米沢嘉博『戦後エロマンガ史』

戦後エロマンガ史戦後エロマンガ史
(2010/04/23)
米沢嘉博

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 米沢嘉博著『戦後エロマンガ史』(青林工藝舎/1890円)を購入。
 夏目房之介さんがブログで絶賛していたのを見て、手をのばしてみた。
 
 2006年に肺ガンで早世した著者の遺作である。あと数回連載すれば完結するところにさしかかっていたが、惜しくも絶筆となり未完に終わったもの。

 生前の米沢さんには、その晩年に一度だけ取材でお会いしたことがある。それだけのご縁だが、マンガ評論家としての仕事にはかねてより敬意を抱いていた。

 本書は、「マンガ史三部作」と呼ばれてきた著者の代表作『戦後少女マンガ史』『戦後SFマンガ史』『戦後ギャグマンガ史』につらなるものである。
 タイトルとは裏腹の上品な装丁は、少しでも手に取りやすいようにとの配慮であろうか。まあ、それでも通勤電車などでは読みにくいだろうが、マンガ好きならもっておいてよい本だ。

 まだざっと眺めただけだが、詰め込まれた情報量に圧倒される。豆粒のように小さな活字が、二段組みでぎっしり。図版も、縮小されてはいるものの、ぎっしり。収録図版は約2500点(!)にのぼるという。
 夏目さんもブログで言うとおり、「とんでもない労作」だ。エロマンガをめぐる資料でこれ以上のものは、今後現れないだろう。これでこの値段は安い。

 図版は大半が表紙や扉絵だが、有名作品はもちろん、聞いたこともないような作品もズラリと並んでいて、見るだけで楽しい。さすがは「マンガの“歩く百科事典”」と呼ばれた米沢さんの仕事である。

 終戦直後の「カストリ雑誌」の挿し絵、すなわちエロマンガの前史から説き起こされ、1990年代の「有害コミック問題」にちらっと言及するところで終わっている。
 それ以降の約20年の歴史が書かれずに終わったのは残念だが、これだけでも資料的価値はすこぶる高い。マンガのアカデミックな研究も進んできた昨今だが、エロマンガについては今後もまっとうな研究対象にはなりにくいだろうから、なおさらだ。米沢さん自身も次のように書いているように……。

 底辺の娯楽と見られていたマンガの中でもさらに最底辺に位置するエロマンガは、雑誌のマイナー性、ゲリラ性もあって、単行本化されたものも少なく、残っている資料も少ない。また、あまりにも解り易い「エロ」というテーマもあって、評論の対象にもなりにくかった(41ページ)



 正統的(?)エロマンガのみならず、宮谷一彦、山上たつひこら一般劇画・マンガの性表現についても、またレディースコミックなどについても言及されている。その意味で、本書は狭義のエロマンガのみならず、「戦後マンガの性表現」をめぐる通史でもある。

 ところで、俳優の田口トモロヲって昔エロ劇画家だったのだね(田口智朗名義)。本書で初めて知った。「ばちかぶり」(パンク・バンド)のヴォーカルをやっていたのは知っているが、そのさらに前の話である。
 『劇画アリス』を舞台に特異な青春パンク・エロ劇画(私は読んだことがないが、本書の記述から推測)を手がけていた彼の当時の担当編集者が米沢氏で、「いつもマンガとロックの話をしていた覚えがある」そうだ。

 
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『新書大賞2010』

新書大賞〈2010〉新書大賞〈2010〉
(2010/02)
中央公論編集部

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 中央公論編集部・編『新書大賞2010』(中央公論新社/609円)読了。
 
 「新書大賞」をまとめる形で出されている、ムック形式の新書ガイド。「新書大賞」がスタートしたのは2008年だが、ムック化は昨年から(→版元サイトの紹介ページ

■関連エントリ→ 『新書大賞2009』レビュー 

 大枠は昨年の第一弾(2009年度版)と同じなのだが、いくつか細かな変更点があって、ムックとしての出来は第一弾のほうがよかった気がする。

 まず、昨年度版では新書年間ベスト46(つまり実質はベスト50)が選ばれていたのに、今年はベスト20になってしまっている。その分、情報量が落ちてしまった印象。

 また、昨年度版では評論家などがジャンルごとに「おすすめ3冊」を選ぶコーナーが充実していたが、今年は「30人の目利き」がそれぞれ「私のイチオシ」を一冊ずつ挙げるコーナーに変わっている。30人の顔ぶれはなかなか豪華だが、1人1ページずつなので内容が薄い。これも改悪だと思う。

 それと、100ページに満たないムックなのに、巻末に16ページも費やして「主要新書リスト2009」(昨年発刊のおもな新書のタイトル・著者名をレーベル別にリスト化したもの)をつけているのはいただけない。こんなのいらないでしょう、ネットで検索すればいいのだから。

 宮崎哲弥と永江朗が一年間の新書をめぐる状況を振り返る対談は、昨年度版につづいて載っている。これは、あってよい。
 そのいっぽう、松田哲夫による「腰巻」(=帯)ベスト10のコーナーがなくなってしまったのは残念。べつに松田哲夫じゃなくてもいいから、コーナーは継続してほしかった。

 ……と、いろいろケチをつけてしまったが、年次別新書ガイドはこれしかないので、来年以降もつづけてほしい。

 企画ページの一つ、小飼弾へのインタビュー「本は全部、新書になればいい」はなかなか面白かった。その一節を引く。

 今、読書に対する姿勢は二極分化しています。読まない人は、本当に読まなくなりました。以前は月に一冊だった人が、今は年に一冊。激減ですね。そのかわり、よく読む人は、以前よりもずっと多くの本を読んでいます。週に一冊だった人は一日一冊、一日一冊だった人は一日五冊といったふうに。このことは、僕のブログの書籍売り上げデータからもつぶさにわかります。

 

 これは、私の実感と重なる。
 ネットにあふれる情報で事足れりとする人と、ネットにあふれる情報によってさらに読書意欲を刺激され、芋づる式に読む本が増えていく人――その2種類がいるのだと思う。

 ちなみに、「年間ベスト20」のうち、現時点で私が読んでいるものは6点。ほかにも、文中に登場する新書で読んでいるものがけっこうあって、私自身の評価との違いも楽しめた。

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矢作俊彦・司城志朗『犬なら普通のこと』

犬なら普通のこと (ハヤカワ・ミステリワールド)犬なら普通のこと (ハヤカワ・ミステリワールド)
(2009/10/30)
矢作 俊彦司城志朗

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 矢作俊彦・司城志朗著『犬なら普通のこと』(早川書房/1575円)読了。

 著者2人は、四半世紀前に『暗闇にノーサイド』、『ブロードウェイの戦車』、『海から来たサムライ』(のちに『サムライ・ノングラータ』と改題)という3つの長編冒険小説を連打した、伝説の黄金コンビである。

 私は、3作とも大好きだった。とくに『ブロードウェイの戦車』は、『忠臣蔵』の基本構造を冒険小説に盛り込んだ華麗な復讐譚で、「こんなに面白いエンタテインメント小説が日本にあったのか!」と驚いたものだった。

 この『犬なら普通のこと』は、黄金コンビの25年ぶりの共作。大いに期待して手にとった。
 その期待は……うーん、半分だけ裏切られた感じ。なかなか面白い小説だし、細部までよく練られてはいるものの、四半世紀前の3作のような「巻を措く能わず」の圧倒的エンタテインメントではなかった。

 かつての共作3作は「日本人離れした、欧米並みの長編冒険小説」を狙って書かれたものだと思うが、本作は冒険小説ではない。「暗黒小説(ロマン・ノワール)」であり、リチャード・スタークの「悪党パーカー」シリーズの流れを汲む「ケイパー(強奪)もの」なのである。
 旧3作とはまるで別物であるということを納得ずくで読めば、けっこう愉しめる。

 舞台は、沖縄。うだつの上がらない中年ヤクザの主人公・ヨシミは、弟分の彬(あきら)とともに、所属する組が麻薬の大取引きで使う現金2億円を強奪する計画を立てる。だが、襲撃の夜、そこにいるはずのない組長と出くわし、ヨシミは組長を射殺してしまう。
 現金は金庫に入ったまま。ヨシミが組長を射殺したことは、彬以外の誰も知らない。事件をめぐってヤクザと警察と米軍が入り乱れるなか、ヨシミと彬は組長殺しを隠したまま2億円を奪い、高飛びすることができるのか?

