『やわらかい生活』

やわらかい生活 スペシャル・エディション [DVD]やわらかい生活 スペシャル・エディション [DVD]
(2007/01/26)
寺島しのぶ豊川悦司

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 ケーブルテレビで録画しておいた『やわらかい生活』を観た。
 絲山秋子のデビュー作『イッツ・オンリー・トーク』を、廣木隆一監督が映画化したもの。

 原作者と脚本家(荒井晴彦)の間で訴訟沙汰まで起きた、いわくつきの作品である。
 絲山はこの作品がよほど気に入らなかったらしく、脚本が『年鑑代表シナリオ集』の収録作品に選ばれると、「脚本を活字として残したくない」と出版を拒否。そのため、荒井とシナリオ作家協会側は「出版拒否は契約違反」として、絲山を相手取って提訴したのである。

 絲山も大人げない気がするが、映画を観てみたら、彼女の気持ちもちょっとわかった。これは、たしかに原作とはまったく別物。よくも悪くも荒井晴彦のテイストのほうが強烈で、絲山のテイストは感じられない作品なのである。

 前半こそ基本的に原作に沿っているが、後半に入ってヒロインの寺島しのぶとトヨエツが同棲し始めてからは、もう原作はどっかいっちゃった感じ。

 風呂なしアパートで同棲して銭湯に通うあたりの展開は、まるで『赤ちょうちん』か『神田川』のよう。
 原作は、ヒロインが躁鬱病という設定ではあるものの、乾いたユーモアもちりばめられ、どこかスラップスティックな印象の小説である。ところが、この映画は終始じめじめとして陰鬱で、「昭和の香り」「1970年代前半の香り」がムワッと匂い立つようなのだ。

 監督・廣木隆一、脚本・荒井晴彦、主演・寺島しのぶといえば、佳編『ヴァイブレータ』と同じ組み合わせである。
 ヒロインのタイプも似ているし、この映画の後半は、ほとんど『ヴァイブレータ』の悪しき自己模倣といった趣。『ヴァイブレータ』は観終わったあとにある種の爽快感があったが、この『やわらかい生活』は後味が悪いったらない。

 寺島しのぶという女優の強みは、隣に住んでいる女のような生々しい存在感にあるはずだ。傑作『赤目四十八瀧心中未遂』や『ヴァイブレータ』では、それが見事に活きていた。
 だが、この『やわらかい生活』では、その強みがむしろマイナスに作用してしまっている。あまりにも生々しすぎて、ヒロインが躁鬱病で苦しむ様子などが、正視に耐えないほど痛々しいのだ。鬱傾向のある人がこの映画を観たら症状が悪化しそうで、心配になるほど。

 タイトルとDVDジャケットの印象から、「ほんわか癒し系映画」だと思い込んでこの映画に手をのばす人も多いことだろう。その場合、事故に遭ったような失敗感を味わう羽目になる(笑)。罪作りな映画である。

 いいシーン、いいセリフもないではないが(ヒロインが、火事で死んだ両親のことを「阪神大震災で死んだ」と偽るあたり、面白い潤色だと思った)、総じて荒井晴彦の悪いところばかりが出てしまった印象。

 とくに、ラストのひどさには唖然。なんかこう、脚本家と監督が「もうこんな映画どうでもいいや」とやけくそになって投げ出したようなシーンとセリフなのだ。

 あえてネタバレしちゃうと、ヒロインのケータイに親戚のおじさんから電話がかかってきて、田舎に帰ったトヨエツが死んだことを知らされるわけ。で、カメラは電話を受けているヒロインの背中をただボーッと映しているだけ。
 そのときの寺島のセリフが、「え? 祥ちゃんが? お酒飲んでて、車で海に落ちて……? 離婚届にサイン、おじさんに保証人のサインもらいにきて、そのあと……」みたいな、究極の説明ゼリフなのである。梶原一騎の劇画原作以外でこんなスゴイ説明ゼリフを見たのは初めてだ。

 推測するに、絲山秋子は試写でこのラストシーンを観た瞬間、堪忍袋の緒がプツンと切れたのではないか?

■関連エントリ
『イッツ・オンリー・トーク』レビュー
『ヴァイブレータ』レビュー
『赤目四十八瀧心中未遂』レビュー

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鹿島茂『勝つための論文の書き方』

勝つための論文の書き方 (文春新書)勝つための論文の書き方 (文春新書)
(2003/01)
鹿島 茂

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 鹿島茂著『勝つための論文の書き方』(文春新書/735円)読了。

 大学教授として四半世紀にわたって学生たちに卒論指導をしてきた著者が、その経験をふまえ、基礎の基礎から論文作法をレクチャーする一冊。

 「作文と論文はどこがどう違うのでしょうか?」などという初歩から説き起こしながら、読み終えるころには論文執筆の勘どころが一通りつかめるようになっている。

 そして、本書に説かれた論文作法の多くは、我々ライターが本や記事を書く際のコツとしても応用可能だ。
 たとえば、著者は「良い論文」の条件として次のようなことを挙げる。

 良い論文が書けるか否かは、一にも二にも、良い問いを見いだせるか否かにかかっています。論文の命はまさにここにあります。ですから、いいかげんな問題設定で論文を書き始めることだけは厳に戒めなければなりません。逆に、良い問いが見つかったら、七、八○パーセントはすでに論文が書けたと考えていいでしょう。あとは、論理的に答えを導くということを心掛ければ、それで自然と結論に至るわけです。
(中略)
 しかし、できるなら、その結論も非常に意外性があって、びっくりマークで終わるなら、こんなに望ましいことはありません。つまり、「?」で始まって「!」で終わることができるなら、これこそが理想的な面白い論文だということができるわけです。



 これはそのまま、「良いノンフィクション作品の条件」としてもあてはまるだろう。
 また、次のような指摘は、論文にかぎらず、あらゆる分野の本の書き手が肝に銘ずるべきことだろう。

