信田さよ子『母が重くてたまらない』


母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き
(2008/04/10)
信田 さよ子

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 信田さよ子著『母が重くてたまらない/墓守娘の嘆き』(春秋社/1785円)読了。
 ベテラン・カウンセラーの著者が、現代日本に広がる母と娘の「支配・被支配関係」を読み解いた本。

 ここでいう「娘」とは、すでに成人した女性を指す。また、「支配・被支配関係」といっても、暴力などの児童虐待に端を発した関係ではない。
 むしろ、本書に登場する母たちは、表面上は娘を思いやり、家事も完璧にこなす「よき母」ばかりである。にもかかわらず、見えない鎖で全身を縛り上げるように娘を支配下に置き、就職や結婚などさまざまな人生のステージで、娘の進む道をコントロールしようとする。

 本書に紹介された事例の一つ――。
 T大法学部に進んだ娘がベンチャー企業への就職を望むと、母親は涙を流しながら次のようにまくし立てたという。

「許さないわよ、どうしてそんなこと……。先の見えない人生なんて送らせるわけにはいかないでしょ、いったい何のためにママが生きてきたと思ってるの。だめよ、絶対だめよ」

 娘の側はそうした支配に耐え難い思いをしているものの、母の磁場から逃れて自由に生きることができずにいる。
 児童虐待をするような親なら、子が憎むことはたやすい。しかし、「私はあなたのために生きてきた」と言いつのる「よき母」を憎むことは難しい。母を疎ましく思い、逃れようとすればするほど、娘の心には罪悪感が湧き上がるのだ。

 そのような女性たちを、著者は「墓守娘」と名づけた。カウンセリングの中で聞いた「墓守」という言葉に強い印象を受けたことに由来している。
 たとえば、娘に「結婚しろ」とせがみつづけたある母親が、そのことをあきらめたときにつぶやいたのは、「もう何も言わないからね。ただ、私たちが死んだら墓守は頼むよ」という一言だったという。また、母との関係に苦しんで摂食障害になったある女性は、母に向かって「こんな家のお墓を守って生きるなんていやだ」と言ったという。

 今年の4月に出た本だが、手元にあるのは9月に出た第11刷。かなりの勢いで売れているのだ。「母が重くてたまらない」と感じている成人女性が、それだけ多いということだろう。ただし、男が読んでもたいへん興味深い本であり、私は一気読みしてしまった。
 信田さよ子といえば、少し前に読んだ『依存症』(文春新書)もよい本だったが、これも示唆に富む良書だ。

 著者は、母娘の支配・被支配関係を、次のような6つの類型に立て分ける(ただし、一組の母娘の中にいくつかの類型が混在するケースも多いだろう)。

1.独裁者としての母-従者としての娘
2.殉教者としての母-永遠の罪悪感にさいなまれる娘
3.同志としての母-絆から離脱不能な娘
4.騎手としての母-代理走者としての娘
5.嫉妬する母-芽を摘まれる娘
6.スポンサーとしての母-自立を奪われる娘

 各類型の典型的事例を著者は挙げているが、そのうち私にとって最もショッキングだったのは、「嫉妬する母-芽を摘まれる娘」。娘の若さと美しさに「嫉妬」し、娘の社会的達成に「嫉妬」する母が少なくない、というのだ。

 

 注目すべきは、娘の社会的達成に対しての嫉妬は、セクシュアリティに関するそれよりもっと頻繁にみられることだ。若さや美への嫉妬は、かわいげがあると思えるほどだ。
(中略)
 娘が人生で喜びを味わうたびに、丹念に一つずつ潰しているとしか思えない母がいる。彼女たちの多くは、戦後民主主義教育を受けて育ちながら、就職や進学では明らかな女性差別を経験した。そして、選択の余地なく専業主婦となり、夫の浮気や浪費、暴力などで苦しんだ母たちだ。彼女たちは、娘たちが昔とは比べものにならないほど広範に門戸を開いた大学にやすやすと進学し、一流企業に就職し、自己実現の階段を一歩ずつ上がるたびに、激しく嫉妬する。自分と娘とは時代背景が違うということは十分承知のうえで、だからこそ陰湿な嫉妬の毒を撒き散らす。
 娘が結婚すると、どこかほっとした顔をしたりする。「これで娘も世間並みの女の苦労をするだろう」という安堵感が、そこから読み取ることができる。



 カウンセラーらしく、問題解決のための処方箋を後半で提示しているところもよい。そこには、母の側、娘の側への処方箋のみならず、問題の隠れた主役である父親たちに向けた処方箋も書かれている。ゆえに、世の父親たち――とくに、本書に多くの事例が出てくる「団塊の世代」の父親――も一読すべき本である。

 メモしておきたいような深みのある一節が、山ほどある。たとえば――。

 

 夫を子ども扱いすることで大人になれた妻たちは、中高年になり夫から解放され(るために)、今度は同じような関係を娘とのあいだにつくり出しているのではないだろうか。無邪気を装った無神経ぶり、都合のいいときだけ老人ぶったわがまま放題、身体的衰えを材料に娘を脅して言うことを聞かせる……。これらは依存や甘えと紙一重の支配である。多くの支配がそうであるように、支配する側は半ば無自覚である。なぜなら他者を支配することは苦痛ではなく、むしろ豊かな快楽に満ちているからだ。夫たちが結婚と同時に手に入れた「大きな息子」の地位に伴う快楽は、母親たちのそれと似ている。とすれば、母親たちは娘たちの「大きな娘」になっているのではないだろうか。こころおきなく無邪気に依存できる快楽を、彼女たちは娘によって初めて得ることができたと考えると納得がいく。



 中途半端な理解などしないほうがいい。むしろ有害である。
 そう思うほどに彼女たちの理解や推測は、子ども本人の考えていることとずれている。彼女たちの理解は、子どもたちにすれば無理解で的外れなのだ。自分の子どもとはいえ、すでに成人していれば自分の理解を超えるのだということを、母親たちはなかなか認められない。こんなズレや無理解が生じるにつれて、母と子どもの関係は遠ざかるどころかもっと近づいていく。ズレや無理解を埋め合わせようとする母と、理想の母親像を求めて「お母さんならわかってくれてもよさそうなものなのに!」という怒りに満ちた子どもが四つに組んでしまうのだ。



 もともと母子密着度が高い日本社会が、一定の豊かさを持ったからこそ生まれた「墓守娘」たちの悲劇。その悲劇の内実を、鮮やかに腑分けした一書。良質の文学作品のような読後感が味わえた。

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中山康樹『ビートルズの謎』

ビートルズの謎 (講談社現代新書)ビートルズの謎 (講談社現代新書)
(2008/11/19)
中山 康樹

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 中山康樹著『ビートルズの謎』(講談社現代新書/798円)読了。

