北杜夫・斎藤由香『パパは楽しい躁うつ病』

パパは楽しい躁うつ病パパは楽しい躁うつ病
(2009/01/09)
北 杜夫斎藤 由香

商品詳細を見る


 北杜夫・斎藤由香著『パパは楽しい躁うつ病』(朝日新聞出版/1365円)読了。

 作家・北杜夫と、その一人娘でエッセイストの斎藤由香が語り下ろした親子対談。書名のとおり、北杜夫が長年病んできた躁うつ病にまつわるエピソードを中心に、北家の歴史を振り返った内容である。
 斎藤由香が最後に「これでインタビューは終わりね」と発言しているとおり、彼女は父から話を引き出す役割に徹していて、対談というよりロング・インタビューのようだ。

 対談集というのはじつにピンキリであって、キリのほうには「この著者には本を書く時間や能力がないから、対談ですましちゃえ!」という感じで安直に作られたものが多い。
 本書は、どちらかといえば「キリ」寄りである。「ヨタヨタで老いている」(斎藤のあとがきの一節)81歳の北杜夫には、もはや一冊の本を書き上げる余力はないのだろう。「テープ起こしをそのまま載せました」みたいな箇所も散見されるし、どうでもいい雑談も少なくないし、わりとイージーな作りの対談集だ。

 とはいえ、だからつまらないかといえばそうでもない。躁うつ病についての印象的なエピソードが満載で、北杜夫ファンなら最後まで興味深く読める。躁期になると株売買にのめりこむ奇妙なクセをもつ北杜夫は、なんと、株で破産したこともあるのだという。

 破産に象徴されるように、客観的に見れば悲惨なエピソードも多いのだが、北杜夫も斎藤由香も育ちのよいおぼっちゃん・お嬢様だから、語り口は上品でおっとりしており、読者に悲惨さを感じさせない。
 また、うつ病はとかく自殺念慮に結びつきがちだが、北杜夫はうつ期にもまったく自殺念慮を起こさないそうで、それが救いになっている。「楽しい躁うつ病」などというお気楽なタイトルにできたのも、一つにはそのためだろう。

 印象的な一節を引く。北杜夫が躁病を発病して気持ちが昂ぶり、夫人にも暴言を吐くようになった時期のエピソードである。

由香 ママは泣きはしないんだけど、最初の頃は、悲しがってばかりいたママが、義母の輝子おばあさまに相談すると「私も茂吉とうまく行かなかったときに、お父様から看護婦になったつもりでいなさいって言われました。喜美子も宗吉に対し、看護婦だと思ってつきあいなさい」と説得された。
 それで急にあるときからママも元気になっちゃって。パパが「出て行ってくれ!」と言うと「あなたは患者さんで、私は看護婦です。しかも、ひとりしかいないから婦長さんなのよ。婦長さんで偉いから、あなたこそ、私の言うことを聞いてください!」と言うようになっちゃって。
北 あの頃は大変だったなあ……。
由香 大変ってママが大変だったの! また他人事みたいに(笑)



■関連エントリ→ 『どくとるマンボウ回想記』レビュー

関連記事

森達也『東京スタンピード』

東京スタンピード東京スタンピード
(2008/12/13)
森 達也

商品詳細を見る


 森達也著『東京スタンピード』(毎日新聞社/1680円)読了。

 刺激的なノンフィクションを世に問いつづける作家が手がけた、2014年の東京を舞台とした風変わりな近未来パニック・サスペンス小説。
 森氏は過去にも『池袋シネマ青春譜』という長編小説を上梓しているが、あれは自伝に近い作品だったので、本格的な長編フィクションはこれが初ということになる。

 「スタンピード」とは「集団暴走」のこと。元々は牛の群れが銃声に驚いて暴走するさまを指した言葉である。
 この小説では、東京に生きる普通の「善良な市民」たちが、メディアを使った煽動などによってジェノサイド(集団虐殺)というスタンピードに走るさまが描かれる。著者の念頭には、関東大震災のときに起きた朝鮮人虐殺や、1994年にルワンダで起きた虐殺があるのだろう。
 21世紀の東京でも、ジェノサイドは起こり得る。そしてそのとき、私やあなたが虐殺する側になることもあり得る……著者は物語を通じてそう言っているようだ。

 森氏が過去のノンフィクションやエッセイを通じて読者に訴えてきたメッセージを、小説の形で表現した作品、という印象。森作品のファンなら思わずニヤリとする場面やディテールが、随所にある。

 正直、小説としてはぎこちない部分も散見されるのだが、一方ではキラリと光る部分も随所にある。小説家としての本格的スタート(?)としてはまずまずなのではないか。
 もっとも、私は森氏にノンフィクションやエッセイも書きつづけてほしいと思うけど……。

