長嶋有『ねたあとに』

ねたあとにねたあとに
(2009/02/06)
長嶋 有

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 長嶋有著『ねたあとに』(朝日新聞出版/1785円)読了。

 長嶋有はひいきの作家だが、ここ2、3年の作品からはなんとなく遠ざかっていた。久々に読んでみた最新刊である本書は、長嶋にとって初の新聞連載小説、しかも天下の『朝日新聞』(夕刊)に連載されたものである。

 私が新作から遠ざかっていた間に、長嶋は第1回大江健三郎賞を受賞し、旧作は次々と映画化され(『サイドカーに犬』『ジャージの二人』)、果ては大朝日に小説を連載……。しばらく見ない間に出世したなあ。

 が、そんなに出世しても、長嶋有は相変わらず長嶋有だった。この作品は、彼以外の誰にも書き得ない驚愕の“脱力小説”である。

 『ジャージの二人』の舞台にもなった(とおぼしき)山荘で、長嶋の分身である(と思われる)小説家・ナガヤマコモローとその仲間たちが、夜ごと興じるクダラナイ遊びの数々。その様子を、ただ延々と綴った小説なのである。

 登場する「遊び」は、どれも作者が考案したオリジナルなものだ。
 たとえば、麻雀牌を馬に見立てて行なう競馬ごっこ、独自のルールにアレンジした「軍人将棋」、サイコロを振って出た目にしたがい各自の架空の恋人を作っていく遊び、「ダジャレしりとり」などなど……。
 みな、独創的で面白そうではあるけれどクダラナイものばかり。それらを、登場人物たちがじつに楽しそうにプレイする。延々と、ダラダラと……。それ以外には、ドラマティックな出来事など何も起こらないのである。

 それでも、ディテールには長嶋有ならではの才気が随所に輝いていて、けっしてつまらなくはない。つまらなくはないが、読後に何も残らないし、感動もしない。ディテールの積み重ねだけで成り立っている小説で、テーマもストーリーもない(!)。

 ある意味、ものすごく実験的な野心作である。『朝日新聞』連載小説という檜舞台で、よくまあこんな大胆な取り組みを行なったものだ。保守的な層の新聞読者から、連載中にクレームの投書が殺到したのではないか。「あの、わけのわからない連載小説はいったいなんですか?」と……。

 最終盤、つまり新聞連載の最終回近くに、主人公のコモローがこんなふうに言う場面がある。

「オレが新聞連載することがあったら、もう、サスペンスあり、大恋愛あり、次の日が待ち遠しくてたまらない感動巨編を書くね」



 その真逆の小説を連載しておきながら、最後の最後に、自らの分身である作中人物にこんなことを言わせるあたり、人を食った態度がなかなか痛烈。この作品によって、今後彼に新聞連載を頼もうと思う人は絶無になっただろうが、私は長嶋という作家を大いに見直した。

 ただ、この小説が面白かったかといえば、それはまた話がべつ。もう一度読み直したいとはとても思えない。330ページにわたってくり広げられる“長大な無意味”は、読み通すのがしんどかった。

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村西とおるの人生哲学

AV時代―村西とおるとその時代 (幻冬舎アウトロー文庫)AV時代―村西とおるとその時代 (幻冬舎アウトロー文庫)
(2005/12)
本橋 信宏

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 村西とおるが自身のサイトに書いている「日記」が面白い。

 かつて「AV界の帝王」と呼ばれた、前科7犯の村西とおる。ゆえに、大っぴらに推奨するのははばかられるのだが、先入観を抜いて虚心坦懐に読んでいると、ときおりハッとするような名言・至言に出合う。たとえば――。

 

 「涙」は他者の為に流してこそ美しく人の心を動かすものでございます。
 政治家であればなおのこと、決して自分の為に涙を流す「恥知らず」を見せてはならないのでございます。
 しかし小沢は「涙」で乗り切ろうとしました。
 「哀れ」を通り越してなんと「汚い」男かとヘドが出る思いでございます。
(中略)
 「小沢一郎」は消えることで運をたぐり寄せた「山口百恵」の「伝説」に学び、即刻退陣すべきでございます。
 「戦場」では「戦いを止めること」でよりよく自分の存在を示すことになる、ということがあるのでございます。
 知るべきであります。人生の敗者は「敗れた者」ではなく「変わることのできなかった者」であるということを。(2009.3.27付より)



 私が太字強調した部分など、古典の一節のように含蓄深いではないか。

 村西のことだから日記の中にワイセツなくだりも多いし、名誉毀損もののアブナイ記述も散見される。だが、そうしたノイズの山の中に、時折ものすごくよい言葉が混じっているのだ。
 幾多の修羅場をくぐり抜けてきた者ならではの、“現場で鍛えあげた人生哲学”が躍如としている。
 
 もう2つほど例を引く(太字強調は引用者)。

 今日の日本のプロダクションは「整形」「偽装」に頼りすぎでございます。
 ニワトリやダチョウを鷹やヒバリに偽装して「飛ばそう」とするからウマくいかず破綻するのでございます。
 薄い化粧、紅いホホ、ピンクの口唇、緑の黒髪、ごく自然に、取りたての野菜のようにありのままを提供して、あとは大衆の判断にゆだねればいいのでございます。(2009.3.6付より)



 不安が増大し、暴発しそうな今日的状況下にあっては、今こそ中小企業のオヤジの出番でございます。
 リストラだ、倒産だ、などといっても中小企業のオヤジはそんなモノは何程のことでもないことを知っています。
 中小企業のオヤジはもとより裸一貫、ナイナイづくし、からのスタートでございました。
 働けど働けど楽にならず、ジッと手を見る日々を生きて年商一億円の企業を育て上げてきたのでございます。
(中略)
 大企業の名経者然として偉ぶっているドチラ様が、裸一貫から始めて年商一億円の企業を作り上げる能力をお持ちでしょうか。
 三菱だ三井だと吠えてみても虎の威を借りてのことだけ、彼等のうち何人が独立して企業を起こし年商一億の企業を成立させえるというのでしょうか。

 今日の風潮は「金がなければお仕舞いだ」の大合唱でございます。本当に倒産したり、職を失ったりしたらすべてが駄目なのか、中小企業のオヤジに聞こうではありませんか。
 オヤジはこう言う筈です。「金じゃなく、勇気がなくなった時すべてを失うのだ」と。(2008.12.12付より)