 この著者のビートルズ本は、同じ講談社現代新書の『これがビートルズだ』を読んだことがある(→当ブログのレビュー)。

 『これがビートルズだ』はビートルズの「全曲制覇本」であったが、今回の本は書名のとおり、ビートルズをめぐるさまざまな謎に迫ったもの。

 といっても、「ベートーヴェンの手紙に登場する『不滅の恋人』とは誰のことか?」とか、「モーツァルトが毒殺されたとすれば、犯人は誰か?」のような、音楽史に残る大きな謎がビートルズにあるわけではない。もっとトリヴィアルな、ありていに言えばビートルマニア以外にとってはどうでもいい謎ばかりが、俎上に載る。

 たとえば、第1章は「レイモンド・ジョーンズは実在したか?」。
 レイモンド・ジョーンズとは、ブライアン・エプスタインがかつて経営していたレコード店に、デビュー前のビートルズのレコードを求めてやってきた青年。もしも彼がたまたまやってこなければ、エプスタインがビートルズと接触することもなく、彼が敏腕マネージャーとなってビートルズを売り出すこともなかっただろう。
 エプスタインと出会わなくてもビートルズが埋もれてしまうことはなかっただろうが、少なくとも彼らが歩んだ道筋はかなり違ったものになっただろう。

 ビートルズ伝説を語るにあたって、見落とせない重要な存在であるレイモンド・ジョーンズ。だが、この青年はほんとうにいたのか? エプスタインが作り上げた架空の人物ではなかったか?  著者はそんな疑問を投げかけ、さまざまな文献・データを渉猟して、ジョーンズが実在したか否かの謎解きを行なっていく。
 その謎解きのプロセスにはミステリーのような面白さがあるのだが、いかんせん、それを面白がるためにはビートルマニアでなければならない。それ以外の人々にとっては、レイモンド・ジョーンズが実在しようがしまいが、どうでもいいことだからだ。

 そのように、各1章を割いて行なわれる謎解きが、全部で8つ。ほかに、さらにトリヴィアルな謎解きがなされるコラムが章間に挟まれている。

 中山康樹の本は、音楽の評価に自分の主観を押しつける強引さがあって、そこが苦手だという人も多いだろう。しかし、本書はビートルズの音楽そのものより周辺に光を当てる内容なので、彼の本らしからぬ冷静な筆致で書かれている(得意のフレーズ「くーっ! たまらん」も出てこない)。

 ビートルマニアのハシクレである私にさえ「どうでもいい」としか思えない章もあるが、以下に挙げる2つの章はたいへん面白かった。

第3章 『ラバーソウル』VS.『ペットサウンズ』伝説の死角を検証する
第5章 『リヴォルバー』はどうして“回転式連発銃”なのか

 この章題を見て、「お、面白そうだな」と思える人にとっては一読の価値あり。「なんのことだかわからない」という人は読まないほうが無難。明らかにビートルマニアに向けて書かれており、それ以外の読者は眼中にない本である。

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五十嵐大介『そらトびタマシイ』

そらトびタマシイ (アフタヌーンKCデラックス)そらトびタマシイ (アフタヌーンKCデラックス)
(2002/08/23)
五十嵐 大介

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 五十嵐大介著『そらトびタマシイ』(講談社アフタヌーンKCデラックス/920円)読了。

 著者が1990年代末から2002年にかけて発表した4つの中編を中心とした、ファンタジー作品集。
 『遠野物語』を意識して描かれたオールカラーの掌編「産土」と、93年アフタヌーン四季賞の大賞を受賞した幻のデビュー作「未だ冬」も併載されている。

 「未だ冬」だけは習作の域を出ていないが、ほかの作品はみなすごい。
 とくに、中心となる4つの中編――「そらトびタマシイ」「すなかけ」「熊殺し神盗み太郎の涙」「Le Pain et le chat」――は、いずれも甲乙つけがたい傑作揃いだ。

 五十嵐にとって初の連載となった『はなしっぱなし』は宮沢賢治を彷彿とさせる連作幻想掌編であったが、本書の4つの中編は、『はなしっぱなし』所収の諸作をさらにふくらませてスケールアップした感じ。グロテスクと美の間を往還する“イマジネーションの奔流”に、身をまかせるような心地よさが味わえる。

 マンガの域を超えた精緻な描き込み、自然への畏敬を根底に置いた怪奇と幻想のストーリー、読み終えたあとにずしりと胸に残る哀切さ……日本にだけとどめておいてはもったいないほどの才能のほとばしりがある。これはもはやアートであり文学だ。

 『魔女』や連載中の『海獣の子供』を含めて、これまで読んだ五十嵐作品のうち、私は本書がいちばん好きだ。

 五十嵐大介に、『遠野物語』のオールカラー完全劇画化をやらせてみたい。きっと、ものすごいものができるはずだ。


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『運命じゃない人』

運命じゃない人 [DVD]運命じゃない人 [DVD]
(2008/11/28)
中村靖日霧島れいか

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 ケーブルテレビで録画しておいた『運命じゃない人』を観た。
 最新作『アフタースクール』も高い評価を受けた内田けんじ監督の、長編デビュー作(2005年公開)。

 気弱で平凡なサラリーマンの、奇妙な体験。去っていった元・恋人との再会と新しい出会いが、一夜のうちに相次いで起きるのだ。
 それは、彼の視点から見ればありふれたラブストーリーの一幕でしかない。だが、その背後では、ヤクザの金庫から盗み出した札束をめぐる逃亡と追跡のドラマが展開されていた――。

 一夜の出来事を三者(主人公のサラリーマン・その親友である私立探偵・札束を奪われた組長)の視点からパラレルに描き出すことによって、ジグソーパズルが完成していくように、しだいに背後のドラマが浮かび上がってくる。そのプロセスが緻密で見事だ。

 アイロニーに満ちた苦い笑いと、軽妙洒脱な遊び心が全編に横溢した、大人のための娯楽映画。
 80年代小劇場演劇を彷彿とさせるセリフのやりとりも愉しい。

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萩原朔美『死んだら何を書いてもいいわ』

死んだら何を書いてもいいわ―母・萩原葉子との百八十六日死んだら何を書いてもいいわ―母・萩原葉子との百八十六日
(2008/10)
萩原 朔美

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 萩原朔美著『死んだら何を書いてもいいわ/母・萩原葉子との百八十六日』(新潮社/1575円)読了。

 詩人・萩原朔太郎の孫にして作家・萩原葉子の一人息子である著者が、2005年に逝去した母の思い出をまとめた鎮魂の書である。
 「百八十六日」とは、長年離れて暮らしていた母と子が、母の介護のため同居を始めてから、母が亡くなるまでの日数。