 論文を書き終わった瞬間というのは、自分の論文の欠陥が一番はっきりと見えてくるときなのです。ここはああすればよかった、いや、ここもいかにも論証が甘い、この部分は論理の展開に無理がある、などなど、書いた当人が最も明晰に欠陥を意識し得る立場にいるのです。
 したがって、本当に良い論文を書きたいと思ったら、論文を書き終えた瞬間に、そこからもう一度、初めから書き直すのがベストなのです。



 著者自身も、本書のテクニックをさまざまな分野に応用することを推奨している。次のように……。

 いま述べてきたような論文の序論の書き方は、そっくりそのまま、会社でサラリーマンが企画書を作成するときにも、また起業家がベンチャー・キャピタルから出資を募るときにも使えます。



 全編の通奏低音となるのは、“学術論文であっても、読む者の心を惹きつけ、退屈させないためのテクニックを駆使することは、やはり必要だ”という、著者の論文観である。
 私自身はその論文観に同意する。が、読者を退屈させない工夫などとは無縁の無味乾燥な論文のほうが、圧倒的に多い気がするなあ。

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林家こん平さんを取材

チャランポラン闘病記――多発性硬化症との泣き笑い2000日チャランポラン闘病記――多発性硬化症との泣き笑い2000日
(2010/03/19)
林家 こん平

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 このところ、すごく忙しい。2、3月とまったく休みがなく、いまだ確定申告すらしていないほど(還付金が戻ってくる立場の場合、多少期限に遅れても平気なのである)。

 今日は、午前中に息子の小学校卒業式。午後は都内某所で落語家の林家こん平さんを取材。
 明日、あさっては大阪と西宮で取材(一泊二日で2件の取材をする)。

 こん平さんへの取材は、先週発刊された『チャランポラン闘病記――多発性硬化症との泣き笑い2000日』(講談社/1470円)の著者インタビュー。

 2004年に難病・多発性硬化症に倒れ、落語家にとって命同然の「言葉」が突然不自由になってしまったこん平さん。その「運命の日」からの2000日に及ぶ闘病を綴り、同時にこれまでの人生も振り返った一冊。

 タイトルは、こん平さんのトレードマーク「チャラ~ン!」との掛け言葉。そしてまた、闘病記なのに随所に「笑い」が盛り込まれた本書の特長を表したものでもある。

 「芸人はお客様を喜ばせなければいけない」――師匠のこの教えは、私の座右の銘になっています。



 そんな一節が本書にあるとおり、たとえ闘病記であっても、読者を楽しませ、喜ばせずにはおかないあたりが落語家魂なのだ。

 これは、すごくよい本だった。こん平さんの闘病を支えるご家族やお弟子さんたちなど、周囲の人々との「絆」が感動的だし、落語家として一家をなすまでの道のりは波瀾万丈でドラマティック。副題のとおり泣けて笑える本で、テレビドラマ化したらよいと思った。

 私は4年ほど前に落語家の三遊亭小遊三さんを取材したことがあるが、その際、『笑点』仲間であり卓球仲間でもあるこん平さんについて、「早く元気になってもらって、また一緒に卓球がしたい」と言われていたのが印象的だった。
 こん平さんは見事に難病を乗り越え、いまでは卓球でも160回もラリーがつづくまでに快復されたという。

 日本だけで1万3000人にのぼるという多発性硬化症の患者さん、そしてそのご家族にとっては、この本自体が力強い励ましとなるだろう。

 多発性硬化症にかぎらず、「病気とどう向き合ったらよいか」の一つのお手本が、ここにはある。病気は、人生の「よい方向転換」をするための好機にもなる。好機にできるか否かは、病気との向き合い方一つなのである。 

 
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LEO今井『Laser Rain』

Laser RainLaser Rain
(2009/04/22)
LEO今井

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 LEO今井の『Laser Rain』を聴いた。
 先日聴いてすごくよかった『Fix Neon』(→レビュー)につづく、昨年発表のセカンド・アルバムである(彼はほかにインディーズでもアルバムを発表しているが)。

■収録曲目
1. Synchronize
2. Connector
3. Fit Of Love
4. Time Traffic (Leo fu Mix)
5. Laser Rain
6. You Me Electricity
7. Taxi
8. High Speed Window
9. Lemon Moon
10. Word
11. Synchronize (Synchronized Doubling)



 このアルバムもよかった。シングルカットされた「Synchronize」「Taxi」と、それに「Connector」あたりはまさにキラーチューン。ファーストがそうであったように、J-POPの枠を超えた英国テイストの極上ポップ・ミュージックである。





 ただ、前作と比べると、少し一般受けを意識しているようで、ややエッジが削られてしまった印象を受けた。
 たとえば、タイトル・ナンバー「Laser Rain」など、甘い音色のサックスを使ったりして、まるで一昔前の「シティ・ポップ」のような味わい(いや、いい曲ではあるのだが)。また、前作の「Metro」のようなハードなロック・チューンは一曲もない。
 それに、全体に歌詞における英語の比重も減っているし、曲によっては普通のJ-POPみたいな曲、さらには歌謡曲みたいな曲(!)まであったりする。

 推測するに、ファーストアルバムがあまり売れなかった(と思う)から、「もっと売れ線のアルバムを作れ」という圧力がLEO今井には相当かかったのだと思う。メジャーなレコード会社から、かなりプロモーションに力を入れられてアルバムを出している立場としては、そうした声にある程度応えざるを得ないのだろう。

 私としてはよりエッジーな『Fix Neon』のほうが好みだが、このアルバムも十分に傑作だ。
 なんとか売れてほしいと思うし、何かきっかけがあればブレイクする可能性を十分に秘めたアーティストだろう。ふだんJ-POPなど聴かない洋楽ファンにこそオススメ。

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森雅裕『推理小説常習犯』

推理小説常習犯―ミステリー作家への13階段+おまけ (講談社プラスアルファ文庫)推理小説常習犯―ミステリー作家への13階段+おまけ (講談社プラスアルファ文庫)
(2003/04)
森 雅裕

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 森雅裕著『推理小説常習犯――ミステリー作家への13階段+おまけ』(KKベストセラーズ/講談社プラスアルファ文庫)読了。

