『加藤和彦 ラスト・メッセージ』

加藤和彦ラスト・メッセージ加藤和彦ラスト・メッセージ
(2009/12/16)
加藤 和彦

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 加藤和彦著/松木直也・構成『加藤和彦 ラスト・メッセージ』(文藝春秋/1700円)読了。

 昨年10月に衝撃的な自死を遂げた加藤和彦が、晩年、語り下ろしの自伝のために受けていたインタビューをまとめたもの。
 インタビューと構成を担当したライター・松木直也は、加藤の親友・松山猛の弟子にあたる。そんな縁から、加藤と行動を共にすることも多かったなじみのライターだったのだ。2007年に、加藤のほうから「ぼくの本作らない?」と松木に打診があり、企画がスタートしたという。

 だが、加藤の自殺によってインタビューは未完に終わった。本書で語られているのは、加藤の生い立ちから30代半ばまで。残りの30年近い後半生については、合間に断片的に言及されるのみである。

 公私にわたる長年の伴侶・安井かずみとの死別、オペラ歌手・中丸三千繪との再婚・離婚、サディスティック・ミカ・バンドの2度に及ぶ再結成、数多く手がけた映画音楽の舞台裏など、後半生にもさまざまなドラマがあったはずなのに、それらは惜しくも語られずじまいなのだ。

 そうした成り立ちのため、本書のインタビュー部分は正味150ページに満たず、残りは年譜や時代背景の説明、きたやまおさむと松山猛による追悼文で埋めている。ゆえに食い足りない印象は残るものの、加藤の音楽が好きな人にとっては一読の価値ある本となっている。

 中でもいちばんスリリングなのは、サディスティック・ミカ・バンド時代を語った第4章。
 日本のロック史に輝く名盤『黒船』(ミカ・バンドのセカンド)の舞台裏を明かしたくだりで、クリス・トーマスのプロデュース・ワークがいかに大きな意味をもっていたかが語られるなど、興趣尽きない内容となっている。
 その章で、加藤は次のように語る。

 この頃、はっぴいえんどの細野君(細野晴臣)がやっぱり新しい音楽をやり始めていて、まぁ自分で言うのも変だけど、僕と細野君がいなかったら日本の音楽は10年ぐらい遅れていたと思うよ。



 これは、けっして大言壮語ではない。当時のミカ・バンドはそれほど時代に先んじていたし、『黒船』はいまなお少しも色褪せていない。

 なお、本書では全6章中の1章(第5章)を割いて、音楽以外の趣味――ワインや料理、いきつけのレストランや愛車など――についてインタビューしている。また、その章以外にも、旅やファッションなど、趣味についてのこだわりを語った部分が随所にある。

 そうした部分もつまらなくはないのだが、いかんせん、私自身がワインにも料理にも車にもファッションにもあまり興味がないので、「へえ。そういうもんですか」という感想しか抱けなかった。そっち方面にくわしい人なら面白く読めるだろう。

 本文の最後に、加藤和彦が書いた遺書(数通の遺書のうち、個人宛てでなく書かれた一通。葬儀でも来場者に公開された)を撮影したものが掲載されている。
 自殺を報じた一連の記事でも引用されていたものだが、現物の写真を見ると、報道とはかなり印象が違う。

 私はてっきり、自死の場となったホテル備え付けの便箋に殴り書きしたものだとばかり思っていた。
 ところが実際の遺書は、加藤のネーム入りのオリジナル便箋に整然とワープロ打ちされたもので、発作的ではない覚悟の自殺であることがひしひしと伝わってくるのだ。
 その哀切な一節を引く。

 世の中は音楽なんて必要としていないし、私にも今は必要もない。創りたくもなくなってしまった。死にたいというより、むしろ生きていたくない。生きる場所がないと言う思いが私に決断をさせた。



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佐々木俊尚『ネットがあれば履歴書はいらない』

ネットがあれば履歴書はいらない-ウェブ時代のセルフブランディング術 (宝島社新書)ネットがあれば履歴書はいらない-ウェブ時代のセルフブランディング術 (宝島社新書)
(2010/01/09)
佐々木 俊尚

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 佐々木俊尚著『ネットがあれば履歴書はいらない――ウェブ時代のセルフブランディング術』(宝島社新書/680円)読了。

 この著者の本を読むのは、これで今年3冊目だ。
 前の2冊(『2011年 新聞・テレビ消滅』『仕事するのにオフィスはいらない』)は面白かったし有益でもあったが、本書はちょっといただけない。内容が薄っぺらいし、「やっつけ仕事」という印象を受けた。
 そもそも、いつもの著書とは文体が違うような気もするし、ホントに本人が書いているのか疑問。

 自らのサイトやブログ、ツイッターなどを使って「セルフブランディング」をしていこう、という本である。
 誤解を招きやすい書名だが、就活のための「セルフブランディング」に絞った内容ではない。会社員のため、フリーランサーのため、さらには「婚活」のため(笑)の「セルフブランディング」も含まれている。

 テーマはよいのだが、著者が説く「ウェブ時代のセルフブランディング術」はあたりまえのことばかりで、日常的にネットを使っている人なら「何をいまさら」と思うこと必至である。
 一例を挙げる。

 ブログにせよツイッターにせよ、読んでいて疲れてしまうような情報を発信したり、更新が多い方がいいだろうと数分おきに情報を発信するのは大いなる間違いだ。更新頻度が異常なまでに多いと、暇人と思われるだけでなく、読む方も疲れる。また、更新頻度を高めれば高めるほど、情報の密度が薄くなってしまう傾向もある。自分の持つ業界の知識や専門性の高い部分を披露しようと考えているのであれば、更新頻度を高めることは難しいだろう。逆にいえば、10分おきにツイッターで発言をしている人は、自分がどんな情報を発信しているのか、そして内容が薄まっていないかどうかを再度とらえ直した方がいい。



 こんな死ぬほどあたりまえのことを、教えてもらうまでわからない人がいるのだろうか? 著者こそ、著書の刊行頻度を高めすぎて「内容が薄まっていないかどうかを再度とらえ直した方がいい」。

 ちょっと首をかしげる点もいくつかある。たとえば――。

 セルフブランディングを行なうということは、自分の情報を出すということだ。しかも、その情報を出し惜しみしてはいけない。実名で活動しているのなら、思い切って顔写真も掲載すべきである。



 そりゃまあ、美男美女なら顔写真を出したほうが「セルフブランディング」につながるだろうけど、十人並みかそれ以下の人は逆効果ではないか(笑)。

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湯浅誠『岩盤を穿つ』

岩盤を穿(うが)つ岩盤を穿(うが)つ
(2009/11/11)
湯浅 誠

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 昨晩、うちのルーターが逝ってしまった。今日、「ビックカメラ」が開店するのを待って新しいルーターを買ってきて、交換。
 たった一晩ネットにつなげなかっただけなのに、仕事はストップしてしまうし、ネットが見られなくてイライラするし……。自分がいかに深くネットに依存しているかが、こういうときによくわかる。

 でもまあ、換えてよかった。7年間も使ったルーターなので、新品に交換したとたんに通信速度が速くなり、ネットが前よりサクサク動くようになったのである。

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 湯浅誠著『岩盤を穿つ――「活動家」湯浅誠の仕事』(文藝春秋/1260円)読了。

 カバーデザインと副題の印象から、湯浅の人物像と活動内容を多面的に解説したムックなのかと思ったら、違った。雑誌等への寄稿と講演録を集めた、『反貧困』の続編ともいうべき本である。

