リー・リトナー『シックス・ストリング・セオリー』


シックス・ストリング・セオリーシックス・ストリング・セオリー
(2010/06/23)
リー・リトナー

商品詳細を見る


 リー・リトナーの『シックス・ストリング・セオリー』を聴いた。

 といっても、これはリトナーのソロアルバムではなく、世界20人の著名ギタリストが集った競演作である。リトナーは中心ミュージシャンであると同時にプロデューサーであり、アレンジャーでもあるという役回り。
 収録曲目とギタリストたちは以下のとおり。

1. レイ・イット・ダウン feat.ジョン・スコフィールド&リー・リトナー
2. アム・アイ・ロング feat.ケブ・モ&タジ・マハール
3. L.P.(フォー・レス・ポール) feat.リー・リトナー、パット・マルティーノ&ジョーイ・デフランセスコ
4. ギヴ・ミー・ワン・リーズン feat.ジョー・ボナマッサ&ロバート・クレイ
5. “68” feat.スティーヴ・ルカサー、ニール・ショーン&スラッシュ
6. イン・ユア・ドリームズ feat.スティーヴ・ルカサー、リー・リトナー&ニール・ショーン
7. マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ feat.ジョージ・ベンソン
8. ムーン・リヴァー feat.ジョージ・ベンソン&ジョーイ・デフランセスコ
9. ホワイ・アイ・シング・ザ・ブルース feat.B.B.キング、ヴィンス・ギル、ケブ・モ、ジョニー・ラング&リー・リトナー
10. ダディ・ロングリックス feat.ジョー・ロビンソン
11. シェイプ・オブ・マイ・ハート feat.リー・リトナー、スティーヴ・ルカサー&アンディ・マッキー
12. ドリフティング feat.アンディ・マッキー
13. フリーウェイ・ジャム feat.マイク・スターン、布袋寅泰&リー・リトナー
14. ファイヴス feat.ガスリー・ゴーヴァン&タル・ウィルケンフェルド
15. カプリース 作品20の2と7 feat.ショーン・ブーブリル
16. ムーヴィン・ウェス feat.パット・マルティーノ&リー・リトナー



 私はこのうちの「フリーウェイ・ジャム」をネットラジオで聴いて、「お、カッコイイ!」と思い、アルバムに手を伸ばしてみた。
 「フリーウェイ・ジャム」は、ジェフ・ベックの名盤『ブロウ・バイ・ブロウ』に入っていた曲。それをマイク・スターンと布袋寅泰(!)とリトナーの競演で、原曲以上にロック的なアレンジでやっているこの曲は、私にとっては本アルバムのベスト・トラックである。



 で、アルバム全体もハード・フュージョン路線かと期待して聴いてみたのだが、残念ながらそうではなかった。あとはM5、6、14がそれに当たる程度。以上の4曲はよかったが、ほかがどうもいただけない(※)。

 ヴォーカル入りの渋いブルース・ナンバーがあったり、ジョージ・ベンソンがウェス・モンゴメリーばりのギターを聴かせるメロウな曲があったり、クラシックがあったり、スティングの「シェイプ・オブ・マイ・ハート」のしょぼいカヴァーがあったり……とまあ、やたらとバラエティ豊かな内容なのだが、あまりにも多彩すぎて散漫なアルバム。バラエティに富めばいいってもんじゃないと思う。

 私のようにハード・フュージョンを期待する向きにはメロウな曲やヴォーカル入りの曲が邪魔に思えるし、逆にハードな曲を不快に思うリスナーもいるだろう。総花的にいろんな音楽を詰め込んだばかりに、全体の印象が希薄になってしまっているのだ。

 人気ギタリストの競演が売りのアルバムはほかにも山ほどあるが、その中でも本作はおそらく最も豪華な顔ぶれであろう。20人という人数もすごいが、スラッシュからB.B.キングまでが同じアルバムに入っているという幅の広さもすごい。その豪華さがマイナスに作用して出来が散漫になってしまったのは皮肉である。

 日本の人気フュージョン・ギタリスト4人が競演した『ギター・ワークショップ』というオムニバスが昔あったが、競演するにも3~4人くらいに絞ったほうが、アルバムとしての統一感が保ててよいのだろう。アル・ディ・メオラ、ジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシアが組んだ「スーパー・ギター・トリオ」というのもあったし……。

 まあ、どの曲も当然のことながらギターは素晴らしいし、アレンジもいいから、そこそこ愉しめるアルバムにはなっているのだが。

※注/その後、聴き込むうちに好きな曲が増えた。M1、3、4、9、12あたりもなかなかよい。このエントリに書いた最初の印象より、傑作かもしれない。

■関連エントリ→ リー・リトナーとANRI

関連記事

渡井さゆり『大丈夫。がんばっているんだから』


大丈夫。がんばっているんだから大丈夫。がんばっているんだから
(2010/12/01)
渡井さゆり

商品詳細を見る


 渡井(わたい)さゆり著『大丈夫。がんばっているんだから』(徳間書店/1260円)読了。

 著者は、「社会的養護」(乳児院や児童養護施設など、社会が用意した養育体系)のもとで育った人たちが集えるサロン「日向ぼっこ」(NPO法人)の理事長。本書は、自らも親による虐待を受け、児童擁護施設で育った著者の半生記である。

ブログ「日向ぼっこサロンより」

 読みながら思い出したのは、ロバート・B・パーカーの名作『初秋』で、私立探偵スペンサーが、身勝手な両親の離婚で傷ついた少年ポールに言う次のようなセリフ。

「おまえのような子供に自主独立を説くのは早すぎる。しかし、おまえにはそれ以外に救いはないのだ。両親は頼りにならない。両親がなにかやるとすれば、おまえを傷つけることくらいのものだ。おまえは両親に頼ることはできない。おまえが今のようになったのは、彼らのせいだ。両親が人間的に向上することはありえない。おまえが自分を向上させるしかないのだ」



 本書の著者も、子どもを傷つけることくらいしかしないろくでなしの両親のもとに育ち、少女期の大半を母子生活支援施設や児童養護施設で育つ。そして、“自分で自分を向上させるしかない”と思い定め、懸命の努力で宿命の鉄鎖を断ち切ろうとする。
 養護施設から高校に通いながら、バイトをいくつも掛け持ちしてお金を貯める。そして、働きながら夜間大学に通って福祉を学び、自分と同じ境遇に育った若者たちの生きにくさを軽減しようと「日向ぼっこ」を立ち上げるのだ。

 「はじめに」に、次のような一節がある。

 親に望まれなくても、親や養育者に虐げられても、自分の命を輝かせるのは、結局、自分なのだ。懸命に生きてきたおかげでそのことに気付くことができ、生きることがずいぶん楽になった。



 この一節は本書全体の核といってもよい。読み終えてからもう一度このくだりに目を戻すと、深く胸に迫る。

 本書は、虐待が子どもの心をどれほど傷つけるかの“症例報告”ともいえる。自分がどのように生きにくさを抱え、人を信じられずに生きてきたかを語る著者の言葉は、生々しくも痛ましい。

