『狂った果実』

狂った果実 [DVD]狂った果実 [DVD]
(2002/09/27)
石原裕次郎北原三枝

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 ケーブルテレビで録画しておいた『狂った果実』を観た。半世紀以上前(1956年)に作られた、石原裕次郎の初主演作である。
 タイトルと断片的な作品情報だけは知っていたが、観たのは初めて。そうか、こういう映画だったのか。

 さすがにセリフ回しなどは古色蒼然としているが、いま観ても十分にみずみずしい青春映画。
 若き日の北原三枝が、日本人離れして美しい。裕次郎夫人としてのオバサン顔しか知らない世代には、ビックリするほど。裕次郎演ずる兄と津川雅彦演ずる弟の2人を翻弄するファムファタールの役にピッタリだ。

 表面上は通俗青春映画のようでいて、その底には“太陽族版「カインとアベル」”という趣の神話的な輝きを秘めた作品。

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pupa『floating pupa』

floating pupafloating pupa
(2008/07/02)
pupa

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 pupa(ピューパ)の『floating pupa』(EMI)を聴いた。高橋幸宏を中心に結成されたポップ・エレクトロニカ・バンドのデビューアルバム。

 ほかのメンバーは、原田知世、高野寛、高田漣(高田渡の息子で、マルチ弦楽器奏者)、堀江博久、権藤知彦といった面々。
 
 想像していたよりもずっとよいアルバムだった。音の装飾はエレクトロニカでも、骨格になっているのは古き佳きアメリカン・ポップスに通ずるセンスだ。「電気仕掛けのバート・バカラック」といった趣。
 そういえば、原田知世が2007年に出した傑作ソロ『music&me』にはユキヒロも参加して、バカラックのカヴァーをやっていたっけ。『music&me』の音世界をもっとエレクトロニカ方向に展開したのが、このpupaだといえようか。

■関連エントリ→ 原田知世『music&me』レビュー

 緻密に折り重ねられた電子音のタペストリーが、耳に心地よい。アルバムタイトルのとおり(floating pupa=浮遊するサナギ)、やわらかい浮遊感に満ちているのだ。電子音の合間合間に、違和感なく生音を配するセンスも絶妙。昔のテクノポップのようなとんがったキッチュ感覚はなく、すこぶる上品な仕上がり。

 おもにリード・ヴォーカルをとるのは、原田知世、高野寛、そしてユキヒロ。
 3人とも「育ちのよさそうな植物系ヴォーカル」という印象が共通しているので、曲ごとにヴォーカルが変わっても全体には統一感がある。

 上質なポップ・ミュージックだが、難を言えば、あまりにも上品すぎ、こぢんまりとまとまりすぎ。ゆえに、こちらの心に突き刺さってはこず、表面をサッとなでられただけで終わってしまう印象なのだ(「オシャレなBGM」として使うには最高の出来だが)。
 ひとさじの毒気と、ときには調和を突き破るような表現欲求のほとばしりが欲しい。ユキヒロの名作『ロマン神経症』あたりには、それがあった。

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穂村弘『にょにょっ記』

にょにょっ記にょにょっ記
(2009/07)
穂村 弘

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 穂村弘著『にょにょっ記』(文藝春秋/1400円)読了。
 2006年に刊行された『にょっ記』の続編である。装丁やイラストも正編と同じ人が担当している。日記のようで日記ではない(ゆえに「にょっ記」)、“ニセ日記形式”の断章コラム集。

 そういえば、私が最初に読んだ穂村弘の本が『にょっ記』であった。
 『にょっ記』はメチャメチャ笑える本だったけれど、この続編はややボルテージが下がった印象。面白いといえば面白いのだが、ちょっと食い足りない。クオリティの問題というよりも、私がほむほむ流ユーモアに飽きたのかも……。

 とはいえ、思いっきりツボにはまって爆笑したくだりも少なくない。たとえば――。

 奈良を見習って、他の県でも個性を出すために一種類ずつ動物を放し飼いにしたらどうだろう、と思いつく。
 それぞれ縁(ゆかり)の動物がいい。
 群馬は馬。
 鳥取は鳥。
 熊本は熊。
 鹿児島から奈良に対して、うちでは是非鹿をやりたいから権利をゆずってください、という申し入れ。
 こっちは何年鹿をやってると思ってるんだ、そっちこそ象児島とか麒麟児島に県名を変更すればいいではないか、と奈良は拒否。
 鹿児島は激怒して桜島が噴火。
 鹿戦争の始まりである。



 「鹿児島は激怒して桜島が噴火」の一行がツボって、思わず吹き出す。ほむほむの脳内では、年がら年中こんな妄想がくり広げられているのだろうか。

 穂村弘は岸本佐知子によく似ている、と思う(ファン層も重なっているはず)。
 2人とも、物書きとしての基礎体力(語彙の豊富さや読書量の蓄積など)がすこぶる高く、感性も抜きん出ていて、だからこそ日々の妄想を文章化するだけで質の高いユーモア・エッセイとなるのだ。

 穂村弘と岸本佐知子の対談集を作ったら面白いと思う。いや、この2人なら対談よりもむしろ往復書簡集か。誰かが作ってくれたら私は絶対買う。

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『長谷川伸名作選/一本刀土俵入』

瞼の母―長谷川伸傑作選瞼の母―長谷川伸傑作選
(2008/05)
長谷川 伸

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  ↑これは私が読んだ版ではないが……。

 『長谷川伸名作選/一本刀土俵入』(富士見書房・時代小説文庫)読了。

 小林まことによる劇画版『関の弥太ッぺ』がたいへん面白かったので、長谷川伸の戯曲名作選を読んでみた。収録されていたのは、「一本刀土俵入」「暗闇の丑松」「雪の渡り鳥」「瞼の母」「沓掛時次郎」の計5編。
 いずれも昭和初頭に書かれ、江戸時代を舞台にした義理と人情の物語。中心となるのは、旅から旅の侠客暮らしをする男を主人公とした「股旅もの」である。