■関連エントリ→ 『反貧困』レビュー

 顔写真をカバーに使うあたり、姜尚中さんの流れを汲む「知性派イケメン」(に見えなくもない) 湯浅を、ある種のスターとして売り出そうという意図があるのかな。
 
 代表的「貧困ビジネス」を紹介して批判する原稿があったり、米国の労働運動を視察して書いたルポ的文章があったりと、日本の貧困問題をさまざまな角度から浮き彫りにする内容。
 『反貧困』に感動した人なら、読んでおいて損はない本だ。「活動家」としての歩みを振り返った自伝的エッセイも収められていて、湯浅の人となりもよくわかるし。

 副題に言うとおり、湯浅は何よりもまず「活動家」ではあるのだが、同時に、言葉をとてもたいせつにする人だと思う。貧困問題をいかにわかりやすく人々に伝えるかを、活動の中で日々考えているのだろう。
 だからこそ、本書にも心に響く言葉がたくさんちりばめられている。たとえば――。

 私が問題にしたいのは、“社会不信”だ。政治不信は、言われ始めて久しい。しかし、本当に深刻なのは、むしろ社会不信ではないかと感じる。どうにも這い上がれない状態に追い込まれながら、そのこと自体が「努力が足りない」と叩かれる理由になっている社会では、何かを言ったところで、誰もそれを受け止めてくれると思えなかったとしても不思議はない。秋葉原事件という特殊な事件を超えて、私が危機的だと感じるのは、その社会不信の蔓延だ。



 高度経済成長期に精神形成した今の中高年世代には、どうしても「まじめにやっていればよくなる」という世界観から脱けられない人が少なくない。しかし、就職氷河期以降の世代には「どうしてそんなに楽観的に考えられるのか理解できない」という人が少なからずいて、両者は非常に基本的なところでコミュニケーション断絶に陥りやすい。



 「貧困ビジネス」は、「ゼロよりは一がマシ」という理屈に立脚している。しかし、本来保障されるべきは二であり三であり五であって、またそれが保障されていれば、誰も「貧困ビジネス」など利用しない。



 セーフティネットはこれまで、「負担」と考えられていました。それだとどうしても「落ちこぼれたやつらのために、努力してきた私がどうしてお金を支払わなければならないんだ」という発想になります。しかしセーフティネットは単なる負担ではなく、それがあって初めて社会が健全に保たれる、という意味での「必要経費」です。サーカスの綱渡りの下に張られるセーフティネットは、落ちた人が怪我しないようにするだけでなく、人々が思い切った演技をするためにこそ必要です。セーフティネットのない社会では、追い詰められ、疲弊しながらも怖くてチャレンジできない人ばかりが増え、社会の活力が失われていきます。



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松本孝弘『Thousand wave plus』

Thousand wave plusThousand wave plus
(1996/10/07)
松本孝弘

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 松本孝弘の『Thousand wave plus』を聴いた。

 B'z結成前の1988年に発表された松本孝弘のソロデビュー作『Thousand wave』を、2曲のボーナス・トラックを加えて96年に再発したもの(ゆえに「plus」の1語が加えられている)。

 私はB'zにはあまり興味がないのだが、先日聴いた『うるさくてゴメンねLIVE』に入っていた松本作のインスト・ナンバーがよかったので、手を伸ばしてみた。

 本作も、全曲ギター中心のインスト・アルバムである。B'zのアルバムでは稲葉のヴォーカルを引き立てることに徹している松本が、ここでは思いっきり主役となって、気持ちよさそうにギターを弾きまくっている。
ドラムスに故・樋口宗孝(ラウドネス)、キーボードに小室哲哉(!)を据えるなど、バックのメンバーも豪華。

 一言でいえば、「ヘヴィメタル・フュージョン」という趣のアルバムだ。いかにも1980年代的なフュージョン・サウンドの土台の上に、ヘビメタ的要素がどっさりと載せられている感じ。

 のちのB'zサウンドを彷彿とさせる部分も随所にあるが、「ヴォーカル抜きのB'z」ではけっしてなく、もっとロック寄り、メタル寄り。

 チック・コリアの「スペイン」とデイヴ・ブルーベックの「テイク・ファイヴ」というジャズの超有名曲2曲を取り上げているのだが、その2曲にもジャズ的要素はほとんどない。「スペイン」も「テイク・ファイヴ」も、ずしりと重いギターとリズム・セクションによってヘビィメタリックに染め上げられているのだ。

 「泣きのギター」という言い方があるが、本作での松本のギターは泣くというよりも歌っている。これだけギターが雄弁に歌ったら、ヴォーカルの入り込む余地はなかったろう。

 B'zファンよりもむしろ、ギター・インストが好きな人向けのアルバム。

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中川淳一郎『今ウェブは退化中ですが、何か?』

今ウェブは退化中ですが、何か? クリック無間地獄に落ちた人々 (講談社BIZ)今ウェブは退化中ですが、何か? クリック無間地獄に落ちた人々 (講談社BIZ)
(2009/12/18)
中川 淳一郎

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 中川淳一郎著『今ウェブは退化中ですが、何か?――クリック無間地獄に落ちた人々』(講談社BIZ/1470円)読了。

 昨年大きな話題を呼んだ『ウェブはバカと暇人のもの』(→当ブログのレビュー)の、続編ともいうべき本。 

 著者はニュースサイトの編集者であり、企業向けにネットでの情報発信に関するプランニングやコンサルティングもしている。ネット最前線の現場を知り尽くしたプロなのだ。

 そのプロの目から、ネットのネガティヴな側面をえぐり出した本。つまり、『ウェブはバカと暇人のもの』と同テーマなのだが、随所にちりばめられた“ネットで起きたおバカ事件”の事例は、前著とほとんど重なっていない。それほど、バカな事件が頻発しているのがネットの世界なのである。

 にもかかわらず、「ネットへの期待と幻想」だけは相変わらず根強い。そうした幻想に冷水をぶっかける著者の筆鋒は、前著同様、アイロニーに満ちて鋭いものだ。

 芸能人のブログにコメントを書いて何になるというのだ? 別に彼らはあなたのことなど気にもしない。どうせあなたと彼らは会わない。接点は生まれない。生まれるのは、あなたがカネを払った時だけだ。



 テレビもゲームもネットも、同じくらい安上がりな「暇つぶしツール」である。それなのにネットとそのユーザーだけは、「高尚だ」「最先端だ」「何かを生み出す」「世界を変える」などと過大評価されているのだ。



 ネットへの過剰な期待と幻想の最新ヴァージョンである「ツイッター礼讃」についても、著者はかなりの紙数を割いて冷水をかけてみせる。「ツイッター否定派」(笑)である私としては、そのあたりがじつに我が意を得たりで、快哉を叫んだ。

 (ツイッターについて)私は徹底的に観察し続けたのだが、結局、「先端的ユーザー(ネット教信者)による、先端的なことをさも分かっているかのように振る舞っている自分大好き自慢」と「暇人による、暇つぶし駄文垂れ流し」としか思えなかった。



 いわゆる「デジタルネイティヴ」(生まれたときからネットやパソコンのある生活環境で育った世代)が「時代を変える」という論調についても、一刀両断にしていて痛快。

 『デジタルネイティヴの時代』を読んで、彼ら「デジタルネイティヴ」とはいったい何者かを考えてみた。私の結論は以下の通りだ。

 「携帯電話が物心ついた時から近くにあった『デジタルネイティヴ』とやらって、単に『いい加減な約束をするヤツ』『受動的な暇つぶししかできないヤツ』に過ぎないんじゃね?」
 「あと、携帯電話がもたらすものなんて『暇つぶし』がほとんどなんだから、それにハマっていて、能力は上がるの? そいつらの生産性は上がるの?」



 前著がかなり「お笑い」要素の強い本だったのに比べ、本書は終盤、かなりシリアスな調子になっていく。とくに、終章(第5章)「本当に大切な人も仕事も人生も、ネットにはない」には、「ネットでの体験は人生の『思い出』になるのか」なんてことが大マジメに書かれている。
 そうした“転調”については、評価の分かれるところだろう。私は興味深く読んだけど。

