パット・メセニー『オーケストリオン』


オーケストリオンオーケストリオン
(2010/01/27)
Pat Methenyパット・メセニー

商品詳細を見る


 パット・メセニーの話題の最新作『オーケストリオン』(ワーナー)を聴いた。

 オーケストリオン(Orchestrion)とは、「19世紀末から20世紀初頭に実在した、オーケストラの複数の楽器を同時に演奏させることができる大がかりな機械」のこと。
 本作は、パットがそのオーケストリオンのコンセプトを現代の最新技術に当てはめたもの。ジャケットに写っているようなたくさんのアコースティック楽器(ピアノ数台、ドラムキット、マリンバ、ヴィヴラフォン、ギター・ボット、パーカッションなど)を自動演奏させ、それに合わせてギターを弾いている。


↑オーケストリオンについて、パット自身が語るプロモーション映像。

 中川ヨウさんのライナーノーツにある言葉を借りれば、「一人メセニー・グループ」。パット・メセニー・グループの新作を、「オーケストリオン」という自動演奏システムによって、パット一人で作り上げてしまったようなアルバムなのだ。
 いわゆる「打ち込み」ではなく、別々に録音してオーヴァーダビングするのでもなく、生の楽器をリアルタイムで自動演奏させているのがミソ。じっさい、パットは本作発表後、オーケストリオンを率いた(?)ワールドツアーに出ている。今月は日本にも来た。

 うーん、なんかまたスゴイこと始めたなあ。
 画期的な試みではあるのだろうが、虚心坦懐に一枚のアルバムとして聴いた場合、イマイチ。

 収録曲5曲の出来は、けっして悪くない。
 とくに、冒頭のタイトル・ナンバー「オーケストリオン」は、パット・メセニー・グループの大傑作『ザ・ウェイ・アップ』を彷彿とさせる素晴らしい曲だ。『ザ・ウェイ・アップ』がそうであったように、複雑な曲構成を持ちながら流麗で、渓谷の清流のようにキラキラと音があふれ出る。どこから聴いてもPMG、という感じ。


↑収録曲2曲のさわりを紹介したプロモーション音源。冒頭に流れるのがタイトル曲「オーケストリオン」。

 ほかの4曲はわりと地味だが、それでも、曲としてはどれも水準以上。

 だが、いかんせん、ギター以外の自動演奏の楽器群はみな繊細なニュアンスに乏しく、味気ない。
 「自動演奏だという先入観があるからそう感じるのかな」とも思ったが、何度も聴き込んでみると、やはりPMGの演奏よりはるかに劣る。説明なしに聴いたら自動演奏とは気づかない程度にはよくできているが、それ以上のものではない。生身のプレイヤーの代わりにはなり得ないのである。まあ、パットとて、生身のプレイヤーの代わりにしようとまでは思っていないだろうけど……。
 タイトル曲など、PMGが演奏したらもっともっとよいに違いない。せっかくのよい曲がもったいない。

 パット・メセニーの大がかりな道楽、という印象。
 オーケストリオン第2弾、第3弾もあるのかもしれないが、熱が昂じて「PMGはもうやめた」なんて言い出さないことを祈る。

関連記事

石井直方『一生太らない体の作り方』


一生太らない体のつくり方―成長ホルモンが脂肪を燃やす!一生太らない体のつくり方―成長ホルモンが脂肪を燃やす!
(2008/01)
石井 直方

商品詳細を見る


 石井直方著『一生太らない体の作り方――成長ホルモンが脂肪を燃やす!』(エクスナレッジ/1470円)読了。

 40代に入ってからポッコリ出始めた腹をなんとかしようと思って、そのための指南書をあれこれ探していたのだが、やっとピッタリの一冊を探し当てた。女性ではなく中高年男性にターゲットしたものである点といい、内容が論理的で科学的である点といい、「こういう本が読みたかったんだ!」と快哉を叫んだ。

 著者は東大教授で理学博士。「日本を代表する筋生理学の第一人者」なのだそうだ。
 本書は、著者が保健師や看護師の運動指導のために行なった教育講演をベースにしたもの。ゆえに内容も啓蒙的で、ダイエットのノウハウよりもむしろ理論面にウエイトが置かれている。健康的にやせるためにはどのようなことが必要で、それはなぜ必要なのかが、わかりやすく論理的に説明されており、心から納得できる。

 とくに目からウロコだったのは、健康的にやせるためには筋トレが不可欠であることが、理路整然と説明されているくだり。

 「私たちが毎日消費しているエネルギーのうちの、六割以上は基礎代謝が占めて」おり、その「基礎代謝は、筋肉量に正比例して」いる。40代に入ると目立って代謝が落ち、それにともなって脂肪の増加も際立つようになるが、それは加齢によって筋肉量が減少するからにほかならない。
 「食事制限だけのダイエット」がなぜリバウンドを招くかといえば、脂肪と同時に筋肉も落としてしまうから。筋肉が減った分だけ代謝の低い体となり、「痩せにくい体をわざわざつくり出している」のだ。
 
 以上のような話は、日常的に筋トレをしているような人には常識なのだろうが、私には新鮮だった。

 「メタボリックシンドローム=内臓脂肪を減らせ」といういわれ方をします。そのため、つい、お腹まわりについた「内臓脂肪を減らす」という、直線的な思考をしてしまいがちです。しかし、実はその前に、脂質を消費してくれる一番の消費者は筋肉であり、その筋肉がちゃんと働いていないから内臓脂肪が増えるのだという、根本的な原因を理解していただかないといけません。



 なるほどなるほど。
 世の中にはいいかげんなダイエット本があふれているが(そのうちの何冊かは、じつは私がゴーストで書いていたりするw)、この著者の言うことは信用できると感じた。

 本書は石井流ダイエットのいわば理論編であり、具体的にどんなエクササイズをしたらよいのかについての記述は必要最小限しかない(続編として『実践編』も刊行されている)。ゆえに、手っ取り早いエクササイズの指南書を求める向きには「なんだか理屈ばっかりで、読みにくい本」と思われるかもしれない。
 が、男性にはとかく「なぜその運動が必要なのかがわからないと、やる気が起きない」という理詰めの人も多いから、そういう人が一冊目に読むべきダイエット本として、オススメ。