 ……と、いうような話。
 本場フランスの暗黒小説やフィルム・ノワールの場合、裏社会に生きる男同士の友情の絆が重要な要素なわけだが、この作品には「男の友情」など薬にしたくもない。組長と子分たちの間にも、ヨシミと彬の間にも、さらにはヨシミと妻との間にも、「絆」と呼べるようなものはないのだ。いつ誰が誰を裏切っても不思議ではない、荒涼たる世界が展開される。

 さりとて、馳星周の暗黒小説ほど救いのない真っ暗な物語でもない。矢作・司城コンビだけに、会話は軽妙洒脱だし、文体も洗練されたオシャレなもの。でも、人間関係は恐ろしいほど乾ききっているのだ。
  
 「悪党パーカー」シリーズほど痛快さはないが、クライマックスの銃撃戦のスピーディーにたたみかける描写は、なかなかのもの。

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佐々木馨『日蓮と一遍』

日蓮と一遍―予言と遊行の鎌倉新仏教者 (日本史リブレット 人)日蓮と一遍―予言と遊行の鎌倉新仏教者 (日本史リブレット 人)
(2010/02)
佐々木 馨

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 佐々木馨(かおる)著『日蓮と一遍――予言と遊行の鎌倉新仏教者』(山川出版社/840円)読了。正味100ページに満たないブックレットなので、すぐ読み終わった。

 百花繚乱の鎌倉新仏教のうち、日蓮と一遍(時宗の開祖)に的を絞っている点がユニークだ。
 なぜこの2人が選ばれたかというと、日本中世思想史を専門とする著者(北海道教育大教授)が、「神祇信仰」(「神明擁護」「国土の神聖視」「神孫降臨」の三要素からなる日本的な神信仰)を「中世国家と宗教の相関関係をはかる物差し」としてとらえているから。

 つまり、中世日本の宗教を、①神祇信仰を受容する「体制宗教」、②神祇信仰を排斥する「反体制宗教」、③神祇信仰を超越した「超体制宗教」の三種に大別し、②の代表格として日蓮を、③の代表格として一遍を取り上げたのが本書なのである。

 太平洋戦争当時、「日本は神々によって守護されるとともに天皇の統治する神聖な国である」とする「神国思想」が、我が国を一色に染め上げた。そして、この神国思想の淵源は、鎌倉時代に蒙古襲来という国難を台風によって回避したことにあった。
 したがって、日本の歴史から「国家と宗教」「ナショナリズムと宗教」の問題を考察するには、蒙古襲来当時の宗教状況を振り返ることが不可欠なのである。

 そのような問題意識から鎌倉仏教を眺めたとき、ともに蒙古襲来を体験しながら、その体験を咀嚼する姿勢や国家と向き合う姿勢において対照的な2人――日蓮と一遍に光が当てられるのは、むしろ当然であろう。

 ……と、知ったふうなことを書いているが、私は(日蓮はともかく)一遍についてはまったく知識がなく、本書で初めて知ったことがたくさんあった。
 盆踊りの遠い淵源が、一遍の踊り念仏にあるとは知らなかった。目からウロコ。

 神祇信仰に対するスタンスによって鎌倉新仏教を色分けするという補助線を引くことで、一見混沌としている当時の宗教状況がすっきりと概観でき、勉強になった。

 日蓮にとって、蒙古襲来は自らの宗教的確信を決定づける契機となった。対照的に、一遍はその著作物において、蒙古襲来について一度も言及していないのだという。
 一遍は出家前の若き日には武士であったし、叔父の1人が蒙古襲来時に北部九州の防備にあたるなど、「一族には蒙古襲来がらみの情報には事欠かない状態」であった。

 それなのに、どうして一遍は「蒙古襲来」について、固く口を閉ざすのか。これはある意味、一遍の生涯上の謎である。



 その謎の答えとして、著者は“一遍は蒙古襲来の恐怖から目を背けたのだ”という説を唱えている。

 一遍とその集団には、この娑婆世界が戦争によって地獄と化す現実を正気の状態で直視することはできなかった。戦さという非法の手段によって、人の命が無惨に切り落とされる現実から、一歩でも二歩でも離れたいと念じていた。
(中略)
 一遍とその集団が日本列島の「北」と「南」を遊行から回避したのは、蒙古襲来に対する異常なまでの恐怖感と不安感からであったと考えざるを得ない。(中略)蒙古襲来が引き起こす「恐怖」と「不安」を一時でも忘れるために、没我のまま宗教的エクスタシーに陥り乱舞したのである。私には、そう思えてならない。



 この仮説の当否は私には判断しかねるが、国家と宗教の関係、ひいては宗教者の社会との向き合い方を考えるうえで、本書は示唆に富む内容であった。

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石川幸憲『キンドルの衝撃』

キンドルの衝撃キンドルの衝撃
(2010/01/30)
石川 幸憲

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 石川幸憲著『キンドルの衝撃』(毎日新聞社/1575円)読了。

 在米日本人ジャーナリストが、キンドルの大ヒットに象徴される「電子書籍元年」のアメリカの様子をリポートした一冊。

 タイトルと表紙の印象から、一冊丸ごとキンドルの話だと思う人が多いだろう。だが実際には、キンドルに的が絞られているのは全6章中の第1章のみ。
 残りの5章は、その周辺の話だ。キンドルを販売しているアマゾンという会社の概要(第2章)であったり、米国の新聞業界がいかに末期的な状況であるかという話(第3章)であったり、キンドル以外の電子書籍端末の開発状況(第5章)であったり……。

 そのことを「羊頭狗肉」と受け取る向きもあろうが、私は別に気にならなかった。文章は読みやすいし、キンドルとその周辺の状況を大づかみに知るにはよい本だ。

 ただ、いまは電子書籍をめぐる状況が刻一刻と変わりつつある激変期であるために、今年の1月末に発刊された本書でさえ、時代に一歩遅れている印象を受けてしまう。
 何より致命的なのは、本書が「iPad」の米国発売前に書かれているということ。もう3ヶ月ほど発刊を遅らせて、キンドルとiPadがしのぎを削る状況をリポートする本にすればよかったのに……。この手の本はほんとうにタイミングがむずかしいと、改めて思う。

 著者が新聞業界に身を置いてきた人であるためか、新聞や紙の本の未来に対する見方はかなり楽観的だ。
 類書の中には、「電子書籍の台頭によって、明日にでも新聞や紙の本は消えてなくなる」と言わんばかりに煽り立てるものもあるが、著者は“変化はもっとゆるやかに進む”と予測しているのだ。

 たとえ電子書籍端末がヒットするとしても、紙からペーパーレスへの推移は緩やかなものであろう。つまり紙かペーパーレスかという二者択一ではなく、紙もペーパーレスもともに共存する時代がしばらく続くと考えることが現実的ではないか。
(中略)
 キンドルのライバル端末が相次いで発売されE・リーディングが流行すれば、新聞や雑誌にとっても新しいビジネスチャンスが到来する。キンドルによりメディア再生のドアは開け放たれたのだ。



 こうした見方を「甘い!」と感じる向きもあろうが、私はこの著者に近い感触を抱いている。

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堤未果『ルポ 貧困大国アメリカⅡ』

ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書)ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書)
(2010/01/21)
堤 未果

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 水・木と、企業取材で四国へ行っていた。
 水曜は今治で、「風で織るタオル」として知られる「池内タオル」の池内計司社長を取材。木曜は高松に移動して、「NDCジャパン」というアパレル企業の社長さんを取材。

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 行き帰りの飛行機で、堤未果著『ルポ 貧困大国アメリカⅡ』(岩波新書/756円)読了。
 ベストセラーとなり、新書大賞や日本エッセイストクラブ賞を受賞するなど、各界から絶賛を浴びたルポの続編である。

■関連エントリ→ 『ルポ 貧困大国アメリカ』レビュー

 正編はブッシュ政権下の最貧困層を取材して衝撃的だったが、この続編ではその後――オバマ政権発足後のアメリカが描かれている。

 「アメリカは、あの悪者ブッシュを追い出してオバマ大統領になったのに、なぜ状況は前よりも悪くなっているの?」
 それは今年になってから、最も多く耳にした質問だった(「あとがき」)