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木村カエラ『5years』

BEST ALBUM 「5years」 (初回限定版2枚組)BEST ALBUM 「5years」 (初回限定版2枚組)
(2010/02/03)
木村カエラスチャダラパー+木村カエラ

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 このところのヘビロは、サンプル盤をいただいた木村カエラの『5years』。
 メジャーデビューから昨年までの5年間の歩みをたどった、初のベストアルバムである。昨年末には初の「紅白歌合戦」出場も果たし、ファン層がいっそう広がった彼女の魅力が凝縮された内容となっている。 

 初回限定盤のみ2枚組で、通常盤は1枚。価格は800円しか違わないので、初回盤のほうをオススメしたい。というのも、限定盤だけにあるDISC2が、オマケの域を超え、1枚のアルバムとして聴きごたえ十分の内容だから。他のアーティストとのコラボ曲や、くるりや奥田民生のトリビュート盤に寄せたカバー曲、未発表曲など、全12曲も入っているのだ。

 DISC1には、これまでの全シングル曲のほか、録り下ろしの新曲「You bet!!」や、結婚披露宴の新定番ソングとなった「Butterfly」(『ゼクシィ』CMソング。これまで未CD化)も収録。

 このベスト盤を聴いて改めて気づくのは、意外なほどロック色の濃い骨太な音作りがなされていること。初期の曲はとくにそう。たとえば「BEAT」など、バックの音だけ取り出してみればまるでストーンズなのである。

 ファッションモデルとしても活躍するおしゃれでキュートな木村カエラの内面には、思いのほか熱いロック魂が秘められているのだ。故・加藤和彦が、2006年のサディスティック・ミカ・バンド再結成にあたってヴォーカルにカエラを据えた気持ちがよくわかる。

 ロックという音楽から、ネガティヴな部分や「毒」の側面(たとえば「反体制」的側面など)をすべて削ぎ落としたのが木村カエラの音楽といえる。いわば、「ロックの上澄み」――。徹頭徹尾ポジティヴなカエラの歌声は、まるで“聴くビタミン剤”のようだ。

 ←右側が通常盤。
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山口絵理子『裸でも生きる2』

裸でも生きる2 Keep Walking私は歩き続ける (講談社BIZ)裸でも生きる2 Keep Walking私は歩き続ける (講談社BIZ)
(2009/10/01)
山口 絵理子

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 山口絵理子著『裸でも生きる2――Keep Walking私は歩き続ける』(講談社biz/1400円)読了。少し前に読んで感動した『裸でも生きる』の続編。

■関連エントリ→ 『裸でも生きる』レビュー

 正編が山口絵理子個人のライフストーリーであったのに対し、この続編は彼女が社長をつとめる「マザーハウス」の成長に的を絞ったものになっている。たとえば、全5章中の第3章「チームマザーハウスの仲間たち」は、マザーハウスの山口以外の主要メンバーを紹介した内容だ。

 したがって、ドラマティックな感動という点では、正編よりもかなり落ちる。
 第2の国・ネパールに進出しようとして手ひどい裏切りに遭うなど、マザーハウスがたどる道のりは相変わらずドラマティックではあるのだ。が、なにしろ正編に描かれた山口の半生が劇的すぎたから、割を食って見劣りがする。

 とはいえ、けっしてつまらない本でも悪い本でもない。とくに、起業に関心のある人なら、教訓は山ほど得られる1冊だと思う。

 起業してたった数年なのに、山口がすっかり立派な経営者になっていることに驚かされる。もともと確固たる経営理念をもったうえで起業しているからこそだろう。

 とくに印象に残ったのは、起業を目指す若者たちに苦言めいたアドバイスをしているところ。

「起業して何をしたいの?」
 と聞くと、
「それはまだ決めていないけれど、とにかく起業したいんです」
 と答える学生がとても多い。
 少し理解に苦しむ。
 「代表取締役」という肩書きに憧れるのか、組織に所属したくないのか分からないが、これでは本末転倒だと思う。
 私は、社長なんて肩書きはいつでも捨てられる。そんなものは、別にあってもなくても、今と同じ選択をしているだろうと思うからだ。
 私にとっては起業も社長もまったく関係なく、ただただ良いものを途上国から作りたかった。本当にそれだけなのだ。それさえさせてくれれば、どんな会社だって、どんな待遇だって構わない。



 「自己実現」という言葉が出てくるとき、よく耳にするのが、
「でも、自分のやりたいことがまだ見つかっていない」
 という言葉である。
 講演などをすると、特に大学生の人たちがそうつぶやくのをよく聞く。その裏にあるのは、「あなたはやりたいことが見つかっていてうらやましい」、という気持ちだろうが、それはちょっと違うと思う。人間、最初から自分に与えられた使命、そして自らが突き動かされる使命を持って生まれてくるわけではない。
 人生とは、私はまさにその使命を探すための長い道のりなんじゃないかと思う。



 ……と、このへんだけを引用すると、「なんだかエラソーな女だなあ」という印象をもつ向きもあるかもしれない。だが、そうではない。山口は本書で聖人君子ヅラなどしていないし、自分の弱さや失敗も隠さずさらけ出しているのだ。
 たとえば、こんな一節もある。

 欲望自体を悪者と見る従来の資本主義を敵視した考えに私は賛同できない。
 理由は簡単で、自分自身が欲望を持った人間だからだ。私はマザー・テレサでもなければ、「いい人」でもない。そんな開き直りの先に、資本主義をもう一度ポジティヴに塗り替えるという視点に立脚し、マザーハウスにたどり着いた。



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知的生産の技術研究会『知の現場』

知の現場知の現場
(2009/12/23)
知的生産の技術研究会

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 知的生産の技術研究会・編『知の現場』(東洋経済新報社/1680円)読了。

 梅棹忠夫の名著『知的生産の技術』に影響され創立された「知的生産の技術研究会」(NPO法人)が、創立40周年を記念して企画した本。大学教授・作家・弁護士・プランナー・公認会計士など、各界の第一線で活躍する21人に、知的生産の作法を聞いたインタビュー集である。

 全体に、「技術」よりもむしろ知的生産に対する心構えにウエイトを置いた内容になっている。ゆえに、具体的ノウハウ/ライフハックを求めて読むと肩透かしを食うだろう。

 インタビューイとなるのは、以下の面々。


日本総合研究所会長・多摩大学学長 寺島実郎
作家 奥野宣之
作家 北康利
多摩大学教授 樋口裕一
株式会社武者リサーチ代表取締役 武者陵司
都市プロデューサー 望月照彦
札幌国際大学教授 松田忠徳
作家 野村正樹
IT教授 久保田達也
多摩大学教授 久恒啓一
久米繊維工業株式会社代表取締役 久米信行
教育学者・「しいのみ学園」園長 昇地三郎
作家 小中陽太郎
グリーンホールディングス株式会社代表取締役社長 小山龍介
公認会計士 望月実
日系商社米国代表駐在員 松山真之助
弁護士 舛井一仁
公認会計士 山田真哉
マーケティング・プランナー 原尻淳一
公認会計士 田中靖浩
ブロガー・プログラマー・投資家 小飼弾



 『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の山田真哉や、『整理HACKS!』の小山龍介が加わっているように、本業以外で著作家として活躍している人が多い。
 
 面白い本になりそうな面子ではあるのだが、実際に読んでみるとそうでもなく、かなり玉石混淆。「知的生産の技術研究会」の会員たちが取材・執筆にあたっているのだが、その中にはライターでも記者でもない人もいるらしく、まとめ方がシロウト臭いものが散見されるのである。

 話の内容も薄いものが多い。
 たとえば、『情報は1冊のノートにまとめなさい』の著者・奥野宣之へのインタビューなど、「私はこうやってベストセラーが出せました」という体験談でしかなく、「知的生産の技術」と呼べるようなものは何一つない。

