伊東明『改癖術』


改癖術 クセを変えれば人生も変わる!改癖術 クセを変えれば人生も変わる!
(2011/03/10)
伊東 明

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 今日はどこにも出かけず一日原稿書きの予定だったのだが、急に入った打ち合わせのため新宿へ。

 明日からは大震災関連取材で石巻と気仙沼に行くので、今週はけっきょく月曜から土曜まで毎日仕事で外出することに……。サラリーマンなら毎日外出してあたりまえでも、フリーランスの私には珍しい。



 行き帰りの電車で、伊東明著『改癖術――クセを変えれば人生も変わる!』(マガジンハウス/1365円)読了。

 心理学博士の著者が、心理学の知見をふまえ、さまざまな悪いクセを直すためのコツを開陳していく本。
 ここでいう「クセ」とは、人と会うとき無意識のうちに腕組みをする、などという身体的クセのみにとどまらない。「生き方のクセ」までをも含むものだ。

 たとえば、いわゆる「だめんず・うぉ~か~」な女性は、「ダメな男に惚れやすい」というクセをもっている。それは恋愛における傾向性であるとともに、「生き方のクセ」でもある。
 「ダメな男に惚れやすい」という悪いクセさえ直せれば、もっと幸福な人生だったろうに……という女性がたくさんいるわけだ(もっとも、本書には「ダメな男に惚れやすい」というクセは取り上げられていない。私が勝手に例に挙げただけ)。

 そのような「生き方のクセ」を直して人生を変えよう、という本である。
 無意識の発露であるクセを「改癖」(かいへき)すれば、それに合わせて思考が変わり、行動も変わり、そのことによってやがては生き方も変わる、というのが著者の主張だ。

 まあ、学問的厳密性とは無縁の俗流心理学ではあるのだが、実用書/自己啓発書としてはなかなかよくできている。
 30万部突破のベストセラー『「また会いたい」と思われる人の38のルール』(吉原珠央)の類書だが、比べてみれば、本書のほうが出来がよい。
 にもかかわらず、『「また会いたい」~』がバカ売れしてこの『改癖術』はあまり売れていない(と思う)のは、吉原珠央が美人で、しかも版元が本を売るのがうまい幻冬舎だったというだけのことだろう。
 本書も、もっとベストセラーになってもよい本だと思う。

■関連エントリ→ 吉原珠央著『「また会いたい」と思われる人の38のルール』レビュー

 全部で36のよくない「クセ」が取り上げられ、各4ページずつの解説文が付される。解説文では、そのクセがどのような悪影響を与えるかが説明され、クセを直すコツが披露される。

 版元サイトで目次と内容サンプルが見られるので、ご参照あれ(→こちら)

 さまざまなクセのもつ意味の心理学的解説は、それ自体が興味深い。たとえば――。

 自分を触るクセは、触る部分がどこであろうと、すべて「自己接触」と呼ばれる不安・緊張のサインです。
 基本的に、自己接触をすると「自分に自信がない」「発言の内容に自信がない」「器の小さい人間である」といったメッセージを相手に伝えてしまいます。



 また、クセを直すコツについても納得がいくものが多いし、著者の語り口自体に品のよいユーモアがあって、読み物としても楽しめる。

 まあ、長年の間に身についたクセだから一朝一夕に変わるものでもないだろうが、一読の価値はある好著だと思う。

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あらかわ菜美『人生がスッキリする モノ・時間・人間関係の整理術』


人生がスッキリする モノ・時間・人間関係の整理術人生がスッキリする モノ・時間・人間関係の整理術
(2011/04/08)
あらかわ 菜美

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 昨日は取材で大阪府堺市へ――。

 「安心堂 白雪姫」という豆腐製造販売会社(→会社サイト)の取材。「白雪姫」とは豆腐のブランド名である。
 各界著名人にも愛され、中元などのご進物用にもよく用いられる高級豆腐。それをつくりつづけてきた橋本太七・由起子ご夫妻へのインタビュー。夫婦二人三脚でおいしさを追究しつづけるひたむきな歩みに胸打たれる。

 「白雪姫」など、社の売れ筋商品を試食させていただいたが、たしかに豆腐のイメージが一変するほどのおいしさだった。



 行き帰りの新幹線で、2冊本が読めた。
 そのうちの1冊が、あらかわ菜美著『人生がスッキリする モノ・時間・人間関係の整理術』(中経出版/1250円)。

 著者は、「時間デザイナー」なる肩書きで活躍している人(いろんな仕事があるもんだなあ)。時間の効率的な使い方を、企業などでレクチャーする仕事ということなのだろう。
 本書はそれらのレクチャーをふまえてわかりやすくまとめたもの。イラストも多く、文章量も少ないので、すぐに読み終わる。

 この手の整理術・時間管理術の本を山ほど読んできた私だが、これはその中でもかなり上出来の部類だと思った。とくに画期的な整理術というわけではないが、わかりやすいたとえ話などを駆使して、「よし、整理に取り組んでみよう」と読者のモチベーションを上げる効果が高いのである。
 講演などを積み重ねるうち、参加者の反応がよい言い回しなどを磨き上げてきた成果が、本書に活かされているのだろう。

 本書の大きな特長は“モノや時間のみならず人間関係にも整理が必要だ”という主張にあるが、そのことについて著者はこう言う。

 人間関係は財産です。貯金や投資で資産を管理するように、人間関係もメンテナンスが必要です。何を残し、何を手放すか決めて、残すと決めた関係を大切にしましょう。



 多くの“人脈本”で「人脈をいかに広げるか」にベクトルが向けられるのとは対照的に、著者は人間関係を整理することに重きを置いているのだ。いわば、人脈版「捨てる技術」。
 たとえば著者は、「異業種交流パーティーで残るのは、大量の名刺だけ」で無意味だから、その手のパーティーには原則参加しなくてもいい、という。また、「人間関係には『剪定』が必要」として、その「剪定」に適したタイミングをいくつか挙げている。