 当然ながら古臭いし、大衆演劇の定番だから通俗的このうえないのだが、それでも、5編ともすごく面白い。庶民に親しまれつづけた「古典」の力は、やはりすごいものである。

 時代がかった言葉を多用した伝法なセリフ回しがいい。小気味よいリズムがある。読んでいるだけで、役者がここぞとばかり見得を切るさまが目に浮かんでくる。
 たとえば――。

 やくざの道じゃ一ッ端のつもりでも、素ッ堅気の道にかけては取り柄のねえあっしだ。子供相手のおもちゃ売り、かすかな儲けで三人の口を、餬(ぬら)したり干したり、から意気地のねえ今だ。一両の日当と聞いては飛び立つばかりだ。仕事は何だか知らねえが、あっしも男一匹さ。やって見るから安心しなさるがいい。太郎坊、小父さんが一両儲けたら、うめい物を食わせるぞ。生れる赤ちゃんにも、木綿ながら新しいのを産着に買おう。(「沓掛時次郎」)



 自分ばかりが勝手次第に、ああかこうかと夢をかいて、母や妹を恋しがっても、そっちとこっちは立つ瀬が別ッ個――考えてみりゃあ俺も馬鹿よ、幼い時に別れた生みの母は、こう瞼の上下ぴッたり合せ、思い出しゃあ絵で描くように見えてたものをわざわざ骨を折って消してしまった。おかみさんご免なさんせ。(「瞼の母」)



 日の照る処はここばかりじゃねえ。一ツところにいて明け暮れに、肝を摺っているよりも、ドス一本、草鞋一足、きょうもあしたも吹く風に、体を任せて飛び歩く、――卯之、たッしゃで居ろ。(「雪の渡り鳥」)



 なお、長谷川伸はたいへんな苦労人で、底辺のアウトロー群像を好んで描いた彼の戯曲には、自身の幼少期からの苦労が少なからず投影されているという。
 たとえば「瞼の母」は、5歳のときに母と生別し、世に出てからも母を探しつづけていた(のちに再会を果たす)実体験が投影されている。

 また、「一本刀土俵入」における駒形茂兵衛と酌婦お蔦の出会いの名場面にも、少年時代の体験が織り込まれている。
 長谷川は少年時代、品川遊廓の中の台屋(注文に応じて遊廓に料理を届ける仕出し屋)で出前持ちをしていた。そんなある日、「おたか」という遊女から「いつまでもそんなことをしていちゃあいけないよ」と意見をされ、銭と菓子をもらった。
 後年世に出てから、長谷川はあの日の礼を言おうと「おたか」を探したが、ついに見つからなかったという。

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フランク・マリノ&マホガニー・ラッシュ『ライヴ』

LiveLive
(2008/02/01)
Frank Marino & Mahogany Rush

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 フランク・マリノ&マホガニー・ラッシュの『ライヴ』を輸入盤で購入。
 新品が約700円という激安価格。アマゾンを眺めているとこの価格帯の輸入盤がけっこう多くて、ついポチッとしてしまう。しかも、「1枚だと送料が無料にならないから」という理由をつけて、1度に2~3枚買ってしまうのである。

 今回はほかに、ジョー・ウォルシュの名盤『ロスからの蒼い風』(原題は「But Seriously, Folks…」)と、マハヴィシュヌ・オーケストラの『ロスト・トライデント・セッションズ』を購入。キャンペーン割引きもあって、3枚で約2000円。
 『ロスからの蒼い風』は昔LPで愛聴したアルバムだが、ほかの2枚は通して聴くのは初めて。

 『ライヴ』はすごくよかった。ジミヘン直系のギタリスト、フランク・マリノの最高傑作と目される名盤だそうだが、なるほど、すさまじい密度と速度、そして熱気のギターだ。
 ドラムスとベースも素晴らしく、トリオとは思えないほど分厚い音。フランク・マリノのヴォーカルもソウルフルでパワフル。

 ハード・ロックとヘヴィー・メタルの境界はあいまいといえばあいまいだが、このアルバムは断じてヘビメタではなく、純度100%のハード・ロックだ。夾雑物が一切混入していない感じの、ブルース・ベースで男臭い音。
 「ジョニー・B・グッド」のカヴァーもやっているのだが、このバンドが演奏するとチャック・ベリーの原曲のような軽快さは消え、テンションみなぎるハード・ロックとなる。いやはや、すごいものだ。


↑このアルバム収録ヴァージョンの「ジョニー・B・グッド」(音のみ)

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アーサー・I・ミラー『ブラックホールを見つけた男』

ブラックホールを見つけた男ブラックホールを見つけた男
(2009/07/22)
アーサー I.ミラー

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 アーサー・I・ミラー著、阪本芳久訳『ブラックホールを見つけた男』 (草思社/2625円)読了。
 
 「崩壊した星が最後の眠りにつく場」であるブラックホールは、とてつもない重力によって物質も光も閉じ込め、何もそこから逃れられない巨大な穴だ。
 その存在はいまでこそX線天文学の発展によって確認されているが(地球を含む銀河系の中心にもブラックホールがある)、長年にわたって理論的可能性にとどまっていた。「ブラックホール」という名前がつけられたのも、1967年のことだ。

 本書の主人公スブラマニアン・チャンドラセカール(1910~95/以下、チャンドラと略)はインド生まれの天体物理学者で、1930年、わずか19歳にして、アインシュタインの相対性理論の延長線上にブラックホールの理論的可能性を「発見」した人物。誤解されやすい書名だが、観測的に発見したわけではない。

