東海林智『貧困の現場』

貧困の現場貧困の現場
(2008/08/29)
東海林 智

商品詳細を見る


 今日は、都内で新規の仕事先と打ち合わせ。こういうご時世に執筆依頼が途切れず、新しい仕事先も開拓できるというのはありがたいことである。

 先週は高1の娘が新型インフルエンザで寝込んだのだが、こんどは小6の息子が新型インフルに……。学校にその旨連絡したところ、息子のクラス(といっても、学年で1クラスしかないのだが)では5人が新型にかかっていて、明日から学級閉鎖なのだそうだ。

 私自身は、現在のところ徴候なし。
 雑誌関係者にとって一年でいちばん忙しい「年末進行」にさしかかっているし、今週も3本取材があるので、いま寝込むわけにいかないのである。なので、気力でウイルス撃退。
 とかいって、明日あたりあっさりと熱出したりして(笑)。

--------------------------------
 
 東海林(とうかいりん)智著『貧困の現場』(毎日新聞社/1575円)読了。
 一貫して労働問題の取材をつづけてきた『毎日新聞』社会部記者が、近年の取材をふまえて書き下ろしたルポルタージュ。

 「派遣社員」、「名ばかり店長」、外国人労働者などの過酷な労働現場、定時制高校生たちの厳しい就職事情、「過労うつ」や過労死の現実、生活保護申請を閉め出す自治体の「水際作戦」の実態……。さまざまな角度から、日本の「貧困の現場」が浮き彫りにされていく。

 働いて、自分でお金を稼いで生活する――たったそれだけの普通のことが、格差社会の底辺においてはこれほど困難になってしまっているのかと、改めて驚かされる。
 本書は昨年8月に刊行されたものだから、昨秋来の世界金融危機を受けて、「貧困の現場」の状況はここに描かれたよりもさらに過酷になっているに違いない。

 序文が「貧困の現場から、悲しみと怒りを込めて」と題されている。その言葉どおり、著者は本書のあちこちで涙を流し、行政の冷たさや大企業経営者の無慈悲に怒りの声を上げる。

 恥ずかしい話だが、大集会の取材メモを見返すと、金城さんの話の途中からメモが涙でにじんで何を書いているのか判読できない。



 ……というふうに、著者はすぐに取材相手に感情移入して涙を流す。ずいぶん涙もろいジャーナリストだなあ、と苦笑してしまうが、この「熱さ」は貴重だし、好ましい。大新聞の記者にもこういう人がいるのか、と驚いた。 

 徹して弱者の側に立つ著者の情熱と「共感力」が全編に脈打つ、力作ルポルタージュ。

関連記事

サイモン・フィリップス『シンバイオシス』

SymbiosisSymbiosis
(1995/09/21)
Simon Phillips

商品詳細を見る


 サイモン・フィリップスの『シンバイオシス』を聴いた。
 ジェフ・ベックの『ゼア・アンド・バック』で見せたすさまじいプレイでロック・ファンに名を馳せた売れっ子セッション・ドラマーが、1995年に発表したファースト・ソロアルバムである。

■収録曲目
1. シンバイオシス
2. ユー・レストレス・エンジェル
3. ミデア・デシジョン
4. パイプレイン・トゥ・バーミューダ
5. アイシス
6. アウト・オブ・ザ・ブルー
7. スターフィッシュ・スパゲティ
8. インディアン・サマー
9. シー・オブ・サイズ



 全編、スペイシーな広がりを感じさせるジャズ・ロックになっていて、すごくカッコイイ。ジェフ・ベックの一連のインスト・アルバムに比べると、もう半歩だけジャズ寄りな感じの音。
 「ジャズ寄り」な印象の最大の源は、ジェフ・ベックのアルバムではまず使われないサックスが全面的にフィーチャーされていること。

 とはいえ、甘ったるい感じは微塵もない音なので、ロック・ファンにも十分アピールする作品である。
 とくに、ロック色の強い「ユー・レストレス・エンジェル」「アウト・オブ・ザ・ブルー」「インディアン・サマー」の3曲は悶絶もののカッコよさ。「くーっ! たまらん」である。 

 ドラマーのリーダー・アルバムでジャズ・ロックの名盤といえば、ビリー・コブハムがトミー・ボーリンと組んだ『スペクトラム』や、トニー・ウィリアムスがアラン・ホールズワースと組んだ『ビリーヴ・イット』がまず挙げられる。このアルバムは、その2作と比べても遜色ない捨て曲なしの傑作だ。
 これでギターがジェフ・ベックだったら最高だったのになあ。まあ、本作のギタリスト、レイ・ラッセルもなかなかいいプレイをしているのだが……。


↑サイモン・フィリップスといえばこれ。ジェフ・ベックの「スペース・ブギー」。

関連記事

藤原新也『コスモスの影にはいつも誰かが隠れている』

コスモスの影にはいつも誰かが隠れているコスモスの影にはいつも誰かが隠れている
(2009/08/28)
藤原 新也

商品詳細を見る


 藤原新也著『コスモスの影にはいつも誰かが隠れている』(東京書籍/1680円)読了。
 地下鉄に置かれるフリーペーパー『メトロミニッツ』に連載されたエッセイの単行本化。

本書はこれまで私が上梓してきた書き物とはいささか風合いが異なる。そこにはこれまで私があまり触れてこなかったごく普通の生活を営む男と女の交わりや別れの瞬間、生死の物語が通奏低音のように流れている。



 「あとがき」にそうあるように、本書には、藤原の著作にいつも底流している文明批評的な色合いがない。
 むしろ、ボブ・グリーンのコラム集を彷彿とさせる一冊。市井の人々の一見平凡な人生から、普遍的なドラマを鮮やかな一閃で切り取ったエッセイ集なのだ。ゆえに、これまで藤原新也の本を読んだことのない人にもオススメ。