 なお、カバーデザインもなかなかよい。
 ネット上で小さな書影を見るとただの青空の写真にしか見えないだろうが、その青空一面にうっすらと靴の足跡がかぶせられているのだ。

■関連エントリ
森達也の作品
『A』『A2』(森達也監督)レビュー
森達也『東京番外地』レビュー

関連記事

鈴木光太郎『オオカミ少女はいなかった』

オオカミ少女はいなかった 心理学の神話をめぐる冒険オオカミ少女はいなかった 心理学の神話をめぐる冒険
(2008/10/03)
鈴木 光太郎

商品詳細を見る


 鈴木光太郎著『オオカミ少女はいなかった/心理学の神話をめぐる冒険』(新曜社/2730円)読了。

 オオカミに育てられた少女、映画フィルムに仕掛けられたサブリミナル効果(コーラとポップコーンの売り上げが上がったというアレ)など、心理学の装いを凝らした捏造と歪曲を、一章につき一つずつ取り上げて検証していく本。一編一編が上質のミステリーのような知的興奮に満ち、バツグンの面白さ。

 著者自身も心理学者である。俗流エセ心理学とまっとうな心理学を峻別したいとの思いが、本書を書かせたモチベーションなのだろう。
 私は、俗流心理学批判としてよりも、むしろメディア・リテラシーの生きた教科書として興味深く読んだ。「心理学の装いをこらしたウソ」を、人々がなぜ信じ、長い年月を経ても信じ込んだままなのかが、つぶさに検証されているからだ。

 著者は言う。

 話がいったん世間に流布してしまうと、それを取り消すことはきわめてむずかしい。消しても消しても、消した先から火がつき出すからだ。こうした例は、有名なものがいくつもある。2章で紹介する、ポップコーンやコーラのサブリミナル広告の実験は、その1例である。多くの噂がそうであるように、いったん広まって一人歩きしてしまったことは、本人があとから訂正しても、直ることはまずない。

 

 「ポップコーンやコーラのサブリミナル広告の実験」について、私はそれが眉ツバものであるとは聞きかじっていたが、どのようにインチキなのかは本書で初めてわかった。
 著者によれば、「実は、このあまりにも有名な実験には、もとになるはずの論文や報告書が存在しない。学会で発表すらされていない」(!)のだという。言い出しっぺの広告屋の話が「新聞や雑誌の記事として、あるいは噂としてそのまま伝えられているだけ」なのだ、と……。

 3000円近い価格ながらもよく売れているようだが、こういう本こそ安い新書で出して広く読まれるべきだと思った。

関連記事

松田洋子『赤い文化住宅の初子』

赤い文化住宅の初子 (F×COMICS)赤い文化住宅の初子 (F×COMICS)
(2003/06)
松田 洋子

商品詳細を見る


 松田洋子の『赤い文化住宅の初子』(太田出版/1000円)を読んだ。タナダユキ監督の映画版がたいへんよかったので、原作を読んでみたのだ。

■関連エントリ→ 映画版『赤い文化住宅の初子』レビュー

 映画版は、原作に忠実に作られていた。原作は100ページに満たない中編で、描かれたエピソードのほぼすべてが映画にも盛り込まれているのである。

 松田洋子といえば『SPA!』に連載された『秘密の花園結社リスペクター』くらいしか知らなかったが、こういうリリカルで切ない(それでいて毒気も秘めた)作品も描ける人だったのだなあ。

 主人公の薄幸少女・初子と、ボーイフレンド・三島くんのあたたかいふれあいが、とてもよい。
 また、初子の兄も映画版ではただのダメ男に見えたが、この原作では乱暴な言葉遣いの底に妹を思うやさしさがほの見えるように描かれている。繊細な心のひだまで表現されているのだ。この点は原作の勝ち。

 併録作の「PAINT IT BLUE」は、地方都市のつぶれそうな町工場の跡取り息子を主人公にした軽快な青春マンガ。こちらも意外な拾いもの。
 こういう世界をいきいきと描けるマンガ家は土田世紀くらいかと思っていた。その“後継者”が女性の中にいたとは驚きだ。

 この本に収録された2作に共通の印象だが、脇役として随所に登場する中年オヤジたちのリアリティがものすごい。なんかこう、画面から加齢臭がモワっと立ちのぼってくる気がするほど(笑)。

 昔、大友克洋の『童夢』について、「老人の顔の描写がすごい。こんなふうに老人を描けるマンガ家は、これまでいなかった」 という言葉で絶賛した人がいた。松田洋子のすごさも、脇役の中年描写にこそあらわれていると思う。美少女や美少年を描けるマンガ家なら腐るほどいるが、これほどリアルに中年オヤジを描ける女流マンガ家はほかにいない。