 長編というより、母を語った短いエッセイを無造作に寄せ集めたような構成で、盛り上がりには欠ける。全編、淡々とした静謐な筆致で綴られた一冊だ。もっと大仰に、ドラマティックに、あざとい「泣かせ」の場面も入れて小説風に書こうと思えば書けただろうに、著者はあえてそうしなかったのだ。

 しかし、その淡々とした筆致の中に亡き母への敬慕の念がにじみ出ていて、あたたかい印象の好著であった。

 著者が小学校低学年のころに両親は離婚し、以後、著者は母一人子一人となる。同じく母一人子一人の境遇である私は、随所で著者の思いに深く共感した。たとえば、こんな一節がある。

 母一人子一人の関係は、どうも真っ正直な感情を表に出しづらいのだ。三十代の頃まで、よく人からマザコンじゃないか、と言われた。あなたは私が産み、育てた、と言われたら、息子はぐうの音も出ない。マザコンじゃない息子などどこに居るのかと思った。息子はみんなマザコンで、だからこそ息子はみんな母親に冷淡なのだ。



 「マザコンゆえに母親に冷淡」――これは、言語矛盾のように見えるかもしれない。「マザコンなら、母親に冷淡にはなれないはずではないか」と。
 しかし、私にはこの一節の行間にこめられた思いがすんなり理解できる。母一人子一人で育ったからこそ、むしろ母親に対する根深い甘えがある。だからこそ、息子はときに母親に対して冷淡にふるまってしまうものなのだ。

 そして、「息子はみんな」母が亡くなったあとで深く後悔する。どうしてもっと優しくしてあげなかったのか、と……。たぶん、私もそのときがきたら後悔するのだろう。本書も、そのような後悔を綴った一文で幕が閉じられる。
 最晩年、一緒にメガネ店に行った帰り、「あそこで食べて行かない?」と母が食堂に誘った。学生がよく行くような安価な店。しかし、著者はその誘いをことわり、2人はまっすぐ帰宅する。たったそれだけのことを、著者は後悔してやまないのだ。

 なんであの時、一緒に食堂に入ってあげなかったのだろう。自分の都合だけしか考えない薄情な息子。めんどくさいということだけで邪険に拒絶したことが、どうにもならない自責になって、苛むのである。まさか、数ヶ月後に亡くなるなどととは思ってもみなかったのだ。


 
 「そんなことをそれほど悔やまなくても」と思うが、ささいなことが深い後悔に結びつくのも、「母と子の絆」の強さゆえなのだろう。
  
 本書は、普遍的な「母と子の絆」の物語としても出色だが、同時に、「大詩人の父をもつ小説家の母」という、きわめて特殊な事例ゆえの面白さにも満ちている。

 萩原葉子とほかの女流作家たちとの交友を綴ったくだりなど、たいそう面白い。
 たとえば、森茉莉や室生麻子(室生犀星の娘で作家)との交友に言及した部分で、著者は次のように書く。

 父親が文学者の娘は、結婚生活がうまくいっていない場合が多い。
(中略)
 父親の偉業を周辺から聞かされれば、娘はどんどんイメージを広げて父親を神格化してしまう。逆に夫となった男が凡庸なつまらない男に思えてくる。(中略)イメージの中の父親は現実から遊離して膨張し続ける。一方の夫は、日々の生活そのものだから、逆に矮小化し続けるのだ。離婚は当然である。



 そして本書は、38歳でデビューした遅咲きの作家であった萩原葉子の、作家としての誕生・成長を、息子の視点から振り返ったドキュメントでもある。重層的な魅力をもつ一書。

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『ヤクザマネー』

ヤクザマネーヤクザマネー
(2008/07/01)
NHK「ヤクザマネー」取材班

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 NHK「ヤクザマネー」取材班著『ヤクザマネー』(講談社/1575円)読了。
 2007年11月に放映されたNHKスペシャル「ヤクザマネー ~社会を蝕む闇の資金~」を、番組に登場しなかった舞台裏も含めて単行本化したものだ。

 取材班が、NHKスペシャル「ワーキングプア」を手がけた人たちであるというあたりが、なにやら象徴的。この格差社会の底辺に位置するワーキングプアを通して平成日本を切り取ったスタッフが、こんどは格差社会の頂点にいる裏社会の住人に光を当てたというわけだ。

 本書が扱う「ヤクザマネー」とは、株の世界に飛びかうヤクザ由来の巨額資金のことである。

 1980年代には先端的な少数派だった「経済ヤクザ」が、いまや主流派となった。博打とか、飲食店から取る「みかじめ料」などでしのぐヤクザは時代から取り残された「負け組」で、潤沢な資金と豊富な情報によって株式市場を手玉に取るヤクザこそ「勝ち組」なのである。

 著者たちは、「NHKスペシャル」らしい手間ひまをかけた取材によって、株式市場を蝕む「ヤクザマネー」の実態にじわじわと迫っていく。

 圧巻は、ヤクザ社会とは無縁であったベンチャー企業経営者や元銀行家、元証券マンなどが、ヤクザマネーに群がり、彼らと「共生」している様子が暴かれるところ。

 従来の「企業舎弟」は、もともとヤクザ社会の住人であった者たちがあえて「破門」されるなどして、ヤクザ社会と一般社会を結ぶ役割を担うものである。つまり、ブラックからグレーに身を塗り替えた存在だ。
 しかし、現在ヤクザマネーを市場にばらまく役割を担っている者たちはそうではない。彼らはもともと普通の市民として銀行や証券会社などで働いてきた人たちで、「企業舎弟」とは逆に、ホワイトからグレーへと身を塗り替えた存在なのだ。
 そして彼らは、ヤクザと共生する存在という意味で「共生者」と呼ばれる。

 もともと普通の市民であったがゆえに、警察にも「共生者」についての情報の蓄積はない。彼らが隠れ蓑となっているばかりに、株式市場におけるヤクザマネーの流通経路は非常に見えにくくなっているのだ。

 ヤクザの一人が言う次の言葉が印象的だ。

 「証券市場は、国が用意した賭博場だ。しかも、我々はインサイダー情報を持って、そこに入っていくわけだから、イカサマだよね。イカサマ賭博っていうのは、昔から我々の専売特許なわけよ。だから証券市場っていうのは、新しいシノギであるけれども、昔から慣れ親しんでいる分野と同じなのかもしれない」



 気になるのは、今秋以来の市場の大暴落が、本書に登場する人々の運命をどう激変させたか、ということ。
 株のプロである「共生者」の一人が、ヤクザから「先生」と呼ばれて持ち上げられている様子が、本書には登場する。だが、暴落でヤクザに大損害を与えたなら、もうそんな厚遇は終わりだろう。