 なくてもいいような項目もないではないが、「これは私も取り入れてみよう」と思えるノウハウも多かったので、十分合格点が上げられる本である(エラソー)。

 取り入れてみようと思ったノウハウの一例。
 「スキマ時間を活用せよ」とはこの手の本によく書かれていることだが、著者はそこから一歩進んで、“スキマ時間は広げて活用せよ”と説く。
 たとえば、待ち合わせに早めに到着することは多くの人が励行しているだろうが、それが15分や20分早いだけなら、たんなるスキマ時間になってしまう。だからいっそ、待ち合わせには1時間早く到着すると決め、その分の1時間でカフェなどに入って一仕事を済ませるようにしたらいい、と著者は言う。

 これはいい。私は最近、取材などの待ち合わせには30分早く着くようにしているのだが(利用する中央線がよく事故で止まるので、その分余裕をもつため)、これからは1時間早くついて一仕事こなすようにしよう。

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寺嶋秀明『平等論』


平等論平等論
(2011/05/19)
寺嶋 秀明

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 昨日も今日も明日も取材。一日おいて、金・土はまた震災関連取材で東北へ――。毎日がすごくあわただしい。

 ちなみに、今日は新宿で、エンターテイメント・アイスクリームショップ「コールド・ストーン・クリーマリー」のカリスマ店長を取材。
 日本に46店舗あるうち、最高の売り上げを誇る新宿ルミネエスト店の店長さんである。まだ20代なのに、優れたリーダーシップと細やかな気配りを兼備していることに感心した。

 明日は大阪に行く。当然日帰り。



 寺嶋秀明著『平等論――霊長類と人における社会と平等性の進化』(ナカニシヤ出版/2730円)読了。
 いや、ホントは先々週に読み終えたのだが、ここに書き忘れていた。

 平等概念の根源的な意味を、おもに人類学的・進化論的観点から深く掘り下げた刺激的な論考。
 哲学・政治学・経済学など、各分野の古今の代表的平等論もふまえたうえで、霊長類まで遡って平等のルーツを探っていく。霊長類の社会には、ヒトがもつ平等観念の雛形のようなものが、すでにあるのだそうだ。

 私たちは平等思想を近代の人権思想の産物ととらえがちだが、じつはそのルーツは太古の昔からあったのだ、という主張に目からウロコ。平等は「単なる社会的価値の一つ」などではなく、平等意識を発達させたがゆえに人は社会を築けたと――すなわち、平等は「人間の社会そのものの基盤」なのだと、著者は喝破する。

 別途書評を書いたのでこれ以上くわしく書けないが、勉強になる良書だった。
 ただ、霊長類の世界にいかに平等観念が生まれ、どう発展していったかを延々とたどるあたりは、やや専門的すぎて退屈。

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堀江邦夫『原発ジプシー』


原発ジプシー 増補改訂版 ―被曝下請け労働者の記録原発ジプシー 増補改訂版 ―被曝下請け労働者の記録
(2011/05/25)
堀江 邦夫

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 昨日は、大震災関連取材で福島県いわき市へ――。来週末には宮城県石巻市にも取材に行く予定。

 いわきの場合、途中まで新幹線を使うより特急で行ったほうが早いとのことで、上野から「スーパーひたち」に乗る。

 偶然、上野からいわきまでずっと山田洋次(映画監督)が同じ便に乗っていた。
 同乗のスタッフとのやりとりを見るとはなしに見ていたところ、人柄のよさが伝わってきて好感を抱く。若いスタッフに対してもエラソーにせず、対等な仲間として接している感じなのだ。エラソーな人って、わずかなやりとりからも傲慢さが伝わってくるものだからね。さすがは庶民派監督。



 行き帰りの車中で、堀江邦夫著『原発ジプシー』(講談社文庫)を読了。
 元本は1979年に刊行されたノンフィクションの名作で、私は初読。著者自らが3つの原発で下請け労働者として働いた体験を綴ったものだ。
 3月に起きた原発震災で再び注目を浴び、単行本と文庫で急遽復刊されている。もっとも、私が読んだのは1980年代に出た旧・文庫版だが……。

 いまの福島に震災がらみの取材に行くにあたって、車中で読むのにこれほどふさわしい本はあるまい。本書の3分の1は、まさに福島第一原発で働いた記録だし……。

 文章表現などは、「ニュー・ジャーナリズム」台頭以前の古めかしいノンフィクションという感じで、野暮ったい。しかし、内容の迫力はすごい。
 原発労働者が過酷で危険な労働環境にあることを、私たちは「なんとなく知っている」だけで実態は知らない。本書ではその過酷さ危険さが、微に入り細を穿ってつぶさに描き出される。

 ゾッとしたのは、原発内部(管理区域)での仕事に配置転換される際、労働者たちがそのことを「良かったなあ」と表現するくだり。
 つまり、管理区域外の作業があまりにつらい(熱さなどで)ため、放射線を浴びる区域での仕事が「ラク」に思えてしまうということだ。

 また、末端労働者同士にはあたたかい感情の交流も生まれるのに対し、各電力会社の幹部社員たちは下請け労働者をモノのように扱い、傲慢だ。その非人間性に対する告発が、本書のもう1つの見所になっている。
 たとえば、次のような場面――。

「これからは、構内でケガをした人は電力(関西電力)さんにあやまりに行くことになりまして……」
 このひとことに、室内は急に静かになった。静かになったというより、険悪なムードになったと言ったほうが適切だろう。中年の労働者が立ち上がった。顔面を紅潮させた彼は、強い口調でしゃべり始めた。
「だれだってケガしとうて、するんじゃないで。それなのに、だよ。いいですか、ケガして苦しむ本人が、そんな仕事をさせた電力に頭を下げにゃならんちゅうことは、どういうことですねん。ふざけちゃいけんよ。そんなことは、わしら下っ端に言うことじゃなくて、わしらを監督してる者に言うことやろ……」



 これは美浜原発での一コマだが、どの原発でも、「電力さん」と末端労働者の関係はこんな感じなのだろう。たぶんいまでも……。

 刊行後32年を経たいまなお(というより、いまこそ)読む価値のあるノンフィクションだ。

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北尾トロ・下関マグロ『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』


昭和が終わる頃、僕たちはライターになった昭和が終わる頃、僕たちはライターになった
(2011/04/14)
北尾 トロ、下関 マグロ 他

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 北尾トロ・下関マグロ著『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』(ポット出版/1890円)読了。