関連記事

野口悠紀雄『超「超」整理法』

超「超」整理法 知的能力を飛躍的に拡大させるセオリー超「超」整理法 知的能力を飛躍的に拡大させるセオリー
(2008/09/18)
野口 悠紀雄

商品詳細を見る


 野口悠紀雄著『超「超」整理法/知的能力を飛躍的に拡大させるセオリー』(講談社/1470円)読了。

 1993年刊のミリオンセラー『「超」整理法』の、21世紀版。グーグルの登場やPDFの普及などによる知的生産環境の激変をふまえた、新たな『「超」整理法』を説いている。
 それにしても冗談みたいなタイトルだなあ。「屋上屋を架す」の見本みたいな(笑)。

 分類せずに整理する「押し出しファイリング」など、『「超」整理法』で説かれたノウハウは衝撃的だったし、私もずいぶん影響を受けた。
 だが、この『超「超」整理法』には著者の独創といえるほどのノウハウはなく、いささかタイトル負けしている。

 全3部構成。そのうち第Ⅰ部「デジタル・オフィスの作り方」には、GメールとPDFの活用によってメールのやりとりの蓄積をそのままデジタル・オフィス化する方法が説かれている。
 役に立つといえば役に立つのだが、「Gメール徹底活用法」みたいな本はほかにもあるわけだから、著者の独創とはいえない。
 それに、わざわざ本書を買うまでもなく、ネット上でほかならぬ野口自身が書いているGメール活用法のコラムを読めば事足りる。じっさい、それ以上のノウハウは本書に載っていない。

■参考→ 「Gmailを用いた個人データベースの作り方と使い方」(『野口悠紀雄が探るデジタル「超」けもの道』より。この連載にはほかにもGメール活用法を説いた回が多い)

 第Ⅱ部「IT時代の知の技法」のうち、上手な検索のノウハウを説いた4、5章は読む価値なし。日常的に「ググっている」者ならおのずと身についていることしか書いていないからである。
 読んでいて、「歩き方をいまさら文章で説明されているような気分」になった。「円滑な二足歩行のためには、まず視線を前方に向けることが不可欠である」みたいな(笑)。

 ただ、第6章「新しい知の時代における知的作業の本質は何か?」は、一読に値する。この章こそが本書の肝であり、ここには野口ならではの深い考察が見られる。
 また、短い第Ⅲ部「知の産業革命」も、具体的ノウハウとは無縁の鳥瞰的な考察だが、やはり一読に値する。

 要するに、実用書としての価値は低いものの、知的生産の未来についての論考部分はなかなか読ませる本なのである。

■関連エントリ→ 『「超」〇〇法』次作予想

関連記事

「元はっぴいえんど」って……。

BAND WAGON 2008-Special Edition-BAND WAGON 2008-Special Edition-
(2008/04/23)
鈴木茂

商品詳細を見る


 鈴木茂が大麻所持で逮捕されたそうだ。
 

 乾燥大麻を所持したとして、警視庁東京湾岸署が大麻取締法違反(所持)の現行犯で、70年代に活躍したバンド「はっぴいえんど」元メンバーのミュージシャン、鈴木茂容疑者(57)=川崎市=を逮捕していたことが18日、分かった。
(中略)
 鈴木容疑者は昭和45年、細野晴臣、大瀧詠一、松本隆とともにロックバンド「はっぴいえんど」を結成し、ギターを担当していた。仕事のため、近くを訪れていたという(ウェブ版「産経新聞」2.18 12:19配信)



 逮捕それ自体よりも、新聞やテレビのニュースが一様に「元はっぴいえんどの」という見出しで報じていたことに哀しさをおぼえる。
 たとえば、こんな感じ――。

「はっぴいえんど」の元ギタリスト、大麻所持の疑いで逮捕(読売新聞)
はっぴいえんど元メンバー、大麻で逮捕(時事通信)
<大麻所持>元「はっぴいえんど」の鈴木茂容疑者を逮捕(毎日新聞)
はっぴいえんど元メンバー、鈴木茂容疑者を大麻所持で逮捕(産経新聞)

 元「はっぴいえんど」の他の3人がかりに大麻で逮捕されたとして、「元はっぴいえんどの細野晴臣」「元はっぴいえんどの松本隆」などという見出しで報じられることはありえないわけで、そこが哀しい。はっぴいえんど以降30数年の鈴木の音楽活動はいったいなんだったのか、と……。

 私は名盤『バンド・ワゴン』を筆頭とした鈴木のソロアルバムもけっこう好きなので(1985年の『SEI DO YA/星導夜』も名作)、よけいにそう思う。

関連記事

菊地章太『儒教・仏教・道教』


儒教・仏教・道教 東アジアの思想空間 (講談社選書メチエ)儒教・仏教・道教 東アジアの思想空間 (講談社選書メチエ)
(2008/12/11)
菊地 章太

商品詳細を見る


 菊地章太(のりたか)著『儒教・仏教・道教/東アジアの思想空間』(講談社選書メチエ/1575円)読了。
 先日読んだ『悪魔という救い』が面白かったので、同じ著者の最新著作を読んでみた。