 当時は白色矮星(高密度の小さな星)が星の最終段階と考えられていたが、チャンドラは白色矮星の質量に上限があることと、その上限を超えた星が自らの重力に押しつぶされてブラックホール(という言葉はまだなかったが)化する可能性に気づいたのだ。

 だが、この「発見」は、当時「世界でもっとも偉大な天体物理学者」と見なされていたアーサー・エディントン卿によってつぶされてしまった。エディントンは1935年、王立天文学協会の会合で、チャンドラの説を馬鹿げていると嘲笑したのである。

 斯界の権威で、相対性理論の最高の理解者として知られたエディントンの主張には、誰も公には逆らえなかった。彼はその後も、ことあるごとにチャンドラの説を否定しつづけた。
 エディントンの死後に自説の正しさが立証され、ノーベル賞も得たチャンドラだが、尊敬する先達から受けた仕打ちは生涯心の傷となったという。

 エディントンの所業は「天体物理学の発展をほぼ半世紀近く遅らせ」たと、著者は言う。では、そのような“科学史に残る失敗”が、なぜ起きたのか? 著者は綿密な取材でチャンドラとエディントンの歩みを跡づけ、その謎解きをしていく。

 2人の科学者の悲劇的な確執を本書の縦糸とすれば、横糸は最初の着想から現在までのブラックホール研究史だ。それをつぶさにたどるには天体物理学にかぎらない広範な科学知識が必要だが、ロンドン・ユニバーシティ・カレッジの科学史・科学哲学教授である著者は、その難事を見事な手際で成し遂げている。

 優れた科学ノンフィクションであると同時に、「どのような場合に科学は道を誤ることがあるのか」についても深い示唆を与える力作。

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香山リカさんを取材

しがみつかない生き方―「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール (幻冬舎新書)しがみつかない生き方―「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール (幻冬舎新書)
(2009/07)
香山 リカ

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 今日は、精神科医の香山リカさんを取材。都内某所の事務所にて。 

 新著『しがみつかない生き方――「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール』(幻冬舎新書/777円)をめぐる著者インタビューである。
 ほかに、やはり香山さんの近著『悪いのは私じゃない症候群』(ベスト新書)と『親子という病』(講談社現代新書)を読んで臨む。

 『しがみつかない生き方』は、おもに女性読者に向けて書かれた、香山リカ流「生き方本」。7月末に出たものだが、それから2ヶ月と経たない現時点で34万部を超えているという。すごい勢いで売れているのだ。

 タイトルは「人に頼らない生き方」という意味ではなく、マスコミ等でまきちらされる価値観(たとえば恋愛至上主義など)にしがみつかない生き方のこと。

 全体の通奏低音となるのは、「私はあの人よりも○○だ。だから幸せだ」という「人と比べる幸福」を過度に求めるのはやめましょう、という呼びかけ。その点、大いに共感する。人と比べる「相対的幸福」は、砂上の楼閣のようにもろく不安定だからである。

 最終章が、「〈勝間和代〉を目指さない」と題されている。勝間本に底流する、人の成功願望をあおり立てる主張にやんわりと異を唱えているのだ。
 そのため、各紙誌の書評・紹介記事では、きまってこの最終章がクローズアップされている。『週刊朝日』の今週号など、香山さんがあたかもアンチ・カツマーの旗頭であり勝間和代に宣戦布告したかのような(笑)3ページの記事を載せている。

 ほかの章もそれぞれ面白いので、最終章ばかりが注目されるのはよくないと思う。私が書く記事では、勝間の名は出さないことに決めた。

 個人的には、第9章「生まれた意味を問わない」がいちばん面白かった。精神科医としての経験をふまえ、「生まれた意味や目的なんて、あまりはっきりしていないほうが幸せなのだ」「替えのきく存在でいるほうがいい」と主張するラディカルな幸福論だ。
 これをニヒリズムととらえるのは短見である。「私は○○をやるためにだけ生まれてきた」とか、「私にしかできない仕事が、どこかにあるはず」などという幻想ほど、人をがんじがらめにして不幸にするものはないのだ。その幻想どおりの仕事や役割に出合える人など、ごく一握りなのだから。

 「ナンバーワンよりオンリーワンを目指せ」ということが、一時期よく言われた。その場合の「オンリーワン」が「替えのきかない存在」を意味するとしたら、本書は“ナンバーワンでなくてもいいし、オンリーワンでなくてもいい。他人と比べる幸せではなく、自分自身にとっての幸せを見つけましょう”という本だ。

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小林まこと『関の弥太ッぺ』

劇画・長谷川伸シリーズ関の弥太ッペ (イブニングKC)劇画・長谷川伸シリーズ関の弥太ッペ (イブニングKC)
(2009/08/21)
小林 まこと長谷川 伸

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 小林まことの『関の弥太ッぺ』(講談社/980円)を読んだ。
 「劇画長谷川伸シリーズ」の第一弾。「大衆文学の父」とも呼ばれる長谷川伸が昭和4年に発表した「股旅もの」の同名戯曲を、小林が脚色して劇画化したもの。

 『関の弥太ッぺ』は萬屋錦之助が主演した山下耕作監督の映画版(1963年)が有名で、小林もこの映画版をかなり意識している。
 カバー絵からして昔の日本映画のポスターを摸したものになっているし、登場人物は小林の代表作のキャラが「演じる」形になっている。主人公の弥太ッペは『柔道部物語』の三五十五が演じているし、東三四郎も「番場の忠太郎」役で特別出演している。猫のマイケルもちらっと登場する。小林のファンなら、そんな「オールスターキャスト」も愉しめるのである。