 オバマ後の貧困大国を取材した著者は、「前回取り上げた個々のテーマは新政権の下でむしろ悪化していた」ことに驚く。そして、「チェンジ」を求めてオバマ大統領を誕生させた人々の失望と絶望の肉声を、随所に刻みつけていく。
 それは、民主党政権誕生後の日本に、わずか半年で失望のため息が満ちていることと相似形だろう。

 もっとも、本書の眼目はオバマ政権批判にはない。著者は冷静に、フラットな視点から、アメリカのいまを活写していく。
 章立ては、次のようになっている。

第1章 公教育が借金地獄に変わる
第2章 崩壊する社会保障が高齢者と若者を襲う
第3章 医療改革vs.医産複合体
第4章 刑務所という名の巨大労働市場



 このうち第3章は、マイケル・ムーアが同テーマを扱った映画『シッコ』を観たあとでは、あまりインパクトがない。だが、第1章と第4章には強烈な印象を受けた。

 第1章は、「猛スピードで大学費用が膨れ上が」り、貧困層のみならず中間層の学生までが「学資ローン」の返済に苦しんでいる現状が描かれている。

 住宅ローンと学資ローン。今アメリカで多くの人々を苦しめているこの二つは、崩れゆくアメリカン・ドリームを表すコインの表と裏だ。
 中流階級にとって最も大きな夢であるマイホーム、そして誰にも開かれた教育という二つが、借金地獄という底なし沼となり、人々を飲みこむことになるとは、いったい誰が予想しただろう?



 アメリカといえば、奨学金制度が充実していて、優秀な学生は貧しくとも最高の大学教育を享受できる国、という印象があった。だが、その制度の根幹がもはやボロボロになっているようなのだ。

 さらに衝撃的なのが、第4章――。
 この章ではまず、連邦政府や州政府が財政難から囚人たちにまで過剰な負担を押しつけ、多くの囚人が借金漬けになっている現実が明かされる。

「刑務所が囚人たちに押し付ける負担範囲は拡大する一方です。囚人たちは用を足すときに使うトイレットペーパーや図書館の利用料、部屋代や食費、最低レベルの医療サービスなど、本来無料であるべき部分まで請求されています」



 囚人たちが、刑務所で新たに背負う(!)借金。それも一因となって広がってきたのが、囚人を「最安価労働力」として利用する「刑務所ビジネス」だ。

 アメリカ国内の投資家たちは、軍需産業やIT産業と並んでいま最も利益率が高く、人気急上昇の投資先として、刑務所ビジネスに注目している。



 たとえば、電話交換手という仕事は「第三世界へのアウトソーシング」が進んできたが、囚人たちに「国内アウトソーシング」すれば、「言語の壁」というネックは解消される。
 囚人の電話交換手は、「雇用保険は要らず、低賃金でも文句一つ言わないし、ストもやらなければ組合も作らない」。まさに「夢のような労働力」なのである。

 そして、アメリカは「総人口は世界の五%だが、囚人数は世界の二五%を占める『囚人大国』」。ゆえに、「最安価労働力」たる囚人はいくらでも供給可能なのだ。

 正編では「経済的徴兵制」(=徴兵制が廃止されたアメリカで、若者たちが貧しさから軍隊に入ることが実質的徴兵制として機能していること)の実態が最も衝撃的だったが、続編で最も衝撃的なのはこの「刑務所ビジネス」の実態だろう。

 その他、印象に残った一節をメモ。

 貧困層では数百万人の子どもたちが、治療しないままの虫歯を持っている。まだ小学生で歯がすっかり抜け落ちてしまっている子どもも少なくない。
 歯と貧困には深い関係がある。他の病気と違い、歯には自然治癒というものがないからだ。



 正編が具えていた美点は、この続編にもすべて受け継がれている。一読してのインパクトは正編より一段落ちる気がするが、それは読む側の「慣れ」の問題だろう。本書も一読に値する力作である。

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西田宗千佳『クラウド・コンピューティング仕事術』

クラウド・コンピューティング仕事術 (朝日新書)クラウド・コンピューティング仕事術 (朝日新書)
(2009/09/11)
西田 宗千佳

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 今日は都内某所で、次にゴーストで書く単行本の第1回取材。ゴーストなので、お相手はナイショ。
 
 行き帰りの電車で、西田宗千佳著『クラウド・コンピューティング仕事術』(朝日新書/777円)読了。

 書名のとおり、データをネット上に保存するクラウド・コンピューティングを活用した仕事術の、平明な解説書。章立ては次のようになっている。

第1章 メール革命から始めよう―メールは二度と消してはいけない
第2章 携帯電話を「サブ脳」に―「転記」と「印刷」よ、さようなら
第3章 パソコンでの「データ整理」のルールが変わる―「分類」「完全デジタル化」にこだわらない
第4章 クラウド仕事術の「損得計算」―収支とリスクをわかって使う



 この手の本はたくさん出ているし、ほぼ同時期に刊行された類書『仕事するのにオフィスはいらない』(佐々木俊尚)あたりと比べると、「売り」になるような大きな特長がなく、なんとも地味な本だ。取り上げる事柄も、Gメールやスマートフォンの活用法など、似たり寄ったりにならざるを得ないし……。

■関連エントリ→ 『仕事するのにオフィスはいらない』レビュー

 だがそれでも、私個人にとっては有益な良書であった。
 
 第1に、わかりやすさ重視で書かれていて、パソコン音痴に近い私にも理解できる点がいい。
 たとえば、巻末には「本書を読むための用語事典」というものが付録でついていて、初歩の初歩ともいうべき事項についてもていねいな解説がなされている。

 第2に、クラウド・コンピューティング礼賛一辺倒にならず、そのリスク(流出・消失・切断)についてもきちんと説明し、対処法を解説しているあたりのバランス感覚が好ましい。

 第3に、著者が推奨するクラウド仕事術を取り入れるとどれくらいのお金がかかるのかを、微に入り細を穿って解説している点が親切だ。

 すでにクラウド・コンピューティングを自在に活用している人にとっては「何をいまさら」という内容だろうが、「これから本格的に取り入れよう」という人には好適な入門書。

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中川淳一郎『ウェブを炎上させるイタい人たち』

ウェブを炎上させるイタい人たち-面妖なネット原理主義者の「いなし方」 (宝島社新書 307)ウェブを炎上させるイタい人たち-面妖なネット原理主義者の「いなし方」 (宝島社新書 307)
(2010/02/10)
中川 淳一郎

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 中川淳一郎著『ウェブを炎上させるイタい人たち――面妖なネット原理主義者の「いなし方」』 (宝島社新書/700円)読了。

 『ウェブはバカと暇人のもの』『今ウェブは退化中ですが、何か?』の著者が、世にあふれるネット礼賛に冷水をぶっかけるシリーズ(なのか?)第3弾。

 著者が言っていることは、基本的に前2著と同じである。
 前2著との違いは、ネット上で「炎上」に遭った場合の対処法、さらには炎上を防ぐ心構えについて、一章を割いて綴られていること。ニュースサイト編集者としての経験をふまえたアドバイスだから、企業の広報担当者などにとっては有益だろう。

 ツイッター・ブームについては、前著以上に気合いを入れておちょくっている。
 たとえば、一連のツイッター礼賛本をすべて読んだという著者は、それらに対する感想として次のように言う。

「意味のない発言しかできないバカに『自己表現』の名の下にゴミカス情報を撒き散らかすことを推奨するようなことを言わないでくれよ」「あなた達は書くべきことがたくさんあるかもしれないけど、書くことも特にない凡庸な人に余計な夢を与えないでくれよ。彼らを焦らせないでくれよ」



 「ツイッター否定派」(笑)の私は、著者の主張に全面的に賛同。
 
 それと、本書の主張の中で特筆すべきは、「ネットの普及とともに日本人の生産性が低下している」という指摘。
 日本人の一人当たりGDPは、2001年までトップ5入りしていたが、そこから急激に低下し、2008年には23位にまでランクダウンした。著者はその要因の一つを、ネットの急激な普及に求めている。

 注目したいのがブロードバンドが普及し、ネットユーザーが爆発的に増え始めた01年と、ブログが普及し、誰でも簡単に情報発信ができるようになった04年である。01年の翌年である02年にGDPは8位に落ち、ブログが爆発的に普及した04年に前年の9位から14位に落ち、以後惨憺たる状況になっている。