 出来不出来は当然あるが、少なくとも14作品中の半数は、エッセイというより極上の短編小説のような素晴らしいものだ。

 私がとくに心惹かれたのは、「尾瀬に死す」「海辺のトメさんとクビワとゼロ」「あじさいのころ」「カハタレバナ」「車窓の向こうの人生」、そして表題作の「コスモスの影にはいつも誰かが隠れている」――。

関連記事

西村賢太『瘡瘢旅行』

瘡瘢旅行瘡瘢旅行
(2009/08/27)
西村 賢太

商品詳細を見る


 西村賢太著『瘡瘢(そうはん)旅行』(講談社/1575円)読了。

 平成の破滅型私小説作家の第5作品集。書影をネット上で見るとただの真っ黒にしか見えないが、実際にはブルーブラックの地の上に黒インクで装画が描かれている。

 表題作のほか、「廃疾かかえて」「膿汁の流れ」の2短編を収めている。
 瘡瘢(傷痕のこと)に膿汁に廃疾……タイトルからしていかにも西村賢太らしいまがまがしさである。これまでの作品にも、「焼却炉行き赤ん坊」「腋臭風呂」「けがれなき酒のへど」などというすごいタイトルのものがある。
 
 内容は、相変わらず。友人など1人もいない最低のDV男である私小説作家(作者の分身)が、同棲している女性に対してブチキレる様子がクライマックスに置かれた、まことに陰鬱な私小説である。
 にもかかわらず、面白い。暗さを突き抜けたユーモアがちりばめられ、大正期あたりの私小説のような古風な言葉と現代語を織りまぜた文体には心地よいリズムがある。

 私がいま独身の若者だったとして、親しくなった女の子に「どんな作家が好きなの?」と聞かれて西村賢太の名を挙げたりしたら、一発でドン引きされてフラれてしまうだろうなあ。
 しかし、若い女の子が好きそうなオシャレで甘くて嘘臭い青春小説より、ドクダミの煮汁のごとき味わいの西村作品のほうが読んでいて面白いのだから、仕方ない。 

 とはいえ、これまでの作品集がどれも似たような内容なので(私小説なのだから当然といえば当然だが)、いいかげん飽きてきた。「けがれなき酒のへど」(私はこれがいちばん好き)を読んだときのような衝撃は、もうない。
 それでも、次の作品集が出たら私はまた読むだろうけど……。

関連記事

『幸福』(市川崑)

初回限定 特別版 市川崑監督 水谷豊主演「幸福」【ハイブリッド版Blu-ray】初回限定 特別版 市川崑監督 水谷豊主演「幸福」【ハイブリッド版Blu-ray】
(2009/11/04)
水谷豊永島敏行

商品詳細を見る


 昨日は都内某所で、将棋女流棋士の清水市代さんを取材。

 清水さんを取材するのは、約2年ぶりで4度目。今回は「師を語る」という雑誌記事のための取材で、清水さんの師・高柳敏夫名誉九段(故人)の思い出を語っていただいた。

 たいへんに感動的な、よいお話が聴けた。師を思う心の深さ、師が弟子を思う無償の愛にじーんとなる。

 清水さんももう「アラフォー」なのだが、相変わらず、江戸時代の武家の娘のように凛として清楚で、じつに素敵な女性である。

----------------------------------------

 ケーブルテレビで録画しておいた『幸福』を観た。
 1981年の市川崑監督作品。版権の問題がクリアされ、今秋28年ぶりに初めてソフト化された「幻の名作」で、ソフト化とあわせて「日本映画専門チャンネル」で放映されたもの。エド・マクベインの〈87分署シリーズ〉の1作『クレアが死んでいる』を、舞台を日本に置き換えて翻案した作品。

 地味な映画だが、なかなかよかった。「銀残し」と呼ばれる特殊な現像プロセスが用いられた、白黒映画に近い味わいを加味した渋い映像も好ましい。

 アメリカの警察小説を原作にしているとは思えないほど、センチメンタルでウェットで、人情オリエンテッドなしょうゆ味世界が展開される。でも、そのウェットな感じは悪くない。

 水谷豊が演じる、妻に逃げられ2人の幼い子どもと暮らす主人公の刑事の姿は、『クレイマー、クレイマー』を彷彿とさせる。

 セリフがちょっと説明的すぎる気がするが、演出も撮影も細部に至るまですこぶるていねいで、見ごたえがある。
 描かれる警察捜査のプロセスもリアル。市原悦子、草笛光子クラスの役者が脇役で登場するなど、キャスティングも豪華。

 原作の「クレア」にあたるヒロインを演じるのは、若き日の中原理恵。ハマリ役で、たいへんよい。 

関連記事

トリオ・オブ・ドゥーム『トリオ・オブ・ドゥーム・ライヴ』

The Trio of Doom LiveThe Trio of Doom Live
(2007/07/03)
Trio of Doom

商品詳細を見る


 トリオ・オブ・ドゥームの『トリオ・オブ・ドゥーム・ライヴ』を輸入盤で購入。

 「トリオ・オブ・ドゥーム」は、1979年にキューバのハバナで開催されたライヴ・イベント「ハバナ・ジャム」のために結成された、1回限りのスーパー・トリオである。
 ギターがジョン・マクラフリン、ベースがジャコ・パストリアス、ドラムスがトニー・ウィリアムスという最強の布陣。

 このアルバムは、ハバナ・ジャムでのライヴ音源5曲と、そのライヴで演奏された曲のうち3曲のスタジオ音源を収めたもの。スタジオ音源のほうは、「ライヴを前にした練習」という意味合いで録られたものかな?