 人気ライター2人が、自分の駆け出し時代を振り返った本。対談集ではなく、2人が交互に同時期の思い出を綴っていくスタイルだ。

 トロとマグロというよく似たペンネームからも察せられるとおり、2人は駆け出し時代からの親友であり、近い場所、近い分野で仕事をつづけてきた。一緒に事務所を構えたり、同じ雑誌でコンビで仕事を受けたり、一緒に趣味のバンドを組んだり……。共著もいくつかあるし、年齢も同じだ。
 そんな2人がまだ20代だった1980年代の青春時代が綴られている。

 これは、すごく読者を選ぶ本だと思う。人気ライターとはいえ、彼らの個人的な思い出に興味を抱くほど熱烈なファンが多いとは思えない。
 さりとて、ライター入門として役立つかといえば、時代も違うので微妙。少なくとも、本書を読んでもライターとしてのスキル向上にはつながらない。「駆け出しのフリーライターって、だいたいこんな感じですよ」というサンプルにはなるだろうが……。

 私は、すごく面白く読んだ。しかしそれは、彼らの駆け出し時代が私自身の駆け出しライター時代とほぼ重なるからである。
 2人は私より6つ年上なのでデビュー時期こそ少しタイムラグがあるものの、1980年代半ばから終わりにかけて、駆け出しライターとしておおむね似たような経験をしてきたのだ。
 だから、読みながら身につまされて仕方なかった。四半世紀前の自分を見ているようだった。

 しかし、私同様に本書に共感を覚えるような読者は、日本中でせいぜい3000人程度しかいないだろう(本書の初版部数もそんなものではないか)。それくらい、およそ普遍性のない特殊な青春記なのである。

 なので一般にはオススメできないが、ライター歴、あるいは編集者歴・カメラマン歴・デザイナー歴が長くて出版界/雑誌界の昔話ができる人なら、楽しめる本だ。

 駆け出し時代のトロとマグロは、駆け出し時代の私がそうであったように、未熟で無知で、そして貧しい。80年代後半といえばバブルに向かう好景気時代だったわけだが、そこからポツリと取り残されたように、登場する駆け出しライターたちは揃いも揃ってビンボーだ。
 だが、未熟で無知な駆け出しライターのところにも次々と仕事が舞い込んできたのだから、それもやはりバブルの恩恵にほかならないのである。出版業界全体に、いまよりはるかに余力があったのだ。

 ネットどころかパソコンもワープロも黎明期で、ライターは手書きの原稿を電車で届けに行った時代。私もその時代の片鱗を知っているが、本書はそんな時代の証言として貴重である。

 本書の内容は大してドラマティックでもないし、主人公2人は怠惰でヘタレで、少しもカッコイイところがない(失礼!)。だがそれでも、私は深く共感した。

■関連エントリ→ ライター業界の昔話

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『マイ・バック・ページ』


マイ・バック・ページ オリジナル・サウンドトラックマイ・バック・ページ オリジナル・サウンドトラック
(2011/06/08)
ミト from クラムボン、きだしゅんすけ 他

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 立川シネマシティで『マイ・バック・ページ』を観た。川本三郎の同名青春記を、山下敦弘が映画化した作品。

■映画公式サイト→ http://mbp-movie.com

 川本さんの原作は、私がこれまでに読んだすべての本の中で五指に入るほど好きな作品。私は2年前に川本さんと鈴木邦男の対談集で映画化が進行中だと知り、以来完成を待ちわびていた。

■関連エントリ→ 川本三郎・鈴木邦男『本と映画と「70年」を語ろう』レビュー

 で、ようやく観た結果……上出来の映画化だと思った。原作ファンの私も納得。これは青春映画の傑作だ。

 まず、舞台となる1970年代初頭の東京の再現がパーフェクトである。とか言って、私もそのころの東京を肌で知っているわけではないのだが、少なくとも私が知識として知っている1970年代初頭は、隅々まで見事に再現されている。

 山下敦弘と脚本の向井康介は、原作をただなぞるような真似はしていない。随所に潤色を加えつつ、しかも原作のテイスト、エッセンスはちゃんと抽出している。「本の映画化はこういうふうにやるもんだよ」というお手本のような仕事ぶりである。

 過去の山下敦弘作品にあったオフビートなユーモアは影を潜めており(随所で隠し味にはなっているが)、終始シリアスなので、山下ファンは戸惑いを感じるかもしれない。しかし、私はこれこそ山下の代表作になり得るものだと思った。

 俳優陣もみんないい。とくに、新聞記者たちや刑事たちのリアリティはすごい。映画の中の作り物のブンヤ、デカというより、本物の匂いがする。まるでドキュメンタリーのようだ。
 主演の2人もいい。松山ケンイチが演じる虚言癖のある“ニセ革命家”梅山のキャラクターは原作よりも大幅に肉付けされているが、その肉付けも成功している。

 妻夫木聡が泣くラストシーンも素晴らしい。『ジョゼと虎と魚たち』のラストもそうだったが、彼は泣く場面で素晴らしい演技を見せる俳優だと思う。
 今作の場合、途中で「私はきちんと泣ける男の人が好き」という印象的なセリフが出てくるので、それがラストシーンの伏線になっていて、いっそう印象的だ。
(終盤、新聞社を懲戒解雇された主人公が映画評論家となって試写会に行く場面では、妻夫木くんが川本三郎に見える。いとをかし、である)

 エンディングに流れるのは、ボブ・ディランの「マイ・バック・ページ」(原作のタイトルもこの曲に由来)を真心ブラザーズと奥田民生が一部和訳して歌った曲。これがまたじつによい。

 ……と、観てきた直後の勢いで絶賛してしまったが、1つ言っておきたいのは、この映画は原作の魅力の半分しか伝えていないということ。
 というのも、映画の副主人公・梅山をめぐるドラマは原作では後半に出てくるものであり、前半はもっとリリカルな60~70年代グラフィティだからである。

 この原作を映画化する場合、後半の事件に的を絞るのは当然で、前半に出てくるさまざまなエピソードまで詰め込んだらストーリーがグチャグチャになってしまう。だからこの脚本の方向性は正しいのだが、この映画を観ただけで原作を知ったつもりになられてしまったら、ちょっと困る。この映画には取り上げられていない前半部分(※)に、いいエピソードが目白押しなのだから。
 この映画が気に入って、しかも原作をまだ読んでいない人には、鈴木いづみ、永島慎二、コルトレーン、鶴田浩二などという時代のアイコンが続々登場する前半部の素晴らしさをぜひ味わってほしい。