 書名を見て「うわー、むずかしそう」と敬遠する向きもあろう。だが、本書は書名とは裏腹に平明で、知的刺激に富む好著であった。

 また、やはり書名から、儒教・仏教・道教それぞれの特色を概説した入門書と勘違いする向きもあろう。だが、そうではない。本書は、インドで生まれた仏教が中国に受容され、そこで儒教・道教と混淆し、相互に影響し合って変容していくシンクレティズムの道筋をたどったものなのである。

 したがって論述の主舞台は古代中国となるが、中国から朝鮮を経て仏教を受容した日本についても言及される。ゆえに、現代日本仏教について考えるうえでも示唆に富む内容となっている。

 「シンクレティズムという言葉には衰退や堕落のイメージがどうしてもつきまとう」と著者も言うとおり、我々はとかく、複数の宗教が融合して生まれた宗教を、大元の宗教よりも低くとらえがちだ。
 一例を挙げれば、原始仏教のみを是として、儒教などの影響を受けて変容した中国や日本の仏教を「もはや仏教とはいえない」と否定する論者は少なくない。

 だが、著者はそうした姿勢に異を唱え、シンクレティズムを肯定的にとらえる。
 「世の中のことはみな純粋から雑然へと進むのだろうか」と、著者は読者に問いかける。逆に、「えたいの知れないもやもやしたなかから、誰かが核をえりわけ」、「よけいな枝葉を切り捨て振り落とし」、「雑然から純粋へと高めていく場合も考えられる」のではないか、と……。

 そうしたニュートラルな姿勢からとらえ直された儒教・仏教・道教の「交渉と融合のありよう」は、たいへんスリリングである。私たちが仏教の特色だと思い込んでいたことがじつは儒教の特色であったり、自分たちとは無縁だと思い込んでいた道教がじつは日本人の生活にも入り込んでいたり……という「目からウロコ」の知見の連続なのだ。

 例を挙げよう。

 お彼岸もお盆も仏教の行事のようになっているが、インド仏教の考え方からすればあり得ない習俗である。まったき消滅(引用者注・成仏のこと)にいたらないかぎり、亡き父母の霊魂はいずこかに転生している。それは人間界であるとはかぎらない。しかも前世の記憶は保存されないのが原則である。だから、春分の日やお盆休みの混雑する日に、子どもたちのところへ戻ってくるいわれがない。
 輪廻転生の体系のなかでは遺骨ももちろん意味がない。実際にインドでは火葬にしたあとの骨は川に流してしまう。墓もつくらない。位牌も家に置かない。これらは仏教に関係ありそうだが、少なくとも本来の仏教とは縁もゆかりもない。いずれも儒教の祖霊観からの影響を濃厚に受けて変容した仏教的習俗である。



 今やお中元といえば夏のごあいさつになってしまったが、もとは古い道教の儀式であった。



 そして、著者は結論として、儒仏道の三宗教が混淆して作り上げられたのが「東アジア思想空間モデル」である、と言う。

 道教は現世での幸福に執着する。仏教は現世への執着を断つべしという。
 かほどに道教と仏教とはあいいれない理想をかかげている。そのはずなのに両者は中国人の生活のなかで、とりわけ奥底でひとつにつながっている。表と裏をなしている。それもこれもにらみつけながら儒教がデンと居すわって、二十一世紀になっても立ち去る気配はない。
 儒仏道がまるで太極図を三つ巴にしたようにからみあっている。



 儒仏道の濃淡の差こそあれ、日本の思想空間の基底部にも同じ「モデル」が存在するのだ(日本の場合はそこに神道も加わって、さらに複雑な混淆がなされている感じか)。

 大風呂敷を広げすぎたせいか、あるいはこの著者の悪いクセなのか、話があちこちに脱線してまとまりに欠ける本だ。が、その脱線部分にも卓見がちりばめられており、全体としてはたいへん面白い本になっている。

  
関連記事

『バットマン ビギンズ』

バットマン ビギンズ [DVD]バットマン ビギンズ [DVD]
(2008/07/09)
クリスチャン・ベールマイケル・ケイン

商品詳細を見る


 ケーブルテレビで『バットマン ビギンズ』を観た。
 観る順番が逆になってしまったが、昨年のマイベストワンである『ダークナイト』の、前作にあたるものだ。

■関連エントリ→ 『ダークナイト』のレビュー 
 
 クリストファー・ノーラン監督が描き出す、リアルでシリアスな「バットマン誕生秘話」。「苦悩する正義の味方」の物語である。

 物語の最後に、新たな敵・ジョーカーとの闘いが次に控えていることがほのめかされる。もちろん、その闘いが次作『ダークナイト』で描かれたのである。
 クリストファー・ノーランにとっては、『ダークナイト』こそが心底作りたかった映画であって、この作品はそのための準備のようなものだったのだろうな。そう思わせる出来。クライマックスのカーアクションなどはすごいし、エンタテインメントとして一級ではあるが、超一級の『ダークナイト』に比べると見劣りがする。