 そして、著者の心の傷はいまなお十分癒えてはおらず、危ういバランスの上にあるように、私には思える。父はアルコール依存症で家族に暴力をふるい、母からはネグレクトを受けるなど、絵に描いたような「アダルト・チルドレン」だから無理もないのだが……。終章で触れられた著者の自殺未遂は、つい3年前の出来事だ。 

 しかし同時に、本書は虐待をくぐりぬけた1人の女性が、よき仲間に恵まれて幸せをつかむまでの物語でもある。虐待の連鎖も貧困の連鎖も断ち切ることができるのだと、ラストに記された著者の現在を読むとほっとする。

 著者には、自分を飾ろうとするところがまったくない。むしろ、「何もそこまで」と思うほど赤裸々に、自分の弱さもつらい体験も包み隠さず書いている。たとえば、少女時代にくり返した万引きや、妻子ある男性との不倫や堕胎についてまで……。それでも露悪的な印象を与えないのは、著者の知性とまっすぐな人柄ゆえか。

 被虐待体験にかぎらず、幼少期の体験がもとで生きにくさを抱えている人は、読んでみるとよい。

関連記事

トラフィック『ゴールド』


GoldGold
(2005/07/26)
Traffic

商品詳細を見る


 先週、立川にディスクユニオンの支店がオープンした。隣の国立駅前にあった店舗が、立ち退きにあったか何かで移転してきたらしい。
 私は新宿や中野、国立のユニオンにときどき行っていたので、近所に支店ができるのはすごくうれしい。定点観測して掘り出し物を探せるし。

 で、昨日初めて行ってみて、トラフィックの2枚組ベスト『ゴールド』(輸入盤)を中古で購入。

 トラフィックは、1960年代末から70年代前半にかけて活動したイギリスのバンド。若き日のスティーヴ・ウィンウッドがいたことで知られる。
 私は少年時代、トラフィックの音楽を聴いて「ジジムサイ音だなあ」と思ったものだが、いま聴いてみると渋くてすごくよい。ま、私自身がオッサンになった証拠ですね(笑)。

 スティーヴ・ウィンウッドが1980年代にソロで連発した大ヒット・アルバムを連想すると、ちょっと違う。あれほどポップな音ではない。もっと陰影に富んだ、枯れた味わいのロック。

 「サイケデリック・ロックとブルース・ロックをベースに、ソウルとトラディショナル・フォークのスパイスをたっぷりきかせました。隠し味にジャズも少々」……という感じのごった煮サウンド。
 全編に、えもいわれぬイギリスの香りが濃厚に漂う。ブリティッシュ・ロックならではの、ひねくれた知性とユーモアとペーソスが随所ににじみ出るのである。ジェスロ・タルなどにも通じる、イギリスからしか生まれ得ない大人のロック。

 これは全30曲入りのベストだが、つまらない曲は一つもない。すべて傑作。恐るべきクオリティである。

 私がとくに好きな、「ディア・ミスター・ファンタジー」と「ザ・ロウ・スパーク・オブ・ハイ・ヒールド・ボーイズ」を下に貼っておく。





関連記事

古長谷稔ほか『放射能で首都圏消滅』


放射能で首都圏消滅―誰も知らない震災対策放射能で首都圏消滅―誰も知らない震災対策
(2006/04)
古長谷 稔、食品と暮らしの安全基金 他

商品詳細を見る


 今日は、新宿で打ち合わせ。
 行き帰りの電車で、古長谷 稔・食品と暮らしの安全基金著『放射能で首都圏消滅――誰も知らない震災対策』(三五館/1260円)を読了。

 版元の社長・星山佳須也さんより献本いただいたもの。
 星山さんは情報センター出版局時代、椎名誠を世に出し、藤原新也の『メメント・モリ』などをベストセラーにした、「伝説の名編集者」である。(→参考ブログ)

 本書は2006年に刊行されたものだが、今回の大震災と原発事故を受けて緊急重版されたという。ベストセラー・リストにも名をつらねている。
 
 大地震で原発がクラッシュし、放射能汚染が広がる「原発震災」の恐ろしさを訴えたもの。ただし、本書が扱っているのは、東海大地震で浜岡原発(静岡県御前崎市)がクラッシュし、風下に位置する首都圏が放射能で汚染されるというクライシスである。
 タイトルはいささか大げさな気がするが、ごく近い将来必ず来る東海大地震に際して十分起こり得る現実を解説した、恐るべきノンフィクションなのだ。

 一足先に別の大震災と原発事故が現実となったいま、本書を読むと、今日の事態を予見したかのような一節が随所にあって、ぞっとする。たとえば、次のような一節――。

 地震の後、原発で事故が起こっても、政府や行政、電力会社から放射能に関しての正しい情報はすぐには出ない、と考えておくのがいいでしょう。



 原子炉が入っている原子炉建屋は、“壁”は非常に強くできていますが、“屋根”は最低限の強度しかありません。



 哀しくもオソマツな津波対策――コントロールできなくなって、原発暴走(※これは項目タイトル)



 本書は多くのページにマンガチックなカラーイラストが入り、図表も豊富で、ページ数は正味120ページほどなので、すぐに読み終わる。しかし、見た目の平明さとは裏腹に、内容はハイレベルである。原発震災の恐ろしさと浜岡原発の危険性が、あらゆる角度から説得的に示されている。
 また、浜岡原発の設計に携わったエンジニアなどによる「内部告発」を三連発で入れるなど、完全に硬派ジャーナリズムの手法で作られている。じつによくできた本だと思う。

 東海大地震→浜岡原発のクラッシュという惨事が起きたとき、どう身を守ればよいかも詳述されているので、いま一読しておく価値は十分にある。

関連記事

岡田斗司夫『あなたを天才にするスマートノート』


あなたを天才にするスマートノートあなたを天才にするスマートノート
(2011/02/25)
岡田 斗司夫

商品詳細を見る


 岡田斗司夫著『あなたを天才にするスマートノート』(文藝春秋/1575円)読了。

 ダイエット本『いつまでもデブと思うなよ』でベストセラーをかっ飛ばした「オタキング」岡田斗司夫が、こんどは「ノート術」本の世界に挑んだ一冊。
 もっとも、ここに紹介されているノート術を、岡田は過去10年以上にわたってつづけてきたそうだから、『いつまでも~』のヒットに味をしめて急ごしらえしたわけではないらしい。

 長たらしい「まえがき」の文章が、詐話師の口ぶりのようないやらしい感じのもので、読んでいてウンザリ。「こんなうまい話に、あなたは乗らないんですか?」と煽り立てるような、「自分はすべてを知っているんだ」的文章。もう、うさん臭さ満点なのである。

 なので「まえがき」だけで放り出そうかとも思ったのだが、本文を読んでみたらわりと面白かった。

 『いつまでもデブと思うなよ』はダイエット本として非常によくできた内容だったが、本書も「ノート術」本として上出来。実際にどれほどの効果があるかはさておき、「私もこのノート術に挑戦してみようかな」と読者に思わせるだけの説得力がある。