 私も、本書の指南にしたがってエクササイズしてみようと思う。

■関連エントリ→ 『メタボリアン改造計画』レビュー

関連記事

ソフト・マシーン『バンドルズ(収束)』


BundlesBundles
(2010/06/01)
Soft Machine

商品詳細を見る


 ソフト・マシーンの『バンドルズ(Bundles)』を輸入盤で購入。

 1975年発表のアルバムで、ジャズ・ロックの名盤として誉れ高いもの。にもかかわらず、1990年に一度CD化されたきり、ずっと廃盤になっていた(ソフト・マシーンのほかのアルバムはふつうに手に入ったのに、なぜかこれだけが)。そのため、中古盤にはずっと高値がついており、私はなかなか手が出せずにいた。

 それが、このたび満を持してリマスターされて再発。当然、私は速攻ゲット。

 この『バンドルズ』は、アナログ盤では『収束』という邦題で発売されていたもの。名ギタリスト、アラン・ホールズワースの出世作でもある。
 当時21歳だったホールズワースは、英国の老舗ジャズ・ロック/サイケデリック・ロック・バンドであるソフト・マシーンに加入。このアルバムに全面的に参加したものの、持ち前の放浪癖を発揮してすぐに脱退。翌年発表の次作『ソフツ』にはもう参加していない。ホールズワースが参加したソフト・マシーン唯一のアルバムである(のちに、彼が参加した当時のライヴ盤『フローティング・ワールド・ライブ』も出たが)。

 私は、YouTubeにアップされていた曲を断片的に聴いたことはあるものの、アルバムを通して聴くのは初めて。いやー、これは評判通りの名作だ。

 これは、ソフト・マシーンのキャリアの中では異彩を放つ作品である。彼らのほかのアルバムに比べ、ロック色/ハード・フュージョン色が強く、ポップで聴きやすい。ゆえに、昔からのソフト・マシーン・ファンの中には「こんなの、ソフト・マシーンじゃない」と嫌う向きもあるようだ。

 ホールズワースのプレイは、のちの独創的なウネウネ・スタイルにはまだなりきっていない。普通にカッコイイ、ドライヴ感あふれるロック・ギターである。

 とりわけ、アルバムの冒頭を飾る組曲形式の「Hazard Profile」のパート1が圧倒的に素晴らしい!
 ホールズワースの長いキャリアでもこの曲をベスト・プレイに挙げる人が多いそうだが、納得。10分近い長さのパート1で、ホールズワースは魅力的なフレーズを機銃掃射のごとく放ちつづける。あたかも、無限のスタミナをもつボクサーが、1ラウンド中途切れることなくラッシュしつづけるかのように……。超絶技巧の速弾きなのに流麗無比。この一曲だけで、アルバム1枚分の価値がある。

 とはいえ、ホールズワースのギターが周囲のサウンドから浮いているかというと、そんなことはない。ソフト・マシーンの静謐で陰影に富むサウンドと、若きホールズワースのエネルギッシュなプレイが絶妙のコントラストを成しているからこそ、このアルバムは名作になったのだ。

 「Hazard Profile Part 1」やタイトル・ナンバー「Bundles」のようなハードな曲と、夢幻的で浮遊感あふれる「The Floating World」のような曲が違和感なく溶け合って、静と動のダイナミックな交錯が抜群の効果を挙げている。

 アルバム全体の構成も見事で、最初から最後まで通して聴くと、極上の交響曲を聴いたような感動が味わえる。

関連記事

鹿野司『サはサイエンスのサ』


サはサイエンスのササはサイエンスのサ
(2010/01/22)
鹿野 司

商品詳細を見る


 鹿野司(しかの・つかさ)著『サはサイエンスのサ』(早川書房/1575円)読了。

 ベテラン科学ライターが、1994年から現在まで『SFマガジン』に長期連載中の同名サイエンス・エッセイの、初単行本化。年月を経てデータ等が古くなったコラムに関しては、全面改稿されている。

 鹿野さんには、20年ほど前に一度だけ仕事だけお会いしたことがある。先方は覚えてないとは思うけど……。

 これは、素晴らしい本だった。最初から最後まで目からウロコが落ちまくる傑作サイエンス・エッセイだ。

 サイエンス・エッセイというと、旬の科学トピックを表面的に紹介する内容を想像するかもしれないが、本書はもっと深い。
 旬のネタを俎上に載せつつも、著者の思索は根源的・本質的な方向に自在に向かい、非常にスペキュラティブな内容になっている。「こんな目新しい研究が進められているんですよー。面白いでしょ?」で終わらず、そこから「文明とは、人間とは、科学とは何か?」という大きな問いを読者に突きつけるものになっているのだ。

 といっても、少しも難解ではない。「~だよね」「~と思うのねん」などというくだけた文体を用い、「反省しる」「ぬこ」などという2ちゃんねる用語まで駆使して、たいへん読みやすい本に仕上がっている(こうした文体を、著者は“権威的にならずに科学を語るため”に編み出したのだとか)。深いことが平明に語られているのだ。

 私の目からウロコを落とした一節を、一つ引用する。

 高速道路のインターチェンジは、独特の四つ葉のクローバー型をしているよね。これはクロソイド曲線という数理曲線なんだけど、なんでこんな形をしているか、ちょっと不思議じゃないだろうか。デザイン的には確かにきれいだけど、世界中のインターチェンジが、何で同じデザインを採用したんだろう。
 じつはこれ、自動車が一定の速度で走っているときに、ハンドルを一定の速度で回し続けると自ずと描かれる曲線なんだよね。だからインターチェンジがこの曲線になっていると、簡単なハンドル操作で減速せずにコースを変えられる。世界中にあるクローバー型が、こんな単純な法則できめられていたって知ったら、ちょっと感動しないかな。
 同じような感動を、中世のヨーロッパの錬金術師たちは味わっていたと思うのね。
 ただ、もちろん自然の全てが、そういう単純な数理で表わされるわけじゃない。それなのに、数理と神の秘密を結びつけちゃった西欧の人たちは、本末転倒して、数学的な美しさを、無理やりそうじゃない自然にも当てはめるようなこともしていった。
 たとえば黄金比の四角形こそがもっとも美しいなんてことが、今でも信じられていたりするけど、そんなことあるわけないよね。なにしろ、世界には別の比率の四角形はいくらでもあるんだから。でも、西欧の人たちは法則こそが神の理(ことわり)で正しいってことで、感受性までそちらにあわせちゃったわけだ。
 現代の技術が、自然を破壊して新しい物を作ってきたってことの背後には、そういう西欧の絶対的な法則優位のセンスってのが、あったのかもしれない。