 ……と、ケチをつけてしまったが、中には読みごたえのあるインタビューもある。とくに、田中靖浩と小飼弾へのインタビューはたいへん面白く読んだ。

 印象に残った2人の発言を、以下に引用する。まずは、田中靖浩の発言から。

 逆説的な言い方になりますが、知を鍛えるためには、「知の鍛え方」というような本を読まないことですね。安易なものに頼らないで、自分で考えるということが大切です。情報を少なくして、遠回りでもいいからまず独学で考えてみること。
 今は、どこかに正解があって誰かに教えてもらおう、良い方法をより効率よく学ぼうという傾向が強いですが、そういうスキルブームについて僕は否定的です。



 現代は情報が溢れすぎているので、放っておくと入ってくる情報を掛け算したり割り算したりしているだけで、自分の頭をまったく使っていないという感覚があります。年齢的にも間違いなく、このままでは頭がどんどん衰えていくだろうという危機感から、僕はできる限り情報を入れないで、自分を不自由な状況に置くようにしています。
 特に視覚情報は具体的すぎるので意識して遠ざけるようにしています。ラジオや講演録など音の情報はよく聴きますが、テレビは大嫌いです。五感の中でほとんどの情報は目から入るので、テレビにテロップをあれだけ出されると脳が働く余地がありません。たとえばお笑い番組で芸人の言葉をテロップで出し、色づけて大きくして震わせたりしていますが、これでは彼らの声の強弱や間で笑わす努力が一切こちらに伝わらない。こちら側も間を理解する感覚をどんどん失ってしまいます。



 次に小飼弾の発言。

 ブログを書いていて気がついたのは、ブログは忘却のための素晴らしいツールだということです。書いたらもう脳に残しておく必要はないですよね。あることに引っかかって検索したブログを読んでみたら、実は自分の文章だったこともよくありますよ。
 「知的生産」という言葉がありますが、私は本質的には人間は「生産」はできなくて、何ができるかというと「編集」だと考えています。ブログを書くという行為もその一例ですが、要は素材そのものを作るというのは我々には無理なわけですよ。基本的にはある材料を並べ替えるだけ。どの組み合わせがいいか、というのが編集としての「知的生産」であれば、組み合わせに使えない材料は捨てるしかないわけです。



 生まれながらにして我々は全員囚人なのです。自分というものに閉じこめられていて、ここからは何をどうしても出ることはできないという意味です。ただし、自分という監獄はいくらでも増改築できるのですが。



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竹内整一『「かなしみ」の哲学』

「かなしみ」の哲学―日本精神史の源をさぐる (NHKブックス)「かなしみ」の哲学―日本精神史の源をさぐる (NHKブックス)
(2009/12)
竹内 整一

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 一昨日から取材で北海道に行っていた。

 昨晩、帰りの飛行機が雪で遅れ、そのあと中央線に乗ったら人身事故で電車が止まった。しかも、高円寺駅で事故後の処理現場を見てしまった(テントのようなシートで周囲を覆い、その中で作業をしていたので、もろに見たわけではないが)。なんだか一気に疲れが出た。

 行き帰りの飛行機で、竹内整一著『「かなしみ」の哲学――日本精神史の源流を探る』(NHKブックス/1019円)を読了。

 芸術から大衆娯楽まで、あらゆる日本文化の底流を共通して流れるのは「かなしみ」ではないか。たとえば、童謡・唱歌や軍歌の多くは「独特な『かなしみ』の調子につつまれて歌われている」――と、著者は言う。

 なぜ、無邪気に楽しむ子どもたちの歌が、あるいは、勇敢さを鼓舞すべき軍歌が、こうした「かなしみ」において歌われてきたのかという問題がそこにはある。そこにはさまざまな理由が考えられるが、基本的には「悲の器」としての人間という受けとめ方が底流しているように思う。



 なぜ、日本文化はこんなにも「かなしい」のか? 「否定的な感情であるはずの『かなしみ』に深く親和してきた日本人の心のあり方は、どのような他者や世界の受けとめ方に基づいているのか」? 本書は、そうした問いに答えようとした論考である。

 高橋和巳の小説に用いられて広く知られた『往生要集』の一節「我は悲の器なり」への論及から、本書は始まる。そして、文学・哲学・宗教から歌謡曲まで、ジャンルを自在に横断しつつ、著者は古代から現代までの日本文化を「かなしみ」という串で刺しつらぬいていく。

 記述が抽象的・観念的にすぎて、わかりにくい部分もある。が、「かなしみ」こそが人生をより豊かにする面もあるのだと、肯定的にとらえている点には共感する。

 現代において見失われつつある、他者への倫理や世界の美しさ、超越的な存在へのつながりといった可能性をもつ「かなしみ」の力を、今あらためて「復権」させるべきだ



 その他、印象に残った一節と引用句をメモ。

 悲哀はそれ自らが一半の救いなり。……神はまず悲哀の姿して我らに来たる。……我らは悲哀を有することにおいて、悲哀そのものを通じて、悲哀以上のあるものを獲来たるなり(綱島梁川『病間録』)



 哲学の動機は「驚き」ではなくして深い人生の悲哀でなければならない(西田幾多郎)



 「断腸」という言葉は、腸がちぎれるほどに「かなしい」ことを表わす言葉であるが、もともとは、子どもを失い「かなしみ」のあまり死んだ母猿のお腹の腸が細かくちぎれていたという故事からきたものである。



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草下シンヤ『裏のハローワーク』

裏のハローワーク裏のハローワーク
(2008/10/27)
草下 シンヤ

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 草下シンヤ著『裏のハローワーク』(彩図社/600円)読了。

 三才ムックの『裏仕事師の本』シリーズとか、同シリーズから生まれた北尾トロの『怪しいお仕事!』などの類書。
 非合法、もしくは合法でも裏社会に近いキワドイ職業の人々に、その仕事の内実について話を聞いたインタビュー・ノンフィクション集である。

 この手の本にはピンからキリまであり、中には著者自身がもろDQNで知性のカケラも感じられないものもある。が、本書の著者には醒めた知性が感じられるし、危険を顧みない体当たり取材もがんばっていて、読ませる内容になっている。
 北尾トロの本ほど文章に味がないが、読み物としてのクオリティーはかなり高い。ただし、この本を読んだからといって何の役にも立たないし、ためにもならない(話のタネにはなる)。あくまで読み捨ての娯楽読み物である。

 タイトルが「ハローワーク」となっているのは、登場する職種についてそれぞれ「リスク」「収入」「労力」「犯罪性」などの五つ星評価がつけられ、「もし読者がこの仕事に就くとしたら」という観点がもうけられているから。
 もっとも、著者自身は取材の途中で何度も「仕事を手伝わないか?」と誘われ、そのつど即座にことわったそうだけど(笑)。

 登場する仕事は、全20種。
 マグロ漁船乗務員、新薬の治験バイト、原発作業員、鍵師、新聞拡張員、示談屋、産廃処理業者、クスリの運び屋、総会屋、麻雀裏プロ、詐欺師、夜逃げ屋、闇金、マリファナ栽培などなど……。

 この手の本にしばしば登場する定番のような職種が多いし、どっかで聞いたような話ばかりでつまらない項目もあるが、平均すれば面白いもののほうが多い。
 著者は以前あらゆるドラッグを経験したことがあるそうで、さすがに運び屋とマリファナ栽培についての項目には深み(笑)がある。

 たとえば、著者とは旧知の友人だというマリファナ栽培業者が、花でも育てるような口調で苦労話をするあたり、すごく生々しい。

「手を広げると、それだけ維持費もかかるんですよ。特に冬場に栽培ってことになると、部屋の温度を常に上げておかないといけないので、光熱費だけでもバカにならない。月に4、5万かかったりしますからね」