 小谷野敦がブログの「森雅裕の不遇について」というエントリで紹介していたのを読み、興味を抱いて手を伸ばした本。
 買おうと思ったらすでに絶版らしく、中古で高値(といっても2~3000円程度だが)がついていたので、図書館で借りてきて済ませてしまった。

 乱歩賞作家のこの著者のことは名前だけ知っていたが、小説は一作も読んだことがない。が、本書はたいへん面白かった。
 私が読んだKKベストセラーズ版のカバーそでの紹介文を引用する。

 森雅裕といえば、「チャンドラーも裸足で逃げ出す」「不毛の愛を描かせたら当代随一」と一部で評価されながら、「トラブル・メーカー」「社会不適応者」と大部分で非難されてきた。この現代ミステリー界の謎の真相が、本書によって明らかとなる。



 本書は、前半こそいちおう「推理小説の書き方入門」の体裁をとっているが、後半に近づくにつれて、作家として編集者等から受けた冷たい仕打ちを暴露し、ミステリー業界の体質を批判する内容になっていく。
 「業界」といっても、その多くが講談社(社名はぼかしてあるが)の担当編集者たちに向けられた批判と呪詛なのだが、そこにこめられたルサンチマンの熱量がものすごく、思わず一気読みしてしまう迫力がある。
 何点か引用してみよう。

 仕事を一方的にキャンセルされることなどは日常茶飯事である。こちらが原稿を書き上げても、何もいってこない。とにかく渡そうと電話すると、「あとで電話します」といわれたきり、しらばくれられ、しつこく電話しようものなら、「あんたは作家として失敗した。終わったんだ」といわれ、「しかし、そちらから依頼してきた原稿じゃないですか」と抗議すると、「こっちは忙しいんだ!」と切られてしまう。

 

 驚いたことに、「あの作家は俺が育てた」と自慢するのではなく、「あの作家は俺がつぶしてやった」と自慢する編集者さえいる。



 編集者の中には、担当している作家が死んでも、その葬式にも行かない人たちがいる。「作家の家族の葬式なら、参列しますけどね」などと、うそぶく。だが、ある有名作家の父親が亡くなったとき、その作家をかつてはドル箱としてもてはやしていた某社から、誰も出席しなかった。「もう、あの人の本は売れないから」が理由だった。



 「トラブル・メーカー」「社会不適応者」などと書いてあったからホサれたのは著者のほうに問題があったのかと思ったが、本書を読むかぎり、編集者たちの対応のほうがはるかに問題ありである(もちろん、編集者側には別の言い分があるのだろうが)。

 私も広い意味では同じ業界で生きているから、小説家という職業の華やかならぬ現実も少しは見知っているが、それでも、作品が売れなくなった小説家がこれほど無下に扱われるというのは、衝撃的だ(もっとも、小谷野も書いているように、講談社批判に満ちた本書が講談社から文庫化されたのは不思議だが)。
 
 著者が小説家としてホサれた果てにコンビニ店員をして糊口をしのぐさまを描いた本書の続編(なのかな?)『高砂コンビニ奮闘記』も、ぜひ読んでみたい。

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末延芳晴『寺田寅彦 バイオリンを弾く物理学者』

寺田寅彦 バイオリンを弾く物理学者寺田寅彦 バイオリンを弾く物理学者
(2009/11)
末延 芳晴

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 末延芳晴著『寺田寅彦 バイオリンを弾く物理学者』(平凡社/2835円)読了。

 物理学者として第一線で活躍しながら、夏目漱石の高弟の1人として文学にも大きな足跡を遺した、「文理融合の知」の代名詞・寺田寅彦。とくに、芸術的香気と科学的精神を見事に調和させた随筆の数々は、いまなお人気が高い。

 だが、彼が生涯バイオリンを弾きつづけたことは、あまり知られていない。本書は、「バイオリンを弾く」をキーワードに、寅彦の生涯と作品を読み解いた風変わりな論考である。
 寅彦に関する評伝・評論はこれまでにも多いが、バイオリンとのかかわりをフィルターにその文学の本質に迫ろうとしたものは、本書以外にない。

 この著者の本は、『森鴎外と日清・日露戦争』と『荷風のあめりか』の2冊を読んだことがある。そのうち、『森鴎外と日清・日露戦争』はかなり面白く、力作だと感じた(→当ブログのレビュー)。

 だが、本書はイマイチ。企画としては面白いのだが、苦しいこじつけといらざる深読みばかりが目立つ。帯の惹句には「ミステリーを読むような無類の面白さ」とあるが、これは大げさすぎ。
 
 こじつけと深読みの例を挙げよう。
 著者は寺田寅彦の生涯から、音楽にかかわるエピソードを洗いざらい引っぱり出し、そこに独自の解釈をくわえていく。その解釈が、笑っちゃうほどこじつけくさいのだ。
 寅彦は3歳か4歳のころ、自宅の庭の木に登って太鼓を叩いた。それが音に関する最初の記憶なのだという。そのことを、著者は次のように解釈してみせる。

 幼い寅彦が自覚していたかどうかは別にして、寅彦は「この世」と「あの世」の境にいて、「あの世」にいるはずの何ものかを呼び戻そうとしていたように読める。あるいはまた、寅彦の方から自分が置かれた危機的状況を伝え、知らせようとしているようにも読める。


 おのれの存在を超えた大きな何者かを呼び出し、その胸に抱き止められ、合体することで世界との亀裂を埋め合わせたい、との本能的願望のなせる業ではなかったか。



 木に登って太鼓を叩いたというだけのことを、よくまあそこまで深読みできるものだ。幼児のすることにそんな大層な理由があるものか。

 著者の「解釈」は終始そんな調子で、読んでいて鼻白んでしまうのだが、全編つまらないわけではなく、中には卓見もある。
 また、著者の「解釈」は読み飛ばして事実関係だけを読んでいけば、寅彦の伝記としては質の高いものだと思う。