「組の金をワヤにしてからに、このオトシマエどうつけるつもりや、おお!」

 ヤクザマネーを操り甘い蜜を吸っているつもりでいた「共生者」たちは、そのとき初めてヤクザの本当の恐ろしさを思い知ったにちがいない。


↑元番組の一部を用いたニュース映像

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2008年ベスト3

ダークナイト 特別版 [DVD]ダークナイト 特別版 [DVD]
(2008/12/10)
クリスチャン・ベールマイケル・ケイン

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 当ブログの守備範囲である本・映画・音楽・マンガについて、今年のベスト3を選んでみよう。
 (各作品についてのレビューを読みたい方は、右の「ブログ内検索」窓に作品名を入れて検索してください)

■映画館もしくは試写会で観た映画ベスト3
1位/『ダークナイト』
2位/『ぐるりのこと。』
3位/『潜水服は蝶の夢を見る』 

 そういえば去年の今ごろは洋画・邦画それぞれのベスト10を選んだのだが、今年はあまり新作を観ていないのでベスト3がせいぜい。試写会もほとんど行っていない。なぜかというと、2つあった映画レビューの仕事がいっぺんになくなってしまったからである(1つは雑誌が休刊、もう一つは映画レビューのページがなくなってしまった)。
 試写状はいまもたくさん送られてくるのだが、レビューを書く場もないのに試写を観に行く気がしない。

■本(小説)ベスト3
※小説以外の本は、順位付けすると差し障りがあるので(知人に「なんでオレの本が入ってないんだ」と思われたり)、除外。
1位/山田あかね『まじめなわたしの不まじめな愛情』
2位/矢作俊彦 『傷だらけの天使/魔都に天使のハンマーを』
3位/西村賢太『小銭をかぞえる』

■音楽(アルバム)ベスト3
1位/the band apart『Adze of penguin』
2位/矢野顕子『akiko』
3位/オアシス『ディグ・アウト・ユア・ソウル』

■マンガ(単行本)ベスト3
1位/諸星大二郎『未来歳時記/バイオの黙示録』
2位/丸尾末広『パノラマ島綺譚』
3位/小玉ユキ『坂道のアポロン』

■ケーブルテレビで観た旧作映画ベスト3
1位/『赤い文化住宅の初子』
2位/『クラッシュ』(ポール・ハギスのほう)
3位/『大阪物語』(市川準のほう)
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神林広恵『噂の女』

噂の女 (幻冬舎アウトロー文庫)噂の女 (幻冬舎アウトロー文庫)
(2008/12)
神林 広恵

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 神林広恵著『噂の女』(幻冬舎アウトロー文庫/680円)読了。

 昨日読んだ『名画座番外地』につづいて、またもや幻冬舎アウトロー文庫。同文庫の今月の新刊の中に、たまたま私の食指が動く本が2冊あったというわけだ。

 本書は、『噂の眞相』(2004年休刊)の編集者であった著者が、同誌編集部の舞台裏を明かした回顧録。
 著者は、コワモテのスキャンダル雑誌には似合わない美人編集者として、ギョーカイに名を馳せた人物。『噂の眞相』は好きで毎号買っていたから、古い友人に再会したような思いで楽しく読んだ。

 『噂の眞相』の報道姿勢には首をかしげる部分もあったが、それでも、同誌の持ち味であるあっけらかんとした明るさは好感が持てた。
 本書の内容もしかり。在籍中に名誉毀損罪で刑事告訴された(事件の主役は、岡留編集長よりもむしろ当該記事を担当した著者であった)顛末が核となっているなど、内容はわりとヘビーなのに、文章はあくまで軽快で明るいのだ。

 編集部内のドロドロした人間関係など、ネガティヴな面まで赤裸々に綴りながらも、それがけっして恨み節にはならないあたりも好ましい。

 ただ、ウワシンの「舞台裏本」のうち、私は岡留安則の『「噂の眞相」25年戦記』(集英社新書)と『編集長を出せ!』(ソフトバンク新書)の2冊をすでに読んでいるので、その分、本書には新鮮味があまりなかった。当然ながら、取り上げられた事柄の重複も多いし。

 まあ、本書は岡留本のようなサヨ臭がない分だけ一般向けだし、1人の女性編集者の成長物語としても面白いから、『働きマン』とかが好きな人にはオススメだ。

 入社当初は編集部への抗議電話を受けただけで手が震えたという著者。しかし数年後には、東京地検特捜部の取り調べを受けながら、検事相手に丁々発止とやり合うほどタフな女に変わっていく。
 急速に成長し、編集部になくてはならない存在となってからの著者は、松方弘子(『働きマン』のヒロイン)よりも「男前」である。

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川原テツ『名画座番外地』

名画座番外地―「新宿昭和館」傷だらけの盛衰記 (幻冬舎アウトロー文庫)名画座番外地―「新宿昭和館」傷だらけの盛衰記 (幻冬舎アウトロー文庫)
(2008/12)
川原 テツ

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 川原テツ著『名画座番外地/「新宿昭和館」傷だらけの盛衰記』 (幻冬舎アウトロー文庫/630円)読了。

 「任侠映画の聖地」と呼ばれたヤクザ映画専門の名画座(ただし、ヤクザ映画以外を上映することもあった)――「新宿昭和館」の最後の20年間を、元従業員が綴ったメモワールである。

 いや、「メモワール」などという横文字が似合うほど上品な内容ではない。
 なにしろ、ヤクザ映画専門なだけに客層も荒くれ者が多い(本物のヤクザも多数)。トラブルは枚挙にいとまがなく、従業員も客に劣らず破天荒でアバウト。警察ざたも多く、売店には木刀が置いてあり(!)、「スクリーンの中も外も正に無法地帯」。
 「これはほんとうに全部ノンフィクションなのか?」と思わず首をかしげるほど、暴力的でハチャメチャなエピソードが満載なのである。

 一言で言えば、「ものすごくガラが悪い『ニュー・シネマ・パラダイス』」という趣。もう一言加えれば、「ゲッツ板谷が新宿の名画座を舞台に書き下ろした、日本版『ニュー・シネマ・パラダイス』」みたいな感じ。
 もっとも、ゲッツ板谷の本ほど文章に魅力があるわけではないのだが、暴力的エピソード満載で大いに笑えて、それでいてホロリとするところもある、というあたりがゲッツ板谷テイストなのである。