■関連エントリ→ 『いつまでもデブと思うなよ』レビュー

 ノート術といえば、一般には情報整理術、あるいは時間管理術である場合が多い。しかし、本書で説かれるノート術に、情報整理術・時間管理術としての側面はほとんどない。
 むしろメインとなるのは、発想術だ。そう、これは風変わりな「アイデア本」。ノートに書きつける内容を通じて自己の内面との対話を進め、そのことによってアイデアや独創性の泉を湧き立たせる極意を説いた本なのである。
 著者自身も、「スマートノート」の「機能」として、「セルフ・カウンセリング機能」「セルフ・マネジメント機能」「コミュニケーション機能」の3つを挙げている。

 最後の「コミュニケーション機能」とは何かというと、著者は「スマートノート」を、他者とのコミュニケーションにも使う(ホワイトボード的に人に見せながら書き込むなど)ことを推奨しているのである。

 「アイデア本」として見た場合にも、本書は類書と比べてかなり秀逸な部類に入ると思う。

 著者のいう「スマートノート」の具体的な書き方については、ここでは紹介しない。興味のある向きは実際に読まれたし。

 私自身は、著者の主張するノート術に半分くらい同意。つまり、本書で説かれる「第1フェーズ」から「第6フェーズ」へと進むノート術を、そのままやる気にはとてもなれなかった。「そんなムダなことやってられるかい」という部分が少なくなかったのである。
 
 ただ、本書の内容をアレンジして、私なりのスマートノート術(自分だけのための)を作り上げてみたいとは思った。そう思わせるくらいの吸引力と説得力が、本書にはある。

関連記事

チャド・ワッカーマン『フォーティー・リーズンズ』


40 Reasons40 Reasons
(2001/03/06)
Chad Wackerman

商品詳細を見る


 チャド・ワッカーマンの1991年作品『フォーティー・リーズンズ』を聴いた。

 フランク・ザッパ・バンドの腕利きドラマーとして名を上げたワッカーマンの、最初のリーダー作。ギターにアラン・ホールズワース、ベースにジミー・ジョンソンを迎えたジャズ・ロック・アルバムである。

 ちなみに、最初に出た日本盤には『40の言い訳』なる邦題がつけられていたそうだ。日本語にするとムード演歌みたいですな(笑)。

 ホールズワースが全面参加したドラマー主体のジャズ・ロック・アルバムといえば、トニー・ウィリアムスの名作『ビリーヴ・イット』を思い出す。『ビリーヴ・イット』は私も大好きなアルバムなので、「あんな感じのジャズ・ロック」を期待して手にとった。

 その期待は、半分裏切られ、半分はかなえられた。
 『ビリーヴ・イット』は、高度なジャズ・ロックでありながら一面では非常にポップでキャッチーなアルバムだった。とくに、「フレッド」「プロト・コスモス」「ワイルドライフ」などという曲はロック的な躍動感に満ちており、むしろロック・ファンにこそ愛される音だったのだ。


↑トニー・ウィリアムスの「プロト・コスモス」

 しかし、このアルバムは『ビリーヴ・イット』ほどポップでキャッチーではない。もっと複雑かつフリーフォームで、ある面では実験的ともいえるジャズ・ロックが展開されているのだ。ゆえに、「うーん、演奏は申し分ないけど、曲に魅力がないなあ」というのが最初の印象であった。
 収録曲はすべてワッカーマン自身の作曲になるものだが(一部はホールズワースらとの共作)、なにしろ「ザッパ・スクール」の卒業生であるからして、キャッチーなフレーズは避けてしまうのだ。

 が、聴きこむうちにすごさがわかってきた。冷たい火花が散るような緊密で美しいインタープレイが随所でくり広げられ、非常に芸術性の高いジャズ・ロック・アルバムになっているのだ。

 とはいえ、ホールズワースはバリバリ弾きまくり、ワッカーマンは叩きまくりであり、けっして難解ではない。むしろ、最高にクール。ジャズ・ロックの隠れた名盤の一つといえる。


↑アルバムのオープニング・ナンバー「狂暴な休日」(Holiday Insane)

関連記事

橘玲『貧乏はお金持ち』


貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する (講談社プラスアルファ文庫)貧乏はお金持ち──「雇われない生き方」で格差社会を逆転する (講談社プラスアルファ文庫)
(2011/03/22)
橘 玲

商品詳細を見る


 昨日、一昨日と取材で福山と米子へ――。
 一昨日は岡山泊。新幹線と特急による移動時間が長くて、疲れた。
 今日はこのあと、宮城県の震災被害者の方を電話取材。ほんとうは被災地に赴きたいところなのだが……。

 新幹線の中で、橘玲(たちばな・あきら)著『貧乏はお金持ち――「雇われない生き方」で格差社会を逆転する』(講談社プラスアルファ文庫/880円)を読了。

 少し前に読んだ『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』がわりと面白かったので、著者の旧著を文庫化を機に読んでみた。

■関連エントリ→ 『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』レビュー

 謎かけのようなタイトルだが、内容は要するに、個人業者の「マイクロ法人化」による節税のススメである。
 「マイクロ法人」とは著者の造語で、新会社法によって可能になった、資本金ゼロ・取締役1人の「1人株式会社」を指す。我々ライターのようなフリーランサーも、マイクロ法人化によって大幅な節税が可能になる、と著者は言う。

 ……と、そこまでならよくある節税本と同じ。本書の独創性は、企業の一員も「サラリーマン法人化」によって大幅に節税する(すなわち収入を増やす)ことができる、という主張にある。

 サラリーマン法人化とは、会社との雇用契約を業務委託契約に変え、同時にマイクロ法人を設立して、これまでと同じ仕事をつづけながら委託費(給料)を法人で受け取ることをいう。



 著者はこの「サラリーマン法人化」を、『サザエさん』のマスオさんがサラリーマン法人を設立する、という物語形式をとることによって平易に解説していく。

 面白い提案とは思うが、本書の元本が刊行されてから2年近く経つのに、「サラリーマン法人化の事例が急増中!」なんて話も聞かないから、あまり現実的ではない気がする。まあ、5年後、10年後はどうかわからないが。

 とはいえ、本書はフリーランサーである私にも十分読む価値があった。「法人」という概念の内実について、初めて深く理解できた気がするし、随所で披露されるファイナンスをめぐるエピソードや雑学も愉しい。たとえば、次のようなものだ――。

 近代会計は、イギリス王室の税収と出費を管理するためにはじまった。十四世紀には、何百人という会計士が国王の台所を管理するために膨大な帳簿と格闘していた。やがて会計制度は一般にも広く使われるようになり、十七世紀のイギリスでは宿屋や鍛冶屋ですら複式簿記によって収入と支出を管理していたという。