 小林が原作つきで描くのは、たしかこれが初めて。さすがに、ただ原作をなぞる形にはなっていない。大筋は原作どおりながら、細部には大幅な脚色が加えられており、あくまで「小林まことの世界」になっているのだ。
 といっても、私は大元の長谷川伸の戯曲は読んでおらず、映画版との比較でそう言っているのだが(原作戯曲との異同については「漫棚通信」さんの解説にくわしい)。

 帯に「100%楽しんで描きました」との小林の言葉があるとおり、じつにいきいきと、力をこめて作られた快作。「てめぇはひっこんでろ森助!!  てめぇの不始末を引き受けた時点でこれは俺の不始末なんだ」などという伝法なセリフ回しが心地よい。「義理と人情と心意気」の純和風ハードボイルドを堪能した。

 
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『ハッピーフライト』

ハッピーフライト スタンダードクラス・エディション [DVD]ハッピーフライト スタンダードクラス・エディション [DVD]
(2009/05/22)
田辺誠一時任三郎

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 ケーブルテレビで録画しておいた『ハッピーフライト』を観た。
 『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』の矢口史靖監督が、航空業界の舞台裏を描いた群像劇コメディ。

 これはじつによかった。
 『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』よりもはるかに緻密に作り込まれている。取材にじっくり手間ヒマをかけて、そこで得た知識・情報を隅々にまで活かしきっている印象。その点では、ほかの日本映画よりも、むしろ佐々木倫子のウェルメイドな業界コメディ・マンガを彷彿とさせる。

 航空マニアでもなんでもない私が観ても隅々まで愉しめるのだから、マニアが観たら「くーっ! たまらん」な映画だろう。

 登場する主要女優陣の演じるキャラがそれぞれよく立っていて、一人残らずチャーミングに思える。これはすごいことだ。
 綾瀬はるかのドジっ娘ぶりは微笑ましいし、寺島しのぶは凜としてすがすがしいし、田畑智子はすごい熱演だし、平岩紙はブスカワイイし、肘井美佳(この女優の名前を私はこの映画で初めて知った)はキレイで見ていて幸福な気分になった。

 難を言えば、後半をパニック映画テイスト(「バードストライク」によって機体に異常が起こり、エマージェンシーになる)にした構成は、個人的にはいただけなかった。前半の「業界内幕コメディ」のノリのまま、最後まで突っ走ってくれたほうがよかったと思う。
 でもまあ、後半部分も十分面白かったし、上出来な作品だと思う。続編希望!

P.S.
 本編の登場人物たちがそれぞれ主人公となる『ハッピーフライトサイドストーリー』という全5編の短編スピンオフ・ムービーが一緒に放映されたので、ついでにそれも観た。こちらは総じてイマイチ。平岩紙主演の「歯医者発、しあわせ便」だけがややウケ。
 平岩紙はじつによい。彼女が驚いた表情をしたりするだけで、もうむしょうにおかしい。天性のキュートなコメディエンヌだと思う。

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ブラック・クロウズ『ビフォア・ザ・フロスト』

ビフォア・ザ・フロストビフォア・ザ・フロスト
(2009/09/23)
ザ・ブラック・クロウズ

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 ブラック・クロウズのニュー・アルバム『ビフォア・ザ・フロスト』を、輸入盤で購入(日本盤の発売は10月に延期されたそうだ)。

 仕事のためすぐ手に入れる必要があったので、アマゾンの「お急ぎ便」というのを(1ヶ月無料体験が用意されていたので)初めて使ってみた。今朝の9時に注文したら、夕方5時にはもう届いた。いやー、すごいもんである。

 さて、ブラック・クロウズ。彼らはもう20年も王道アメリカン・ロックをやりつづけてきたわけで、本作でもまったく変わっていない。
 男臭いヴォーカル、ワイルドにうねるギター、泥臭さの中にも洗練を秘めたリズム・セクション……。いつものブラック・クロウズだ。でも、やっぱり最高である。
 ハード・ロック寄りのアッパーな曲が多いのだが、その中に何曲かあるしっとりと聴かせるナンバーの渋い哀愁味が、また格別だ。

 本作は、スタジオに親しいファンたちを招き、ライヴ形式でレコーディングされたという。曲間には拍手や歓声が入っている。
 一発録りにもかかわらず、一糸乱れぬ見事な演奏。屈指のライヴ・バンドとして鍛えあげた彼らならではだ。また、ライヴ形式が奏功して、スタジオ録音とは思えないほどのノリのよさと臨場感が全編に満ちている。

 なお、このアルバムは“実質2枚組”である。バンドの公式サイトにアクセスし、本作に封入されたカードに記された番号を入力すると、もう一枚のアルバム『アンティル・ザ・フリーズ』をダウンロードできるのだ。
 一度ダウンロードに使った番号はもう使えないそうで、中古やレンタルでは『アンティル・ザ・フリーズ』は手に入らないことになる。なかなか面白い試みである。

 さっそくダウンロードしてみたが、この『アンティル・ザ・フリーズ』がまた素晴らしい。
 フォークやカントリーなどのルーツ・ミュージックの色が濃い、アコースティック寄りの渋い音になっていて、聴きごたえがある。オマケの域をはるかに超えて、独立した一枚のアルバムとして楽しめる内容だ。
 フォークやカントリーは苦手な私が聴いても、少しも退屈ではない。ルーツ・ミュージックに依拠しつつも色彩感豊かな音になっていて、すこぶるポップなのである。とくに、「グリーンホーン」「ロール・オールド・ジェレマイア」という2曲は最高の出来だ。

 ブラック・クロウズの「いま」とルーツをふたつながら堪能できる、充実の“実質2枚組”。ファンなら中古やレンタルで済まさず、新品を買ったほうがいい。

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山口冨士夫『村八分』


村八分村八分
(2005/10)
山口 冨士夫

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 山口冨士夫著『村八分』(K&Bパプリッシャーズ)読了。