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松任谷由実『そしてもう一度夢見るだろう』

そしてもう一度夢見るだろうそしてもう一度夢見るだろう
(2009/04/08)
松任谷由実

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 松任谷由実の『そしてもう一度夢見るだろう』(EMIミュージック・ジャパン/3000円)を、サンプル盤を送ってもらって聴いた。4月8日発売予定。『A GIRL IN SUMMER』以来、じつに3年ぶりのニュー・アルバムである。

 アルバム8作が連続ミリオンセラーになるなど、1980年代から90年代にかけての松任谷由実はまぎれもない時代の寵児であった。だが、現在の彼女も、アルバムセールスこそ(全盛期に比べれば)下がったとはいえ、作品のクオリティーはいささかも落ちていない。
 通算35作目となるこの新作も、見事な完成度。前作から3年というのはユーミン史上最長のインターバルだが、それだけじっくりとていねいに作られたアルバムなのである。

 世界一の売れっ子ドラマー、ヴィニー・カリウタを筆頭に、一流ミュージシャンたちを多く起用し、AORの名作を多数手がけたアル・シュミットをミキシング・エンジニアに迎えて、ゴージャスでエレガントな極上のAORを作り上げている。

 ストリングスの多用も本作の特長の一つで、バンド・サウンドとストリングスの絶妙なからみ合いが映像喚起力に結びついている。旅装に身を包んだユーミンが描かれたジャケットが示すとおり、世界旅行のイメージが全編にちりばめられているのだが、ロマンティックな旅のワンシーンが次々と心に浮かんでいくようなサウンドなのである。

 かつてのユーミンは、若者たちの青春を彩る名曲を数多く送り出してきた。が、本作はもっと上の層――30代以上に向けて作られている印象だ。音といい歌詞といい、耳も肥え、人生の酸いも甘いもかみ分けた大人たちにこそ十分に味わえるものになっているのだ。『そしてもう一度夢見るだろう』というアルバム・タイトルは、大人たちにとっての「再びの青春」の謂であろうか。


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『赤ちょうちん』

赤ちょうちん [DVD]赤ちょうちん [DVD]
(2004/05/07)
秋吉久美子高岡健二

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 ケーブルテレビで録画しておいた『赤ちょうちん』を観た。
 タイトルだけは知っていたが観たことがなかった、1974年の青春映画。まだ10代だった秋吉久美子と20代前半の高岡健二の、ままごとのような同棲生活を描いている。『妹』『バージンブルース』と並んで、藤田敏八監督/秋吉久美子主演による「青春映画三部作」を成す作品。

 秋吉久美子の初主演作なのだそうだ。この映画の中の彼女にはまだ「小悪魔」的な洗練はなく、びっくりするほど田舎臭い。よくいえば初々しい。

 「時代の空気」を伝える風俗資料としての価値はあるにせよ、いま観ると映画としてはパッとしない。

 ストーリーも、けっこう強引でムチャクチャ。
 たとえば、2人が銭湯から部屋に戻ってくると、見知らぬ中年男(長門裕之)が上がり込んでいて、その理由が「前にこの部屋に住んでいたんですよ。なつかしくてねえ」というもの(!)。合い鍵を使って男を部屋に入れてしまう大家も大家だが、そのまま男が居候になってしまうという展開も異様だ。

 うーん……。70年代というのは、こんなアバウトなことも起こり得ると観客が納得してしまう時代だったのだろうか。 

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上原ひろみ『タイム・コントロール』

タイム・コントロールタイム・コントロール
(2008/08/20)
上原ひろみ~HIROMI’S SONICBLOOM

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 上原ひろみの『タイム・コントロール』(TELARK)をヘビロ中。バンド「HIROMI’S SONICBLOOM」を率いる形で出された2007年の作品。

 上原ひろみは私の好きな矢野顕子と何度か共演しているし(セルフカヴァー集『はじめてのやのあきこ』では、「そこのアイロンに告ぐ」でピアノバトルした)、過去のアルバムも『スパイラル』と『ブレイン』の2枚を聴いたことがあるのだが、正直あまりピンとこなかった。

 だが、このアルバムはよい。ギタリスト、デヴィッド・フュージンスキーを全面的にフィーチャーして、思いっきり「プログレ寄りのジャズ・ロック」になっているからである。まるで第2期リターン・トゥ・フォーエヴァーのようなサウンドなのだ。
 変拍子、ポリリズムが随所で炸裂する、テクニカルでドラマティックなジャズ・ロック。上原のピアノはまるで(彼女が敬愛する)チック・コリアのよう。私の好みど真ん中だ。

 対照的に、ジャズ・ファンの間ではこのアルバムはあまり評判がよくないようだ。
 「上原はこれからの日本のジャズを背負って立つ逸材なのに、なんでRTFみたいな古臭いジャズ・ロックを演っているのだ」といった悪評ふんぷん。

 気持ちはわかる。このアルバムはストレート・アヘッドなジャズを好む人にはオススメできない。むしろプログレ・ファン、ジャズ・ロック・ファン必聴である。


↑このアルバムの開幕を飾る曲(ライヴ・バージョン)


↑上原ひろみは宇多田ヒカルに似てますね。演奏中の表情がチャーミング。

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『さくらん』

さくらん [DVD]さくらん [DVD]
(2008/10/24)
土屋アンナ椎名桔平

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 ケーブルテレビで録画しておいた『さくらん』を観た。
 安野モヨコのマンガを、人気写真家・蜷川実花が映画化(初監督)した作品。

 脚本はタナダユキ、音楽は椎名林檎、主演は土屋アンナと、いまどきの20~30代の女性に人気をもつカリスマ表現者たちが勢揃い。

 江戸・吉原の花魁の世界を、ポップかつサイケに描いている。蜷川実花の写真世界をそのまま映画に移植したような極彩色の映像も美しい。

 ただ、最初のうちは鮮やかな映像に見とれていたのだが、真紅を基調にした色彩設計があまりに一本調子で、だんだん目が疲れてくる。最後のほうになると、「赤はもういい。ほかの色を使ってくれ」と言いたくなる。

 土屋アンナは、『下妻物語』のイチゴがそのまま花魁になったような演技。花魁らしからぬヤンキー・テイストが痛快である。
 とはいえ、彼女の女優としての今後を考えると、キャパの狭さは重い足枷になるのではないか。『下妻物語』やこの映画のように、彼女のキャラにぴったりとハマる役柄がそんなに多いとは思えないのだ(土屋アンナに、ふつうの人妻やOLの役はできないと思う。ロック歌手とかは演じられても)。ま、余計なお世話ですが……。