■収録曲目
01. ドラム・インプロヴィゼイション(ライヴ) ※
02. ダーク・プリンス(ライヴ) ※
03. コンティニューム(ライヴ) ※
04. パラ・オリエンテ(ライヴ) ※
05. アー・ユー・ザ・ワン?(ライヴ) ※
06. ダーク・プリンス (スタジオ・テイク)
07. コンティニューム (スタジオ・テイク)
08. パラ・オリエンテ (オルタネイト・テイク1 - スタジオ・テイク) ※
09. パラ・オリエンテ (オルタネイト・テイク2 - スタジオ・テイク) ※
10. パラ・オリエンテ (スタジオ・テイク)
※:未発表音源



 トータル・プレイング・タイムは約40分なので、いちおうアルバムとしての体裁は整っている。
 が、「パラ・オリエンテ」が4ヴァージョン(ライヴ版、スタジオ版と、スタジオ版の別テイク2つ)も入っていたりして、正味の曲数は5曲だけである(しかも、そのうち1曲はトニーのドラムソロだし)。

 なので、1枚のアルバムとして聴くには物足りない。まあ、もともと3人とも、アルバムを作るつもりでこのトリオを組んだのではないのだろうし……。

 とはいえ、スーパー・テクニシャン3人の夢の組み合わせだから、火花散るインタープレイも随所に見られる。

 とくにすごいのは、「ダーク・プリンス」の2つのヴァージョン(ライヴとスタジオ音源)と、ラストに収められた「パラ・オリエンテ」のスタジオ・ヴァージョン完成版。

 「ダーク・プリンス」はジョン・マクラフリンのアルバム『エレクトリック・ドリームス』に入っていた曲だが、本作の演奏は音を投げつけるような荒々しいもので、クールな雰囲気だった原曲とはケタ違いの迫力。

 この3曲を聴くためだけでも、買って損はなかった。まあ、新品が800円程度の安い輸入盤だし。

関連記事

『誰も書けなかった日本のタブー』

誰も書けなかった日本のタブー (宝島SUGOI文庫)誰も書けなかった日本のタブー (宝島SUGOI文庫)
(2009/03/05)
西岡 研介一ノ宮 美成

商品詳細を見る


 今日は、午前中に打ち合わせで浜町まで。徹夜明けだったのでボーッとして各駅停車と快速を乗り違え、船堀というところまで“オーバーラン”してしまった。

 帰途、昼食ついでに高円寺に降り、パル商店街の居酒屋火災の現場前を通る。店の前に献花台が置かれ、テレビカメラ多数。
 くだんの店には入ったことがないのだが、すぐそばの高円寺ガード下とかではよく飲んだので、なんだか他人事ではない。

 電車の中で、『誰も書けなかった日本のタブー』(宝島SUGOI文庫/590円)読了。
 『別冊宝島Real』の「平成日本タブー大全」シリーズから、セレクトして文庫化したもの。

 タイトルはキワモノっぽいが、中身は意外とマジメな硬派ルポ集。アマゾンの「内容紹介」の一部をコピペすると……。

 雅子妃を輩出した小和田家と天皇家の確執、中田カウス事件の意外な背景、橋下徹府知事の闇、ダライ・ラマ14世と山口組の関係、後藤忠政元組長の肝移植疑惑、売春するHIV感染者、ゴミからできる健康食品、潜伏する父娘レイプの悲劇……。一目置かれるタブー系ムック「別冊宝島Real」から選りすぐった珠玉のルポ集です。



 参加している書き手の力量にバラツキがあって、かなり玉石混淆。
 鈴木智彦という人が書いた3本の記事が、いずれも突出して面白い。ヤクザ系ルポをよく書いている人らしいのだが、「よくここまで書くなあ」という感じで、スゴイ迫力。

 中でもいちばん仰天したのが、「ダライ・ラマ14世に群がる黒い面々」というルポ。どこまでホントか判断しかねるが、『誰も書けなかった日本のタブー』のタイトルにふさわしい1本だ。

関連記事

エイドリアン・デスモンド、ジェイムズ・ムーア『ダーウィンが信じた道』

ダーウィンが信じた道―進化論に隠されたメッセージダーウィンが信じた道―進化論に隠されたメッセージ
(2009/06)
エイドリアン・デズモンドジェイムズ・ムーア

商品詳細を見る

 
 エイドリアン・デスモンド、ジェイムズ・ムーア著『ダーウィンが信じた道――進化論に隠されたメッセージ』(NHK出版/3255円)読了。

 我々の生命観を一変させ、現代生物学の礎の一つとなった進化論を生んだダーウィン。今年は彼の生誕200年に当たり、主著『種の起源』出版150周年でもある。本書はその佳節にふさわしい、ダーウィンの知られざる実像に迫った大著だ。

 著者2人は高名な科学史家で、1991年にも浩瀚な伝記『ダーウィン』を共著で上梓し、数々の賞に輝いている(邦訳は99年に工作舎より刊行)。本書は同書に屋上屋を架すものではなく、別の角度からダーウィンの歩みをたどったものだ。

 著者たちが光を当てるのは、ダーウィンが生涯を懸けて進化論を築き上げた、その動機。科学の進歩のためでも自らの知識欲のためでもなく、ダーウィンには他に明確な研究目的があったと、著者たちは言うのだ。
 ダーウィンを進化論研究に駆り立てた原動力は、当時まだ存在していた奴隷制への義憤だった、というのが著者の見立てである。本書は、丹念な検証作業によってその主張を裏づけていくものだ。

 ダーウィンが生きた時代、科学者にも奴隷制擁護主義者は多く、彼らは人種多起源論を唱えていた。白人と黒人は祖先を異にする別の種だと考えることで、奴隷制を正当化しようとする勢力が存在したのだ。人種多起源論が誤りであり、人類が共通の祖先をもつ兄弟であると立証できれば、奴隷制正当化の根拠を突き崩せる――そんな情熱が、ダーウィンを支えていたのだ。

 著者たちはダーウィンの生涯を、奴隷制との長い闘いのプロセスとして捉え直していく。
 奴隷制反対の立場をとる名家に生まれたダーウィンは、若き日に測量船ビーグル号で航海をした際、南米各地で奴隷たちの悲惨な境遇を目の当たりにし、奴隷制への怒りをいよいよつのらせる。本書の前半では、そのような進化論以前の歩みが詳述される。そして後半では、進化論が深まりゆく過程、論敵との闘い、キリスト教社会での進化論公表をめぐるダーウィンの長い逡巡などが、つぶさにたどられていく。