 本書のかなりの部分がさまざまな分野の先行書の引用で成り立っているのだが、それでも「他人のフンドシで相撲をとっている」という印象はない。引用を文章に組み込んでいく手際が鮮やかなので、実質は身もフタもない実用書にもかかわらず、洗練された読み物に仕上がっているのだ。このへんは、経済小説作家の著者ならではだろう。

 もっとも、本書を読んでも、私は自分でマイクロ法人を作ろうとはとても思えなかった。面倒くさいし、白色申告のフリーランサーで十分である。

関連記事

原麻里子・柴山哲也ほか『公共放送BBCの研究』


公共放送BBCの研究公共放送BBCの研究
(2011/03)
原 麻里子、柴山 哲也 他

商品詳細を見る


 原麻里子・柴山哲也編著『公共放送BBCの研究』(ミネルヴァ書房/4725円)読了。

 ありそうでなかった、英国の公共放送BBCの(おそらく本邦初の)本格的研究書である。書評用の読書。

 放送ジャーナリズムの王者といってよいBBCだが、我々一般的日本人はその実像についてほとんど何も知らないのではないか。NHKとの類推でわかった気になるか、BBCをめぐるいくつかのエピソードを断片的に聞きかじって「葦の髄から天井を覗く」ように全体像を想像するくらいが関の山だろう。

 本書は、執筆者の多くが元BBC職員というこれ以上はない布陣で、BBCの全体像にさまざまな角度から迫ったものである。BBCの歴史・現状・これからの展望が概観できるとともに、BBCをフィルターとしてジャーナリズムのあるべき姿を探った本にもなっている。

 別途書評を書くのでくわしい感想は書けないのだが、ここには書評に書けないことを。

 寄稿者の多い本ではありがちなことだが、原稿のレベルがかなり玉石混淆。すごく読み応えのあるものもあれば、まるで公文書のように無味乾燥で退屈な論考もある。「そもそも、この章ってなくてもいいんじゃね?」という章も散見される。半分くらい削ぎ落として安い新書で出したらよかったのに。 

 
関連記事

大鶴義丹『昭和ギタン』『その役、あて書き』


昭和ギタン-アングラ劇団の子と生まれて昭和ギタン-アングラ劇団の子と生まれて
(2005/12/10)
大鶴 義丹

商品詳細を見る


 今日は、都内某所で俳優・作家・映画監督の大鶴義丹さんを取材。
 義丹さん(「大鶴さん」と呼ぶより、このほうがしっくり。取材でもそう呼ばせていただいた) ももう40代なのに、若々しくてさわやか。カッコいい中年というより、むしろ好青年の面影をそのまま残している感じ。

 準備として、2005年に刊行された自伝エッセイ『昭和ギタン――アングラ劇団の子と生まれて』(バジリコ/1575円)と、先月刊行された小説の最新作『その役、あて書き』(扶桑社/1575円)を読んで臨んだ。

 2冊とも、たいへん面白かった。
 とくに『昭和ギタン』は、つめ込まれたエピソードの数々がどれも印象的で、このまま映画にできそうなほど。 なにしろ、唐十郎の「状況劇場」の栄枯盛衰が、劇団とともに幼・少年期をすごした義丹さんのまなざしを通して語られるのだから、つまらないわけがない。これは、一つの家族、一人の少年の物語であると同時に、「状況劇場」という“演劇共同体”の物語でもあるのだ。

 エピソードの一つを紹介する。
 義丹さんが小学校低学年のころ、「仮面ライダー」の大ブームが起こり、父親の唐十郎にせがんで、後楽園遊園地の「仮面ライダーショウ」に連れて行ってもらう。ところが、唐十郎は次のように言い、一緒に中に入ろうとはしなかったのだという。

「父ちゃんは唐十郎という演劇人として、あのようなものを観ることはできないんだ。父ちゃんはタバコを吸って外で待っているから、ギタン一人で観てきなさい」



 そして、それから30年後――。親となった義丹さんは、お嬢さんの小学校の運動会を観に行ったとき、父兄参加の「借り物リレー」を、「大鶴義丹としては、そんな生温いモノには参加できない」と断固拒否したのだという(笑)。

 まだ小学校低学年の息子に対してさえ、まるで大人に対してするように、演劇人としての矜持を説いた父。そして、娘に対してそのふるまいをなぞる義丹さんの行動ににじむ、父へのリスペクト……心温まるエピソードではないか。
 このような印象的なエピソードが、目白押しの一冊なのである。

 『その役、あて書き』は、40代バツイチの映画監督と若い女優の恋を描いた作品。
 といっても、『スプラッシュ』や『湾岸馬賊』など、義丹さんの若手作家時代のキラキラした青春小説とはかなり趣が違う。映画制作の現場や芸能界の赤裸々な裏事情がすこぶるリアルに描写された、渋い大人のエンタテインメントになっているのだ。
 中編小説といってよい長さなのですぐに読み終わるが、ディテールは濃密で、登場人物に重いリアリティがある。いわば、中年男性のための“再・青春小説”という趣。とくに、映画好きなら愉しめるはずだ。

関連記事

ゲイル・デラニー『なりたい自分を探す夢の見かた入門』


なりたい自分を探す夢の見かた入門―夢は答えを知っているなりたい自分を探す夢の見かた入門―夢は答えを知っている
(2004/02)
ゲイル デラニー

商品詳細を見る


 ゲイル・デラニー著、勝俣孝美訳『なりたい自分を探す夢の見かた入門――夢は答えを知っている』(PHP研究所/1575円)読了。

 米国で「デラニー・アンド・フラワーズ夢研究所」なるものを運営している研究者による、夢を自己探求に用いるための入門書。略歴によれば著者は「Ph.D.」とのことだが、なんの博士なのか判然としない。たぶん心理学だろうけど。

 少し前に読んだパトリシア・ガーフィールドの『夢学』はすこぶる魅力的な本だったが、類書である本書はいま一つパッとしない。面白い部分もあるにはあるのだが、総じて、どこまでが学術研究でどこからが私見なのかの線引きがあいまいで、著者の言うことを鵜呑みにできない危うさが感じられる。

 また、「眠れる予言者」エドガー・ケイシーの言葉について、一度ならず肯定的に言及しているくだりなどもあって、「なんだ、ただのオカルトかよ」とガッカリする。本書にかぎらず、夢研究にはオカルトと陸つづきの側面があるので、注意が必要だ。

 そして、本書のいちばんの難点は、著者の研究所のクライアントたちが見た夢について、必要以上に詳細に解説した箇所が多いこと。事例として挙げるなら要点だけでよいのに、ダラダラと細かく紹介してあり、読んでいてうんざりする。他人の夢の中身を延々と聞かされることほど退屈なことはないのである。

 ……と、いろいろケチをつけてしまったが、本書には美点もある。とくに、「夢の孵化」についての詳細な解説は、私にとっては有益だった。

 「夢の孵化」とは、自分が抱えたさまざまな問題(葛藤)について、その答えを夢に教えてもらうことを指す。自我意識でいくら考えても出ない答えを、夢という無意識の手にゆだねるもので、一種の心理療法である。
 『夢学』にも出てきたから言葉としては知っていたが、「夢の孵化」については本書のほうがくわしい。