 
関連記事

上條さなえ『かなしみの詩』

かなしみの詩──「10歳の放浪記」その後かなしみの詩──「10歳の放浪記」その後
(2009/01/14)
上條 さなえ

商品詳細を見る


 上條さなえ著『かなしみの詩/「10歳の放浪記」その後』(講談社/1400円)読了。

 以前読んだ『10歳の放浪記』(→当ブログのレビュー)の続編である。 

 児童文学作家の著者は、10歳の1年間を父とともに「ホームレス」として暮らした。その間の出来事を振り返ったのが、前作『10歳の放浪記』であった。
 著者はその後、親から離れて児童養護学校(学校を兼ねる児童養護施設)に入所する。本書は、養護学校で暮らした11歳の日々を綴ったものである。

 『10歳の放浪記』がもっていた作品としての美質は、本書にもすべて揃っている。ただ、題材の衝撃度が薄れた分だけ、本としての印象も薄い。10歳の1年間をホームレスとして暮らした子どもはごくまれでも、養護施設に暮らす11歳なら世の中にたくさんいるのだから……。
 身も蓋もない言い方をすれば、本としての「セールスポイント」に乏しい。ゆえに、『10歳の放浪記』ほどには売れないだろう。

 しかし、地味な内容ながらも、『10歳の放浪記』に感動した読者なら十分読む価値のある良書である。

 養護学校に暮らす子どもたちの中でもひときわ貧しい風体の主人公・早苗は、意地の悪い男子生徒などからいじめに遭う。それでも、思いやり深いよい先生に恵まれ、たくましく生き抜いていく。また、石川啄木の短歌との出合いから読書の楽しさに目覚め、そのことが、のちに児童文学作家として立つ原点となる。

 竹田養護学園での日々は、ホームレスだったわたしの再生の日々でもありました。(中略)わたしは山下先生との出会いにより、「教師」になろうという夢をもちました。その夢が、どれほどわたしの励みになったことでしょう。
 友だちのいじめに耐えられたのも、夢のおかげだったと思います。また、わたしはホームレスの日々を経て、強い少女になっていたのでしょう(「おわりに」)



 著者に希望の光を与える山下先生のふるまいが、すがすがしい感動を呼ぶ。教育者としての一つの理想像が、ここにはある。

関連記事

藤城清治 『銀河鉄道の夜』

藤城清治 銀河鉄道の夜 [DVD]藤城清治 銀河鉄道の夜 [DVD]
(2007/07/18)
藤城清治

商品詳細を見る


 藤城清治の 『銀河鉄道の夜』をケーブルテレビで観た。
 日本が世界に誇る影絵作家による、宮沢賢治の代表作の「影絵劇」化。2007年に「初演から50年を経て、ハイビジョン撮り下ろし映像にて初DVD化」されたものの放映である。

  『銀河鉄道の夜』の映像化作品といえば、ますむらひろしの猫キャラを使ったアニメ映画版(1985年)が私は好きだが、こちらの影絵劇もたいへん美しくてよかった。宮沢賢治本人が観たら、気に入るのはこちらのほうではないかと思う。

 『銀河鉄道の夜』については、主人公ジョバンニが賢治の分身であり、彼の親友カムパネルラには賢治の妹・トシの姿が反映されている、という解釈がある。
 行方不明の父と病気の母をもち、同級生からもいじめられている孤独で貧しい少年ジョバンニ。そのただ一人の友カムパネルラ――そんな関係に、賢治とトシの関係が投影されているという見方である。

 日本女子大学を優秀な成績で卒業した、当時の田舎では珍しいインテリであったトシは、賢治にとって最大の理解者でもあった。賢治の身近には、文学や芸術について思う存分語り合える相手はトシしかいなかったのだ。また、賢治の法華経信仰にほかの家族が反対であったなか、トシだけはあたたかい理解を寄せていた。

 だが、かけがえない理解者であり最愛の妹であったトシは、「あめゆじゅとてちてけんじゃ」の「永訣の朝」に描かれたとおり、24歳の若さで病死してしまう。
 いっぽう、トシの死後に書かれた『銀河鉄道の夜』で、夢から覚めたジョバンニは、カムパネルラが川で級友を救おうとして溺死したことを知る。ジョバンニが見た銀河鉄道の夢とは、カムパネルラの冥界への旅に同行することでもあった。
 賢治は、トシを喪った深い悲しみと、彼女がいなくても1人で立派に生きてみせるという決意を、『銀河鉄道の夜』という物語に託したのだった。