 ダーウィンの“闘う人道主義者”としての側面を活写し、科学と社会の関係について改めて考えさせる労作。

 私は、佐倉統の好著『進化論の挑戦』を少し前に読んだところだったので、本書もたいへん面白く読めた。

 ただ、本文だけで600ページ超という本書の分量は多すぎ。「そこまで詳論する必要はないのでは?」と思わせる部分まで微に入り細を穿って書かれていて、トリヴィアルにすぎる。私が本書の編集者だったなら、この半分の量にまで削らせるだろう。

関連記事

マイク・マイニエリ&スティーヴ・ガッド『リマージュ』

リマージュリマージュ
(2009/04/22)
マイク・マイニエリ&スティーヴ・ガッド

商品詳細を見る


 マイク・マイニエリ&スティーヴ・ガッドの『リマージュ』(ビデオアーツ)を聴いた。
 ニューヨーク・フュージョンの重鎮、 マイク・マイニエリとスティーヴ・ガッドが中心になったフュージョン・バンド「リマージュ」のファースト・アルバムである。

 ……というふうに書くと、ややこしくてわけがわからないかもしれない。
 日本盤の表記に従うと「リマージュ」はアルバム・タイトルだが、原盤の表記では「リマージュ」はバンドネームであって、「マイク・マイニエリ&スティーヴ・ガッド」なるアーティスト名はどこにも書かれていない。これは、リマージュというバンドの『2.0』というタイトルのアルバムなのだ。

 マイク・マイニエリとスティーヴ・ガッドはともに日本で人気があるから、という理由での変更だと思うが、アーティスト名義まで勝手に変えてしまうのはいかがなものか。
 これはたとえばの話、ビートルズの『アビイ・ロード』を、レノン&マッカートニーというアーティストの『ザ・ビートルズ』というタイトルのアルバムとして発売しちゃうようなものではないか。

 リマージュは、マイク・マイニエリ、スティーヴ・ガッド、トニー・レヴィン、ウォーレン・バーンハートの4人が、1970年代半ばに結成したフュージョン・バンド。
 ニューヨークでギグをくり返して人気を集めたが、アルバム発表前に自然消滅してしまった。ゆえに「幻のスーパー・バンド」として語り継がれていた。

 その伝説のバンドのメンバーが30数年を経て集い、ようやく作られたファースト・アルバムが本作(オリジナル・メンバー4人にくわえ、ギターのデヴィッド・スピノザが参加)。ゆえに、「ウェブ2.0」になぞらえてタイトルが『2.0』となったのだ。

 さて、このアルバム、マイニエリの透明感あふれるヴァイヴが核になっていることもあって、すこぶる上品で落ち着いた味わいの「大人のフュージョン」に仕上がっている。
 スティーヴ・ガッドもテクニックをひけらかすところがなく、ブラシ・ワークを多用して渋いドラミングを展開。スピノザのギターも、エフェクターをほとんど使わないナチュラルでソフトな音。
 どの曲もメロディーは美しく、アレンジは繊細で緻密。サウンドはしっとりと流麗。聴けば聴くほど味わいが深まる。

 マイク・マイニエリといえば、私が彼の名を知ったのは、渡辺香津美の名作『TO CHI KA(トチカ)』(1980)のプロデューサーとしてである。
 あのアルバムのタイトル・ナンバーはヴァイヴと生ギターが美しいメロディを奏でる絶品であったが、本作はあんな感じの音が全編で展開されている。
 マイニエリが同名ソロアルバムで発表したヒット曲「ラヴ・プレイ」も再演されていて、これが最高の仕上がり。

 一言で言えば、水彩画のようなフュージョン。あるいは、「ニューヨーク・フュージョン印象派」という趣。じつになごむ1枚。

 
関連記事

『からっ風野郎』

からっ風野郎 [DVD]からっ風野郎 [DVD]
(2007/11/22)
三島由紀夫.若尾文子.川崎敬三.船越英二.志村喬.水谷良重

商品詳細を見る


 ケーブルテレビで録画しておいた『からっ風野郎』を観た。

 三島由紀夫が主演した、1960年の大映映画。監督は名匠・増村保造。すでに世界的名声を得ていた当時35歳の三島が演じるのは、落ち目の名門ヤクザの2代目。

 私はこの映画の存在自体は知っていたが、観るのは初めて。「どうせ、人気作家が主演するという話題性だけの駄作だろう」とたかをくくっていたのだが、意外にもすごく面白かった。
 傑作とは言いにくいがけっして駄作ではなく、興趣尽きない珍作。珍なる味わいが最初から最後まで持続し、少しも退屈しなかった。ヤクザ映画とはいえ泥臭さはなく、日活アクションに近いモダンなセンスが横溢している。とくに、色彩感覚はいま観ても十分に新鮮。

 プロの役者たちに囲まれて、三島の拙い素人演技が浮きまくってはいるのだが、そのことがむしろ面白さになっている。てゆーか、笑える。

 必然性もなく三島が上半身裸になるシーンがやたらと多くて、そのへんはたぶん三島の希望によるのだろう(笑)。ボディビルで鍛えた肉体はけっこうさまになっている。

 素肌に革ジャンを羽織って伝法なセリフをしゃべり、派手な銃撃戦などのアクションを演じ、ヒロイン・若尾文子とラブシーンを演じ、あまつさえ妊娠までさせる(笑)のだから、三島としては演じていてさぞ楽しかったろう。人はとかく自分にないものを欲しがるものであり、この映画で演じた役柄は現実の三島とおよそ正反対だったのだから……。

 ところで、三島のもう一つの主演映画『憂国』(三島の同名短編の映画化)もDVD化され市販されているのだな。初めて知った。ほんの数年前まで観るのが困難な「幻の作品」だったのに、いい時代になったものである。

関連記事

桜井章一『負けない技術』

負けない技術──20年間無敗、伝説の雀鬼の「逆境突破力」 (講談社プラスアルファ新書)負けない技術──20年間無敗、伝説の雀鬼の「逆境突破力」 (講談社プラスアルファ新書)
(2009/09/18)
桜井 章一