 先日読んだ花村萬月の『俺のロック・ステディ』に、村八分のことが出てきた(花村は若いころ京都に住んでいたことがあり、村八分の全盛期を間近に見ている)。で、なつかしくなって村八分のことを検索していてこの本のことを知り、読んでみたしだい。

 村八分は、ただ1作のアルバムを発表したのみで解散した、1970年代の伝説のロックバンド。解散後もライヴ音源などが続々とCD化され、それらのアルバムはいまなお静かに売れつづけている。
 著者の山口冨士夫は村八分のリード・ギタリストで、ヴォーカルのチャー坊(=柴田和志/故人)とともにバンドの中心者だった人物。天才肌のギタリストである。

 著者といっても、本書は山口へのロング・インタビューを文章化したものだ。構成を担当したのは藤枝静樹という人。ライターではなく、ミュージック・クリップの監督さんだそうだ。

 なるほど、と思う。「ライターが構成を担当したなら、こうはならない」という文章になっているから。
 ほとんど「テープ起こしをそのまま載せました」みたいな感じ。話はあちこちに飛ぶし、当人同士にしかわからないような人名が説明抜きでポンポン出てくるし、抽象的でよくわからない言い回しもそのまま文章化されている。

 私のようなライターが構成を担当したなら、時制を整えたり、意味を損なわない程度に言葉を補ったり、脚注をつけたりと、あの手この手でトリートメントをして読みやすい本にする。本書にはそういうトリートメントが皆無に等しいのである。
 もっとも、ヘタに読みやすい本にするよりはこういう書き方のほうが、山口の人となりがダイレクトに伝わってよい面もあるだろうが……。

 構成は難ありだが、内容はなかなか面白い。バンド内の確執やドラッグ遍歴も赤裸々に明かして、異様な迫力がある。
 たとえば、山口とチャー坊が出会ったその日の晩にいきなり一緒に「キメる」場面。

 「チャー坊、もしかしてL持ってる?」って聞いたら、ちょっと「何を言うねん」って顔をしたけれども、「だってシスコから帰ってきたんでしょ? 持ってねえの? そんくらい」って言ったら、「あるよ」って。(中略)その晩トリップしちゃうんだよ、ユウゾウと三人で。



 また、村八分以前のダイナマイツ(山口がメンバーだったグループサウンズのバンド)時代についての記述ではあるが、次のような一節もある。

 当時、楽器屋から楽器盗んだりレコード屋からレコードを十枚、二十枚単位でいっぺんに持ってきちゃうのはオレたちの遊びだったんだ。どうしても欲しいレコードは金出して買ったけど。リスペクトってヤツだな。



 うーむ……。
 よい悪いは別にして(いや、ドラッグも万引きも当然悪いことですが)、昔のロックってこういうもんだったよなあ。本書には全編に「昔のロック」のアブナイ香りが横溢している。

 孤児院に育ち、黒人との混血であることから差別も体験した山口の生い立ちはそれ自体ドラマティックなのだが、本書にはミュージシャンになる前のことにはほとんど言及なし。そのへんは、山口の自伝『So What』にくわしい。

 なお、本書には中島らもが自らの村八分体験(および山口冨士夫との遭遇)を元にした短編小説「ねたのよい」も収録されている。
 「ねたのよい」とは村八分の曲の一つ。この小説の初出は『小説すばる』2004年11月号(本書には初出が明記されておらず、「本書のための書き下ろし」として扱われている。なぜ?)で、らもが亡くなったのは同年7月だから、ほとんど遺作に近いのではないか。

P.S.
狩撫麻礼が原作を書き、谷口ジローが作画を担当した『LIVE!オデッセイ』という劇画がある。1枚だけアルバムを発表したのち渡米した伝説のロック・シンガー「オデッセイ」が、突然帰国するところから始まる物語。いま思えば、あれは村八分およびチャー坊を意識した設定だったのだな。本書を読んで初めて気づいた。

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築山節『脳から変えるダメな自分』

脳から変えるダメな自分―「やる気」と「自信」を取り戻す脳から変えるダメな自分―「やる気」と「自信」を取り戻す
(2009/04)
築山 節

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 今日は、最近ベストセラーを連発している脳神経外科専門医の築山節(たかし)さんを取材。築山さんが勤務される第三北品川病院にて。

 築山さんの近著『脳から変えるダメな自分――「やる気」と「自信」を取り戻す』(NHK出版/1260円)を読んで臨む。

 脳から見た自己啓発書ともいうべきもの。脳の性質から見た自分の弱点に克つ方法をさまざまな角度から語って目からウロコ。とてもわかりやすい本なのだが、随所に哲学的といってもよい含蓄深いフレーズが出てくる。たとえば――。

 人間を本当にダメにするのは満足感です。
 「私は変わらなければいけない」と思わなくなったとき、その人の脳は若さを失っていくものだと思います。



 あと、この本には「起床時間を一定にすることは、脳を上手く使うためにもっとも大切なこと」という一節もあって、不規則を絵に描いたような生活をしているフリーの私には耳が痛かった(笑)。

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森広隆『並立概念』

並立概念並立概念
(2002/09/11)
森広隆

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 森広隆(もり・ひろたか)の『並立概念』(ワーナーミュージック・ジャパン)を聴いた。
 ちょうど7年前に発売された、彼のファースト・フルアルバムである(今年、森は7年ぶりのアルバム『planetblue』を発表した)。

■収録曲目
1. ただ時が経っただけで
2. 黒い実
3. Pebama
4. ショートケーキ
5. 共生
6. エレンディラ
7. ゼロ地点
8. ISN'T SHE LOVELY
9. 退屈病
10. 並立概念
11. BOMBER
12. Trash
13. 不思議な模様



 この人のことは、先日読んだ花村萬月の『俺のロック・ステディ』で知った。
 もっとも、花村はホメていたわけではなく、“演奏は高度だが、歌詞が小賢しい”と、日本語ロックの悪い見本(笑)として挙げていたのだが……。