 ヤクザ映画好きなら必読。そうでなくても、ガラの悪い話に免疫があって不快を感じなければ、楽しめる一冊。

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アクアタイザー


 このところ、近所にある整体治療院で、10日に一度くらいの割合で治療を受けている。

 その治療院は、最初に低周波治療器を当て、次に先生の手技による整体(ボキボキいうやつではなく、マッサージに近いもの)を受け、最後に「アクアタイザー」というマッサージ器に乗るという、三段構えで治療を行なう。

 「アクアタイザー」は、ウォーターベッドの内部にジェットバスのような水流を起こし、その水流が随時移動して、ベッドに乗った者の全身をくまなくマッサージしていくマシーンである。ウォーターベッドの浮遊感を味わいつつ、水流のまろやかな刺激で身体がもみほぐされていく感じが、なんとも心地よい。

 ■参考→ 「アクアタイザー」発売元のサイトより

(ググってみると、この「アクアタイザー」を導入している整体治療院は少なくないようだ。また、アクアタイザー以外にも、別メーカーによる同様のマッサージ器は複数あるらしい)

 整体治療を受けたあとは、身体の緊張がほぐれるためか急激な眠気に襲われ、いつも2時間ばかり昼寝してしまう。そのため、午前中の早い時間に予約を入れるようにしている。

 10日に一度のこの2時間の昼寝が、最近の私の「至福のとき」である。こういう時間が持てるのも、フリーランサーの特権だろう。同じ時間帯に整体治療を受けに来ているのは、9割方近所のオバチャンとバアサンだし。

 もっとも、その急激な眠気というのが、アクアタイザーの効果なのか、先生の手技の効果なのかはよくわからないのだが……。
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生きている実感


 ひどい風邪を引いて丸2日寝込んでしまった。
 その間、食欲もまったくわかず、水とお茶だけで過ごしていた。

 今日になってようやく食欲が戻ってきたのだが、甘いものがむしょうに食べたくなって、たまたま家にあったチョコレートとミカンをむさぼり食ってしまった。ほんとうはおかゆでも食べたほうが胃のためにはよかったのだろうが、何やら腹の底から食欲が湧き上がってくるようで、「すぐエネルギーになるもの」を身体が欲していたのである。

 絶食のあとで最初にものを食べるときというのは、「食という営みの根源的な快楽」を感じることができる。それは、「ああ、これを食べることによって生き長らえることができる」という、「生きている実感」がもたらす快感である。

 しかし、毎日三食あたりまえに食事をとっているかぎり、どんなにうまいものを食べてもそうした快感は訪れない。
 人間、たまには絶食したほうがよいのだろうな。健康のためとかダイエットのためだけではなく、「生きている実感」を思い起こすために。

 ジェットコースター・マニアの人たちというのも、あれはスリルというより「生きている実感」を味わうべくジェットコースターに乗っているのではないだろうか。
 ジェットコースターが落下するときの恐怖というのは本能的な恐怖であって、度胸があろうとなかろうと、誰もが等しく感じる恐怖である。なにゆえにそんな恐怖を、身銭を切り手間ひまをかけてまで味わおうとするのか? その理由こそ、「生きている実感を味わうため」だと思うのだ。

 太古の昔、我々の祖先は、獣に襲われるなどして命を失う危険と隣り合わせで生きていた。だが、そうした恐怖感は、一方では「自分はいま生きている」というたしかな実感にも結びついていたはずだ。
 ひるがえって現代では、傭兵でもないかぎり、命を失う危険と隣り合わせで生きてはいない。それどころか、戦後60年を経たいま、「人生で一度も命の危険に直面したことがない人」のほうが多数派だろう。

 そしてそのことは、「生きている実感」の希薄さにつながる。だからこそ、ある種の人々はジェットコースターやバンジー・ジャンプなどによって、命を危険にさらす恐怖を疑似体験したがる。むろん、それで命を失う可能性はゼロに等しいが、少なくとも「落下の恐怖」は本物である。
 
 リストカットというのも、あれは自殺未遂というより、肉体を傷つけ血を流すことによって「生きている実感」を味わうことに主眼があるのだそうだ(宮台某が言うには)。

 話は飛躍するようだが、私は、自分のようなフリーランサーのほうがサラリーマンより「生きている実感」を強く味わっていると思う。定収入もなく、何の保障もなく、3ヶ月先の家計すら予測できない状況が常態化すると、日々の暮らしは大げさにいえば「サバイバル」のごときものだからである。

 だからこそ、「ああ、今年もなんとか生き残れた」とか、「今月もどうにかやりくりできた」という安堵と喜びも、しばしば感じられるのである。それは、定収入が保障されているサラリーマンにはけっして味わえない喜びなのだ。

 とはいえ、この空前の不況にあってはどの企業が倒産しても不思議はないわけで、いまやサラリーマンといえども生活がサバイバルの様相を呈している人は少なくあるまい。

 リストラの危機に直面しているサラリーマン諸氏、解雇の危機に直面しているハケン諸氏、そして心ならずも無職の憂き目に合っている人たちに伝えたい。
 こんなことを言ってもなんの慰めにもなるまいが、生きていけるかどうかの瀬戸際に追いつめられることも、人生には時にあってもよいと私は思う。その危機を乗り越えたときにこそ、いや、危機のさなかにあってさえ、人は「生きている実感」を深く味わうのだから……。
 
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山田あかねほか『オトナの片思い』

オトナの片思いオトナの片思い
(2007/08)
石田 衣良栗田 有起

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 『オトナの片思い』(角川春樹事務所/1575円)読了。
 人気作家11人が、「オトナの片想い」を通しテーマに据えて短編小説を競作したアンソロジー。

 山田あかねの「やさしい背中」が読みたくて手に入れたのだが、生来のケチのためほかの作品も全部読んでしまった。

 ほかに登場するのは、石田衣良、栗田有起、伊藤たかみ、三崎亜記、大島真寿美、大崎知仁、橋本紡、井上荒野、佐藤正午、角田光代といった面々。

 『料理通信』という雑誌に連載されたものなので、料理や食べ物に関するエピソードがたくさん登場する。「大人・片思い・おいしいもの」の三題噺のようでもある。

 直木賞作家や芥川賞作家も参加するなか、我らが山田あかねはほかの作品と比べまったく遜色ない短編を寄せている。遜色ないどころか、収録された11編のうち、私は「やさしい背中」が2番目に気に入った。

 いちばんよかったのは、佐藤正午の「真心」。これは傑作。短いながらも、誰にも真似できない佐藤正午ならではの世界が展開されている。

 あとは、角田光代の「わか葉の恋」と、大崎知仁の「ゆっくりさよなら」が同率3位というところ。
 角田のものは、他愛ない話ながらも文章の力で読ませる。大崎知仁の作品は会話がいきいきとして素晴らしい。
 