商品詳細を見る


 昨日は、都内某所で岩隈まどかさんを取材。楽天イーグルスの岩隈久志投手の奥様である。
 女性誌の仕事なので、今回はまどかさんが記事の主役。ご主人の激闘を支えてきた「内助の功」の舞台裏など、あれこれうかがう。

 週刊誌の記事で「しょこたん(中川翔子)似」と評されたこともあるまどかさん。たしかに、パッチリと大きな目などはしょこたん似かも。女子大生だと言われても信じてしまうくらい可愛らしい。
 でも、ものすごくしっかり者で気丈な賢夫人なのであった。

--------------------------------------------

 行き帰りの電車で、桜井章一著『負けない技術──20年間無敗、伝説の雀鬼の「逆境突破力」』 (講談社プラスアルファ新書/880円)読了。

 著者は「伝説の雀鬼」なのだそうだが、私は麻雀のやり方すらわからないので、この人のことも知らない。
 だが、著者の「勝負哲学」を語った本書は、そんな私にも読む価値のある一冊だった。麻雀についての専門的な記述はいっさい出てこないし。

 著者の言葉の一つひとつが含蓄深く、メモしておきたくなるような言葉がいっぱい。どんな分野であれ、一つの道を究めた者の言葉は哲学的深みを帯びるものなのだな。

 途中ダレるところもあるが、価格分の価値は十分ある。とくに、第一章「『負けない』は『勝つ』より難しい」は、本書の肝といってよい。

 強い印象を受けた一節をいくつか引いてみよう。

 私は、仕事でも人生でも、「負ける」という行為の九九パーセントは「自滅」だといっていいと思っている。
 実際にスポーツ、経済、ギャンブル、あらゆる世界でくり広げられている勝負において、「負け」の原因をつぶさに見ていくと、圧倒的に多いのは自滅で負けを引き寄せているパターンである。



 世の中のあらゆることは動いている。さまざまなものごとが絶え間なく動き、変化することで世の中が成り立っている。流れが止まれば生き物はたちどころに死に絶え、この世はこの世でなくなる。
 つまり「生きる」ことは動きや変化に対応し、順応するということ。そしてそれは、あらゆる世界に通じる真理でもある。
 勝負の世界だって例外ではない。動きを観察していれば気づきが生まれ、相手の変化に対応できるようになる。「負けない」技術は、そうしたことのくり返しで徐々に身についていくものなのである。



 「勝つ」も「負けない」も、結果的には同じことを意味しているが、その本質はまったく別のものだ。
 「勝ちたい」という気持ちは、欲望と同じで限度がない。限度がないからそれを達成するために汚いこと、ずるいことなども平気でするようになってしまう。
 (中略)
 もう一方の「負けない」という気持ちは、「勝ちたい」よりも人間の“素”の部分、本能に近いところにある。
 (中略)
 勝ったまま死んでいく人はこの世にひとりとしていない。ただ、負けないように死んでいくということはできるかもしれない。



 ビギナーズラックはけっして偶然ではない。ビギナーズラックは起こるべくして起こっているのだ。
 「難しく考えない」――ここにビギナーズラックの必然性がある。人は、ものごとがわかってくるとだんだん難しく考えるようになる。知識や情報が増え、考えが広がってくると、そこに迷いが生じてくる。
(中略)
 勝負は複雑にすればするほど、「負け」へと近づくことになる。勝負の世界でも「シンプル・イズ・ベスト」ということがいえるのだ。



関連記事

稲葉剛・冨樫匡孝『貧困のリアル』

貧困のリアル (家族で読めるfamily book series―たちまちわかる最新時事解説)貧困のリアル (家族で読めるfamily book series―たちまちわかる最新時事解説)
(2009/09)
稲葉 剛冨樫 匡孝

商品詳細を見る


 稲葉剛・冨樫匡孝著『貧困のリアル』(飛鳥新社/750円)読了。この前読んだ『グーグルが本を殺す』と同じく、ブックレット「たちまちわかる最新時事解説」の1冊。

 著者2人は、湯浅誠の人気もあって一躍脚光を浴びたNPO法人・自立生活サポートセンター「もやい」のメンバー(稲葉は代表理事)。「もやい」の活動をふまえ、現場から日本の貧困・ワーキングプア問題を語った1冊である。

 100ページほどの限られた紙数の中に、貧困問題のさまざまな論点をわかりやすく盛り込み、実例も適宜挙げて、よくまとまっている本。湯浅誠の『反貧困』に感動した人は本書も読むとよい。

 「もやい」の活動内容もくわしく紹介されていて、その真摯な取り組みに頭の下がる思いがする。たとえば稲葉は、連帯保証人がいないため住居の契約ができないホームレスのため、「一番多いときには五○○人以上の連帯保証人をしてい」たという。

 あまりに多くの連帯保証人を引き受けてきたので不動産屋に「もう稲葉さんは連帯保証人にはなれません」と言われるようになってしまいました。しかし次第に〈もやい〉の認知度が高まり、不動産屋から「団体としての〈もやい〉さんだったらいいですよ」ということで話がまとまり、二○○六年度から〈もやい〉が団体として保証する形式に切り替えています。



 こういう人たちこそが現代の「聖者」なのではないか、という気さえする。

関連記事

サンディー『WATASHI』、野田幹子『太陽の東、月の西』

WATASHIWATASHI
(1996/01/21)
SANDII

商品詳細を見る


 最近、「ブックオフ」に行くとCD棚の105円、250円、500円コーナーをチェックする。並んでいるCDの9割以上はどーでもいい代物だが、ごくたまに掘り出し物に出合う。

 今日は、サンディーの96年作品『WATASHI』と、野田幹子が88年に発表したセカンド『太陽の東、月の西』をそれぞれ250円でゲット。2枚とも帯付きで、盤面も新品同様だったのでラッキー。