 花村にそんなふうに言わせる音楽とはどんなものか、と興味を抱いて聴いてみたら、けっこうよかった。山下達郎やスティーヴィー・ワンダーのカヴァーをやっているくらいだから、花村の好みでないのはよくわかるが、私はけっこう好みだ。

 森は、影響を受けたアーティストとして山達のほかにチャーなどを挙げている。たしかに、このアルバムは山達とチャーそれぞれの初期ソロ・アルバムを足して二で割ったような感触だ。

 たとえば、「ゼロ地点」という曲は、チャー初期の名曲「SMOKY」のパクリである。イントロなどそのまんま。ただし、チャーほど硬派ロックではなくて、高野寛あたりを思わせるハイセンスで甘いポップ感覚に満ちている。

 ハイパー・フュージョン的でファンキー&テクニカルなバックの演奏と、甘くポップなメロディとヴォーカルのギャップが面白い。とくに、「エレンディラ」「退屈病」など、「ゼロ地点」と同じ路線の数曲はものすごくカッコイイ。ギターのカッティングの心地よいこと。

 森広隆はこのアルバムでメジャー・デビューを飾ったわけだが、現在はインディーズで細々と(失礼!)活動しているようだ。要は売れなかったのだろう。

 うーん、なぜ売れないのかなあ。
 曲もいいし、アレンジもいいし、ハイトーンの伸びやかなヴォーカルも素晴らしい。ルックスだって悪くない。
 歌詞だって、花村が酷評するほど悪くない。むしろ、いまのJ-POPの中では上出来の部類だ(「並立概念」なんてアルバムタイトルをつけるあたりの生硬な青臭さは、私もどうかと思うが)。つまり、「売れない要素」が一つも見あたらないのである。
 まあ、それでも売れないことがあるのが音楽の世界なのだが……。

 ともあれ、がんばってほしい。森が敬愛する山達だって、あれほど高度な作品を作りつづけながら「ライド・オン・タイム」まで売れなかったのだから。


↑「SMOKY」へのリスペクトに満ちた「ゼロ地点」

 
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スティーヴ・ミラー・バンド『Young Hearts: Complete Greatest Hits』

Young Hearts: Complete Greatest HitsYoung Hearts: Complete Greatest Hits
(2003/09/01)
Steve Miller Band

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 スティーヴ・ミラー・バンドが聴きたくなって、ベスト盤『Young Hearts: Complete Greatest Hits』 を購入。輸入盤だと新品が1000円を切る値段で手に入る。これはお値打ち。

■収録曲目
1. Take the Money and Run
2. Abracadabra
3. Rockin' Me
4. Swingtown
5. The Joker
6. Living in the USA
7. Space Intro
8. Fly Like an Eagle
9. Threshold
10. Jet Airliner
11. Space Cowboy
12. Jungle Love
13. Serenade
14. Cry Cry Cry
15. Shubada Du Ma Ma
16. Wide River
17. Wild Mountain Honey
18. The Stake
19. My Dark Hour
20. Who Do You Love
21. I Wanna Make the World Turn Around
22. Dance Dance Dance



 ヒット曲・代表曲の大部分が網羅されている。 「フライ・ライク・アン・イーグル」と「ジェット・エアライナー」が、シングルよりやや長いアルバム・バージョンなのもうれしい。
 惜しむらくは、ヒット曲「ハートは燃えている」(Heart Like A wheel)と、名バラード「冬将軍」が入っていないこと。あの2曲が入っていれば、ワタシ的には完璧な選曲だったのに……。

 やっぱりカッコイイなあ、このバンドは。
 ものすごくポップなノリノリ(死語)のアメリカン・ロックなのに、ブルース・ベースの渋い音楽性をもち、細部は通好みなこだわりの音作り。まさに「大人のロック」である。乾いた風が吹き抜けていくような湿り気のなさも心地よい。

 いま聴いてみると、どの曲でもリズム・セクションがじつにいい仕事をしている。大ヒット曲「テイク・ザ・マネー・アンド・ラン」なんて、イントロのドラムスだけでもうノックアウトである。



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花村萬月『俺のロック・ステディ』

俺のロック・ステディ (集英社新書)俺のロック・ステディ (集英社新書)
(2009/07/17)
花村 萬月

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 花村萬月著『俺のロック・ステディ』(集英社新書/756円)読了。

 「暴力小説」(花村は自作を「ハードボイルド」と呼ぶことを嫌い、あえてこう呼ぶ)の鬼才にして芥川賞作家でもある花村は、文壇きってのロック通、ブルース通である。
 デビュー作『ゴッド・ブレイス物語』は音楽小説の傑作であったし、私がいまでも彼の最高傑作と信ずる『ブルース』も、暴力小説にして至高の音楽小説だった。とくに、主人公がライヴハウスに飛び入りしてギターを演奏するシーンの素晴らしさ。文章であれほど見事に音楽を表現した作家を、私はほかに知らない。

 そして、花村は聴くだけのロック通ではなく、自ら演奏もする。それも、趣味の範疇におさまるものではなく、ギターの初見演奏もできるほどで、作家デビュー前の一時期はギターで生計を立てていたのだという(私はデビュー直後の氏にインタビューしたことがあって、そのときに直接聞いた話)。
 本書は、そんな花村が自らの体験をふまえて綴ったロック論である。

 タイトルは、やはりロック通として知られる作家・山川健一の音楽エッセイ集『今日もロック・ステディ』を意識したものであろうか?
 本文中にチラッと匿名で皮肉られている「音楽小説を書いていたある作家」というのは、山川のことではないかと私はニラんでいる。どーでもいいけど。