 伊藤たかみのものは地味ながらも佳編。栗田有起、大島真寿美、橋本紡のものは取り柄のない凡作。三崎亜記のものは唯一のファンタジーだが、アイデアが空回り。井上荒野のものはディテールはよいが構成に難ありで、起伏に乏しく印象が薄い。


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中川翔子『Magic Time』

Magic Time(DVD付)Magic Time(DVD付)
(2009/01/01)
中川翔子

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 「しょこたん」――中川翔子のニュー・アルバム『Magic Time』(ソニー・ミュージックレコーズ)を、サンプル盤を送ってもらって聴いた。1月1日発売予定。

 ファンには周知のことだが、しょこたんの父・中川勝彦は、白血病によって32歳の若さで夭折した美形ロック・シンガー/俳優である。おもに1980年代に活躍した勝彦は、「早すぎたヴィジュアル系」ともいうべき存在であった。
 亡き父から華やかなルックスと美声、ロック魂とオタク心を受け継いだしょこたんは、シンガーになるべく生まれついた逸材なのである。

 中川勝彦と世代も近く(私が2コ下)、彼の活躍をリアルタイムで知る1人として、私はしょこたんを父性愛に近い思いで見守っている。「翔子ちゃん、大きくなったねー」みたいな。
 
 今年3月に出たファースト・アルバム『Big☆Bang!!!』もよかったが、このセカンド・アルバムは前作をしのぐ出来映えだ。いかにもアイドル然としたキュートな声質ながら、少しも音程が揺るがないたしかな歌唱力は、凡百のアイドルとは一線を画している。

 収録曲も粒揃い。歌謡界の大御所・筒美京平や松本隆が提供した楽曲は、アイドル・ポップの王道をゆくドリーミーな佳曲になっている。
 その一方、先行シングルになった「続く世界」のように、きらびやかでハードなロック・ナンバーも多い。ポップからロックまで、振幅の大きい多彩な楽曲をすべて堂々と歌いこなすキャパシティの広さに脱帽だ。とくに、ロック系の曲にはグラムロックの香りも漂い、耳の肥えた聴き手にも十分アピールする。

 ファースト所収の傑作「calling location」や今作きってのロックチューン「Brand-new day」は、全盛期の中川勝彦の音楽を彷彿とさせるところもある。かなわぬ願いながら、これらの曲を中川勝彦のヴォーカルで聴いてみたいという思いにかられるのだ。
 しょこたん自身、ロック系の曲を歌うときには心に父のことを思い浮かべているのではないか。

 なお、「マジック・タイム」とは、朝日が昇るときと夕陽が落ちるとき、空が青く染まる瞬間のこと。人や風景が最も美しく映える時間といわれる。このタイトルどおり、シンガー中川翔子の最高の輝きをパッケージした一枚である。




↑「calling location」のPV。しょこたんのロック魂全開。
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西村賢太『小銭をかぞえる』

小銭をかぞえる小銭をかぞえる
(2008/09)
西村 賢太

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 西村賢太著『小銭をかぞえる』(文藝春秋/1650円)読了。

 現時点での最新刊にあたる、第4創作集。表題作と「焼却炉行き赤ん坊」という2つの中編を収めている。

 内容は、相変わらず。『どうで死ぬ身の一踊り』『暗渠の宿』同様、絵に描いたようなサイテー男である主人公(作者の分身)と、同棲中の恋人(「女」とだけ表記される)とのすさんだ暮らしの一コマがスケッチされたもの。
 そしてその中に、いつもの「清造キ印」ぶり(著者が「没後弟子」をもって任ずる大正期の私小説作家・藤澤清造の全集制作に傾ける、異様な情熱)がちりばめられていく。

 もはや、西村賢太の小説は『水戸黄門』のごとき味わいに達している。マンネリ上等。『水戸黄門』のファンが十年一日の「いつもの展開」を求めて番組を観るように、読者の多くも「いつもの展開」を期待しているのだ。

 黄門様が印籠を出す瞬間に相当するのは、主人公がブチキレて「女」を罵倒しまくる瞬間である。本書の収録作2編とも、期待どおり、主人公がキレる瞬間がクライマックスに置かれている。
 そんな場面に「カタルシスを感じる」といったら私の人格を誤解されそうだが、読みながら、「カタルシス」としか言いようのない感情が湧き上がる。

 「こんな陰惨な私小説が、なぜこんなに面白いのだろう?」と自分でも不思議になるくらい、本書も相変わらず面白く、一気読みしてしまった。

 ただ、さすがにもう飽きてきた。次作は「著者が芥川賞をとって舞い上がる」くらいの新展開がないと、読むのがつらいかも。

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ハービー・ハンコック『リヴァー』ほか

リヴァー~ジョニ・ミッチェルへのオマージュリヴァー~ジョニ・ミッチェルへのオマージュ
(2007/09/19)
ハービー・ハンコックレナード・コーエン

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 昨日は、取材で山梨の甲府へ(当然日帰り)。
 今日・明日・明後日も、それぞれ別件の取材がある。このところ取材仕事の比率が減っていたので、4日連続の取材は久々だ。

 雑誌の年末進行はようやく一段落だが、それでもほかにいろんな仕事を抱えていて、大晦日まで一日も休みが取れそうにない。
 まあ、この凄まじい不況のなかにあって、やりきれないほどの仕事があるのはありがたい話ではある。

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 最近「TSUTAYA」で借りて聴いたCDの感想を、以下にメモ。

ハービー・ハンコック『リヴァー~ジョニ・ミッチェルへのオマージュ』
 2008年グラミー賞で「最優秀アルバム賞」に輝いた作品。だが私は、ジョニ・ミッチェルのカヴァー集だと聞いて、なんとなく「お手軽な企画もの」というイメージを抱いて食わず嫌いしていた。
 実際に聴いてみたらそんなことはなく、高い精神性をもった素晴らしい本格ジャズ・アルバムであった。ヴォーカル入りの曲が多いこともあり、十分に聴きやすくポップなのだが、少しも「俗」に流れていない。

 かつて村上龍が、何かの本でお気に入りのジャズ・アルバムとしてハービーの『スピーク・ライク・ア・チャイルド』を挙げ、「最初の一音で、『日本人はとてもかなわない。ああジャズをやっていなくてよかった』と思わせる」というコメントを添えていた。
 このアルバムの一曲目「コート・アンド・スパーク」(ヴォーカルはノラ・ジョーンズ)のイントロのピアノは、まさにそういう音だ。澄明な音色が素晴らしい。
 