 著者は、次のように言う。

 夢について勉強する、つまり意識的に夢のプロデュースに関わる方法を学ぶと、しだいに夢の意味がはっきりしてくる。



 聖人、神秘論者、芸術家がひらめきや創作的な着想を得るのに夢を使用することは昔からよく知られているが、学者や科学者が研究課題を夢の中で解決し、それが重要な発見につながっていることはあまり知られていない。夢から得たすばらしい着想や発見の例は、芸術、科学技術、自然科学、文学の歴史の中に数多く存在する。



 夢を学習する決心をするということは、自分という存在の最も豊かな資源を探す、すばらしいツアーに出発するということだ。



 そして、「夢の孵化」を通じて夢の力を利用するノウハウを、こと細かに解説していくのである。
 
 迷っていること、答えを探していることについて夢に尋ねるというのは、私もぜひトライしてみたい。じつに面白そうではないか。

関連記事

マイケル・サンデル『日本で「正義」の話をしよう』


日本で「正義」の話をしよう〔DVDブック〕 サンデル教授の特別授業日本で「正義」の話をしよう〔DVDブック〕 サンデル教授の特別授業
(2010/12/22)
マイケル・サンデル、Michael J. Sandel 他

商品詳細を見る


 マイケル・サンデル著、鬼澤忍訳『日本で「正義」の話をしよう――サンデル教授の特別授業』(早川書房/3150円)読了。

 「読了」といっても、これは「DVDブック」で、サンデルが昨夏の来日時に行った約2時間の「特別授業」(東大生を対象にしたものとは別。参加者は読者の中から抽選で選ばれた500人)をDVD化・テキスト化したものである。文章部分は正味100ページほどで、しかも日英対訳付きだから分量は少なく、あっという間に読み終わる。

 てゆーか、テキスト部分だけを読んでもまったく面白くない。DVDで「授業」の模様を観ながらテキストを目で追ってみて、やっと面白さが伝わってくる。

 内容は、ベストセラー『これからの「正義」の話をしよう』のエッセンスを抽出した感じ。すでに同書を読んでいる者にとってはとくに目新しいものではない。

 ただ、一方通行の講義ではなく、正義というテーマをめぐって参加者と対話・討論していくものなので、ライヴコンサートを観るような楽しさがある。
 『これからの「正義」の話をしよう』も、ハーバード大学での人気講義(同大学史上最多の履修者数を誇り、あまりの人気に異例のテレビ放映もされた)をベースとした本であった。ゆえに、「ふーん、サンデル教授の講義ってこんな感じなのか」と、あの本の舞台裏を垣間見るような気分が味わえる。

 本書の解説によれば、集った500人は、対話形式の講義であることを事前に知らされず、通常の講演だと思って参加したのだそうだ。
 それにしては、みんなかなりがんばっている。見事な英語でサンデルとやりとりする参加者も多いし、日本人の知的レベルも捨てたものではないという気がする。

 途中、あの小飼弾が立って流暢な英語で意見を述べる場面があり、ビックリ。もっとも、小飼はプレス用の腕章をつけているから一般参加者ではないのだが。

 ややプーチン似のサンデル教授の講義は、笑いあり、シリアスに盛り上がる場面ありと、なかなかの名調子。少しの淀みもなくテンポよく話を進めていくさまは、大学教授というより役者の演技を見るようだ。

 『これからの「正義」の話をしよう』を、サンデルはあえて結論を出さない作りにしていたように思う。つまり、“正義の基準決め”を避け、読者が正義についてより深く思索するための触媒となることに眼目を置いていたのだ。

 対照的に、本書に収められた2つの議論(「市場に道徳的な限界はあるか」というものと、バイオテクノロジーによる生命操作の是非を問うもの)について、サンデルは講義の最後に長弁舌をふるって、一つの結論を出す。その結論部分が、見どころ・読みどころである。

 まあ、これで3150円は高い気がするし、「サンデル・ブームに乗ってこんなものまで売ってしまう早川書房も、商魂たくましいよなあ」と思うけど……。
 
関連記事

内田樹・高橋源一郎『沈む日本を愛せますか?』


沈む日本を愛せますか?沈む日本を愛せますか?
(2010/12)
内田 樹、高橋 源一郎 他

商品詳細を見る


 内田樹・高橋源一郎著『沈む日本を愛せますか?』(ロッキング・オン/1575円)読了。タイトルはいま見ると不謹慎な印象だが、むろん震災前に刊行(昨年暮れ)されたものである。

 ロッキング・オンの季刊総合誌『SIGHT』に連載された対談の単行本化。計7回に及んだ対談のテーマは、すべて日本の国内政治である。民主党政権の誕生からその後の迷走まで、日本政治が揺れに揺れた激動期にあって、2人の知識人が考えたことが刻みつけられている。
 両著者とも政治は専門外だが、だからこそ、「既存の政治メディアの政治言語とは違う語り口」が刺激的な一冊だ。

 インタビュアーというか司会は、ロッキング・オンの社長・渋谷陽一。司会の役割を踏み越えて随所で話に割り込んでおり、実質的には3人の鼎談になっている。

 すこぶる頭のよい2人のオジサンが、「政治のシロウト」ならではの意表を突く直観を炸裂させる、いわば「高級床屋政談」という趣の本。
 政治記者や政治学者には絶対にできない、大胆不敵な見立ての連打。“その場の思いつき"の域を出ないヨタ話も多いものの、5回に1回くらいはクリーンヒット、すなわち目からウロコが落ちる卓見がある。

 いちばん新鮮だったのは、一章を割いて語られる小沢一郎論だ。
 以前このブログで、小沢についてこう書いたことがある。

 安部晋三が総理を辞めたときに鬱病の可能性がさかんに指摘されたが、私は小沢一郎こそ、かなり重いトラウマを抱えて生きている人なのではないかと思う。
 政権が手に入りそうになったり、「いよいよ自分の天下」という状態になるたびに、「でーい!」とちゃぶ台ひっくり返すみたいにすべてをパーにする行動パターンは、フロイトの言う「反復強迫」そのものではないか。あれはもう、「小沢さんのいつものワガママが……」などというレベルの話ではなく、「病理行動」なのだと思う。



 私がなんとなく感じていたそんな「病理」の内実が、本書の対談では「小沢は自己処罰をする」という視点から見事に言語化されており、思わず膝を打った。
 内田さんの発言から、関連箇所をピックアップしてみる。

 小沢一郎ってさ、敗者のポジションを進んで選んでるんじゃないの?
(中略)
 これってある種の「自己処罰」なんじゃないのかな。自分で自分の足元を崩しておいて、「また今度もダメだった……」っていう。
(中略)
 「敗者」っていうのが自己規定の原点だからさ。だから、勝者になりそうになると、わざと足を踏み違えて、階段から転げ落ちたりして(笑)。そういうのって、フロイトの言うところの失錯行為の典型じゃない。日の当たるところに出そうになると、つい日陰に引きずり込まれてしまう。その点では病気だよね。