 サンディーは、日本が世界に誇れる名ヴォーカリストだと思う。サンディー&ザ・サンセッツは大好きだったし、ソロアルバムでも名盤の誉れ高い『マーシー』や『ドリーム・キャッチャー』などは愛聴していたのだが、この『WATASHI』は初めて聴いた。
 サンセッツ時代のようなロック色、テクノポップ色はなく、ボサノヴァなどのブラジリアン色濃厚なアルバム。タイトル・ナンバーの「WATASHI」は、セリーヌ・ディオンもコンサートでよくカヴァーしているそうだ。

 「砂時計」という曲が突出して素晴らしい。オリジナルなのだが、歌詞がポルトガル語であることもあって、ボサノヴァのスタンダードのカヴァーのような印象。それくらい、名曲の風格がある。

 野田幹子の『太陽の東、月の西』は、昔(もう20年以上も前なのだな)LPで愛聴していたアルバム。久々の再会だ。
 検索してみたところ、野田は現在ソムリエとしても活躍しているそうだ(!)。

 彼女の初期のアルバムはムーンライダーズの面々がバックアップしていて、なかなかハイクオリティーであった。とくにこのセカンド・アルバムは、いま聴いても捨て曲なしの傑作だと思う。

 アルバムのコ・プロデューサーでもあるムーンライダーズの岡田徹がほとんどの曲をアレンジしているのだが、そのアレンジがじつに素晴らしい。生ギター、トランペット、ストリングス、生ピアノのからませ方が絶妙で、野田幹子のナチュラルなヴォーカルの魅力を最大限に引き出している。
 とくに、サウンドの核を成している生ギターの、なんと魅力的なこと。生ギターといってもおよそフォーク的ではなく、さりとてボサノヴァ的でもない。元気でキュートなガールズ・ポップの中に、生ギターの音が違和感なく溶け込んでいるのだ。

 M2「エアポート」、M4「Bus Stop」(ホリーズのヒット曲の和訳カヴァー)あたりは最高の出来。

関連記事

西岡研介『「噂の眞相」トップ屋稼業』

「噂の眞相」トップ屋稼業 (河出文庫)「噂の眞相」トップ屋稼業 (河出文庫)
(2009/07/03)
西岡 研介

商品詳細を見る


 西岡研介著『スキャンダルを追え! 「噂の眞相」トップ屋稼業』(河出文庫/735円)読了。

 著者は『噂の眞相』時代、東京高検検事長の女性スキャンダルや、時の首相(森喜朗)の売春検挙歴暴露などのスクープを放ち、一躍業界に名を馳せた敏腕記者(現在は『週刊現代』記者)。

 本書は、『噂の眞相』時代を中心に、その前の『神戸新聞』記者時代やその後の『週刊文春』記者時代の思い出もまじえて綴った回顧録。元本は2001年に出たものだが、文庫化を機に初読。

 ウワシン時代のスクープの舞台裏が面白いし、相手がどんな権力者でも臆せず食らいついていく記者根性は大したものだと思う。

 が、福田ますみ著『でっちあげ』が出たあとなので、その分どうしても色眼鏡で読んでしまった。『でっちあげ』には、西岡氏のずさんで高飛車な取材が名指しで批判されていたのだ。

 その色眼鏡で読んでみると、本書にも傍若無人ぶりの一端が垣間見える。たとえば、『神戸新聞』時代の思い出を綴った章にある、次のような記述――。

 あるベテランの神戸市議に至っては、私に面と向かってこういい放った。
「おう、お前、たしか神戸(新聞)の記者やったな。いらんことばっかり書きやがって。それでも地元紙か? 空港に反対するようなとこの取材に、誰がしゃべるかい」
 むろん今の私なら「こら、おっさん、田舎のチンピラ議員が誰にもの言うとんドイ! お前いっぺん、全国的に有名にしたろか」と、かみついているところだ。しかし当時、「神戸新聞」という看板を背負っていた私は、会社に迷惑がかかってはと、できる限り耐えてきた。(太字強調は引用者)



 笑いを狙って大げさに書いているのだろうが、「今の私」がどんな言葉遣いで取材相手を責め立てているかが、うかがい知れる気がする。
 「トップ屋」(週・月刊誌のトップ記事=スクープをものにするため、しのぎを削るフリー記者たち)というのは切った張ったの世界なのかもしれないが、かりにもジャーナリストならもう少し品位を保てないものか。

 ちなみに、この文庫版のあとがきには、『でっちあげ』での批判に対する言及は一切なし。自著『マングローブ』に向けられた批判に対しては、あとがきで勇ましく反論しているのに……。

関連記事

柳生博さんを取材

八ヶ岳倶楽部II それからの森八ヶ岳倶楽部II それからの森
(2009/08/07)
柳生 博

商品詳細を見る


 今日は、八ヶ岳南麓にある「八ヶ岳倶楽部」にて、俳優の柳生博さんを取材。柳生さんの近著『八ヶ岳倶楽部Ⅱ それからの森』(講談社)と、関連記事多数を読んで臨む。

 「特急あずさ」と小海線(こうみせん)とタクシーを乗り継いで、自宅から2時間ちょいで「八ヶ岳倶楽部」に到着。意外に近いのだな。
 
 「八ヶ岳倶楽部」とは、柳生さん経営の「ギャラリー・レストラン」。柳生さんが33年前からコツコツと丹精した広大な森の一部を、「パプリック・スペース」として開放する形で、20年前にオープンした。いまでは年間10万人もの客が訪れる人気スポットになっている。

 八ヶ岳倶楽部の庭には華やかな花壇もアトラクションもありません。
 あるのは手入れの行き届いた雑木林だけ・・・
 ぜんぶ自分たちで造ってきました。



 案内リーフレットにそんな一節があるように、広大な森を彩る1万本を優に超える木々は、いずれも柳生さんとご家族、仲間たちが自らの手で植えてきたものなのである。

 柳生さんは俳優業と八ヶ岳倶楽部の運営のかたわら、「日本野鳥の会」の会長、「コウノトリファンクラブ」(コウノトリ保護運動の団体)の会長をボランティアで勤めておられる。