 いちばん面白かったのは、「偽造クリエイター」を自称するマニアックな男へのインタビュー。
 偽造テレカを皮切りに、さまざまなものの偽造に手染めてきたこの男は、犯罪者のクセにアーティストめいたこだわりと美学をもっていて、そこがなんともおかしい。小説の主人公にしてもよいくらい。

「私は紙幣や金券の偽造はやりませんが、それは恐ろしく手間と経費がかかるからであって、できないからではありません」



 そんなことを豪語するこの「偽造クリエイター」(何が「クリエイター」だ!)は、いちばん儲かるのは人気アイドルのコンサートの偽造チケットだが、偽造するのがかんたんすぎて「つまらない」から自分はやらない、という。ううむ……。

 アヤシゲな隠語が飛びかい、裏仕事師たちの意外に人間臭い素顔が垣間見える本書は、昔の『噂の眞相』風に言うなら「ヒューマン・インタレストあふれる」一冊だ。

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永江朗『書いて稼ぐ技術』

書いて稼ぐ技術 (平凡社新書)書いて稼ぐ技術 (平凡社新書)
(2009/11/14)
永江 朗

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 永江朗著『書いて稼ぐ技術』(平凡社新書/777円)読了。

 永江はこれまでにも、『インタビュー術!』と『〈不良〉のための文章術』というライター入門を書いている。その2冊は、それぞれ取材術と文章術に特化した内容だった。対して、本書はライターという仕事の全体像を概観するものになっている。

 また、前2冊はわりと高度な内容で、すでにライターとして食っている人が読んでこそ参考になるものだったが、本書は初歩的な内容で、ライター志望の大学生あたりが読むとちょうどよいものになっている。「『どうやってなる』『どうやって続けていく』という、いわばキャリアデザイン的な部分に力を入れ」(あとがき)て書かれているから、なおさらだ。

 すでにライターである人には『インタビュー術!』『〈不良〉のための文章術』を、ライター志望者には本書をオススメしたい。

 したがって本書は、ライター生活四半世紀近い私が読んでも、あまり得るものはなかった。なにしろ、「ゴーストライターといっても、幽霊について書く仕事ではありません」なんてレベルから説き起こした内容なのだから……。

 ただ、著者自身の体験談がふんだんに盛り込まれているので、同時代をライターとして生きてきた私には、共感したり身につまされたりする点なら多かった。
 たとえば、次のような一節――。

 バブル崩壊とインターネットの普及によって、ライターがたむろする編集部という光景もなくなりました。出版社は経費節減でライターに食べさせる無駄飯などなくなりましたし、タクシー券も出なくなって立て替え払いの後日精算となりました。



 地域とのつきあいも大切です。とくに隣近所の。フリーライターはただでさえ隣近所から白い目で見られがちです。昼間っから家にいたり、街をぶらついていたり。服装も夏は短パンTシャツ、冬はデニムにセーター。うさんくさいと思われている。だからこそ、「おはようございます」「こんにちは」「おやすみなさい」の挨拶は忘れずに。



 また、出版業界人が寄ると触ると不景気な話になる昨今だが、その中にあって、永江が次のように述べていることには勇気づけられた。

 こんな時代だからこそフリーライターに、と私が考えるのは、相対的に出版産業が不況に強いから、ということでもありますし、それよりなにより、「いざとなったら会社より個人」と思うからです。会社はつぶれるけど、個人は死ぬまでつぶれません。



■関連エントリ
『〈不良〉のための文章術』レビュー
『インタビュー術!』レビュー
『聞き上手は一日にしてならず』レビュー

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江森丈晃ほか『音楽とことば』

音楽とことば あの人はどうやって歌詞を書いているのか (P‐Vine Books)音楽とことば あの人はどうやって歌詞を書いているのか (P‐Vine Books)
(2009/03/20)
青木 優小野田 雄

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 江森丈晃・編『音楽とことば――あの人はどうやって歌詞を書いているのか』(P‐Vine Books/2500円)読了。

 日本のロック/ポップ・アーティスト13人に、歌詞作りの舞台裏を聞いたインタビュー集。8人のライターが、それぞれ自分の好きなアーティストにインタビューしている。
 インタビューイとして登場するアーティストは、以下のとおり。

安藤裕子
いしわたり淳治(ex.スーパーカー)
小山田圭吾(コーネリアス)
木村カエラ
小西康陽
坂本慎太郎(ゆらゆら帝国)
志村正彦(フジファブリック)
曽我部恵一
中納良恵(エゴラッピン)
西井鏡悟(スタン)
原田郁子(クラムボン)
向井秀徳(ZAZEN BOYS)
レオ今井



 好きなアーティストのインタビューだけ拾い読みしようと思ったのだが、けっきょく全部読んでしまった。13人のうち、西井鏡悟とレオ今井について私はまったく知らなかったが、その2人のインタビューさえ愉しく読めた。
 インタビューの質が総じて高く、各アーティストの表現者としての「核」にまで踏み込んでいる印象。登場するうちの何人かが好きなら、読んで損はないと思う。

 私がとくに面白く読んだのは、曽我部恵一、向井秀徳、それに昨年末に急逝してしまった志村正彦へのインタビュー。
 
 あと、木村カエラへのインタビューは、ヒット曲「リルラ リルハ」の舞台裏を明かしたくだりがドラマティックで、目が釘付けになった。
 あの曲の歌詞は、カエラの自殺してしまった友達に向けて書いたものなのだという。「もしその子に話しかけることができて、その子が死んでしまうのを防げるとしたら、おそらくこういう言葉をかけてるなって思った言葉を書いた」のだと……。

 そこまでなら、「よくある感動話」で終わる。
 だがカエラは、“自殺した友人に向けて作った曲がヒットしてスターになったこと”について、戸惑いと罪悪感めいた感情を抱いていると語る。そして、その後は歌詞を作るたびに、「もしこの言葉を使ったら、聴いた人はどう思うだろう?」と、自分の歌が誰かを傷つける可能性をつねに考えるようになったという。

 凄くギリギリで生きている人たちにとって、この言葉はきついかもしれない、って思った言葉は絶対に使わないですね。スタッフには「そんなことないよ。気にしすぎだよ」って言われても、絶対に使わない。



 このインタビューを読んで、私の中で木村カエラの好感度が大幅アップした。

 その他、印象に残った発言をいくつかピックアップ。

 誰かほかの人が言いそうなことをわざわざ言う必要はないと思うし、自分にしか言えない真実を、自分の言葉で歌うというのが歌詞なり歌の在り方だと思うのね(曽我部恵一)

 

 昔はこんなことまで歌になってなかったよなぁ……みたいに思える曲が、どんどんリリースされてるじゃない? そういう曲を聴くと、歌詞は確実にサウンドよりも先に行っているなって思うしね。あと、逆に、僕が古い歌謡曲なんかを大好きでよく聴くのは、「こういうことが歌になっちゃう時代があったんだな」っていう面白さがあるからなんだよね(小西康陽)



僕は、(セックス・)ピストルズはロック史上でも珍しい「いっこも嘘がなかったバンド」だと思ってるんですよ。だからすぐ解散したんですよね。つまり、続けるには嘘が必要なんですよ(西井鏡悟)



 愛してるってことが歌えないからこそ、(自分は)一流になれないというか。だって、それを歌えるアーティスト、たとえばミスチルみたいなアーティストというのは、やっぱりそのぐらい自分に自信があるんでしょうし、いろんな愛を歌うことで、世間をハートマークだらけにしていく自信があるってことじゃないですか。でも、残念ながら、僕にはそれがない(志村正彦)



 言葉をピシッと的の真ん中に当てることの難しさはいつも痛感しているけれど、その的の周りをクルクル回りながら、みんなで真ん中の部分を感じ取ることはできると思うんだよね(原田郁子)