 なお、先輩花魁役の菅野美穂が素晴らしい熱演。こんなにいい女優だとは思わなかった。

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勝間和代『勝間式「利益の方程式」』

勝間式「利益の方程式」 ─商売は粉もの屋に学べ!─勝間式「利益の方程式」 ─商売は粉もの屋に学べ!─
(2008/04/04)
勝間 和代

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 2月、3月と仕事が山積みだったため、昨日、やっと確定申告を済ませた。
 申告期限から10日遅れだが、還付される側の場合は多少遅れても平気なのである。

 ただし、「還付される側」ではない年(収入が多くて、源泉徴収分を上回る納税をしなければならない年)に申告が遅れると、延滞金を払う羽目になる。
 私は少し前に突出して年収が多い年があったのだが、翌年の申告をいつもの調子で遅れて済ませたところ、遅れた日数分だけきっちり延滞金をとられて半ベソをかいた。

------------------

 勝間和代著『勝間式「利益の方程式」/商売は粉もの屋に学べ!』(東洋経済新報社/1575円)読了。

 「勝間本」を読むのはこれで6冊目である。ちょうど1年前に出た本だが、このあとも怒濤の勢いで新著が出ているので、とても追いつかない。まあ、べつに追いつかなくてもいいんだけど。

 これは、勝間の「経営コンサルタント」としての側面を前面に出した「経営ノウハウ本」。専門分野の著作だけに、中身が濃くて面白かった。

 当然、企業経営者や経営に携わる上級ビジネスマン向けの本だが、私のようなフリーランサーにとっても、利益を上げる方法を考えるうえでたいへん参考になる。
 私は最近、仕事で中小企業経営者を取材して記事を書く機会が多いので、経営の勘どころを大づかみに教えてくれるこの本は、いっそう面白く読めた。

 昨秋刊行された『読書進化論』はお粗末な本だったし、先日出た『断る力』というのも、「そんなテーマでよく1冊にするなあ」と思うのみで、とても読む気が起きない。
 いろんな分野に手を広げてどうでもいい本を粗製濫造せず、本書のような専門分野の著作をもっと出せばいいのに……。

 あと、表紙や帯に顔写真をデカデカと出すのはやめたほうがいいと思う。辟易する。好みもあろうが、べつに美人じゃないし。

 
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『野獣狩り』

野獣死すべし-復讐のメカニック、野獣狩り野獣死すべし-復讐のメカニック、野獣狩り
(2007/08/25)
映画主題歌村井邦彦

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 ケーブルテレビで録画しておいた『野獣狩り』を観た。
 1973年の東宝映画。藤岡弘、と伴淳三郎が親子刑事を演じるサスペンス・アクション。監督は須川栄三で、脚本は松山善三。撮影は木村大作(デビュー作)。

 脚本家の君塚良一が、シネ・エッセイ集『脚本通りにはいかない!』で絶賛していた作品。
 君塚は、映画版『踊る大捜査線』の脚本を書くにあたって、少年時代に観たこの『野獣狩り』を手本にしたのだという。「どうしても、あの映画のような脚本を書きたいと思った」と、彼は書いている。

 しかし、『野獣狩り』はいまに至るもビデオ化もDVD化もされておらず(なぜか最近サントラだけ発売された。音楽は村井邦彦で、ジャジーでカッコイイ)、これまで観る機会がなかったのである(※)。

※後注/2011年になってようやく初DVD化。

 君塚良一が手本にするだけのことはある。バツグンに面白い映画だった。83分の短い作品だが、その間、たたみかけるようなスピーディーな展開で観る者を釘付けにする。

 大企業「ポップ・コーラ」日本支社の社長が、「黒の戦線」と名乗る過激派組織によって、銀座のど真ん中にある会社から誘拐される。
 身代金代わりに犯人が要求したのは、企業秘密であるポップ・コーラの原液データの公表。主人公の親子刑事を含む捜査班は、次々と捜査の裏をかく犯人グループに翻弄されて苦しむが、やがて事件は解決に向かう。
 ……と、いうような話。

 斬新なアイデアが、脚本の中に多数盛り込まれている。誘拐されたはずの社長がじつは本社の一室に監禁されていた、というどんでん返しはその最たるものだが、それ以外にも見事な小技が矢継ぎ早にくり出される。
 身代金受け渡し(米国のポップ・コーラ本社は原液データの公表を拒み、かわりに身代金提供を申し出る)のアイデアもいまなお新鮮だし、そのほかにも観客の度肝を抜く展開がたくさんつめこまれている。

 なるほど、『踊る大捜査線』にはこんな雛形があったのだなあ。
 『踊る~』の軽妙な笑いはこの映画にはないが、展開の速さやキャラの立て方はかなり似ている。伴淳演ずる叩き上げの人情派ベテラン刑事は『踊る~』の「和久さん(いかりや長介)」の原型だろうし、藤岡が演ずる上司としばしば衝突する若手刑事は「青島(織田裕二)」の原型だろう。

■関連エントリ→ 『脚本通りにはいかない!』レビュー

 
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田中孝彦ほか編『〈戦争〉のあとに』

〈戦争〉のあとに―ヨーロッパの和解と寛容〈戦争〉のあとに―ヨーロッパの和解と寛容
(2008/12/12)
田中 孝彦

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 田中孝彦・青木人志編『〈戦争〉のあとに』(勁草書房/2940円)読了。

 冷戦終結から早20年がすぎようとしているが、冷戦に代わる新たな国際秩序はいまだ見えてこない。我々は、混沌とした長い「秩序転換期」を生きているのだ。

 唯一の超大国となった米国による「帝国的秩序」に期待をかける向きもあったが、ブッシュ前政権の単独主義的行動は国際社会の強い反発を招き、むしろ米国の秩序形成能力は大きく低下した。
 そうしたなか、米国に代わって存在感を増しつつあるのが、EU(欧州連合)を核に新たな国際秩序のモデルを確立しつつあるヨーロッパである。

 ヨーロッパが新秩序に向けてのトップランナーたり得たのは、そこにひしめき合う国々が長く激しい衝突の歴史を乗り越えてきたからこそだ。本書の「はしがき」で編者も言うように、「大戦争をきっかけとして、幾度も秩序転換を経験してきた」ヨーロッパの歴史は、「秩序の転換期に当時の人々がどのように対処し何を構想したのかを知るための、知見や教訓の宝庫」なのだ。

