適当にまとめた私の理解だが、本書はそのことをさまざまなデータを駆使して立証していく内容だ。
 しかも、「利他行動が幸福感に結びつく」のみならず、健康にも大きくかかわっていることにウエートを置いて書かれている。つまりこれは、かつてない角度から書かれた「健康本」でもあるのだ。

 人は、利他行動をすると健康になる!
 そのおもな根拠となっているのが、神経物質オキシトシンの存在。これは、母親が赤ちゃんに母乳をあげているとき、愛する者同士がハグしたとき、誰かに愛情を感じたときなどに分泌され、脳と体をかけめぐる物質。ゆえに、「幸せ物質」「愛情物質」「抱擁物質」の別名でも呼ばれる。
 そして、このオキシトシンがさかんに分泌されると、人は健康になるのだという。

 正直、読んでいて「そこまで断定的に言っていいのか? 科学者ならもっと慎重な言い方をすべきでは?」という印象を受ける箇所も散見される。つまり、一歩間違うと春山某の『脳内革命』みたいなトンデモ本になりかねない危うさも孕んだ内容なのだ。
 とはいえ、本書の内容には大筋で納得できるし、目からウロコの知見も満載である。

関連記事

呉智英『つぎはぎ仏教入門』


つぎはぎ仏教入門つぎはぎ仏教入門
(2011/07/23)
呉 智英

商品詳細を見る


 呉智英著『つぎはぎ仏教入門』(筑摩書房/1470円)読了。

 呉智英が初めて仏教を真正面から(つまり本一冊を費やして)論じた著作。
 書名は、仏教を専門的に学んだわけではなく、仏教徒でもない著者が、これまで濫読してきた仏教書などから得た知識、持った意見を「つぎはぎ」した本、というほどの意味。

 仏教入門としても優れているが、むしろ、仏教についてある程度考え、実践してきた人が読むと面白い本である。21世紀の仏教は(ひいては宗教は)どうあるべきかについての提言も多く含んでいる。

 専門の仏教学者には言いにくい大胆な意見もちりばめられている。たとえば、浄土教とキリスト教の類似(ともに「救いの宗教」である点など)を指摘したくだりには唸らされた。

 ただ全体的に、初期仏教のみを是として大乗仏教への見方が辛いところがあり、ちと首をかしげた。

 日本仏教は釈尊が説いたオリジナルの仏教とは別物になっている、というのはその通りだが、だからといって、なぜ初期仏教のみが正しくて変化を遂げた仏教はダメなのか? それこそ原理主義ではないか。

 私はむしろ、菊地章太が次のように言ってシンクレティズムを肯定的にとらえた姿勢に、親近感を覚える。

「世の中のことはみな純粋から雑然へと進むのだろうか」「えたいの知れないもやもやしたなかから、誰かが核をえりわけ」「よけいな枝葉を切り捨て振り落とし」「雑然から純粋へと高めていく場合も考えられる」(『儒教・仏教・道教』)



 てゆーか、そもそも呉智英の考え方・とらえ方自体が上座部仏教的であって、だからこそ初期仏教のほうに心惹かれるのかな。

 ……と、そのように主張に首肯できない点もあるものの、刺激的で愉しい仏教入門であることは間違いない。

 呉智英はすでに旧著『現代人の論語』で彼なりの「儒教入門」を書いている。これで儒教・仏教ときたから、次回作は『つぎはぎキリスト教入門』かな。
 もっとも、本書にもキリスト教やイスラム教への言及は随所にあって、「宗教入門」としても読めるのだが。

関連記事

末延芳晴『正岡子規、従軍す』


正岡子規、従軍す正岡子規、従軍す
(2011/05/17)
末延 芳晴

商品詳細を見る


 末延芳晴著『正岡子規、従軍す』(平凡社/2730円)読了。

 著者は3年前、長編評論『森鴎外と日清・日露戦争』を上梓し、「文学者と戦争」というテーマの新たな地平を拓いた。本書はその続編とも言うべきもの。書名のとおり、正岡子規の文学と思想を、日清戦争における彼の従軍体験を鍵として読み解いたものである。