 両著者とも、ある政治現象をピッタリはまるキャッチフレーズに置き換えるのがバツグンにうまい。たとえば、コロコロと首相が変わる昨今の政治状況を「ザッピング状態」「テレビのチャンネルをすぐ変えるのと同じ。だから、番組がその先どうなるか、見ていない」と表現したり、首相交代時のみはね上がる内閣支持率を「支持率バブル」と呼んだり……。

 ほかにも印象的な一節がたくさんあった。たとえば、内田さんの宮崎駿についてのこんな発言。

 やっぱり、世界に一番近い人っていうのはね、逆に、非常にターゲットが近いんだよ。具体的な、生身の日本の子供たちっていうのを、しっかり見据えてる。やっぱりそこからしか、世界に流通するようなクオリティって出てこないと思うよ。なんとなく「世界に向かって発信」とか言ってるとダメなのよ。



関連記事

伊藤聡『生きる技術は名作に学べ』


生きる技術は名作に学べ (ソフトバンク新書)生きる技術は名作に学べ (ソフトバンク新書)
(2010/01/19)
伊藤 聡

商品詳細を見る


 取材と原稿書きでバタバタの日々がつづいている。今週いっぱいが山。まだ確定申告もしていない。

 土曜日は、都内某所で作曲家の遠藤浩二さんを取材。映画音楽作りの舞台裏がうかがえて楽しかった。遠藤さんは私と同い年(1964年生まれ)なのに、すごく若く見える。30代でも通る感じ。
 我々ライターも含め、フリーランサーの人たちは、総じてサラリーマンよりも見た目が若い気がする。通勤ストレスや対人関係のストレスなどが皆無に等しいことが、その一因だと思う。

 昨日は企業取材で浜松へ――。
 「天竜浜名湖線」というゆったりと進む単線鉄道に乗ったら、大きな窓から見える沿線の桜が満開で美しく、陶然となった。時節柄、花見どころではないので、これが今年の花見がわり。

 行き帰りの新幹線で、伊藤聡(そう)著『生きる技術は名作に学べ』(ソフトバンク新書/767円)読了。

 著者は、映画評と書評中心の人気ブログ「空中キャンプ」(→こちら)の人。私も同ブログはいつも愛読しているので、本書も読んでみたしだい。

 たぶん著者が決めたのではないと思うが、本書のタイトルはいただけない。これではまるで、名作をダシにして陳腐な人生論をかます安手の自己啓発書のようだ。実際には、本書に自己啓発書的要素は微塵もない。「生きる技術」を学ぶための本にはなっていないのだ。

 ではどういう本かといえば、「エッセイ色の濃い、風変わりな名作案内」といったところ。
 『異邦人』『車輪の下で』『赤と黒』『老人と海』『月と六ペンス』『初恋』『アンネの日記』『ハックルペリィ・フィンの冒険』『一九八四年』『魔の山』という問答無用の名作10編(『アンネの日記』のみフィクションではないが)を一章一作ずつ取り上げ、解題したものなのである。

 この10編はどういうセレクトかといえば、“誰もがタイトルは知っているが、全部読んでる人は意外に少ないんじゃない?"という線だろうか。“本来なら10代の多感な時期に読んでおくべき本だが、読み損なうと、大人になってから改めて読む気にはなれない本"といってもよい。
 そういうポジションにある名作を著者が改めて真正面から読んでみて、いまの時点ならではの視点から論じていく本なのである。

 『異邦人』を取り上げた第1章はつまらなくて首をかしげたが(なぜこれを最初に持ってくるかなあ)、ほかはみな面白かった。
 既成の名作案内のような“公式見解"から一歩離れて、名作に意外な角度から光を当てている。たとえば、『初恋』を取り上げた章では、ヒロインのジナイーダを『痴人の愛』のナオミと引き比べ、次のように述べる。

 わたしがかつて、『痴人の愛』を読んだときに感じたことは、ナオミは悪女なのではなく、悪女であることを求める男性の期待を無意識のうちに察知し、悪女という役割を彼女なりに解釈したうえで、それを演じているのではないかということだった。
(中略)
 ジナイーダという女性に対する印象もこれに近いものがあり、彼女は周囲にたくさんの崇拝者をしたがえ、自分にひれふす男性たちの間できわめて尊大にふるまうのだが、こうした態度は崇拝者である男性たちにたいへん好評である。



 論文臭は皆無。淡いユーモアをにじませたエッセイに近いタッチで、名作の魅力が語られていく。「生きる技術」はまるで学べないが、名作案内としては楽しめる本だ。

関連記事

蓬台浩明『社員をバーベキューに行かせよう!』ほか


社員をバーベキューに行かせよう! ―結束と成果はこうすれば生まれる社員をバーベキューに行かせよう! ―結束と成果はこうすれば生まれる
(2010/06/18)
蓬台 浩明

商品詳細を見る


 蓬台(ほうだい)浩明著『社員をバーベキューに行かせよう!』(東洋経済新報社)、『もし、大統領が日本で家を建てるとしたら!?』(東京書籍)、『サービスは「かけ算」!』(東洋経済新報社/中野博との共著)読了。

 著者の蓬台氏は浜松の住宅会社「都田建設」の社長。独自の経営哲学で同社を大手に負けない「ブランドカンパニー」に育て上げ、注目を浴びている気鋭の経営者である。
 月曜日に同社を取材予定なので、資料として社長の著書3冊を一気読み。3冊とも面白い本だった。

 『社員をバーベキューに行かせよう!』というタイトルは、米・パタゴニア社(登山用品、サーフィン用品、アウトドア用品のメーカー)の社長が書いた本『社員をサーフィンに行かせよう!』のもじり。
 都田建設では社長の発案で、毎週一回、社員全員参加のバーベキュー大会を開くのだという。とはいえ、それは晴れた平日の昼に、一時間限定で行うもの。社員が交替で「バーベキュー・マスター」と呼ばれる責任者となり、バーベキューの準備や調理に責任をもつ形をとるのだという。しかも、そのバーベキュー大会には同社で家を建てた顧客や地域住民も参加できる。

 つまり、なんでもない昼食の時間が、週一回のバーベキュー大会によって、社員相互/顧客や近隣住民とのコミュニケーションの場となり、社員一人ひとりにリーダーシップを学ばせる場にもなるというわけだ。

 この一事からも、蓬台氏のユニークな発想の一端が見て取れよう。著書を読むと、さらに型破りなアイデア・手法が目白押しである。
 たとえば――。

・徹底したエコ志向/会社の電力は風力発電・太陽光発電などでまかない、会社の敷地内に井戸を掘って地下水を利用。施工する住宅にはすべて天然木を使用。

・自社を「サービス産業」と位置づけ、ディズニーランドのホスピタリティを目標とする。「サービスでディズニーランドに勝とう!」が合い言葉で、社長以下、幹部やスタッフでくり返し東京ディズニーランドに通ってはそのサービスを学んでいる。