 「サイエンス・エッセイ」の一語でくくってしまうことがためらわれるほど、扱うテーマは幅広い。
 たとえば、「科学と宗教」をテーマにした回もあれば、『風の谷のナウシカ』のマンガ版(アニメではなく)の素晴らしさを熱く語った回もある。日米の法意識(法律をどのようなものとして捉えるか)の差異を論じた回もあれば、環境問題を取り上げた回もある。科学の枠を超える広範なテーマが、科学の目線から論じられているのだ。

 とくに、環境問題を論じた数編は、すこぶる示唆に富むものだった。たとえば、こんな一節――。

 オレがイヤンな感じに思うのは、資源エネルギーの節約とか、環境汚染の排除ってのは、本来は合理性というか、損得で考えるべきものなのに、それがいつの間にか倫理問題にすり替えられていることだ。
(中略)
 環境問題に対する理解が、倫理の問題にすりかわってしまうと、もとの基準がおかしいことが解ったり、世界が変化してその規制の意味が無くなっても、臨機応変にやり方を変えることが難しくなる。
 残念ながら、すでに環境問題を倫理的発想で捉えるやり方は、メディアでも学校教育でも、大勢を占めている。人々はエコバッグという現代の免罪符を買うことで、温暖化の罪を購っているかんじ。



 なお、アマゾンの紹介ページを見ると本書がとり・みきとの共著のように思えてしまうが、とり・みきはカヴァー画と扉絵を担当しているだけなので、ご注意を。

関連記事

ダグラス・C・メリルほか『グーグル時代の情報整理術』


グーグル時代の情報整理術 (ハヤカワ新書juice)グーグル時代の情報整理術 (ハヤカワ新書juice)
(2009/12)
ダグラス・C. メリルジェイムズ・A. マーティン

商品詳細を見る


 ダグラス・C・メリル&ジェイムズ・A・マーティン著、千葉敏生訳『グーグル時代の情報整理術』(ハヤカワ新書juice/1365円)読了。

 ハヤカワ新書juiceというのを初めて読んだ。ふつうの新書よりやや大きめで厚めであり、その分価格も高め。手にもったときや開いたときの感じが私の好きな平凡社ライブラリーにちょっと似ていて、造本として好ましい。

 情報整理術の本も「グーグル」の4字を冠した本も腐るほどあるわけだが、本書は著者の1人(ダグラスのほう)がグーグルのCIO――最高情報責任者をしていたという点がミソ。
 つまり、グーグルの「中の人」自らが、グーグルなどを利用した情報整理術を説く一冊なのだ。「きっと、有象無象のITライターが書いた本よりも深い内容に違いない」と期待して手に取った。

 が、かなり期待外れ。
 何より、本の構成がものすごく中途半端で、的が絞れていない。
 これは、情報整理術の実用書であると同時に、情報についての著者の「哲学」を開陳した書でもある。また、著者自身の思い出を綴った自伝的エッセイでもあり、上手な記憶法のコツを説いた本でもある。

 いったい、著者は何の本が書きたかったのだろう?
 実用書なら実用性に徹するべきだし、逆に高尚な情報哲学の本が書きたいのなら実用性は削ぎ落とせばよい。自伝が書きたかったのなら、最初から自伝に的を絞ればよかったのだ。著者は子ども時代から失読症に苦しんできたのだそうで、にもかかわらずグーグルのCIOにまでなった半生は、じっくり書き込めば感動的な読み物になっただろう。

 情報整理術の本に中途半端に自伝的要素を持ち込んでいるものだから、実用書を期待して手に取った私には、随所にある「自分語り」がウザくてたまらなかった。

 肝心の情報整理術についての記述も、Gメールやグーグルカレンダーの上手な使い方などというありふれたもので、すでに使いこなしている者にとってはなんら新味がない。

 私が本書を読んで「これは取り入れてみよう」と思ったハックは、たった一つ(!)。
 それは、“ネット上の保存しておきたいページがあったら、文章をコピペしてGメールで自分にメールしておく”というハックである(その際、URLもコピペして添えておく)。

 なるほど、このやり方なら「ブックマークしたおいたページが消えてしまって読めなくなった」ということにならずに済むし、手軽にクラウド上に保存しておけて、検索で容易に呼び出せる。
 以前私はウェブ・ページの保存には「紙」というフリーソフトを使っていたが、ブラウザをグーグルクロームに変えたらワンクリックで保存できなくなったので、だんだん使わなくなった。でも、Gメールを使って保存する方法のほうがシンプルでよさそうだ。

 このハックだけは有益だったが、ほかは「何をいまさら」と思うハックや、アメリカ人向けで日本人には向かないハックばかりだった。

 それと、アメリカン・ジョークというか、笑いを狙ったヒネリが文章の随所にあるのだが、それがけっこう寒くて鼻白んでしまった。

関連記事

西田宗千佳『iPad VS. キンドル』


iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏 (brain on the entertainment Books)iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏 (brain on the entertainment Books)
(2010/03/12)
西田 宗千佳

商品詳細を見る


 西田宗千佳著『iPad VS. キンドル――日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』(エンターブレイン/1500円)読了。