 子規といえば、俳句の革新者としての彼、また後半生の凄絶な闘病からその生涯が語られることが多い。対照的に、子規の従軍体験に光を当てた評論・評伝はごく少ない。
 それもそのはずで、子規の従軍生活はわずか44日間にすぎない。彼は軍隊での従軍記者の扱いがあまりに粗末であることに激怒し、途中で帰国してしまったのである。実際に戦闘が行われる場面も見ていない。

 だが著者は、この短い従軍体験こそ子規にとって大きなターニング・ポイントであり、子規の文学の核に肉薄する鍵がそこにあると考える。そして、すでに結核となり喀血も何度か経験していた子規が、周囲の反対を押し切ってまでなぜ従軍記者を志願したのかという、近代文学史上の謎に迫っていく。

 別途書評を書くので、ここではこれ以上くわしく紹介できない。
 著者の前作『寺田寅彦 バイオリンを弾く物理学者』には感心しなかった私だが、本書は面白かった。とくに、子規はなぜ従軍したかという謎に対する答えが綴られる最終章は圧巻である。

 それにしても、今年は子規の名を冠した新刊が多いなあ。関川夏央の『子規、最後の八年』とか、『子規は何を葬ったのか――空白の俳句史百年』(今泉恂之介)とか。
 没後百年とかの節目なのかなと思ったら、そうでもないようだが。

■関連エントリ
末延芳晴『森鴎外と日清・日露戦争』レビュー
末延芳晴『寺田寅彦 バイオリンを弾く物理学者』レビュー

関連記事

久田将義『トラブルなう』


トラブルなう (ナックルズ選書)トラブルなう (ナックルズ選書)
(2011/03/29)
久田 将義

商品詳細を見る


 久田将義著『トラブルなう』(ミリオン出版/1050円)読了。

 「『噂の眞相』から思想性を抜いたような」スキャンダル雑誌『ダークサイドJAPAN』『実話ナックルズ』の編集長を務めてきた著者が、過去に経験した編集がらみのトラブルの数々を振り返った本。

 ヤクザ・右翼・政治家から文化人まで、各界のコワモテ人士から抗議、恫喝、脅迫等を受けながらも、ギリギリのところでトラブルを丸く収めてきた、ある意味華麗な武勇伝の記録である。

 トラブルごとに最後に「反省点」が記されており、編集者にかぎらず、さまざまな仕事でクレーム/トラブル処理をする際の参考にもなる。

 私自身は、ライターとしてこの手の「斬った張った」の経験は皆無に等しい。それでも、この手の本を読むのは大好きなのである。『噂の眞相』の編集長だった岡留安則の『編集長を出せ!』(ウワシンのクレーム対応の舞台裏を綴った、本書の類書)なども、以前楽しく読んだものだ。

■関連エントリ→ 『編集長を出せ!』レビュー

 岡留とは違って、著者はとくに左翼的ではない。本書に披露された腹の据わった対応の源は、思想的なものではなく、「筋だけは通す」という信念のようなものであるらしい。

 取り上げられているトラブルは、当人にとってはどれもシャレにならないものなのだが、それでも著者の筆致には終始乾いたユーモアが漂い、面白く読める。

関連記事

唯円著・親鸞述『歎異抄』


歎異抄 (光文社古典新訳文庫)歎異抄 (光文社古典新訳文庫)
(2009/09)
唯円、親鸞 他

商品詳細を見る


 唯円著・親鸞述、川村湊訳『歎異抄』(光文社古典新訳文庫/560円)読了。

 昭和歌謡風に訳した『梁塵秘抄』が面白かったので、同じ川村湊が親鸞の『歎異抄』を関西弁に訳した(!)旧著を読んでみた。

■関連エントリ→ 川村湊訳『梁塵秘抄』レビュー

 そもそも『歎異抄』を読むの自体初めてなので、わりと勉強になった(当然、原文もすべて載っている。意外に短いのだな。原文は文庫本で40ページ程度)。川村による長い解説も、理解を助ける。

 昔、小田嶋隆がコラムのネタで、“もしも関西弁で書かれた論文があったら、誰もその内容を信用しないだろう”という話を書いていた。

 