※ただし、前半部分のうち、保倉幸恵(劇中では倉田眞子)をめぐるエピソードはこの映画で印象的に用いられている。当時『週刊朝日』の表紙モデルをしていた保倉幸恵は、編集部で最も若い記者だった川本さんと親しくなった。彼女は1975年、22歳で鉄道自殺を遂げている。

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団鬼六『死んでたまるか』


死んでたまるか 自伝エッセイ死んでたまるか 自伝エッセイ
(2010/11/12)
団 鬼六

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 昨日は、取材で福島県郡山市へ――。
 先月からつづいている大震災関連取材の一つ。近々、もう一度行く予定。
 先々週に盛岡に行ったばかりであるせいか、郡山がすごく近い感じがした。新幹線だと、東京からの時間は盛岡の半分だし。



 新幹線の車中で、団鬼六著『死んでたまるか』(講談社/1570円)を読了。
 先月亡くなった団鬼六の自伝エッセイ集。昨年11月に出たものだから、生前最後の著作ということになるのかな。

 書き下ろしかと思ったら、収録エッセイの大部分は既刊から再録したものだった。しかも、そのうちの多くは、私が前に読んだことのある『牛丼屋にて』『鬼六人生三昧』『快楽なくして何が人生』に入っていた文章。なので一瞬ガッカリしたのだが、再読でも十分面白かった。

 団の過去のエッセイから、彼の人生の各段階(少年期・青年期・中年期・老年期)を象徴するエッセイを選び、それらを年代順に編むことによって、自伝として読めるように構成されている。いわば、リミックス・ベスト形式による自伝エッセイ。

 「団鬼六自薦エッセイ集」と銘打たれた『牛丼屋にて』を読んだ際、私は当ブログのレビューで次のように書いた。

 しみじみとしたエッセイが多く選ばれており、「SM小説の巨匠」というイメージをくつがえすに十分である。
 とくに、戦時中の米軍捕虜との交流を綴った「ジャパニーズ・チェス」や、大学時代の風変わりな恩師の思い出を綴った「ショパンの調べ」、間一髪で交通事故死をまぬかれた記憶を振り返った「頓死」、書名になった「牛丼屋にて」などは、上質の短編小説のような味わいをもつ名編だ。



 ここにピックアップした「ジャパニーズ・チェス」「ショパンの調べ」「頓死」「牛丼屋にて」の4編は、本書にも収録されている。

 団の過去のエッセイ集をすでに読んでいる人は読まなくてもよい本だが、団鬼六初体験の人にはオススメできる一冊。味わい深い名編が目白押しだ。
 たとえば、有毒フグの肝のえもいわれぬ美味(!)について綴った一編「フグの食べ方教えます」などは、「究極のグルメ・エッセイ」ともいうべきものである。

 団鬼六は一般小説やエッセイでもいい作品をたくさん遺しており、「官能小説作家」というイメージで食わず嫌いをするのは損である。
 エッセイ集なら本書か『牛丼屋にて』か『一期は夢よ、ただ狂え』が、一般小説なら『真剣師 小池重明』がオススメ。

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ひじかた憂峰・たなか亜希夫『リバースエッジ 大川端探偵社』


リバースエッジ大川端探偵社 3巻 (ニチブンコミックス)リバースエッジ大川端探偵社 3巻 (ニチブンコミックス)
(2011/05/28)
ひじかた 憂峰

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 ひじかた憂峰作・たなか亜希夫画の劇画『リバースエッジ 大川端探偵社』(日本文芸社)の既刊1~3巻を購入。連載誌の『漫画ゴラク』でときどき読んで、とても気に入ったので。

 ひじかた憂峰とは、狩撫麻礼の別ペンネーム。
 狩撫麻礼とたなか亜希夫といえば、かつての名作(怪作でもあったが)『迷走王ボーダー』のコンビだ。関川夏央と谷口ジローのコンビと並ぶくらい、この手の男臭い劇画の世界では黄金コンビといってよい。

 が、この『リバースエッジ 大川端探偵社』は、『迷走王ボーダー』よりもむしろ『ハード&ルーズ』に近い作品である。
 『ハード&ルーズ』は、狩撫麻礼作・かわぐちかいじ画。私立探偵・土岐正造を主人公にした短編連作で、1980年代を代表するハードボイルド劇画の一つであった。私は、あれこそ狩撫麻礼の最高傑作ではないかと思う。

 この『リバースエッジ 大川端探偵社』は、小さな探偵社に持ち込まれるさまざまな依頼から生まれるドラマを描いた短編連作。まさに“21世紀の『ハード&ルーズ』”ともいうべき作品なのである。

 もっとも、基本構造こそ共通だが、『ハード&ルーズ』とは微妙にテイストが違う。
 『ハード&ルーズ』では主人公のキャラクターが作品の大きな比重を占めていたが、『大川端探偵社』では探偵社の面々は狂言回しに徹している。依頼人と探す相手が織りなすドラマこそが核となるのだ。

 また、依頼人が持ち込む謎を解くプロセスは、あっさりと端折って描かれている。海千山千の老練な「所長」が、特異な人脈を駆使して電話だけで解決してしまうことも多いのだ。この点も、調査のプロセスが詳細に描かれ、その間にアクションなどの要素が詰め込まれていた『ハード&ルーズ』とは対照的だ。

 要するに、『ハード&ルーズ』からハードボイルド探偵小説的要素を削ぎ落とし、かわりに依頼人たちの人間ドラマに力点を置いたのが、この『大川端探偵社』なのである。

 とはいえ、むろん共通項も多い。元ボクサーが登場したり、風俗嬢やホームレスなど“良識の外側”にいる人々に優しい視線が向けられたりするあたりは、狩撫麻礼らしさ全開だ。

 調子の出ない回もあるが、平均すれば『ハード&ルーズ』と遜色ないくらい魅力的なストーリーが多い。中には鳥肌が立つようなすごい話もある。好みもあろうが、私の場合、「カラオケドリーム」「座敷牢の男」「夏の雪女」「ある結婚」の4話は鳥肌ものだった。