 先日読んだ『電子書籍の衝撃』の類書だが、電子書籍をめぐる状況の的確な全体像を得るには、本書のほうがよい。

 この著者は活躍している分野が佐々木俊尚と重なる(「ITジャーナリスト」ってヤツですね)ため、どうしても比較して読んでしまう。
 総じて西田のほうが佐々木より地味で、読者をグイグイ引っぱっていくような面白みには欠ける。しかし、本書と『電子書籍の衝撃』にかぎっていうなら、本書のほうが読みごたえがあった。

 iPad日本版発売までに刊行するため、突貫工事で作られたという条件は、両書共通である。
 が、佐々木の『電子書籍の衝撃』がさまざまな形で水増しをしてページを埋めている(→当ブログのレビュー参照)のに対し、西田は本書で丹念に当事者・周辺取材(当然、米国取材も)を行い、水増しなしできっちりと仕上げている。厳しい時間的制約のなか、よくここまでやったと思う。

 「水増しなし」とは、脇道にそれず電子書籍の話に絞り、自らの意見はごくわずかに抑え、「事実をして語らしむ」やり方に徹しているということ。『電子書籍の衝撃』で、佐々木の個人的意見が大きなウエイトを占めていたのとは対照的だ。

 『iPad VS. キンドル』というタイトルではあるが、それ以外のブックリーダーにも目配りしているし、電子書籍をめぐる歴史も手際よくまとめられている。
 米国の電子書籍事情を延々と説明せざるを得ないのはこの手の本共通の弱点で、そのへんは退屈だが、第5章「日本はどう『eBOOK』の波に乗るのか」あたりはたいへん面白かった。

 ところで、電子書籍関連本をつづけざまに読んでいる私だが、じつはiPad購入の予定はとりあえずない(笑)。ビックカメラで触ってみたりもしたけれど、「べつに欲しくないな」と思ってしまった。
 マスコミが大騒ぎしているからといって、みんながみんなiPadを欲しがると思ったら大間違いだ(って、誰に言ってるのやらw)。
 ま、もうちょっと様子見ようかな、と。

■参考→ 「私がiPadを買うべきでない理由」(小田嶋隆「ア・ピース・オブ・警句」より。オダジマンの真骨頂ともいうべき一編)
 
関連記事

ハート『ザ・グレイテスト・ストーリー』


ドリームボート・アニー(紙ジャケット仕様)ドリームボート・アニー(紙ジャケット仕様)
(2008/10/29)
ハート

商品詳細を見る


 むしょうに初期のハートが聴きたくなって、1980年までのベスト盤である『ザ・グレイテスト・ストーリー(LIVE&BEST)』を購入。

 ハートのベストアルバムはたくさん出ているのだが、この『ザ・グレイテスト・ストーリー』はアマゾンのマーケットプレイスで買うと、状態のよい日本盤が1円(+送料340円)で買える(!)。

 ハートは80年代前半に一度低迷期があり、その後外部ライターに曲をまかせる路線変更をして大ブレイクするのだが、私は初期のハード・ロック路線のころがいちばん好きである。アルバムでいうと、『ドリームボート・アニー』『リトル・クイーン』『マガジン』『ドッグ&バタフライ』『べべ・ル・ストレンジ』まで。

 大ブレイク後にも「ネヴァー」などのいい曲はあるのだが、どうも全体に軟弱な産業ロック/AORになってしまって、あまり食指が動かない(もっとも、最近作『ジュピターズ・ダーリング』では初期の路線に回帰しているらしいのだが、聴いていないのでコメントできない)。

 ハートはご存じのとおり、アンとナンシーのウィルソン姉妹を中心にしたバンド。
 いまでこそすっかり太ったオバサンになってしまったが、デビュー当時のウィルソン姉妹はじつに美しかった。『ドリームボート・アニー』のジャケ写など、ほとんどアイドル・デュオのようである。それでいて、サウンドはツェッペリン・ライクな骨太のハード・ロックなのだから、その落差がたまらなかった。

 この『ザ・グレイテスト・ストーリー』をいま聴いても、改めて初期ハートは名曲・名演揃いだと思う。
 ハード・ロックといっても、ツェッペリンよりも曲作りはポップで、アコースティック・サウンドも大幅に導入している。ツェッペリン的ハード・ロックと、フォーキーなアメリカン・ロックの奇跡の融合という趣。

 ギターのフレーズがいちいち激渋だし、「女ロバート・プラント」とも呼ばれたアン・ウィルソンのヴォーカルは、やはり素晴らしい。美声なのにパワフル。シャウトさせてよし、バラードを歌い上げてよし。史上最高の女性ロック・ヴォーカリストは彼女かもしれない。


↑映画『ヴァージン・スーサイズ』でも印象的に使われたデビュー曲「クレイジー・オン・ユー」。


↑セカンド・シングル「マジック・マン」。終盤のたたみかけるギターのなんとカッコイイこと。

 ハートの音楽とは直接関係ないのだが、このアルバムのライナー・ノーツのあまりのひどさに、思わず失笑。音楽雑誌『Player』の編集長もつとめた河島彰という人が書いているのだが、小学生みたいな文章なのである。たとえば――。

 ハートを語るには、多くの言葉が必要です。例えば、普通のハード・ロック・グループの三大原則が「ワザとらしさ、シラジラしさ、あつかましさ」だとします。が、ハートの場合、上記の3つは基本原則として、更に「美しさ、色っぽさ、華麗さ、雄大さ、したたかさ……」と、キリがないくらいの言葉が必要になってきます。

 

 月並みですが、ライヴ・アルバムは、ライヴ・アルバムと書いてしまう他に何も言わないほうがいい。
 このアルバムは、彼女たちの「ハート&ハード」な世界がギッシリつまった名作ライヴなの、です。

 

 たったこれだけ引用してもツッコミどころ満載。

 「ハード・ロックの三大原則は『ワザとらしさ、シラジラしさ、あつかましさ』」って、なんだそりゃ(笑)。

 「ライヴ・アルバムは、ライヴ・アルバムと書いてしまう他に何も言わないほうがい」というのは、「ライヴ・アルバムに余計な講釈は不要」と言いたいのだと思うが、だったらライナー書くなよ(笑)。