 本としての作りもなかなかオシャレだ。
 たとえば、各インタビューの扉ページにはアーティストのポートレイトが載っているが、それはインタビュー時に撮影した写真を、イラストレーターがわざわざ絵に起こしたものなのだ。このへん、なかなか凝っていてよい。

 ただ、一点だけ不快感を覚えたのは、一部のライターが、相手のアーティストが敬語を使っているにもかかわらず、「~だよね」などというぞんざいな言葉遣いをしているところ。これは失礼というか、ライターとしてのマナー違反だと思う。
 筒井康隆が作った「インタヴューアー十ヶ条」の中に、「インタヴューイの地位は教養、学歴に関係なく、常にインタヴューアーより上」という一節がある。まったくそのとおりで、たとえ相手のアーティストが自分より年下だったとしても、インタビューでは敬語を使うべきなのである。
 私は、どんなに年下にインタビューする場合でも、必ず敬語を使っている。

 ま、それはそれとして……。

 かりに私が本書の第2弾にライターとして参加するとしたら、鈴木祥子かCoccoか山口一郎(サカナクション)あたりにインタビューしてみたいなあ。

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佐々木俊尚『仕事するのにオフィスはいらない』

仕事するのにオフィスはいらない (光文社新書)仕事するのにオフィスはいらない (光文社新書)
(2009/07/16)
佐々木 俊尚

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 佐々木俊尚著『仕事するのにオフィスはいらない――ノマドワーキングのすすめ』(光文社新書/798円)読了。

 スマートフォンやモバイルPCでクラウドコンピューティングを駆使することで、オフィスをもたないまま仕事をする「ノマドワーキング」(「ノマド」とは遊牧民の意)の概説書。ダニエル・ピンクの『フリーエージェント社会の到来』の日本版という趣もある。

 「ノマドワーキング」を実現している会社や個人に取材してその事例を紹介するくだりが、随所にちりばめられている。個人はともかく、れっきとした会社組織なのにオフィスをもたない事例は、私には驚きだった。

 ITジャーナリストとしてすごい仕事量をこなす著者自身の「ノマドワーキング」術を紹介した本でもある。
 私は、著者が似たようなテーマで書いた『3時間で「専門家」になる私の方法』を読んでガッカリしたことがある(→当ブログのレビュー)。が、今回は「読んでよかった」と思えた。

 私のようなフリーランサーはもともとオフィスのいらない仕事だから(私自身、自宅の一室で仕事をしている)、その働き方をより効率化するためのハウツー書としても有益だった。

 とくに、1章を割いて詳述される「アテンション(集中力)コントロール」のコツは、たいへん参考になった。
 上司や同僚の目がない我々フリーランサーは、怠けようと思えばいくらでも怠けられる。ゆえに、自己管理をきちんとしないと、ダラダラとネットサーフィンをつづけたりして、貴重な時間をたちまち浪費してしまう。
 とはいえ、人間の集中力は長つづきしないものだから、「アテンションとリラックスのリズムをうまく作り出すこと」によって、集中できる時間を確保し有効活用しなければならない。そのためのコツが説かれた章なのである。

 あと、有料の新聞記事データベース「日経テレコン21」をタダで使う裏技が紹介されていて、私にとってはこの情報だけで本の値段以上の価値があった。

 ただ、本書が説く「ノマドワーキング」が、どれだけの分野に適用可能なのかはやや疑問。今後も、一部の業種にかぎられた特殊な働き方にとどまるのではないか。
 著者のいう「会社などという古くさいシステムは姿を消して、もっと違う形で人と人とがつながり、コラボレーションして仕事をするような社会」が現出するとまでは、私には思えない。

 それに、本書を読んで「よーし、これからはノマドワーキングだ!」と意気込んで会社を辞めた人がいたとしても、本書に登場するような成功事例になれる可能性はものすご~く低い気がする。本書に出てくるのは、スキルが高いからこそ「ノマド」でやっていける人たちなのだろうから……。

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架神恭介・辰巳一世『完全教祖マニュアル』

完全教祖マニュアル (ちくま新書)完全教祖マニュアル (ちくま新書)
(2009/11)
架神 恭介辰巳 一世

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 架神恭介・辰巳一世著『完全教祖マニュアル』(ちくま新書/777円)読了。

 よもや、本気で「教祖になろう」と考えて本書を手にする者はおるまいな(笑)。
 これは、“教祖を目指すあなたに贈るマニュアル形式のハウツー本”を擬して書かれた、パロディ色の濃い宗教(学)入門である。テイストとしては、パオロ・マッツァリーノの傑作『反社会学講座』に近い。

 『反社会学講座』は某大学で准教授をつとめる社会学者が変名で書いたらしいが、本書についても、「じつは、ほんとうの著者は某大学で教授をつとめる40代後半の宗教学者だ」と言われても、私はすんなり信じられるだろう。それくらい、笑いにくるんだ宗教入門としてよくできているのだ。

 実際には、著者2人(役割分担がよくわからないが)は1980年代初頭生まれでまだ30歳になるやならずの若手ライターである。この若さでこれほどの本が書けるというのは、ライターとしてすごい力量だ。

 ただ、本書には根深い宗教蔑視が通奏低音として流れているので、私としては、あまり大っぴらにオススメする気にはなれない(各宗教の生真面目な信者が読んだら、激怒するかも)。だがそれでも、知的エンタテインメントとしての質の高さは認めざるを得ない。

 たとえば、本書からおふざけの要素を削ぎ落とし、内容(紹介しているエピソードなど)はそのままで真面目な文章にリライトしたなら、岩波ジュニア新書の一冊として、『高校生のあなたに贈る宗教入門』とでも題して刊行することが可能だろう。
 むろん大人にとっても、さまざまな角度からの問題提起を盛り込んだ宗教入門として読むことができる。

 宗教にくわしい人ほど笑える本だし、その笑いの底には「宗教とは何か?」という根源的問いかけが秘められている。

 
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矢野顕子『音楽堂』

音楽堂音楽堂
(2010/02/10)
矢野顕子

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 予約しておいた矢野顕子のニュー・アルバム『音楽堂』(ヤマハ/3150円)が届いた。本日発売の、ピアノ弾き語りシリーズ第4弾。
 私にとって、予約してまで新作を買うアーティストは、いまでは矢野顕子ただ1人である。

 矢野顕子のピアノ弾き語りシリーズは、これまでに『SUPER FOLK SONG』(1992)、『Piano Nightly』(1995)、『Home Girl Journey』(2000)の3作が出ている(番外編的に『出前コンサート』のライヴ盤もあるが)。

 3作とも大傑作であり、いずれも名匠・吉野金次がレコーディング・エンジニアをつとめている。この第4弾は4年前から企画がスタートしていたそうだが、吉野が2006年に脳梗塞で倒れたため、彼の回復を待って制作が再開され、シリーズ前作からじつに10年ぶりのリリースとなった。

■収録曲目(カッコ内はオリジナルアーティスト)
01. グッドモーニング(くるり)
02. へびの泣く夜
03. 椅子(上條恒彦)
04. 春風(くるり)
05. 犬の帰宅(ムーンライダーズ)
06. 嘆きの淵にある時も(岡林信康)
07. おかあさん(唱歌)
08. Say It Ain't So(WEEZER)
09. きよしちゃん
10. My Love
11. 右手(ELLEGARDEN)
12. Vincent(ドン・マクリーン)
13. さあ冒険だ(和田アキ子)
14. Green Tea Farm(上原ひろみ)
15. いい日旅立ち(山口百恵)