 たなか亜希夫の緻密で空間造形力に富む絵も、相変わらず素晴らしい。『ハード&ルーズ』が好きだった人にオススメ。

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中村勝雄『もう一度、抱きしめたい』


もう一度、抱きしめたい-脳性まひの僕に舞い降りたダウン星の王子さまもう一度、抱きしめたい-脳性まひの僕に舞い降りたダウン星の王子さま
(2011/05/19)
中村 勝雄

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 昨日は金沢八景駅近くで、作家・シナリオライターの中村勝雄さんを取材。
 中村さんの新著『もう一度、抱きしめたい――脳性まひの僕に舞い降りたダウン星の王子さま』(東京新聞出版局/1300円)の著者インタビューである。

 今日は早起きして1本原稿を仕上げ、ひと寝入りして午後にも1本コラムを仕上げる。今日書かなければならないリライト仕事の原稿が、あと2本。さらに、明日は書評の〆切なのだが、対象の本をまだ全然読んでいない(汗)。

 ……と、仕事ぶりを書き出してみると、おお、我ながらまるで売れっ子のようではないか(笑)。いや、実際にはたまたま重なっただけなんだけど。
「土俵の怪我は土俵の砂で治していくんですよ」とは初代若乃花の名言だが、今週の私は「重い原稿を書いた疲れは、軽い原稿を書いて癒すんですよ」みたいな感じ。

 さて、中村勝雄さん、通称「かっちゃん」は10年以上前からの古い友人であって、改まってインタビューなどするのは初めて。
 本の副題にもあるとおり、脳性まひで重度の障害をもった方。それでもいつも明るく、ものすごいバイタリティで人生を切り拓いてこられた。
 この『もう一度、抱きしめたい』は、6年前に生後432日で亡くなった彼の最初のお子さん――賢治くんのことを綴ったノンフィクションである。

 中村さんの代表作に、2001年に小学館ノンフィクション賞優秀賞を受賞した『パラダイス・ウォーカー』がある。これは中村さんが一人で挑戦した海外旅行の顛末を中心としたもので、「自らの障害を笑い飛ばして生きていくという内容」(本書のあとがきより)であった。
 いっぽう本書は、題材が題材だけに笑いの要素はほとんどなく、かなり重い。私は、いつも明るい中村さんの心の奥を初めて垣間見た気分になった。

 考えてみれば、物書きになるほど繊細な感受性をもつ人が、自分の重い障害に悩み苦しまないわけがない。中村さんの明るさは、苦悩を突き抜けて獲得したものなのだ。
 初めてその苦悩と悲しみをさらけ出し、亡き我が子の思い出を慈しむように綴った本書には、深い感動がある。宮内勝典さんに、生後5日で亡くなったお子さんのことを書いた『金色の象』という美しい中編小説があるが、あの作品にも匹敵する名作だと思った。

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グルーヴ・コレクティブ『DECLASSIFIED』


DECLASSIFIEDDECLASSIFIED
(1999/07/20)
Groove Collective

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 グルーヴ・コレクティブの1999年のアルバム『DECLASSIFIED』を、輸入盤の中古で購入。100円以下(+送料)の激安価格。

 ファーストとセカンドはすごく気に入ったのだが、4thアルバムに当たる本作は私にはイマイチだった。
 何より、ジャズ色がかなり薄れてしまっていて、ごく普通のファンク/ディスコ・ミュージックになってしまっていることにガッカリ。ジャズ色とファンク/ヒップホップ色が拮抗してせめぎあう感じが魅力だったのに……。



 たとえば、オープニングの「Up All Night」という曲(↑)など、たんに馬鹿明るいディスコ・チューンという感じで、ファーストとセカンドにはあった陰影と哀愁味が微塵もない。
 まあ、よくできたカッコイイ曲ではあるのだが、私がグルーヴ・コレクティブに求めるのはこういうものじゃないんだなあ。

 とはいえ、中にはいい曲もある。「Everything Is Changing」という曲はすごく気に入った。これはフルートやベース、シンセの使い方にジャジーな陰影があって、初期のカラーに近い。 


↑「Everything Is Changing」。これはアルバム収録のものとはヴァージョン違い。

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辰巳ヨシヒロ『大発掘』


大発掘大発掘
(2003/09)
辰巳 ヨシヒロ

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 辰巳ヨシヒロの『大発掘』(青林工藝舎/1680円)を購入。
 近年再評価著しい、「日本のオルタナティヴ・コミックの第一人者」たる辰巳の復刻短編集。2003年に刊行されたものだが、収録された13編はすべて1970年代(おもにその前半)に描かれたものだ。

 辰巳のこの時代の短編というと、私は小学館文庫から出ていた2つの短編集(『コップの中の太陽』と『鳥葬』)を昔読んだことがある。これは傑作揃いだったが、いまでは入手困難であるようだ。ただ、この『大発掘』の前に出た『大発見』という復刻短編集は、名作「グッドバイ」など、何編かが『コップの中の太陽』『鳥葬』の収録作品と重なっている。

 この『大発掘』は、『大発見』の落ち穂拾いというか、あの本に入らなかった短編を集めたもの。収録作の大半は、これまで単行本未収録であったという。

 絵はいかにも「昔の劇画」という感じで古臭くて野暮ったいし、ストーリーはどれもむちゃくちゃ暗くて救いがない。あとがきで辰巳自身が書くとおり、「臆面もなく選りによって、よくもこんな暗い作品ばかり羅列したものだ」という感じの一冊である。

 だが、収録作のうち何編かは心に突き刺さるような凄みのある佳編で、「よくぞ発掘してくれた」と版元に感謝したい気持ちになった。

 主人公たちの大部分は、いまでいう「負け組」もしくは「非モテ」。さもなければ、重い十字架を背負ったような過去を持ち、半分死んだようになって生きている人物である。彼ら彼女らが社会の底辺で這いずり回り、のたうち回るさまは、むしろいまの時代の気分にこそしっくり合う。
 「地獄」「念仏レース」「地下道ホテル」「手のひらの街」「娼婦の戦記」の5編はとくに傑作だ。