 “ネットとテレビは、ともに安価なひまつぶしツールである。にもかかわらず、ネットの先進的なイメージのため、人はネットでのひまつぶしに対し、テレビほどうしろめたさを感じない”
 ――というのは、著者が前著で言っていたこと。最強のひまつぶしツールたるネットが普及すればするほど、日本人の生産性が下がるのも理の当然である。
 全体におちゃらけた内容の本書の中で、「ネットが日本人の生産性を低下させた」というこの主張はやや浮いているのだが、十分検討に値する仮説だと思う。
 ツイッターの爆発的普及は、日本のGDPをかなり押し下げたのではないか(笑)。

 ただ、同じ著者が同じテーマで書いた本を3冊つづけて読んだので、さすがにもう飽きた。
 次は3年くらい間を置き、ネット上のおバカ事件のストックがたまった時点で出したらいいと思う。

■関連エントリ
『ウェブはバカと暇人のもの』レビュー
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野中広務・辛淑玉『差別と日本人』

差別と日本人 (角川oneテーマ21 A 100)差別と日本人 (角川oneテーマ21 A 100)
(2009/06/10)
辛 淑玉野中 広務

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 昨夜は、日本記者クラブのホールで行われた、ジャーナリスト・片野勧さんの新著『戦後マスコミ裁判と名誉毀損』(論創社/3150円)の出版記念会に参加。評論家の岡庭昇さんや同志社大教授の渡辺武達さんなど、旧知の方々と久々にお会いできて楽しかった(帰り道に大雪が降ってビックリ。4月も半ばだというのに)。

 『戦後マスコミ裁判と名誉毀損』は、書名のとおり、戦後のマスコミをめぐる名誉毀損訴訟を分類・網羅した労作。ハンディな「マスコミ裁判事典」として資料的価値も高く、報道にかかわる者ならもっておいてよい本だ。

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 行き帰りの電車で、野中広務・辛淑玉著『差別と日本人』(角川oneテーマ21新書/760円)読了。

 自民党幹事長や内閣官房長官などをつとめた野中広務は、自民党の政治家には珍しく弱者救済に力を注いだ人だが、その背景には、京都の被差別部落で生まれ育った彼の出自があった。

 その野中と、在日として生まれ、一貫して弱者支援にかかわってきた辛淑玉の、日本社会の差別をテーマにした対談集。中心となるのは部落差別と在日差別だが、それ以外にも沖縄差別やハンセン病患者差別などが俎上に載る。

 この本は、すでに37万部も売れているそうだ。部落差別や在日差別の歴史を知らしめる本がベストセラーとなって広く読まれることは、意義深いことと思う。

 対談の合間合間に、辛淑玉が執筆した「解説」が挟まれている。おそらく、全編の約半分はその「解説」だろう。したがって、対等な対談集というより、辛の著書に野中が“ゲスト出演”した、という趣だ。
 また、肝心の対談にも、辛と野中の間には少なからぬ温度差が感じられる。話がかみあっていない部分もあるし、辛の過激な挑発を野中が受け流してしまう部分も目立つ。
 要は、対談集としての出来はあまりよくない本なのだ。

 しかし、そのことは本書の価値を少しも減じていない。辛による「解説」にはすさまじい熱気がこもっているし、野中に対して聞きにくいことをズバズバ聞きまくる激越な質問者ぶりがすごい。

 たとえば、辛は野中に、“あなたは部落出身なのに、なぜ「国旗・国家法案」を推進したのか? なぜ国家公安委員長になったのか?”と問う。

 国家公安委員長っていうと、なんか朝鮮人と部落民を監視する人だな、と。なんでそんな職務についたのかなとか思って。



 果ては、「昨夜石原(慎太郎)と飯を食ったんですよ」と言う野中に、「え? なんで(差別主義者の)石原さんとご飯食べられるんですか。なんで!?」と食ってかかるのである。

 思うに、野中は徹底したリアリストであって、権謀術数渦巻く政治の世界に首まで浸かって、柔軟な妥協をくり返し、ときには敵と呉越同舟もしながら、少しずつ現実を変えてきたのだろう。しかし、いささか原理主義的で融通のきかない辛には、野中のそうした柔軟さが「迎合」と映ってしまうのだ。

 そのへんのズレが、本書の対談としての欠点であると同時に、面白さにもなっている。

 読んでいてとくに印象に残ったのは、阪神大震災がらみの話。
 阪神大震災における在日の死亡率は、日本人の1・35倍以上だったという。「戦後の復興の際の差別によって」改善の遅れた「在日の密集地」が、とくに壊滅的な状態になったためである。

 震災後、部落解放同盟の人々も被災者救済に尽力したが、彼らはそこでも差別に直面した。
 震災直後に被災地入りしたという辛は、そこでの見聞を次のように書く。

 全国の部落から届く「解放同盟」の名前が入った段ボールに詰められた救援物資が山積みとなっていた。その物資を配っていた人の一人が、「この箱のままでは配れませんね。嫌がる人もいるでしょう」と言ったという。
 彼は、物資を受け取る人の差別的な感情は理解しても、助けようとした人たち、物資を集めた人たち、あの状況下で物資を運び続けた部落の人たちの思いは理解しなかった。

 

 また、魚住昭の『野中広務 差別と権力』にも描かれた麻生太郎の差別発言(「部落出身の野中を総理にはできんわなあ」うんぬんというもの)については、本書でも言及されている。とくに、麻生を「差別意識が体の中に染みこんでる」と評する辛の麻生批判は激烈を極める。

 麻生氏は、植民地支配で財を築いた麻生財閥の中でぬくぬく育って、首相にまで上り詰めた。
 麻生財閥を構成する企業の一つ、麻生鉱業は、強制連行されてきた朝鮮人を強制労働につかせ、消耗品の労働力として、その命を紙くずのように扱った。
(中略)
 また、麻生炭坑は部落民を一般の労働者と分け、部落民専用の長屋に入れて奴隷のように酷使した。
(中略)
 天皇家と縁戚関係をもち、いつも上から目線で見る麻生太郎の目には、朝鮮人も部落民も同じく消耗品であり、人の数には入らなかったのだろう。

 

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中村うさぎ『私という病』

私という病 (新潮文庫)私という病 (新潮文庫)
(2008/08/28)
中村 うさぎ

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 中村うさぎ著『私という病』(新潮文庫/380円)読了。

 『狂人失格』を読んだ勢いで、中村うさぎの過去の“暴走記録”を読んでみた。
 売れっ子女流作家の著者が「熟女デリヘル」で働いてみるという、前代未聞の体験取材(?)の記録であり、その体験をふまえて感じたこと・考えたことを綴ったエッセイでもある。

 元になったデリヘル体験記が『新潮45』に載ったときにはずいぶん話題になったし、本書の存在自体は知っていたが、もっとおちゃらけたお笑いエッセイだとばかり思っていた。しかし、読んでみれば意外にシリアスな内容で、想像していたよりもはるかによい本だった。

 第1章「セレブ妻・叶恭子(源氏名)のデリヘル日記」こそハイテンションで笑える内容になっているものの、残りの3章は内省的といってよいトーンで書かれている。
 そこでは、著者がデリヘル嬢をしてみる決断をするまで、そして体験後の心の軌跡が、丹念にたどられている。あたかも、自らを精神分析し、自らの「女性性」の根幹と対峙するような内容だ。多くの女性にとっては共感でき、多くの男にとっては耳の痛いものだと思う。

 若き日のOL時代に上司から受けたセクハラ、痴漢に遭った苦い体験、そして、ホストにのめりこんでいた時期に「恋人」だと思っていた美男ホストから与えられた屈辱……。著者は自らの心の傷をさらけ出し、読者の眼前でその傷に塩を塗り込んでみせる。
 ホストから与えられた屈辱をぬぐい去るためには、熟女デリヘルで働いてみるしかなかったのだと、著者の決断にある程度納得がいく。

 そして、最後の第4章は「東電OLという病」。そう、中村うさぎが「東電OL殺人事件」の被害女性と自らを重ね合わせ、彼女への共感と哀悼を真摯に綴っているのだ。
 あの被害女性については、佐野眞一をはじめとした多くの書き手がさまざまな形で論及してきたが、私はこれまで読んだそれらの文章の中で、本書がいちばんよいと思った。「ああ、そうか。そういうことだったのか」と腑に落ちたのだ。

 第4章の途中には、小説仕立てで被害女性の心に分け入ってみたくだりもある。その部分を読んで、中村うさぎに「東電OL殺人事件」を小説化してほしいと思った。すでに桐野夏生があの事件をモデルに『グロテスク』を書いているが、中村うさぎなら、桐野とはまったく違う角度から優れた小説が書けると思う。