 寅彦というのは、やはり興味深い人物である。とくに、時代のはるか先を読む先見性には驚かされる。
 寅彦は現代の生命科学にいう「アポトーシス」や複雑系科学の「フラクタル」の概念にごく近い発想をすでにもっていたそうだが、音楽についての感覚も時代に先んじていた。
 たとえば、波の音や小川のせせらぎなどを録音したレコード、すなわちいまでいう「リラクセーションCD」のようなものをすでに着想し、そのアイデアを随筆につづっていたのである。

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カーズ『ORIGINAL ALBUM SERIES』

5CD ORIGINAL ALBUM SERIES BOX SET5CD ORIGINAL ALBUM SERIES BOX SET
(2010/02/27)
The Cars(カーズ)

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 カーズの『ORIGINAL ALBUM SERIES』を購入。

 『ORIGINAL ALBUM SERIES』というのは、英ライノから発売されている、ワーナー系列の大物アーティストのオリジナル・アルバム5枚を1セットにしたボックス・セット・シリーズ(→シリーズ・ラインナップ)。5枚セットなのに新作CD1枚程度の激安価格だ。

 同じような廉価版ボックス・セット・シリーズに『Original Album Classics』というのがあるが、あれは英SONY/BMG系だった。

 激安だけに、ボックス・セットといっても非常にチープな作り。ブックレットはおろか、歌詞カードもライナーもなく、ボックスは薄い紙箱で、CDは簡素な紙ジャケに裸のまま入れられている。そのへんは『Original Album Classics』と同じ。紙箱はこの『ORIGINAL ALBUM SERIES』のほうがさらに薄く、まるでキャラメルの箱のような作りだ。

 しかし、音質的には問題ないし、ただ聴く分にはなんの不満もない。

 『Original Album Classics』シリーズは5枚のアルバムのセレクト基準がよくわからなくて、そこが私は不満なのだが、『ORIGINAL ALBUM SERIES』のほうは1stから5thまでを素直にセレクトしているものが多くて、好感。
 このカーズのものも、1st『錯乱のドライヴ』から5th『ハートビート・シティ』までが入っている。

 カーズは昔好きだったバンドで、各アルバムはLPレコードで愛聴したものだが、CDでは1枚も持っていなかった。これはよい買い物だった。

 ちなみに、彼らの最大のヒット作は『ハートビート・シティ』だが、私はロイ・トーマス・ベイカーがプロデュースした『錯乱のドライヴ』がいちばん好きだ。このアルバムは、発表から30年以上を経たいま聴いても、十分オシャレでゴキゲン。プラスティックな感覚の未来派ロックンロールという趣で、デビュー作とは思えない完成度と独創性だ。

 ところで、リック・オケイセックとともにカーズの中心人物だったベンジャミン・オールって、いまから10年も前に癌で夭折してしまったのだね。ああ、諸行無常。

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ジミ・ヘンドリックス『ヴァリーズ・オブ・ネプチューン』

ヴァリーズ・オブ・ネプチューンヴァリーズ・オブ・ネプチューン
(2010/03/10)
ジミ・ヘンドリックス

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 昨日は、取材で仙台へ。日帰りなので観光する余裕はなく、昼に牛たん定食を食べ、夕食に三陸産の寿司を食べて、食事だけ仙台気分を味わった(笑)。

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 ジミ・ヘンドリックスの『ヴァリーズ・オブ・ネプチューン』がアマゾンから届いた。
 
 未発表曲・未発表テイクを集めた“ニュー・アルバム”である。没後40年を経てなお、ジミの未発表曲があったことに驚かされる。

 アマゾンの内容紹介を引用する。
 

 2010年作品。未発表を全12曲収録したスタジオ録音作品。1969年の2月から3月にかけてジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのメンバーで録音した10曲が中心になっており、彼の全ての未発表の中でもっとも探し求められていた中の一曲「バレーズ・オブ・ネプチューン」をフューチャー。よく知られた代表曲である「レッド・ハウス」「ファイア」「ストーン・フリー」の'69年ヴァージョンに加え、エルモア・ジェイムスの「ブリーディング・ハート」やクリームの「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」にインスパイアされた未発表曲も収録。おそよ40年ぶりに陽の目を見るこれらの作品は、ジミを永らく手掛けているエディ・クレイマーによってミックスされ、最新技術の駆使により、奇跡の新作がここに誕生しました。

 ギターの革命児と謳われるジミ・ヘンドリックス。このアルバムは彼のカタログの権利がソニーに移ったことにより日の目を見ることとなった未発表スタジオ音源集だ。1969年にロンドンとニューヨークでレコーディングされたテイクが収められている。エリック・クラプトンのギターで有名なクリームの名曲<サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ>やエルモア・ジェームスの<ブリーディング・ハート>のカヴァーなど、一聴の価値あるプレイが多数記録されている。



 発売されたばかりなのに、輸入盤が1061円という激安価格だった。これはお得。2500円する日本盤と収録曲は変わらないので、輸入盤をオススメ。

 この手の未発表曲集というと残りカスみたいな内容のものも少なくないわけだが、本作はなかなか充実している。
 とくに、目玉となる未発表曲――「ヴァリーズ・オブ・ネプチューン」と「ブリーディング・ハート」はすごくいい曲。

 いつになくリズム重視のファンキーな曲が多い。既発表曲の別テイクには、オリジナルよりむしろ迫力が増したものもある。音もよく、制作年月の古さをあまり感じさせない。

 ちょっと肩透かしだったのは、「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」。
 これはカヴァーというより、リフの部分をコピーして、あとはジミが気ままにアドリブをくり広げただけの内容(ヴォーカルもなし)。「スタジオでのお遊び」という感じでしかない。まあそれでも、唯一無二のあのギターがたっぷり味わえるだけで価値があるけれど。

 しかし、ほかの曲はそれぞれ見事な完成品になっているし、ジミヘン・ファンなら「買い」のアルバムである。
 デジパック仕様のアルバム・ジャケットもいい感じ。

 ←『レコード・コレクターズ』も本作を詳細に解説。
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LEO今井『Fix Neon』

Fix NeonFix Neon
(2008/02/27)
LEO今井

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 LEO今井の『Fix Neon』(EMIミュージック・ジャパン)を聴いた。