 最後の「名作ライヴなの、です」は、読点の位置が、物書きとしてはもちろん、一般人の感覚としても異様。
 そもそも、本作は「ライヴ・バージョンも何曲か入っているベスト・アルバム」であり、「ライヴ・アルバム」じゃない。

 こんな文章で原稿料がもらえた時代もあったんだなあ。
 いまなら、一般音楽ファンが身銭を切って書いたブログのディスク・レビューに、こんなライナーより100倍まともな文章が山ほどある。昨今、音楽雑誌が次々と休刊しているのも、ある意味無理からぬことと思う。

関連記事

『風の歌を聴け』


風の歌を聴け [DVD]風の歌を聴け [DVD]
(2005/09/22)
小林薫真行寺君枝

商品詳細を見る


 ケーブルテレビの「日本映画専門チャンネル」で『風の歌を聴け』を放映していたので、なんとなく最後まで観てしまった。

 言わずと知れた、村上春樹のデビュー作の映画化(1981年)。監督は大森一樹。
 公開当時、角川のいまはなき映画雑誌『バラエティ』で、何ページかを割いてこの映画が紹介されていたのを思い出す。原作は好きだった私だが、映画館に行ってまで観る気はしなかった。30年近くを経て初見。

 ストーリーはほぼ原作どおりだが、ところどころヘンに凝った作りになっていて、原作とはかなりテイストが違う。原作は日本文学らしからぬおしゃれな都市小説なのに、この映画版はいかにもATG映画という趣の、湿っぽさと青臭さ満々の青春映画なのだ。あくまで「村上春樹を素材とした大森一樹の映画」で、それ以上でも以下でもないという印象。

 傑作とは言い難いが、たんなる駄作でもない。妙に「あとを引く」というか、心のどこかに引っかかりを残す映画である。

 小林薫が主役なのは違和感があるが(当時から大人っぽい落ち着きがありすぎて、とても大学生に見えない)、「鼠」役の巻上公一(「20世紀の終りに」で知られるヒカシューのフロントマン)、「ジェイ」役の坂田明、ヒロインの真行寺君枝の3人は、それぞれ絶妙のキャスティングだと感じた。

 とりわけ、若き日の真行寺君枝が素晴らしい。彼女の一生でいちばん美しい時期を刻みつけた、という趣。芸能人らしからぬ清楚な透明感と、薄幸そうで体温低そう(笑)なたたずまいがたまらない。
 この時期の真行寺君枝をたっぷり見られるというだけでも、十分観る価値のある映画。



関連記事

斎藤英治『王様の速読術』


王様の速読術王様の速読術
(2006/05/12)
斉藤 英治

商品詳細を見る


 今日は、赤坂の「ANAインターコンチネンタルホテル東京」(旧・全日空ホテル)で、北海道大学准教授の中島岳志さんを取材。
 中島さんを取材するのは2年半ぶり、2度目。その2年半の間に一気にメディアへの露出も増え、いまや全国区の著名文化人になられた。

 ホテルのラウンジで取材をしたところ、周囲に著名人が何人もいてビックリ。田原総一朗さん、佐藤優さん、鎌田實さんをお見かけした。
 私が気づいた範囲でも、全国区の著名文化人4氏が、それぞれ別の取材や打ち合わせでこのホテルに一堂に会したわけだ。いまはここが物書き系文化人の取材・打ち合わせのメッカになっているのだな。
 
---------------------------------------------------

 行き帰りの電車で、斎藤英治著『王様の速読術――1冊30分でも必要な知識は吸収できる』(ダイヤモンド社/1500円)読了。
 タイトルに惹かれて手に取った本だが、思いっきり期待はずれだった。速読のテクニックについての記述は皆無に等しく、“速読のための心構え”みたいなものに終始した内容だったから……。

 何よりウンザリしたのは、全体の3分の1ほどがヘタな物語形式になっていること。「アカルイコク」の王様が「クライコク」からきたクラゾーに速読の奥義を教えていくという体裁になっているのだ。
 著者や編集者はこれを“ほかの速読本と差別化するための気の利いた趣向”だと思ったのだろうが、はっきり言って大外し。「イタい」の一語である。

関連記事

鈴木大介『出会い系のシングルマザーたち』


出会い系のシングルマザーたち―欲望と貧困のはざまで出会い系のシングルマザーたち―欲望と貧困のはざまで
(2010/03)
鈴木 大介

商品詳細を見る


 鈴木大介著『出会い系のシングルマザーたち――欲望と貧困のはざまで』(朝日新聞出版/1155円)読了。

 少し前に読んだルポルタージュ『家のない少女たち』(→当ブログのレビュー)がとてもよかった、鈴木大介の新著。

 本書もやはりルポで、『週刊朝日』に寄せた記事がベースになっているそうだ。
 同じアサヒでも『アサヒ芸能』にこんなタイトルの記事が載ったら、「いまや出会い系サイトではシングルマザーが入れ食い!」みたいな内容になるわけだが(笑)、本書はごくまじめなルポで、煽情的な部分はまったくない。

 著者が「出会い系のシングルマザーたち」を取材しようと思ったきっかけは、前著の取材過程で次のような事実に気づいたことだという。

 (家出)少女らが「売春のツール」として使用する出会い系サイトに、「少女らの母親世代」(30代から40代前半)の女性が非常にたくさんアクセスしているということ。そしてこうした出会い系サイトのハードユーザーである買春男たちからは、その年代の利用者の多くが子どもを抱えたシングルマザーだと聞き及んでいたのだ。



 売春で食いつなぐ「家のない少女たち」と、その母親世代である「出会い系サイトのシングルマザーたち」は、貧困という同じ根でつながっている。そのことに気づいた著者は、こんどはシングルマザーたちの取材を始める。つまり本書は、前著『家のない少女たち』と対になっているのだ。

 著者は自ら出会い系サイトにアクセスし、約20人の「売春するシングルマザーたち」を探し当て、取材を重ねていく。その結果浮かび上がるのは、ある意味で日本の貧困問題の中心にある「母子家庭の貧困」の哀しい実態だ。
 たとえば、「取材対象者のほぼすべてが、『精神科への通院』をしていた」という。そして、そのうちの1人は自殺未遂をくり返している。