 そんなことをふまえて観ると、この影絵劇版『銀河鉄道の夜』はいっそう哀切だ。

関連記事

吉田太一『遺品整理屋は聞いた! 遺品が語る真実』

遺品整理屋は聞いた! 遺品が語る真実 ~消せなかった携帯の履歴、孤独死のサイン、女の遺し物…~ (青春新書INTELLIGENCE 220)遺品整理屋は聞いた! 遺品が語る真実 ~消せなかった携帯の履歴、孤独死のサイン、女の遺し物…~ (青春新書INTELLIGENCE 220)
(2008/12/02)
吉田 太一



 吉田太一著『遺品整理屋は聞いた! 遺品が語る真実』(青春新書/767円)読了。

 以前読んだ『遺品整理屋は見た!』の続編(ただし、本書とは別に『遺品整理屋は見た!』の2冊目も出ている)。日本初の「遺品整理専門会社」の社長である著者が、遺品整理の現場で自らが体験したエピソードを集めた本だ。

 『遺品整理屋は見た!』のレビューで、私は次のように書いた。

 題材が題材だけに「面白い」というのは不謹慎な気もするが、読み出したら止まらない本だった。
 あの『嫌われ松子の一生』は、惨殺された孤独なヒロインの遺品整理を甥が依頼されるシーンから始まるが、そのリアル版がズラッと並んでいる感じの本。遺品から浮かび上がる「現代の孤独」の諸相がすさまじい。衝撃的な事実が淡々としたタッチで記されており、読みやすいのに読後感はずっしりと重い。



 そのように、正編はたいへん衝撃的で面白い本だったが、この続編は衝撃が半減。内容も薄い。はっきり言って「正編の出がらし」という感じだ。

 それでも、紹介されたエピソードの中にはいくつかハッとさせられるものもある。

 たとえば、65歳で孤独死した男性の部屋にあった、「サンドバッグ化した冷蔵庫」の話。
 その男性は、一人の部屋で冷蔵庫を蹴ったり、壁を殴ったりと、部屋にあるものに当たってはいらだちを発散させていた(と思われる)。
 殴られ、蹴られてベコベコにへこんだ冷蔵庫の側面に、著者は無惨な殴り書きの文字を発見する。そこには、「バカヤロー」「殺してくれ!」と書かれていたのだった。

 この「サンドバッグ化した冷蔵庫」が、見るからに粗暴な人やすさんだ暮らしをしていた人の部屋にあったのなら、さして意外ではない。だが、孤独死したその男性は、いつも明るく、きちんとあいさつをする人だったのだという。その落差、人当たりのよい男の内面に煮えたぎるやり場のない怒りにこそ、読者は慄然とさせられるのだ。

 また、著者は独居老人が餓死(!)したあとの部屋を整理した経験が、少なからずあるという。そのうちの一つでは、食べものが何一つない部屋の中に、「かじったような歯形がついた雑誌」があったとか……。ぞっとする話だ。
 不況とはいえ飽食がつづく21世紀の日本で、なぜ独居老人の餓死が頻発するのか? 著者はその理由を次のように推察する。

 高齢になると、恥をさらしたくないという気持ちが強くなるのかもしれません。やせ我慢を続けるうちに助けを求める気力も薄れてしまい、最後は食欲さえも失ってしまうのではないかと私は思います。
 たとえどんなに貧しくても、「何日も何も食べていません。お腹がすいて死にそうです。何か食べるものをもらえませんか」などという言葉は、なかなか恥ずかしくて言えないのでしょう。



 日本ではこれからますます増えるはずの孤独死。その実態の一端を知るために、著者の本は有益である。

関連記事

チャットモンチー『告白』

告白告白
(2009/03/04)
チャットモンチー

商品詳細を見る


 チャットモンチーのサード・アルバム『告白』(キューンレコード/3059円)を、サンプル盤を送ってもらって聴いた。3月4日発売予定。

 ファーストからずっと愛聴してきた者として自信をもって言うけれど、これは現時点におけるチャットモンチーの最高傑作である。

 ファースト時点のよい意味での素人っぽさは姿を消して、風格すら漂わせる堂々たる仕上がり。そして、ものすごくポジティヴなロック・アルバムになっている。ネガティヴな曲が一つもない。キュートでパワフル、そしてみずみずしい。

 前作は『生命力』だったが、そのタイトルはむしろこのアルバムにこそふさわしい。聴いていてこんなに元気になれるアルバムはめったにない。それでいて、「人生応援歌」的なクサさは皆無だ。