 ジョニ本人を含む5人のゲスト・ヴォーカリストが参加している。その中で私がいちばん気に入ったのは、ティナ・ターナーが歌う「イーディスと親玉」。あのガラガラ声のライオンババアに、こんなにもジャジーで渋い歌い方ができるとは思わなかった。

 ハービー・ハンコックmeetsジョニ・ミッチェル――この組み合わせは一見意外なようでいて、じつは意外ではない。
 ハービーは、『ザ・ニュー・スタンダード』でニルヴァーナの「オール・アポロジーズ」を取り上げたくらい、もともとロック/ポップへの目配りもある人だ。ジョニも、『コート・アンド・スパーク』以降はポップとジャズの境界線上で活動してきた。このアルバムにはハービーの盟友ウエイン・ショーターや名手ヴィニー・カリウタ(ドラムス)が全面参加しているが、2人とも、これまでジョニのアルバムにも数枚参加しているのだ。

プリンス『プラネット・アース』
 昨年出たアルバムだが、いまごろ聴いた。
  『パープル・レイン』のころのわかりやすさが復活した感じ。ポップでキッチュ。それでいて、あのころのプリンスの爬虫類的不気味さは薄まっていて、より万人向けの明るい音になっている。
 「きみのこと好きだけど、ギターほどにはきみを愛せないんだ」と歌う「ギター」がサイコー。

クラムボン『Musical』
  これも昨年出たアルバム。
 前半(M1~M6)の出来が素晴らしい。「クラムボンの最高傑作ではないか」と思わせるほど。ポップなのに静謐で、アーティスティックな深みがある。
 とくに、M2「Carnival」のなんとカッコイイこと。ベースとドラムスとピアノが作り出す「リズムの迷宮」の中を、原田郁子のヴォーカルが切なくたゆたう。なんとなく、「ギターのかわりにピアノを入れたXTC」みたいでもある。

 ただ、後半ちょっとダレる。てゆーか、前半と後半で明確に色分けがされていて、前半にポップな曲が集められている。逆に後半には、そのまま映画音楽に使えそうな、映像喚起力の強いBGM的な曲が並ぶ。私とは逆に、「後半のほうが好きだ」という人も当然いるだろう。

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山田あかね『女の武士道』

女の武士道 (PHP文庫)女の武士道 (PHP文庫)
(2007/01/06)
山田 あかね

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 山田あかね著『女の武士道』(PHP文庫/480円)読了。
 最近気に入っている新進作家の、現時点では唯一のエッセイ集。

 なぜ『女の武士道』かといえば、「今が女の戦国時代だから」だそうだ。「女であっても、努力と運と欲望次第でなんにでもなれる時代」だという意味で「戦国時代」なのだと……。
 で、全編、現代女性の生き方を武士道になぞらえる形でエッセイが進んでいく。たとえば、「仕事という名の刀を磨く」だとか、「あなたの主君は、誰? 」などという小見出しが並んでいる。

 なんかこう、目次を眺めるだけで中味が推測できてしまう感じ。これは『PHPスペシャル』に連載されたエッセイの文庫化なのだが、いかにも『PHP』らしい、なんとも野暮ったくてジジムサイ企画だと思う。

 まあ、編集者の考えもわかる。
「山田あかねはいまはまだ小説家として無名に近いから、エッセイを連載するにあたって、売れっ子作家みたいになんでも好きなことを書けば読者がつくわけではない。だから、角度をつけなければ」
 そんな考えのもと、オジサン編集者が「これ面白いだろ」と自信満々に出してきた企画が「女の武士道」……なのだろう、おそらく。

 しかし、私に言わせれば、「女の武士道」という企画それ自体が、本書をつまらなくしている最大の原因である。
 書かれているエピソードの数々――おもに、著者のテレビ界での豊富な経験――はすごく面白いのに、それを無理やり「女の武士道」などという枠にはめるから、面白さが半減してしまっているのだ。
 例を挙げよう。

 

「君をこの仕事に選んだのは、君の胸がでかかったからだ」
 面と向かってこう言われたことがあった。作品の内容を巡って、雇い主と揉めている最中だった。雇い主が言いたかったのは、おまえの演出力など最初から買っていなかったということである。直訳すると、「偉そうに、意見を言うな」である。



 このようにテレビ界の内幕話を著者ならではの視点で紹介するだけで、十分面白い。なのに、「女の武士道」なる枠(てゆーか足枷)があるものだから、このエッセイは次のような陳腐な展開になっていく。

 

 果たして女にとっての刀とはなんだろうか。女の武器といえばカラダと相場は決まっているけど、武器にできるほどのカラダとしたたかさを持っているひとはそんなに多くないと思う。カラダは当然消耗し、年を経るごとに有効ではなくなる。では、なにを武器にすればいいのか。なにが女の武器になるのか。
 それは仕事である。



 こんな、芸のない三流ライターがゴーストで書いたような文章を、山田あかねが本気で書いているとは私には思えない。
 いや、ゴーストを使っていると言いたいのではない。「枠」が決められているから仕方なく書いている感じで、著者本来の持ち味がまったく出ていないと言いたいのだ。

 才能があって経験も豊富な山田あかねには、もっと面白いエッセイが書けるはず。エッセイストとしての力量評価は、第2エッセイ集が出るまで保留しておこう(エラソー)。

 
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『自虐の詩』

自虐の詩 プレミアム・エディション [DVD]自虐の詩 プレミアム・エディション [DVD]
(2008/03/14)
西田敏行中谷美紀

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 ケーブルテレビで録っておいた『自虐の詩』を観た。いわずと知れた業田良家の名作マンガを、堤幸彦が映画化した作品。

 公式サイト→ http://www.jigyaku.com/index.html

 原作をこよなく愛する者の一人として、期待半分・不安半分で観た。結果は……やはり原作の圧勝。この映画には原作のよさが半分も残っていない。

 いや、けっして悪くはないのだ。脚本も演出もキャスティングも、まずまずの出来といってよい。
 とくに、キャスティングはなかなか。ヒロイン・中谷美紀は素晴らしい熱演を見せるし、阿部寛がパンチパーマで演ずるイサオ役も、実際に観てみれば違和感はない。何より、少女時代の幸江と熊本さんを演じた2人は、マンガから抜け出してきたようなハマリっぷりだ。
 それでもなお、原作とはまるで別物としか言いようがない。

 要するに、この原作の素晴らしさは4コマ・マンガという表現形式ならではのもので、そもそも実写映画化には向いていないのだ。抽象度の高い4コマ・マンガなら笑えるビンボー/薄幸描写も、実写となると生々しすぎて笑えないのである。

 イサオが何かというとちゃぶ台をひっくり返す「でーい!」も、あれは4コマ・マンガだから笑えるのであって、実写でやられたら滑稽さより陰惨さが先に立つ(陰惨な印象を薄めようとしてか、映画では「でーい!」のシーンがすべてスローモーションになっているw)。