 LEO今井は日本人とスウェーデン人のハーフで、日本語・英語・フランス語・スウェーデン語を操るマルチリンガルのシンガー・ソングライター。英オックスフォード大学大学院卒という“高学歴シンガー”でもある。本作は、2008年に発表されたメジャー・デビュー・アルバムだ。

 先日読んだインタビュー集『音楽とことば』に載っていた彼のインタビューを読んで興味を抱き、YouTubeに上がっていた曲を聴いてみたらすごくよかったので、アルバムを聴いてみたしだい。
 
 期待以上に素晴らしいアルバムだった。ハーフの彼をつかまえて「日本人離れしている」と評しても無意味だが、J-POPやJ-ROCKとはまったく別の文脈から現れた音楽という感じ。

 歌詞は日本語と英語が半々の割合だが、日本のアーティストの誰にも似ていない。むしろ、1980年代初頭あたりの英国ニューウェイヴの香りが濃厚にする。
 具体的には、ニュー・オーダー、シンプル・マインズ、エコー&ザ・バニーメン、それに『アヴァロン』あたりのロキシー・ミュージックをミックスしたような感じ。そのへんが好きだった人にはぜひオススメ。

 鋭角的なバンド・サウンドとひんやりとしたエレクトロ・ポップが融合した土台の上を、ヴァルネラブルで味のあるヴォーカルが浮遊する。
 ジョン・レノン、デヴィッド・ボウイ、ブライアン・フェリー、デヴィッド・シルヴィアンなどに連綿と受け継がれてきた、「男の泣き声」のメタファーのようなヴォーカル・スタイル。この手のヴォーカルは、ごく一部の例外を除いて、日本のロックにはこれまで根付かなかった。

 東京の都市生活をイメージ豊かに歌い上げた歌詞も素晴らしい。たとえば「Metro」は、東京の地下鉄各路線のイメージをフラグメンツのように描き出した歌だ。
 ソフィア・コッポラの『ロスト・イン・トランスレーション』がそうであったように、外国人監督が映画の中に描いた東京はまるで異国のように映るものだが、LEO今井の描き出す東京も、“東京人が見たことのない、もう一つの東京”という趣。

 英語の発音は(あたりまえだが)本格的だし、イギリスあたりで発売したら売れるのではないかと思う。

 いい曲目白押しだが、とくに、向井秀徳がギターで参加した「Metro」のカッコよさは抜きん出ている。



 向井のギターが「切なさは疾走する。涙は追いつけない」という趣で、素晴らしい。ナンバーガールの「CIBICCOさん」(の後半)の放電するようなギターを思い出す。

 ただし、この「Metro」はLEO今井の作品では異彩を放つロック・ナンバーで、ほかの曲はもっとメロディアスでポップである。
 たとえば、ほとんど英詞の「I Will Know Your Name」は、ピーター・ガブリエルの名曲「洪水(Here Comes The Flood)」を彷彿とさせる美メロなバラードだ。

 もう一曲、サンプルとして「TAXI」を貼っておく(これはセカンド・アルバム所収だが)。こちらも、じつにい曲。「ビルとビルの隙間から陽が射して、まるで巨大なバーコードみたいだね」なんてフレーズにもシビレる。



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島田裕巳『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』

金融恐慌とユダヤ・キリスト教 (文春新書)金融恐慌とユダヤ・キリスト教 (文春新書)
(2009/12/15)
島田 裕巳

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 昨日は、都内某所で将棋女流棋士の清水市代さんを取材。
 昨年11月にも別件で取材したばかり。べつに私は清水さん担当というわけではないのだが、ファンであることを公言しておくと、編集者諸氏が「ああ、そういえばアイツはファンだと言っていたな」と仕事を振ってくれるのである。

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 行き帰りの電車で、島田裕巳著『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(文春新書/872円)読了。
 これは、意外な拾いもの。私は島田氏の膨大な著作のうち、おそらく半分以上は読んでいるはずだが、その中でいちばん面白かった。
 
 誤解を招きやすいタイトルだが(文春新書は総じてタイトルで損をしていると思う)、「ユダヤ人が世界経済を支配して云々」という陰謀論ではない。「欧米の人々の経済に対する物の見方のなかに、あるいはそれを理論化した経済学のなかにユダヤ・キリスト教の教義、神話、神観念が強い影響を与えている」ことを指摘し、それが一昨年来の世界経済危機の背景にもあることを明らかにした本なのである。

 世界経済危機について、多くの論者がその原因や背景を分析したが、本書のような視点からの分析はどこにもなかった。
 米国の紙幣や硬貨には「In God We Trust」と印字されているし、マックス・ウェーバーは主著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で、キリスト教、とくにプロテスタントが資本主義と親和的であることを指摘した。宗教が経済に影響を及ぼすことは自明であったのだが、それを世界経済危機と結びつけて論じた人はいなかった。
 まさに「傍目八目」。経済学者ではなく、宗教学者だからこそ見えたものが、本書の基盤をなしているのだ。

 島田氏自身、版元・文藝春秋のPR誌『本の話』の「自著を語る」で、次のような自負を語っている。

 経済という現象が、極めて重要な役割を果たすようになった現在の社会に生きる私たちは、その分野への宗教の影響を認識し、その意味を理解する必要がある。そうしたとらえ方は、経済学自体の世界からは生まれてこないし、まして、ユダヤ・キリスト教、イスラム教が深く浸透した世界では決して意識されないことである。日本の宗教学者しか、それを指摘できないと主張したとすれば、それはあまりに僭越なことになるだろうか。私には、そう言い切ってみたいという思いと少しだけの自信がある。



 全8章のうち、世界経済危機の宗教的背景が論じられるのは1~2章のみ。残りの章では、宗教と経済・経済学の関係をめぐる、より本質的・多角的な考察が展開されていく。

 たとえば、第3章では『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を俎上に載せ、資本主義とキリスト教の関係が再考されていく。 