 母子家庭で生活が苦しいからといって、なぜ出会い系売春に走るのか? その前にまともな仕事につけばいい。生活保護を受ければいい。そもそも、元夫からの養育費はないのか?  また、売春するにしても、風俗店に勤めたほうがまだしも安全ではないか?
 ……と、我々は思ってしまうわけだが、本書を読めば、出会い系に走るしかなかったその背景事情がよくわかる。

 たとえば、取材対象者になんとか生活保護を受けさせたいと、著者がさまざまな尽力をするくだりがある。しかし、どの取材対象者にも拒絶され、けっきょく著者は誰一人「救う」ことができない(例外として、生活保護を受けながら出会い系で売春している女性が1人だけ登場する)。
 田舎町に残る根深い生保受給者差別、役所から受けた屈辱的対応など、拒絶の理由はさまざまだが、生活保護がシングルマザーたちのセーフティーネットとして機能していない実態に、驚かされる。

 だが、著者のスタンスは、売春するシングルマザーたちを哀れな犠牲者として見下ろし、「政治が悪い!」と叫んで事足れりとするような単純なものではない。むしろ、取材過程でそのような紋切り型の図式化を突き崩され、著者が戸惑う姿こそが本書の見どころとなっている。

 たとえば、最初に出会い系で売春したきっかけについて問うと、取材対象者の約2割が「だって寂しかったから」と答えたという。

 僕はおおいに混乱した。
 生きるか死ぬかの経済的困窮のなかで、身を売るという手段を選ぶならば「やむをえず」という言葉があてはまる。だが「寂しかったから」売春するシングルマザーというのは、僕の理解を超えていた。
(中略)
 30歳も超えようという大人の女が、しかも子をもつ母親が、「寂しいから売春した」といって、そこに同情の余地があるはずがない。はずがない、と思っていた僕が、実は浅はかだった。
 僕は知らなかったのだ。「やむを得ず」売春相手に会ってしまうほどの、圧倒的な寂しさがあることを。そんな想定外の寂しさを生み出す、離婚、シングルマザーという、特殊な環境と心理を。



 また、生活保護との関係についても、次のような意表をつく記述がある。

 「生活保護を受給できない」わけについては、もうひとつ意外な理由を強く主張するシングルマザーが数名いた。「婚活にさし障りがある」というのだ。
(中略)
 「いまは男の人も、相手に経済条件を求めてくるんです。結婚本気組なら本気組ほど、女の側の収入にこだわる。完全な専業主婦っていうのは、求めていないんですね。所得100万とかって言うと、1歩引かれる。シングルマザーと言えば、さらに5歩ぐらい引かれる。生活保護受けてるなんて言ったら、10歩引いてアウトなんです」



 「売春するシングルマザー」と「婚活」……意外な組み合わせに思えるが、「この苦しさから抜け出す手段って、再婚以外にあるのかな?」とつぶやく彼女たちの「婚活」を、誰が嗤えるだろうか。
 
 このくだりに象徴されるように、著者のスタンスは興味本位でもなければ、売春するシングルマザーたちを「無垢な被害者」としてのみ描き出すようなありきたりな社会派目線でもない。著者は虚心坦懐にシングルマザーたちの心に分け入り、練達の心理学者を思わせる筆致で、彼女たちが抱える社会病理をあぶり出していく。
 印象に残った一節を、2つ引用する。

 小西さんは待ち合わせした相手と街を歩きホテルに向かうとき、手をつなぐのだという。手をつなぐことで彼女のなかで、その出会いは売春から希望に昇華するのだ。もしかしたら、その手をにぎり返してくれる男がいるかもしれない。同じその手から、セックスの代償としてはあまりにも少ない金をもらい、それで子どもを育てるとしても、小西さんには希望がほしい。どこまでも男女という関係性のなかでしか生きられない哀しさが、彼女らをいっそう孤独のなかに追いやる。
 これを、彼女らの「男性依存的性格」とするのは、あまりにも簡単だ。だが、そう類型化した時点で、彼女らは救済の対象ではなくなってしまう。違う、これは社会病理だ。生育してきた環境も、陥った困窮状態も、救いを求める相手の的外れっぷりも含めて、これは社会病理であると認識すべきだ。これが僕のたどり着いた結論だった。



 出会い系サイトは簡便に寂しさをまぎらわすツールかもしれないが、それは根本的な寂しさの払拭をもたらしてはくれない。たしかに金銭の介在する出会いならばこそ、本格的に傷つけられることはない。傷つけられたときには「売春という仕事なのだから仕方ない」と自分を誤魔化すことができる。だがそこで得られる安心もまた、その場限りのものでしかない。いわば彼女たちは、恋愛依存体質なのに本気恋愛恐怖症という状況。そんな疲弊した精神には、出会い系はちょうどいい「中途半端さ」を備えているのだろうが……。



関連記事

中井紀之『「前倒し」仕事術!』


「前倒し」仕事術! ムリなく始められる、3つの習慣「前倒し」仕事術! ムリなく始められる、3つの習慣
(2010/04/07)
中井 紀之

商品詳細を見る


 中井紀之著『「前倒し」仕事術!――ムリなく始められる、3つの習慣』(朝日新聞出版/1575円)読了。

 この手の「○○仕事術」というたぐいの本を見ると脊髄反射的に手に取ってしまう。そしてたいていガッカリするのだが、これはわりとよかった。

 著者は大手出版社に勤務し、パソコン雑誌の記者や編集者として働きつつ、夜や休日を利用してライターもやっているという人物。
 過去20年間で共著含めて70冊以上の著書を出しているというから、ライター稼業も副業レベルではなく、専業ライターと同等の(てゆーか、ヘタな専業ライターよりよほど旺盛に)仕事をこなしているのである。いっぽう、編集者としても「年間20冊の単行本刊行ノルマ」をこなしているという。