 どれほど暗いか、例を一つ挙げる。

 「地下道ホテル」は、地下鉄の地下道で暮らすホームレス(という呼び方は当時まだ一般的でなく、「浮浪者」と表記されている)たちの物語。
 ホームレスの一人は、ゴキブリに「アケミ」という名前をつけて飼っている。それが生き別れた娘の名であることを、ある日、仲間のホームレスは知る。
 「ゴキブリのオッさん」と呼ばれるそのホームレスが病死したとき、仲間は彼の娘にそれを知らせようとする。だが、やっと見つけた娘は、ようすのいい若い男と仲睦まじく話をしていた。仲間は声をかけられず、その場に崩れ落ちて涙する。
 ……とまあ、そのように暗い話ばかりなのだが、しかししみじみとよいのである。 
 
■関連エントリ→ 辰巳ヨシヒロ『劇画暮らし』レビュー

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小坂俊史『中央モノローグ線』


中央モノローグ線 (バンブー・コミックス)中央モノローグ線 (バンブー・コミックス)
(2009/10/17)
小坂俊史

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 一昨日は盛岡で、作家の高橋克彦さんを取材。これも大震災の関連取材。東北に居を構える作家として、震災についての思いを語っていただく。高橋さんは昨年電話取材したことがあるが、お会いするのは初めて。

 昨日は、石川県七尾市で企業取材。2日つづけての日帰り地方取材で、しかも私には珍しく3日連続で早朝の電車に乗ったので、ほとほと疲れた。今日は昼まで爆睡。



 小坂俊史(こさか・しゅんじ)の『中央モノローグ線』(竹書房/780円)を購入。
 いつも読んでいる『漫棚通信ブログ版』さんがホメていた(→こちらのエントリ)ので、気になっていた作品。

 『まんがライフオリジナル』に連載された4コマ・マンガで、JR中央線沿線に住む8人の女性たちのモノローグ形式で描かれる物語。
 中野に住むイラストレーター・なのか、高円寺の古着屋店主・マドカ、西荻窪の劇団員・茜、三鷹の大学生・ミカ、武蔵境の中学生(連載中に高校生になる)・キョウコなど、8人の女性たちのモノローグを通じて、中央線それぞれの街の個性がさりげなく巧みに表現されていく。

 4コマ・マンガだから「笑い」が大きな要素ではあるが、爆笑ではなく「クスッ」あるいは「ニヤッ」とさせられる上品でおとなしい笑い。その中には「中央線あるあるネタ」も多いが、べつに中央線のことを知らなければ面白くないわけではない(「中央線歴」が長い人ほど楽しめるのは間違いないが)。

 それに、この作品には「笑い」以外の魅力もある。「物語」と書いたとおり、4コマ・マンガでありながら、女性たちのモノローグの背後にライフストーリーが透けて見えるのだ。読み終えるころには一人ひとりが自分の友人に思えてくるくらいに……。
 そして、「笑い」と同じくらいの配分で「切なさ」もある。これはいわば「4コマ青春マンガ」でもあるのだ。

 業田良家は名作『自虐の詩』で、4コマ・マンガでも長編マンガ真っ青の感動を与えられることを証明してみせた。この『中央モノローグ線』には『自虐の詩』ほどの感動はないものの、「4コマ・マンガの歴史に新たな1ページを刻んだ」といってよいほどの独自性がある。こんなふうに、キャラクターのさりげない日常を描きながら人生を感じさせる4コマは、これまでなかった。シンプルでキュートな絵もいい感じだ。

 中央線歴四半世紀の私は、本作の舞台になった8つの街をそれぞれよく知っているので(ただし、武蔵境はそれほどなじみがないが)、なおさら楽しめた。

 難を言えば、武蔵境以西の国立や国分寺、そして我が街・立川も舞台にしてほしかった。

 武蔵境に住むキョウコちゃんのモノローグに、「ここはその名の通り『境』の街で――/中央線はここを過ぎると一気に普通っぽくなってしまうため/私たちは三鷹の向こうに強い憧れを持って暮らしています」という一節がある。
 これにはちょっと異を唱えたいなあ。国立・国分寺・立川はそれぞれ強い個性を持っているし、よくも悪くも中央線的だと思うから……。
 とか言いつつ、我々立川市民も23区内に出かけることを「都内に行く」なんて表現するのだけれど(笑)。

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『江口寿史のお蔵出し 夜用スーパー』


江口寿史のお蔵出し 夜用スーパー江口寿史のお蔵出し 夜用スーパー
(2010/12/11)
江口 寿史

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 今日は、午前中に都内で打ち合わせが2件。久々に朝7時台の電車に乗った。昼前に2件も打ち合わせを終わらせると、一日がすごく有効に使えた気分になる。

 明日は取材で盛岡へ。あさっても取材で石川県七尾市へ。日帰りの地方取材が2日つづくと、けっこうキツイ。その間、原稿の〆切も矢継ぎ早だし……。



 『江口寿史のお蔵出し 夜用スーパー』(イースト・プレス/1260円)を購入。タイトルのとおり、これまで未単行本化だった江口作品を寄せ集めたもの。
 江口は1994年にも、同趣旨の『お蔵出し』という本を出したことがある。これは本当に箸にも棒にもかからない作品の寄せ集めであったが、本書は意外にもけっこうクオリティが高い。

 収められているのは、おもに1990年代から2000年代にかけて描かれたもの。未完に終わった連載、短編、掌編、コミックエッセイ、4コマなど、さまざまな形態の作品のごった煮になっており、おもちゃ箱をひっくり返したような趣。

 とくによいのは、短命に終わった月刊マンガ誌『アクションZERO』の連載「ゼロの笑点」として発表された一連のパロディ・ギャグ。これはオールカラーの連載でもあり、絵としてのクオリティも高い。
 畏れ多くも「トキワ荘の青春」をパロった「ドギワ荘の青春」シリーズが、もう最高。トキワ荘の人々から兄貴分として敬愛された「テラさん」を、まるで山上たつひこのギャグマンガのようなどす黒いキャラに仕立てている危険なパロディである。

 江口のギャグマンガ家としてのピークは、『寿五郎ショウ』『なんとかなるでショ!』『爆発ディナーショー』の「ショー三部作」にあったと思う。この「ゼロの笑点」は、『爆発ディナーショー』と同じ担当編集者との仕事でもあり、一冊分になるまでつづいていたら『爆発ディナーショー』に匹敵する傑作になっていたであろう。休刊による中断が惜しまれる。