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鈴木大介『家のない少女たち』

家のない少女たち 10代家出少女18人の壮絶な性と生家のない少女たち 10代家出少女18人の壮絶な性と生
(2008/11/10)
鈴木大介

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 鈴木大介著『家のない少女たち――10代家出少女18人の壮絶な性と生』(宝島社/1365円)読了。

 先日読んだ『神待ち少女』の類書。「家出少女つながり」で読んでみた。
 「裏社会・触法少年少女を中心に取材活動を続けるルポライター」(著者略歴の一節)が、いわゆる「プチ家出」ではない「本格家出」のケースばかりを扱った連作ルポ集だ。

 副題の印象から、「どうせ下品なキワモノ本だろう」という先入観を抱いて手にとったのだが、読んでみたら真摯な内容の本格的ルポだった。
 著者の文章は読みやすいのに味わい深く、少女たちのイメージが鮮やかに浮かぶ描写力がある。

 登場する家出少女たちを、著者は「言わば日本のストリートチルドレンであり、現代社会の崩壊していく家庭の墓標である」という。
 なるほど、少女たちの語るこれまでの歩みはどれも壮絶で、「ホントに日本の話なのか?」と目を疑うほどだ。貧困と暴力、親や同居人からの性的虐待、いじめ、レイプ、援交、裏風俗、ドラッグ、児童養護施設や児童自立支援施設でのつらい日々……。

 夏子は、同居する風俗嬢の部屋で出産。そしてその乳児を、病院の前に遺棄した「子棄ての家出少女」だった。
 中絶経験のある家出少女など、もうありふれた話だ。生活のために売春に身をやつす家出少女たちにとって、最大のリスクは間違いなく「予期せぬ妊娠」だろう。虐待家庭からの逃避や貧困からの脱出等、様々な理由で本来いるべき場所が「危険」な少女らにとって、妊娠を理由に家に戻らざるを得ない状況に陥ることは、最も避けたい事態だ。



 少女らの血反吐を吐くような独白は、僕の胸に鋭く突き刺さる。「家に帰れば?」なんてことは、とても言えやしない。かといって、様々な危険を伴う家出生活を続けろと言うことも、またできない。取材を重ねるたびに、無力感に苛まれることも多くなった。



 そんなふうにいう著者の目線はしかし、「なんてかわいそうな少女たち」という「上から目線」でもなければ、社会派っぽい「告発目線」でもない。
 著者は少女たちのミゼラブルな半生に向き合いながらも、彼女らの“生き抜く力”にどこか敬意を払っている。家出少女たちの生活を全否定するのではなく、どこかで「これもまた一つの生の営みなのだ」と肯定する視線が感じられる。

 じっさい、登場する18人の少女のうち何人かは、家出して援交で生活費を稼ぐような暮らしをしながらも、ピュアな心とたくましい生命力を感じさせる。泥の中から美しい花を咲かせる蓮のように……。
 家出少女のすさんだその日暮らしが、胸躍る冒険譚のように見える瞬間すら、本書にはちりばめられているのだ。

 その点で、本書の読後感は、少し前に読んで感動した石井光太の『絶対貧困』に通ずるものだ。

■関連エントリ→ 『絶対貧困』レビュー

 その他、印象に残った一節をメモ。

 裏風俗産業を主として、デリヘルやソープといった一般性風俗、そしてAV業界に至るまで、下半身産業に従事する女性にはかなりの確率で「知的障害を抱える女性」がいる。



 幼少期から施設に暮らす子供には、実は顕著な特徴がある。虐待を受け施設で育つという成育歴を持ちながら、予想外かもしれないが、概ね「異常に人懐っこい」のだ。これは不特定多数の大人(施設職員)に育てられたことが理由だろうと思う。彼女らはより多くの大人から、ひとかけらでも優しさを貰おうとするかのように人懐こく、大人に対して警戒心がない。どんな大人に対しても、それこそしがみつくように甘えてくるかと思えば、プイっといなくなってしまったりもする。



 親に殴られ棄てられ家を逃げてきた子供たちにとって必要なことは、本書の少女らの言葉が示している。圧倒的に身を苛む寂しさ、人を信じられないことのつらさ、行きずりの売春男にすら優しさを求める哀しさ。親に抱きしめられたことのない子供たちの切なさは、他者の精神的な抱擁によってしか埋めることはできない。



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リザード『リザードⅣ』

リザードIVリザードIV
(2009/11/21)
リザード

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 リザードの『リザードⅣ/Rock'n'Roll Undead』(3000円)をヘビロ中。

 1970年代末、フリクションとともに「東京ロッカーズ」の中核を成した伝説のロックバンドの、じつに22年ぶりのニューアルバムである。
 昨年11月に発売されたものだが、私は出ていたのをまったく知らなかった。一昨日にようやく情報をキャッチして、すぐさま注文したしだい。

 前作にあたる『岩石庭園』(1987年)が発売されたとき、私はリザードのフロントマン、モモヨ(本名・菅原庸介)氏にインタビューしたことがある。ライターとして駆け出しのころで、たしか、私にとってはロック・アーティストにインタビューした初めての経験だった。いまはなき『DOLL』誌上でのことである。モモヨ氏は、インテリジェンスあふれる物静かな紳士だった。

 そうか、あれからもう22年も経つのか。
 その後、モモヨ氏は音楽界を離れ、マンションの管理人や不動産鑑定士をしていたらしい(本名名義で不動産関係の著作も出している)。

 22年ぶりの本格復活作であるこのアルバムは、インディーズ・レーベルからの発表である。まあ、リザードがメジャー・デビューした時期ですら音楽だけでは食えなかったらしいから、当然といえば当然か。

 モモヨ氏以外にも、ベースのワカ、キーボードのコーという初期のメンバーが復帰。ドラムスは、元ARBのキースが担当している。

 本作はリザード名義のフルアルバムとしては5枚目にあたるのだが、にもかかわらず『Ⅳ』(=4)というタイトルになっているのは、「初期アルバム3作に連なるバンドサウンドによるアルバム」だからだという(私は『岩石庭園』のドラマティックなサウンドも好きだけど)。

 実際に聴いてみたら、初期3作に「連なる」というより、むしろこれまででいちばんシンプルでストレートなロック・アルバムになっている。キーボードとベースに比重が置かれていた(ゆえに「テクノ・パンク」と評されたりした)初期作品に比べ、このアルバムの中核を成すのはきらびやかでヘビーなギターなのである。
 パンク・ムーブメントの中に位置づけられて登場してきたリザードだが、本作はパンクというよりオルタナに近い感じ。躍動感に満ちてはいるが、ずっしりと重い音なのだ。
 刺すような毒気に満ちた、極上のロック・ミュージック。「だいじょうぶ」をもじった「Die-Job」なんて曲があったりして、歌詞の言語感覚もいかにもモモヨ氏らしい(全曲、作詞作曲は当然モモヨ氏)。
 
 やはりモモヨ氏はすごい。氏の才能はいまだ少しも涸れていない。昔のリザードが好きだった人なら、買って損はないアルバム。


↑リザードが79年にテレビ出演したときの映像。私は放映時にリアルタイムで見た。

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森健『脳にいい本だけを読みなさい!』

脳にいい本だけを読みなさい!― 「脳の本」数千冊の結論 (Kobunsha Business)脳にいい本だけを読みなさい!― 「脳の本」数千冊の結論 (Kobunsha Business)
(2010/02/19)
森 健

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 森健著『脳にいい本だけを読みなさい!――「脳の本」数千冊の結論』(光文社/1365円)読了。

 サイエンスを得意分野の一つとするジャーナリストの著者が、世にあふれる「脳の本」(専門書ではなく一般向けのもの)を片っ端から読みまくり、その中身を検証し、「脳の本」ブームの背景を探った労作。

 そう、「労作」という言葉が何よりふさわしい本である。
 「脳の本」を大量に読むだけでもたいへんなのに、著者はそのうえ、「脳の本」にかかわった人たちを多方面にわたって取材している。担当編集者、著者本人(苫米地英人の身もフタもないコメントは見もの)、著者以外の脳科学研究者、さらには書店員や読者に至るまで……。

 なおかつ、著者は読んだ「脳の本」から101冊を選び、本文下段に見開き一冊ずつの的確な短評を付している。
 本書に著者が費やした労力はすごいものだろうし、それに見合った情報量をもつ一冊になっている。ブックガイドとしても有益だし、「脳の本」という切り口から見た現代社会の一断面図としても興趣尽きない。