 「エコ」なんて言葉が一般的になる前から「エコな暮らし」を送り、「田舎暮らし」が流行るはるか以前から自然体で田舎暮らしを(しかも俳優としての人気絶頂時に、俳優業と両立させて!)してきた柳生さんは、その豊富な経験をふまえ、自然保護のオピニオン・リーダーとなっているのだ。

 お話をうかがいながら、私が「エコの先駆者」とか、「使命感に燃えて自然保護活動を」みたいな言葉で柳生さんの活動を語ろうとすると、はにかみつつ否定された。「いや、そんな大げさなもんじゃなくて」、「そういう言葉を使うと、堅苦しくなっちゃうから」というふうに……。
 自分を大きく見せようとか、飾ろうなどという気持ちは微塵もない、自然体でダンディな方であった。
 八ヶ岳倶楽部に集うスタッフとお客さんたちに、柳生さんがこよなく敬愛されている様子も印象的。

 なお、同行の若い編集者とカメラマンは、柳生さんが10年以上にわたって司会をつとめた人気番組『100万円クイズハンター』のことを知らなかった。世代のギャップを感じますなあ。

関連記事

大野俊三コンサート

マンハッタン・ブルー(紙ジャケット仕様)マンハッタン・ブルー(紙ジャケット仕様)
(2009/08/05)
大野俊三

←傑作「ムサシ」はこのアルバム所収


 今日は「アミュー立川」(立川市民会館)で、ジャズ・トランペッター大野俊三のコンサートを観た。秋田慎二(ピアノ)、佐藤慎一(ベース)、小山太郎(ドラムス)という3人の若手を率いてのカルテット。

 プログラムに「さくらさくら」「赤とんぼ」「たき火」「村のかじや」などという童謡・唱歌のたぐいが並んでいたので、「イージー・リスニングみたいな毒にも薬にもならないアレンジで演奏されたらイヤだなあ」と思っていた。
 実際に聴いてみたらそんなことはなく、どの曲も見事に本格的ジャズになっていた。リードのメロディが童謡・唱歌のそれだというだけ。

 若手3人によるバックもそれぞれよかった。とくに、佐藤慎一のベース。途中、ウッドベースのソロで「リンゴ追分」を弾く一幕があって、ゾクゾクした。

 大野のオリジナル曲を4曲演奏したのだが、いずれも素晴らしかった。とくに「シーブリーズ」「ムサシ」の2曲は、ハービー・ハンコックの「処女航海」あたりと並べても遜色ない傑作。

 「シーブリーズ」は、「波浪は障害に遭うごとに、その堅固の度を増す」との言葉をモチーフにした曲だという。
 大野俊三は、1988年に交通事故で唇に裂傷を負い、トランペッターとして致命的危機に陥りながらも強靱な精神力で見事に復活。
 さらに、96年には扁桃ガンを除去する大手術を受け、片側の唾液腺と神経を除去。ふたたびトランペッター生命の危機に直面した。しかし、このときも不屈の挑戦により、楽器を一から始めるような状態から演奏活動を再開できるまでになったのだった。
 そんな体験をふまえ、“我が人生も、岩にぶつかるたび堅固になる波浪のごとくありたい”との思いをこめた、美しく力強い曲だ。

 また、「ムサシ」とはもちろん宮本武蔵のことで、巌流島の対決をイメージした曲だとか。

 「童謡やら『スカボロー・フェア』やらはもういいから、オリジナル曲だけ演奏してほしい」と思った。
 もっとも、老若男女の庶民が集う民音コンサートだったので、「誰もが知っている曲」を中心にしないわけにはいかなかったのだろう。

 ともあれ、久々に生でジャズが聴けて楽しい宵だった。大野俊三のトランペットは優しくてあたたかい。

関連記事

絲山秋子『絲的メイソウ』

絲的メイソウ (講談社文庫)絲的メイソウ (講談社文庫)
(2009/09/15)
絲山 秋子

商品詳細を見る


 昨日は、企業取材で千葉県柏市へ――。秋葉原から出ている「つくばエクスプレス」に初めて乗った。

 行き帰りの電車で、絲山秋子著『絲的メイソウ』(講談社文庫/550円)読了。
 絲山の初エッセイ集である。文庫化されたので読んでみた。彼女の小説は5冊ほど読んだが、エッセイは初読。

 意外なほどお笑い色の強いエッセイであった。持病のうつ病を題材にした「下り坂ドライブ」さえ、笑いにまぶして病気が語られている。

 「芥川賞作家が創作の舞台裏を語る」みたいな内容は注意深く避けられていて、おもにどーでもいいことが軽快な筆致で綴られている。
 「ハゲ萌え」であることをカミングアウトした「禿礼讃」、ヘビースモーカーとして喫煙者が虐げられている現状をユーモラスに怒る「喫煙党」あたりは、笑えて痛快。全体に、女流作家らしからぬさばけたタッチの「男前」なエッセイが多い。

 笑える一節を2つほど引いてみよう。

 胸から痩せて腹から太る、というのは本当のことで、どうもぐすぐすするなあ、と思って買いに行ったら、なんとブラジャーのサイズがFカップからBカップになっていた。胸の大きさに貴賤はないと承知はしているが、我が事となると大トロがスーパーの赤身のマグロに化けてしまったような衝撃だった。買って殆どつける機会のなかったFカップブラは、未練がましいとは思うが捨てられない。後生大事に保管して、私の死後、いつの日か、「絲山秋子記念館」なんてものが出来た日には、メガネや茶碗なんてつまらないものは置かずにドカンとFカップブラを展示してもらおう。遺言にも「Bを捨て、Fを展示のこと」と、暗号めいたことを書いておくことにする。



 私が好きなオトコのことを「現場」とか「物件」とか呼ぶのは昔、建築業界で仕事をしていたときの名残です。同期の女性なんかに久々に会うと、「ねえ、なんかいい物件持ってる?」なんて言ったものです。「いやあ、ピカ現場があったんだけど、よそにひっくり返されちゃってさあ」「ちゃんと営業しなきゃだめじゃん」こんな感じ。女同士って、甘くないですね。こんなの聞いたら幻滅ですよね。(「男たちよ、本を読むな!」)