 まだ2~3回しか聴いていないが、本作もすごくいい。過去3作を好きな人なら満足のいく仕上がりだと思う。

 本作を堪能するコツは、(住宅事情が許す範囲で)大きい音量で聴くこと。まるでホールの客席にいるように、ピアノの艶やかな音に包まれる感じが味わえる。
 うーん、さすが吉野金次(この人のすごさを示す逸話は多いが、立花隆の『青春漂流』で若き日の吉野氏が取り上げられているので、興味があれば一読を)。

 後日ゆっくり感想を書きたいが、とりあえず、いまの段階で気に入った曲を挙げる。

 「へびの泣く夜」は、幾多の名曲を生み出してきた作詞・糸井重里/作曲・矢野顕子の黄金コンビによる新曲。ピアノ弾き語りシリーズに、このコンビの新曲が収録されるのは初めて(「SUPER FOLK SONG」は新曲ではなかったので)。傑作。

 中田喜直作曲の唱歌「おかあさん」が、びっくりするくらいよい。古い唱歌が、こんなにも透明で切ないなんて……。子をもつ母が聴いたら泣くね、きっと。

 「きよしちゃん」は、深い交友のあった故・忌野清志郎のガン闘病中に、彼を励ますために作られたという曲。泣ける。終盤に、「どうしたんだ Hey Hey Baby」というフレーズ(もちろん、「雨上がりの夜空に」からの引用)がささやくようにリフレインされる。

 ELLEGARDEN(エルレガーデン)のカヴァー「右手」は、終盤のドラマティックな盛り上がりがすごい。矢野顕子のヴォーカリストとしての底力を示した熱唱である。

 猫が青空にジャンプするジャケも超キュート。どこにでもいるフツーの和猫であるあたりもいい。
 ※動物写真家岩合光昭氏の作品で、ギリシャのミコノス島の猫だそうです。コメント欄にてご指摘をいただき、訂正。 

■追記
 何回も聴き込むうち、最初は地味に思えた「椅子」や「春風」が、じんわりと心にしみわたってきた。
 「春風」が入っているからというわけでもないが、ピアノ弾き語りシリーズ4作のうち、本作には全体に春のイメージがある。
 私の勝手な印象にすぎないのだが、『SUPER FOLK SONG』は秋、『Piano Nightly』は冬、『Home Girl Journey』は夏に似合う気がする。なので、これでようやく四季が全部揃った、という感じ。

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津田大介『Twitter社会論』

Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)
(2009/11/06)
津田 大介

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 津田大介著『Twitter社会論――新たなリアルタイム・ウェブの潮流』(新書y/777円)読了。

 私自身はツイッターをやっていないし、やる気もないのに、ツイッター本2冊目である。ま、これでだいたい理解できたから、もうほかのツイッター本は読まなくてもいいか。

■関連エントリ→ ツイッターは「時間食い虫」――『Twitterの衝撃』を読んで

 著者は、「ツイッターでイベント等を生中継すること」を意味するネット用語「tsudaる」の語源となったメディアジャーナリスト。ツイッター本を書くのに最適な人物といえよう。
 本書はさすがに、ツイッター入門として非常によくできている。ツイッターをめぐる海外/国内のトピックをまんべんなく紹介し、さまざまな論点を手際よく盛り込んでいるのだ。

 が、本書を読んでも、「私にはツイッターは必要ない」という思いは微塵も変わらなかった。
 そもそも本書自体、私がツイッターの最大の難点だと感じている「中毒性」の症例報告のようだ。

 タイムラインに表示されるつぶやきが増えていくと、今度はそれを追いかけることに多くの時間が割かれることとなり、当時の(今も?)筆者はツイッターのおかげで本当にまったく仕事がはかどらない状態になってしまったのだ。


 自分の思考や行動をつぶやけばつぶやくほど、そのダイナミズムに身をまかせる快楽は深まっていく。ある種「麻薬」のような話だが、これだけツイッターのヘビーユーザーが増えている理由を理解するには、そうしたツイッターの持つ「中毒性」がどこから来ているのか押さえておく必要があるだろう。



 もっとも、「おわりに」によれば、著者自身はのちにそういう状態を乗り越え、距離を置いてツイッターとつきあえるようになったとのことだ。

 フォロー数が増えると、情報の流れも速いため、「タイムライン上の情報はすべて見なければいけない」といった強迫観念から解放される。



 ホントかね? いまでもツイッターが著者の仕事の妨げになっているのではないかと、他人事ながら心配になる(笑)。
 まあ、この著者の場合、いわば「ツイッターで一山当てた」わけだから、ツイッターに多大な時間を割くことにも意味があるだろう。が、なんの意味もないのにツイッターにハマって仕事を失うフリーランサーとか、今後絶対増えると思う。

 巻末には著者と勝間和代の対談が載っていて、これがわりと面白い。とくに、次のような発言はツイッターの本質を衝いている(ような気が)。

勝間―ツイッターって、本来だったら空気の中に消えちゃうはずの想いや会話を文字化してアーカイブしてくれるサービスなんですよ。
津田―行き場のない言葉や思いを「供養」するメディアとも言えますね(笑)。



 本書に紹介されたトピックで思わず笑ってしまったのが、「#twinomi」というハッシュタグ(意味がわからない人はググられたし)の話。

 これは日本発のムーブメントで、飲酒しているときにこのハッシュタグと共に「今こんな酒を飲んでます」とつぶやくというもの。「#twinomi」を検索することで、自分と同じように飲んでいる人たちのつぶやきを一覧で見ることができる。同じ場所にいるわけではないユーザーたちが「今同じ時間に飲んでいる」ということだけで、何となくつながることができるのだ。1人で飲んでいてもツイッターを見ながら「#twinomi」タグを検索すれば寂しくないという人もいるくらいだ。



 そこまでして見知らぬ他人と「つながりたい」かね? みんな、どんだけ寂しがりやなんだ(笑)。私にはその気持ちがわからない。

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鈴木貴博『会社のデスノート』

会社のデスノート トヨタ、JAL、ヨーカ堂が、なぜ?会社のデスノート トヨタ、JAL、ヨーカ堂が、なぜ?
(2009/11/06)
鈴木 貴博

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 鈴木貴博著『会社のデスノート――トヨタ、JAL、ヨーカ堂が、なぜ?』(朝日新聞出版/1575円)読了。

 アイキャッチとして優れたタイトルだ(書店で思わず手が伸びる)。が、誤解を招きやすいタイトルでもある。この書名だと、「次はどの大企業が倒産しそうか?」と無責任に予測して面白がる本のように思われかねない。
 実際にはそうではなく、むしろ日本経済再生への願いがこめられた前向きで真摯な内容である。

 売れっ子経営コンサルタントが、大企業が滅び去る理由/繁栄する理由の両方を、コンサルタントとしての経験をふまえ、実例を挙げて説明していく本。

 たとえば著者は、サブプライムショックでトヨタがすさまじいダメージを受けた理由を、第1章を丸ごと割いて解説している。と同時に、今後何年かの間にトヨタの業績がV字回復すると予測し、その理由を説明していく。
 そうした解説は、「短期所得弾力性」などという経済学のキーワードをちりばめたものなのだが、少しもむずかしくない。私のような経済オンチが読んでも「なるほど、そういうことか」とすっきり腑に落ちるのだ。

 むずかしい話をわかりやすく解説する著者の知的咀嚼力はたいへんなもので、そのわかりやすさたるや、ほとんど『週刊こどもニュース』並みである(ホメてます)。
 カバーそでの著者紹介欄には、「どんなに複雑なビジネス課題も、メカニズムを分解し単純化して説明できる特殊能力者」という一行がある。そのとおりだと感じた。

 ほかにも、日航が経営危機に陥った背景要因の解説とか、映画館の「レディースデー」はなぜ水曜・女性限定の値下げなのかとか、“「エコポイント」を使って大型テレビを買う人が多いのはエコに反するが、それでも日本経済のためにはよいことだ”という解説とか、目からウロコの話がたくさん。