 下段の短評は、内容に応じて「脳の本」が5つのタイプに分類されている。
 そのうち、「疑似科学系」「生き方・自己啓発系」「タイトル系」(著者が脳の専門家ではないのに、版元の「売らんかな」でタイトルに脳の一字がくわえられたタイプ)に分類されたものについては、私は手を出さないようにしようと思う。「脳科学系」(つまり本格派)に分類されたもののうち、面白そうなものを読んでみよう。

 「脳の本」の中にはトンデモ本や首をかしげる内容のものも多く、それらの本に言及するときの著者の筆鋒はアイロニカルで鋭い。
 たとえば、一連の「脳トレ」本を検証したくだりで、著者はこう皮肉ってみせる。

 パズルをやっても、計算をしても、間違い探しをしても、小説を読んでも、写経をしても脳を鍛えることができるのであれば、それは日常生活と変わりはないのではないか



 また、次の一節は私のツボにはまり、読んでいて爆笑してしまった。

 昨今の「脳の本」は脳という難解な対象を扱いながら、仕組み的な解説をほとんど端折ってしまっているものが多い。一足飛びどころか十足飛びくらいの丸めた解説で結論に至ってしまうので、たとえて言えば、「日本の戦後史とはどういうものか」という解説を「いろいろあった」と答えるくらい乱暴なものもあるのだ。


 
 「脳の本」が依拠する「脳科学の常識」に、すでに科学的に否定されたものが多い、という話も目からウロコ。たとえば、「脳は10パーセントしか使われていない」という“常識”については、次のように指摘されている。

 この説の起源はアインシュタインがインタビューで答えたことと、彼が根拠とした当時の稚拙な脳研究に基づいている。(中略)脳全体の動きがある程度可視化されている今日では、領域によって強弱はあるものの脳は全体に各所で神経伝達を行っていることがわかっており、この説は明確に誤りだと断じられている。



 もっとも、本書は「と学会」のトンデモ本シリーズとは違い、トンデモ本を笑い飛ばすことが眼目ではないので、評価すべき良書はきちんと評価している。
 池谷裕二氏の著作に一貫して高評価を与えている点は大いに賛同したいし(本書によれば、「池谷氏の著作については同じ研究者の間でも非常に評価が高い」そうだ)、著者が「この数年でもっとも良質な『脳の本』」と絶賛する『つぎはぎだらけの脳と心』はぜひ読んでみたいと思った。

 全体に、軽妙さと真面目さがバランスよく配合され、読みやすくてためになる好著。「脳の本」をよく読む人にとってはよき羅針盤となるだろう。

 ちなみに、本書のタイトルはベストセラー『「脳にいいこと」だけをやりなさい!』のもじり。アイキャッチであると同時に、痛烈な皮肉もこめられている。

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黒羽幸宏『神待ち少女』

神待ち少女神待ち少女
(2010/02/16)
黒羽幸宏

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 黒羽幸宏著『神待ち少女』(双葉社/1260円)読了。

 「神待ち少女」とは、自宅に泊めてくれる見知らぬ男=「神」(「泊め男」ともいう)を探している家出少女のこと。なるほど、「神待ち」でググってみたら、大量の「神待ち掲示板」がヒットした。

 「なんだ、援助交際のことか」と思う人もあろうが、援交と「神待ち」は似て非なるものである。

 援交が売春であるのに対し、「神待ち」では少女は男に泊めてもらい、食事を食べさせてもらうだけで、性行為は介在しない(少なくともタテマエ上は)。
 また、援交の主舞台はラブホであろうが、「神待ち」では独身男性の自宅が主舞台となる。少女に一夜の宿と食事を提供し、その肉体的見返りを求めないからこそ、男たちは「神」と呼ばれるのだとか。

 そうだったのか。私も「神待ち」という言葉だけは知っていたが、援交との違いは本書で初めて知った。目からウロコ。

 本書は、『週刊プレイボーイ』などを舞台に活躍するライターが、「神待ち少女」たちと彼女らを泊める「神」たちを取材したノンフィクションである。
 著者は、15年におよぶライターとしてのキャリアの中で、もっぱらオンナがらみの軟派系記事を手がけてきた人だそうだ。1990年代の「援交ブーム」のころには、援交少女たちも多数取材したとか。

 本書には、そうしたキャリアが見事に活かされている。著者は、「神待ち少女」とかつての「援交少女」たちの違いを、自らの取材体験をふまえて語れる人なのだ。また、「神待ち少女」たちの心を開き、本音を引き出すにあたっても、豊富な取材経験がものを言ったに違いない。

 地の文にあまり魅力がないし、ときどき登場する著者の「自分語り」もウザいが、そうした瑕疵を補って余りある美点をもった作品だ。

 美点の第一は、登場する「神待ち少女」たちの話す言葉が、例外なくいきいきとしていること。よそいきの言葉、作り物の言葉ではなく、ビデオカメラで少女たちの話をそのまま記録したようなリアリティーがある。たとえば――。

 家出少女たちは、コインロッカーのことを「タンス」と呼ぶのだという。

「街中にタンス増えてるから宿無しにはありがたいよ。ほら、家出してたり、難民している女の子ってキャリーバック持ってるでしょ? あれは便利だけど、日雇い仕事とか見つかると不便なんだよね。(中略)だからね、仕事があるときはタンスに突っ込んでいくんだよ」



 ううむ、リアルだなあ。
 
 そして、私にとって「神待ち少女」の生態より衝撃的だったのは、彼女たちの口を通して、また著者の取材を通して浮かび上がる「神」たちの無惨な実像である。
 ある「神待ち少女」は、これまでに出会った「神」たちの共通項を、次のように語る。

「素人童貞か挙動不審な男ばかりだよ。まともに目を見て話せない感じだもん。たまにまともな神もいるけど、自分に自信がないのが私ですらわかるくらいだから」
(中略)
「だめ~な人生を送ってきた感じ。運がなくって、不幸で、がんばる術も知らなければ、がんばる力もない。ずっとうだつの上がらない人生を送ってきたんだろうなってわかる。そんな人ばっかだよ」



「泣きながら私に抱きついてくる人もいる。でも、勃起しているの。結局はエロ系なんだって思うとちょっとむかつくけど、拒否すればそれ以上は求めてこないから」

 

 著者は「どういう人生を歩むと、弱った未成年の女の子を自宅に泊め、あげくのはてに下半身を膨らませて、泣いて甘えるようになるのだろうか」とあきれている。いや、まったくだ。

 要するに「神待ち」とは、援交ブームから15年を経て生まれた、さらに歪んだ援交の形――“「社会的弱者」同士による最下層の援交”なのである。
 「神」たちは、あたりまえだが善意から家出少女を泊めるわけではない(笑)。下心満々で、そのくせいろんな意味で弱いから、「神待ち少女」たちにすら見下され、いいようにあしらわれるケースが多いのだろう。

 「少女たちも男たちも、日本人はどんどん劣化しているのかもしれない」と、暗澹たる読後感を残す衝撃のノンフィクション。

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中村うさぎ『狂人失格』

狂人失格 (本人本)狂人失格 (本人本)
(2010/02/04)
中村うさぎ

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 中村うさぎ著『狂人失格』(太田出版/1470円)読了。
 こわいもの見たさで読んでみた(笑)。

 雑誌『本人』連載中から話題を呼んだ、“小説風エッセイ”である。
 中村うさぎが作家志望の女性とかかわり、彼女の特異な性格に振り回された顛末を描いている。実体験に基づいてはいるものの、相手の女性の名前は変えてあるし、おそらくは多少フィクションも加えてあるのだろう。ゆえに“小説風エッセイ”と呼んでみた。

 本書のもう1人の主人公・優花ひらりは心を病んでいるらしく、妄想傾向があり、言動も常軌を逸している。そこから巻き起こる騒動を描いた作品に『狂人失格』とタイトルをつけるのだから、相当にキワドイ一冊だ。

 ただ、これまで自分の暴走ぶり(買い物依存症やホスト狂い、デリヘル嬢体験など)を赤裸々に書いてきた中村だけに、自らを高みに置いて優花を笑いものにするようないやらしさは皆無だ。むしろ、中村は優花の中に“もう一人の自分”“自分のネガ像”を見出し、一種のシンパシーすら寄せているのである。

 本書は、前半だけはたいそう面白い。まず第一に、女流作家という存在の底にあるドロドロをえぐり出して、異様な迫力に満ちている。
 自らの心の暗黒面を見つめる眼、そして、女流作家仲間を観察していびつな自己顕示欲を見透かす眼が、じつに容赦ないのだ。たとえば――。

 何かしらの自慢をせずにはいられない習性を持つ彼女たちは、ひとまず私の気持ちを慮って「賞」の話題から遠ざかったものの、今度は世にもグロテスクな自慢話に花を咲かせるのだった。
 それは、「キチガイ自慢」である。
「でもねぇ、私なんか、物書きになってなかったら、ただの狂人だもの。社会性ないし、常識ないし……」
(中略)
 ここで「狂人自慢」に花を咲かせる彼女たちの、恍惚とした自己肯定の笑みを見よ。狂っていることが「非凡の証」であり、「非凡」はすなわち「才能の証」である、と言わんばかりのご満悦ぶりを見るがいい。くそっ、こいつらにはホントに吐き気がするぜ!