 歌詞の内容は相変わらずフツーの女の子の恋愛模様なのだが、それが生命力みなぎるロックに昇華されているところがすごい。「恋する者の至福」を余すところなく表現したガールズ・ロック、という趣なのだ。

 といっても、恋愛の絶頂期を歌った曲ばかりが入っているわけではない(そうだったら聴いていてさぞウザイであろう)。失恋や片恋を歌った曲にさえ、悲しみや自己憐憫よりもむしろ深い次元の歓喜――恋をすることそれ自体がもたらす歓喜――が満ちているのだ。

 チャットモンチーといえば、デビューからずっといしわたり淳司 (元SUPERCAR)がプロデュースにあたってきた。だが、この新作は全13曲中6曲をいしわたりがプロデュースしているほか、椎名林檎との仕事で知られる売れっ子・亀田誠治が5曲のプロデュースにあたり、残り2曲をメンバーがセルフ・プロデュースしている。

 そして、いしわたりの手がけた6曲より、亀田による5曲のほうが明らかにクオリティーの平均値が高い。とくに、亀田が手がけた5曲のうち、「海から出た魚」「染まるよ」(先行シングル)「CAT WALK」「余談」の4曲は圧倒的に素晴らしく、私はそのシークェンスばかりヘビロしている。

 いしわたりには悪いが、亀田のほうが能力が高いチャットモンチーは亀田とのほうがはるかに「相性がよい」のだろう。
 育ててもらった恩義もあるから切るのは忍びないだろうが、今後は亀田と組んで曲を作ったほうが彼女たちのためによいと思う(余計なお世話だけど)。

■関連エントリ
チャットモンチー『生命力』レビュー
チャットモンチー『耳鳴り』レビュー

関連記事

サカナクション『シンシロ』

シンシロ(通常盤)シンシロ(通常盤)
(2009/03/04)
サカナクション

商品詳細を見る


 サカナクションのニュー・アルバム『シンシロ』(ビクター/期間限定価格2100円)を、アマゾンに注文。
 You Tubeで観た「ネイティブダンサー」のPVに、一発KOされてしまったのである。



 いやー、これはメチャメチャいい曲だ。

 ピアノに乗せ、アジカン風のヴォーカルが切々と歌い上げるシンプルなバラード。……と思いきや、少しずつ盛り上がっていき、サビの部分で堰を切ったように急展開する。
 まるで、「切なさのジェットコースター」。ヴォーカルがファルセットに変わるのを合図に、レイ・ハラカミ風の抒情派エレクトロニカ・サウンドが一気に広がる。その瞬間、ジェットコースターが降下を始めるみたいに背筋がゾクッとする。
 アジカン、くるりからスピッツに至るJ-ロックと、クラブサウンドのいいとこ取り。バツグンのセンスである。

--------------------------------

 で、アマゾンからアルバムが届いたので、仕事をしながらじっくり聴いた。

 タイトルの『シンシロ』とは、「新白」を意味しているのだそうだ。
 “これまでの活動を一度リセットして、ゼロから取り組んだアルバム。元からの白ではなく、これまでの色をすべて白紙に戻した白。だから、新しい白、シンシロ”――そんなニュアンスだろうか。

 タイトルのとおり白を基調にしたジャケットも、シンプルでありながら非常に凝っていて(手にとって見ないと凝っている部分がわからないだろうが)、なかなかカッコイイ。

 やはり、アルバム中でも「ネイティブダンサー」が突出して素晴らしい。が、ほかにもよい曲が多い。
 先行シングルになった「セントレイ」(タイトルは「1000と0」のもじり)はちょっと俗に流れた印象で私の好みではないが、「ライトダンス」「涙ディライト」「アドベンチャー」はいずれもシングルでもいけそうな完成度の高い傑作。

 ひんやりとした抒情派エレクトロニカと、意外なほど熱いバンド・サウンドが、一つの曲の中で違和感なく共存している。静と動、生音と打ち込み、アッパーとダウナー――2つの要素のからみ合いがじつに心地よい。

 だから逆に、どちらか一方の要素に偏ってしまっている曲はつまらない。
 アルバムのちょうど中間に電子音のみで構成された「もろテクノ」なインストゥルメンタル・ナンバーがあるのだが、これはいらなかった気がする。インタールードにしては曲が長すぎて退屈だし。

 「ネイティブダンサー」「ライトダンス」レベルの曲がもう2曲くらいあればなあ、と思ってしまったが、まあそれは望蜀の嘆というものであろう。

 ほとんどの曲を手がけているヴォーカルの山口一郎は、コンポーザーとしてもシンガーとしてもすごい才能だと思う。
 ただ、一つ苦言を呈すると、歌い方にしろ曲作りにしろ、「○○の影響を受けました」という元ネタがあまりにも見え見えなときがある。

 「ネイティヴダンサー」の歌い出しが、メロディーといい歌い方といいアジカンそっくりであるように、このアルバムの「黄色い車」という曲は、曲も歌い方も(タイトルのつけ方も)くるりそっくり。予備知識なしに聴いて「くるりの新曲だ」と言われたら、きっと信じたと思う。ほとんど、くるりのパロディだ。いや、いい曲ではあるんだけど……。

 山口くん、うまさは認めるから、もう一ひねりして独創性を出そう!