 しかも、面白い解説を読むうちに、「価格弾力性」とか「顧客獲得コスト」などという経済学/経営用語がすんなり理解できるように作られている。いわゆる「エデュテイメント」(エデュケーション+エンタテインメント)としても読めるのだ。
 ためになる良書だった。この著者のほかの本も読んでみよう。

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大西順子『楽興の時』

楽興の時楽興の時
(2009/07/22)
大西順子

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 大西順子の『楽興の時』を聴いた。『三文ゴシップ』と一緒に借りてきたもの。
 日本を代表する女性ジャズ・ピアニストが、昨年、じつに11年ぶりに発表したアルバムだ。

 大西順子がアルバム・デビューしたころ、当時愛読していた『シティロード』(「マニアックな『ぴあ』」という趣のあった情報誌。すでに廃刊)に彼女へのインタビューだか絶賛記事だかが載って、ファーストアルバム『WOW』を聴いてみた。が、当時の私にはどこがすごいのかさっぱりわからなかった。「ああ、やっぱりオレにはジャズはわからないなあ」と思ったものだ。

 それから十数年を経て聴いてみた本作はしかし、私にもその素晴らしさが理解できるものだった。私もようやくジャズがわかる年になったのか(笑)、それとも大西順子のほうが変わったのか。
 過去のアルバムも改めて聴いてみようと思う。いまならよさがわかるかも。

 上原ひろみのような「ロック・ファンにも楽しめるジャズ」という感じではなく、本格的・正統的なジャズ(ですよね?)。
 とくに、「バック・イン・ザ・デイズ」「楽興の時」とエリック・ドルフィーの「G.W.」の3曲は、“美しき疾走”という趣ですごい。渓流のように音が激しく流れ、ほとばしる。ジーン・ジャクソンの暴れ回るようなドラムスも強烈。けっしてBGMにはならない、聴き流すことを許さないジャズ。

 硬質な緊張感みなぎるアルバムだが、ピアノソロの「煙が目にしみる」だけがデパートとかに流れているBGMみたいに甘ったるくて、浮いている。これはなくてもよかった気がする。

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椎名林檎『三文ゴシップ』

三文ゴシップ三文ゴシップ
(2009/06/24)
椎名林檎

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 椎名林檎の『三文ゴシップ』を聴いた。
 昨夏に出たアルバムなのでいまさらだし、レンタルで済ませてしまったけれど……。

 椎名林檎が出ていたガムのテレビCMを見て、「キレイだなあ」と思った。これまでの彼女は「美人なのかブスなのか判断つかない」(失礼!)印象があったが、最近ははっきりと美人に見える。それにセクシー。本作のアートワークも、じつに色っぽい。



 さて、このアルバム、久方ぶりのソロ名義作品だが、東京事変との違いはよくわからない。オープニングの「流行」など、事変の『大人(アダルト)』に入っていても違和感がないだろうし。
 しいていえば、事変のほうが一貫してバンド・サウンドを追求しているのに対し、ソロは昭和歌謡路線の曲やジャズっぽい曲、エレクトロニカっぽい曲があったりして、バラエティに富んでいる点が違いか。しかも、いろんな曲が入っているのに、全体には不思議なほどの統一感がある。

 椎名林檎風エレクトロニカといもうべき「0地点から」という曲が、すごく気に入った。これは、たしかに東京事変ではできない曲だ。『勝訴ストリップ』所収の傑作「浴室」を彷彿とさせるところもある。

 衝撃のデビューアルバム『無罪モラトリアム』から10年以上を経て、椎名林檎も(よい意味で)大人になったなあ、という印象。オルタナっぽい荒々しさは薄れて、どの曲もすこぶる洗練されているのだ。
 どこへ向かうかわからないような初期衝動のエネルギーは消え、細部まで完璧にコントロールされたゴージャスなロック・エンタテインメントになった感じ。

 その変化を象徴するのが、アルバムのラストを飾る「丸の内サディスティック」の大人っぽい「EXPOヴァージョン」。原曲はもちろん『無罪モラトリアム』所収。個人的には椎名林檎でいちばん好きな曲だが、がらりと雰囲気が変わった今回のヴァージョンも大いに気に入った。

 椎名林檎の才能はいまだ涸れていない。『無罪モラトリアム』と並ぶ代表作になり得るアルバムだと思った。

■関連エントリ→ 椎名林檎『私と放電』レビュー

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『生きテク』

生きテク生きテク
(2009/12/03)
生きテクプロジェクト

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 生きテクプロジェクト・編『生きテク――死ぬ技術はもういらない! 8種類の問題解決法』(PHP研究所/1365円)読了。同名サイトの書籍化である。

 自殺するためのテクニックは山ほど世に流布しているのに、「死にたくなったときに思いとどまるテクニック」は、体系化もデータベース化もされていない。
 ならば、そのような「生きるためのテクニック」――「生きテク」を集めてデータベース化してみようではないか。実際に自殺を思いとどまった人たちに取材をし、その生々しい体験を集めて……。
 大要そのようなコンセプトで始まった「生きテクプロジェクト」の、いわばダイジェスト版がこの本である。

 恋愛の悩み・病気の悩み・人との死別による悩みなど、自殺に結びつく深刻な悩みを態様別に章分けし、それをどう乗り越えて死ぬのを思いとどまったかを8種に分類して、「自殺を思いとどまった体験」をカタログ化(!)した本なのだ。
 1人の人の「(自殺を考えるに至った)悩み」→「その解決(のきっかけ)」→「その後」の3つが、2ページないし4ページにコンパクトに凝縮されている。

 「自殺を少しでも減らしたい」と願う著者たちの善意は疑うべくもないし、企画としては卓抜だと思う。
 とはいえ、一冊の本として感動的かといえば、そうでもない。

 本書は要するに、テレビドラマの感涙シーンだけを集めたDVDのようなものだ。
 感涙シーンだけを100個集めれば、観る者は100回泣けるだろうか? もちろんそんなことはない。映画やドラマの感涙シーンは、そこまでのストーリーという前提があればこそ胸を打つのだ。それ抜きで感涙シーンだけ見せられても、観客は泣いたりしない。この『生きテク』もしかり。

 ……と、ケチをつけてしまったが、中には、たった2~4ページのエピソードでも十分感動的なものもある。また、実際に「死にたい」と思っている人たちを鼓舞し、自殺を思いとどまらせる効果もあるだろう。
 人が自殺をするきっかけも、それを思いとどまるきっかけも、案外ささいなものが多いと思うのだ。本書の中の1エピソードが背中を押して、自殺を思いとどまる人がいても不思議はない。

 本書に紹介されているエピソードの中から、印象に残ったものを紹介する。

 桟橋から海へ飛び込もうとした時、近くでキャッチボールをする少年たちの姿が目に入りました。子どもに見られるのはカッコ悪いと思ったら、一瞬足がとまりました。
 冷静になってよく見ると、海は濁って汚かった。
 イヤだなぁ。飛び込みたい気持ちがしぼんでいきました。



 リストカット常習者だった女性が、その習慣を断ち切るために行なったこと。

 イヤなことや苦しいことがあるたびに、濃いピンクのペンで、その数だけ自分の腕に線を引きました、遠目だとリストカットに見えるように。すると、少しだけ気持ちが落ち着くんです。



 (コードで首を吊ったら)しばらくして意識が遠のき、世界が真っ白になりました。その時、コードが切れたんです。意に反して私は生還してしまいました。
(中略)
 今も積極的に「生きたい」とは思っていません。でも、あの時経験した
“世界が真っ白”な感覚はもう味わいたくない。その恐怖心があるから、生きていると言ってもいいかもしれません。
 「死にたい」と思う人に言えることは、1つ。
 死ぬって真っ白になることだよ、恐いよ。


 このようにところどころフォントが大きくなったりしていて、読みやすく工夫されている。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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