 ナルシシズムとは、つくづく厄介な代物だ。自分を愛するためには他人を憎まずにはおられず、それを恥じて自分を憎む者こそが実は誰よりも熱烈に自分を愛している偽善者だったりするのである。



 優花ひらりとのかかわりがどれほどすごい“精神の修羅場”に至るのかと、読みながらドキドキした。なにしろ、本書の第1章で、中村は自ら優花にアプローチしたことを「人生最大の後悔」と呼んでいるほどなのだから……。

 ところが、後半になってだんだん尻すぼみ。あの中村うさぎがこの程度で「人生最大の後悔」をするのかと、拍子抜けもいいところ。
 最終章「イヴの娘たち」など、中村が優花をイヴやらメデューサやらになぞらえて大仰に語っているだけで、まったくの蛇足。

 前半のテンションで最後まで突っ走ってくれたら、傑作になったのに……。

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サイモン・シンほか『代替医療のトリック』

代替医療のトリック代替医療のトリック
(2010/01)
サイモン シンエツァート エルンスト

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 サイモン・シン&エツァート・エルンスト著、青木薫訳『代替医療のトリック』(新潮社/2520円)読了。

 世界的ベストセラーとなった『フェルマーの最終定理』などの作品で知られる科学ジャーナリストが、代表的な代替医療に科学のメスを入れた大著。
 共著者のエルンストは、代替医療分野における世界初の大学教授となった人。代替医療を含む医療の現場に長く身を置き、どの代替医療にどの程度効果があるのかを長年研究してきた人物なのだ。

 全6章のうちの4つの章では、ホメオパシー、鍼、カイロプラクティック、ハーブ療法にそれぞれ的を絞り、各一章を割いてその効果を検証していく。
 それ以外のさまざまな代替医療(アロマテラピー、指圧、リフレクソロジー、磁気療法から風水に至るまで)については、巻末に「代替医療便覧」なるコーナーがもうけられ、一つの療法につき見開き2ページで簡潔に判定を下している。

 著者たちの語り口は、この手の本にありがちな下品な告発調ではなく、ウイットに富んだ冷静なもの。医療史を鳥瞰しての興味深い逸話が随所で紹介されるなど、読者の興味を途切れさせない工夫も満載で、上質の科学読み物としても楽しめる。

 たとえば、第1章では「科学的根拠に基づく医療(Evidence-Based Medicine)」がなぜ大事なのかが解説されるのだが、印象的なエピソードが巧みに盛り込まれている。第1章だけでも、並の新書一冊分くらいの内容がつめ込んである感じ。
 ジョージ・ワシントンは、ただの風邪を治療するために何度も瀉血(かつては万病を治す治療法として広く行われていた)を施され、「一日と経たないうちに血液の半分を失っ」て死んだ……というエピソードは衝撃的だ。

 また、鍼治療について検証した章では、2003年にWHOが鍼の治療効果を認めた報告書が、じつは「衝撃的なまでの虚偽誇張」を含むものだったことが明かされる。「WHOの鍼調査委員会には、鍼に批判的な人物はただの一人も含まれず、鍼の効果を信じる人たちだけで構成されていた」のだという。

 WHOは、これまで通常医療に関しては立派な取り組みをしてきたが、こと代替医療に関するかぎりは、真実よりも政治的公正を重んじているようにみえる。その背景として、まず第一に、鍼を批判すれば、中国や、古代の叡智や、東洋の文化全般を批判したと受け取られかねないという事情がある。



 邦題(※)からもわかるとおり、著者たちは検証のすえ、ほとんどの代替医療の科学的根拠を否定している。みるからに怪しげなホメオパシーについては「まあ、そうだろうな」という感じだが、鍼やカイロプラクティックまでが全否定されるのにはちょっとビックリ。

※ちなみに、原題は「Trick or Treatment?」。もちろん、ハロウィンの合言葉「トリック・オア・トリート(Trick or Treat)」=「お菓子くれなきゃイタズラするぞ」のもじり。この原題も秀逸だ。

 著者たちが代替医療のいいかげんさをバッサバッサと斬り捨てていくさまは、痛快で面白い。
 ただ、読んでいてちょっと複雑な気分にもなった。というのも、じつは私は、ゴーストライターの仕事で代替医療関係の本も数冊書いたことがあるからだ(私はこれまでにゴーストで100冊以上の本を手がけている)。

 もっとも、だからといってそれらの代替医療を信奉しているわけでもないが、代替医療の関係者も直接知っているし、彼らが“救った”患者たちも知っているから、著者の主張に諸手を挙げて賛同する気にはなれないのである。
 「科学ですべてがわかるわけではないし、そもそも、現代医学ってそれほどご立派なものかい?」と、著者たちの「上から目線」に反発を覚えるところもある。

 だがそれでも、科学啓蒙書としての質の高さは認めざるを得ない。
 著者たちは、個々の代替医療を批判するのみならず、その背後にある構造にまで迫っている。代替医療は、いまや全世界で数兆円規模の市場に成長している。そこに群がるたくさんの人々がすべて無知蒙昧であるわけではなく、代替医療の“盛況”にはそれなりの背景要因があるのだ。

 代替医療は、「自然」で、「伝統的」で、「全体論的」な医療へのアプローチだといわれる。代替医療を擁護する人たちは、代替医療を選択する大きな理由としてこれら三つの中心原理をくり返し挙げるが、実は良くできたマーケティング戦略にすぎないことが容易に示される。代替医療の三つの中心原理は、誰もが陥りやすい罠なのだ。



 そして、たとえば代替医療の「自然だからよい」という主張については、次のように皮肉ってみせる。

 自然なものが良いとはかぎらず、自然でないから悪いともいえない。自然界には、ヒ素、コブラの毒、放射性元素、エボラ・ウイルスなどが存在しているが、ワクチン、眼鏡、人工股関節などはすべて人間が作ったものだ。



 今後、代替医療について考察する際の基本文献になり得る一冊。
 代替医療の検証を入り口に、「医療とは何か?」「科学とは何か?」という大テーマにまで読者を誘う奥深い本でもある。

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相対性理論『シンクロニシティーン』

シンクロニシティーンシンクロニシティーン
(2010/04/07)
相対性理論

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 本日発売の相対性理論のニューアルバム『シンクロニシティーン』(みらいrecords/2700円)を、さっそく買ってきた。

 前作『ハイファイ新書』は、個人的には昨年のベストワン・アルバムであった(→当ブログのレビュー)。そして本作も、本年マイベストワンに輝きそうな素晴らしい仕上がり。

 前作同様トータル・プレイング・タイムは30分台(ただし、本作は少し増えて39分半)で、ちと短すぎる気もする。が、曲が粒ぞろいなので、その短さがまったく気にならない。

 安直な評言を使ってしまうと、前作『ハイファイ新書』と、前々作にあたるミニアルバム『シフォン主義』を足して二で割った感じの音。前作の延長線上にあるエレクトロニカ的な浮遊感のある曲と、『シフォン主義』のようなロック色の強い曲が半々の割合で登場するのだ。

 たとえば、「気になるあの娘」は「スマトラ警備隊」路線だし、「シンデレラ」「チャイナアドバイス」「小学館」(このタイトルは前作の「テレ東」を彷彿とさせる)などは『ハイファイ新書』に入っていてもまったく違和感がないだろう曲だ。