 本書は、ヨーロッパの国際関係史から、現在の混沌を乗り越え平和的秩序を打ち立てるヒントを抽出しようとする論文集である。本書が扱うのは書名のとおり、世界大戦後の歴史である。冷戦期も「擬似的戦争」ととらえ、第1次大戦後から冷戦終焉直後までが分析の対象となる。

 論考を寄せているのは、国際政治学、国際政治史、法律学、経済学などの俊英研究者10人。それぞれの専門分野を活かした多様な角度から、ヨーロッパ諸国が衝突(戦争)から対立・寛容・和解へと進むプロセスをくり返すなかで、「戦争の起こりにくい秩序を形成しようとする」試行錯誤を重ねてきた道筋をたどっている。

 外交関係を扱った論文が中心となるが、くわえて、戦間期ヨーロッパの文学・思想運動を振り返った論文があるなど、その時代の文化や社会のあり方にも光を当てているのが、本書の特長である。

 また、各論文では米国とヨーロッパとの間の相互作用にも、分析のメスがふるわれる。その意味で本書は、米国とヨーロッパの“世界秩序の主導権争い”の歴史をたどったものでもある。

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山本ケイイチ『仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか』

仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか (幻冬舎新書)仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか (幻冬舎新書)
(2008/05/29)
山本ケイイチ

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 山本ケイイチ著『仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか』(幻冬舎新書/777円)読了。

 売れっ子トレーナーが平明に説くトレーニング論。
 ただし、具体的なトレーニングメニューはいっさい書かれていないので、そういう本を望む読者は山ほど出ているハウツー本を読むべき。
 これはハウツー本ではなく、いわば“筋トレ啓蒙書”。筋トレをこれまでやっていなかった人、または挑戦したが挫折した経験をもつ人に、「(もう一度)やってみないか?」と背中を押す本なのである。

 タイトルがうまい。このタイトルなら、「筋トレなんか自分とは無縁」と思っていた非・肉体派も思わず手にとってしまう(私のように)。さすが幻冬舎新書。

 開巻劈頭、著者は次のように書く。

 

 ビジネスパーソンがこれからの時代に生き残るのに有益なスキルは、「英語」「IT」「金融知識」とよく言われる。私はここに「筋肉」を加えたい。筋肉を鍛えることは、いまや単なる趣味やレクリエーションではなく、「将来的に大きなリターンを生む自己投資」である。時代を察知する能力の高いビジネスパーソンは、すでにそのことに気づいて、仕事に取り組むのと同じくらい熱心に、筋肉を鍛えることに時間とお金を投資している(「はじめに」)



 なるほどなるほど。
 もっとも、タイトルに対応した内容になっているのはこの「はじめに」と第1章「筋肉はビジネススキル」、そしてエピローグ的な短い終章(9章)のみ。あとは普通のトレーニング論である。

 ただし、普通のトレーニング論を展開する残りの章も、すこぶる論理的に書かれており、私には目からウロコの記述満載だった(筋トレにくわしい人にはあたりまえのことばかりかもしれないが)。

 この手の本にありがちな、自分が編み出したやり方の効果を誇大宣伝する姿勢が皆無。著者は、“筋トレの効果はすぐに出るものではない。コツコツと持続することこそたいせつ”とくり返し訴えているのだ。ダイエットの本に喩えれば、「痩せるためには、食事を減らすか運動を増やすかしかない。ほかに、魔法のような近道などない」というようなもの。その真面目さに好感がもてる。

 筋トレを挫折せずに持続するコツ、トレーニングの効果を高めるコツが、実例をふまえて次々と紹介される。それらの多くは、筋トレにかぎらず、あらゆる「自分を高める習慣づくり」に援用できるものだ。
 つまり本書は、トレーニング論にとどまらない自己啓発書としても有益なのである。

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マハヴィシュヌ・オーケストラ『Original Album Classics』

Original Album ClassicsOriginal Album Classics
(2007/11/12)
Mahavishnu Orchestra

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 マハヴィシュヌ・オーケストラの『Original Album Classics』を輸入盤で購入。
 『Original Album Classics』というのは、英SONY/BMGが、ジャズやロックの人気アーティストのオリジナル・アルバム5枚をお手頃価格のボックス・セットで発売しているシリーズ。

 参考記事→ http://www.cdjournal.com/main/news/news.php?nno=19073

 マハヴィシュヌ・オーケストラの場合、『内に秘めた炎』(1971年)、『火の鳥』(1972年)、『虚無からの飛翔』(1973年)、『黙示録』(1974年)、『エメラルドの幻影』(1975年)の5枚がパッケージされている。

 私は、『内に秘めた炎』と『火の鳥』はすでに持っていたが、あえてこのセットを購入。だって、残り3枚を個別に買うより安いし。
 このシリーズはなぜか価格が一定でなく、アーティストによって差があるのだが、私はこれの新品を2000円以下で購入した。CD1枚が400円しないのである。これはお得だ。

 廉価盤セットだから、通常のボックス・セットのような豪華な体裁を期待してはいけない。ふつうなら2枚組が入っている程度の薄い紙箱に、5枚のCDがそれぞれチープな紙ジャケに収まって詰め込んである。
 紙ジャケといっても、日本盤のそれのように見事な工芸品を思わせる凝った作りではなく、ごくごくシンプル。ブックレットどころかライナーノーツもついていないし、CDは裸のまま無造作に入れられている。ボーナス・トラックのたぐいも当然なし。

 私はコレクターではないから、聴ければそれでいいし、薄いほうがかさばらなくてよい。というわけで、この『Original Album Classics』、個人的にはけっこう「買い」だ。ほかのも購入してみよう。

 『内に秘めた炎』と『火の鳥』がジャズ・ロックの金字塔であるのは言わずもがなだが、私は初めて聴くほかの3枚も、けっこうよかった。
 とくに『黙示録』は、弦楽アンサンブルとロンドン・シンフォニー・オーケストラとの共演によって、他に類を見ない独創的な「シンフォニック・ジャズ・ロック」になっている。



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町田宗鳳『人類は「宗教」に勝てるか』

人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉 (NHKブックス)人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉 (NHKブックス)
(2007/05)
町田 宗鳳

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 町田宗鳳(そうほう)著『人類は「宗教」に勝てるか/一神教文明の終焉』(NHKブックス/1127円)読了。

 過激なタイトルに目を引かれて手に取った本。著者は臨済宗の僧侶を経て渡米し、ハーバード大学神学部などに学んだ比較宗教学者だ。
 そうした経歴からもわかるとおり、これはリチャード・ドーキンスの『神は妄想である/宗教との決別』のような、無神論者による「反宗教本」ではない。
 著者は宗派を超えた「宗教性」と祈りのたいせつさを認めつつ、既成宗教、とくに一神教を批判する。