 「わてが思うさかいにわてがおますのや」
 「引力ちゅうもんは質量に比例して、距離の二乗に反比例するんとちゃうやろか」
  誰がこんな論文を信用するだろう。(『我が心はICにあらず』光文社文庫)



 もちろん、本書はオダジマのコラムとは違って、笑いを取るため関西弁に訳してあるわけではない。目に一丁字もない庶民にも仏の救いをわかりやすく説いた親鸞の意図に沿って、現代人にもわかりやすい訳を目指したものである。
 ……のだが、それでも読んでいるとけっこう笑える。関西弁効果で、全編にそこはかとないユーモアが流れているのである。

 たとえば、『歎異抄』で最も名高い次の一節の訳を見てみよう。

 善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるを 世のひと つねにいわく、悪人なを往生す、いかにいはんや善人をや。この条、一旦そのいはれあるににたれども、本願他力の意趣にそむけり。


 

 善え奴が往生するんやさかい、ましてや悪い奴がそうならんはずがない。世間のしょうむない奴らは、悪い奴が往生するんなら、なんで善え奴がそないならんことあるかいなというとるけど、なんや理屈に合うとるようやけど、それは「ひとまかせ(=他力本願)」ちゅうモットーにはずれとるんや。



 次の一節も、なかなかいい味出してる。「オカン」「オトン」て……。

 親鸞は、自分のオカンやオトンの供養のためには、いっぺんも「ナンマンダブ」と念仏を唱えたことはあらしまへん。なぜかちゅうと、一切の心あるもんは、これはこの世・あの世のオカンでありオトンであり、人間みんな兄弟やからや。



 もっとも、私のような門外漢には面白く読めても、真宗門徒のみなさんには「親鸞聖人への冒涜」と映るかもしれないが。

関連記事

美崎栄一郎『[書類・手帳・ノート・ノマド]の文具術』


[書類・手帳・ノート・ノマド]の文具術 楽しんで仕事の効率をあげる![書類・手帳・ノート・ノマド]の文具術 楽しんで仕事の効率をあげる!
(2011/01/28)
美崎 栄一郎

商品詳細を見る


 美崎栄一郎著『[書類・手帳・ノート・ノマド]の文具術――楽しんで仕事の効率をあげる!』(ダイヤモンド社/1500円)読了。

 世の中には「文具オタク」と呼ばれる人たちが相当数いて(私もそのハシクレ)、その人たちが買うから、この手の文具本はけっこう売れるようである。

 本書は、紹介されている文具のほとんどがアナログ・ツールである点と、徹底して実用性重視の「文具の仕事術」である点が特長。文具本の中には高級文具を中心に紹介した「文具フェチ」系のものも多いが、本書にそういう志向はほとんどないのだ。その点で、前にこのブログでも紹介した『STATIONERY HACKS!』に近い。

■関連エントリ→ 『STATIONERY HACKS!』レビュー

 しかし、類書の『STATIONERY HACKS!』がオールカラーで見るだけでも楽しい本だったのに対し、本書は本文がモノクロで「見る楽しみ」はない(価格はほぼ同じなのに)。
 
 紹介されている文具に関するハックも、なんだかちまちましいばかりで、「このハックは私もさっそく取り入れよう」と思えるものがほとんどなかった。

 それに、言ってはなんだが、著者の文章はもろシロウト。すでにビジネス書のベストセラーを何冊もものしていて、「ビジネス書作家」を名乗っている人(本業は花王の社員)らしいのだが……。

 ま、紹介されている文具の中には「買おう」と思ったものがけっこうあったので、文具カタログとしては役に立ったかな。

関連記事

吉田たかよし『仕事力のある人の運動習慣』


仕事力のある人の運動習慣    脳細胞が活発になる二倍速生活 (角川oneテーマ21)仕事力のある人の運動習慣 脳細胞が活発になる二倍速生活 (角川oneテーマ21)
(2011/08/10)
吉田 たかよし