 『ハイファイ新書』『シフォン主義』が気に入った人なら、本作も気に入ること間違いなし。
 やくしまるえつこ嬢のロリロリ・ウイスパーボイスの魅力も随所で炸裂。「ちょん切って みせるわ」「私百戦錬磨」(いずれも「(恋は)百年戦争」の一節)などという「決め」のフレーズの発声が、何度聴いても耳に心地よい。

 ポップでキャッチーなメロディと、よく聴けば複雑な凝りまくったアレンジ――その2つがどの曲においても無理なく両立しており、そこがすごい。七色のギターと、変幻自在のリズム隊。そして見事なアンサンブル。なんと心地よい音。

 捨て曲なしのアルバムで、どの曲もよいのだが、とくに「ミス・パラレルワールド」「人工衛星」「チャイナアドバイス」「気になるあの娘」「ムーンライト銀河」あたりは100回連続聴き倒したいほどの超キラーチューン。



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佐藤史生さん逝去

ワン・ゼロ (1) (小学館文庫)ワン・ゼロ (1) (小学館文庫)
(1996/10)
佐藤 史生

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 マンガ家の佐藤史生さんが、4月4日にガンで亡くなられたそうだ。

 一般には『ワン・ゼロ』『夢見る惑星』で知られているだろうが、個人的にいちばん思い入れがあるのは、初期のSF短編を集めた『金星樹』だ。表題作や悪魔マンガの秀作「レギオン」など、粒ぞろいの内容で、いまはなき奇想天外社から出たコミックスを何度となく読み返したものだ。

 「ポスト萩尾望都」になり得る才能の持ち主だったと思うが、萩尾望都よりマニアックな作風ゆえ、最後まで人気マンガ家にはなりきれなかった。
 だが、理知的で独創的な作品の数々は、今後も長く読み継がれるに違いない。「消えたマンガ家」内田善美の作品にいまなお熱狂的ファンがいるように……。

 なお、この件に関してネット上に飛び交う情報の多くは、佐藤さんの友人であったマンガ家・坂田靖子さんのサイトの告知エントリに依拠している。
 新聞の訃報欄には載らなかったのだろうか?(※)
 同エントリの、「佐藤史生先生は現在、連載誌や掲載誌がなく」という一節が哀しい。

※『読売新聞』に訃報が載ったことにあとから気づいたが、哀しくなるほど小さい扱いだった。

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『しとやかな獣』

しとやかな獣 [DVD]しとやかな獣 [DVD]
(2005/09/23)
若尾文子伊藤雄之助

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 第一生命の株を顧客配布でもらったので、上場初日にとっとと売却。

 株の売買自体初体験なので、電話で証券会社の人と話すにも相手の使う専門用語がいちいちわからず、「すいません。ちょっと意味がわからないのですが……」と何度も言ってしまった。
 第一生命株の上場で、私のように要領を得ない「いちげんさん」客が大量発生したわけだな(笑)。いや、ご苦労様です。

 いくらになったかを書くのは差し控えるが、思わずニンマリしてしまう額ではあった。
 ただ、「これを機に株を始めてみようか」などとは微塵も考えない私である。株なんてしょせんバクチだし、私は自分に博才がまったくないことを、過去の経験からしみじみ思い知っているので……。

 アブク銭なので、欲しかったものをいろいろ買って使い果たしてしまおうと思う。

-------------------------

 ケーブルテレビで録っておいた『しとやかな獣』を観た。川島雄三監督による1962年作品。

 川島の『幕末太陽傳』は私のお気に入り映画だが、もう一つの代表作である本作は初見。
 団地の一室で展開される物語は、優れて演劇的(じっさい、舞台劇化される機会も多いようだ)。凝りに凝ったカメラワークにワクワクする。

 元海軍中佐を中心とした詐欺師一家の、奇妙な生活が核となる物語。息子は会社の金を使い込み、娘は流行作家の妾となり、父母(伊藤雄之助と山岡久乃)はそれを容認するどころか、もっと金を搾り取れとけしかける。

 息子が金を使い込んだ会社の社長や、娘が妾をしている作家に怒鳴り込まれても、両親は慇懃無礼な態度でのらりくらりとその場をしのぐ。その不釣り合いなまでにていねいな言葉遣いは、まさに「しとやかな獣」と呼ぶにふざわしい。

 そして、その詐欺師一家の上をいく「しとやかな獣」ぶりで観る者を圧倒するのが、息子の会社の会計係として登場するヒロイン(若尾文子)である。男という男を手玉にとり、金を貢がせては、自分はけっして手を汚さない、見事なまでの悪女――。

 公開当時としては、ものすごく斬新だったであろう映画。半世紀近くを経たいまなお新鮮。
 当時は団地住まいがむしろステータスであったというあたりに、時代の流れを感じる。

 軽妙洒脱なブラックコメディだが、ときおり笑いの底に透けて見える暗さ・重さが川島らしい。
 「戦時中のみじめな暮らしに戻りたいのか? あんなのは人間の暮らしじゃないよ」と父親が言うと、家族全員がサッとシリアスな表情になるあたり、すごく印象的。
 『幕末太陽傳』でも、軽口ばかり叩いているフランキー堺が血を吐いて暗い表情をするワンシーンが心に残った。

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矢部孝・山路達也『マグネシウム文明論』

マグネシウム文明論 (PHP新書)マグネシウム文明論 (PHP新書)
(2009/12/16)
矢部 孝山路 達也

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 矢部孝・山路達也著『マグネシウム文明論―-―石油に代わる新エネルギー資源』(PHP新書/756円)読了。

 早晩枯渇が予想される石油に代わって、次世代の文明を支える主要エネルギー資源とは何か? そんな問いに対して、驚くべき答えを出す一冊。
 「マグネシウム循環社会」の実現こそ、エネルギー問題、水不足問題、地球温暖化問題を一気に解決する起死回生・一石三鳥の打開策である……著者たちはそう言うのだ。

 本書は、東工大教授である矢部の研究について、ライターの山路が聞き書きでまとめたもの。ゆえに、専門的知識についてもわかりやすく咀嚼されており、とくに科学知識がなくても理解できる。

 石油に代わるエネルギー資源といえば、太陽光発電、水素エネルギー、リチウムイオン電池などが候補として挙げられてきた。だが、それらはいずれも石油に比べて大きな欠点があり、決定打となっていないのはご存じのとおり。
 たとえば、太陽光発電で日本のエネルギーをまかなおうとすれば、国土の6割を太陽電池で覆わねばならず、現実的ではない。「水素エネルギー社会」にすれば地下が水素貯蔵タンクだらけになり、危険すぎる、というふうに……。

 だが、マグネシウムなら石油に代わるエネルギー資源になり得るという。
 そもそも、マグネシウムをエネルギー源とするということ自体初耳だが、「『燃料』として見た場合、マグネシウムは理想的な物質」なのだという。産み出される熱量は石炭よりやや低い程度にのぼり、しかも燃やしても無害な酸化マグネシウムになるだけで、有害物質を発生させないのだ。

 にもかかわらず、これまでエネルギー源として利用されてこなかったのは、マグネシウムが石油などに比べ稀少で高価だったためだ。

 だが、海水にほぼ無尽蔵に含まれるマグネシウムを抽出し、それを太陽光を使ったレーザーで精錬すれば、金属マグネシウムが安価に大量生産できる。しかも、燃料として使用したあとに出る酸化マグネシウムは、精錬すれば金属マグネシウムに戻り、再度燃料として利用できる。さらに、海水からマグネシウムを抽出する過程で大量の淡水が生まれ、世界的水不足も解決できる。
 そして、これらのサイクルの中では、温室効果ガスは発生しない。

 なんだか夢のような話だ。しかし矢部によれば、これは夢でもSFでもなく、ごく近い将来に実現可能なことなのだという。

 「太陽光励起レーザー」とそれを用いた「レーザー精錬法」、「マグネシウム燃料電池」、そして、海水からマグネシウムを取り出すための低コストの「淡水化装置」。これらの装置はすべて実際に研究が進展しており、一部はすでに実用化されています。



 あらゆる交通機関も動力源を「マグネシウム空気電池」に置き換えられ、マグネシウムを核にクリーンな循環社会が実現する……まことに壮大なヴィジョンである。

 著者たちの主張の当否、実現可能性の高低は、私には判断しかねる。が、未来に希望がわいてくるような一冊で、読んでいてワクワクした。

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前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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