 第4章では、いわゆる「市場原理主義」に、宗教との関係という角度から光を当てている。
 市場原理主義を表わすキーワード「神の見えざる手」について、じつはアダム・スミスの原典では「神の」という言葉は使われておらず、「見えざる手」を神の手としたのは誤解釈であった、という指摘がスリリング。

 また、第5章では、マルクス経済学の背景にユダヤ・キリスト教の終末論があることが説き明かされていく。

 さらに、終盤の7、8章では、イスラム教圏における経済と宗教の関係(7章)、無宗教の国・日本における「神なき資本主義」の形成(8章)が論じられていく。

 宗教学者である島田氏が、経済学にも造詣が深いことに驚かされた。
 一般向けの新書であるため、専門的記述は注意深く避けられている。ユダヤ教とキリスト教の違いなどという初歩の初歩から説き起こされているため、宗教に関する知識がなくても理解できる。

 古典力学の礎を築いたニュートンは敬虔なキリスト教徒で、重力の原因を「神の遍在」に求めようとしていた。西洋における科学の発展の背景には、キリスト教文化があったのだ。そのような、科学とキリスト教の深い関係については知っていたが、経済や経済学にもこれほど深くキリスト教が影を落としていようとは思わなかった。
 
 いささか大げさな言い方をするなら、「世界の見え方が変わる」ような読後感をもたらす一冊。

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ポール・マッカートニー『グッド・イヴニング・ニューヨーク・シティ』

グッド・イヴニング・ニューヨーク・シティ~ベスト・ヒッツ・ライヴ(DVD付)グッド・イヴニング・ニューヨーク・シティ~ベスト・ヒッツ・ライヴ(DVD付)
(2009/11/18)
ポール・マッカートニー

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 ポール・マッカートニーの『グッド・イヴニング・ニューヨーク・シティ~ベスト・ヒッツ・ライヴ』(ユニバーサル)をヘビロ中。

 ポールのライヴ・アルバムはこれまでにもたくさん出ているし、「いまさら」という気もして食指が伸びなかったのだが、たまたまレコード屋(いや、もちろんCDショップですが、つい「レコード屋」と言ってしまう世代)に行ったときにこのアルバムが店内に流れていて、思わず聴き入ってしまった。
 そのときかかっていたのは、「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」から「平和を我等に」へと流れ込むシークェンス。いうまでもなく、ポールではなくジョンの曲である。
 ポールの声も昔とは少し変わっているし、まさかジョンの曲をポールが歌っていると思わないから、最初は「知らないバンドがビートルズをカヴァーしてる。けっこういいな」などと思って聴いていた。

 で、アルバムを通して聴いてみたら、全体としても上出来のライヴ・アルバムだった。御年67歳になってもポールの歌声には十分張りも伸びもあるし、バックの演奏もいきいきとしていて素晴らしい。たんに技術的なことのみを言うなら、1960年代の“ホンモノのビートルズ”よりもはるかにうまいバンドである。

 ポールのライヴ・アルバムといえば、私はウイングス時代の『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』をかつて愛聴したものだった。LP時代には3枚組で発売されたもので(当時の邦題は『ウイングスU.S.A.ライヴ!!』だった)、ライヴの醍醐味を堪能できる傑作だった。
 その『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』でもビートルズ時代の曲を5曲演奏していたが、本作はもっとすごい。全35曲(メドレー曲含め)中、じつに21曲がビートルズ・ナンバーなのだ。当然、その大部分はポールの曲だが、前述のとおり、ジョンの曲である「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」と、ジョージの曲である「サムシング」まで演っている。

 このあたりの、「観客のみんなが喜ぶことなら、僕はなんでもやっちゃうよ」みたいな徹底したサービス精神こそ、ポールの真骨頂だと私は思う。
 かりにジョンがいま生きていたとして、彼がコンサートでポールの作ったビートルズ・ナンバーを歌う姿など、想像もできない。どちらがよい・悪いではなく、ジョンとはそういう人であり、ポールとは「こういう人」なのだ。
(……と書いたあとで思い出したが、ジョンもポールの作った「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」をエルトン・ジョンとライヴでデュエットしたことがあったなあ。ま、あれは例外ということで)

 これは、天性のエンターティナーにして、いまなお屈指のライヴ・パフォーマーでもあるポールの魅力が、余すところなく発揮されたライヴ・アルバムである。ウイングス時代~ソロの主要ヒット曲も入っているし、まさにポールの「ベスト・ヒッツ・ライヴ」と呼ぶにふさわしい内容だ。

 何より素晴らしいのは、アルバム全体が明るく前向きなトーンでつらぬかれていて、聴いていると心が浮き立ち、元気が湧いてくるところ。これでもかとばかりにつづくポップなメロディのつるべ打ちは、「楽しい」の一語。ポップ・ミュージックのもつポジティヴな力というものを、改めて感じさせる。

 CD2枚組にくわえ、CD収録曲全曲が入ったライヴ映像のDVDがオマケ(!)についてくる。これでこの値段(アマゾンだと日本盤が3261円、輸入盤だと2000円程度)は安い。

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水木しげる『屁のような人生』

屁のような人生  ――水木しげる生誕八十八年記念出版――屁のような人生 ――水木しげる生誕八十八年記念出版――
(2009/12/02)
水木 しげる

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 水木しげる著『屁のような人生――水木しげる生誕八十八年記念出版』(角川書店/4935円)を読んだ。

 副題のとおり、水木翁の米寿を記念して刊行された、460ページを超える豪華なアンソロジーである。
 生い立ちから現在までを、思い出の写真・作品・絵・エッセイ・近親者の証言・年譜などにより多角的にたどっている。ちなみに、カバーに使われている写真は3歳のとき(大正14年)の水木しげる。

 描き下ろし作品は一つもないものの、貸本時代の初期作やマンガ家デビュー前に描かれた絵の数々など、貴重な作品が多数掲載されているので、水木ファンなら買いだ。

 ページ数がいちばん多く割かれているのは、過去のマンガ作品の再録。「落第王」「花町ケンカ大将」などの自伝的短編のほか、『墓場の鬼太郎』『河童の三平』『悪魔くん』などの代表作も部分的に収録されている。
 また、紙芝居作家時代の作品も、その一端に触れることができる。世評高い妖怪画も多数収録。