商品詳細を見る


 吉田たかよし著『仕事力のある人の運動習慣――脳細胞が活発になる二倍速生活』 (角川oneテーマ21新書/760円)読了。

 これは、意外な拾いもの。脳科学をふまえた健康本としてよくできているし、読み物としても面白かった。
 全然売れてなさそうだが(8月に出た本なのに、いま見たらアマゾンの順位がもう8万台)、本来もっと売れてもよい本。角川ではなく幻冬舎新書から出していたら、10万部超えコースだったのではないか。

 何がよくないって、タイトルがダメダメ(※)。『仕事力のある人の運動習慣』では、本書のよいところがまったく伝わらない。山本ケイイチの筋トレ推奨本『仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか』の二番煎じみたいに思えてしまう。

 実際には、本書はよくある「筋トレ推奨本」などではない。「運動すると頭がよくなる」というテーマの本なのだ。そして、運動するとなぜ頭がよくなるのかを、きちんとデータをふまえて解説した本なのだ。
 ならば、ストレートに『運動すると頭がよくなる』というタイトルにすればよかったのに……。

 昔ながらのマンガやテレビドラマの中では、成績のいい生徒は運動オンチの青びょうたんで、運動のできる生徒は成績が悪いものと相場が決まっていた。そのためか、我々はとかく運動と頭のよさを結びつけて考えない。むしろ反比例させて考えがちだ。
 しかし実際には、運動こそが最高の脳トレであり、運動能力が高い人ほど学力も高い傾向があることが、さまざまな研究成果から明らかになっているという。

 ただし、その場合の運動は有酸素運動でなければダメで、ここでいう「運動能力」とは筋力ではなく「心臓血管能力」のこと。心臓血管能力が高まればそれだけ脳に大量の血液が送り込まれ、脳細胞の働きも活発になる、というわけだ。

 言われてみれば単純明快な話で、なるほどと思う。
 そして著者は、脳機能を高め、記憶力を高めるためにどのような運動をすればよいかを、さまざまな角度から解説していく。

 副題にいう「二倍速生活」とは著者が提唱する“脳機能を高めるための生活スタイル”の一つで、「家事など日常の行動を、なんでもできるだけ二倍速で行うように心がける」こと。それだけでかなりの運動量になる、というのだ。つまり、いわゆる「NEAT」(非運動性熱産生)による体力増強のすすめといえる。

 運動と脳の関係を多角的に読み解いたサイエンス雑学読み物としても、楽しく読める。

※たくさんあるこの著者の著作は、総じてタイトルがパッとしない。してみると、角川が悪いというより、著者のタイトル・センスに難があるのかもしれない。基本的にこの手の本のタイトルは出版社主導で決められるが、著者が強く主張すれば意見が通るだろうし……。

関連記事

『つなみ 被災地のこども80人の作文集』


文藝春秋増刊「つなみ 被災地のこども80人の作文集」 2011年 8月号文藝春秋増刊「つなみ 被災地のこども80人の作文集」 2011年 8月号
(2011/06/28)


商品詳細を見る


 『つなみ 被災地のこども80人の作文集』(『文藝春秋』8月臨時増刊/800円)読了。

 東日本大震災で津波の甚大な被害を受けた宮城・岩手の子どもたちが、津波体験を書いた作文をまとめたムック。下は幼稚園から上は高校生まで、計80人の作文が収録されている。うち約半分は、子どもが書いた作文用紙をそのまま撮影して掲載している。企画・取材・構成は、ジャーナリストの森健。

 私が取材で赴いた石巻や気仙沼などの子どもたちもたくさん登場するので、読むごとに被災地の光景や出会った人々の顔が思い浮かんで、たまらない気持ちになる。

 小さい子どもの作文は言葉が拙くて事実関係がわかりづらいが、森が取材で得た情報を随時文章で補足しているので、それを併せて読むと、幼い言葉の背後にある重い事実に胸を衝かれる。