 俗に「色メガネで見る」という表現があるが、透明な光を独自の色メガネで見させようとしているのが、おおよその宗教ではなかろうか。ましてやその色メガネに度が入っていたりすれば、真っ直ぐなものも真っ直ぐに見えなくなってくる。私の宗教批判は、その色メガネに向けられているのであり、透明な光を否定するものではない。



 「比較宗教学者として世界各地を飛び回るようになり、仏教やキリスト教以外の宗教にも、直接触れる機会を多くもつことになった」という著者の宗教体験の豊富さは、群を抜いている。本書は、著者のそうした経験をふまえた、評論色の濃いエッセイという趣の本である。
 著者が「ほかならぬ『宗教』こそが、人類最大の敵だ」と考えるに至ったさまざまな体験が、随所で紹介される。それらの体験はいずれもすこぶる興味深く、私はそこにこそ本書の価値を感じた。たとえば――。

 中東諸国を旅していると、ユダヤ教徒とイスラム教徒が、それぞれに相手を犯罪者のように語るのを耳にすることがある。日本人のわれわれの目からすれば、どちらも善良な人間のように思われるのだが、彼らの間に会話は成立しない。
 そういえば二○○七年、東京で開かれた外務省主催の「第五回イスラム世界と文明間の対話セミナー」の席上で、ここにイスラエル代表も招いて対話の糸口をもつべきだという私の提案に対して、ある著名なイスラム教徒作家がイスラエルについて、「存在しないものなどと対話などする気は毛頭ない。あの地域に存在しているのは、ただのホットエアー(熱気)にすぎない」と怒気を込めて反論したのには、驚かされた。



 ただ、体験ではない著者の意見には、極論、過渡に情緒的で意味不明瞭な箇所、そして学者の言とは思えないトンデモ話が散見される。傾聴に値する卓見も多いが、首をかしげるくだりも多い。玉石混淆の一冊なのである。
 
 そもそも、「宗教こそが人類最大の敵」という本書のテーマ自体、極論そのものだ。
 宗教がときに平和の妨げになること、腐敗した聖職者も多いこと、独善に陥りやすいこと……などというマイナス面をもつのはたしかだが、そのマイナス面をもって既成宗教(の大部分)を全否定するのはいかがなものか。

 著者は教団などに生じやすいさまざまな組織悪をさかんにあげつらうのだが、組織悪があるなら「組織善」(という言葉はないが)もあるはずで、宗教組織そのものを頭から否定してしまうのは「角を矯めて牛を殺す」ことにならないか。
 
 著者は「無神教」なるものを提唱している。「無神教」とは無神論のことではなく、人智を超えた存在への畏敬の念をもちつつ、既成の宗教団体には所属しない信仰のありようを指す(と、私は理解した)。

 

 私がいう無神教は、神仏の姿が消えてしまって、われわれの体内に入り込んでくることである。それは神仏を礼拝したり、論じたりすることもなく、神仏とともに生きていく生き方のことである。



 まあ、オバマ大統領も就任演説で「この国はキリスト教徒とイスラム教徒と、ユダヤ教徒とヒンズー教徒と、そして信仰をもたない人たちが集まった国です」と述べたくらいだから、著者のいう「無神教」が“最大の世界宗教”となる日も遠くないかもしれない。いつの間にか無党派層が多数派になったように……。

 だが、教義も戒律も儀礼も組織もない、「宗教のオイシイとこ取り! メンドイところはすべて省略!」みたいな都合のいい“信仰”に、人を救う力などないと私は思う。

 トンデモ的記述の例も挙げておこう。

 地球は、つねに見返りのない〈愛〉で、地表にあるすべての生物を支えているのであり、片時も休むことなく自転しながら、太陽の周りを公転してくれている。そのおかげで昼夜の区別と四季の移り変わりがあり、われわれは、いつ息絶えてもおかしくない生命を今日も享受しているわけである。地球は「〈愛〉の生命体」であるどころか、祈りの心さえもっているのかもしれない。



 ううむ……。安手のスピリチュアル本に出てきそうな言葉である。

 もう一つ挙げる。
 著者はジョン・レノンを、直観によって「無神教的コスモロジーの本質を一気につかみとった」人物として持ち上げ、「イマジン」を「無神教的コスモロジーのテーマソング」だとしている。そこまではまあよいのだが、つづけてこんなことを書いている。

 ありもしない国や宗教のために、何千年もの間、殺し合いをやって来た人間の愚かさよ。もういい加減に、目を覚ましたらどうなのか。
 そういう呼びかけをストレートにしつづけていたジョン・レノンは、一九八○年、熱狂的ファンの凶弾に倒れた。当時、彼とオノ・ヨーコは、ベトナム戦争反対運動の先頭に立っていたから、ファンの仕業と見せかけて、彼を抹殺してしまいたかった勢力があったとしたら、それこそ恐ろしいことである。



 1980年にはベトナム戦争はとうに終わっていたし、当時の米大統領は、「彼の下でCIAは極度に弱体化した」と評された「人権派」ジミー・カーターであった。学者なら、陰謀論レベルのいいかげんなことを書かないほうがいい。
 そもそも、かりに「イマジン」の歌詞のように国家も宗教もない世界がやってきたとして、その途端に人類が殺し合いをやめ、愚かでなくなるとは、私にはとても思えないのである。

 以前読んだ類書、安田喜憲の『一神教の闇』(→レビュー)のほうが、私には面白かった。

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『君は裸足の神を見たか』

洞口依子―8年が過ぎた (激写文庫)洞口依子―8年が過ぎた (激写文庫)
(1988/12)
篠山 紀信

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 ケーブルテレビの「日本映画専門チャンネル」で 『君は裸足の神を見たか』を観た。1986年のATG映画。私は、タイトルだけは知っていたものの、初見。

 舞台は秋田県。高校3年生の男2人の親友同士の間に、1人の少女が入り込んでくる。そこから生じる三角関係の葛藤を描いた、王道パターンの青春映画である。

 「三角関係は、尖ってるんだ。絶対にうまくいかない。三角関係ってやつは、割り切れないからね」

 ――と、これは花村萬月の小説『ブルース』に出てきたセリフだが、美少女1人を間に挟んだ少年の友情も、やはり「絶対にうまくいかない」ものだ。この映画も、当然のごとく悲劇的な結末を迎える。