 中小企業の経営者にはユニークな人材が多いなあ、と思う。

関連記事

『大阪ハムレット』


大阪ハムレット デラックス版 [DVD]大阪ハムレット デラックス版 [DVD]
(2009/07/24)
松坂慶子、岸部一徳 他

商品詳細を見る


 ケーブルテレビで録画しておいた『大阪ハムレット』を観た。この映画の音楽を担当された遠藤浩二さんを取材予定なので、その準備の一つとして。

 森下裕美の短編連作マンガ『大阪ハムレット』の映画化である。
 『大阪ハムレット』第1巻に収録された短編から3つの物語を選び、1つの物語にまとめている。3つの家庭の話を、一家庭の三兄弟の話に改変しているのだ。

「ちょっと無理やりすぎだろ」と思ったのだが、実際に映画を観てみたら、この強引な改変になんの違和感も感じなかった。あたかも最初から三兄弟の物語であったかのように、自然に話がつながっているのだ。脚本家と監督の力量は大したものだと思う。 

 私は原作も大好きだが、この映画版は原作のテイストをじつにうまく抽出していると思う。マンガの映画化には「原作レイプ」と評されるひどいものも多い中にあって、これはかなり上出来の部類。原作ファンにもオススメできる。

 商店街のゴチャゴチャした雰囲気とか、ご近所のおばちゃん・おじちゃんの「濃ゆい」感じなど、全編にあふれる大阪らしさがそのままこの映画の魅力になっている。故・市川準の『大阪物語』(いまだにDVD化されていないのが不思議な傑作)にも匹敵する、濃密な「大阪テイストムービー」である。
 
関連記事

ヴァイタル・テック・トーンズ『Vital Tech Tones』


Vital Tech TonesVital Tech Tones
(1998/06/09)
Scott Henderson、Steve Smith 他

商品詳細を見る


 ヴァイタル・テック・トーンズのファースト・アルバム『Vital Tech Tones』(1998)を輸入盤で購入。
 
 スコット・ヘンダーソン(G)、スティーヴ・スミス(Dr)、ヴィクター・ウッテン(B)という超絶技巧ミュージシャン3人が集ったセッション・アルバムである。

 タイトル=バンド名は、3人がそれぞれやっている別のバンド名から一語ずつ取ったもの(スティーヴの「ヴァイタル・インフォメーション」、スコヘンの「トライバル・テック」、ヴィクターの「ベラ・フレック&フレックトーンズ」)。

 3つのバンドのうちでは、本作はトライバル・テックにいちばん近い感じ。ギターの音にブルースのスパイスをたっぷりきかせた、激辛ハードコア・ジャズ・ロックである。ジャケットはブートレッグみたいで安っぽくてダサイけど、中身は最高にカッコイイ。

 ふつう、どんなにハードなジャズ・ロック・アルバムでも、ハードな曲ばかりではなく、バラード・ナンバーとかピアノの美しいアコースティックな曲なんかを合間に挟んだりするものである。ところがこのアルバムには、そのような息抜き・箸休め的な曲が一つもない。最初から最後までハードな曲ばかり。しかも、キーボードやサックスなど、柔らかい色合いを添える楽器が使われておらず、ギター・ベース・ドラムスのトリオだけで突っ走るのである。
 もちろん、ヴォーカルやコーラスも一切なし。ギター・ベース・ドラムスが、まるで闘い合うかのように音を切り結び、ほかの楽器やヴォイスは入る余地がないのである。


↑アルバムのオープニング・ナンバー「Crash Course」

 3人ともゴツゴツと野太い音を出すミュージシャンでもあるため、男臭さがいっそう際立っている。超絶技巧の応酬で聴かせるアルバムというと、ふつうは流麗な印象になるものなのに、本作はまったく流麗ではない。きわめてテクニカルなのに無骨で荒々しいのだ。それでいて、鉈彫りの仏像のような飾らぬ美しさがある。一般的なジャズ・ファンよりも、むしろハード・ロック・ファンあたりに聴かせたい、甘さを排した硬派なジャズ・ロック・アルバムだ。
 大いに気に入った。2000年発表のセカンド・アルバム『VTT2』も手に入れることにする。

関連記事

松尾スズキ『老人賭博』


老人賭博老人賭博
(2010/01/07)
松尾 スズキ

商品詳細を見る


 松尾スズキ著『老人賭博』(文藝春秋/1400円)読了。

 『モーニング』で、すぎむらしんいちによるマンガ化が進行中の小説である。マンガ版が妙に面白くて毎週読んでいるので、気になって原作も読んでみた。
 原作も、かなり面白かった(ちなみに、単行本の装画もすぎむらによるもの)。

 タイトルから、老人たちが賭博をする話なのかと思いきや……。うーむ、そうきますか。「まさかそこに連れていかれるとは思わなかった」と、読者の多くが驚くであろう展開を見せる小説。最初から最後まで、話の展開がまったく読めなかった。予定調和的な「よくあるストーリー」とはおよそかけ離れた物語なのである。
 あらゆるストーリーが語り尽くされたかに見える21世紀にあって、「こんな小説、初めて読んだ」と読者に思わせる(少なくとも私はそう思った)のはすごいことだ。

 しかも、人物や舞台の設定はとくに突飛なわけではなく、むしろありふれている。寂れた町での映画の撮影中、主人公たちが、主演の老優のNG回数などを賭け合う話(ゆえに『老人賭博』)で、骨子を先に聞いたらとても読む気がしないようなちまちましいストーリーなのだ。それを、読み出したら止まらないジェットコースター的展開にしてしまうのだから、恐るべき独創性である。

 映画撮影のディテールの濃密なリアリティは、松尾の映画界での豊富な経験の賜物だろう。俳優や映画スタッフの心理描写も、すこぶるリアル。それでいて、展開は超シュール。そのギャップが、この小説を独創的なものにしている大きな要因だ。

 芥川賞候補にものぼった作品だが、むしろ直木賞にふさわしい気がした。「映画撮影の舞台となった北九州の町が、史上最高に心ない賭博のワンダーランドと化す。爆笑がやがて感動に変わるハイパーノベル!」という惹句にウソはない。

 すぎむらしんいちのマンガ版は、いまのところ、細部はアレンジしてあるものの、基本は原作に忠実。今後、どれくらいすぎむらのカラーが出てくるのか、こちらも大いに楽しみだ。
 この原作にはすぎむらの大傑作『ホテルカルフォリニア』を彷彿とさせるところもあるし(ストーリーではなくテイストが似ている)、相性はバッチリだと思う。

 すぎむらにとっては、『ディアスポリス』につづいての原作つき。原作なしでもバツグンに面白いマンガが描ける人なのだから、そろそろオリジナルの新作長編が読みたいところである(と、書いたあとで検索してみたら、『ネメシス』という講談社の季刊誌でも連載が始まっていた。なんとゾンビものらしい)。