 4月10日におとうさんが、みつかり一週間後おとうさんのかそうを、しました。とてもざんねんでした。



 いまはまだ、「とてもざんねんでした」という言葉でしか気持ちを表現できない小学2年生の男の子。その行間に、どれほど深い悲しみがあり、ドラマがあるのか。

 読んでいて思い出したのは、矢野顕子の「たいようのおなら」。
 これは1981年のアルバム『ただいま。』に入っている9分半の“組曲”で、子どもたちの詩に矢野が曲をつけて歌ったもの。この中に「いぬ」という小曲がある。6歳の男の子が書いた詩に曲をつけたもので、「ぼくはいぬがだいすきです」などというたわいない言葉の連続なのだが、聴いていて涙が出るほどに哀切だ。
 本書に収録された小学校低学年の子どもの作文にも、同質の凄みを感じる。子どもならではの飾らない、幼い言葉だからこそ伝わるものもあるのだ。



 いっぽう、中学生、高校生ともなると文章力もついてくるので、体験した者のみが書ける津波の惨禍の表現に唸らされる。

 そして夕方。じいちゃんが言った。
「ばあちゃん、流されたがもな……」
 私とお母さんは泣いた。この事が妹と弟にバレないように、こっそりと。



 これは、大槌町の中学2年女子の作文。

 森が市・町ごとに取材後記のような形で寄せている短い文章が、とてもよい。これ自体、被災地の子どもたちの姿を描いたルポとして独立した価値がある。
 たとえば、次のような一節がある。

 前出の渡邊蘭さんははじめて自宅に戻ったとき、頑強なタイプの父が静かに泣いているのを見て驚いた。だが、蘭さんは震災後の数カ月で成長した自分を感じるとも語った。
「ふつうに会えていた友だちと、もしかしたら明日会えなくなるかもしれない。だったら言いたいことは言おうと思うし、後悔しないように生きようと思うようになりました」



 校庭には、親達が続々とやってきて、わが子の手を引いて、家に連れ帰った。だが皮肉なことに、高台にある学校から市街地に戻ったことで、命を落としてしまった児童も少なくなかった。



 被災地の子どもたちの写真もたくさん載っていて、その明るい笑顔にホッとする。大人たちより子どもたちのほうが、災害へのたくましい適応力があるように思う。

関連記事

またノートパソコン買った。


Lenovo G570シリーズ LEDバックライト付15.6型 HD液晶 Core i5 2410M ノートブック ダークブラウン 4334-5XJLenovo G570シリーズ LEDバックライト付15.6型 HD液晶 Core i5 2410M ノートブック ダークブラウン 4334-5XJ
(2011/06/10)
Lenovo

商品詳細を見る


 8年近く使っていた富士通のデスクトップPCがついに逝ってしまったので、サブマシン用にレノボのノートパソコンをもう1台購入。1台しかないと仕事上不安なので……。

 ちょうど1年ほど前にやはりレノボのノートを買って、今回も同レベルの最新モデル(Lenovo G570 43345XJ/Core i5)を買ったのだが、前回より約2万円も安かった。消費税とか長期保障の分を含めても4万円台。しかもハイスペック。ううむ、すごい時代だなあ。

 値段の安さもさることながら、いまどきのパソコンの使いやすさにも驚く。箱から出して10分後にはもうネットにつながっているのだから。
 パソコンを初めて買ったころ、ネットにつなぐまでにさんざん悪戦苦闘したことを昨日のように思い出す。あの苦労が嘘のようである。

 
関連記事

衛藤利恵『Love Can Smooth The Way』ほか


6 Months 11 Dreams6 Months 11 Dreams
(1996/07/25)
衛藤利恵

商品詳細を見る


 最近はもっぱら古いCDを中古で安く買っては楽しんでいる私なのだが、このところ気に入っているのが衛藤利恵(えとう・りえ)というシンガー・ソングライター。
 1990年代半ばに、テレビドラマ『静かなるドン』の挿入歌「天使の微笑」をヒットさせた彼女だが、世間的にはいわゆる「一発屋」のイメージだろうか。じっさい、私も「天使の微笑」しか聴いたことがなかった。

 が、ユーチューブで何曲か聴いてみて気に入ったので、中古で激安で売っている過去のアルバムを何枚か買ってみたら、どれもすごくよかったのだ。「こんないいシンガーが日本にいたのか!」と驚いたといってもよいくらい。