 いうまでもなく、この手の三角関係ストーリーはすでに山ほどある。『突然炎のごとく』などの映画、武者小路実篤の『友情』などの小説……類似作のリストを延々と作ることができる(この映画は、主人公の少年2人がそれぞれ画家志望と詩人志望であるなど、明らかに『友情』を意識している)。
 だから、ありふれているといえばありふれたストーリーだし、全編鼻が曲がりそうなほど青臭い。いかにもATG映画らしい、湿度の高い青春映画なのである。

 でも、私は好きだな、この映画。ATGの青春映画としては、『サード』や『祭りの準備』と並ぶ傑作ではあるまいか。「オーソドックスであることの強さ」を感じさせる映画なのだ。

 自らが望んだわけではないのに、2人の少年の運命を変えてしまう美少女役に、洞口依子(どうぐち・よりこ)。当時すでに20歳を過ぎていたが、女子高生を演じて少しも違和感がない。

 この洞口依子が、もう非常に素晴らしい。ウソをついていたことを少年に明かす際に「ごめんね」といたずらっぽく微笑むところなど、じつによい。彼女こそ「元祖ツンデレ」ではないか。「いまは会いたぐねえんだ、誰さも」などと、美少女顔で駆使する東北弁(洞口は宮城県出身)も「萌え」である。

 映画の最後に街を去っていくとき、少年から「元気でな」と言われて、「私は元気だよ。なーんもなくなっちゃったもの」と明るく微笑むところもよい。じっとりと暗いこの映画に、一陣の乾いた風が吹き込むようだ。

 若き日の洞口依子のファムファタールっぷりを堪能するためだけにでも、観る価値のある作品。

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『ローグ アサシン』

ローグ アサシン DTSスペシャル・エディション [DVD]ローグ アサシン DTSスペシャル・エディション [DVD]
(2008/02/22)
ジェット・リールイス・ガスマン

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 ケーブルテレビで『ローグ アサシン』を観た。

 伝説の暗殺者「ローグ」(ジェット・リー)に相棒を殺され、彼を追いつめる執念のFBI捜査官(ジェイソン・ステイサム)。2大アクション・スター共演のアクション大作。

 ……と、骨子とキャスティングだけを見るとものすごく面白そうだが、実際に見てみるとイマイチ。けっこう微妙。駄作とまでは言わないが、ヘンな映画である。

 最初から最後までド派手なアクションがつづき、たくさんの人が死に、たくさんの車や建物が壊れる。にもかかわらず、メリハリというものがまったくないため、サスペンスもカタルシスも皆無に等しい。

 チャイニーズ・マフィアとジャパニーズ・マフィア(ヤクザ)の抗争が背景となるため日本語が頻出するのだが、それがことごとく微妙。まともな日本語を話しているのは石橋陵(ヤクザの親分役)くらい。

 ずば抜けた身体能力をもつ2大スターを起用しているのに、その能力を活かしたシーンがほとんどないのはどういう了見か。宝の持ち腐れもはなはだしい。
 アクション・シーンだけをくり返し観て愉しめた『キス・オブ・ザ・ドラゴン』のような快作を期待すると、思いきり肩透かしを食う。

 ラストのどんでん返しだけは意表をつかれて面白かったけど、それ以外は美点が見当たらない困った作品。

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リターン・トゥ・フォーエヴァー『アンソロジー』

The AnthologyThe Anthology
(2008/05/27)
Return to Forever

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 リターン・トゥ・フォーエヴァーの2枚組ベスト『アンソロジー』を、輸入盤で購入。

 ロック色を強めた第2期RTF。そのオリジナル・アルバム4作から選りすぐったベスト盤である。
 4作中2作(『浪漫の騎士』と『第7銀河の讃歌』)については、なんとアルバム全曲が収録されている。ほかの2作についても目ぼしい曲は網羅されており、それでいて輸入盤なら新品が2000円を切る価格。これはお徳だ。

 第2期RTFのアルバムを1枚も持っておらず、「どれか1枚ためしに買ってみよう」と思っている向きには、ぜひこれをオススメしたい。この『アンソロジー』があれば、第2期RTFについては「事足りる」感じだから。

 私は、『第7銀河の讃歌』以外の作品はすでにCDで所有していたのだが、それでも買ってよかった。昨年発売されたこのベスト盤は全曲リマスタリングが施されていて、音質が向上しているから。

 かなり以前に購入した『浪漫の騎士』と聴き比べてみたところ、とくにベース、生ピアノ、アコギの音でちがいがよくわかる。音の輪郭がくっきりとした感じなのだ。

 そういえば、RTFは昨年再結成したのだったな。再結成ツアーのライヴ盤『リターンズ~リユニオン・ライヴ』を、買おうかどうしようか。

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ジャスティン・ノヅカ『HOLLY』

HOLLY~ホーリー~(DVD付)HOLLY~ホーリー~(DVD付)
(2008/09/17)
ジャスティン・ノヅカ

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 ジャスティン・ノヅカの『HOLLY(ホーリー)』(EMIミュージック・ジャパン)をヘビロ中。EMIの方からいただいたもの。

 ジャスティン・ノヅカは日系カナダ人(父が日本人)の20歳で、これは日本では昨年発売されたデビュー・アルバム。

 このアルバムが録音されたときジャスティンはまだ17歳だったとのことだが、とてもそうは思えない渋くて完成された音楽である。
 自ら作詞作曲した曲を生ギター弾き語りで聴かせるのだが、昔ながらの「シンガー・ソングライター」の枠に収まらないレンジの広さがある。フォーク、ブルース、ロック、ジャズなど、さまざまな音楽のミクスチャーになっているのだ。ロマンティックなラブソングがあるかと思えば、エリック・クラプトンを彷彿とさせるブルージーな曲が飛び出したりする。

 もともとはR&B/ヒップホップに夢中だったのだそうで、そこを通過したのちに生ギター弾き語りというスタイルにたどりついたバックグラウンドが、その音楽の豊かな色彩に結びついているのだろう。

 アルバムジャケットの彼のポートレイトを見ると、イノセント・純朴・繊細などという形容がたちどころに浮かぶ。だが、彼が作る音楽は、少年っぽさを残す容姿とは裏腹に、老成すら感じさせる完成されたものだ。
 歌声もなかなか渋くて、ポール・サイモンの声をもっと艶っぽくして、張りを持たせて、男臭くしたような感じ。声に色気がある。ちょっとハスキーなのに甘い声。ときおり使うファルセット・ヴォイスがまた絶品だ。