 ほかにも、江口流の『サザエさん』パロディ「イソノの嫁」(グラビアアイドルのヒロインが磯野家に嫁いでくる話)のように、「あー、これもっとつづきが読みたい」と思わせる作品が多い。
 狩撫麻礼が変名で原作を書いたというストーリー・マンガ「平成大江戸巷談イレギュラー」(シャッター商店街の再生物語)なんて、やっと面白くなってきた感じの第5話で中断されており(たぶん江口が原稿落としたため)、まことに惜しい(※)。

※連載打ち切りまでの経緯をウォッチしていたページがあった(→このページ)。これによれば、本書収録の5話以降も何回か連載はつづいたようだ。うーむ、つづきが読みたい。

 江口が担当編集者と食べ物屋を探訪するだけのぬる~いコミックエッセイなど、つまらないものもあって玉石混淆ではある。が、マンガとしてつまらない場合でも、江口の描く女の子のカワイさは相変わらず絶品なので、絵として楽しめる。江口ファンなら必携の一冊。

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新居昭乃『空の森』


BEST ALBUM 空の森BEST ALBUM 空の森
(1997/08/21)
新居昭乃

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 新居昭乃(あらい・あきの)の『空の森』をヘビロ中。
 1997年に出たベストアルバムで、中野ディスクユニオンで安く売っていた中古をゲットしたもの。

 新居昭乃はアニメの主題歌などをよく歌っているから、その筋では知られた名なのであろう。私は、彼女がゲスト・ヴォーカルとして参加したザバダックのアルバムで知った。

 ザバダックは、初代ヴォーカリストの上野洋子といい、現メンバーの小峰公子といい、この新居昭乃といい、いずれ劣らぬ美声の持ち主ばかりを起用してきた。3人ともハイトーンの透き通った声で、妖精めいた印象が共通している。
 個人的な好みを言えば上野洋子のヴォーカルがいちばん好きだが、新居昭乃のヴォーカルもすごくいい。

 この『空の森』は、収録曲の多くがOVAや劇場用アニメ映画のテーマソングやイメージソング。「寄せ集め」ではあるのだが、どの曲もファンタジックな印象が共通しているので、アルバム全体に見事な統一感がある。
 歌詞といい、曲調といい、楽器の選択といい、どこをとっても一部の隙もない「美しい幻想世界」が構築されている。その上に新居昭乃の妖精めいた美声が乗っかると、夢のような音世界が立ち現れる。大きな音で流すと、しばし日常の雑事を忘れてしまうほど。

 ザバダック界隈の音が好きなら、間違いなく気に入るアルバム。てゆーか、そのへんが好きな人はとっくに新居昭乃のアルバムにも手を伸ばしているかな。
 ザバダックの音楽に比べるとロック的な毒気が欠落していて、あまりにもキレイキレイすぎてやや物足りなくはあるのだが……。


↑「遙かなロンド」という曲がとくに気に入ってしまって、リピートの嵐。作曲は菅野よう子で、元はOVA『ぼくの地球を守って』のイメージソングだそうだ。


↑ついでに、新居昭乃が参加したザバダックの曲「蒼い空に」。これも名曲。

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林望『「時間」の作法』


「時間」の作法  角川SSC新書 (角川SSC新書)「時間」の作法 角川SSC新書 (角川SSC新書)
(2011/03/10)
林 望

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 林望著『「時間」の作法』(角川SSC新書/819円)読了。

 職業柄、仕事術や時間管理術の本を見ると手に取らずにはいられない。時間管理術の本もけっこうたくさん読んできた。そのわりには時間の使い方は一向にうまくならず、「ああ、また時間を無駄にしてしまった」としょっちゅう後悔している私である。

 何が根本的な問題かといえば、私たちフリーランサーには会社員の勤務時間のような縛りがないことと、行動を律するための人目がないこと(=書斎でどんなにダラダラしていようと、誰にも見咎められない)の2つなのだな。

 では、ライター同士で共同事務所でも構えればいいかというと、それはそれで別の問題が生じる。つい無駄話をしてしまったり、すぐ一緒に飲みに行ってしまったり……。
 時間を無駄なく使うことは、フリーランサーにとって永遠の課題なのだ。

 さて、本書だが、思いっきり期待外れの内容であった。

 そもそも、タイトルがひどい羊頭狗肉だ。
 このタイトルでは誰もが時間管理術の本だと思って手に取るだろうに、時間管理がテーマになっているのは全9章中の2つの章だけ。で、ほかの章には何が書かれているかといえば、メモ術、読書術、文章作法、英会話を学ぶコツ、上手なスピーチのコツ、風邪を引かないための心構え(!)など……。
 要は広い意味での「リンボウ流仕事術」の本でしかない。にもかかわらずこんなタイトルをつけるのはいかがなものか。

 それでも仕事術の本として役に立てば腹も立たないが、その点でもかなりのダメ本であった。とにかく、あたりまえのことしか書かれていない。

 たとえば、読書術についての章にはこんな一節がある。

 インターネットの利点は何かというと、一つのニュースに関連する情報を、数カ月前からさかのぼって読めることです。新聞やテレビで過去の情報を知りたくても、その日、その時間のことしかわかりません。
(中略)
 それに、テレビの場合は芸能ニュースのように私にはまったく興味のないニュースでも見続けていないと次のニュースに進めませんが、インターネットであれば自分で見出しを見ながらニュースを選べるので、仕事をやりながらちょいちょいと読むことができる。
 この、自分の都合で時間のかけ方を調整できるというネットニュースの性格は、時間を無駄なく使う上でとても重宝なものです。



 2011年に刊行された本の一節とはとても思えない。いまどき、これを読んで「へーえ、インターネットってそんなに便利なのかぁ」と感心するような読者がいるだろうか。

 時間管理をテーマにした章が2つあると書いたが、それらの章がまた輪をかけてしょーもない内容なのだ。たとえば、こんな一節がある。

 何かの仕事をしているとしたら、「今は二時四十五分だから、四時までに終わらせよう」とか、あるいは原稿を書いているときであれば、「この章はだいたい五時くらいになって目鼻がつくだろう」とか、そういう時間の戦略を立てていく。
 それが終わったら、次は「晩飯を作ろう」、またその次は「ご飯を何時までに食べ終えよう」と、自分の頭の中で先へ先へとタイムマネジメントを重ねていきます。