■関連エントリ→ 『クワイエットルームにようこそ』レビュー

関連記事

ルー・マリノフ『考える力をつける哲学の本』


考える力をつける哲学の本―人生の問題解決力を高める!考える力をつける哲学の本―人生の問題解決力を高める!
(2002/07)
ルー マリノフ

商品詳細を見る


 ルー・マリノフ著、渡部昇一訳『考える力をつける哲学の本――人生の問題解決力を高める!』(三笠書房/1365円)読了。

 先日読んだ対談集『哲学ルネサンスの対話』がたいへんよい本だったので、著者の1人・マリノフ博士の邦訳著作を読んでみた。このあと、やはり邦訳されている『元気哲学』も読むつもり。

 マリノフ博士はニューヨーク市立大学の哲学学科長で、「アメリカ実践哲学協会」会長。古今東西の哲学の智恵を用いて人々が直面するさまざまな問題の解決を手助けする「哲学カウンセリング」のパイオニアである。

 本書は、「哲学カウンセリング」の実例をふまえて、「人生の問題解決力」を高める考え方のコツを説いたもの。米国のみならず、40ヶ国以上で出版され、世界的ベストセラーとなったという。
 取り上げられているテーマは、仕事のやりがいをめぐる悩み・パートナー(恋人や配偶者)との関係をめぐる悩み・家族関係の悩み・「人生の意味」をめぐる悩み・死の恐怖……の5つ。それぞれのテーマについて、「哲学カウンセリング」に持ち込まれた実例が挙げられ、どのような解決を与えたかが紹介される。

 邦題がよくない。ダメな邦題の見本のようだ。
 原題は「プロザックよりプラトンを」(PLATO,NOT PROZAC!)で、“悩みがあったら、抗うつ剤に頼るより、まず哲学書の古典をひもといてみなさい”というニュアンスをこめたもの。この魅力的なタイトルが邦題にはまったく反映されておらず、しかも本書のよさ(哲学を悩みを解決する「実学」ととらえる点と、哲学らしからぬ平明さ)がまるで伝わらない。もう一つの邦訳著作のタイトル『元気哲学』のほうが、はるかにましだ。

 邦題はともかく、中身はなかなかよい。
 哲学カウンセリングの中で与えられるアドバイスにはあたりまえのことが多いのだが(ま、正しいことの多くはあたりまえのことなわけだが)、そのアドバイスが古今東西の哲学によって補強されていくので、深く納得できる。

 哲学も宗教も、現実の悩みを解決できてこそ価値があると私は考える。ゆえに、哲学を象牙の塔から解き放ち、「よりよく生きる」ための智慧の体系として復興させようとする博士の姿勢には、共感を覚える。
 自己啓発書として読むこともできる本だが、著者が古今東西の哲学に通暁している分だけ、凡百の自己啓発書とは格が違う印象だ。

 読みながら私が付箋を貼った一節を引用する。

 一心に打ち込む作業は、すべて深い瞑想と同じ効果を生む。禅の隠者が瞑想だけでなく作務をするのは、このためである。



「自分は何をすべきか?」という問いかけに対する答えは、たいてい外側ではなく内側から出てくる。



 人と人とのつながりの本質とは、変わっていこうとする何かを維持することである。



 一つ屋根の下で暮らしていると、何をすればその人が不幸になるかよくわかる。あなたのパートナーは、あなたのいちばん無防備なところを熟知している。自分のことをもっとも愛してくれる人は、同時に自分をもっとも深く傷つけることができる――善を為すのと同じだけ、人は悪を為すこともできるという対照的な道徳を考えたソクラテスは、おそらくそのことを考えたかもしれない。



 神であれ将軍であれCEOであれ、完璧なレディーメードの意味や目的をあなたに与えてくれるわけではない。むしろ、与えられた粘土を自分で彫刻していくようなものなのである。



 生きることの空虚感と闘ういちばん確実な方法は、誰か自分以外の人を助けることである。そこには否定しようのない意味と、目的がある。



 私の経験では、悲しみを乗り越えるには仏教の理論と実践がいちばん頼りになる薬である。それらは、まさにそのために考え出されたものであり、実に二千五百年にわたって磨きをかけられてきた。
 仏教は、悲しみに対するもっとも健全な哲学を与えてくれる。この教えを実践すれば、破滅的な習慣を建設的な習慣に置き換えることができる。



関連記事

山本弘『ニセ科学を10倍楽しむ本』


ニセ科学を10倍楽しむ本ニセ科学を10倍楽しむ本
(2010/03)
山本 弘

商品詳細を見る


 山本弘著『ニセ科学を10倍楽しむ本』(楽工社/1995円)読了。

 「と学会」会長にしてSF作家の著者が、巷にあふれるニセ科学の数々をバッサバッサと斬っていく本。アニメ絵の表紙が示すように、子ども向けの科学啓蒙書として書かれたものである。

 中学生の娘とそのボーイフレンドを相手に、小説家で科学にくわしいパパがニセ科学のいいかげんさを説いていく問答形式になっている。

 「本書は大人も子ども(小学校高学年程度以上)も楽しめるように工夫して作ってあります。ご自分が読んでみた後、よろしければ周囲の子どもたちにも読ませてあげてください」と但し書きがある。
 なるほど、オジサンの私にも十分楽しめる一冊ではあった。しかし、この内容は小学生には難しすぎると思う。むしろ、高校生・大学生あたりに読ませたい感じである。

 章立ては次のようになっている。

第1章 水は字が読める?
第2章 ゲームをやりすぎると「ゲーム脳」になる?
第3章 有害食品、買ってはいけない?
第4章 血液型で性格がわかる?
第5章 動物や雲が地震を予知する?
第6章 2012年、地球は滅亡する?
第7章 アポロは月に行っていない?
第8章 こんなにあるぞ、ニセ科学
エピローグ 疑う心を大切に



 「と学会」でやってきたトンデモ本を楽しむ活動が本書のベースになっているのだろうが、『トンデモ本の世界』シリーズのようなツッコミ芸の笑いには乏しい(ニヤリとさせるアイロニーは随所にあるが)。タイトルとは裏腹に、意外に真面目な本だ。と学会の本なら、『トンデモ超常現象99の真相』あたりに近い。

 アマゾンのカスタマー・レビューを読んでみたら「論の展開が強引すぎる」という批判があったが、私はそう感じなかった。本書は代表的なニセ科学を総花的に取り上げたものなのだから、二セ科学への批判に緻密な論証を求めるのは筋違いではないか。
 たとえば、「アポロは月に行っていない」というおなじみの陰謀論については、山本ら「と学会」の面々は別途『人類の月面着陸はあったんだ論』を上梓している。緻密な論の展開が求めたければ、そのような“ワンテーマ一冊”の検証本を読めばよいのである。

 むしろ私は、ワンテーマ原則一章の短い紙数の中で、山本がうまく話をまとめていることに感心した。メディア・リテラシーの大切さを実例を通して教える本として、秀逸だと思う。こういう本こそ学校で読ませればよいのに。

  
関連記事

Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

里親募集中

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
31位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
22位
アクセスランキングを見る>>