 すでにカナダでは人気シンガーだそうだが、フジロック2年連続出演(2008、2009)を機に、父の国・日本でもブレイクしそう。要注目の若き才能である。


↑「クリミナル」。私は『HOLLY』の曲ではこれがいちばん好き。


↑雑誌の取材に際して、「アフター・トゥナイト」を弾き語りしてファン・サービス。

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美達大和『人を殺すとはどういうことか』

人を殺すとはどういうことか―長期LB級刑務所・殺人犯の告白人を殺すとはどういうことか―長期LB級刑務所・殺人犯の告白
(2009/01)
美達 大和

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 美達大和著『人を殺すとはどういうことか/長期LB級刑務所・殺人犯の告白』(新潮社/1470円)読了。

 2件の殺人を犯して服役中の無期懲役囚(著者名は仮名)による、手記・獄中記である。「著者本人から編集部に直接送られてきた手記」を、「著者とのやりとりを経て刊行」したものだ、という但し書きがある。
 
 「LB級刑務所」とは、刑期8年以上で犯罪傾向が進んでいる者が服役する刑務所のことだそうだ。要は、殺人などの凶悪犯罪者ばかりが周囲にいるわけである。

 著者が自分を棚に上げて周囲の受刑者たちを観察して綴った4、5章(「殺人犯の肖像」というタイトルがつけられている)が、たいそう面白い。
 いや、本の性格上「面白い」という言い方は不謹慎とは思うが、微に入り細を穿って描写される殺人者たちの姿がものすごくリアルで(あたりまえだが)、読みごたえがあるのだ。

 たとえば、人を殺しておきながら一片の悔恨も持たず、むしろ被害者を逆恨みしつづける受刑者の姿が紹介される。しかも、そうした受刑者はけっして特異な少数派ではないのだという。

 大半の殺人犯は、普段は大人しい人でしたが、倫理観については見事というほど欠落していました。(中略)初めは人前だから悪党ぶっているのだろうかと怪訝に感じましたが、そうではありませんでした。



 人としての尊厳、矜持、夢、目標を捨て去ることができる人には、ここでの暮らしはそんなに悪くもないのでしょう。
「別に不自由はないですよ」
 こんな言葉を何度も聞きました。
 捨て去ると書きましたが、もともと持っていないのです。いや、生まれてから或る時までは持っていた筈ですが、生きる為に必要なくなったので捨てたのでしょう。



 刑務所が矯正に役立っておらず、むしろ「犯罪行為についての雑多な情報が交換され、受刑者はいながらにして犯罪力の強化に努められる」場となっている実態に、慄然とさせられる。

 ただ、この4、5章以外は期待外れ。著者自身の生い立ちや事件までの経緯、刑務所に入ってからの心の変化が綴られているのだが、冗長で退屈だ。以前、哲学者の池田晶子と死刑囚との往復書簡をまとめた『死と生きる/獄中哲学対話』という本があったが、あの本のような深みはない。

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堤未果『ルポ 貧困大国アメリカ』

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)
(2008/01)
堤 未果

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 堤未果著『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書/735円)読了。
 新鋭ジャーナリストによる話題のベストセラー(28万部売れたという)。評判どおりの力作であった。

 日本より一歩先に、超・格差社会へと変貌したアメリカ。その中にあって最貧困層に追いやられた人々の苦衷をつぶさにリポートした一冊だ。

 「米国のサブプライムローン問題が」うんぬんと、我々は日常会話の中でも「わかったような顔」をして口にしている。だが、「では、実際にどういう人たちがサブプライムローンを組み、その後どんな状況に追いやられているのか?」は、(私も含め)多くの日本人にはわかっていない。
 断片的なテレビニュースなどでは見えてこない最貧困層の暮らしぶりを著者は伝え、同時にその層を生む構造にも迫っていく。地を這うような虫瞰と、国全体を見渡す鳥瞰――2つの視点をバランスよく具えた好ルポルタージュである。

 当初、「ルポにしてはデータや図表に頼りすぎではないか」という印象を受けたのだが、読んでいるうちに気にならなくなった。考えてみれば、ルポだからといってデータや図表を駆使してはいけないということはない。

 いわゆる「ニュー・ジャーナリズム」全盛期に本を読み始めた私には、ルポ、ノンフィクションというと「取材相手の息づかいまでがヴィヴィッドに伝わる」みたいな小説風の書き方をよしとする偏りがある。
 だが、新世代の書き手である著者に、もはや「ニュー・ジャーナリズム信仰」などないのだろう。ゆえに、「取材相手の息づかい」にあたるものはバッサリ削ぎ落とされており、その代わりにデータによる淡々とした事実の提示がなされるのだ。

 衝撃的なエピソードが次々と登場する。中でもインパクトが大きいのは、第4章「出口をふさがれる若者たち」と、第5章「世界中のワーキングプアが支える『民営化された戦争』」。そこには、生活苦に追いつめられてイラク戦争に駆り出されていった人々の悲劇が描かれている。

 強い印象を受けた一節を引く。「世界個人情報機関」で働く女性のコメントである。

「もはや徴兵制など必要ないのです」
「政府は格差を拡大する政策を次々に打ち出すだけでいいのです。経済的に追いつめられた国民は、黙っていてもイデオロギーのためではなく生活苦から戦争に行ってくれますから。ある者は兵士として、またある者は戦争請負会社の派遣社員として、巨大な利益を生み出す戦争ビジネスを支えてくれるのです」(177P)



 この本を読むと、「日本は、格差社会化が進んでいるとはいえ、まだアメリカよりはるかにましだなあ」と思えてくる。かつての憧れの国の内実が、ここまで無惨なものになっていたとは……。
 もちろん、ここに描かれているのは明日の日本の姿かもしれない。著者も、エピローグでそのように警鐘を鳴らしている。

 
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足立倫行『悪党の金言』

悪党の金言 (集英社新書 475B) (集英社新書)悪党の金言 (集英社新書 475B) (集英社新書)
(2009/01/16)
足立 倫行

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 足立倫行著『悪党の金言』(集英社新書/798円)読了。

 ベテラン・ノンフィクション作家の著者が、さきごろ休刊した『PLAYBOY日本版』を舞台に行なったインタビューのベスト・セレクションである。
 インタビューイとして登場するのは、保阪正康、内田樹、佐藤優、森達也、島田裕巳、田中森一、溝口敦、重松清の8人。作家・学者・外交官・弁護士などという多彩な顔ぶれだが、それぞれが多くの著書を持っているという意味では広義の「物書き」ばかりだ。