 ヴォーカルが素晴らしい。
 歌がうまいのだけれども、そのうまさをひけらかさないナチュラルな歌声。適度に理知的で、適度にコケティッシュ。クールすぎず、さりとてベタつかない。それに、英語詞の曲でも発音がとてもきれいだ。高音より中低音にウェートを置いた曲が多いところも、落ち着いた印象でよい。
 何より、声自体がすこぶる美声。いわば「ハンサムウーマン・ボイス」。現在はシンガーとしての活動を休止し(惜しい!)、ナレーターなどとして活躍中なのだそうだが、それも納得の美声である。

■参考→ 衛藤利恵オフィシャルサイト"Microphone days"

 曲もよい。J-POPというより、洋楽のAORに近い感じの、大人のためのポップス。曲によってはアイリッシュ・ポップスを彷彿とさせたりもして、清涼感いっぱい。耳に心地よい。

 それに、なかなかの美人でもある。スラリとしたスタイルに凜とした眼。口元のホクロが色っぽい。

 某や某々のようなお子ちゃま向け女性シンガーばかりがはびこらず、衛藤利恵のようなシンガーがもっと売れる日本ならいいのに……。

 アルバムでは、『Love Can Smooth The Way』か『6 Months 11 Dreams』の2枚が気に入った。とくに『Love Can Smooth The Way』は捨て曲なしの傑作。オススメ。





関連記事

中沢新一『日本の大転換』


日本の大転換 (集英社新書)日本の大転換 (集英社新書)
(2011/08/17)
中沢 新一

商品詳細を見る


 昨日は都内某所で、中島岳志さん(北海道大学准教授)と松岡幹夫さん(東日本国際大学客員教授/東洋哲学研究所研究員)の対談取材。
 テーマは「仏教の社会貢献」。濃密な対談になり、聞いている私もたいへん勉強になった。

 行き帰りの電車で、中沢新一著『日本の大転換』(集英社新書/735円)を読了。

 先日、『大津波と原発』(中沢さんと内田樹さんほかの鼎談)を読んだ際、「この鼎談をベースに、中沢氏に東日本大震災の思想的意味を深く掘り下げた大著をものしてもらいたい」とこのブログで書いたが、本書はまさにそのような内容。
 ただ、150ページ程度の薄い本なので(※)、読み足りない。大震災をめぐる思索をまとめた大著を今後出すとしたら、本書はその「序論」という印象だ。

※一時期、新書がどんどん厚くなる傾向があったが、最近またどんどん薄くなってきている。要は、あまり分厚い新書は読者に敬遠されやすく、薄いほうが売れるのだろうな。

 とはいえ、薄くても内容は刺激的。東日本大震災と原発事故が人類史上においていかなる意味をもつのかを、中沢さんならではの視点から思索した内容となっているのだ。

 とくにスリリングなのは、原子力技術が過去のエネルギー技術とはまったく隔絶した技術であることを、一神教とのアナロジーから解説したくだり。
 火の利用から石油に至る過去のエネルギー革命は、「生態圏から直接的に採取可能な燃料を使って」いた。ところが、原子力だけは生態圏に属さない「外部」から持ち込んだエネルギーであり、宗教でいえば一神教的だというのである。

 ほんらい生態圏には属さない「外部」を思考の「内部」に取り込んでつくられた思想のシステム、それはほかならぬ一神教(モノティズム)である。「第七次エネルギー革命」の産物である原子力技術の、宗教思想における対応物が一神教なのである。
(中略)
 一神教が重要なのは、それに特有な「超生態圏」的な思考が、西欧においてキリスト教の衰退後に覇権を握った、世俗的な科学技術文明の深層構造にも、決定的な影響を及ぼしているからである。



 東日本大震災と原発事故は、現代文明そのものの一大転機であり、人類は新しい文明のありようを模索していかなければならない……というようなことは多くの論者が言っているわけだが、それをこんな角度――エネルギー革命の深層にある宗教思想を抽出する――から論じた人は中沢さんしかいなかった。