 笑うべき場面で少しも笑えないから、その分だけ泣きの場面の比重が高まって、結果的にはありふれた人情メロドラマに堕してしまっている。
 原作はけっしてただの人情メロドラマではなく、もっと突き抜けているのだが、その「突き抜け感」がこの映画には乏しいのだ。

 原作ファンにはオススメできないし、この映画だけ観て『自虐の詩』という作品を判断してほしくない。

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『40歳の童貞男』

 
40歳の童貞男 無修正完全版 (ユニバーサル・セレクション2008年第12弾)【初回生産限定】 [DVD]40歳の童貞男 無修正完全版 (ユニバーサル・セレクション2008年第12弾)【初回生産限定】 [DVD]
(2008/12/04)
スティーヴ・カレルキャサリン・キーナー

 ↑このジャケを見ただけで笑える

 ケーブルテレビで録っておいた『40歳の童貞男』を観た。タイトルのとおり、40歳になってもまだ童貞の男を主人公にした艶笑コメディ。

 主人公は、職場の仲間との雑談で、女性の胸に触ったときの感触を(想像で)「サンドバッグみたいだった」と表現したことから、中年童貞であることがバレてしまう(笑)。
 軽快なセリフのやりとりと、隅々に仕掛けられた「わかる人にだけわかる」小ネタが楽しい。

 たとえば、主人公の部屋に(ロックバンドの)エイジアのポスターが貼ってあり、クライマックスでかかる曲がエイジアの「ヒート・オブ・ザ・モーメント」であるあたり、音楽好きならニヤリとしてしまう。「いまどきエイジアが好き」ということそれ自体に、主人公の「イケてなさ」が表現されているわけだ。

 しかし、軽いコメディなのに130分(完全版の尺)という上映時間は長すぎ。文芸大作じゃないのだから、100分以内にバシッとまとめるべきだったのだ。
 ダラダラ長すぎるから、終わりに近づくほど観るほうもダレてくる。

 そもそも、こんな題材なのに最後は「ハートウォーミングないい話」にまとめようとするのはいかがなものか。素晴らしい女性に出会い、最後は結婚して無事に童貞も捨てられて、めでたしめでたし……「どや、ええ話やろ?」という感じなのだ。

 どんな映画でも最後は「いい話」にまとめようとするのは、ハリウッド映画の悪い癖だと思う。
 この映画を日本人のオタク監督が手がけたなら、徹頭徹尾「童貞の悲哀」を描き尽くし、最後は「やっぱり非モテとリアル女は相容れない」というアンハッピーエンド(当然、主人公は童貞のまま)にしたことだろう。

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山田あかね『しまうたGTS』

しまうたGTSしまうたGTS
(2007/07/26)
山田 あかね

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 山田あかね著『しまうたGTS(ゴーイング・トゥ・サウス)』(小学館/1575円)読了。

 この著者の長編第3作。彼女のほかの作品に比べて異彩を放つ、直球ど真ん中の青春小説である。これまでずっと女性視点から小説を書いてきた山田あかねが、ここでは初めて若い男の一人称を用いている。 

 「余命わずか、彼女を探して、南の島へ」というのが、帯についたキャッチコピー。
 主人公の犬彦は、20歳にして人生最悪のときを迎えていた。大学は2浪、バンドのメジャーデビューはトラブルで中止となり、彼女にはふられ、トドメに悪性脳腫瘍で命の危険にさらされる。

 脳腫瘍の手術を前に、犬彦はこっそり病院を抜け出して沖縄に向かう。モトカノのナナナが、犬彦のバンド仲間・城司と一緒に沖縄へ行ったと知らされたからだ。ナナナと城司は自分を裏切ったのか? それをたしかめ、 城司を一発殴ってやらないと、死んでも死にきれない。

 ……と、いうような話。東京から沖縄へ、そして日本最南端の波照間島へと展開するロードノベルであり、ロックと島唄が全編を彩る音楽小説でもある。ネタバレになるのでくわしくは書けないが、途中から「宝探し」の物語になっていくあたりも面白い。

 快調なテンポで進む、ウェルメイドな青春小説。「へーえ、山田あかねってこういうのも書けるんだ」と、間口の広さに感心させられる。

 でも、『すべては海になる』や『まじめなわたしの不まじめな愛情』のビターな味わいに比べると、作品全体がちょっと甘すぎるかな。話の展開もご都合主義がすぎるし。
 もっとも、ベストセラーを狙うには(※)これくらい「甘い」ほうがむしろよいのかもしれないが……。

※山田あかねのブログのタイトルは、「ベストセラー作家へのケモノ道」というもの。私は、彼女は必ずやベストセラー作家に大化けすると思う。

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外山滋比古『知的創造のヒント』

知的創造のヒント (ちくま学芸文庫)知的創造のヒント (ちくま学芸文庫)
(2008/10/08)
外山 滋比古

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 外山滋比古著『知的創造のヒント』(ちくま学芸文庫/588円)読了。

 31年前に講談社現代新書から発刊されたベストセラーの、復刻文庫化。
 この著者のエッセイストとしてのもう一つの代表作『思考の整理学』(ちくま文庫)は私のお気に入りで、何度も読み返したものだが、こちらは読んだことがなかった。文庫化を機に初読。

 が、『思考の整理学』を読んだ者には価値のない本だった。というのも、2冊は内容がかなり重複しているからである。同じ文章を二度売りしているわけではないのだが、取り上げられているアイデア、ノウハウ、エピソードの多くがかぶっている。

 もっとも、元本の刊行時期からいうと『知的創造のヒント』のほうが先(1977年)で、『思考の整理学』はその5年後に出ている。なので、厳密には『思考の整理学』のほうが二番煎じなのである。
 しかし、私自身が読んだ順番からの印象だけではなく、内容も『思考の整理学』のほうがはるかに洗練され、すっきりとまとまっている。

 「どちらか一つを」という人には、『思考の整理学』のほうが断然オススメ。ネットどころかワープロすら普及前の本だが、いま読んでも十分に新鮮な内容である。

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Profile 

前原政之 
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前原政之(まえはら・まさゆき)
1964年3月16日、栃木県生まれ。53歳。
1年のみの編プロ勤務(ライターとして)を経て、87年、23歳でフリーに。ライター歴30年。
東京・立川市在住。妻、娘、息子の4人家族。

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●「mm(ミリメートル)」は、私のイニシャル「MM」のもじりです。

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●あと、「1日に1ミリメートルずつでもいいから、前進しよう」という思いもこめられています(こじつけっぽいなあ)。

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