 いちばん驚かされたのは、まだマンガ家にも紙芝居作家にもなっていなかった10代のころに、水木が描いた絵の素晴らしさ。すでにしてプロの画家並みの味わい深い絵ばかりなのだ。
 たとえば、昭和15年、18歳のときにスケッチブックに描かれたという「童話絵本」(10ページほどの習作)など、絵本作家の道に進んでも一家を成しただろうと思える独創性と完成度である。

 また、紙芝居で口を糊しながら、「子ども相手の絵かきで終わってたまるものかと、写生に励み、画力を高めた」時期に描かれたスケッチの数々も、まことに素晴らしい。

 惜しむらくは、カラーページが口絵の30ページ足らずしかないこと。5000円近くもする高い本なのだから、オリジナルがカラーの絵はすべてカラーで載せてほしかった。

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立花隆・佐藤優『ぼくらの頭脳の鍛え方』

ぼくらの頭脳の鍛え方 (文春新書)ぼくらの頭脳の鍛え方 (文春新書)
(2009/10/17)
立花 隆・佐藤 優

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 立花隆・佐藤優著『ぼくらの頭脳の鍛え方――必読の教養書400冊』(文春新書/987円)読了。

 対談とブックリストからなるブックガイド本。カバーそでの惹句には次のようにある。

 今、何を読むべきか? どう考えるべきか? 「知の巨人」立花隆と「知の怪物」佐藤優が空前絶後のブックリストを作り上げた。自分の書棚から百冊ずつ、本屋さんの文庫・新書の棚から百冊ずつ。古典の読み方、仕事術から、インテリジェンスの技法、戦争論まで、21世紀の知性の磨き方を徹底指南する。



 対談、リストに添えられた文章とも、ブックガイドとしても有益で、読み物としても面白い。本好きなら手元に置いておいてよい一冊。

 副題には「教養書」とあるが、いかにもな名著ばかりがセレクトされているわけではない。
 とくに佐藤のセレクトに顕著だが、古典的名著に混じって、俗な本や最近の下世話なベストセラーが少なからず含まれているのだ。
 団鬼六のSM小説『花と蛇』があるかと思えば、酒井順子の『負け犬の遠吠え』や勝間和代、中村うさぎの本までが挙げられているという具合。「これのどこが『必読の教養書』なの?」と読者はいぶかしむわけだが、添えられた一言解説を読むと「なるほど、そういう読み方もあるのか」と感心してしまう。
 たとえば、中村うさぎの『愛と資本主義』が、次のような文とともに挙げられている。

 中村うさぎ氏が、ブランド品の買い漁りで散財した後、ホストクラブ通いにはまったときの様子を文化人類学の参与観察のような手法で描き出す。すべてが貨幣に変換される新自由主義的資本主義の恐ろしさがわかる。マルクスの『資本論』第一巻(岩波文庫の第一~三分冊)とあわせて読むと、中村氏が『資本論』の論理を実証していることがよくわかる。



 本書を読んだ人の多くが思うことだろうが、対談もリストの解説文も、立花より佐藤の言葉のほうが面白く、勢いがあり、充実している。たとえば、佐藤がリストの一冊一冊に簡にして要を得た解説を添えているのに対し、立花は書名を挙げただけの部分が多く、明らかにやる気がない。
 もっとも、両著者に20歳の年齢差があり、立花が2007年に膀胱ガンの手術を受けたことを考えれば、「やる気がない」と評するのは酷だろうか。立花は、肉体的にも気力面でもかなり衰えているのかもしれない。
 「知の巨人」の世代交代を印象づけた一冊ともいえる。

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『蛇にピアス』

蛇にピアス [DVD]蛇にピアス [DVD]
(2009/01/23)
吉高由里子高良健吾

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 もう3月だというのに、ふと気づいてみれば、今年に入って一本も映画を観ていなかった。
 忙しかったこともあるし、映画評の仕事がなくなってしまったので試写にも行かなくなり、映画鑑賞のモチベーションがガクッと下がってしまったのだ。

 これではいかんと、近々映画館通いを“再開”したいと思っているのだが、とりあえず、ケーブルテレビで録画してある大量の映画を少しずつ消化していこう。

 で、とりあえず今日は『蛇にピアス』を観た。言わずとしれた金原ひとみの芥川賞受賞作を、蜷川幸雄が監督して映画化した2008年作品。

 この映画の感想を検索してみると、酷評の嵐。「吉高由里子のヌード以外、見るべきものは何もなし!」なんて感想が目立つ。

 そうかなあ。私はけっこういいと思ったけど。
 私は原作も発表当時読んだが、あの小説の映画化としては上出来ではないだろうか。「なんとも薄っぺらい映画」なんて感想も見かけたが、そもそも原作がわりと薄っぺらいわけで(笑)。

 私がとくに感心したのは、吉高演ずるヒロインとその彼氏「アマ」(高良健吾)の会話のやりとりに、少しも不自然さがないこと。
 ヒロインも「アマ」も、DQNというかヤンキーというか、まあいまどきのバカな若者なわけだれど、その行動スタイルや考え方が、じつにリアルに表現されている。
 斎藤美奈子が、内田春菊の小説を「おバカさんの内面を嘘くさくなく描くのは、知的な人を描くよりずっと難しい」という言葉でホメたことがある。同じ讃辞を、この映画に贈りたい。

 吉高由里子が、体当たりの熱演。ポルノの枠にくくられても不思議はないほどの激しいセックス・シーンを、堂々と演じている。撮影当時、まだ二十歳になるやならずだったアイドル女優が、ここまでやるとは……。その役者魂やよし。

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オノ・ヨーコ『今あなたに知ってもらいたいこと』

今あなたに知ってもらいたいこと今あなたに知ってもらいたいこと
(2009/12)
オノ ヨーコ

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 オノ・ヨーコ著『今あなたに知ってもらいたいこと』(幻冬舎/1260円)読了。