 「仕事を四時までに終わらせよう」とか「ご飯を何時までに食べ終えよう」なんてこと、「時間の戦略」「タイムマネジメント」というほど大層なことかよ(笑)。ごく日常的な思考の断片じゃん。

 じつは私は林望の著作は初めて読んだのだが、ほかの本でもこんな調子なのかね? エッセイストクラブ賞を受賞したりしているのだから、エッセイはもっとまともなのだと思うけど。

 前にも一度書いたことがあるが、時間管理術の本で私のイチオシは、メリル・E・ダグラスの『決定版 時間を生かす』(知的生き方文庫)である。古い本だが、本書などよりもはるかに有益で、示唆に富む名著だ。

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大前研一『お金の流れが変わった!』


お金の流れが変わった! (PHP新書)お金の流れが変わった! (PHP新書)
(2010/12/16)
大前 研一

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 今日は、都内で打ち合わせが一件。そのあと東宝東和試写室で、『ナニー・マクフィーと空飛ぶ子ブタ』の試写を観る。映画評の仕事のため。映画の感想はエントリを改めて。

 行き帰りの電車で、大前研一著『お金の流れが変わった!――新興国が動かす世界経済の新ルール』(PHP新書/760円)を読了。

 私は大前研一の著書もかなりたくさん読んでいるが、これはわりと出来のいい部類だと思う。何より、専門分野である経営・経済に的を絞って書いている点がいい。
 というのも、大前は教育や文化など専門外の分野に著書で論及する場合、かなりトンチンカンなことも書いてきたから。

■関連エントリ→ 大前研一『「知の衰退」からいかに脱出するか?』レビュー(トンチンカンの例含む)

 本書はさすがに、傾聴に値する主張が多数ある。

 グローバル化著しいいまの世界にあっては、アメリカや中国などの大国が世界経済を支配することは至難で、おいしい投資先を探してさまよう約4000兆円の「ホームレス・マネー」の動向こそが世界経済を左右する、と著者は言う。そして、「お金の流れが変わった」中にあって、米・中・EUはどう動くか、日本はどう動くべきかが詳述される。
 インドネシア、マレーシアなどの新興国で、日本企業はいかにして地歩を固めていけばよいか? その戦略が具体的事例とともに提示されるので、企業の海外担当者は必読だろう。

 大前本ではおなじみの自慢話は、本書では控えめ。
 とはいえ、その中には、「近年のインドネシアの発展は俺様のおかげ」と言わんばかりの豪快な自慢があったりする(「私はマハティール首相の経済アドバイザーを十八年間務めた。その間に、この優れた指導者の下で貧困が撲滅され、工業化、情報化の基盤が築かれたことは私にとっても大きな喜びであった」云々)。

 筆鋒鋭い民主党政権批判も随所にあって、私には痛快だった。
 第3章でいちばんまとまった形の民主政権批判を終えたあと、大前は次のように書く。

 この政権は何も考えていないし、何も知らない。政権担当能力がないだけではなく、毎日、外交と内政で日本の財産をぶち壊しにしているのである。「無能なだけではなく、危険かつ破壊的な」政権である。一刻も早く「無能で有害ではあるが、ぶち壊しまではしていなかった」自民党政権に(とりあえず)戻すべきではないか、と私は思いはじめている。



 惜しいのは、東日本大震災前に刊行されたものであるため、震災後の現状にはそぐわない記述が散見されること。
 たとえば、大前は“日本の優れた原発技術を海外に輸出して大きな利益を上げよ”とか、「首都圏近郊に原発を作れ」などと提言しているのだが、日本中が反原発に傾いたいまとなってはむなしい。
 また、東京の湾岸地区を高級住宅街として再開発する「湾岸一○○○万都市構想」を日本経済復活策の目玉としているのだが、これも、震災の津波被害でウォーターフロントの価値が下落したいまとなってはもはや無意味。

 だが、刊行時期の不運から無意味と化した部分はあっても、全編の価値はほとんど変わらない。リーマン・ショック後の激変する世界経済情勢を大づかみにするには好適な一書といえる。
 「震災後」については、大前は本書のあとに『日本復興計画』という新著を出したので、そちらを読まれたし。

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グルーヴ・コレクティヴ『ウィ・ザ・ピープル』ほか


We the PeopleWe the People
(1996/03/26)
Groove Collective

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 いまごろグルーヴ・コレクティヴにハマった。
 ネット・ラジオで聴いた彼らの曲「リフト・オフ」にしびれてしまったのである。彼らは1994年デビューだから、世間の流行から十数年遅れ(笑)。

 「リフト・オフ」が入った96年のセカンド『ウィ・ザ・ピープル』と、94年のファースト『グルーヴ・コレクティヴ!!』を中古でゲット。2作とも、アマゾンのマーケット・プレイスで1円(+送料)で買える。



 「リフト・オフ」はヴォーカル・チューンだが、グルーヴ・コレクティヴはインスト中心のバンドである。N.Y.アシッド・ジャズに立て分けられるのだろうか。要は、ジャズをベースにした心地よいクラブ・ミュージック。
 ファーストの帯には、次のような惹句が躍っている。

ビバップ発、ファンク&ヒップホップ経由
JAZZの未来を牽引しながら突っ走る驚異のニュー・ダンス・ミュージック!!



 ニューヨークのクラブ「ジャイアント・ステップ」のハウス・バンドから出発したというグルーヴ・コレクティヴだが、べつに踊らなくても極上のBGMとして愉しめる。

 英国産のアシッド・ジャズに比べるとニューヨークらしいクールな感覚があって、それとヒップホップやファンクのホットな肉体感覚が絶妙にブレンドされているところが魅力。
 多用されるフルートやヴァイブ、キーボードやホーン・セクションだけ聴いていると知的で内省的だが、リズム・セクションには肉体的躍動感がある。とくに、ドラムスはパワフル。また、時折ラップやヴォーカルが入ると、途端に鮮やかな色彩感覚が生まれる。
 知性と肉体性、静と動、モノクロームとカラフル……相反する二面の織りなすダイナミズムが、なんとも心地よいのだ。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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