 花村の著作は、小説は総じてていねいに推敲されているのだが、エッセイのたぐいはほとんど書き殴りである。
 本書もしかり。話はあちこちに飛んで雑然としているし、資料にあたったりする確認作業さえほとんどしていないようだ(「たしか76年に出たアルバムだと思ったが」とか、「アルバムタイトルは忘れてしまったが」などという記述が平然と頻出する。確認して書けっつーの)。
 したがって、ロック評論家が書くような秩序立ったロック史講座のようなものを期待してはいけない。本書はあくまで花村の個人的なロック史・ロック観を綴ったものであり、思いっきり偏っている。

 なにしろ、いまは2009年だというのに、取り上げられているアルバムの大半は1960年代後半~70年代のものなのだ。しかも、ブルース・ロック、ハード・ロック、グラム・ロック、ジャズ・ロック、プログレッシヴ・ロックといったあたりが大きな位置を占めており、それ以外はどんなにメジャーなバンドも無視されるか1~2行で済まされるかしている。

 しかし、そのへんの音が好きな人にとっては、開き直った偏り具合が逆に痛快で、ニヤニヤしながら愉しめる。
 ディープ・パープルについてはトミー・ボーリン時代の『カム・テイスト・ザ・バンド』を愛聴盤に挙げたり、ロビン・トロワー、ロリー・ギャラガーなどという通好みのアーティストに対する思い入れを熱く語ったりと、著者の趣味はなかなか渋い。

 名盤ガイドとして使えなくもないが、なにしろ扱っている範囲が特殊なので、あまり一般向けではない。著者同様に60~70年代のロックが好きな人が、さらなる深みにハマるためのガイドとしてなら役に立つ。

 ロック論/音楽論の枠を超え、「表現論」として傾聴に値するくだりも随所にあって、このへんはさすが芥川賞作家という感じだ。 

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鈴木祥子『SWEET SERENITY』

SWEET SERENITYSWEET SERENITY
(2008/09/10)
鈴木祥子

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 鈴木祥子の『SWEET SERENITY』を聴いた。

 相変わらず、濃密でヒリヒリと痛い私小説的歌世界。鈴木祥子という1人の女性の私生活と心の中を覗き見るようで、聴いていてドキドキする。

 たとえば、前作の「忘却」では「病院にいるおばあちゃんに訊いてみたいよ、“すべてを忘れてゆくことは幸せですか?”」と歌われていた彼女の祖母(痴呆症になっていたという)が、今作の「ローズピンクのチーク」では「おばあちゃんは花にかこまれてた/眠るように、やすんでた」と歌われ、亡くなったことがわかる、という具合。

 また、鈴木祥子が40代になって初のアルバムにあたる今作には、ずばり「まだ30代の女」という曲もある。彼女自身の過ぎ去った30代へのフェアウェル・ソングのような曲。最後の一節で、歌の主人公は40代に足を踏み入れる。

 前作『鈴木祥子』には混沌とした印象のヘビーな曲も多く、聴いていて心配になってしまうほどだったが、今作には吹っ切れたような明るさがある。
 たとえば、「まだ30代の女」もアメリカン・ロック・テイストの軽快なポップ・チューンで、アラフォー女性の焦燥を、突き放すような乾いた明るさとユーモアにくるんで歌い上げる。

 いい曲てんこ盛りだが、私がいちばん気に入ったのは「Father Figure」という曲。これは、かつての「優しい雨」に匹敵する感動の名曲だ。
 歌詞やタイトル(Father Figure=「父親代わりとして理想化される年配者」の意)から察するに、おそらく若き日の鈴木と年上の男性との恋を振り返った歌。
 恋する者の至福を、これほど甘やかに美しく表現した曲もめったにない。とくに、全国のファザコン女子に聴かせたい(心を鷲づかみにされること間違いなし)。「ツンデレ・ヴォーカル」とも評される鈴木祥子の声の魅力も全開だ。


↑「Father Figure」。鈴木祥子の曲で私はいちばん好きかも。

■関連エントリ→ 前作『鈴木祥子』のレビュー 

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片山右京さんを取材

負け、のち全開負け、のち全開
(2004/03/24)
片山 右京

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 今日は都内で、元F1ドライバーの片山右京さんを取材。
 片山さんの自伝『負け、のち全開(フルスロットル)』(新潮社)を読んで臨む。

 「日本人3人目のF1ドライバー」である片山さんは、F1の好きな人にとってはきっと神様のような存在なのだろうな。
 もっとも、私はレースについてはからきし門外漢なのだが……。

 片山さんは私とは「同学年」にあたるのだが、少しも「オジサン」という感じはなく、少年のようにさわやかな方であった。あやかりたいものである。

 『負け、のち全開』もとても面白い本だ。とくに、少年時代~青春時代の型破りなヤンチャぶりが痛快。テレビドラマにすれば面白そうだな、と思った。

 印象に残り、付箋を貼った一節を引く。

 人間は、負けてからが勝負なのだと思う。負けを認めた後、自分の中でどれだけのエネルギーを生み出せるか、自分の気持ちをどれだけ奮い立たせることができるか。そこからが本当の勝負なのだ。
 天才でさえも、勝ち続けることはできない。
 この世の中に、常勝などということはあり得ない。勝つことにこだわりたいのなら、人は敗北から学ぶことだ。九十九敗一勝だっていいじゃないか。九十九回負けることによって、一勝の重み、一勝の価値を知り、勝つことの喜びを噛み締めるのだ。



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烏賀陽弘道『「朝日」ともあろうものが。』

「朝日」ともあろうものが。 (河出文庫)「朝日」ともあろうものが。 (河出文庫)
(2009/06/04)
烏賀陽 弘道

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 烏賀陽(うがや)弘道著『「朝日」ともあろうものが。』(河出文庫/924円)読了。