 いちばん面白かったのは、「恋のトラバター」。
 38歳(当時)にして片思いの恋をした顛末が綴られていて、本書の中でこの一編だけがちょっと違う匂いを放っている。絲山の傑作短編「袋小路の男」が好きな人なら必読である。

関連記事

『中国の植物学者の娘たち』

中国の植物学者の娘たち スペシャル・エディション [DVD]中国の植物学者の娘たち スペシャル・エディション [DVD]
(2008/04/25)
リー・シャオラングエン・ニュー・クイン

商品詳細を見る


 ケーブルテレビで録画しておいた『中国の植物学者の娘たち』を観た。『小さな中国のお針子』などの作品で知られる中国人映画監督ダイ・シージエ(フランス在住)が、フランス・カナダ合作の形で作った映画。

 ■公式サイト→ http://www.astaire.co.jp/shokubutsu/

 中国南部の架空の町。湖に浮かぶ孤島の植物園を舞台に、2人の女性の同性愛を描いた耽美的なラブストーリー。

 厳格すぎる植物学者・チェン教授の娘・アンと、植物園に実習生として送り込まれた孤児院育ちのミン。ともに孤独な環境で育った2人は、互いの孤独が共鳴するように惹かれ合う。
 だが、軍隊から里帰りしてきたアンの兄がミンに一目惚れ。チェン教授も2人を結婚させようとする。知られてはならぬ愛を育んでしまったアンとミンが、その愛をまっとうするために選んだ道とは――。

 ……と、そんなふうな映画。ストレートな性描写はほとんどなく、エロティックではあるがポルノではない。それでも題材ゆえに中国では撮影が許されず(配給も禁止)、ヴェトナムで撮影されたという。

 ストーリーはかなり強引で無理がある。とくに、アンとミンが「すべてを捨てても愛をつらぬきたい」と決意するまでのプロセスがあまりに性急で、まったく説得力がない。「出会ってまだ日も浅いのに、いつの間にそんなに深く愛し合ったのか?」と問いつめたくなる。

 しかし、アンとミンを演ずる2人の女優(リー・シャオランとミレーヌ・ジャンパノワ)がたいへん美しく、彼女たちを見るだけで眼福なので、多少の瑕疵には目をつぶりたい。
 また、ストレートな性描写がないからこそ、婉曲な表現が目覚ましい効果を上げている。2人のヒロインの二の腕やうなじ、脚などをカメラが舐めるように映し出すだけで、品のよいエロスが薫り立つのである。映像も美しい。



 ラストの展開には目がテン。つい四半世紀ほど前(ミンは1976年の大地震で両親を喪ったという設定なので、1980年代が舞台と思われる)の中国で、同性愛が犯罪だったということに驚かされる。てゆーか、いまでもそうなのかな?

 
関連記事

本田直之『レバレッジ・リーディング』

レバレッジ・リーディングレバレッジ・リーディング
(2006/12/01)
本田 直之

商品詳細を見る


 昨日は、以前読んでこのブログにも感想を書いた『日記の魔力』の著者・表(おもて)三郎さんを取材。「日記の効用」について、あれこれお話をうかがう。

■関連エントリ→ 『日記の魔力』レビュー

 「日記の達人」にして「日記の伝道師」である表さんは、カリスマ予備校教師として、また左翼の論客としても名高い方である(雑誌『情況』の編集顧問もされている)。

 たいへん楽しく、また驚くほど若々しい方であった。1940年生まれ69歳なのに、50代に見える。

 こういう機会もあるから、ブログにウカツなことは書けない。
 もっとも、『日記の魔力』について批判的なことは書いていないが、このブログで思いきりクサした某や某々を取材することになったら、関連エントリは速攻削除しよう(笑)。

------------------------------------------

 取材に向かう電車の中で、本田直之著『レバレッジ・リーディング――100倍の利益を稼ぎ出すビジネス書「多読」のすすめ』(東洋経済新報社/1575円)読了。

 3年前に出てベストセラーになったもの。
 読書術、読書論のたぐいをある程度読み込んできた読者にとっては、なんら得るもののない本。これほど内容の薄い本がベストセラーになるのかと、ビックリさせられる。

 “ビジネスマンにとってビジネス書を読むことは「投資」である”という視点が面白いのと、「レバレッジ・リーディング」というタイトルが目新しかったことが、ベストセラーになった要因であろう。てゆーか、ほかに美点は見当たらない。

関連記事

小山龍介『TIME HACKS!』

TIME HACKS!TIME HACKS!
(2006/12/01)
小山 龍介

商品詳細を見る


小山龍介著『TIME HACKS!(タイムハック!)――劇的に生産性を上げる「時間管理」のコツと習慣』(東洋経済新報社/1575円)読了。

 1時間ほどの病院の待ち時間でサラっと読み。
 読む順序が逆になってしまったが、前に読んだ『整理HACKS!』『ステーショナリーハック』の著者の旧著。タイトルのとおり、時間管理がテーマとなっている。

 『整理HACKS!』は非常に具体的かつ細かいハック満載でよかったのだが、本書はイマイチ。時間という目に見えないものを扱っているだけに、話が抽象的な精神論になっちゃってる部分が目立つのだ。

 過去の時間管理術とは違う独創的なハックも、ほとんど見当たらず。どっかで聞いたような話ばかりである。

 ただ、脚注にも本文とは別角度の情報をつめこむなど、少しでもたくさんの情報を読者に提供しようという旺盛なサービス精神には好感がもてる。この著者は本作りがていねいで、手抜きがない。

 なお、私がこれまで読んだ本の中で時間管理術のオススメを一つだけ挙げるなら、メリル・E・ダグラスの『決定版 時間を生かす』(知的生きかた文庫)である。
 1980年代に出た古い本だし、「知的生きかた文庫」というとあまり知的でない印象があるが(笑)、これはいま読んでも十分に啓発される名著。

関連記事

Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

里親募集中

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
23位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
17位
アクセスランキングを見る>>