関連記事

久慈力『図書館利用の達人』 

図書館利用の達人―インターネット時代を勝ち抜く図書館利用の達人―インターネット時代を勝ち抜く
(2008/11)
久慈 力

商品詳細を見る


 久慈力著『図書館利用の達人』(現代書館/1680円)読了。

 多くの著書をもつノンフィクション作家/歴史研究家である著者が、豊富な経験をふまえて図書館利用のノウハウを網羅的に明かした本。

 微に入り細を穿ったアドバイスといい、図書館の最新事情についての情報の豊富さといい、実用書としての価値はかなり高い。
 私は自分のことを、数多いライターのうちでもかなり図書館を使い倒しているほうだと自負しているが、この著者には負けた。まさに「達人」と呼ぶにふさわしい。

 ただ、はるか年長のベテラン・ライターをつかまえてこんなことを言うのはナンだが、著者の文章はあまりにも無味乾燥にすぎる。プロのライターが書いたとはとても思えない、シロウトが「市民だより」とかに書くような文章。リライトかけたくなる。

 たとえば、「○○しました。……○○しました。……○○しました」と、同じ末語が10数個もつづく文章が平気で出てくる。小学生の作文じゃないんだから……。

 文章の拙劣さだけが玉に瑕。そこに目をつぶれば、ハウツー書としてはかなり使える。

 とくに、第十章「図書館利用の極意――実践編」は有益。
 この章にはなんと、本人訴訟のための訴状を作ったり、企業や行政への公開質問状や異議申し立ての文書を作ったりするために図書館を利用するコツが、著者の経験をふまえて書かれている。これは類書にない新機軸であり、新鮮だった。

 ちなみに、類書で私のオススメは、千野信浩著『図書館を使い倒す!』(新潮新書)。本書ほど網羅的ではないが、コンパクトにまとまった好著である。

■関連エントリ
『図書館を使い倒す!』レビュー
『図書館に訊け!』レビュー

関連記事

花村萬月『父の文章教室』

父の文章教室 (集英社新書)父の文章教室 (集英社新書)
(2004/12)
花村 萬月

商品詳細を見る


 花村萬月著『父の文章教室』(集英社新書/714円)読了。

 書名から「文章読本」的な内容を期待すると、思いっきり肩透かしを食う。これは、人気作家・花村が、幼年期に亡き父から受けた異様な「英才教育」を中心に、作家になるまでの道筋をたどった自伝的エッセイである。

 本のそでに書かれた紹介文が簡にして要を得ているので、そのまま引用する。

 五歳のころ、放浪癖のあった父親と同居することになり、程なく、花村少年の地獄の日々がはじまった。『モルグ街の殺人事件』を皮切りに、古今東西の古典を読まされる毎日。飽きる素振りをみせれば、すぐさま拳が飛んできた――。
 四年にわたる狂気の英才教育の結果、岩波文庫の意味を解する異能児へと変貌した小学生は、父の死後は糸の切れた凧となり、非行のすえに児童福祉施設へと収容された。以来、まともに学校に通った記憶がない。本書は、芥川賞作家・花村萬月が、これまでの人生で唯一受けた教育の記憶をたどり、己の身体に刻み込まれた「文章作法」の源泉に向きあった、初の本格的自伝である。

 

 いやはや、とんでもない父親である。『血と骨』に描かれた梁石日の父親に匹敵する“異形の父”の姿が、読む者を圧倒する。

 花村作品のファンなら必読。
 中卒の学歴しかなく、しかも小学校さえろくに行かなかったという花村が、それでも作品の随所に型にはまらぬ突出した知性をのぞかせる理由が、この本を読むとよくわかる。

関連記事

Guide 

   →全記事インデックス

Profile 

前原政之 
イラスト/ジョージマ・ヒトシ

前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

Counter 

メールフォーム

★私にご用の方はここからメールを下さい。

お名前
メールアドレス
件名
本文

最近の記事

マイ「神曲」ベスト100

カテゴリー

里親募集中

タイトルの由来

●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

●私の大好きなギタリスト・渡辺香津美氏は、ご自身のイニシャル「KW」をもじった「KW(キロワット)」を、公式サイトのタイトルにしておられます(同名のアルバムもあり)。それにあやかったというわけです。

●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

Archives

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
41位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
和書
26位
アクセスランキングを見る>>