 これがどれほどすごいことなのか、ライターの私には身に染みてよくわかる。2人分どころか、3~4人分くらいの仕事量だと思う。そして、その仕事量を可能にしているのが、本書で開陳された『「前倒し」仕事術』なのだ。
 こういう人の説く「仕事術」なら、耳を傾けてみようという気になる。

 まえがきで、著者は次のように言う。

 私が2つの仕事を両立するうえで心がけてきたのは、次の3つのルールです。

①先延ばしにする言い訳を考えないで、今すぐ始める。 =「今すぐ」
②期日に遅れない。早く終わらせてその仕事を、忘れる。 =「キッパリ」
③机の上を「頭の中」だと思って、整理する。 =「シンプル」



 「それがなかなかできないからみんな苦労してるんじゃないか」と言いたくなるわけだが、本文ではその「なかなかできないこと」をできるようにするコツが、微に入り細を穿って説かれていく。

 全部で67の仕事術(ライフハック)が、それぞれ2~6ページにまとめられている。67のハックの中には、どうでもいいようなもの、首をかしげるものもある。が、「私も真似してみようかな」と思うハックが15以上あったので、この手の本としては上出来の“打率”だ。

 べつにフリーランサー向けに特化された本ではないのだが、私としては当然、フリーライターとしての仕事術の部分に目を引かれた。
 たとえば、「アポ取りは可能なかぎり最短期日で。遠慮しないで自分の都合を言うと、手間が省ける」という項目。

 「来週のご都合はいかがですか?」と言われたら「では、月曜日に」、「木曜か金曜でお願いします」と言われたら「では、木曜日に」、「いつでもご都合がよいときに」と言われたら、「では、明日に」あるいは「今からおうかがいして、よろしいですか?」と言います。

 「来週なら都合がいいと言われたけど、週の初めは先方もいそがしいかもしれないから、水曜日ぐらいにしておこう」

 これはスケジュールの先延ばしです。「相手への遠慮」という勝手な言い訳を作ることで、「時間の借金」を背負うことになります。



 ううむ、なるほど。
 本書が説くコツはこのようなささやかなことばかりなのだが、それを「凡事徹底」で積み重ねていくとき、結果的に大きな差が生まれてくるのだろう。

 「ほんとうにそのとおりだな」と思ったのは、「先延ばしは『時間の借金』と同じ。早く始めれば『利息』がもらえる」というフレーズ(第一項目の見出し)。
 この「時間の借金」という言葉は、くり返し登場する本書のキーフレーズでもある。私なんか、毎日が「時間の借金」だらけである(笑)。
 
 アレン・カーのロングセラー『禁煙セラピー』がそうであるように、具体的なノウハウとして優れているというより、心構えを変える効果がある本。
 ……だと思う。本書の効果が、私の今後の仕事ぶりにあらわれることを乞うご期待(笑)。

関連記事

苫米地英人『フリー経済学入門』


フリー経済学入門 【知らないではすまされない! 世界を支配する「フリーミアム」の解説書】フリー経済学入門 【知らないではすまされない! 世界を支配する「フリーミアム」の解説書】
(2010/03/18)
苫米地英人

商品詳細を見る


 苫米地英人著『フリー経済学入門――知らないではすまされない! 世界を支配する「フリーミアム」の解説書』(フォレスト出版/1365円)読了。

 タイトルからわかるとおり、クリス・アンダーソンのベストセラー『フリー』の便乗本。
 『フリー』の主張を要約し、その一部に批判をくわえるくだりもあるのだが、後半になるとだんだんいつもの苫米地節になっていく。つまり、ほとんど陰謀論。いまや、苫米地と副島隆彦は陰謀論本の二大巨匠という感じだ。
 
 一言で言うと、「クリス・アンダーソンはフリーミアム(※)を脳天気に礼讃しているが、じつはフリーミアムにはオソロシイ裏があるんだよ。タダほど高いものはないよ」という内容の本。

※「フリー」と「プレミアム」の合成語。基本的なサービスを無料で提供し、さらに高度な機能や特別な機能について料金を課金する仕組みのビジネスモデル

 だが、苫米地のいうその“フリーミアムの裏”というのが、もろ陰謀論なのである。いわく――。

 グーグル検索やGメールは、すでに世界を監視するパノプティコン(監獄の囚人を見張る「一望監視システム」のこと/引用者注)であるということです。
(中略)
 インターネットで送ったメールの内容を、どこかで誰かがそっと監視しているかもしれない、ということです。監視者の影を見たわけではありませんが、技術的にいって、それが検閲されていないはずはありません。



 グーグルの背後には「権力者の影がちらついて」おり、グーグルが未曾有の急成長を遂げたのも「権力者」が巨額の資金調達を助けたからに違いない、と苫米地は言う。つまり、グーグルがタダでハイクオリティなサービスを提供しているのは、その「対価」として世界中の人々の情報を得て監視するためにほかならない、と……。

 万事こんな調子で、果てはJRの「SUICA」まで、個人の行動やお金の流れを監視するための装置として使われる危険性がある、と言い出す。

 うーん……。可能性としてゼロではないかもしれないが、やはり陰謀論としか思えない。

 ただ、本書が唾棄すべきトンデモ本かというと、そうともいえない。苫米地本ではいつものことだが、アヤシゲな陰謀論の合間に思わず唸る卓見が潜んでいて、あなどれないのだ。
 たとえば、「義務教育が無料なのも、子ども手当ても、国家による『フリーミアム』です」(成人後の徴税をスムースに行なうための、国家規模のフリーミアムだということ)という一節に、なるほどとヒザを打った。

■関連エントリ→ クリス・アンダーソン『フリー』レビュー

 
関連記事

『春との旅』


春との旅春との旅
(2010/04/16)
小林 政広

←監督自身によるノヴェライズ
 

 昨日は、小林政広監督の『春との旅』を立川シネマシティで観た。

 公式サイト→ http://movie.haru-tabi.com/index.html

 平日の午前中だったのに(こういう時間に映画を観に行けるのはフリーの特権)、3分の1程度の入り。まあまあ入っているほうだろう。

 ただ、観客の年齢層が高いのにビックリ。ほとんどおじいちゃん・おばあちゃんだった。仲代達矢演ずる「おじいちゃん」に感情移入して、「春(徳永えり)みたいな孫娘がいたらなあ」とか思いつつ観ていたのかな。
 私はさすがに仲代達矢に自分を重ね合わせることはできず(笑)、むしろ香川照之が演じる春の父に感情移入してしまった。
 春が生別した父の家を訪ねるクライマックスのシークェンスは、私にとってこの映画最大の泣きポイントだった。