 一人につき原稿用紙30枚程度のロング・インタビューであり、各編ともたいへん読みごたえがある。一問一答形式でインタビュー時のやりとりがそのまま活かされているので、「インタビューのやり方」の手本としても読める。ライター必読である。

 著者のインタビューの進め方も、バツグンにうまい。「こんなふうに話を広げていけばいいんだ」とか、「こんなふうに聞きにくいこともズバっと聞けばいいんだ」などという手本を、随所に読み取ることができる。インタビューの下準備も、相当綿密にやっていることがわかる。下世話な話から本質的で難しい話まで、自在に話を展開していくさまはほとんど名人芸。

 私は、本書に登場する8人中4人と仕事でお会いしたことがあるので(内田、森、島田、重松の各氏)、自分がやったインタビューと引き比べることで、著者のうまさがいっそうよくわかる。400字30枚の中に、各インタビューイのコアの部分が見事に抽出されているのだ。

 巻末には、「あとがき」のかわりに、重松清による著者へのインタビューが収録されている。なかなか気の利いた趣向だし、このインタビュー自体が本書の的確な「解説」にもなっている。

 ところで、私は書名から、てっきりホンモノの「悪党」の金言(許永中の「ピカピカの財界人にせなあかんし」とか)ばかりを集めた本かと思い、手に取った。
 本書の「悪党」とは、「世の大勢に流されず異議を申し立てる者」の謂なのだそうだ。うーん、ちょっと奇をてらいすぎなタイトルだなあ。せっかくいい本なのに、このタイトルのせいで逃がしてしまう読者も少なくあるまい。

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アマゾン・アフィリエイトで稼げる…か?

ぜったいデキます! アマゾンマーケットプレイス&アソシエイト・プログラム (パソコン楽ラク入門)ぜったいデキます! アマゾンマーケットプレイス&アソシエイト・プログラム
(2008/07/02)
AYURA



 先月末、私の口座にアマゾン・アフィリエイト(アソシエイト)の収益5147円也が振り込まれた。じつをいえば、これが私がアマゾン・アフィリで得た初の利益である。

 アマゾン・アフィリエイトでは、現金振り込みに設定してある場合、トータルの収益が5000円を超えないと振り込まれず、翌月に繰り越される(アマゾン・ギフト券の場合は1000円以上)。
 私は2年半くらい前から当ブログにちょこちょことアマゾン・アフィリエイトの広告を貼ってきたが、これまでずっと5000円を超えることができず、繰り越しをつづけてきたのである。

 なぜそんな内幕を明かすかというと、一つには、「前原はアフィリエイトで稼いでいるらしい」という思いこみ(ないし邪推)を抱いている人がいるようだから。
 もう一つには、「アマゾン・アフィリで金を稼げないものか」とお考えの方に、厳しい現実の一端を見せようという老婆心(笑)である。

 当ブログには、現在のところ1日300人程度のユニーク・アクセスがある。アクセス解析はトップページにしかつけていないので、個々のページのみへのアクセスはさらに多いだろう。無名人の個人ブログとしては、とくに多くもないが少なくもない、平均的訪問者数である。
 うちくらいのブログの場合、2年半かけてやっと5000円になるという程度でしかないのが、アマゾン・アフィリエイトだ。……と、そう思っておいたほうが無難だと思う。

 もちろん、いわゆるアルファブロガーであれば、もっともっと稼ぐことは可能だ。
 アルファブロガーで、しかも書評ブログとして定評を得ている小飼弾氏のブログなどは、毎月数十万円程度(氏は以前毎月のアフィリ収入を発表していたが、いまはしていないので、私もぼかす)のアフィリエイト収入を稼ぎ出すのだそうだ。このへんが、ブロガーがアマゾン・アフィリで稼げる上限であろう。

 もう一つ具体例を挙げる。竹熊健太郎氏が、3年ほど前の「たけくまメモ」で次のように書いておられた。

 俺なんか昨年暮れに一瞬月8万くらいのアフィリ収入になり、おお、これならバンコクに移住すればラクに暮らせるぞ、と喜んでおったのですが、今月のアフィリ収入はこのままだと3万ちょいですよ。雑誌にコラム一本書くのと同じくらい。ちょっと気を抜くとジェットコースターみたいに落ちます。こわいですね(2006年4月21日付「五十歳のハローワーク」より)



 「たけくまメモ」ほどの人気ブログでさえ、アフィリ収入は月数万円なのである。「アフィリエイトで食っていく」ことがどれほど狭き門であるかがわかる。普通に働いたほうがマシですよ、みなさん。

 過日、当ブログのアクセス数が突然ふだんの数倍に跳ね上がった日があった。それは、当ブログで本をレビューした上條さなえ氏のドキュメンタリー番組がNHKで放映された日のことで、大半は「上條さなえ」を検索してのアクセスであった。
 その日は、アマゾン・アフィリの売り上げもふだんの数倍あった(といっても1000円程度)。「なるほど。アクセスが増えればアフィリエイト収入も増えるのだなあ」と、あたりまえのことをいまさら実感したものだ。

 つまり、私程度の辺境ブロガーであっても、アクセス数を増やし、ブログをいくつも作り、アマゾンの広告に力を入れるなどの努力をすれば、もう少し稼げるわけだ。
 とはいえ、いまの数倍にアクセス数を増やしても一日1000円程度の稼ぎにしかならないのなら、とてもじゃないがそんな努力をする気にはならない(「そんなことしてるヒマがあるなら原稿を書け!」と怒られそうだ)。

 稼げるわけでもないのに、なぜ私はアマゾンの広告を貼りつづけるか?
 一つには、万が一当ブログのアクセス数が数百倍に跳ね上がる事態が起きたとき、そのアクセスを使って小銭を稼げるようにしておこう、というスケベ心から。

 もう一つには、一銭にもならない当ブログを更新しつづけるにあたっての、自己正当化のため。
 「いや、このブログも、まったくの遊びでやっているわけではなくて、ある意味では仕事なのだから……」と、自分で自分に言いわけする「よすが」が、アマゾン・アフィリエイトなのである。

■後記(2010年5月)
 その後、当ブログのユニーク・アクセス数は400~500人/日に増え、アフィリエイト収入は月3000円程度になった。うち程度の辺境ブログでは、伸びてもせいぜいそんなもの。これがアフィリエイトの現実である。
 
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Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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