 2003年までの17年間『朝日新聞』の記者をつとめた現フリージャーナリストの著者が、退社に至る日々を振り返ることを通じて朝日批判を行なった一冊。文庫化を機に初読。

 想像していたよりもずっとよい本だった。
 大企業の元社員がその企業を批判するときによくあるように、私怨を公憤にすり換えて自己正当化に終始する内容を想像していたのだが、そうしたジメジメ感はほとんどなかったのだ(ちょっとはある)。

 上司によるパワハラ、記事の扱いを大きくするために行なわれた捏造、記者クラブにおける腐敗堕落など、著者が告発する朝日内部のダメダメっぷりはすさまじい。
 もっとも、登場するエピソードのうち1割程度については、「そんなに目クジラ立てるほどのことか?」と首をかしげてしまったが、それは私の感覚のほうが麻痺してしまっているのかもしれない。

 朝日批判であるのみにとどまらず、日本のジャーナリズムのありようそのものへの普遍的な批判として読むこともできる。
 たとえば、「夕刊は不要どころか有害」という章があるのだが、これはすべての全国紙・地方紙の夕刊(廃止も相次いでいるが)に通ずる内容だ。

 新聞記者の仕事の舞台裏を綴った読み物としても、なかなか読ませる。とくに、駆け出し記者時代の思い出を振り返った章は、ある種の「青春記」としても出色。

 後半、『アエラ』時代のオウム事件取材についても触れられているが、そういえば、著者は森達也のドキュメンタリー映画『A2』にもワンシーンだけ登場していたっけ。「アエラのウガヤです」と……。

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山田昌弘『ワーキングプア時代』

ワーキングプア時代ワーキングプア時代
(2009/06/12)
山田 昌弘

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 山田昌弘著『ワーキングプア時代――底抜けセーフティーネットを再構築せよ』(文藝春秋/1400円)読了。

 「パラサイトシングル」の命名者として、また「格差社会」という語を一般に浸透させた立役者として知られる社会学者(中央大教授)が、ワーキングプア問題を社会保障・福祉制度との関係から鳥瞰した概説書。

 著者の主張を要約すれば、次のようになる。

-------------------
 現行の社会保障・福祉制度は戦後の高度成長期に完成したものであるため、当時の経済的・社会的条件を前提として組み立てられている。
 具体的には、

 ①大人がフルタイムで働けば、家族が人並みの生活をするのに十分な収入が得られる(=ワーキングプアは存在しない)
 ②将来の仕事や家族のあり方が、ほぼ予測できる(=ライフコースが予測可能である)

 という2つの「前提」である。
 ところが、グローバル化の進展などの急速な社会変化によって、その2つの前提はいずれも崩れてしまった。にもかかわらず、社会保障・福祉制度の枠組みは基本的に高度成長期のままなので、セーフティーネットとしての機能不全に陥っている。
 だからこそ、時代に即した形にセーフティーネットを再構築しなければならない。
-------------------

 3分の2ほどを占める「第Ⅰ部」では、現行の社会保障・福祉制度がいかに時代にそぐわなくなっているかが、具体的事例をふまえて分野別に示される。
 そして、残りの「第Ⅱ部」で、“では、どのように「社会保障制度の構造改革」をすればよいのか”についての大胆な提言がなされている。

 ワーキングプア問題の原因・現状・展望を大づかみに理解するための入門書として、なかなか優れている。
 ただ、著者の書き方がデータ重視で無味乾燥であるため、政府が出した白書を読んでいるような気分になった。資料的価値は高いものの、あまり面白みのある本ではないのだ。

 とはいえ、矢継ぎ早にくり出されるデータだけでも、「目からウロコ」の驚きは十分味わえる。
 たとえば、「妊娠先行結婚」(できちゃった婚)がいまや「第一子の四分の一になって」おり、「女性が二五歳未満の場合、生まれた子供の約半数」にのぼる、などという話を読むと、「へーえ」と思う。

 また、最終章で提案される、社会保障・福祉制度のさまざまな改革案も興味深い。

 たとえば、「保険料納付分をマイレージに換算し、六五歳になったときに、貯まったマイルに応じた年金を受け取る」という「年金マイレージ制」や、「課税最低限以下の収入の人に、一定の割合で税金を割り戻」す「負の所得税」(これは著者の独創ではなく、経済学者フリードマンが提唱したものだが)……などである。
 
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『ONCE ダブリンの街角で』

ONCE ダブリンの街角で デラックス版 [DVD]ONCE ダブリンの街角で デラックス版 [DVD]
(2008/05/23)
グレン・ハンサードマルケタ・イルグロヴァ

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 ケーブルテレビで録画しておいた『ONCE ダブリンの街角で』を観た。2006年のアイルランド映画。
 
 ダブリンのストリート・ミュージシャンとチェコからの移民女性の恋を、音楽に比重をかけて描いた愛すべき小品。
 
 主演のグレン・ハンサードは、アイルランドの人気バンド「ザ・フレイムス」のフロントマン。アラン・パーカーがダブリンのソウル・バンドの青春を描いた『ザ・コミットメンツ』(1991)にも出演していた。ヒロインのマルケタ・イルグロヴァもチェコのシンガー・ソングライターだ。
 ゆえに、バスキング(路上などで演奏して客から投げ銭を集めること。buskは「大道芸をする」の意)のシーンや自主制作CDのレコーディング・シーンは、素晴らしい臨場感と迫力。音楽映画としてもたいへんよくできている。

 さしてドラマティックなことが起きるわけではなく、恋の描き方もラブシーンすらない淡いもの。それでも、まったく退屈ではない。ドキュメンタリー・タッチの淡々とした演出が好ましく、あたたかい気分になれる佳編。

 難を言えば、終わり方がなんだか尻切れトンボで消化不良。もうひとひねりほしかった。

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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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