 『日本の大転換』とは、「原子力発電からの脱却」の動きが、エネルギー技術の転換であるにとどまらず、「私たちの実存のすべてを巻き込んだ、ラジカルな転換をもたらす」という見立ての謂である。

 太陽光エネルギーなどの自然エネルギーへのシフトによる、来るべき「第八次エネルギー革命」。それは原子力発電という一神教的技術から、仏教的技術への転回でもある、と中沢さんは言う。

 どのエネルギー革命も、それに対応する宗教思想や新しい芸術をもっているものである。たとえば、第一次エネルギー革命にはプロメテウス型の火の神話群が対応し、第五次から第六次エネルギー革命には印象派から抽象芸術への展開が対応している。それならば、来るべきエネルギー革命については、どうであろうか。誤解を恐れずに宗教思想とのアナロジーを用いてみよう。すると第八次エネルギー革命は、一神教から仏教への転回として理解することができる。
(中略)
 仏教は、生態圏の外部の超越者という考え方を否定する。そして、思考におけるいっさいの極端と過激を排した中庸に、人類の生は営まれなければならないと考えた。



 たしかに、太陽光発電などの自然エネルギーは、草木の中にも仏性を見出す仏教と親和性が高いといえよう。
 中沢さんは、「あとがき」で次のようにも言う。

 「自然エネルギー」をビジネスの話で終わらせてはいけないのだ。私たちは、ビジネスも包み込むことのできるほどに強力なビジョンをもち、それを実現させていくための見取り図を、あらかじめ描いておかなくてはならない。そうでなければ、今回の大震災と原発事故によって受けた日本人の深い傷は、癒されることがない。



 ただ、本書のみでは、中沢さんのビジョンは直観の域を出ていないようにも思う。エネルギー革命を今後どう進めていくべきかなど、個別の各論をさらに掘り下げ、緻密に展開する必要があるだろう。
 中沢さんは現在、本書のビジョンの経済革命の側面を掘り下げた(ものになると思われる)著作『黄色い資本論』を準備中だそうだから、期待したい。

関連記事

松尾スズキ・すぎむらしんいち『老人賭博』


老人賭博(1) (モーニングKC)老人賭博(1) (モーニングKC)
(2011/07/22)
すぎむら しんいち

商品詳細を見る


 ちょっと仕事に煮詰まってしまったので、書店に行き、コミックスを3冊ほど買ってきて息抜き。
 『海街diary』(吉田秋生)の4巻、『チャンネルはそのまま!』(佐々木倫子)の4巻、『老人賭博』(松尾スズキ原作・すぎむらしんいち画)の1巻、という内訳。

 3冊とも、安心のハイクオリティー。
 とくに『海街diary』は、吉田秋生が自らの代表作とすべく、力を込め、ていねいに描きつづけている印象。登場人物一人ひとりが本当の友人のように愛おしく思える作品になってきた。

 『老人賭博』を、私は松尾スズキの原作で読み、『モーニング』の連載も毎回読んでいるのに、コミックスで読み直すとやはり面白い。これからストーリーがどう進むか、全部知っている目で読んでも楽しめるのである。

 小説を原作としたマンガの、一つの模範形がここにはある。
 谷口ジローが夢枕獏の小説を劇画化した『餓狼伝』や、丸尾末広が乱歩の代表作を劇画化した『パノラマ島綺譚』のような、画力で圧倒するタイプとはまたちょっと違う。
 すぎむらしんいちの絵も十分魅力的ではあるが、絵単体のパワーというより、立ちのぼるムードと軽快なテンポ、ディテールの小さなひねりとくすぐり――それらの総和が醸し出す面白さなのだ。

 『老人賭博』の面白さと引き比べて改めて感じたことだが、前作にあたる『ディアスポリス』はいま思えば失敗作だった(連載開始当初は面白かったけど)。すきむらの絵柄には、ああいうシリアスな原作は致命的に合わないのである。

 『老人賭博』はおそらくコミックス3巻で完結だろうが、それまでこのテンションを保ったまま走りきってほしい。

■関連エントリ→ 松尾スズキ『老人賭博』レビュー

関連記事

Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

里親募集中

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
29位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
22位
アクセスランキングを見る>>