 私は、この監督の作品は『バッシング』しか観たことがなかった。『バッシング』は見るからに低予算映画だったが、本作はキャストが豪華で、出演料だけでも相当お金がかかっていると思う。なにせ、小林薫や田中裕子クラスを脇役で贅沢に使っているのだから。
 でも、出演料以外は相変わらずお金がかかってなさそう。それに、ものすごく地味な映画である。

 ウィキペディアのあらすじを引用。

 北海道増毛郡増毛町に暮らす元漁師の老人・忠男は、妻に先立たれ、同居する孫娘・春の世話がなくてはならない生活を送っていた。だがある日、春は職を失い、東京で職を探そうと考える。しかし足の不自由な忠男を一人暮らしさせるわけにもいかず、二人は忠男の身の置き場所を求めて宮城県の各地に住む親類を訪ねる旅に出る。



 じつに日本映画らしいロードムービーであって、アメリカ人ならこんな話を思いつきもしないだろう。

 訪ねていく先の兄弟たちとのやりとりから、忠男と春のこれまでの人生が少しずつ明らかになっていく。そして、この旅は2人にとって、過去の出来事や感情と否応なしに向き合う旅ともなる。よくできた構成だと思う。

 とてもよい映画だった。とくに、仲代達矢と兄弟たちが再会する場面では、やりとりの一つひとつから、感情の微細な揺れ動きまでが手に取るように伝わってくる。静かな火花が散る演技合戦という趣。

 また、徳永えりも女優賞ものの熱演を見せている。日本映画を代表する名優たちの間に入って、少しも浮いた感じがしないというのはすごいことだ。
 おしゃれな格好をさせればいまどきのキレイな娘さんなのだろうけど、この映画では野暮ったい服装とヘアスタイル、ほぼスッピンで田舎の純朴な娘になりきっていて、なんともけなげで愛らしい。自分の娘を見ているような気持ちになった(笑)。



関連記事

水木悦子・赤塚りえ子・手塚るみ子『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』


ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘
(2010/02)
水木 悦子手塚 るみ子

商品詳細を見る


 水木悦子・赤塚りえ子・手塚るみ子著『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』(文藝春秋/1500円)読了。

 著者名とタイトルで一目瞭然、水木しげる・赤塚不二夫・手塚治虫というマンガ界の三巨匠の娘たちが集い、互いの父について語り合った鼎談集である。

 企画の勝利、タイトルの勝利としか言いようがない本。
 最後の「ららら」だけはわかりにくいかもしれないが、テレビアニメ版『鉄腕アトム』の主題歌の一節から取ったものである(矢作俊彦に『ららら科學の子』という傑作長編もあったっけ)。

 『朝日新聞』紙上で行なわれた三者の鼎談が本書のベースなのだそうで、卓抜なタイトルはそのときすでににつけられていたとか。なのに本書が朝日新聞出版から出なかったのは、ちょっと不思議。

 三人の「娘」たちは、それぞれ父の画業にまつわる仕事をしている(水木悦子は水木プロ社長、赤塚りえ子もフジオプロ社長、手塚るみ子はフリー・プロデューサーとして手塚作品をもとにした展覧会や宣伝、企画をプロデュースしている)。
 つまり三人とも、父と娘という素の関係から父を語れると同時に、ビジネス上の客観的なまなざしからマンガ家としての父を語ることもできるわけだ。そんな共通項をもっているうえに、三人は私生活でも親しいという。
 これはもう、三人をよく知る人が「鼎談集を作ろうか」と思うのは自然の成り行きであろう。

 手塚るみ子には『オサムシに伝えて』、水木悦子には『お父ちゃんと私』という、それぞれ父と自分について語った著書がすでにある。本書には、それらのいいとこ取りという面もある。それぞれタイプが異なる三巨匠の素顔が、娘の目から赤裸々に明かされているのだ。

 三巨匠についてはそれぞれ多数の研究書が書かれているわけだが、それらの本にも出てこなかったエピソード満載(であろうと思われる。私自身が初めて知ったエピソードが多かったから)。

 「偉大な父をもつと、子どもは何かとたいへんなんだなあ」と改めて思わせる本だ。たとえば、手塚るみ子は次のように言う。

 作品を読み返すたびに、こんなすごいお父さんだったんだという念がどんどん鮮やかになってきて、没後しばらくは自分を責めてましたね。なんでいままで何にもやってこなかったんだって。あんなすごい人の娘なのに、自分は何もできない人間なんだって、その劣等感と絶望感でメチャクチャでした。


 
 そして同時に、父親が偉大であろうとなかろうと、父と娘の関係というのは普遍的だなあ、とも思わせる本だ。

 手塚治虫はイメージどおり家庭でもよき父で(多忙すぎて家族との時間は乏しかったが)、にもかかわらず手塚るみ子は思春期以降、父への反発をくり返す。
 赤塚不二夫はイメージどおりの「放蕩親父」で、高校生だったりえ子を連れて愛人と海外旅行に行ったりする(!)。周知のとおりアルコール依存症でもあったし、りえ子はほとんど「アダルトチルドレン」である。それでもりえ子は父を、母と離婚したのちもずっと愛しつづける。
 父親としての水木しげるはイメージどおりに飄々としており、悦子との関係は激しい波風もなく良好だ。

 そのように、三人の「娘」たちが語る父との関係には、「父と娘の関係の三類型」という趣がある。

 どうでもいい話も中にはあるが、総じて面白いエピソード、心にしみるエピソードが多く、三巨匠それぞれのファンなら読んで損はない本。

関連記事

Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

里親募集中

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
29位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
22位
アクセスランキングを見る>>