 巻末の解説によれば、本書は「講演記録や過去のインタビューをもとにして、ヨーコ自身が全面的に加筆し、新たに書き下ろしたもの」だという。
 内容は、ヨーコのこれまでの人生をふまえた、メッセージ色の濃いエッセイ集といったところ。正味100ページちょっとの薄い本なので、あっという間に読み終わる。

 オノ・ヨーコを嫌っている人は、欧米にも多いし、日本にも多い。「ジョン・レノンは好きだけど、ヨーコはキライ」という人もよくいる。
 つい先日、さいたま市の「ジョン・レノン・ミュージアム」が閉館を決定した際にも、そのニュースにからめてヨーコを批判中傷する言説(守銭奴扱いするものや、「ヨーコがジョンの遺産を食いつぶしている」といったたぐい)がネット上にあふれて、私は「こんなことでまで悪く言われるのか」と驚いたものだ。

 まあ、よくも悪くも強烈な個性の持ち主だし、ときどき安手のスピリチュアル本みたいなアブナイ発言をするから、好き嫌いがはっきり分かれるのはよくわかる。

 しかし私自身は、アーティストとしてのヨーコも好きだし、やはりすごい女性だと思う。

 本書にも、いい言葉がたくさんちりばめられている。「オノ・ヨーコ名言集」という趣もあるくらい。
 いくつかピックアップしてみよう。

 生きていること自体がすでに持続していることなのですから。変化することを恐れる必要もないのです。
 たとえ、何かが変化し続けていても、あなたが存在すること自体がすでに「持続」なのですから。



 もし、周りにあなたをいじめるような人がいたら「祝福」してあげてください。それはとても難しいことですが、あなたの健康のためだと思ってやってみてください。
 そうすると、あなたはその人たちのいじめの世界の上に出ることができるのです。
(中略)
 あなたが祝福している相手が自分を愛してくれる、というのとは違います。そんな甘いことではなくて、敵を祝福するという難しいことをしたために、あなたがもう少し強い人間になったということです。そして、それを向こう側も感じないわけにはいかなかったということだと思います。



 夢を持つということは、あまり現実に働きかけてガリガリと、どんな無理をしてでも、人を押しのけてでも、夢を叶えてしまおうなどと思わないことです。
 自分の手に入るものだったら、必ず向こうからやってくるのですから、雲を見るような気持ちで夢を胸に秘めていてください。
 自分を大事にして美しい夢を持ってください。



■関連エントリ→ 「YES オノ・ヨーコ展」レビュー

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中川勇樹『テレビ局の裏側』

テレビ局の裏側 (新潮新書)テレビ局の裏側 (新潮新書)
(2009/12)
中川 勇樹

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 中川勇樹著『テレビ局の裏側』(新潮新書/735円)読了。

 テレビ制作を手がけて20年になるというフリーテレビディレクターが、テレビ局の舞台裏を明かした本。

 ここに書かれていることは、テレビ業界にくわしい人にとっては自明のことばかりなのだろうが、私のような部外者にはなかなか面白かった。

 視聴率至上主義による報道番組の度を超したバラエティ化、強力な“縛り”となるスポンサーの意向、「やらせ」に走るディレクターの心理、局員と下請け会社社員の収入格差……。明かされる内容はどれも、我々部外者も「たぶんそうなのだろうな」と薄々わかっていることばかり。
 ゆえに、目からウロコの驚きはほとんどないが、それでも面白い。テレビをめぐる「たぶんそうなのだろうな」に、具体的な裏づけが与えられていく感じ。

 著者は、テレビ業界を舞台にしたマンガ『ムカンノテイオー』『やる気アナ ムキコ!』(どっちも読んだことないけど)の監修・取材協力者でもあるそうだ。そうした経験のたまものか、わかりやすく面白く伝える技術に長けている。リーダビリティー抜群の本で、あっという間に読み終わる。

 内部告発というほどではないが、かなり赤裸々な内幕話が多い。テレビ局側の人が読めば、「テレビの仕事をしているくせに、ここまで明かさなくてもいいだろ」と苦々しい思いになるかも。そしてそこから、「もう中川には仕事やらん!」と言い出す人もあるかも……。その意味ではカラダを張った一冊ともいえる。

 スポンサーを怒らせた事例の紹介なども、興味深い。たとえば、こんな事例があったという。

 不祥事を起こしたある企業の記者会見のテーブル上に、各局に大量にコマーシャルを放送している大手企業の清涼飲料水が用意されていた。会見がニュースで放送された際、モザイクをかけるなど製品名がわからなくなるように工夫をしなかった局には、その企業から「商品のイメージダウンになる」とクレームが入った。



 そういえば、毒入りカレー事件の林某がミキハウスの服を愛用していて、胸元のロゴにモザイクがかかっていたことがあったなあ。
 それにしても、不祥事会見のテーブルにあったから「イメージダウン」って。ペットボトルにモザイクかけるって……。なんだか哀れにも滑稽である。 
 
 人から聞いた(という体裁の)話の数々の中に、ときおり、著者自身の体験がさりげなく織り込まれている。そこに、局側の都合に振り回される下請け制作者のルサンチマンが、思いっきり込められている印象を受けた。たとえば――。

 (局が作る)新作映画や新ドラマのなりふりかまわない宣伝に嫌気がさしている視聴者は多いのではないだろうか。実は宣伝に使われる番組のスタッフ側も「勘弁してくれ!」と言いたくなることがある。
 あるニュース番組で2ヵ月かけて取材した特集の放送前日に、プロデューサーにこう言われたことがある。「悪いんだけどさー、3分、V(ビデオ)短くしてくんない。明日、女優の○○が(スタジオに)来るんだよねー」。報道番組では大きな事件が発生して、予定の特集が短くなったり、放送延期になったりすることはよくあることだ。だが、このときは正直納得することができなかった。



 「制作現場がこんなありさまでは、いまどきのテレビがつまらない(むろん、例外はあるにせよ)のも無理はないなあ」というのが、最大の感想である。
 著者が語るテレビへの愛とは裏腹に、読めばますますテレビが嫌いになる一冊(笑)。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。フリーライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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